古本屋の軒下で/室町 礼
遠い昔
有名作家が書いた小説全集の一冊が
場末の古本屋の店頭にバラ売りされていた
古本屋の軒下には
時間の残骸のように小さな位牌が
重なっている
わら半紙を糸で綴じただけの
茶色く変色した本は
戦前皇室で調理師のひとりだった
老人が書いた手記だった
──玉音放送はレコードに記録
されたものが流されたもので
人々が跪いて汗をたらしながら
放送を聴いているあいだ
皇后さまはケーキをつくるのに夢中でした
侍女の方々ときゃあきゃあ
笑いさざめきながらそれはもう楽しげに
調理場をいったり来たりされて
初めてみる西洋ケーキを夢中になって
つくっておられました─
とあ
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