ぼくは小岩井ミルクとコーヒーをごくごく飲んだ/天野茂典
 
   ふと婦人は席を立った
   向かいの席だった
   ぼくは隅が好きだ
   ぼくは隅に座っていた
   カバンを架けかえようとしていた
   ジャケットのフードがじゃまで
   カバンのひはもつれてしまっていた
   ふと婦人が席を立ったのは
   それを見て
   ぼくのところにとんできて
   もつれたカバンのひもをフードから
   はずしてくれたのである
   何気ないことである
   婦人はマスクをかけていた
   席に戻ると
   何事もなかったように
   座っていた

   準特急電車は心地よく走った
   電車の車内も明るかった
   ぼくは次の駅で降りるのだが
   その婦人に向かって
   軽く会釈した

   きょうの夕焼けは
   二つの森の真ん中を裂いて
   赤い日輪が
   果てていった

   ぼくは小岩井ミルクとコーヒーをごくごく飲んだ


               2005・01・26
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