無為自然、苦しみて、苦しむことなく。/生田 稔
 
姿はクリスチャンの社会ではむなしい。それなら、将棋か碁でもやったほうが良い、まだいやな醜いものがなくてよいのではないか。
 しかし、なりたいものには成らせてやってはどうかとも思う、意思あるところには道ありで、やってみれば、そのむつかしさを思い知るのではないか。そして挫折して、またやり直せばよい、動機さえ良ければ、成功するかもしれない。もうだめだ、これ以上できないと感じること、人生では幾たびもある。単なるクリスチャンとして最低限の立場を保つことさえ、なかなか難しいのである。この夏は日本でも最高の暑さだったらしい。私はLying is happiness.ということで、殆んどの日々、日中は寝て暮らし
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