まーつんのただのみきやさんおすすめリスト 2012年8月19日23時00分から2013年7月23日21時51分まで ---------------------------- [自由詩]夜よ ご機嫌麗しゅう/ただのみきや[2012年8月19日23時00分] 夜よ ご機嫌麗しゅう 少し話していきません ぬるい時間をちびりちびり ロッキングチェアで揺られるような 取りとめのない浮世のことを 露出狂の政治家たちが 脂っこいことばを吐き出してはそれを ズルズルと啜るようにまた食べてしまう そんな悪趣味なニュースに見入っては 未来のあなたのドレスを想像してみる 月も星もないその日 喪服のあなたは地上を見下ろして やっぱり変わらず微笑んで 歯型や爪痕のついた大きな墓地に 冷たく口づけするのでしょう 電車や地下鉄に積み込まれる人たちは 自分の眠りを置き忘れたり取り違えたりで 今朝方見た夢が本当に自分のものなのか 不安になって夜も眠れないらしい それで悪循環が続くから 今では自分が 自分でないことにだけ確信が持てる始末 もともと自分などあったかどうか ああ もうこれ以上かわいい人形たちに 自分のかわりに身投げをさせることはやめてくれ 真昼間の表通りに落ちて行く悲しい人形たち 皆が手垢を着けて弄り回した欲望の玩具 ビルのガラスに一瞬映る無表情ほど悲しい顔はない 噂は青い鳥 巡り巡って戻ってくるから 何羽もこさえて飛ばしてみた 人は限りなくゼロに近い存在で 光の加減で幸福と不幸に自分を色づける 消え去ってしまう そんな夕べに戻って来ては 奇妙な土産話を聞かせてくれるのだ 妄想空想余念がないこんなわたしの絵空事 大したつまみじゃないけれど よかったらまた寄ってください この天窓は壊れていて閉じることはありませんから 働き者の人工衛星たちによろしく では ご機嫌よう ---------------------------- [自由詩]遥かな灯/ただのみきや[2012年8月26日22時42分] 大海原の真ん中で  立ち泳ぎ 途方に暮れて日も暮れて せめて目指すべき陸地が見えたなら それが遥かに遠くても そこに向って進もうと いのちの限り泳ぐだろう だが今 四方八方  変わらない 虚無だ ここで力が尽きるまで 沈まぬように手足を動かし 風に漂うカゲロウのように 潮に流されるクラゲのように それとも 一か八か 運と勘で勝負して 真っ直ぐに泳いでみようか どうせ いつかは死ぬ身 早いか遅いかの違いだけ 全てが闇に包まれると                        ――このまま 沈んでしまえたら……  人生を振り返る 誰が悪いのかと問い続ける 「誰も 助けてくれない」 恨みがましく呟いて 涙で滲んだ目に星が瞬き 瞬き やがて星よりも低いところに 灯り 消え 灯り   ――見つけたのだ           灯台を!  ゆっくりと 確実に ひとかき ひとかき 微かに 微かに 光は近づいてくる 息は荒いが 笑みがよみがえる     「 そうだ平等も不平等もない       誰かに任せる訳にはいかない       自分で見つけて自分で選ぶのだ       どんな結果が待っていようと       もしも地に足がつくところまで             たどり着けたなら          灯台になるのも悪くはない       闇の中で行き先もわからず       たった一人震えている者に       あきらめるな こっちだぞって       光を照らしてやれるなら       そう それがやりたいこと       そんな人生を送りたかった              見えてきた             わかってきた           これが進むべき道          これが 自分なのだ 」 ゆっくりと 力が抜けて ひとかき 最後に手を伸ばし 微かに 灯の熱を感じては そのまま 静かに―― 自分の道を見つけた者は幸いだ     たとえ たどり着けても         着けなくても         遥か遠くに輝くものを          笑って心に握っている ---------------------------- [自由詩]虚しい夜に描いた詩/ただのみきや[2012年10月13日0時37分] 重たい鉄兜を被せられた人がいる 気がついた時にはすでにそうだったから それが自分だと思い込んでいる ゆらゆら不安定に生きていて ある日たまたまどちらかに傾くと それっきり右なら右 左なら左へと走って行く 言葉もそう 右なら右 左なら左と どんどん転げ落ちて行く あたまを置き忘れた人がいる 重たいのも痛いのもいやだから いっそのこと下ろしてしまえば楽になると ふわふわ雲みたいに生きている だけどある日何処かへ行こうと思っても 風に遊ばれぐるぐる回わり すぐに 何処へ行きたかったかも忘れてしまう 言葉もそう ふわふわ軽すぎて 書いても打っても 浮かび上がっては飛んで行ってしまう ブランコから降りられない人がいる 昨日の自分が信じられず 今日の自分が敵となる 一体何時からだろう同じところを行ったり来たり だけど停止するのが怖いのだ 下りて 足を地につけて歩き出すのが怖いのだ 夕暮れ時を認めるのが怖いのだ 言葉を舌の上に書いてはまた消してしまう 発してしまうこと 後戻りできないことが怖いのだ 自分を背中から抱きしめようとする人がいる 誰を愛しても実は誰を愛しているわけでもない 自分の影を追い続けていることに気がつかず 井戸の底を 誰かの瞳を覗きこむ 逃げ水を追うような人生だ だが そんな相手を愛してしまう者もいる 悲劇と喜劇はコインの裏表 言葉にならないその思いを 切子細工の詩に託す ---------------------------- [自由詩]廻り廻ってさようなら/月と蜘蛛/ただのみきや[2012年10月19日0時53分] 廻り廻ってさようなら 季節はまたも去って行く やがてはわたしも去って逝く 寒くなったね それでも今夜はまだ 震えながらも網をかけて 待っていましたよ 今夜はまたすらりとして 冴え冴えとして うっとり見とれてしまいます 一度でいいから あなたを捕まえてみたかった 夜ごとに網を張り続けたけれど 気がつけばカンタンの歌声も消え失せて 枯野原を北風のやつが物悲しく揺さぶっていて 二日前の良く晴れた夜明け前 秋が真顔で下りてきて 白く冷たい吐息をね こう寒くなるとかなわないな ああ 今夜はどうかこの網に 寄ってはもらえませんか まっさらな網が夜露を孕んで綺麗です きっと気に入ってもらえるはず もうじき雪の布団が敷かれて みんな眠ってしまうから 夢の中で目覚めても もどるからだは絶果てたまま たぶん今夜が最後 こうしてあなたと話すのも あなたは空を一巡り わたしは 廻り廻って さようなら ---------------------------- [自由詩]もみじ悔いたし鐘は無し/ただのみきや[2012年10月25日0時42分] 契約社員の給料は安い だからアルバイトも必用になる 午前四時前 朝刊配達に出かけると 山のふもとの住宅地 時折いろいろ見かけるが エゾシカを見たのは初めてだ 角ある雄と雌のつがい 街灯が照らすアスファルトの上を コンビニの横を二頭並んで駆けて行く 別に追いかけているつもりもないのだが 進行方向が一緒なのだ 怯えさせるつもりもないのだが まだ暗いからライトで照らしてしまう 追い抜かすと余計に怯えさせそうで サンタクロースとトナカイくらいの距離 夢のよう 不思議な光景だ お尻の辺りは白っぽい毛で ふと かわいいなと思い始め 携帯で撮影しようと片手ハンドル だがちょうど良いところで二頭は左右に別れてしまった いつもの通り新聞を配り終え 家に戻って仮眠をとる 朝食の席で妻と息子にシカの話をして ぼやけた写真を見せては自慢をする  「シカが下りて来るならクマも来るぞ」 暫しボンヤリの営業車 今朝の光景が浮かんでは 心切なくなってくる 二頭は無事に再会できたのか 住み慣れた山に帰れたのかと だがあの時 一瞬だけ思ったのだ 後ろからシカをはねとばし 知り合いのレストランへ卸したら 少しは稼げるかもしれないと だから余計に 切ない気分 ---------------------------- [自由詩]わたしがギャンブルをしない理由/ただのみきや[2012年11月17日0時53分] 人生はだまっていてもギャンブルだ 伏せて配られたカードは平等なんかではない そこからスタート 幸せな人生がどんなものか本当はわからないまま 何かを捨てて 何かを拾って ペアだとかハウスとかロイヤルとか 理想通りに揃えようとするのだが たった一枚の不揃いで 全てを失ってしまったり 一からやり直すはめになったりもする 勝ちが続くとついつい調子に乗るものだ 負けが続くと死にたくもなる 考えて悩んで苦しんで迷って 結局自分の力の及ばないところで 物事が起きていることに気がついて愕然とするのだが 自暴自棄にも限界があり 勝っても負けても真っ当に勝負しよう これこそ自分の人生なのだと 思い悟った頃には終盤戦 ひとつひとつのゲームを大切に 楽しめることが幸せなのだと思えてくる だからこれ以上 雑多な賭け事まではしたくないのだ ---------------------------- [自由詩]冬に見つけられてしまうと/ただのみきや[2012年12月1日23時38分] 青く開いた空の深みから 一つ また一つ 無言の頷きのように 頬に 建物に 大地に寄せられる ふわりと白い口づけ それは 氷柱のように尖らせて行く 生ぬるい毎日の中で肥大した妄想を さながら鑿で削るかのように 柳の木々が舞い踊る 微かな風に揺蕩いながら 緑のままの葉を落す 伝えることのできなかった ことばを土に返すように 冬の始めが一番寒い 身も心もまだ馴染めずに 出て行くのにも躊躇する 大人になればなるほどに 痛みを知れば知るほどに 冬が迎えにきたのだ わたしはその抱擁を受け入れる やさしい季節だ 誰よりも 心の体温が少し下がったころ わたしも小さな柳となって 静かにことの葉を落とす それは片ことの遺書のようでもあり 未来の誰かへの恋文のようでもあり ---------------------------- [自由詩]存在と錯誤/ただのみきや[2012年12月5日23時54分] 友よ 教えてくれ いったい何処へ行くのだろう 君とは長い付き合いだ 離れてはいても仲間たちと繋がり合っていた 私は決して孤独ではなかったが すぐ側にいた君と親しくなるのに時間はかからなかった 柵を隔てて君は公園 私は歩道に立っていた 来る日も来る日も 人や車 鳥や雲 全てのものが 時の流れに押し流されて目まぐるしく動いては消えて行く ただ私たちだけが同じ場所に立ったまま 互いの影がぐるりと地上を巡るのを のんびりと語らいながら見送ったものだ 私たちはあれこれと話をしたね 二人は似てはいても明らかに違っていた 君には枝があり季節に応じて葉の色が変わったり落ちたりまた生えたり 私は真っ直ぐ滑らかで色も形も変わらなかった 君のまわりには鳥や虫が心地良く憩い  時にはこどもたちが歓声を上げながらまわりを走り回っていたね 私のまわりはただ足早に通り過ぎるだけだった 君は鳥たちと仲が良かったけど 私にはフンをかける厄介者でしかなかったよ ある日 君は互いの違いについてこう言った     「僕は神によって造られたものだ    神は大きなシステムの大事な一部として僕を造った    しかし君は人間によって造られたものだ    人間は人間の為だけのシステムの一部として君を造ったんだよ    神と人間は似てはいるけど全く違う存在なんだ 」 その日もいつものように影が巡り日は暮れて行った だが 夜にこっそりと張られる違法な張り紙みたいに 君の言葉はいつまでも私の芯から離れなかった 以来君のことを心のどこかで憎くらしくなったんだ ああ風が吹く 風が君を通りすぎる時 大勢の人が囁き合うようだね だが風が私の電線で切られると男でも女でもない見えない誰かの慟哭が聞こえてくる それがどんなに疎ましかろうと まるで自分の冷たい芯からこみ上げてくるかのように だからある日突然人間たちが君の枝を切り落とし 君を低くした時には内心いい気分だったよ 君を見下しては優しい言葉をかけ 私に見えている景色を知らせてあげたものだ   「君 知っているかい    自動車は人間が中に入って動かしているんだよ なのにね    人間は自動車とぶつかるとそれっきり動かなくなるんだ 」   「ねえ 知っているかい    人間は神が造った空の星よりも もっと明るい星で夜道を照らすんだよ    私の仲間にはその星を身に着けている奴もいるんだ 」 君はそんな私の言葉をただ黙って聞いていたね その寂しげな微笑みは今も変わらない ねえ君 教えてくれないか 私はなぜトラックの荷台に寝かされているのだろう 私は何処へ運ばれるのだろうか 私は捨てられるのか 離れていても繋がっていると思っていた仲間たちも 皆一緒に寝かされているが みんな私と寸分違わない姿なのはどういう訳なんだ いったい 私は何なのだ 教えてくれ 私は死ぬのか 用が無くなったから殺されるのか いったい死んだら私はどうなるんだろう 君はいつか言っていただろう 神は天国を造ったって 教えてくれ 人間は天国を造らなかったのか お願いだ教えてくれよ 不安でたまらないんだ ああトラックが動き出す ねえ君何とか言ってくれよ なんでそんな悲しそうな顔で見つめるんだよ  「さようなら」なんて言わないでくれよ 嫌だよ何処へも行きたくないよ 誰か助けてくれよ 死にたくない 死にたくないんだよ ---------------------------- [自由詩]連休熱/ただのみきや[2012年12月29日22時50分] クリスマス以降 全くやる気が起きなかった どうにか今日で仕事納め  やっと時間が心に追いついたのだ 裸婦像みたいな街路樹の肩にカラス 除雪車に削られた白い壁に車を着けて ふわりふわりと雪蛍 まるい飴玉頬張ると ラジオからは第九 ああ幸せな王子よ 師走の行事よ 今年最後の土曜日よ 観光客が金落とす場外市場は殺気立ち たらりたらりとカモ行けば 悲鳴も上がれば熱も出る  さあ気持ちをしっかり持って 財布が空になっちまう 休み休みと言ってはみても 大きなイベントまるでなし お金も笑えるほどになし 還付金で息子のお年玉を確保した それでも鼻歌交じりで浮かれてしまう これから起こるであろうことを預言するのは容易い ・31日夜そばを喰う ・元旦朝雑煮を喰う ・DVDを借りて見る(去年は確か黒沢の七人の侍だった)  時間がある時じゃないと見れないようなやつを見る ・テレビのくだらないお笑いを見ては「くだらねぇ」と言って笑う ・本を読んでは昼寝して起きてまた本を読む ・何か食べては昼寝して起きてまた食べる ・テレビのバカなお笑いを見ては「バカだねぇ」と言ってやっぱり笑う ・家族で花札かトランプをする ・別に買うものはないけど買い物へ行く  お年玉を持っている息子だけが強気だ ・「おれの休みはこれで終わっちまうのか」と言って嘆く ・一つくらい詩も書くだろう それでも幸せな連休だ かけがえのない休日だ あっという間に過ぎて行く すぐに仕事が待っている 涙が出るほど思うのだ 心の底から安らぎたいと だけどそれはまだ先の話 地上のお勤め終えてのご褒美だ 今はこれで満足しよう なあカラスよカラスよカラスさん 世界で一番幸せなのはおれたちだよな ここでこうして今世界から飛び出して 時間からも飛び出して 休息の地へむかって心を羽ばたかせ ---------------------------- [自由詩]2013年 新年に思うこと/ただのみきや[2013年1月1日1時03分] 季節の車輪を転がしながら 時代の坂道下って降りて さあ年の終わりと始まりのテープが切られました あなたの目にはどんな時代が見えますか 世界は灰色にもバラ色にも染まります そもそも色をつけるのは自分です 平和であっても戦争であっても 生きられる限りわたしは生きます 景気が良くても悪くても 健康であっても病気でも 生かされている間は生き続け 逝く時にはあっという間に逝くのです 早くも遅くもありません 長くも短くもありません 一瞬は永遠の顔を持ち 過ぎてしまえば一生なんて 絵本の1ページかもしれません 予想はできても知ることはできない 明日が裏切るのではありません 自分が望んだ表情と違う顔を見せるだけ 道は未知です 空を飛ぶ鳥の道も海を泳ぐ魚の道も見えません わたしやあなたの道も見えなくて当然です それでも歩いているのです 小さなこどもが笑いながら駆けて行きます 若者が苦悩を背負って登って行きます 老人が杖を捨ててラストスパート 背中に羽でも生えたかのように 「死にたい」という人 いますか? いろんな理由があるのでしょうね わたしは勧めはしませんが ことさら止めも致しません わたしは今年も生きて行きます あるいは生きて 逝くのかもしれません 押しつける気はありません わたしが新年に思うことです ---------------------------- [自由詩]稀有な月曜日/あたたかいもの/ただのみきや[2013年1月9日20時11分] 陽射しは澄んだ冷気を纏い 静かに微笑んでいた 病床から起き上がる母親のように すると蒼白い時と仄暗い人の群れで編まれるはずの朝が 心なしか ふと暖色に染まり 視線は飛翔してはまた憩う 小鳥となって 稀有な月曜だ ずっと本棚の裏に落ちていた 懐かしいページが開かれるように あたたかいものだ 人とは 誰もかれもが着膨れて 幾重にもからだを包み そのからだがいのちを包み いのちは呼吸する それは白い湯気となり 融けては消えて ほんの少し 世界を温める あたたかいものだ いのちとは いのちはいのちから生まれ 生まれた赤子は湯気を立て 泣くのです 声を張り上げ泣くのです いのちの限り泣くのです いのちを無くした人間は冷たく固く 静かです 石のように静かです 夏にはいのちが咽かえるほどに満ちて みんな裸になりたがる あの頃みたいに いのちに浸されていたいから 冬にはいのちの大切さが身に沁みて しっかり抱きしめたくなるもので 大事に覆って歩きます あたたかいものだ 人とは 皮膚に刺さるような冷気を渡り 大勢の人々が今日も行きます あたたかいいのちをしっかり包み それぞれの場所へ行くのです 時代が変えることはできません みんなあたたまりたいのです 誰もが求めているのです ほら あちらでもこちらでも 白い吐息が呼んでます ---------------------------- [自由詩]残像/ただのみきや[2013年1月19日0時05分] 一巻の蝶がほどけ 色と熱を失った記憶の羅列が 瞬きもせずに四散する 錐揉みの燃える落日に ことばには満たない鱗粉が 乱反射しながら霧散する 重力が半減したかのように その長すぎる一瞬に 面影は 半旗がゆっくりと 翻るように 月は太陽の裾で身を覆い 貴族のように夜を行き来するが その正体は骨で埋もれた白い墓 笑みも抱擁も凍えるほどの美しさ 孤独に飽いては夜な夜な手招きをするのだ 地上では飛べなくなったものたちをあさる 蟻よりも利己的な虫のことを普通の人と呼んでいた 一人の手際が悪い分お喋りな男が 翅を失くした女を暗い穴の底へといざなった 生かしたまま 長々と啜るために やがて女は絶望と堕落という双子を身ごもったが いつまでもその胎が開かれることはなかった それでも唯一の生きた証 子らに聞かせるのは かつて月へ捧げて詠った 幾百という愛の詩 心の闇に冴え冴えと浮かぶその横顔 幾重もの波紋が瞳を揺らし 唇だけが少女の情熱を纏っていた 夜風にゆれては闇に消え入る花びらのように 微笑みながら想うのだ この世界はすでに滅んでいて 今あるものは全て 誰かが見ている残像なのだと それは強ち嘘ではなかった その時 すでに瞳は閉じられて 二度と 目蓋が開くことはなかったのだから やがて亡骸を喰い破り 絶望と堕落という双子の寄生虫は姿を現した 白く肥えた躰が月明かりにぬらぬら光っていた 養い親の詠った詩を口ずさみながら 二人は世界を見渡した それは大きなデコレーションケーキ 甘く満ち満ちた楽園だった 月は自己矛盾を胸に秘めたナルシストで 正直地上は見飽きていたが 幻想交響曲のように 懇ろな足取りで破滅が近づく頃になると 闇に紛れてこっそりと 月下美人と噂される 見知らぬ女を捜すのだ ---------------------------- [自由詩]孤高の旅人/ただのみきや[2013年1月26日20時43分] 月は 水底から仰ぐ小舟 雲の向こうをかろやかに滑り  だが本当は流されているのは雲の方   月は自分の道を行くだけだ きみは 月のように生きるのか 風に流されることもなく  闇の中のその道を ひとり孤独に渡るのか ぼくは 雲のようにしか生きられない 流れ流され姿を変えて つかみどころのない奴のまま いつのまにか消えているのだろう  地に足のついた人々からは  ぼくらは似た者同士だったけれど きみは 月のように行くのだね ぼくには見えないその道を 漕ぎ出すその手の冷たさに 届かぬ思い 孤高の人よ ---------------------------- [自由詩]まるしかく人間論/ただのみきや[2013年2月1日22時31分] 四角い団地が建ち並ぶ その中には四角いドアが並んでいて ドアの向こうには四角い部屋が連なっているのだが 暮らしているのは どこか 丸みを帯びた人間だ 四角い暮らしに疲れてくると  人は壁の外へと思いを馳せる   かもめたちが競う岬で風に飛ばされそうになりながら    地球の円さを感じてみたり   深緑の世界で切株に腰をかけ  まるい木洩れ日たちと戯れてみたり 儘ならないからこそ 尚さらに だがどういう訳だか 人は四角四面のカタチを作らずにはいられない (資格が無ければ失格だ! ) これこそ理想形と言わんばかりに 自分ギュウギュウ押し込める 格式張ったり気張ったり バッタリ倒れてしまうほど やがて窮屈さに堪えかねて  (おや? 心が便秘ですねぇ)   豆が莢から弾けるように    跳ねては丸く猫になり     昇って円く月になり    飛んでは跳ねて転がって   失くしてしまったボールのように  知らない自由を知りたくて 死ねない自分に死にたくて 地の球の筈があちらこちらに角が立ち いのちはパチンコ玉のように回収されて逝く 画面や紙面がその数を告げる (覆水盆に返らず か) すると今日も小動物のように忙しなく  ブルーライトの小窓から覗くのだ   迷えるアダムとエバの子孫たち    キャラメルのおまけさながらの     箱入り娘と息子たち       《まるしかく人間論:2013年2月》 ---------------------------- [自由詩]たまには自分の信仰について書いてみる/ただのみきや[2013年2月11日20時14分] たまには自分の信仰について書いてみる そいつはキャッチボールみたいなもの この友はいつだって良い球を投げてくるのだ 「愛」とか「希望」とか「信仰」とかね おれもそれなりに返すのだが 何せひどい暴投でね それは今でも変わらないけど おれはすぐに真っ当なゲームに腹を立て (弱いくせに負けず嫌い 頭が悪いのにプライドが高い) 何かのせいにして自分を不幸に定め 自暴自棄になりたがる (ひっくり返すちゃぶ台にはもう何も上ってはいないのに) 光に背を向け 魔界の茶会で管を巻く 絶望とは犬のクソを踏むよりも容易いものだ だけど また足元へ コロコロと転がってくる 「希望」というボールが おれは無視する だが 二度 三度 五度 十度  やがては拾って投げ返すのだ 何せおれが投げ返すまで転がってくるのだから この友だけが変わらない  「最近球が良くなってきたね」 なんて言われたりすると 思わず子供みたいに燥いでしまい  叫ぶのだ  「サンキュー ジーザス! 愛してまーす!」 ---------------------------- [自由詩]投降命令/ただのみきや[2013年2月17日1時16分] 無骨な魂の素描をさらしたあの頃  恋は糖衣に包まれた苦い薬 駄々を捏ねても得られないものがあることを知り 喪服を脱げない大人になった 今 砂糖とミルクを入れてゆっくりとかきまぜる あなたの白い手から   視線は雲のようになめらかに上り                 丘をなぞり    ”ムダナテイコウハヤメテコウフクシナサイ ? 塹壕の中で震えながら ぼくは投降命令を聞いた 熱く甘いものに 今 あなたの唇がそっと触れて   ---------------------------- [自由詩]永久の瞬/ただのみきや[2013年2月24日22時01分] 雪に埋もれたまま青く影を落とし 家々は俯き黙祷する 気まぐれにも陽が歩み寄れば 眩い反射が盲目への道標 抱擁されるまま 冷え切った頬が温もり 辺りに耳が開かれるころ 頭の後方 梢のある高みを 切るように渡る鳥の声に うっすらと目を開けるその刹那 微かに煌めく氷片たち 儚い生を燃やし尽くし 星々が寿命を終えるかのように   そうだ 蕾が綻ぶように   永久が微笑む いま がある    そして一瞬にして萎れ果て   無情にも置き去りにされるのだ  儚い生 むしろ 儚い夢か 結び目が解けるように流転しながらゆっくりと 死滅して行く宇宙の片隅に 繋がれている時の鎖の短さ そう 塵のひとつに過ぎないこのわたしも 瞬きの間に永遠を乱反射しながら  消滅するのだろう 誰に記憶されることもなく ただ 一つの印象でありたい 碧く澄み切った空の下 地吹雪をもたらす風のように 鮮烈で 顔のないもの          《永久の瞬:2013年2月》 ---------------------------- [自由詩]自由舞踏派宣言/ただのみきや[2013年3月2日19時25分]   ――なんの欠如を     怖れているのか  踊りたいから踊るのだ  何が悪いか阿呆ども  元来人は踊るもの  踊って歌って  笑って泣いて  怒れるものが人なのだ  鳴り響く音に身を委ね  内なるビートに身を任せ  踊りたいから踊るのだ  だが踊らされるのは真っ平だ  命令だったら従おう  頼みごとなら一肌脱ごう  だが暗黙の掟なぞ知ったことか  空気が読めない訳じゃない  だが空気がいったい何ほどのものだ  踊るときには踊るのだ  誰の前でもどんな時でも  拍手喝采受けようと  野次られ石を投げられようと  踊りたいように踊るのだ  流行りなんて病だけで十分だ  おれの中には楽士がいる  太鼓を響かせ弦を爪弾き  笛やラッパを吹き鳴らす  おれはカーニバルの夜の揺らめく炎  結婚式の鐘の響きに走ってくる子供たちの歓声だ  おれは土の匂いを運ぶ風 種蒔きと刈り入れの仕事歌  戦いのために身を飾った誇り高き戦士たちの舞踏   古の悲劇を歌う盲た吟遊詩人の抑揚  ロックンロールで腰を振るいい歳こいた少年だ  踊りたいから踊るのだ   何が悪いか阿呆ども  元来人は踊るもの  踊って歌って  笑って泣いて  怒れるものが人なのだ ---------------------------- [自由詩]嵌め殺しの窓/ただのみきや[2013年3月6日23時07分] アパートの暗い階段を上って行くと 二階には嵌め殺しの窓があり そこだけがまるで古い教会の天窓のよう 純粋に光だけを招き入れていた 迷い込んでいた一羽のすずめは 幼子の震える心臓のよう 嘴を半開きにしたまま 狂ったように怯え 硬い光の壁に幾度となく 羽ばたいては突進し そのたびに激しく身を打ちつけて よろめくように また身を翻し 止まる所も見いだせず 空中を右往左往し 壁にも爪を掛け切れず もがきながらも なお繰り返すのだ 本能が光へ空へと向かわせる だが そこには決して超えることのできない透明な壁がある 脱出の道は階段を折れて下った暗闇の底 鳥にとっては死の陰の谷の向こうだ  なんとか下に追いやろうとしたがだめだった 余計に怯えてしまい窓に体当たりを繰り返すのだ 成す術もなく わたしはその場を後にした 鳥にも人にも性がある 抗えない本能としての衝動が駆り立てる 暗闇から光へ 束縛から自由へ 不安から安らぎへ 恐怖は見えざる巨人のようにわたしたちを追いたてる だが知らなければいけない 時には嵌め殺しの窓が人の歩みを阻むことを それは運命の皮肉のように 決して届かない ガラスの向こうの幸福だけを見せつける 暗がりの生活から見上げる美しい世界 目が眩むほどの輝きを見てしまったばかりに もはや見出せなくなるのだ 暗闇を超えて生きて行く その道筋を 男と女もまた然り 互いの間のガラスに気がつかず 手が届くはずなのに届かない 夢の生活を見つめながら ゆっくりと 干からびて行く ---------------------------- [自由詩]この春を何と呼ぼうか/ただのみきや[2013年3月21日0時17分] 春がやさしく微笑むと  白く積もった嘘が融け ぬかるんだわたしの心を 悲しい泥水となって流れ下る ひび割れたアスファルトの肋骨 空に頭を踏まれたままの道あるいは時間か 仰向けに開いた記憶の裂け目 まだ腐乱していない全裸の夢か 頭の固い新米教師のよう 不快な善意が悪意を凌ぐころ 理屈の背中がぱっくり割れて 華やかな憎悪が羽化を始める 原色の森で一足早く 踏み迷う象のようなこどもたち ゆるんだ口元からは 失語の欠片がこぼれて滲みとなる やがて乾ききった視線を風がなぞり 遠く逃げ水を湛えた道あるいは時間か 陽射しの中で項垂れるもの 春は甲斐甲斐しい母親のようだ ---------------------------- [自由詩]心の化石/ただのみきや[2013年4月1日23時03分] 真っ赤な林檎の皮をするり剥きますと 白く瑞々しい果肉が微かに息づいて 頬張れば甘く酸っぱく 口いっぱいに広がっては 心地良く渇きをいやしてくれるのです そのおんなもまた 高い梢に輝いた美しい林檎のようでしたから 多くの者が憧れ慕っておりましたが その枝をたぐり寄せもぎとったものは他ならぬ 夜盗のごとく装った己が運命にございました 愛しいおとこに裏切られ 信じていた全てのことがらがまるで 揃いも揃って踵を返したかのように 陰惨たる不条理の濁流 岩をも刻むその激流に翻弄されて やさしさや なごやかさ よろこびや かんようさ 甘く柔らかな果肉はみな削られて 闇の向こうへと流れ去って行きました やがて孤独の岸辺に打ちあげられ 公正なお天道様と世間様の目に晒されますと 人々の噂や嘲笑が蛆のようにたかっては その微かな名残をも喰い尽して行ったのです 陽に焼かれ 風に鞭打たれ 雨ざらしにされては また 干からびて 残ったものはと申しますと それは心の固い芯 怒りに憎悪 怨みに辛み 羞恥や嫉妬に恐怖心 嗜虐の笑み 残忍な殺意 誰も喰うことなど到底できはしない 頭蓋のような 鬼の部分でございました やがて気の遠くなるほどの歳月が堆積致しますと おんなの心からはだんだんと思念が抜けて行き 結晶のような像だけを留めたのでございます それは負の金剛石 遥か昔の悲しい心の化石でございます さても不思議なことではございますが それは時空を超えて唐突に 古い家屋の押入れの中や 古物商の店先などに忽然と現れるのです ところが人は何ら不思議とも思わずに それを面として飾るのでございます 昔から見て知っている 般若の面として ---------------------------- [自由詩]戯言/口元のゆがみ/ただのみきや[2013年4月17日23時46分] 雨編む朝は天邪鬼 いま忌む意味を遺書にして 嘘に倦んでは海に埋め えにし選べず益を得ず 恩は怨へと惜しみなく 春は華やか白知の波乱 昼の日中に日照りの蛭か 古き深井戸腐の吹き溜まり へその緒兵士の変死体 保証も誉も報酬もなく 夢読む闇に弓放つ 已むに已まれず世迷の舞 ご覧よ乱心乱舞の乱麻 碗を投げ割り嗤うは喚くは 喧々囂々悶々鬼門 瞬間霊感開眼祈願 段々猥談怪談美談 ---------------------------- [自由詩]叢の日/ただのみきや[2013年5月8日20時41分] 死に逝く間際 人は自らの人生を 遠く 心象風景として眺めると言う ある者は石くれの丘に広がるぶどう畑を見た 長年の労苦のまだ見ぬ結実を眺望し その芳香と甘さを味わうかのように 微笑みながら ある者は広々とした麦畑を見た 風にそよぎ波打つ黄金の海 豊かな実りは満ち足りた心の現れか その顔までもが照り返しで黄金に染まり ある者は目を細め夜のオフィス街を眺めていた 事業を起こして数十年 山あり谷あり ついには成功を修めたものの 心残りが 無きにしも非ずか やっとおれの番が来た 見えたのは 草の生い茂った空き地 まあ予想はしていた 何一つ成し遂げたこともなく 役立たずの怠け者で終えたのだ だが  どこか懐かしい風景だ ああ四歳か五歳のころ 家の近くにあった広い叢か あのころはジャングルのように感じたものだ いま思えば官舎か何かを取り壊した跡地だったのだろう 無造作にコンクリート片や煉瓦の塊が転がっていた 忽然と一本の水道管が斜めに立っていて 蛇口からは澄んだ水が流れっぱなしのまま そこに小さな池ができていて 蝦蟇の穂が お祭りで見かけるフレンチドックみたいで 初めて蝶々を追いかけた記憶がある 大きすぎる帽子で捕まえて そっと覗くと 不思議なことに蝶々は消えていた ある日 そこは見渡す限りタンポポの黄色で埋め尽くされ またある日にはそれがすべて綿帽子に変わっていた 陽炎の揺らめきが不可解で 太陽はいまの何倍も明るかった 蛙たちはいったい何を繰り返し告げていたのだろう 夕闇の訪れを目前にして そう あの叢だ ああ 老いてから水彩画を始めた母の拙い絵 麦わら帽子をかぶった子供の後ろ姿 あれは おれだったのか だが幼いおれの姿と 死んだあの子が重なってしまう それとも家を出て行ったもう一人の息子なのか あどけない微笑み 胸が疼き 熱くこみあげてくる だが もう遠すぎる 確かめる術などないのだ  いのちはすでに粗方没し 意識を鮮やかに燃やしている そう紛れもなく  これはおれの人生だ 何時でもここを捜し求めていた おれは畑にも宅地にも変えたくなかった ここに何一つ建てたくはなかったのだ だからこんな生き方しかできなかったのか たいした稼ぎもなく むしろ金にならないものばかり 夢中になって追い続け 気がつけば 鏡の男は浦島太郎だ 仕舞い支度をしようにも 何一つ 持って行けるものもなく 残してやれるものもない だがあの叢の たんぽぽが 蝦蟇の穂が つる草が 蛙たちの頌栄が 飛び交う蝶々が 水面を打つトンボが おれが 幼い息子たちが 太陽と水の煌めきが 記憶の中で再構築され 母親の拙い絵に良く似た 二度と戻らない時間の向こう おれだけの楽園のようなものを 求め続けていたことに いまさら後悔のしようなど 線香花火 残り火がぽたりと落ち 暗い灰に変わって行く 刹那の狭間にも似て 遠く薄れ 消えて行く なす術もなく     没し      逝く       叢の夏が         いま           瞑る ---------------------------- [自由詩]それは薄汚れた顔で笑っている/ただのみきや[2013年5月18日21時44分] 言論の自由の中で わたしたちは饒舌な唖になる 会葬者の囁きにも指先を踊らせるが 本心は棺の中 乾き切った筆のように横たわっている 表現の自由の中で わたしたちは着飾ったマネキンだ 禁忌を破り一石を投じるただそのために 禁忌を破り一石を投じ続けている不感症 だが 素ではいられない つまらない者に思えてしまい 自由主義経済の中で わたしたちは消費者としての地位を保てない 人に値札が付けられる 奴隷市場さながらに 変わらない自分が値崩れを起こす 景気の波 需要は並 涙の価値も下がりっぱなし 信じるな 誰かに与えてもらった自由など 国や社会が保障する自由など 高尚な響きに欺かれ自らの欲に溺死する 蜜に囚われた蟻のよう それは世界中何処を捜しても有りはしない もしもおまえの心の中に無いのなら それは傍若無人の許可書でも権力への反抗でもない 屈することなく良心に(誰かのではないおまえのだ) 従おうとする確固たる意志 内なる力 国中の者が石を投げても あるいは誉めそやしても 自分の良心に逆らって与するな それが権力者の側であっても たとえ反逆者の側であっても 長いものには巻かれるか 巻かれやすいよう諸手を上げて 鳥は落ち人は死ぬ 銃は殺す者の手の中だけにある だが心から心へと渡って行く鳥に弾は届かない 国家や権力が力でねじ伏せようとするときにこそ 名もなき誰かの中でそれは目を覚ます 奮える魂から溢れ出し 言論となり表現となり 思考停止しかけた人々の足枷の鎖を鳴らすのだ もしも最後の数秒が許されるなら 愛する者に何を伝えるだろうか 真心から一番言いたいことは何か 悩んでいる暇などないのだが つまり自由とはそういうものだ 自分にとって本当に一番大切なものを 一番大切にして生きる 確固たる意志 内なる力 羅針盤と大いなる翼 心の闇に戦いを挑むもの 誰もが憧れて 誰もが躊躇する 今日もまた踏みにじられ 明日もまた頭を擡げるもの ---------------------------- [自由詩]カラカラ/ただのみきや[2013年6月1日23時45分]  風に吹かれて空き缶が  ゆるい傾斜を上って行く  カンカラ転がり上っては   カラカラカラリと下りてくる  あの風が止んでしまえば  あとは 下りるだけ  底の底まで落ちぶれて  それも自然なことだろう  働けるという幸い  働かなければならないという辛さ  食べて行ける幸せ  食べて行くための戦い  陽気なお日様に頬を弄られ  固い道路に踵を削られながら  ドラッグストアの駐車場  虚ろな自分の顛末を見極めたくて  このまま行きつ戻りつなら  勝ち負け論で人生を割り切るのも良し  だが 車に引かれてペシャンコとか  誰かに拾われリサイクルボックスなら  偶然を装った運命の細い手を  こちらから握ってみるのも悪くはない    そうら 風が吹いて来た  笑えよ笑え呆気らかんと  転がれ転がれ素っ空漢と ---------------------------- [自由詩]墓地にて/ただのみきや[2013年6月13日23時32分] 風の愛撫に はらり ほろり 八重桜が泣いた すらり と知らん顔 真新しい翅を輝かせ トンボは行ってしまう 墓地への細道 静かな午後 まだずっと若かったころ 感性は魚のよう きらりと水面を跳ねていた それは奔放で捕まえにくく 思い通りの生簀に入れる 手管に欠けていたのだ 齢を重ねるごとに 感傷は募るばかり 万物から酒を注がれて ――滲みてくる―― この杯はもうひびだらけ  むしろ漏らさぬことが酷というもの 風の愛撫に はらり ほろり 八重桜が泣いた 泣きなさい 薄紅なみだ枯れるまで わたしも一緒に泣きましょう さあさ ご返杯 命あっての物種です 黙って聞き入る 冷たい墓石たち ---------------------------- [自由詩]宇宙ひよこ/ただのみきや[2013年6月18日21時44分]  今夜の月は何か変だ と 思ったその時 小さく ひびが入り ――欠片が落ちた 何かが動いている  えっ ひよこ? 一生懸命 殻をつついて 転がりながら 可愛いらしい姿が 見え隠れして なんとも感動的なシーンだ ついにはすっかり 殻から出て やばい 涙が出そう  ああ 頑張ったね    誕生おめでとう その時 ひよこと目が合った ひよこはピヨピヨ鳴きながら 夜空を渡ってこっちにやって来る  《もしかして刷り込み…… ひよこは初めに見たものを 何でも親と思い込む  《そうか おれを親だと思って しかしいったい どれだけでかいのか 最初 月くらの大きさだったのに 近づくごとにどんどんでかくなって――  《なんてこった! 夜空が一羽のひよこで埋まってしまった このままでは地球が潰れてしまう 人々はまっ黄色の夜空にパニックを起こし 地を揺るがすピヨピヨ衝撃波に震え上がっている 今や生暖かい突風が激しく吹き荒れ あちこちで建物が倒壊し始めた おれは地球を救うべく必死に叫んだが  「めっ! あっぷでちゅよー     い け ま せ ん! 」 心はすっかりママになっていた ---------------------------- [自由詩]詩人の孤独死/ただのみきや[2013年7月6日0時03分]   何時の頃からか詩が化けている 病身の助けになればと書いてみた 介護詩は気味の悪い怪語詩に 看護詩はよく解らない漢語詩に 理学療法詩はまさかの自爆消防詩だ イガ栗養蜂詩になりたいと打ち明けられた時 断固反対したのが祟ったようだ このところ毎晩のように 枕元を走り回っているのは座敷わら詩 子供詩も放置しすぎるとこの始末だ 田園詩はもはや散り散りに タニ詩や案山詩は姿を消し 嫁さが詩に後継者さが詩 個別保障廃詩や減反政策廃詩が幅を利かす 若い頃から書きためてきた わかりやすい抒情詩たちはまさか化けはしまいと 高を括っていたのだが 甘かった ――オラオラオラオラオラ! ――無駄無駄無駄無駄無駄ァ! 全く困ったものだ 昔の恋人に捧げた愛の詩が あっイノシ詩! 今さら猪突猛進されてもたまらない 反戦詩に突然ラリアットをかまされた定型詩は タオルを投げられTKO詩になってしまい 未詩たちは言葉遊びに夢中で呼んでも無詩するし 空想詩は性質の悪い騙詩や詐欺詩に姿を変え 滑稽詩も暗い顔のこけ詩になったらもう笑えない  その時ふと まだ一度も 官能詩を書いていないことに気がついた (書いたら    やっぱり化けるのかな? ) 考え始めると居ても立っても居られない その夜わたしは官能詩を心に思いめぐらし (裸にして腰の辺りに馬乗りにさせて……) 捏ね繰り回しながら眠りについた 翌朝 目が覚めると それは冷たくなって死んでいた 腹上詩 そう題名だけを記した まさしく墓碑銘を刻む行為だった やがてわたしの病気は悪化詩て 寝たきりの日々を過ごすようになった 詩期が近いようだ 相変わらず詩たちは 枕元で騒ぎまくっている 生みの親が詩ぬのも全然平気な様子 む詩ろ嬉詩そうに笑っていやがる も詩か詩てわた詩も 詩ぬと化けて詩に変わるのかも詩れない わた詩の意詩や遺詩は関係なく 誰かの書いた一編の詩として はた詩てどんな詩だろう 現代詩か 原罪詩か 毒吐くの 孤独詩か 詩め詩め 詩ろい神に架かれた 文字のつらなりが 詩ュルリレアリとお出ま詩だ 致詩方無詩 おも詩ろ可笑詩く 詩ぬ詩かないか ---------------------------- [自由詩]きょう美術館で/ただのみきや[2013年7月14日19時40分] きょう美術館でシャガール展は観なかった 美しい青が踊り 悲しくなって微笑んだ 僕は僕の人生とミスマッチしている 一人の時にだけ呼吸する 奇妙な半魚人だ 夏に生まれながら 脳が乾き続けたまま 酒で身を滅ぼした男の 素面の背中みたいに 沈黙を手探りで泳ぐ 時と世界と肉体の中で 終身刑なのだと 教会と美術館の道すがら シャガール展は見ないままだ 八月まで続く幻想よ 妻は行くかもしれない 母は行くだろうか 息子にはムンクの叫びのキーホルダーを買う 僕は行かないだろう 僕は池でアメンボを見る 蟻に運ばれる蝶を見る 夏のど真ん中に真っ逆さまに落ちて行く 懐かしい姿を見つめ続けるだろう おまえの絵の中には僕の居場所など在りはしない きょう美術館でシャガール展は観なかった ---------------------------- [自由詩]政治家にはなりたくない/ただのみきや[2013年7月23日21時51分] 憂いでも 蔑むな 笑っても 嘲るな 怒っても 憎悪を飼うな 泣いても 己ばかりを憐れむな 楽しめ存分に できることなら誰かと一緒に 叫べ 耳は塞がずに それでも不幸は訪れる 天災も 人災すらも 無尽蔵だぁ畜生め! だが時には気のいい幸運が 約束もないのに待っていて 頼みもしないのに一杯奢ってくれる そう 捨てたものでもないと 思っていたい 不可思議様よ 行きもしない選挙の後で すっきりと痩せ細る 未来は月のように 傷跡を隠しはしない ごめんよ 君たち政治家には祭りの林檎飴を持ってほしい 捜しているのは答じゃない 問いなのだ おれは空欄に横たわりたい 在り得ない解答 古臭いインチキ 仕掛け花火の面持ちで ---------------------------- (ファイルの終わり)