AB(なかほど)[夕焼けが足りない] 2003年10月21日7時04分から2017年1月16日22時50分まで ---------------------------- ??????Τ???? ---------------------------- [自由詩]夕焼けが足りない 1/AB(なかほど)[2003年10月21日7時04分]    自転車置き場で 空を見上げるのがいい そこに風でも吹いてくれれば なおいい そんなとき 携帯電話の電池でも切れていて 何か大事なことや 大した事じゃないことや 君にとってはものすごいこととか 僕の中では手痛いことなんか でも 聞きそびれたりなんかするのがいい のに イカはものすごいとこまでも使えるらしい と制服の君が言う イカのものすごいとこというのが 君にとってどこまですごいことなのか よくよく聞けば イカの耳も使うとか そうか君にとってはそんなにすごいところでも 君の耳のほうがずっと感じる なんてのは言えない し 案外そうでもないのかもしれない けれど そういうことですごいことを望む ましてや イカの墨でソースを作ることや その内臓で魚醤油が作られることなんか 知らなくてもいい いい もういい 体育館横の自転車置き場で 剣道部の練習の声が聞こえてくると 僕は もう夕焼けを待っているように空を見上げ 商店街の方向へ歩き出す 魚屋の前ではきっと 夕焼けが足りないと  うつ向いてしまうのだろう ---------------------------- [自由詩]夕焼けが足りない 5/AB(なかほど)[2003年10月26日14時05分] 赤い辞書 に 君の持っている赤い辞書に 夕焼けは 挟まれている もう長いこと挟まれていたので 辞書の文字が夕焼けに溶けて 世界がぼやけて 君の世界がぼやけてゆく のを見ている僕は もうとっくに溶けた 溶けたままで 泣いた 自転車の影 長い影 魚屋の匂い 紅いほっぺた その辺に 赤い辞書 のたぶんその辺に 夕焼けは 挟まれている     ---------------------------- [自由詩]夕焼けが足りない 4(枝垂れ)/AB(なかほど)[2003年10月29日3時48分] まだ緑の生い茂った頃につく花梨の実は、 毎年のように手が届かないところについてい て。酒に漬けると美味しくなるとか、蜂蜜を 加えたら喉の薬になるとか、はす向かいのK さんは毎年言う。 けれど、その花梨の実は家のものではなく て、荒れ放題の隣の敷地から家の屋根に覆い かぶさるように伸びているだけで、喉薬にし たいから花梨を分けて下さいと言えるほど、 隣の亭主も僕自身も波平さんみたいにはなれ ない。 それから、無花果が、キイウイが、柿がそ れぞれ実をつけては家の玄関口や勝手口にせ り出してくる。のをそのままに放っておくと、 まず、無花果のお尻に小さい穴が開いて虫が 入る。キイウイは熟す前に風に吹かれてボト ンと落ちて、柿は、柿はよっぽど渋いらしく て、ドロドロになってから鳥に啄まれる。 雪の知らせも届きはじめ。実のなる木はす っかり葉が落ちてしまい、隣の縁側がよく見 渡せるようになっても、花梨の細い枝の重た そうに付いている実はそのままで、いつまで たっても 「あの頃」 なんて言っている自分もぶらさがっている。 ---------------------------- [自由詩]夕焼けが足りない 2/AB(なかほど)[2003年12月25日12時47分]    Better half なのかどうか 糸瓜料理は ちょっと手間をかけると ポチャポチャと 自らの汁にスポンジのように 漂いだす 美味いから食べてみろ などと言ってみると 案の定 一口食べて うなづき 箸を置くだけで ポチャポチャと ポチャポチャと      漂いだす 自らの海に      漂いだす そんなところが好きで 味なんてのは 僕だって判らない お箸じゃすべるし スプーンですくって食べていいから って誰かが いつか オレンジ色の記憶の中で ポチャポチャと 形もくずれてしまっているのは 僕も同じで そこにいる君が better half なのかどうか 美味いから食べてみろ などと もう一度 言ってみる 美味いから          ---------------------------- [自由詩]夕焼けが足りない 9/AB(なかほど)[2003年12月26日5時26分]    いや と つぶやくようにふるえると 夕焼け きみのくちびるが夕焼け のように まわりの景色をちょうどいい速度で染めてゆき 滲ませ くちびるから夕焼け とけるように いつまでも終わらない 紅 いつまでも いつまでも足りない くちびる と アーケード奥の魚屋には射し込まない 夕焼け がある きみのくちびるなんか夕焼け にしてしまえ たらいいのに ただ見つめているだけ で 染まる のは 心 滲む   まま きみのくちびるが夕焼け きみのくちびるを夕焼け きみのくちびるへ夕焼け きみのくちびるから夕焼け あふれるように消える きみのくちびるは夕焼け それでも まだ 足りず いや と つぶやくようにふるえ 夕焼け    ---------------------------- [自由詩]夕焼けが足りない 10/AB(なかほど)[2003年12月27日9時10分]   夕焼けが足りない 一○    これで最後ですよ と通達された  あなたのための夕陽はもう残っていません と どうやら 流行りの成分のひとつで 許容摂取量も決められていたのに 僕はあまりにも依存症で 無駄に取り過ぎたために 取りあげられてしまったらしい 近頃の僕はすっかりあの頃のKさんで お腹が出てきたことや 髪の毛が細くなったり 脂ぎってきたりしていることはまだいいとして 営業用の愛想笑いと 反りの会わない部下に冷めた視線を送ったりしているのを ふと我にかえって見てしまうと 吐き気をもよおしてくる 喫煙コーナーで僕の口から漏れ出す愚痴や説教なんて 糖尿病の研究をしているのに肥えているお医者様にしか 意味が見つからない よくある  よくあることで 仕事を終えると陽は暮れている ああ お天道様お天道様 煙草はもう吸いません 最後の夕暮れをどうしようかと 日曜の昼下がりの土手に 風が吹いた 会いたいときはいつでも会えるしって言った彼女の番号を X 会えないときでもつながってるんよって言った彼女の番号も X うちひとりだけは見といたげるしって言った彼女の番号を X これからもずっと一緒やねんって言った彼女の番号も X 風 吹いた 僕は目を開けたまま 夢 見ていたら 風 吹いた 会いたいときはいつでも会えるしって言った彼女の背中に X 会えないときでもつながってるんよって言った彼女の胸にも X うちひとりだけでも見といたげるしって言った彼女の腿に X これからもずっと一緒やねんって言った彼女の耳にも X X  X   X もう 染まることもないんだろう か 立ち上がると 風 吹いた ああ お天道様お天道様 僕にはどうにも足りないのです ---------------------------- [自由詩]夕焼けが足りない 12/AB(なかほど)[2004年1月15日23時52分]   夕陽に向かって 加賀一の宮駅裏の公園から 手取川にかかる橋を歩き まん中のちょっと手前で 深く一息   トン トン トン トン と   公園の方から三つ過ぎの僕がやってきた   夕陽に眩しそうな顔をしながら   誰の後をついてきたのやら   タ タ タ タ と    公園の方から小学校に入った僕が走ってきた   変身ポーズをとる間に   皆に追いこされてしまった   ガー ガー ガー ガー と   公園の方から自転車の僕がやってきた     少年野球のユニフォームで   はじめて試合に出た日の帰り       みんな夕焼けになって消えていった      もう公園の方からやってくる   僕はいない と   談笑しながら   三十半ばの夫婦が歩いてきた   あれは父と母   かと 見ているうちに   何も言わずに微笑みをたたえる   六十過ぎの夫婦になって通り過ぎた     水の流れと葉ずれの音が   山から降りてきて橋を通り過ぎた    タン タン タン タン と あれは誰 と公園の方を見ると 六つになる息子が走ってきて 僕の手を引っ張った トン トン トン トン と 遅れて公園の方からやってくる 三つ過ぎの弟は 夕陽に眩しそうな笑い顔 そうか もう家に帰ろうか      ---------------------------- [自由詩]夕焼けのコメットさん/AB(なかほど)[2004年2月16日14時00分] すぐにテレビ番組の真似をしていた僕らには ほんとに魔法が使えたのだろうさ まさみちゃんは七色のクロトンの枝を折って くるり くるり と回して スペシウム光線をかわし ついでに みんなの心をかきみだして 授業がつまらない 部活がつまらない 夏休みの宿題がつまらない ほんとの夢がその先にあったことは 気づいていたのか気づかなかったのか もう一度 七色のクロトンの枝を回すには 掛け算も分数の足し算も必要なんだってさ 仕事がつまらない 会社がつまらない ほんとの家庭ってこんなもんじゃない いつから僕は まさみちゃんのこと忘れてしまったのだろうか いや忘れてなんかいないのさ 宿題はまだ終わっていない 分数の足し算のところから いつのまにか 源泉徴収の計算をしながらでも 介護保険の算段をしながらでも クロトンの枝がガサっと鳴る音が 心臓の側で いまさら 心臓の側で 願いごとなんてあるわけじゃないのだけれど もう一度  あの頃のようにこたえてくれないかい 夕焼けのコメットさん 日暮れが近いよ    ---------------------------- [自由詩]夕焼けのポケットさん/AB(なかほど)[2004年2月20日2時15分]     まだ公園も整備されてなくて 材木置き場で資材主の目を盗んで遊んでた頃 もうお家へ帰ろうかという時間に 畑から帰る吉じいは子供達を集め 動物の真似をさせては これは猿の薬、これは犬の薬、これは猫の薬と ズボンの右のふくらんだポケットから アメリカ色のミルクキャンディーをくれた そういえば左のポケットもふくらんでいたけれど 僕らは右のポケットしか見ていなかった それから 吉じいの引く水牛の姿もなくなって 街の予備校へ通ったり 基地の中や夜の街や内地で働いたり それでもたぶんみんな 吉じいのくれたミルクキャンディーを忘れてないよ 僕らは僕らなりに 左右のポケットにいろんな物を押し込みながら 夕べ いつまでもアメリカ色のキャンディー だとばかり思っていた左のポケットから バイオレットが出てきたよ 吉じいの好きだった煙草だ 親父達は何かに憧れてアメリカ煙草を吸ってたけど 吉じいはいつも 僕らの動物の真似を見ながらこれを吸っていたんだ 美味かったのか? こんなにも舌がしびれそうなものが 僕は 内地煙草に慣れてしまったから とても飲めない けど そのまま そのまま 左のポケットに押し込む と  そこから夕焼けが    ---------------------------- [自由詩]夕焼けのチケットさん/AB(なかほど)[2004年2月26日3時00分]    大学時代のテキストの隙間から 色の褪せたチケットが 半券も切られないまま何年もそこに 「ところでそのコンサート」 と相方がつぶやく そう このコンサートはとてもよかったらしいね 解散間際で それぞれの気持ちが 歌声やギターの音に響いていて あれから 流行の再結成の噂もなく そりゃ  もう一度生で聞きたいってとこだけれど 流されずにそれぞれの道を歩いている って そういうところがまた嬉しかったり ほんとによかったらしいね 「ねえ」 うん そうだね こんなことを聞きたいんじゃないってことは さっきからわかってるよ いったい 誰と行けなかったんだろうね どこに行けなかったんだろうね どうして行けなかったんだろうね もう行けないんだろうね もう あの日の僕は 忘れていいかい 夕焼けのチケットさん すっかり 色も褪せてしまったのだから ---------------------------- [自由詩]夕焼けのカレットさん/AB(なかほど)[2004年3月4日7時46分]     石鹸のにおい 休み時間の度に手を洗っていた娘がいた 両手で水をすくい 端からこぼれ落ちるところから飲んでいく こんなふうに 僕の書く文章なんて いつも隙間だらけの言葉足らずで 伝えたい人には伝わらず 愛している人達には気づかれもしないように それでも その足りないとこから 夕焼けの空のドアが開いている と思うんだ 初めから満たされている物を欲しがり リライアビリティーなんて言葉が 信頼の本当の意味も知らず流行る世の中でも 僕の言葉には隙間 あれ と 放課後 あの娘のエクボ 照らされ透ける後ろ髪 水飲み場の石鹸のにおい 名前も帰り道も 途中までしか知らなかった あの空の色が やがてにじんで来るように ひとつずつでも 足してゆければと思うんだ ほら 夕焼けのカレットさん まだここんとこにも隙間が カレット=caret ---------------------------- [自由詩]夕焼けのソネットさん/AB(なかほど)[2004年3月25日9時49分] ひとつの恋やひとつの季節や その移り変わりのたびに ひとつのうたをうたう あなたのうたは あなたの心を解放してくれますか それとも 縛り付けられたままですか その合間でゆらゆらと ゆらと 遠くの誰かのこころも ゆらすことができれば それだけで 明日のうたもうたえるのでしょう このわたしのうたにも 横向きのカレットをひとつ あなたの声で 夕焼けの色を差しこんでください     ---------------------------- [自由詩]夕焼けのコロットさん/AB(なかほど)[2004年4月8日8時32分] 何年ぶりかに訪れた町は 道路が広げられ いくつもの大きな店が並び 駅ビルもすっかりきれいなホテルになって 僕の中の地図はすっかり すっかり塗りつぶさなきゃ いけないのだろうか 塗りつぶしたい理由が他にあることは すっかり忘れたつもりで 僕の育った町では かろうじて残ってはいたローカル線の一部も 全廃止になって そんなニュースは三日間だけで 田んぼの水入れは毎年のように 陽の光がゆらゆらと そこに 時計代わりの線路のきしむ音は 田んぼには聞こえてこないよ もう聞こえてこないんだよ よんどころなく 全てを忘れることなんてできない 全てをそのままに覚えていることも もちろんできやしない 今 僕が住んでいるこの町で いつも車で通る道を なにか理由をつけて歩いてみる 探しものなんか無くてもいい 何かを思い出すように 振り返りながら    ---------------------------- [自由詩]夕焼けのソケットさん/AB(なかほど)[2004年4月17日22時24分] 赤とんぼ食堂の他人丼の味と 裸電球の熱は変わってなかった そんなことで たったそれだけのことで さんざん無理して 気付かないふりしてきた僕が すぐそこで笑っている 淋しい目をしてれば まだ許せるものを どこを見ていたのか あの日の僕は 明日の僕を見ながら 裸電球のソケットに コンセント口が付いていて そこに繋がるラジオから 夢が見えていた頃 たまらなくなって 黒いスイッチをひねれば 背中の方から 抱きついてきた 吐息はそこから 喧騒の中 始まる 二人だけの静かな夜に溶け 赤とんぼ食堂の他人丼の味と 裸電球の熱は変わってなかった そんなことで たったそれだけのことで ---------------------------- [未詩・独白]夕焼けが足りない 14/AB(なかほど)[2005年12月16日13時42分] 赤ペンさんのバイトをしていた頃のこと その日は小学校三年だか四年生の国語のテスト の丸つけをしていた     いつものように今日もけんちゃんとけんかをして     しまったわたしは、秋の河原で飛びかうトンボを     眺め、「けんちゃんなんかきらい」と言いながら、     さびしくなってしまった。トンボみたいにいくつ     もの目があればいいなあ、、 とか、なんとかの文章を読ませ 問題は     「わたし」はどんな気持ちになったのでしょうか というもの もちろん     さびしい気持ち という答えに丸をつける そんな、ほんの一瞬の繰り返しの中     トンボになった気持ち と汚い文字の答え おそらくずいぶんと丸まった鉛筆で そのときは思いきり       × としたのだけれど 「わたし」は     さびしい よりももっと混ぜこぜな気持ちで それは     トンボになった気持ち だったのかもしれない と今では思う その「わたし」になりきった子は     トンボになった ほどに どんなにかさびしくなってしまったんだろう と ---------------------------- [自由詩]夕焼けが足りない 7/AB(なかほど)[2008年1月19日12時05分] 僕が鶴の森に行くのは 落ち葉やコインはもちろん 少し大きな石をひっくり返してでも そこに隠れている 夕焼けを あの日の夕焼けを見たい からで 森に行けないときは こうして目を閉じている できれば 君の息が聞こえるくらい 静かな場所で 静かな気持ちで 目を閉じている 終わる音 僕が鶴の森に行くのはおそらく そんな理由で どうぞ撫でていて下さい 子供のように、母のように、恋人のように、 猫のように、 君にも あの日の夕焼けが滲むまで    ---------------------------- [自由詩]夕焼けが足りない 8/AB(なかほど)[2010年9月2日16時26分]    坂道のぼって十字路へ 薬局、食堂、てんぷら屋 くさみち、赤道、平良川 信号 渡って瀬戸物屋 バス停に立つ僕 落書き、はがれかけ、路線図 くさみち、赤道、平良川 指で明日をなぞってみる セント玉は誰が入れたのか 新型両替機、すぐ壊れる くさみち、赤道、平良川 役場、農協、ゲート前 指でなぞれば どこまで繋がっていたのか くさみち、赤道、平良川 普天間、宜野湾、飛行場 昨日、今日、明日 いつもアパートの窓の側を くさみち、赤道、平良川 走り去るローカル線 駅に向かい 薬局、食堂、てんぷら屋 くさみち、赤道、平良川 信号 渡って改札口    ---------------------------- [自由詩]夕焼けが足りない 16(対角線)/AB(なかほど)[2016年8月29日21時27分] 魚屋さんには 夕陽がさす それは 雨が降っていても モールの中でも かまわずに その匂いの中に さしてくるのだ とうつむいたり それじゃ 見えるものも見えなくなってしまうって そう言ってた 君を思い出しては 明日のほうへ 顔を向けたり 明日は 来るだろうか いつもの夕陽が 優しすぎるから 明日は来るのだろうか 君の夕陽は そして 君の明日は あいかわらずの僕は うつむいたり 顔あげたりの 魚屋さんで ---------------------------- [自由詩]生まれながらの血の不足/AB(なかほど)[2017年1月16日22時50分]    そんな風にときどき ためいきをつきたがっている ぐらいなのに そんなところへ Mさんのお話なんかされるものだから まっ     しろ になってしまって いつでも 間がわるい僕にとって 足りないものはたくさんあるの それがなんなのか ひとつひとつあげていくことなんかできない それが ぼんやりとした不安につながるのか ねぇ ぼんやりとした不安   って素敵な響きなのに 小春日和の河原の土手で あくびをしながら 夕焼けを飲む と すこしだけ血が濃くなる すこしだけやわらかくなる 生きているって言ってみろ  って言ってたくせに あんたも  この夕焼けを飲んでみろ 「即興ゴルコンダ」より ---------------------------- (ファイルの終わり)