春のための三つの断章/前田ふむふむ
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眠れない夜は、
アルコールランプの青白い炎に揺られて、
エリック・サティーのピアノの指に包まれていたい。
卓上時計から零れだす、点線を描く空虚を、
わたしの聴こえる眼差しで焼いて、
わたしの盲目の耳を、
甘酸っぱい短調のかおりと、
仄かにぶれる炎の姿態の軋む声と、が、
蔽いひろげて、
冷やされた柩の春を、
萌え上がらせてみたい。
止まった時のなかで溺れる、失踪した肖像画が、
一枚、
きのうの空から舞い落ちてくるような、
峻険な壁の音の記憶をなぞり、
わたしは、沈んでいるひかりの寝台の、東の稜線と西の稜線と、を、
震える指の円で掬び、
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