理由/久遠恭子
 
衣食住が足りていても言葉が足りない
そう言って君は僕の顔を見た
でも、実際できる事とできない事があるんじゃないかな

僕がそう言うと君は僕の頬を平手打ちした
部屋中に肌の鳴る音が響いた
それから君は瞳から水分を流した
零れ落ちる液体
水だ、水
僕はただそれを眺めていた

足りない言葉とは何だろうと考えてはみたものの
僕にはさっぱり分からなかった

言葉を探して

電柱の下
女子高生の鞄
アスファルトの割れ目
野良猫の口の中

注意してみたけど見つからなかった

ただひとつ分かった事は
僕と君とは別々の人間だということだけだった

僕は社畜のように働いて
住宅ローンを返していた
ゲームと漫画を読むのが好きだった

その間ずっと
君は花を育てていた
パンジー、チューリップ、向日葵、秋桜

君が花を育てているのを
僕は何とも思わなかった
強いて言えば暇なんだろうと思っていた

ただそれだけ
それだけだ

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