おっぱい/大覚アキラ
 
あの子 運んでいるよ
よく冷えた
ミルクたっぷりのババロア
小さな手で抱えた大きなボウル
大事そうにゆっくりと

冷蔵庫とテーブルのあいだの
気の遠くなるような距離

すり足のスリッパに
子猫がじゃれついて
あの子の手から
あっけなく落ちるババロア

フローリングの上に
広がってつぶれたババロアの
甘くやわらかなミルクの匂い


(ママの
 あったかい胸に
 ぎゅっ と
 抱きしめられた
 遠い記憶)


あの子が泣いたのは
ババロアを
食べそこねたからなんかじゃない

ママのおっぱいが
もう二度と
自分のものにならないことに
気づいてしまったんだ
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