蜻蛉の夢/蒸発王
 
 満月

見上げた瞬間に
あの香りが流れて来た
涙と
満月

だけ咲く花

――月下美人――


(思い出した)



あの約束は
夢では無かった

あわてて
森を分け入る
あの切なさが
愛しさが
胸に去来して叫び出しそうだった
彼女の名を

香りを頼りに辺りを見渡し
足元や顔が傷つくのも忘れ

走って 走って 走って

木々の間に白い影を見つけた


果たして
彼女が座っていて
卵は全部
花弁に植えつけられていた


僕が何か言う前に
彼女は振り向き


  今 
  月下美人が咲いた所です

目を会わせて
ふわりと微笑んだ



僕は膝まづき
青白い彼女の

“妻”の


頬をなでて
ゆっくりと
口付けた



――ただいま――

僕の背中で
彼女と同じ
薄い銀の羽が
ふふ、 と
震えた


そうか


僕も
蜻蛉(カゲロウ)だったね







『蜻蛉の夢』
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