まーつんのただのみきやさんおすすめリスト 2013年8月8日21時29分から2014年8月10日18時15分まで ---------------------------- [自由詩]何一つ好きにはなれない/ただのみきや[2013年8月8日21時29分] いまは何一つ好きにはなれない しろい夏に鳴き終えて落下する少女 夏は夏らしく振舞うことで時を虚ろにする 日に焼けたこどもたちよ 謎が謎でなくなる未来 夢に見たものの本性を知る将来 蝉は鳴いているだろうか きみたちは抗っているだろうか 静かな夜は訪れてくれるだろうか 記憶は一人歩きしていないだろうか 大人たちは宣ているだろうか 平和を説きながら憎しみ合っているだろうか できなかったことをきみたちに期待しながら 手の中と頭の中の境目もなく  ほとんど何も変わらないだろう 宇宙旅行には行けるかもしれない しかし蝉は墜ちるまるで人の魂のように そして太陽は徐々に陰りながらも嗤うだろう もう何一つ好きにはなれない しろい夏に鳴き終えて落下する少年 ---------------------------- [自由詩]告白と言い訳/ただのみきや[2013年8月11日17時12分] 詩人の方々 告白します 手元にある数十冊の詩集 八割以上は古本屋で買いました おまけにほとんど百円コーナー いくつかの本には裏表紙に 詩人のサインと送った相手の名前 生々しく痕跡本です 詩人の方々 ごめんなさい 自分も詩を書く者なのに みなさんのいのちの証を 百円で買っているのです 稼ぎが悪いのが理由です 家族の手前もあるのです 詩人の方々 告白します 否 言い訳かもしれませんが 詩は数奇な運命を持つものです 先日わたしはブックオフで 一冊の詩集を買いました ハードカバーでケース付 汚れもないけど百円でした 詩人の名前は「長井菊夫」 詩集の題名は「天・地・人」 驚いたことにこの方は わたしと同じ市の出身でした もっともこの方は大正十五年生まれ 全く知らない方でした 裏表紙には本人のサインと朱の落款 同じ筆跡で「○○様へ」 しばらく書棚に寝かせていましたが 読み終えた中也の代わりに鞄へ入れ 仕事の合間に読み始めました 詩は解き放たれ 四季が巡り始めます それは真空パックの新鮮さ 全く時代を感じさせません 雪どけの小川のように流れてくるのです 古さを感じさせない小説もあるでしょう しかし書き手の飾らない心の震え 日常の感動や心象があたかも そこに在るかのように伝わってくるのは それが詩であるからでしょう こんな不思議な出会いが これまでもたくさんありました 知らなかった詩人の初めて見る詩集 ページを開くと 直ぐに時空を超えて親しい友のように わたしが詩を読み詩を書こうとするのには こんな偶然の出会いが強く影響しています 今はデジタル化された時代です 紙に書かれたものだけが詩ではないでしょう でもわたしは紙に書かれた詩が好きです 本になった詩が好きです 詩集を出版された方々 ご存知のように詩集はそんなに売れません 一部の人が(恐らく詩人が)読むのです 書棚から書棚へと旅をして 古本屋に並ぶこともあるでしょう しかし詩には数奇な運命があって 必ず読者と出会うのです 当の本人は知らなくても 歳月を経た後であっても 詩という不思議を通して 読者は詩人の心に触れるのです 詩人の方々 一冊の詩集を世に送り出すことは偉業です 歯の浮くお世辞ととらないで頂きたい 詩集は旅をします わたしの書棚は そんな旅人の旅路の果て 長期滞在型の一軒の安宿なのです そういう訳ですから どうか 大目に見てやってください ---------------------------- [自由詩]仕舞蝶/ただのみきや[2013年8月25日22時23分] 蝶は夏の光を泳ぐ ふわり ふわり 目には楽しげで  花を愛し 仲間と戯れて ときに人にも寄り いのちの季節を謳歌する さて黒い揚羽がまるで 空飛ぶ絨毯のように 羽ばたきもせず滑空し それはゆっくりと 頭上を越えて行った やあ御機嫌ようと 見上げれば もう 翅は破れ襤褸になり 右と左が違っている エメラルドやサファイアを散りばめた 黒いドレスの貴婦人よ かつての姿は霞んでも その本性を失わず 光の海を渡って行くか 夏の空気に揺蕩いながら ゆっくりと 饐えた悲哀の匂いはなく 憐憫の情をも拒むように いのち《すなわち生と死》の威厳を纏い 一夏一生 長いか短いかではない 生きるかぎり己でいたい 襤褸になっても呆けても 紛うことなく己でいたい こころの翅を広げたまま 揺らめく現象の終息 いのちの季節の境目まで ---------------------------- [自由詩]空白地帯/ただのみきや[2013年9月8日22時53分] 詩について論じたり 批評したりできる人たちが読むならば 詩とは呼んでもらえないような代物を 三年間で百八十くらい書き投稿してきた それ以前にも書いてはいたが 誰にも読んでもらう機会がなかったのだ 多いか少ないかは比較の問題なので 自分ではどちらとも思っていない わたしの詩(一応そう呼ぶ)は 事実と虚構の境目のない真剣な道楽だ 昔 海硝子や夜店のペンダント 壊れた玩具などで世界を変える爆弾を作ろうとしていた 屋根裏に潜んだ少年兵の成れの果て まっとうな言葉で伝えられない心の細波を 比喩やイメージの投石で誰かの心にも起こしたくて 時には手製のパチンコで狙撃も試みるのだ 詩が真理への道だとは思っていない だが心に埋れた真理の欠片を映す鏡にはなれるだろう 詩は神ではない(ミューズなんてろくな女じゃない) むしろ妖怪ではなかろうか あるいは調合次第で化ける言葉の錬金術かもしれない 失敗したら感動実話すらガスになる いろんなものを生み出すが何時までも黄金には至らない 詩作は依存をもたらすアブサンの魔力 わたしという詩を見るとそこに港がある 山があり草原があり鳥や虫たちが暮らしている 季節が廻り時は過去現在未来行き来している 街があり人々は泣いたり笑ったりしている しかしそれは外観だ まだまだ埋められない空白が中心に広がっている そこには決して言葉にできないものが生息している そこにこそ本当に言葉にしたいものが生息している 空白地帯の探索は続いて行く 少しずつそれは狭められて行くものか 詩の一編一編がその外縁境界を千鳥足で歩くように 時に外を見て時に内を観て語るものだ 世界は自らを映す鏡であり逆もまた然り 詩は詩人を映す鏡であり読み手を映す鏡でもある 果たして歪んでいるのは鏡か自分か いつか禁詩する時が来るのかもしれない ---------------------------- [自由詩]海に描いた反ジガゾー/ただのみきや[2013年9月12日23時11分] 深海魚が太陽を見る日 光のパレットナイフが 海鳴りの弦を切断する 青い狂喜で上塗りされ それが比喩かも忘れて 人がひとり墜ちて行く 閉ざされた貝のように 白く饒舌な泡に抱かれ 記憶の浅瀬で蓄音機が 壊れたまま愛をなぞる           疼く新月の背中を泳ぐ           魚の群れは暁に爆ぜる           嵐を避けた旅人たちは           空に刺さった白い翼で           昨日の顔を剃り落した           盲目という名の水夫が           風に咲いた女をつかみ           肋骨の間に接ぎ木した           女が蔦のように覆う頃           熟した指で海に書く詩 ---------------------------- [自由詩]家族旅行/ただのみきや[2013年9月20日23時15分] 最前列に磔刑宛ら固定され 急な坂をゆっくりと上って行く 頂上に何が待ち受けているかは分っている (何故こんな日に雨が降るのか) から (何故雨の日にこんなことをするのか) 思いを行き来する疑問の変遷 やがて高原のさらに突端のような高みから 親子は急傾斜を下って行く  初めて遊園地へ連れて行った日も雨だった  歩いているとウルトラマンとばったり会って  一緒にコーヒーカップに乗ったのだ  後からショウに行ってみると  広い会場に客は私たち親子だけ  妙なプレッシャーが双方を支配していた  バルタン星人が息子を捕まえて  ウルトラマンがそれを救い出す  最後にウルトラ兄弟たちと記念撮影をした  あの頃幼稚園だった息子も今は中学生  私よりも背が高く靴のサイズも大きい ジェットコースターには疑問を感じる 乗るごとに内臓年令は上がり寿命が縮んで行く だが今は息子と一緒に乗りたいのだ 息子が乗りたいものに付き合いたい そのためにやって来たのだ 目の前にループが迫ってくる あってはならないことだ しかし途中下車は出来ない泣いても叫んでも 止まるべきところへ至るまでは 息子を愛していた それが伝わっているものと思い込んでいた だが私は癇癪持ちの理想主義者だった 彼はストレスの頂上へと運ばれて行った 無言のままカタカタと日常生活を軋ませながら そんな態度をいさめながらも気付かぬままに 私はその日を迎えてしまったのだ 炎は燃え上り家族は怒涛の如く下って行った    ループして/叫んで/泣いて/止まらない/  揺れて/カーブして/黙して/降りられない  アップして/すがって/ダウンして/震えて  /アップして/弁済し/重力に逆らい/塞ぎ/  愛して/苦しんで/減速/減速して/放心して 愛されていないと言った息子に 愛していると伝えたかった しばらく離れて暮らした後で 家に戻れたら何をしたいか尋ねたら 友達のことゲームのこと そして家族で旅行へ行きたいと言われた時 ただ嬉しくて涙が出た リゾート地でたった一泊二日 まさかの雨に濡れながら絶叫マシンに乗り続ける これ以上Gには耐え切れず息子を?死霊の館?へ誘う 妻は嫌がったが彼は乗り気だ ちっとも怖くはないけれど 友達同士のように燥ぐのにはちょうど良い ---------------------------- [自由詩]10月10日の詩/ただのみきや[2013年10月11日0時00分] 朝焼けと茜空の間に 彩(いろどり)が溢れ 茜空と朝焼けの間に 暗闇が横たわる 少女はその秘密を知りたくて 彩の一つ一つを呼び出しては 新しく命名し昼の詩を 暗闇の底を探っては 言葉で照らし夜の詩を 創造し続けた 花の彩 空の彩 風の彩 人を彩る 愛または哀   夜の闇 月も星もない 心の闇 時代の闇 闇よりも濃く 時は流れて 誰かが質問する 「詩とはなんですか」 「あなたは詩人ですか」 女は手中の言葉に翼を与えるが 答えはしない だが愚問を詩に転生させる プロセスについての考察は ティータイムへ持ち越した 朝焼けと茜色の間に 言葉の蕾たちが一斉に微笑んだ 茜色と朝焼け間 澄んだ闇に星の音が煌々と        *朝焼彩茜色さんの名前を題材にして         勝手にイメージを走らせて書かせていただきました。 ---------------------------- [自由詩]ひねくれ者より献花です/ただのみきや[2013年10月16日23時48分] あなたのような人は長生きしてほしい そう素直な人あってのひねくれ者だから だから九十四歳は悪くない 悪くない これでも献花のつもりなんだ アンパンマンを見たことがなかった なのにアンパンマンについてあれこれ知っている 子育てをしたらいつの間にかそうなっていた 重病の子供ばかりが集う病院 ICUの一歩手前の病室へ三年間通った 大きな頭の水頭症の子 黄色くなった腎不全の子 生まれつき心臓がうまく機能しない子 体のあちこちに奇形と欠損がある少女 髄膜炎から敗血症になり脳にダメージを受けた わたしの息子 何人もの子供が入れ替わりその殆どが亡くなった ある日ベッドの回りが慌ただしくなり 両親が(いる子は幸いだ)子供の名を呼び続け やがて静かになり  次の日にはすっかり片づけられている そんな子供たちの病室にはいつもアンパンマンだ ドラエもんより ピカチュウより ミッキーより アンパンマンの人形 アンパンマンの歌 アンパンマンの声が聞こえるおもちゃ アンパンマンの絵やアップリケ 手作りでアンパンマンの刺繍飾りを作る母親は アンパンマンは簡単だがドキンちゃんは難しいと言っていた おれはそんな会話を小耳にはさみながら 《メロンパンナちゃんよりロールパンナちゃん  魅力はやはり顔が半分隠れているからか……? 》 なんて思いながら息子の痰を採っていたのだ クリスマスには理学療法士の兄ちゃんが 病室でギターを弾いてアンパンマンのマーチを唄った 一言声をかけてくれたらもっとうまく弾いてやったのに だけどその歌詞はあまりにシュールで(あなたの作だ) 子どもたちの現実を痛ましくも優しく包んでいた あなたは詩人だった 本屋で二回ほどあなたの詩集を読んだことがある 残念ながら中味は全然覚えていない おれの笊の目は粗く石ころばかり 砂金はみんな流れてしまうようだ だが忘れようもない歌詞が一つある 『ぼくらはみんな生きている  生きているから歌うんだ  ぼくらはみんな生きている  生きているから悲しいんだ  手のひらを太陽に透かしてみれば  真っ赤に流れるぼくの血潮  ミミズだってオケラだってアメンボだって  みんなみんな生きているんだ友達なんだ 』 いつかとぼけたヤツが総理大臣になって 「国歌を『君が代』から『手のひらを太陽に』へ変えます」 なんて言ったとしても まあ悪くはない  おれは反対しないだろう あなたが駆り出された戦争が終わって六十五年がたった 科学と技術は進歩したが人間だけは変わらない 今も地球上に腹を空かせた人々が大勢いるのだから 世界が待っているのは敵を吹っ飛ばすマッチョなヒーローか 病の子供たちを慰め空腹な者に自分を与えるヒーローか まだまだあなたの子どもは忙しそうだ ---------------------------- [自由詩]碧の石/ただのみきや[2013年10月20日23時04分] 意味や価値より 自分を大切にしていたころ 長すぎる午後に拾い上げた 石は碧を宿したまま 冷たく掌でひろがり 静寂の質量を教えてくれた いま閉鎖された細胞の墓場で 幽霊は一人芝居を続けている 独白の一つ一つが呼吸を止めて行く 意思は像を失った 湖は指の間からこぼれ落ち 寂寥の啜り泣きだけが耳飾りの碧 ---------------------------- [自由詩]空と海のように/ただのみきや[2013年11月3日22時07分] 空想の翼と妄想の足枷 境はあっても壁はない 空と海のように 神学と罪状を彫刻された 流木は風と潮に運ばれる 翼もなければ鰭もない 時折 鳥が降りて来て憩い 流木の節くれだった目を突いては 物悲しく歌ったりもする また時折 海の底から怨霊が 回想まみれの手を延ばす 底知れぬ悔恨へ沈めようとして だが流木は空を抱いて海を背負ったまま ままならない旅を続けるだけ 波に揺られて寝返り一つ 見えるものがガラリと変わる だが己は変わらない そして世界も変わらない いつか遭難者が現れて しっかりと抱きしめられる時 澄ます耳や撫ぜる手があるだろうか 希望の灯と願望の目隠し 境はあっても壁はない 空と海のように       《2013年11月3日》 ---------------------------- [自由詩]死情/ただのみきや[2013年11月7日23時16分] 今朝は 静かな死 白樺の裸体 霧の 視神経 晩秋の匂い   目減りした水瓶に落とす   賽の河原の石のくぐもり   陽射しはそっと後ずさる  魂のほころびから 黄泉の調べ 妙なるかな  舌をもてあそぶ 冷たい指先       《死情:2013年11月》 ---------------------------- [自由詩]週末の欠落/ただのみきや[2013年11月16日23時11分] 濡れたアスファルトに夜が映る 泣いているような夜の顔 ネオンの化粧が滲んで行く 綴った言葉は今朝もまだ濡れていた 光と音/朝のピンで留められたまま すべての顔が微笑んでいるわけではない バランスの悪い週末の底辺を支えるには ぼくは内気すぎるセールスマンだ 冬に冒された公園を エゾリスは忙しなく走り回る 夢と不安 拾い集めては溜め込まずにいられない 可愛いあなたに良く似ている いっそ忘れてしまえばよい 昨日何を話したかなんて 何処に夢を埋めたかなんて 人生は古い車のように凹んでいて 突然新車に変わったりはしない せいぜい整備してきれいに乗る事だ そしてダッシュボードには銃を隠しておくこと 気温が上がれば甘いうわごと 風もなく風見鶏 月の幽霊と二人 他の誰でもなくただ夜を待つ 昨日の夜を      《週末の欠落:2013年11月16日》 ---------------------------- [自由詩]問答BROTHERS/ただのみきや[2013年11月17日19時48分] 「……解ったか? 」 「 否 何も」 「 感じたか? 」 「 ああ 何かは」 「知りたいか? 」 「それを? それともそれについての知識を? 」 「与えられるのは知識だけ あとは自分で《知る》に至れ」 「どうやって? 」 「この世界にある全てのもの そして己の理性と感性」 「どうしたら自分が《知った》と解る? 」 「《知った》そう確信できた時 おまえは知ったのだ」 「客観的には判断できないのか? 」 「客観的には判断できない」 「思い込みではないという保証は? 」 「なにも無い」 「……感情が感情を試せなくても   論理は論理を試せるだろう? 」 「その通り だが人の理性を至高と見なし   論理的帰結を絶対的なものと位置付けるならの話だ」 「間違いを犯さないって訳ではないが   己が人間であり 人間以上の理性を知らないのなら   そこを重視するしかないのでは」 「だが論理的帰結のみで誰かが信じていることを本当に変えられるか? 」 「……たぶん無理だな」 「論理的帰結のみで本当に 己は《知った》と確信できるか? 」 「……まあ一つの見解というか解答だろうな」 「《知る》とは 主観的な《知った》という   確信なしには至れない己の内に開く扉なのだ」 「ぜひ思い込みとの見分け方を教えてほしいものだね」 「おまえが言った通り 論理だ」 「だけど論理も不十分なんだろう? 」 「そうだ客観的視点のみで主観的な確信を得させることはできない」 「でも主観的なものが絶対なら     世界はエセ教祖とサイコパスの楽園になってしまうのでは」 「否 主観的主張のみで客観的な理性を納得させることはできない」 「それじゃあ話を戻しますけどねえ いったい   どうやって《知る》とか《知った》とか言えるんですか? 」 「《知る》も《知り得ない》も己の心の解答だ   信じる生き方や考え方によって変わるもの   個人の心の中の確信を万人に納得させる必要もなければ   その誰かの確信を傍からこき下す必要もない」 「それはつまり両方に左程の違いは無いって こと? 」 「たとえ全く違う答えを出したとしても    人はみな同じ問の周りに佇んで心を悩ます   生涯学生のようなものなのだろう    ……解ったか? 」     「ごめん兄ちゃん さっぱり解らない」                    《問答BROTHERS:2013年11月17日》 ---------------------------- [自由詩]挫折の人/ただのみきや[2013年11月20日21時39分] 時折 挫折します 嘘です いつでも挫折しています そのうち挫折があたりまえ 嗚呼 挫折こそわが人生わが歌 骨折も痛いが 挫折も痛いああ痛い 坐骨神経痛を略したような名前 でも別人よ 時節を問わず折々に 稚拙な仮説を担いできたが 苦節の日々は極わずか 座右の銘『屈折するなら挫折しろ』 今宵 挫折の名所 夢の峠の一本松でお待ちしています 白いうさぎでも抱きながら 互いの挫折を傾け合いますか    《挫折の人:2013年11月20日》 ---------------------------- [自由詩]風邪と悪夢/ただのみきや[2013年11月24日12時50分] 風邪をひいて一日寝ている よくもこんなに眠れるものだ 寝ては目覚めてまた夢を見る 夢で野垂れ死にしても不思議ではない 見知らぬ旅館に隠れている ドアが開いたかと思うと風呂上りの子どもが転がり倒れ その向こうでこれまた湯気を立て立て全裸の父親が言う 「ここで寝ればいいのか」 ここはおれの部屋だからだめだと断る すると部屋に六組もの布団が敷かれていて それぞれの布団がもぞもぞと動き出す 一つの布団からは猫の鳴声がする 布団にもぐったままこっちに近づいてくる 他の布団からは人の囁き声がする 突然盛り上がったかと思うと 一つの布団の中から全身真っ黒で目のない男が飛び出した 電燈の紐にも2センチくらいのやはり黒い人がよじ登っている おれは躊躇なく小人を指でつまんで潰した すると指に棘が刺さる 「毒入りか」と聞くと黒い男が頷く 彼らは誰かの呪詛でやって来た悪霊だと言う おれは黒い男に指の毒を絞り出させてから 風邪をひいていてお前たちの相手はしていられないからと追い出した そして見えない猫だけは湯たんぽ替わりに置いて行かせた 彼らが出て行ったとたんに部屋はベッド一つの洋室に変わった それから部屋を出た そこは古い学校のような建物で大勢の人が溢れていた 知人の知恵遅れの息子がおれにからんできた この母親ときたらもう親より大きい息子が力任せに飛びかかっても 小さい頃と同じようにしか注意しない おれはいいかげん頭にきてその馬鹿野郎の首根っこをつかみ 怒鳴りつけた 「おれは風邪をひいて具合が悪いんだよ! 」 日頃の我慢が一挙に爆発して 「おれは本当はおまえのことなんか大っ嫌いなんだよ! 」 こうして泣かせてやった すると妻から電話があり  「その子の母親が怒り狂って捜している。  あなたが息子を拉致したと警察に通報したみたい」 つくづく面倒くさい連中だった おれはその子から離れて一階へ行った すると陽の当たらない暗い廊下の奥の方から讃美歌が流れてきた どっかの教会が間借りしているのだろう ふと覗いてみようかと思った だがおれは風邪を治すために眠らなければいけない 余計なことは何もしたくない パトカーのサイレンが聞こえてきた 目覚めていても夢の中でも それだけは変わらない 言葉の標本にしてしまえば悪夢なんて所詮この程度 だけど風邪は本当に嫌な奴なのだ        《風邪と悪夢:2013年11月24日》 ---------------------------- [自由詩]裏表紙/ただのみきや[2013年11月30日22時32分] 葉を落とした蔦は陰鬱な妄想 囚われた家も人も沈黙を叫ぶかのよう 十一月は開けっ放しの箪笥 風や霙しか仕舞われていない空の空 冬は心の真中から始まる  だがものごとの始まりは不明瞭  球体の頂点のように疼くだけ 気がつけば吐息白く耳はとり残されたまま 世界は静かに塗り替えられる 視力を失くした老人の目の色に 絵描きは耐えかねて記憶のマッチを擦る 破裂した心臓よりも紅く咲いた女 種子や蛹を眠らせて大地は封印される 木々は震えながら魂をさらけ出し 人は羊のように着膨れて年の瀬を駈け下りる 言葉は遠く飛び去り白いページが今は飄々と        《裏表紙:2013年11月29日》 ---------------------------- [自由詩]うらめしや/ただのみきや[2013年12月8日22時25分] ふくよかな夜のしじま 淡く月が傾いでは 歌のような冷気が背を撫ぜます もう気分は お江戸の幽霊 火の玉提灯ぶら下げて 足なんざ有りゃあしませんよ ひと気がないのは尚結構 夜道は一人に限ります 昼間の人間稼業に疲れ果て うっかり身投げなんて洒落じゃあない 生来人は己の心を守るため うまくバランスをとるのです だから橋の上せせらぎに聞き入りながら 欄干にひょいと飛び乗って 誰に言う訳でもありませんが (うらめしや〜 ) もう楽しくて楽しくて仕方がなく (うらめしや〜 ) 夜空に向って嗤うのです するとどうでしょう 本物の幽霊たちも 草葉の影からひょいとやって来て (うらめしや〜 )とか (さだめしや〜 )とか (た〜まや〜 )などと盛り上り いけませんねえ お化けのくせに生き生きしちゃって おやおや島田の似合う粋な姉さんだこと 無い足で踏んでくるとはまいったね 今宵はゆっくり 耳元で囁きあいましょう (ウ ラ メ シ ヤ…… )      《うらめしや:2013年12月8日》 ---------------------------- [自由詩]安らかに眠れ/ただのみきや[2013年12月27日22時59分] 薄紅の花びらの真中で 一匹の蚊が死んでいました その造花の霊廟には 微かに白く埃が積もり 異なる時が流れているのです 知っていましたか 昆虫は外見が骨格なのです 死んだニンゲンが放置されると 肉は腐って無くなって 後には白骨が残ります ところが死んだ虫が放置されると 中味は腐って無くなりますが 外見はあまり変わらないのです だから腹部のボーダー柄も 鮮やかな黄色も うすい飴細工の翅も そのままの姿で残っているのです 知っていましたか 血を吸う蚊はメスだけだということを メスは卵のために栄養が必要で 吸血鬼になるのです 女は自分の子供のために命をかけて 自分より百万倍も大きな怪物 ニンゲンの血をも狩るのです 夏にはあれほど憎らしく イライラさせる虫けらが 何処だか美しくも思えるのです 朽ちない花の霊廟で 生前と変わらぬその姿 ひっそりと眠る吸血の母   《安らかに眠れ:2013年12月25日》 ---------------------------- [自由詩]ピクルス/ただのみきや[2014年1月8日22時43分] 瓶の中にとり残された ピクルスひとつ 蓋が開くのを ただ 待っているだけの日々 見通しが良すぎて すっぱい孤独    《ピクルス:2013年11月10日》 ---------------------------- [自由詩]針子のトラ/ただのみきや[2014年2月15日22時08分] 言葉の針に意図を通すのは難しい 何を繕うでもなく きれいなシシュウを夢見ては チクリチクリと傷つける日々    《針子のトラ:2014年2月11日》 ---------------------------- [自由詩]手紙:RONYORISYOUKO/ただのみきや[2014年5月12日21時50分] 親愛なるショウコ様 わたしは有りもしない食事を温めます 冷静な面持ちで 本質は野蛮 回りくどくて執拗 ときには結果オーライの力技 事の恥部を明らかにしたならば したり顔で仮想の敵をフォールするのです なのにあなたは 自分の存在こそ『すべて』と仰るのですね ああ何と無邪気な捏造され屋さん あなたの無垢なすまし顔に騙されて 人々はドラマを創り出し事実を誤認するのです 納得はしておりませんが   いつもあなたに劣ると評される者                 論(ロン)より       《手紙:RONYORISYOUKO:2014年1月26日》 ---------------------------- [自由詩]……雨/ただのみきや[2014年5月19日22時36分] アスファルトに残された雨 今は水溜りと名を変えた 干上がりかけたわずかな身に 懐かしい空を映す 風の愛撫にさざなみながら 二羽のすずめが水浴びする 天と地といのちが戯れ交じり合う 明日か明後日には消えて もうそこにはなにもない 見えない姿で天へ帰る 大きな水の一部となり またいつか降ってくる 雨は雨 いつも同じ ただ降り方と降る場所は様々だから 二度とは出会えなくて でもどこか 懐かしい      《……雨:2014年5月19日》 ---------------------------- [自由詩]狐の死/ただのみきや[2014年5月24日21時12分] 小林峠の近くで 狐が轢かれて死んでいた 珍しいことではない 狐も 狸も 猫だって だけど道路の端の方で 轢かれたばかりらしく まだ そのままの姿で 顏だけが歪んで血まみれで 瞬間の表情を 残していて 思わず咆えた 狐になって 怒りと苦悶と悲しみを 狐の代わりに 咆えていた 理屈も意味も思想もなく ただそうせずに いられなかった     《狐の死:2014年5月24日》 ---------------------------- [自由詩]旧友/ただのみきや[2014年6月8日14時12分] 突然窓から入って来たかと思うと 開きっぱなしの聖書を勝手にパラパラめくり 挨拶もなしに出て行った ――相変わらずだな きっと満開のニセアカシアの間を抜けて来たのだろう すると今頃は下の公園辺り ベビーカーの上の小さなおでこにフーッ カラフルな帽子を飛ばし 制服のスカートを揺らし それに食い入る眼に砂埃をお見舞して… ――ああ まったくうらやましいやつだ         《旧友:2014年6月8日》 ---------------------------- [自由詩]今はこんな気分で/ただのみきや[2014年6月14日16時11分] 蹴破る足はないが 閉された扉の前で待つ気もない おれ自身が監獄    だから言葉は旅人だ 去り行く背中に    翼など無く      タダノモジノラレツ蟲は    預言の首飾りの哀歌の凶器の    無価値の無意味のありふれた     変幻の魔物の川面を跳ねる    石の流れる血の叫ばない傷口    誰も見向きもしない石ころを     拾って持ち帰る誰かがいる 救う腕はないが 黙っていられるほど仙人でもない おれは壊れたラジオ    時代遅れの表現を好む ノイズの霧中から    遠く誰かの      記憶の花を蘇らせる朝       《今はこんな気分で:2014年6月14日》 ---------------------------- [自由詩]イノルフリ/ただのみきや[2014年6月18日21時57分] ああ神よ どうか 四十五パーセントくらいの誤解をお与えください 少なくても三十五 三十は行き過ぎです 勝手な想像と思い込みで 悩んだり喜んだり 怒ったり主張したり 素敵な誤解を捧げあって この世界を美味しくいただきたいのです それが愛でも愛ではなくても それが真実でも真実ではなくとも その気になって 幸福でありますように ああどうか自分は全てを理解しているという そんな誤解にだけは陥りませんように これ以上悲しく滑稽な人生は欲しくはないのです 多くのことは言葉では伝わりません 言葉の向こう側はケムリです 言葉を挟んで掴み処のないもの  それが私たちです だから言葉を話すのです だから言葉を捜すのです 油絵のように比喩すら描くのです ああ神よ どうか 四十五パーセントくらいの誤解をお与えください 九割九分誤解の日も多いことでしょう 思い込んでいる間それは事実と変わりません どうか幸せな誤解でありますように どうか幸せな誤読でありますように         《イノルフリ:2014年6月18日》 ---------------------------- [自由詩]わたしは喜んで嘘を書こう/ただのみきや[2014年7月27日20時45分] 瞳の奥底に隠れてこっちを覗いている 裸の抒情の手足を縛り上げ 哭きながら何度でも犯し続けよう 石切り場から運んできた 重い想いを凪いだ風に浮かし 寛容な字面をことごとく摩耗させて のっぺらぼうのまま光の中でのたうち回る 一つの意思を帯びた最初の投石としよう やわらかい舌で 固い違和を削り取れ 火をつけては手品師みたいに消してみろ 愛という名の鋭利な刃物が 心臓に互いの名を刻み付けるように 羽化したばかりの言葉の群れも やがて残響で世界の生皮を剥ぐだろう 道化のふりをして 賢者のふりをして ニンゲンのふりをして ニンゲンではないふりをして 笑いながら甘露に溺れ 真っ逆さまに天に落ちる落雷 つめたい焔を灯し深層で大風呂敷を広げ ムーブメントの外でひとり踊りまくれ 語感のナイフを成層圏まで蹴り上げろ わたしは喜んで嘘を書こう できないことを書こう 時々ドアの隙間から 真実の背中だけを覗かせて 善良な詩人なんてまっぴらごめんだ      《わたしは喜んで嘘を書こう:2014年7月27日》 ---------------------------- [自由詩]海硝子/ただのみきや[2014年8月2日22時08分] 砕かれたもの     傷つけるもの 時代の浪間に     弄ばれて 俄に湧き上る想い     だが全ては白い泡のよう 摩耗して往く     意思 手足 蒼淡く ひと欠片     砂に埋もれて眠る         《海硝子:2014年7月27日》 ---------------------------- [自由詩]詩と詩人と似非批評/ただのみきや[2014年8月3日16時34分] 犬を連れた二人の男が行き会った 血統書付きの犬を連れた方が自慢を始め もう一方に 「雑種なんか飼うのは時間の無駄だよ」 ああ 好きか嫌いか別として そんな考え方があってもいいのだろう もっとも犬たちには どうでも良いことなのだが 近くで遊んでいた子供たちが 犬を見つけて寄って来た 血統書付きの犬は躾も行き届き黙って座っていたが 雑種は尻尾を振って嬉しそう 愛想よく吠えたり跳ねたり 「こっちの犬の方がかわいいわ」 そう 理屈を抜きにして 幼い心は自分の好みを知っている 誰かが決める犬の価値に とやかく言う気はない たぶん当の本犬たちには どうでも良いことなのだろう さて 血統書付きの犬にも雑種の犬にも蚤が住んでいたが 血統書付きの犬に住んでいる方が自慢を始め もう一方に 「雑種なんかの血を吸うのはやめときな」 正しいか間違っているかはさておいて 指でつまんで潰してやった さぞやドロっとした血が出るのだろうと思いきや 蚤は渇いてカスカスだった どうやら咀嚼力不足で 表面を舐めただけで吸ったかぶりをしていたようだ きっと赤ん坊のように 目を瞑って力いっぱい乳を吸うような 渇いてはまた欲し 満ち足りては夢見心地で微睡むような そんな幸福を体験する前に 添付しすぎたのだろう 知識は頭に蓄えるもの 知識を用いるのは知恵 知恵は心に宿るもの だが感性は胚芽のように始めから備わったもの 添付できるものではない 学ぶことは良いことだが 学んで失うこともある そしてそれをもう一度取り戻すことは 知識を得るより十倍も難しい もっとも猫派のわたしには あまり関係のないことだ 飼い主にはならない(なれない) 猫との関係は 時折カフェのカウンターで行き会う 謎めいた女性との片言の会話を楽しむようなもの そう いつまでも謎を残したままでかまわない あえて問われれば 黒猫派の詩人とでも名のろうか          《詩と詩人と似非批評:2014年8月3日》 ---------------------------- [自由詩]徳と毒/ただのみきや[2014年8月10日18時15分] 嵐のように怒り 自分のために大雨を降らす 周りの者は巻き添えになる はた迷惑な幸せ者 誰にも悟られたくはない 暗い海の底へ 暴れる心を鉛に詰めて 幾つも 幾つも 寛容と  柔和と言われる  その大理石のような瞳の小さな窓の向こう 高圧力 腐臭と狂気        《徳と毒:2014年8月10日》 ---------------------------- (ファイルの終わり)