ヌエバのイルカ/七尾きよし
 
今も待ちぼうけしてるのだろうか
シナイ半島ヌエバのイルカ
ヨルダンとエジプトの間に静かに眠る紅海の
ヌエバという小さな村で
ぼくは一頭のイルカに出会った

餌付けしてるわけでも
囲ってるわけでもないのに
彼女はヌエバを離れない
海際の茶屋のあたりでいつもうろうろしてる

イルカの鳴き声を真似ながら
一緒に泳ぐボクを
じろっと嫌そうに見つめる彼女
探してる
死んでしまったことを知ってるはずなのに

十年前に夫婦ですみついた
三年前に夫は死んでしまって
ずっと今も待ちぼうけ
旅人はそんな彼女のひまつぶしの相手だ

抱きしめようとするボクをあしらうように
くるくる回転しながら彼女は泳ぐ
いつまでも待ってるわと
静かな瞳にたたえられた想いとともに

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