まーつんのただのみきやさんおすすめリスト 2012年1月2日23時38分から2012年8月9日23時43分まで ---------------------------- [自由詩]いのちの断面/ただのみきや[2012年1月2日23時38分] 妻にまかせずに 自分の手で一つ一つ 持っては重さをしらべ 虫食いはないかしらべ 一番ずっしりとして 長持ちしそうなやつを 一個だけ選びだした 家に帰り まな板の上 そのきゃべつを一刀両断にすると 断面図は脳のそれに似ている 昔片頭痛がひどくて医者に行き 頭の中の写真をとった 医者は 「きれいなのうしてますよ」 と言っていたが どうきれいなのかはわからないままだった 魚をさばくときよりも なぜかもっと いのちを感じさせる断面図 赤い血を流すことも 痙攣したり  呻いたりすることもなく おとなしく屠られてくれる きゃべつが ちょっとだけ いとおしいかった ---------------------------- [自由詩]すべてが敵でも味方でもなく/ただのみきや[2012年1月3日23時38分] 月は敵でも味方でもない その光は冷え切ったこの身を温めてはくれない ただいつも美しく いつも見つめてくれるだけ 月は訴えることはしない だが証人にもなってはくれない 寡黙な隣人だ 星もそう 空も同じだ 世界は美しいもので満ちている それに気づくときも そうでないときも 花を求めても花だけでは生きられず 海に近づいても海と一つにはなれない 雪はすべてを覆ってくれるが あまりにも冷たすぎる ああ焼き尽くす太陽よ おまえなしには生きられず おまえによってすべてが干からびてゆく 街を歩き 人ごみに紛れても そこに宿ることはできない 人恋しさと煩わしさのはざまで いたたまれないのだ 期待しすぎてはいけない 失望しすぎてもいけない 世界は敵ではない そして味方でもないのだから きみもそうだ きみにとっての このわたしも 世界のすべては孤独な旅人だ 互いに通り過ぎるとき 良き隣人でいれるなら いや  良き隣人と思えるなら それでいい すこしさびしくて ちょうどいい 世界は美しくて すこしさびしいものなのだ ---------------------------- [自由詩]この海は深く呼吸する/ただのみきや[2012年1月8日21時58分] 心の奥底から ぼこん ぼこん  呻くように 呟くように 一つ  また一つ 上がってくる 白いあぶくを 押しつぶす 日々の生業に 心を添わせようと 外側は 辛うじて 規格品を保っているが 中身は落ち窪んで 渇いた目 擦り切れた手足 祖国を追われた 難民のよう たまには 感じるまま 血の音楽に身をゆだね 凪なら 凪のまま 時化なら 時化のまま 海になって 太陽が似合わない なんて思わないで 世界中の誰の 視線をも気にしないで 広々とした 海になって わたしから跳ね上がる 輝く魚たちを あなたの空を自由に舞う 白いかもめたちが 見つけてくれるなら ああ どんなに楽しいことか 目をとじて ただ感じてみる ああ どんなに 楽しいことか ---------------------------- [自由詩]あなたという詩集を読む/ただのみきや[2012年1月12日23時08分] あなたという詩集を読む ページをめくるごとに あなたは姿を変える それは紛れもなくあなただ 湖面に張った氷の下で 微かにあなたの体温を感じている あなたはぼくをぎりぎりまで追い詰める 思想の最上階のレストラン 古びた書物を見下ろしながら あなたと晩餐の席に着く ぼくは内ポケットに 五つのなめらかな意思を忍ばせたが きみの食卓は極彩色で 前菜に翡翠の踏み絵を食べさせられる どうかメインディッシュの封印が解かれませんように 一つ一つのありふれた言葉が 翅をつけて飛び回っている 麗しのティンカーベル おっと気をつけろ 蝙蝠の翅に蜂のお尻のやつもいる 羽ばたく蝶の鱗粉は 流星群となり降り注ぐ 街へ 田園へ 野原へ 子どもたちが我先にと欠片を捜し駆けて行く ぼくも負けてはいられない あのころの自転車に飛び乗った あなたは あなたの詩の中に立つ 砲弾が飛び交う戦場で 薄絹をまとったまま あなたが愛を語るとき ぼくは耐えられない あなたの言葉の体温は ぼくの心よりも高いから 熱力学で引き寄せられてしまう あなたの言葉は震えていて ぼくの心は共鳴してしまうから 天に突き刺さった音叉が響き渡って 響き渡って ああ だめだ強すぎる 天蓋が破れ海が降り注ぐ それは人類が流した涙の総量 100キロメートルの鯨が暴れ出すと 感傷の津波が押し寄せる 鯨と一緒に歌うものか もっと深く潜るのだ ページをめくれ 蒼天に乾いた砂埃が舞う 砂と岩の道なき道 こんな冒険ばかりだ 何が 何気ない日常だ あなたの日常は詩情なんだ いろいろな事情の二乗 かけ合わされた言葉はもはや尋常ではない たいした根性だ 乾いた砂漠のイメージの中で ぼくはサメの歯をひろった 古いものだ     あちらこちらに痕跡がある ここは昔海だったのだろう あなたの詩の中に時々よぎる 虚無と荒廃のイメージ 風化したいのちの声を なんとか繋ぎ止めよるとするかのように 昔いのち溢れる海だったことを 思い起こそうとするかのように 日々堆積して行くありふれた出来事から あなたはあなたにしか見えない 詩の原石を掘り出して 事象を包む装いを 一枚 また一枚と脱がして行く そうせずにはいられない あなたの 口元を想像してみる あなたという詩集を読む ページをめくるごとに 悔しいけれど 恋をする ---------------------------- [自由詩]削除の理由/ただのみきや[2012年1月15日22時43分] 今しがた ひとつの詩を投稿したのですが 後から湧き出てきた 良心の呵責に 削除してしまいました ロシアの宇宙船が落ちてくるという ニュースに思わず笑ってしまい 皮肉った詩らしきものを書いたのですが 後から  「もし本当にそれに当たって死んだ人が出たらどうしよう」 と思うと 臆病者のようですが 削除することにきめました わたし  「ただのみきや」 は 本名です かっこいいハンドルネームを考えたのですが 思い浮かばず それに匿名だと わたしの性格上無責任に垂れ流してしまう気もしたので 普段人前で語るときと同じつもりでそうしました わたしは 詩を書くとき どうしても 心地よいもの 美しいもの かっこうの良いもの書きたいという衝動にかられます それと同時に わたしは大変な皮肉屋で かつ 愉快犯的な傾向もあり なんでも揶揄したり 冗談にしてしまう癖があります しかしなんといっても わたしはキリスト者なので 神のことばである聖書の真理に則したことを語りたい 信仰の良心に反しないことを語りたいという 前提が存在します これらがわたしの中で 三つ巴の戦いをしていて いつもどこかで 折り合いがついて 詩が完成します 時にはあるひとつの部分が 他の二つの部分を制圧しようとします わたしは詩を書くのがとても好きです わたしは善人ではなく悪人です そしてわたしはわたしを救うキリストを信じています そういうわけで わたしは今日 ひとつの詩を削除しました 削除したことを後悔はしていませんが 少しさみしい気がしています そして削除した理由を 詩にしたかったのですが まるで懺悔のような 告白になってしまいました しかたがありません これがわたしだからです そして こんなわたしから変わりたいとは すこしも思っていないのです ---------------------------- [自由詩]愛/ただのみきや[2012年1月18日0時25分] 世の中に いくら偽物が溢れているからと言って 悲嘆に暮れる必要はない イミテーションや贋作があるってことは ちゃんと本物が存在しているってことだ  「 わたしは必死に探し続け    祈り求めてきたが    ついには見つけ得なかった    そんなものは存在しない 」 そんな気持ちは痛いほど だけど わたしやあなたが たとえ一生かかって 見つけ得なかったとしても それで本物が存在しないなんて 言える訳はないのだ まだ見ぬ本物と 空想の産物の違いは明らかだ それはすべての時代の すべての国のすべての人にとって 普遍的なニーズか否かということ 火を噴くドラゴンの魔法とか 宇宙人のテクノロジーなんかじゃ満たされない われら人類の心に ぽっかりと空いた冷たい穴 そう それを満たすことができるのは 愛だけだ 人は生まれながらに愛を必要としている それなしには生きられない 人は教えられなくても愛を求めている 意識せずとも 人が 人である故に 声高らかに愛を歌い 讃え 愛を慕い求める人々 愛を蔑み 愛を罵り 愛を黙殺しようとする それほどまで 愛に飢えた悲しい人々 人は 人に愛を求める 与えてくれる人を 与える対象としての人を しかし 忘れてはいけない 愛は 人ではない 人は 愛ではない 愛は鳩のように 宿ったかと思うと また飛び去ってしまう おそらく人の心ってやつは よほど居心地が悪いのだろう そして残された人々は 互いの胸にぽっかりと空いた 冷たい穴を見ては 途方にくれてしまうのだ だからイミテーションが必要になる 本物そっくりのものが 本物ではないから 別のものもいろいろ必要になるのだ 例えば ルールとか 見て見ぬふり とか 忘れてしまう とか 本音の本音は言わない とか こっそり涙をながす とか 本物は太陽のよう 人の心の 冷たく暗い虚無の宇宙をも いつも温め続けられるほどに イミテーションは 外側だけ 中身はつめたいまま だけど 冷たい模造品だって 抱きしめ続ければ ひと肌くらいには温まる 冷え切ってしまった魂には それも またあたたかな慰め 愛なのだ だから たとえまだ今 本物を見つけていなくても 不幸を嘆くことはやめにして 温めつづけよう イミテーションが本物に変わる そんな奇蹟も 起こらないとは 限らない 気づかないだけで 本物は すぐそばで 翼を休めているのかもしれないのだから 長く住める 安住の場所を探して ---------------------------- [自由詩]美しいものは流転する/ただのみきや[2012年1月19日23時29分] まだ 誰一人として 踏みしめてはいない ふわりとした新雪のままの 土手に重なって 遥か遠く 超然とした白雲が広がり それを 微かに淡い 冬の空がつつんでいる こがね色の午後の日差しは 白い凹凸に 斜めの青い陰をそえる 黒々と 毛細血管のように 緻密に書き込まれた 一本の樹木の根本にも 長く 絵筆で引いたように 風も 音もなく 時すら足取りをゆるめ ただ遠く雲塊だけが 万物流転の穏やかな証人 今 ここにある 車の窓のフレームに切り取られた 刻 一刻と 燃え落ちて逝く 一枚の絵の美しさを あなたに伝え切れない ことばの絵筆の拙さ もったいなくて くやしくて ---------------------------- [自由詩]感性は理性の食卓に満足できない/ただのみきや[2012年1月22日1時21分] 時間のオブジェなんぞ飾った キザなダイニングテーブルで おれたちの議論といえば 百万回も繰り返された チェスの攻防だ おまえの遺体の第一発見者となった 夢を見たことを黙っていたのは 貸しを作るためではない おれはおまえに対していつだって 温情を忘れてはいないってことだ 切っても切れない腐れ縁 お互い逃れる術はないからな 原子力でも搭載したかのような 音を響かせている冷蔵庫から おまえはおよそ食い物らしくない いくつかの素材を取り出しては 無造作に皿にならべたてる 目のない魚が見る夢 丸い水滴に根ざす食虫植物の雌しべ 誰かの思い出から掘り出した 衣服や靴に包まれたままの殺意の化石 瓶詰めにされた時代物の孤高の概念 大衆紙の文字で切り貼りされた 欲望と官能の展開図 粉砕された詩を朗読する暗がりの女の声 涙と皮肉とナツメグとクローブが少々 気に入らないのはそいつをレンジに入れたことだ メモリのつまみを十数年分は回している おまえはおれを笑いっぱなしの嘘つきだと言うけれど おれに言わせればおまえは机上の空論ばかり 陰気なパラドクスのお面でもてなそうとする たちの悪い壊れ方をした目覚まし時計だ マイクロ波は内側をカチカチに焼き上げてしまう 外側はぬるい顔をしたままなのに おれはそんなのは嫌だ おれはレアーでなくては気がすまない 切っても血がでないようなものは欲しくない レンジの中から声が聞こえる クスクス笑う女の声だ それだけでもう十分だ 今すぐ盛り付けてほしいのに おまえはレンジの鼓動が止まるまで 頑なに鍵をかけ続ける おれは神経に秒針を刺されながら レンジが踊り続けるのを見守るしかなかった やがて 完了 を告げてレンジはこと切れた おまえは中から白い皿の上でぶすぶすと燻っている ページが張り付いたまま焼け焦げた本を取り出し 首にナフキンを巻くとナイフとフォークで食べ始めた それは毒にも薬にもならない 内側まで完全に焼かれてしまって反発することもない燃えかすだ そんなものはごめんだ おれはあいつの冷蔵庫から勝手に食材を調達し そこを出て扉を足で閉めた 街灯に照らされた神経回路を仰向けに頭から滑り落ちると おれは自分のために料理を始めた マイクロ波は3分で十分だ そら あの女のクスクス笑いが聞こえてきた 思わずおれも笑い出しちまう うまい飯が食えそうだ さあ 出来上がり どうだい あんたも ---------------------------- [自由詩]浅き眠りに見る夢/ただのみきや[2012年1月22日20時40分] 寒さが緩むと 凍りついていた月光が溶け出して 暗い穴の中にも 虫たちの道を通って 滴り 滴って ヒグマは 浅い眠りの中で 霞がかった 春の野山を 夢に見る 新芽が萌ゆる 水が走る 土のにおい すでに遠い 記憶の果て 大きな背中を追って 森を行く 楽しげな うぐいすの声 飢えて 痩せこけた ヒグマは 胎児のように まるくなって 夢を見る 飢えることのなかった 豊穣の年 母に寄り添った 短い季節に 遊んでいる 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            読み続けた 白髪となり年老いたあなたのまわりを闇が取り囲んだ ぼくにはもうぼんやりとした影しか見ることができなかった 若きあなたは新しい朝を迎えていたのかもしれない 一冊の本を読み終えて 今 新しい本が開かれる あなたの読む詩の中に もうぼくはいなかった ぼくの書く詩の中に あなたの影だけが残っている ---------------------------- [自由詩]すこし話しがしたいんだ/ただのみきや[2012年2月13日2時44分] 今夜こうして詩を書くけれど 世界中にある様々な不条理や 悲しみや痛みを知らない訳ではない この国を覆う様々な矛盾も 今こうしている時にどれだけ多くの人が 不安に慄いているかも ただ今夜はそれらの覆いを剥がすことを他の詩人に任せて いくつかのことをあなたと話したい あなたが一方的な読み手でなくても構わない ぼくもまた然りだ ぼくは百年後に通じることばで話したい 世相を反映していなくても 百年後のまだ見ぬあなたとも話したいから 哲学者や心理学者のものまねはしないで 親友や恋人かのように話したい 矢のように真っ直ぐ あなたは飛んで行く だが相手はまるでブーメランだ 二人は何度か近づいた 一度は衝突しかけたが 最終的には遠く離れ離れになってしまった あなたは遠い旅路の果て まだ見ることも知ることもない人生の目的地へ 相手はと言うと ぐるりと世界を回っては 多くの者が「わたしのもの」と手を伸ばしたが 結局はもといた場所へと落ち着いたのだ あなたは一途な人だが 人は金剛石にはなれない 心が夜露に震える夜を過して 曙の光と共に羽ばたいたとしても 過去を裏切ることではない 一本の線は時に曲線を描き繋がって行く 熾火が灰に変わるまでは 幾度胸をかきむしろうと いくつの器を叩き割ろうと 構いはしないから 人の慰めは気休めだから 期待しすぎてはいけない だけど誰だって 人との気休めが必要な時があるものだ 泣きながら食べ 怒りながら飲み 笑いながら泣けばいい 人がいなければ猫でもいい 猫がいなければ月でもいい でも一番いいのは神様だ 多くの人が誤解をしているが 神様は最高の友達だ いつまでだって付き合ってくれる まだ誰にも教えていない 夢の話をしよう ぼくが初めて女の子を好きになったのは 幼稚園の時だ その頃ぼくは本気で思っていた 「ぼくは彼女と結婚する」って しかし彼女は引っ越してどこかの街へ行ってしまった まともに話したことすらないまま それから何年か経ち ぼくは別の女の子を好きになった そして罪悪感を持ったのだ 幼稚園の時に心の中で誓っていたから 彼女だけを永遠に愛するってね でも ぼくはそれからも 何人もの女の子を好きになり やがて 一人の女性と結婚した そして十数年たったころ ぼくは夢を見た 一人の女性の夢を 初めて見る女性だけど それが誰だか 一目でわかった それは幼稚園の時に好きだったあの女の子の現在の姿だった ぼく同様に歳を取っていた彼女と向かい合って 互いに見つめ合って 互いに涙をながし ぼくたちは互いに謝った あれほど一生涯変わらないで愛するって誓ったのに お互いに別の人を好きになり 別の人と結婚したことを 泣きながら謝ったのだ 夜中に目が覚めると ぼくは泣いていた そしてしばらく泣き続けた 何十年も心の底に埋もれていた鉛の箱の蓋が開き 幼いころの古ぼけた思い出が まるで美しく瑞々しい蝶のように よみがえったのだ あなたの純粋な気持ちが あなたの心を縛ることがないように なんて無粋なことを言いはしない あなたは一途で無鉄砲 猟犬のように殺し屋のように 相手を追いかけて行くのだろう だけど人はいつか追いかけることや待つことに疲れ 自分を必要としてくれる場所に落ち着きたくなるものだ あなたが選んだことを 過去のあなたが責めるだろう だけどいつか 必ず自由になれる時が来るのだ 親愛なるまだ見ぬ友よ あなたのためにぼくは祈る 愛されている者よ 強くあれ あなたの忍耐に感謝して          ---------------------------- [自由詩]ジンクスが死んだ朝/ただのみきや[2012年2月19日21時23分] こんな朝に カラスのカの字もありゃしない 太陽はふやけた面の木偶の坊だ 白い国道の上 黒いおまえは完全に死んでいる 暗がりのおまえは いつも何かを舐めていた おまえが前を横切る時には何時だって 「 ラッキー 」そう呟いた おまえはおれの唯一のジンクスだった だが今朝おまえが死んでいるってことは おまえの前を横切る おれがおまえのアンラッキーだったのか そもそも本当に死んだのはおまえなの それともおれが死んだのか おまえはよくあの老いた飼い犬の皿から 夜食を食べていた あの犬はそんなお前をすぐ側で見ながら ただ黙って見つめていたっけ まるで息子でも見るように おれはおまえに魅かれていたが おまえは寄りつきもしなかった 一瞬こわばった姿勢で見つめ返す闇よりも濃いからだ おれはただ見つめていた 若い娼婦に見とれるかのように ああ やっとカラスが降りてきた 雪のそぼ降る中 黒い猫と黒いカラスは 白紙の上のインクの滴りのように おれというペンを中断させていた 太陽は早々にブラインドを下し店仕舞いだ カラスは小首を傾げ一瞬 おれに問うた やつもおまえを知っていたし 同じように感じたのは無理はないことだ 死んだのは 本当は自分ではないかと バス停から見る二人はまるで双子なのだから 黒猫と黒いカラスと黒いスノーコートの男が 車通りのない休日の朝の国道で ささやかな葬儀に参列していた 無言のまま カラスは己を取り戻し 静かについばみ始めた おれはまだ夢の中に取り残されたよう おれとおまえ  カラスとおまえを重ね合わせては 分別違反の粗大ゴミのように 自己矛盾の張り紙だらけになって十分に死体だった やがて大きな 棺桶みたいなバスが到着すると おれだけが乗り込んで 現実とか日常とか呼ばれる領域に 幻のように融けていった    バスに揺られながら  一度だけ 猫の声で鳴いて   あとは石ころのように      そのままだった  ---------------------------- [自由詩]人の数だけいろいろあるけど/ただのみきや[2012年2月23日0時48分] 人生は手紙 読み進むごとに 春夏秋冬喜怒哀楽 答えは最後のお楽しみ 人生はビリヤード 当たり当たられ飛んで行く 誰が誰を動かして こいつがどいつに影響されたか 白玉だって分かりはしない 後ろから誰かに押されただけだから 人生は目隠しを解かれた森の中 迷い続けては木漏れ日にうっとりと見とれ 歩き続けては花や小川を見つけ 喜んで歌ったり踊ったり 人生は悪い夢だ おれは来る日も来る日も待ちわびたよ 夢から覚めるのを 朝でも夜でも構わない もっと確かな現実が迎えてくれるはずさ 人生は 乗り遅れた電車かな いつも間に合わなくてね 手が届かなくて 途方に暮れて後ろ姿を見送るんだ そう 人生は鬼ごっこ 不幸に追われて逃げながら 幸せを追って鬼になる やっとのことで捕まえた幸せは思いのほか冷たく あれほど恐れていた不幸が以外に優しかったりもする 人生だって よしてくれそんなもの おれは人生の首根っこをつかんで跪かせてやったのさ そしたら人生の野郎 下からおれの足をすくいやがったんだ えっ どちらが勝ったかって? あんたの目にはどう見える 見ての通りさ 人生はままならないもの 理解しにくく 受け入れ難く 仲良くなれそうもない  よくそう思った とくに若いころは だが最後まで付き合うと なくてはならないものになる 互いに支え合える 親友になれる 人生はわたしが紡ぐ一篇の詩か それともわたしを主人公にした 誰かの書いた物語なのか 多くの答えを出してもなお 最後まで謎を残す 明かされない秘密を残して 背表紙が閉じられる 人生はいつか終わるもの そしてやがて再び開かれる 不思議な書物 ---------------------------- [自由詩]一個の孤独/ただのみきや[2012年2月26日20時30分] 山砂はもうない 海砂ばかりが浚われ 洗われ 遠く運ばれ 混ぜられる ごくありふれた砂粒に時折混ざる 貝の欠片の白い顔 ガラスの名残の澄んだ瞳 際立つ別嬪な粒子たち 僅かに 微かに だが 確かに そこに在った 突然門が開き 数十トンの砂は滝のように流れ下り 陰鬱なセメントとの強制結合 型枠の中に吐き出され 鉄筋の骨格を覆う硬い体へと変貌する 一つの塊 一つの人工物 個々を分かつものは何もなく あの潮騒の感覚 海の記憶すら もはやない 誰もが群衆という砂塵の一粒  巨大な 一個の孤独 ---------------------------- [自由詩]時間ドミノ/ただのみきや[2012年3月4日0時02分] あと 一つ それで完成 そう思った瞬間 倒してしまった! しゃっくりみたいな声を一つ漏らして あとは動けない からだがこわばって ドミノは時間を遡り 駿馬のように駈け上る 二股に分かれ また一つになり 山を登って また降りて ドミノは心地よく軽快なビートを刻み続ける 一つのドミノは 一時間か 一日か ああ 先が見えなくて不安だったあの頃も 結果から見て行くのなら何てことはない  当たり前につじつまが合う 懐かしさに目をそらせない ああ 新婚の頃はそうだった そう なんの迷いもなく友達とはしゃいでいた時代 高校 中学 そういえばそんなこともあった あの運動会の日 忘れもしない 母さんの青い服 なつかしいな  ああっ そうだ   思いだした 余韻もなく 最後の一つが倒れた途端 ひんやりした沈黙が支配し すっかり冷めた軌跡を鳥瞰図にした 倒れた最後のドミノ いや 人生の始まりのドミノに目を凝らす そこには既に いや  まだ わたしは居ない    わたしが 居ない?   それじゃあ いま見ている ---------------------------- [自由詩]深海魚は固いベッドで横になる/ただのみきや[2012年3月5日0時05分] 眠りがフクロウのようにさらって行った わたしの寝顔を照らすのは 月や星ではなく まるで深海魚のよう 自らのいのちの灯にほかならない 闇の毛布に包まれた 記憶の中の光彩は 彗星のように尾を引いて たましいを駆け廻り 無意識の中に隠れ住む 詩人をゆりおこす 詩人のことばはイメージに変換されて 夢となって脳裏に降り注ぎ 湖の上の花火のように輝いては やがて深層に静かに消えて行く もっとも深い海の底に 一つの恒星が輝いている そこには夜がない 誰も夢すら持ったままで そこへ行くことはできず ただもっとも深い眠りの中で 近づいて その温かさにふれるだけ 記憶はなにも残らず ただそこでのみ 人はいやされる 詩人もそこへはたどりつけない たとえ深海の魔物に姿を変えようと そこはいのちと死が混在するところ 近づいては その光でいやされるが いつの日にか そのまま深く沈み行き 意識は融け去り もう肉体には戻らない ヒマラヤほどの朝がなだれて来ると わたしの一日がアナログレコードのように歪みながら ノイズを刻んで回り始める 無意識の詩人は眠りにつき 朝の港に揚げられた深海魚は必死 口から内臓を吐き出しているのだが そこには虚しく色を失った 夢の欠片しか見つからないのだ ---------------------------- [自由詩]石膏像は見せかけの黙祷をする/ただのみきや[2012年3月11日23時03分] この日は特別なのだ 人々は痛みと悲しみを共有し 信じる神を持たない人々も 祈りを捧げずにはいられなかった この一年 多くのボランティアが汗を流し 沢山の これから が話し合われ かつてないほどの義捐金が集められた だが 残された人々からは 静かに血が流れ続け 瓦礫はあの日の記憶とともに 居座り続けていた 今日テレビ各局は それぞれ特集番組を組んでいた 新聞のテレビ欄を見ながら ふと  「もっと面白い番組はないのか」 そう思っている自分に気がついた男は 冷静に一年間を振り返ってみた 何もせずに 何もしようともせずに  何もしたいとも思わずに  ただ 地震と津波と原発を話題にしては 声高に話していた この3月11日に人々と共に 痛みを共有できない  自分はまるで異邦人だった 胸に一本のナイフすら突き立てることもせず ただ辺境から悲しみの儀式を無表情に見つめている 家族や財産を失った被災民にとって 自分はおそらく人間ではないのだろう 男は思った レプリカの石膏像のように 冷たくて無意味だと  そして思考の扉を閉ざし ベッドで 二流の小説をめくり始めた ---------------------------- [自由詩]潮流/ただのみきや[2012年3月22日23時00分] 夜明けの明けの ほのあおい闇と光の均衡に 無垢なクラゲが部屋を舞う 流れるままに漂って 夢から溢れたクラゲが舞う 夜明けの明けの ほのあおい夢とうつつの端境に 大きなクラゲが天井を過ぎる 照明に触手が絡まって ぎこちなさげにクラゲが過ぎる 夜明けの明けの うみと融け合う部屋の中 クラゲと一緒に泳いでいる 何故かは気にはならないが 何とかしないといけないような 夜明けの明けの 夢の入り口が萎むころ どうにかクラゲを捕まえて 連れて行こうとしたその時に 刺されて 痺れて 金縛り 夜明けの明けの 浅き眠りの金縛り ああたまらない心地よさ 潮に流され誰かの夢にうちあげられ ヤシの実のように 波に洗われ ---------------------------- [自由詩]遅れる時計/ただのみきや[2012年4月1日0時01分] 突風が春の入城を告げ知らせ 冬の残党は最果ての地へと追われて行く 変わることなく季節の車輪は廻る 時のレールを 一方向に 樹木もまだ裸のころ 花よりも先に咲く少女たちは明るい色の服を纏い 二人の会話には大きすぎる楽しげな声で 飽きもせずに囀っている                  五年後なんて遠い未来のはなし                        この景色の向こう                  まだ見たこともない世界にまで                         今は続いている 角地の古い邸宅から 歩道に躍り出た去年の枯葉 踏めば微かに乾いた感触で砕け散り それは風葬と呼ぶのにふさわしかった 荒れた生垣の隙間から見える 庭は茂りすぎた樹木の根元だけが円く融け 猟奇的に横たわる残雪の白さは ほの暗く 泥濘を育んでいた 住む者の絶えた 忘れ去られた古い家は 時という主人に首輪を引かれてもなお 自分のにおいが滲みついた場所から動こうとはしない 老犬のように不恰好で悲しげだ だが やがて重機が響きを立てて 子どもが去年の工作を捨てるくらい簡単に 歴史とか思い出とかをぺしゃんこにしては 廃棄物としてダンプで運び去る時が来るのだ そのうちに新しい家が建ち 日当たりの良い庭は小奇麗にガーデニングされて 子どもたちの明るい声が響くようになる また どこかの家族が年輪を刻んで行く 風が埃を巻き上げると さっきの少女たちの笑い声が転がってきた                     五年後なんて遠い未来のはなし                        この景色の向こう                  まだ見たこともない世界にまで                         今は続いている 時の流れは早くもなければ遅くもない 人という時計だけが だんだんと ゆっくりとなって 遅れてゆくのだろう ---------------------------- [自由詩]マトリョーシカ/ただのみきや[2012年4月3日23時12分] いつも表情を崩さない お利口な君のこと そりゃあ嫌いじゃないけれど 中身をちょっと覗いてみたくて   一刀両断!  スパッとやらせていただきました 中ら出たのは意外や意外 小粋なドレスとガラスの靴で カボチャ野郎の頭をリフティング おもいっきりスタンドに蹴り込めば 観客は総立ち トンボを切ってはドレスの裾をちょいと上げ 君のお辞儀に観客は湧きかえる こんなに派手なパフォーマーとは知らなかった 面白いからさらにスパッと!  おやおや今度はヤバそうだ 若侍のいでたちはなかなか憂いで宝塚 しかし後ろには介錯人 君は辞世の句に挑むのだが 読むと やっぱり気に入らない 何度綴って読んでみても 必死にこらえていた介錯人が ついには吹きだす始末 そり上げた額を赤くしながら 君は生きている 切腹の準備万端整えて イライラと生きながらえている これではさすがに気が引ける パカッと開いてもっと中身を覗いてみよう 辺り一面漬物樽だらけの古い町並みに漬物臭い風が吹いている 見ると女ばかり少女から老婆まで漬物作業に明け暮れている 突如君は樽から漬物石を取り上げて叫びだす  「世界はこの中にある! 」 君の叫びに女たちの心はさざなみ立ち ついに暴動を引き起こす 狂乱状態に陥った女たちは手に手に沢庵や糠漬けをふりかざし 襲いかかってくる だが君は屈することなく叫び続ける  「世界はこの中にある! 」 好奇心にはかなわない 今度は何が出てくるやら それ パカッ と 幼い君は家族と食卓を囲んでいる 両親 兄弟 姉妹 祖父母 電球のほの暗い光の下で箸や皿が音もなく蠢いていた 会話は止めどなく続くのだが 家族の顔は一つもない 顔だけが街角の悪戯されたポスターのように剥がされていた 君はそこに居ながら留守のようで ぽつんと膝を折ったきり 視線は落下したまま凝固していた やがて家族の会話は幾重にも繰り返され 群衆の声のようになりぐるぐる回り始めた なんだか気分が悪くなってきた まだ中に何かあるのかな  見たこともない真っ黒い動物が暴れている 震え唸り牙をむく 決して人に馴れはしない本性 これが君のコアなのか うああ噛付いたぁ! ちょっと待て まだあるぞ 真ん中につなぎ目がある 確かめてみよう 動くな動くな それっ と  人形 ではなく 少女だ 透けるような 淡く光を放つ肌 見開いた目は瞬きもせず、微動だにしない だがその瞳の向こうには純粋な霊が宿り 無限の感覚器官はブラックホールのように すべてを見つめ すべてを聞き すべてを感じ  吸収し続けていた まったく無反応に見えながら その瞳の向こうに 宇宙誕生前の秩序と混沌がせめぎ合っているのだ その時 ぼくの中に禁断の欲求が芽生え それはあっという間に巨木となり甘い実をつけてしまった ぼくは急いで君の殻を一つ一つ着せ 重ねて行った そして外側まで終わると 何食わぬ顔で  いつもとは違う不安げな君を後目に逃げるように遠ざかった 出来心だった だがそれに抗うことが出来なかったのだ  ぼくは あなたの少女「純粋な霊」を盗み出し 自分の心の奥の小部屋に隠してしまった それ以来 君は虚ろな心を抱え続け ぼくは苦しい秘密を抱えたまま 君を監禁し続けている ---------------------------- [自由詩]つぐない/ただのみきや[2012年4月13日0時23分] 冷たい雨が降ってきた おれは黒々と木のようで  心臓だけがガス灯 何を照らすでもなく ぼんやりと立っていた 小さな春は震えていた おれの心臓に寄り添い 冷え切ったからだを温めた  雪どけのうす汚れたアスファルトの上  白い花のよう 素足は濡れて光っていた 見上げると 天の四方はぼろ布のように破れ 地は病み どこもここも戦場のように荒れ果てていた だが おれもまたそんな人間の一人にすぎなかった たまたまこうして此処にいただけの 灯は消え 心臓がすっかり水風船に変わったころ 春はまだ震えていた まるで 出てくるのが早すぎた蛍のように 闇の向こうへ漂いながら   おれも蛍なら一緒に行ったものを ああ だがおれは人間の一人にすぎなかった たまたまこうして此処にいただけの   冷たい雨に打たれ続ける 一本の黒い 倒木にすぎなかった ---------------------------- [自由詩]とかく嫌いな人のことはあまり知らないものだ/ただのみきや[2012年4月29日0時52分] 春の公園に満面の笑みが咲く お花模様のワンピースでタンタカタンタカ お砂場までもタンタカ行進だ お日さまが照らす世界はこんなにも広い 驚くことはあっても怖いものなど何もない ほらほら お友だちがやって来たよ 毛むくじゃらのマルハナバチは 今日も蜜集めに大忙しだ まだまだ花は少ないからね 花の色を捜して飛び回り 見つけたら触覚で触って確かめる これは凄いぞ お花畑がこっちへやって来る 不思議な出会いにきゃっきゃっと笑う 娘へにっこり顔を上げ ママは携帯を落しかけた 「大きな蜂が娘を襲っている! 」 怖い顔でバッグを振り回し蜂を追い払う 大きな声に驚いて娘は引き攣るほどだ 娘は何だか分らぬままに 怖くて悲しくて泣き出した 小さな心に刻まれた 二度とぶんぶんには近づかない きっと怖くて悪いものだ ママをあんなに怒らせるんだもの こんな出会いを繰り返し 子どもは大人になって行く たくさんの恐れと嫌いを心に縫い付け 入れていることすらも気づかないカラーコンタクト 真っ白な出会いに誰かのすり込みの筆が入り 最初の思い込みが積み重ねられて強固な石垣となる 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気がつけば以前ほど快楽でもないのに ボロボロになっても手放せなくなるから不思議なのだ いいじゃないか夢ぐらい見たって 勿論大いに結構 でも そんなに満足できないのか 自分の人生に 自分自身に ---------------------------- [自由詩]空っぽの手のひら/ただのみきや[2012年7月5日0時46分] 石で打たれるような 犬に追い立てられるような悲しさに 居ても立ってもいられなく ただただ早く帰りたかった 日没に向ってひたすら走り続けた 貝のように固く握りしめている 決して手放してはいけないもの あまりに長い間走り続けていたので 何を握っているのかも忘れてしまった ただ緩みそうになるたびに 子どものように全身で握り直したのだ やがて疲れて 身が傾いで よたよたと道の端に寄ったかと思うと そのまま川へと転げ落ちてしまった 口や鼻から咽ぶ恐怖に怯えながら 流れに抗うこともできずに迫ってくる 口を広げた暗渠に飲み込まれようとした その刹那 誰かの手が差し伸ばされ 強い力で引き揚げられた 明るい陽射しの下 気がつけば一人きり 座っていた いつのまにか手は開かれていた あの時夢中で誰かの手をつかんだから 空っぽの手のひら いったい何を握りしめていたのだろう 気がつけば もうそれほど若くはなかった 目を上げると大地は広々と開け 原野は風にうねり波打っていた 行く先の知れない一本の細い道を 先へと進んでみることにした 日の昇る方へ 空っぽの手のひらで 風が小さく渦を巻いた ---------------------------- [自由詩]雨読物語/ただのみきや[2012年7月19日23時38分] 読みつかれて ふと 雨音に包まれて 物思いに耽る蛙と 草むらに潜む 文庫の中は 土砂降りの文字 連なり意味成し物語り 意識下に滲み濾過されて 何を読みたいわけでもなく ただ 文字の雨に打たれていたい 頁の数は蝸牛 心には別の本があるようで どこからか円い水が湧いてくる 窓を開けて 斜線入りの景色に手を伸ばす そんな日も あって良い ---------------------------- [自由詩]ガラクタ宇宙船/ただのみきや[2012年7月31日23時22分] こわれたラジオの部品とか いろんなガラクタくっ付けて こさえたぼくの宇宙船 飛ばないことは百も承知さ けれども心は飛んで行く 誰も知らない惑星へ わたしたちは飽きもせず あちらこちらに敵をつくっては 互いによく傷付けあったものですね 深いところまで刺し貫いて 愛することにも憎むことにも 決まった答えなど在りはしないのに 気がつくとずいぶん白髪が増えました からだもあちこちガタがきて お互い歳をとりましたね あなたはもうやめてしまいましたか そんな子供の遊びなど 遠い昔の笑い話ですか わたしまだ続けています 可笑しいですか 壊れた心の欠片とか 年代不明の鉄屑とか 昆虫の抜け殻なんかを拾い集め 宇宙船を造り続けているのです 何の役にも立ちはしない 決して飛ばない宇宙船を それは夢の躯を乗せた棺のように 暗黒を彷徨い続けるのです いつか何処かで未知なる存在とめぐり会う 夢のまた夢の話です それでも構いはしないのです 夢のまた夢で良いのです ---------------------------- [自由詩]僕が君を一匹のみすぼらしい蛾に譬えたなら/ただのみきや[2012年8月9日23時43分]  垂直な光のピンで留められて  横たわる朝は散乱した昨夜の屍だった  まだ誰もいないスーパーの駐車場で  ぬるい風が砂埃を吹き上げている    一匹の小さな蛾が  逆らいながら飛んで行く  よろけながら小さな翅を震えさせては  惜しむこともなくいのちを削って行く    僕が君を一匹のみすぼらしい蛾に譬えたなら  君は怒るだろうか  うす汚い嫌われ者の虫けらに  たった一人 砂漠を渡る旅人のよう  白昼に引き出され さらし者にされても  真っ直ぐに顔を上げ続ける反骨者のよう  君こそが  僕の心の錆びついた鐘を響き渡らせた  透明な鉄槌  僕を闇の向こう側へと駆り立てる  真夜中の遠吠え     ---------------------------- (ファイルの終わり)