三日月の詩/相馬四弦
それはなにもない
深い溝の底に ひとり
夜の国の兵士が闇色の
滾々と注がれてゆく若さの中で
ぽつんと座っていました
小さく切り取られた夜空を見上げると
この夜の三日月はとても明るくて
兵士は手紙を書くことができました
溝の底を夜風が吹き抜けていきました
天球は藍の衣に包まれていて
むつら星が鋲となって宵を貼り付けていました
首筋に染みる夜露に眠りを諦めて
ゆっくりと立ち上がった兵士は
ひとつくしゃみをしてから
あっさり自分の頭を撃ち抜いてしまいました
膝から崩れ落ちた兵士のまわりで
舞い上がった砂埃がきらきらと輝いていました
三日月はそれを見届けると
そっけない態度で西に流れていきました
やがて潮と覇権が巡って
再び夜の国に自由が与えられる頃になると
見開かれたままの兵士の瞳を
満月が白く染めてしまうのでした
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