匂い/小川 葉
 
恋をしているひとは
強い匂いを発している

ところが
恋をしているはずなのに
匂いを発しないひとも稀にいる

心のどこかに多少嘘があるとか
思った以上に相手に正直になれていないとか
あるいは恋することに慣れすぎてしまったとか

いずれにせよせっかく生まれた
恋愛感情によって醸造された匂いを
素直に発せられないことは
人間にとってじつに不幸なことである

しかし殊に片恋の場合は
匂いがばれぬよう細心の注意を配し
いずれ来るのか来ないのかもわからない
そのときが訪れるまで
隠し通すことが相手に対する礼儀である

かく言う私も実のところ
匂いを発しない種族の者である

理由は今は言わない
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