老詩人/楢山孝介
 
く聞こえなくなってから
老詩人はゴッホのことばかり書き続けている
しかし彼はまだ一度も
本物のゴッホの絵を見たことがない
ゴーギャンの描くタヒチの女性は愛している

老詩人も酔っぱらいもカップルも終電も去った
真夜中のプラットフォームのベンチには
ゴッホとゴーギャンが現れて
詩に書かれた通りに相撲をとったり将棋を指したりする
最終の見回りに来た清掃員はもう慣れたもので
彼らがゴッホとゴーギャンであると分かっていながら
ホウキで二人を追い散らす
未完成の詩の中から出てきた出来損ないの二人は
清掃員にぺこぺこ頭を下げながら
空に浮かぶ大きな×に吸い込まれていく

その頃老詩人は何も知らずに
布団の中で夢を見ている
懲りもせずに夢の中でまで
ゴッホとゴーギャンにフィギュアスケートを滑らせて
それを見てにやけた笑顔を浮かべながら
すうすうと眠りこけている
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