まーつんのおすすめリスト 2020年7月11日20時34分から2021年11月17日21時28分まで ---------------------------- [自由詩]毒のある花/Lucy[2020年7月11日20時34分] 毒があるんです そういって その花は泣いた 拭っても洗い落としても  緑の茎を伝う紫の雫 花びらの裏側に にじみ出てくる薄暗い素性 どうしても許せないという 戸惑い 悩み 毒などない振りをして咲いた 美しく清らに 朝露に光る蜘蛛の巣も カマキリの鎌も 生きていくため みんな誰かを傷つける そういってまことしやかに笑うのは 猛毒の針を持つスズメバチ 花は自分の毒を 受け入れた 包み隠すことはやめよう 滴る雫をふり撒きながら 仰向いて いくらかは自由になれた気がした 清らかなふりをしていた頃より ほんの少し 鮮やかに咲いた もう散ってしまう日の朝に ---------------------------- [自由詩]詩のことなど/はるな[2020年7月20日23時21分] だいすきだった詩人が 詩のことなど忘れて 湯を沸かしている うすいまぶたに光が乗る 忘れて、 忘れて、 忘れて、 生きなさいね。 と わたしの耳は聴く ---------------------------- [自由詩]色彩・印象/滝本政博[2020年8月1日19時31分] オルガンを弾くその滑らかな指の動き 室内は少し暗く 表情までは分らない 窓の外は遠くまで向日葵の畑だ 種子の周りを囲む舌状の花びら 黄色の群れ咲く中に 遠く稲妻が走る 銀塩のネガの上で反転する色 青い残像が定着する オルガンの音が止まり 雨が降りだした      * ときおりむしょうに 絵画が見たいとおもうときがある そんなときは 音楽でもなく 文学でもなく 絵画でなければならないのだ その線であり色であるものに 掴まれて揺さぶられたいのだ わたしの細胞が絵画を欲しているのだ そんな時わたしは美術館にいる      * 楽園にいた 鳥の囀りで目を覚ました 晴れわたった空 咲き乱れる花々 瑞々しい樹々の間を小川が流れる ここは天使が舞い降りた場所 彼らが笑い飛び跳ねたところだ わたしたちは歩き出した 互いの手を握りながら 蝶の姿で光が纏わりついた 色彩の階段を昇ってゆこう なんの不安もない一日が いま始まった      * 汽車がゆく フニクリ・フニクラ 手を振ってくれよ 陽気な登山列車だ 標高が高いのでくらくら 印象派の光が満ちて 景色も僕らも粒状の色彩に還元されてしまう 肉付きの良いあなたが 乳房を見せてくれる セーターを捲って ---------------------------- [自由詩]傘の下に降る雨/こたきひろし[2020年8月8日6時24分] 暮らしの貧しさは容易に数字に出来るけど 人の心の貧しさは容易に言葉や文字には括れない 日々の仕事に心底疲れながら 休日にそれを癒せない そこには命の貧しさが潜んでいるからだろう 平凡でかまわない それ以上を望んだら なりふりかまわない生き方しか出来なくなるだろう が 現実はその平凡さえ手に入れるのは難しい 「次の休みには家族で何処かに出掛けようか」 妻と二人の娘に提案してみた「海 山 川?どこがいい?」 訊いてみた すると長女が答えた「自然のある所なんかいつでも行けるわよ」と言われてしまった そんな答えは聞きたくなかった 苛立ちを抑えながら それを極力悟られまいとして 「それじゃ何処へ行きたいんだ?」 父親が静かに尋ねた「巨大ショッピングモールへ行きたいな」と娘は言って同時に妹に無言で同意を促した 自分達の暮らしの貧しさは容易に数字に出来る 父親は返事を躊躇った 父親の顔色を見て長女がすかさず言った 「何処へも行かなくていいよ お金ないんだからさ」 父親は言葉を返せなくなって黙った 「何処へも行かなくて家にいるのがいちばんよ」 と母親が口を挟んだ 暮らしの貧しさに 心までもひもじくなるのはたまらない それは一つの傘の下に身を寄せあって 傘が役にたたずに 皆が雨にずぶ濡れになって仕舞うような 悲しさとやるせなさを 感じてしまうような思いだった ---------------------------- [自由詩]仕掛け花火のような/こたきひろし[2020年8月9日14時30分] 仕掛け花火が好きだった 真夏の一夜 打ち上げられて 一瞬 大輪の花を咲かせて 儚く消えて仕舞うような花火よりも その夜 私は幾つだったんだろう 子供だった その夜 私は何処にいたんだろう 見も知らない所へ 初めての土地へ連れて来られた 川原だった 水の匂いと水の音がしていた 筈なのに 花火見物の沢山の人の歓声に飲み込まれていた 筈なのに 記憶は朧気になっていた その夜 私は誰かに肩車されていた 火花が滝みたいに川に向かって落ちる様を 見たくて 肩車をせがんだのだ その夜 私は肩車をされた 果たしてその人が 実の父親なのか 或いは 父親以外なのか 思いだそうとして 叶わないのはなぜ そこに 母親の記憶はなかった 父親の死後に 私はある事実を知る事になる 父親は再婚だった 最初の人は 最初の子供を死産した 戦前の医療は遅れていた 母親も間もなく亡くなってしまった それは まるごと 儚く消えてしまった花火みたいだった その後 父親は再婚した それが私の母親だった もし 最初の結婚が破綻しなければ 私はこの世界に存在しない それは仕掛けられた花火だったかもしれない 私は火花のように溢れ落ちたのかもしれない ---------------------------- [自由詩]憧れ/はるな[2020年8月18日23時57分] 百よりも承知で まちがいをした 星や花やきれいな色を 片端から万引き 雛の初恋も 水際の目配せも みんな無理に抱きつぶした 夜よりも深い穴を開いて 世界からはなにも盗めないと 気づいたときには 世界はもうなかった ---------------------------- [自由詩]土星/はるな[2020年8月19日2時25分] あさ起きて 星を喰う 流れ星が 喉に支える 腹の子が 早く出せと 騒いでいる 光線が 蒼く 地平を染めて 物事は起こり 終わり続けている あー ねむたい 土星の環が 落ちている これを娘に 娘にやろう きっと頭に乗せ きらきらと笑って わたしたちは 明日を赦す ---------------------------- [自由詩]わたしがぞうさんだったころ (童謡「かくざとういっこ」によせて・・)/Lucy[2020年8月20日21時09分] わたしがぞうさんだったころ 大きな大きな夢と希望と ありあまる時間と可能性と 努力すればいくらでも磨ける若さと才能と 確かな記憶と集中力と 眠らなくてもどこまでも歩ける体力と 持て余すほどの自意識と 自尊心と傷つきやすいガラスのハートと 持ちきれないほどの恋と憧れと欲望とで 膨れ上がって 自分が嫌いで 勲章はいつもはるかな遠いところに 誰かほかの人の胸に眩しく輝いていて うらやましくて 妬ましくて ぐずぐずしていたものだから 時間はあっという間に流れ ひとつひとつを失くしていった 憧れも希望もなにひとつ手に入れられず 象はしぼんで いつしか小さなありになっていた だから 角砂糖一個の幸せが とてもおおきい ---------------------------- [自由詩]新南口/はるな[2020年9月9日0時31分] 約束だとおもって ちゃんと5時に来た 新南口に だれひとりやってこない 犬もこないし 鳥もこない なんだよ かわいい嘘じゃん それでわたしは考える 拾われなかった小石や 打ち寄せなかった波について 閉じられなかったまぶたや 交わされなかった恋文 降らなかった視線についても ありえたかもしれない瞬間が 表出するまえに失われ そしていまも 失われ続けていることについて はんたいに 起こり、終わっていった物事について いったいどれほどのちがいがあるだろう? これが約束だとしたら 帰るわけにいかないのはわたしだ なんだよ それなら世界はかわいい嘘じゃん ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]メモ(正直なところ)/はるな[2020年9月21日2時22分] 正直なところ、たしかに生活することは悪くない。湯を沸かし、布を洗い、床を磨き、花を飾る。娘の髪を梳き、夫の靴をそろえ、ときどき、外で花を売ることは。 どうしても今日死ななければいけないのに。という気持が45分おきにめぐってきて3時間続き、気を失うように眠って半日経つっていうようなのが、わたしの人生の半分だった。どうしてそう思うのかはわからないけれど自分が生きてるべきではないのだと信じてたし、けれども世界はあるべきものであって、苦しかった。あるべき世界にあるべきでないはずの自分があって、それがとにかくいやだった。どうしたら正しいのか、どうあれば自分がいることが正しいのか考えて考えて考えても正しいと思えなくて、いやだった。 物事は少しずつ変化して、とにかくいま生活をしている。考えているときは生活なんかしてなかった。お湯を沸かすことも床を磨くこともなかった。花はみるもので飾るものではなかったし、とにかく世界のあらゆるものはわたしの外側にあった、生活も。 わたしはとにかくさみしくて途方に暮れていた、誰もわたしにいても良いよともここにいなさいとも言わなかったから。健全な家族に生れて足りないとおもってはいけないのだと考えていた。真っ当な父と母にきちんと育てられたけれどもその時はとにかく生きていても良いと思えるための愛は足りなかった。 それで夫に自分と一緒にいれば良いのだといわれたときは嬉しくて嬉しくて、じゃあそうしようそれで良いのだと思った。だけど一人でいるとやっぱり生きていてはだめなのだと思った。自分がだれかのお陰で生きているずるい、悪いものと思った。とにかくまださみしかったので子供がほしかった。やわらかくてちいさくて可愛くて絶対に愛せると思った。そうしてやっとむすめが生まれたときは嬉しかった。はちきれそうな体もぶちあがる血圧もつらくなかった。乳が腫れるのも血が出るのも構わなかった。30分ごとに泣いて眠れないのも離乳食をたべないのも構わなかった。このときのために今までの人生の半分を眠って過ごしていたのかと思った。いつまでも自分から離れようとしないのも可愛くて、息をしてていいんだとおもった。はじめて人から必要とされた。 わたしはこの人がすこやかなように、生活をつくって、そのなかで生きよう。と思った。 けれども当然のように、わたしの生活のなかに、むすめの生活のすべてをいれることが出来る時期は終わった。いっときの素晴らしい贈りものだったと思う。 この家のなかに、わたしの生活と、むすめの生活(の一部)と、夫の生活(のほんの一部)がある。わたしはそれらすべてのために、湯を沸かし、布を洗い、床を磨く。そしてわたし自身のために、外へ出て、花を売る。 もしもういちど子供を産むことがあったら、また素晴らしい体験ができるかもしれない。 そうしたらまた生きていてもいいのだと思えるだろう。でもそのために子供をつくるのはあまりに邪とおもう。 それに、わたしは少しずつ折り合いをつけてきたような気もするのだ。 生きていてよいはずがないという考えと戦い続けるのはとても疲れる。考えて考えて考えても、生きていても良いと思えなかった。どんなに数をかぞえても。一生懸命働いても、詩を書いても、人を好きになっても。泣いてる娘を抱きあげる贈りものみたいな時間の外では、わたしはどうしてもだめなのだった。 だからわたしは頭のなかから出て、湯を沸かす。いっとき逃げて、靴をぴかぴかに整える。それを 生活というなら、たしかに悪くはないのだ。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]あたらしい闇(メモ)/はるな[2020年11月27日17時02分] 祈りを焚べる、夜、朝、昼にも。 あ   というまに夜になってしまう。秋だもの。だから真っ赤な落ち葉をなん枚も拾って持ち帰る。でも乾いて暗くなってしまう。暗くなると、あかりが余計まぶしく白くみえるよね。 遠いみたいに。 明るいところから暗いところはみえないけど。 見えるように、祈りを焚べる、その火はけれども、あたらしい闇をつくる。どんなに世界のすみへいったとしても。 ---------------------------- [自由詩]あるはずの体/はるな[2020年12月18日23時52分] あるはずの体を あるはずの記憶で 建てなおす あちこちにゆがんだ寂しさをもち ありふれた色に懐かしさを覚える 吹けば飛ぶような思想を傘にして いったいこの灰色の粘土細工の どこに芯があったのか はっとするほど重みのない けれどもたしかに触れることのできる ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]メモ/はるな[2021年2月17日23時49分] 必要なのは、ひろい思考とおもう。 ひろびろとあかるくつめたく心地の良い部屋。 しかもいつどこにいてもそこに行くことのできる。 わたしはふだん灰色の部屋にいますが、 そしてその部屋にはドアーがあったりなかったりするが、部屋を出ることができる。 出入りすることのできる部屋をいくつか作ることだ。 そして困難なく、可能なかぎりそれを制御すること。 しかしながら時々は、思いもよらない物事に翻弄されること。 現実は、頭のなかよりももっとせつないから。 むすめの清潔なおでこ、頬、まっすぐな髪の毛に、 ひとつでも願いをのせることがおそろしい。 ほんとうはいまだって、世界のあらゆるものごとがわたしにとっておそろしく、太刀打ちできない。 それでも途方にくれずにいるのは、 その爪、寝息、笑ってしまうようなわがままや、 おもたい瞼をもちあげようとして でもやっぱり閉じてしまう夢のふち。 わたしが灰色の部屋を持ちはじめたのはいったいいつからだっただろう。 いくつもの物語がそれをつくった。 いまでも、たびたびその中で遊ぶ。 ---------------------------- [自由詩]人を愛する/はるな[2021年6月7日21時55分] 降る やむ 咲く ちる やって来て 去っていく 一日じゅう飽きもせず 寄せ返す波を数え まばたきより多く 人を愛する 昇っては沈む 絶え間なく産まれては失われる あらゆるもののなかに いることも いないことも できない ただ 途方にくれ まばたきより長く 人を愛する ---------------------------- [自由詩]白昼/はるな[2021年6月24日13時31分] 風や街、ビル、文字、感情はあり、 選ばれたものと、選ばれていないものが ひと筋の線で隔てられる今日、 たしかに時間も空間も存在し、 ざらざらと触れることさえ出来る 空の自動販売機、乾燥した花屋、 そこかしこに捨てられた名前 ステンレス、猫、看板や流行色、電波も ここにあり、経過し続ける、失われゆくすべてのものが今ここに存在し、 ずるずると痛みさえする、するけれども どんなに探しても、みつめても、 私だけどこにもいないのだった ---------------------------- [自由詩]輪郭/はるな[2021年6月28日16時25分] 境目が淘汰されて すべてはグラデーションになる 曖昧さは受け入れられ 器は広く広く浅くなる 明るくなりすぎた夜のように 影はぼんやりと甘く この輪郭を脱ぐ術を 探している ---------------------------- [自由詩]レール/はるな[2021年7月10日7時26分] このまっすぐな夜の向こうに 蝶の朝がある こまかな傷の大小に値札をつける この波を営みと受け入れられず はねのないものは歩き、 足のないものは泳ぎ、 背びれのないものは飛び、 なにもないわたしは溺れながら このまっすぐな夜の向こうに 蝶の朝がある 朝があるという絶望を糧に いったいどれほどの波を飲んできただろう ---------------------------- [自由詩]夏の前日/はるな[2021年7月13日18時12分] 冷やした部屋で 濡れた画面を見ている 夏の前日 みるつもりでいた夢 古い冷蔵庫、凍りかけたビール 物事の手前で 君が微笑んでいます 夏の前日 それは 訪れるはずのない幸福 描かれた花束 心地よくつめたく腫れていく 夏の前日 ---------------------------- [自由詩]水たまり/はるな[2021年8月8日6時43分] 雨の日、唐突に、思い出すように、 ありもしないことを、 考えている、 そのとき、過去と未来は同義 水たまりを、世界だと思って 生きた 愛のなかを、海のように思って 干上がっていく幸福を、 すこしでも永くあじわうために、 底へ 底へ 這いずりながら、 干上がっていく幸福を、 すこしでも永く ---------------------------- [自由詩]おやすみ/Lucy[2021年8月20日21時25分]   部屋の灯りを消し カーテンの隙間を覗いたら 霧に滲んで電線にひっかかっている ミカンの房のような月がいた おやすみ 泣き虫の月 夜の周縁を震わせて 電車が横切ってゆく 拡げた折り紙の角が皺寄る 警笛が電柱に絡みついている おやすみ 泣き虫の警笛 くたびれた油紙の破れ目から覗く 魚屋の裸電球のように 煤けた柱に括り付けられ 地球がぶら下がっている 傷だらけで 汚穢まみれで 青く滲む おやすみ 泣き虫の地球 明日会おうね 明日はきっと僕が泣いてる また君に会えた嬉しさで ---------------------------- [自由詩]ボール/Lucy[2021年8月24日20時51分] 川辺で凹んだサッカーボールを見つけた 泥に汚れていたので 水際で洗った すると驚くほどつやつやと輝きだした それは幼い頃に亡くした僕のボールだった 日に当てて乾かすと次第にへこみが膨らんで まん丸になった それは 若いころ抱いていた理想だった 僕はそれを地面に置くと 数歩下がって助走をつけ つま先に力を込めて蹴り上げた 向こう岸のゴールポストをめがけ 薄赤く光り始めた日暮れの空を裂き 鮮やかな弧を描き 古ぼけたボールは飛んた ---------------------------- [自由詩]午睡/Lucy[2021年9月12日21時14分] 周りのみんなが眠っているのに自分だけが目覚めている夢を見た 起こそうと呼んでも誰も返事をしてくれない 窓の外で陽射しだけが明るい いびきが響くま昼間の午睡 眠っている大人たちの間に身を横たえて 目を閉じてみるしか術がなかった もう一度目をあけた時 本当に目が覚めますようにと願いながら 両手の指で瞼をこじ開けた 真っ暗な中でか細く母を呼んでみる おかあさん はい と返事して母はすぐに電灯をつける 身体を起こし腕を伸ばし吊り下げられた電球の ソケットを掴んでスイッチを捻る 明かりをつけるためにそんな動作が必要だった まぶしい黄色い光が目を刺し 心の底からほっとする どうしたの?おなか痛いの? ううん痛くない やな夢みたの? うん 寝なさいね はい おとなしく目を閉じる 明かりが消える 疲れた眠りの果てからも いちもくさんに戻ってきて 暗闇に 明かりをともしてくれる人と そのための暗闇・・ ---------------------------- [自由詩]眠り/はるな[2021年10月10日1時24分] 燃える 眠りのなかで すうすうと 静かに ひかっている あなたの 寝息をかぞえて 数えて 数えて その数の ひとつ ひとつが ことりと胸に収まるたび 酸素が 血をゆく 心地がするので 眠りは 深いほど青く もえながら 数を焼いていく ---------------------------- [自由詩]ごはん/はるな[2021年10月21日23時38分] ごはんのにおいがするから帰るよ 造花だらけの無菌部屋 ねえでも ここがわたしたちの家だけど? 去年とおととしのカレンダー うーんだけどかえらなきゃ 裏返しのくつ下を 拾わなくちゃ、拾わなくちゃ と思って焦っていた ボールが落ちるまえに 地面にぶつかるまえに 日が暮れるまえに 明日がくるまえに! 帰らなきゃならなかった ごはんのにおいがするから チャイムがなっているから 帰るよ、帰るよ と言うんだけれども 着ていくからだが見つからないのだ ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]メモ/はるな[2021年10月23日6時06分] 幸福でいることを、なにかに当てはめようとしてしまう。渇いている理由を知るのとおなじに、幸福である理由を、幸福でいてもいい理由を。階段を降りていく夢を見て、涙の乾いてまぶたが開けられないで朝。ま昼に電飾を着るようなのを、幸福とおもってた。 わたしは砂で、舫の立てられない海辺で、船や波打ち受け入れる。 寄せ返しを数え、雨の日には、少し形作られる。でも、きれいな海辺じゃないと思って(いて、それがかなしかった)。 十年前よりは、すこし知っていることが増えたので、知らないことはもっと増えた。 上手いやり方を覚えるというよりかは、つらいやり方をいくつか捨てた。 いまは娘の髪が腰まで伸びて、やわらかく光を跳ね返している。 あたらしいものを作らなくても、きれいなものを増やさなくても生きていくと思う。 そう思うとき涙は少し出る。わたしはもう、それを辛いとか喜びとか汚いとか、なにかだと決めなくても良いのだ。 ---------------------------- [自由詩]空中ブランコ/Lucy[2021年10月24日20時06分] 秋の夜は 濃さを増してゆく群青の空の深い深い奥のほうから 細い真鍮の鎖が二本 長く垂直に吊り下げられ   両の手でそれに掴まり 先端の細い横棒に ピエロがひとり腰かけていたのでありました 白塗りの顔に だぶだぶの水玉模様の服を着て 右目の周りにあかいダイヤ 左の頬には涙のしずく 大きな口が笑った形に貼りついて ピエロは僅かに項垂れて 芯まで冷えた身体をブランコに預けていたのでありました 漕ぐのをやめてもうどれぐらいたつのでしょう 澄んだ空気が凛々と鳴る程に冴えわたる空の更に高い処では ブランコのような月が輝き 硝子の粉を散りばめたような星が瞬き始めると 細い鎖にきらりきらりと反射して 握った指先もすっかり冷たく感覚を亡くしてゆくのでありました 折しもピエロは立ち上がり ゆっくりと膝を曲げ 力を込めて伸ばしました ブランコは少しずつ揺れはじめ やがて大きな弧を描き空を往復し始める 加速と失速 失速と反動を繰り返し 次第にもう少し高い位置まで到達しては引き戻される ピエロは漕いだ 漕ぎながらピエロは笑う お腹の底から 戻されながらピエロは泣いた 声を限りに 顔の化粧はいつしか?がれ 本物の涙の雫が夜露となって地上に落ちた ついに限界に届く頃 ブランコに足を引っかけ逆さにぶら下がっていた 向こうの空から飛んでくる もう一つの黄色いブランコに 両手を伸ばし 飛びうつる ---------------------------- [自由詩]道路/はるな[2021年10月25日22時39分] いつまでも思い出す 自分だけちがう靴を履いてきたような所在なさ 裏庭のベンチがささくれ立っていたこと ひみつね、と打ち明けられるいくつもの公然 嘘ですらない告白 知らない人間ばかり笑っているなかで セックスの後の体が軽かったこと まるで自分のものじゃないみたいに思ってたもののすべてが ほんとうに自分のものじゃないとわかったこと ぬかるみを選んであるいてきた 自分のことが大切ではなかった いまもほとんどかわらない思いをして 切って覚えた輪郭をころがして かわいた道路に泥をさがしている ---------------------------- [自由詩]詩のとき/はるな[2021年10月28日18時12分] 詩のとき 心は旅をする 命からとおくはなれて あるものの全てにこまかくなってよりそう 愛などは 手に負えなくて 途方にくれた 炎はもう あかるすぎて いられなかった はじめて 旅をした 詩のとき 心は 命からはなれて どこまでも とおくへ行った とるに足らない実在のものものの愛おしさを思うとき、 あまりにも近くて 触れられない心臓、 苦しく波打ち、切れるような寒さに、 ふるえたり、立ち尽くす時、 わたしたちには 必要だった 命から どこまでも とおくはなれて 旅をすること、 旅をして、 そして、戻ってくること ---------------------------- [自由詩]幸福論。きみへ。/梅昆布茶[2021年10月31日9時13分] きみの幸福のために宇宙が誕生した きみの幸福のために宇宙は存在する きみの幸せは永遠のひかり きみのステージはいまこの瞬間 きみの幸福は結果なんてもとめてはいない ただ待っているだけなのです ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]メモ/はるな[2021年11月17日21時28分] 額に、頬に、指先、肩に、下腹に、クリームをすり込みながら、世界が嘘になった時のことを考えている。もしくは一時本当だった世界のこと。いま飾ってあるのは、八重咲きの小さいオレンジ色のすかし百合、白に赤い縁取りの入った外国産のばら、山吹とライムが混ざったシンビジウム。アイビー、ポトス、ごむの木、ブーケを崩して生けたドラセナは白い根を伸ばしている。いつでもそこに現実があると思う。思うけどうまく理解できない。 自分の愚かなところは、物事を理解しようとするところだ。 ---------------------------- (ファイルの終わり)