守宮物語/紫乃
 
自分が何者であるのかを忘却したヤモリが
月夜の草原を歩く
湿った土の上を迷いながら
虫の恋う声を聴いていた

冷えた風がつるりとした肌を撫でる
ヤモリは小さく震えた

きょろりとした眼で天を仰ぐと
夜は空いっぱいに広がっているのであった


(ずぅしり、ずぅしり)


巨大な美しい生物がヤモリのすぐ脇を通った
食べられてはいけないと息をひそめる

月を眺め尾を揺らし
薄い影を連れて歩く姿はどこか寂しげであった
銀色の毛が夜明りの下で輝いていた
ヤモリには気付かず月見草のそばを去っていく  
瞳は夜の様に静かであった

(今しばらく眺めていたいものだなあ)

しかし自らの醜い姿が追うことを躊躇わせた

(俺がもう少し美しかったら)

月見草に溜まった夜露に涙が溶ける
自らの不恰好な顔をうつし出していた
それを見てヤモリはまた涙をこぼしたのであった

夜の冷えた風がヤモリのつるりとした肌を撫でる

虫の恋う声を聴いていた
美しく吠える獣の声が聞こえた

ヤモリは掠れた声で鳴いてみたのであった


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