春待ち人/夕凪ここあ
終電が過ぎて真夜中
ひとりきり家路を辿れば
無音ばかりがこだましてやるせない
呼吸をするたびに白い息は空に溶けていくのに
うまく言葉にできない気持ちは
もやがかかったまま解けてはくれない
冬に去る人
春が待ち遠しい
雪が
点々と道向こうまでほのかに明かりを灯す
たやすく何もかも隠してしまう前に
さっきよりは少し早足で季節を通り抜けたい
夜のずっと奥の方を見据えて
ひとつ空気を吸い込めば
知らない痛みで心が崩れそうになる
私の中に冬の居場所はないから
からだをめぐる匂いがひどく悲しい気持ちにさせる
うわごとみたいに
小さく 春 とつぶやいてみると
形のない気持ちが空に立ち上って
やがて雪と区別がつかなくなる
さくらならどんなにかあたたかいのに
決して交わることはない夜
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