宣井龍人の帆場蔵人さんおすすめリスト 2018年11月16日0時00分から2021年5月15日14時28分まで ---------------------------- [自由詩]シュガー・ブルース/帆場蔵人[2018年11月16日0時00分] 命を頂いて生きている だから頂きます、というらしい けれどそれはそんなにありがたく 罪深いのだろうか 鶏が産み落とした精の無い 卵をいくつも使ったケーキは 悪徳の味がするのか 命を失った肉は血も冷たい サトウキビたちを殺して作った 砂糖のなんと甘いことか 甘さゆえに積み重ねられていく シュガー・ブルース 廃糖蜜さえ酒に変え 菓子に紅茶に仔羊に ラムをひとふり なんと罪深い シュガー・ブルース いつまで耳を塞いでるのさ 血が流れる音がしているよ 父を、母を、祖母を、兄妹を 友人を、見知らぬ人を、異国の人を 犬を、猫を、鳥を、蟻を 太陽を、星を、宇宙を 殺して、滅ぼし尽くし 路地裏で飢える人を 戦場で潰える生命を 親を亡くした子供を みつめながら歌うのさ 血が流れてるその傍らで シュガー・ブルースを歌うのさ 耳を塞いでる暇はねぇ 夢だ希望なんて玩具箱にしまって 蛇の潜む草叢に踏み出して 精のある卵を手に入れてごらん バロットを噛み砕いて血も肉も骨も 余さず食べ残さず、きみが生きる糧から 目を逸らすな、そいつもきみを観ている 互いの首を締めあうような生き方が 生きてるってことじゃないか そんな労苦のあとの 食事は美味いだろうさ、甘いだろうさ そんな時、シュガー・ブルースを歌うのさ 耳を塞いでる暇なんてないよ 歌えよ、シュガー・ブルースを 前奏は頂きますから始めようか 罪深くもありがたくもない、互いの 生命を晒しているなら、ただ断るだけ 頂きます、と否応もなくね ---------------------------- [自由詩]日暮れをゆく/帆場蔵人[2019年4月8日20時43分] もう 陽がくれる とつとつと 西へ西へと歩んでいくと 孤影は東へ歩み去り すれちがうのは ひとつ、ふたつの足音と みっつ、よっつの息づかい いつつ、むっつのさみしさよ もう陽が くれた ---------------------------- [自由詩]たまゆら/帆場蔵人[2021年3月6日15時04分] 耳から咲いたうつくしい花の声たち 眠っているときだけ、咲く花がある あなたはそれを観る事はないだろう 生きた証し、誰かの 言葉に耳を傾けた証し 母さんの声は咲いているか 愛しいあの娘の声は 知らない人の知らない花も咲いている 家族の親しい声も、忘れさられた声も 等しく咲いて花弁は散り朝の陽に濡れる前に 枯れていく、花弁を一枚口に含めば あなたの事がもっとわかるだろうか 耳を傾けてあなたの声が咲くのをみたい けど誰も自分の耳に咲く花を観る事はない 仰向けで手を組むあなたの耳を見つめて いる、過去と現在を行きつ戻りつ、揺れる声たち ---------------------------- [自由詩]きりんのかそう/帆場蔵人[2021年5月13日2時26分] (Q.きりんはくびがだいたいどれくらい のびるんですか?) 私は街の雑踏のなかのきりんを見たことがある 長い首で歩いているだけで、窓を覗いていると言われ 足下がおろそかになり、ひとにぶつかり謝っている 頭が高い、のだと、謝るさまなのかと責めたてられて エラい人の凱旋の垂れ幕に 引っ掛かり申し訳なさそうに きりんはあまりに、なかない ただ、身を縮めビルにもたれて、身動ぎしなくなって そんなきりんを省みるものは、もう街を出て故郷へと帰る 人々だけであり、それにしたところで、どうしてやる事も 出来ずに草や水を与えて次第に毛艶をうしなう脚を撫でて 気まずそうに目を伏せて、去っていく、私もそうであった きりんはきりんの居場所にいたら良かったのか 今ではきりんの体はあのビルの壁に写りこみ 親子連れや観光客が記念撮影をしているのだ あのきりんを責めるひとはもうなくあのきりんは忘却されて このきりんは遥か昔からそうであったように認められている きりんの魂はどこに行ったのだろう、ときりんの足元で シュラスコを売るブラジルから来た男に尋ねると肩を竦め 串に刺したシュラスコと釣り銭を差し出し、 「クニでオフクロさんが首を長くして待ってるだろう、と 言われるんだ。きりんはあんたのオフクロさんなのか? 違うだろ、あんたのオフクロでもないのになに気にするの」 そう言って首をとんとん、と叩いて笑った その流暢な日本語に喉が震えて私は黙った きりんのかげろうシュラスコは喉を焼いた 帰りの雑踏のなかで首の短い動物と私はたくさん すれ違った、特急電車の車掌に切符をみせながら きりんの魂まで、というと車掌は首をさすって あなた、本当にきりんを見たのですか と、問うから僕は、いいえ、と (A.はっきり言ってわかりません! でも、首と頭の長さは、だいたい、同じらしいよ) だいたい、ちょうどいい長さの答えできりんを諦め、笑った ---------------------------- [自由詩]どこまでも春の日/帆場蔵人[2021年5月15日14時28分] 水面をうねり進むのは 中州と呼ばれているものだ 息継ぎもなく川を這う その背で 菜花の黄が もえている 微かにひかる ガラス片 あれは 人の手から 逃れて 中州の鱗に 転じて跳ねて 軽や  かに   流れ     それは     とても   春、    い         ざ 蠢 て る 花 ざざ 、ざ ざ、ざ  い   菜    ざ 息継ぎもなく川を這う、ガラスの鱗、菜の色 風と水を呑み干し、中州はときにひとも呑む 背の上で手を振っている、あれは、誰だろう 流れ流れて丸くなった 石、悠久に顔は削れた のか、それともそれとも…… 中州が身をくねらせる あゝ、春ですね、石切りをする子どもたち 中州まで届くだろうか、いつかの春のように ---------------------------- (ファイルの終わり)