空/村木正成
少年は手にもっている一つの林檎を空に向かって投げる
するとそれは翼を拡げる鳥になった
少年は青い空が好きだった
空の中は永遠に汚れぬ世界であると信じていた
少年はどこまでも途切れぬ煙突の煙を眺めていた
煙は空に吸い込まれて消えていった
実際には
本当の空はもうどこにもない
本当の汚れぬ世界は少年の中にしかないのだ
夏蝶が少年を超えてゆく
はかない命の行く先は空にあるのだ
疑いようのない青空
旅の男がスーツケースを開けると
たちまち空は夕暮れに染まる
男は異邦人であった
瞬きをする間にも満天の星空が頭上に拡がる
男はあおむけに空を仰ぐ
空は祖国に繋がっていると信じているのだ
実際には
本当の祖国はもはやどこにもない
本当の祖国は男の中にしかないのだ
猫が男の隣を過ぎる
失うものがない者は空に向かうのだ
すべてを包み込む今宵の夜空
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