くぼみをうめるあやかな幻想/菊西 夕座
――彼の眼中には、アッリア・マルチェッラのあの漆黒の黒い眼と、
多くの世紀に打ち勝ち、
天変地異すらそれを保存しようとした、見事な胸しかなかった。
テオフィル・ゴーティエ『ポンペイ夜話』
容赦ない時の土砂におしながされてあえぐ唇はくぼみ
つよくおしあてていた聖マドンナの白い乳房からもがれ
孤独をふかめるばかりの名もない陥没となって影をのみ
歌うことさえわすれて鼠っぽい砂の生活にうもれていく
テオフィル・ゴーティエが発掘したポンペイ遺跡の溶岩は
冷えて固まるさいに独りの犠牲者をのみこんで沈黙にくるめた
その犠牲者の乳
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