飽和する夜/夕凪ここあ
 
夜になりきれない
うすむらさきの空

段々模様の
やさしい音色

坂道を
駆け足でころがる夕日

向かいには海
やがて落ちると
明日のために蒸発していく

町外れの工場から沸き立つ波の声と海の匂い
フェンス越しに満潮で
幼かった私はこわくて逃げ出したことを覚えています、お母さん。

街灯の下で
一斉に蝶が羽化する夜

空には半分の月
心もとないでしょう

藍色の虹を作って
わずかな月明かりを頼りに
海向こうを目指していく

瞼の裏で
虹を渡る真似をして
できない哀しみ

夜露は海の匂い
あるいは涙
で翌朝海は満たされていく

坂道をころがると海
もう見慣れた工場
お母さん、
いつのまにか息は煙になっています

それでいいのよ。

夜の波間に
たやすく混ざり合う日常






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