SETSUNARENSAを口ずさみながら/はじめ
 
 男はその歌を四十年間聴き続けた
なのにまともに歌えない
 外国語の入っている歌だったからだ
 けどサビならまともに歌える
 今となってはそのサビの部分は彼の人生の教訓そのものになってしまった
 僅かに震えながら地平線の彼方まで広がる小麦粉畑へ沈む夕日
 その真ん中を横切っていく数羽のカラス
 トラクターは勢いよく煙を吹かしその歌を鼻歌で歌いながら小麦粉を刈り取る
 やがて日は沈み仕事を終えて家へと帰る頃には空に星が出ていた
 男は十年前に妻を亡くした
 子供はいなかった
 四十年前妻と付き合った時
 誕生日にこの歌の入ったレコードを貰った
 以来結婚してからも妻が死んでからもこの歌を聴き続けた
 何万回も何万回も
 この歌には心を揺さぶられるものがある
 妻の写真の前に座り
 ウィスキーを煽りながらその歌を聴く
 男はその歌を口ずさみながら涙を流した
 未だに歌えない外国語の部分を鼻歌で歌いながら
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