睦言/六崎杏介
 
「つまり僕は…、つまり僕は真意的な寓意のこもった話だと思うんだけれどね。男が一人、暗い部屋で泣いている。悲しみが彼の妻って具合にね。そしてその涙は芥子の種子の上に落ちて発芽した。綺麗な緑青色の子供達、夜街に静かにその葉を揺らしている。ある種の戯詩でも唄う様にね。しかし巨大なアパルトメントはそれを赦さなかったんだ。彼は裁かれる、そして影の無い階段を昇る。首にかけられたロープは彼の事を心から愛していたんだ。柔らかく緩やかな抱擁、そして一つの命が天に召される。ロープは一寸たって千切れてしまった。万人の為のワインの河が、今、彼に捧げられる。万人の為のワインの河に、今、葬送の灯がともる。子供達の行方は、むせ返る様なアルコールの香りに消え行った。僕は今考えるのだよ、まこと甘美な彼の名について。そう、まことに甘美な、ね。」
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