花 妖/水無瀬 咲耶
 
((時のしずくが したたるのです))

春のひかりが 虚ろな心に影を落とすので
ふたりは桜並木の まばゆい川べりを避け
淡く花びらをかさねた 甘い翳りをさまよう
寂びた石段で ひるがえるあなたのかかと
しめやかな桜のかけら そのさざなみが 
風に揺れ 瞳に揺れて 鎮まりそうにもない
さよならを紡ぎ織る花冷えのくちびる
潔白を装う指先に約束の果実の皮膜を剥がれ
風にさらされた私はずっと魅入っていました
違う未来へたやすく逃れるあなたの背中から
削がれ滑らかに崩れ落ちてゆく半透明の影を
おそらくそれはあなたへと注がれた私の半身
梢で 千の眼差しが いっせいにささやく
かす
[次のページ]
戻る   Point(9)