そらの珊瑚のただのみきやさんおすすめリスト 2018年6月6日19時57分から2019年12月31日12時08分まで ---------------------------- [自由詩]ホトトギスの木/ただのみきや[2018年6月6日19時57分] 道路が出来て分断されて この木は孤独に真っすぐ伸びた 辺りの土地が分譲されて 真新しい家が茸みたいに生えてくると 繁り過ぎた木は切られることになった ざわざわと全身の葉を震わせて 震わせて木は ただ立っている 六月にしては暑い日だった 太陽の斧が振り下ろされて 影はすでに静かに倒れている ホトトギスが一羽 このごろは居座っていた 身を擦り寄せるようにして てっぺんかけたかー そう 鳴こうとするが 舌が回らずにどもってばかり 言いたいことが言えなくて 鳴けども泣けども伝わらない 心を鎮め 想いを込めて 木の葉に隠れて叫んでみるが 応える声も仲間もなく 暑さに唸る蝉ばかり ホトトギスの言葉は解らなかったが 木には それが 声のない自分の心の声に思えた 日の光も届かない懐の奥深くから 悲しく 苦しげで どこか陽気で 訴えるような節がある 自分が歌っているのだと思った 鳴かねば殺すと言うのなら 鳴いてもいつかは殺される 不愉快だからと我慢がならぬと 被害者面して殺すのか 鳴かせてみせると言う者は 鳴きたくなくても鳴かすのか 騙して脅してお世辞を言って 拷問してでも鳴かすのか 鳴くまで待つという者は 鳴いたら最後やって来て 自分の手柄と言うだろか 自分のものだと言うだろうか 何十年も前のこと 雑木林を削り道路は出来た こちら側に一本 孤独に真っすぐ伸びた木は 今日 切り倒される 全身の葉が細波立った 懐深くホトトギスはやっぱり 言葉足らずの舌足らず鳴けども泣けども 蝉たちは無表情で読経を続ける 業者のトラックがいま到着した               《ホトトギスの木:2018年6月6日》 ---------------------------- [自由詩]亀裂/ただのみきや[2018年6月9日18時01分] 亀裂が走る 磨き抜かれた造形の妙 天のエルサレムのために神が育んだ 光届かない海の深みの豊満な真珠と 人知れぬ絶海に咲きやがては 嫉妬深い女の胸を鮮血のように飾る珊瑚 その両方から彫られたのか 濁ることも混じることもなく一体の女神像に 亀裂が走った 鍛え抜かれた鋼の意志 処世の鎧を身にまとい 働き続けて止まることなく戦車のように突き進む 積み重ねられた日々が城壁となり 守ってくれるはずだったが 間者がいるかのよう 内から聞きなれない悲鳴 それが自分の声と気付かないまま 亀裂が走る 卵の殻より脆く蛹より薄い 上澄みが被膜化しただけの 美しいペルソナが萎んで往く 手にしかけた言葉を掴み切れず一息の風が漏れた 女の素肌を包む 喜怒哀楽綯交(ないま)ぜの 透き通った衣のよう なよやかな匂いが 赤錆びた血に変わる                 《亀裂:2018年6月9日》 ---------------------------- [自由詩]それ以外に何が/ただのみきや[2018年6月13日18時52分] 忘れられた歌が戸を叩く 風が酒乱の男みたいに木を嬲っていた (何も知らない子どもがゲルニカを見ている  あなたは映らない鏡  恋している  空白の輪郭の投影よ  純粋すぎて  愛の入り込む余地はない (何も知らない子どもがゲルニカを見る以外 鴎が三羽こんな山沿いを流れて往く おふざけが過ぎた若者たちのように        《それ以外に何が:2018年6月13日》 ---------------------------- [自由詩]永遠のこども/ただのみきや[2018年6月20日19時37分] 逃げ出したこどもを探している 裸のまま笑いころげ つるりと石鹸みたいに 雨だからなに 宿題は帰ってから しかめっ面の福笑い わからないつまらない  いいことなんていつも 子猫に赤いウインナー 暮れるより早く早く 影たちが踊っている 金色の草原へ わたしの魂の欠片 螢の群れを纏い 一秒の中で十年 百年たってもこどものまま 飽きずに遊んでいる 帰っておいで 門限はもういいよ 落書きしたって構わない 本の積木に 地球儀けって 逃げ出したこどもを探している ふざけ遊んでドタバタと 大人の思考を振り切って なにせ理屈っぽくなってしょうがない 近頃じゃ立派なことばかり言いたがる 自分に欠伸が出始めた わたしの蕾を膨らます 永遠のこども 瓦礫から喜びを汲み上げるものよ 無邪気さは知識に勝り 役立たずでこそ役に立つ 理も利も知らずにいつまでも いたずらを巡らせて              《永遠のこども:2018年6月20日》 ---------------------------- [自由詩]覚悟して往きましょう/ただのみきや[2018年6月23日18時57分] ひとつの楽曲が 獣のように現れては去って往く そんな境界で白いけむりを手繰ること 倒木の洞 爛熟の火照りから上ってくる 固く閉ざした鞘翅(さやばね)の囁くような反射 メモ書きだらけの手が ピアノを弾くあなたの肩に置かれる刹那の 炎のような動揺 ひとつの思惑から生まれて 自由の虜となり身を焦がす 青い蛾の 麝香に似た匂い              《覚悟して往きましょう:2018年6月23日》 ---------------------------- [自由詩]題名を付けられたくない二人/ただのみきや[2018年6月30日20時55分] 君が君とはまるで違う小さな花に水をやる時 じょうろの中に沈んでいる冷たい一個の星が僕だ ビー玉越しの景色を一通り楽しんだなら 必ずベランダから放ること すべて朝食前に 僕の口笛が余韻を引いても無視すること 飛び散るイメージの破片で手を切らないように タネも仕掛けもある恋をひと時の盲目が覆う 祈るような面持ち 蜂蜜とレモン 絡まる舌 世界はシースルー でも裸じゃないから 本音で生きても決して本音は口にしないこと 蝶を千切っても蝶を千切ったと言ってはいけない 愛しても愛しているとは言わないこと 流れ出した息の中ふつふつと芽をだして 蔓捲く一本の草木となった君の形のない縁(よすが)が 金色の囁きでいつまでも産毛を揺らすように 夜には地下の水脈に唐突に落ちて来る 僕が盲目の剃刀でいられるように いつも何かしらの笑い声がはらはらと散って 双子のような寂しさにふたり苛まれるように           《題名を付けられたくない二人:2018年6月30日》 ---------------------------- [自由詩]皮膚に隠れて/ただのみきや[2018年7月14日13時27分] 樹木に絡む細い雨 しっとりした芝生 鳥たちの早すぎる朝の歌 あなたは夢見る髪の渦 傘を差そうか差すまいか 照り返す水の雲 ほどけ去る踊り子の 糸つれひとつ引くように 白いけむり青く 置き去りにされた石室で 窓を開ければ草木を渡る風 無垢に欹てて肌は 夜を脱ぎ捨てる蛇のように 眼裏の陽射し辿りながら           《皮膚に隠れて:2018年7月14日》 ---------------------------- [自由詩]テキーラ/ただのみきや[2018年7月25日18時30分] 夏は白濁した光と喧噪をまとい 人は肌もあらわ日焼け止めをぬる 傾くのはグラスだけ海は静かに燃え 彼女は囁きのなか人魚になる             《テキーラ:2018年7月25日》 ---------------------------- [自由詩]枝垂れる文字も夏の蔓草/ただのみきや[2018年8月1日19時23分] 線香花火の玉落ちて 地平の向こうは火事のよう 昼のけだるい残り香に なにかを始める気も起きず 夏の膝の上あやされて 七月生まれの幼子は 熟れた西瓜の寝息させ 冷たさと静けさの 内なる潮路辿りつつ 満ちては欠けて 欠けては満ちて ある日唐突に落ちて来る 神々しい臓器の 質感に凍傷(やけど)して 小魚の群へと瓦解する 縫い付ける傷口の問いかけに ちいさなパライゾは逃げ出した 野の花々は身を捧げる 月のスカートの中を覗きながら こどものころ諦めた知恵の輪を またもこうして諦める 火の粉がシュッと鳴いた 見つめる眼に吸い込まれ 廃墟ひとつ分の 渇きがここにはある         《枝垂れる文字も夏の蔓草:2018年8月1日》 ---------------------------- [自由詩]終りに三つ/ただのみきや[2018年8月8日17時29分] 悪徳商法 架空請求書が送られて来た 金額は自分で書き込むようになっている 魂の値段と 生の負債総額 その差額を生きている間に振り込めと言う この後なに一つ善行をする予定はない やりたいことをやりたいだけ もともと予定どおりにいったことなんか ぶすくれ 笑いが馬鹿らしいのは おかしくもないのに響くから 仲間もいないのに缶を蹴り 缶さえ蹴れば仲間ができると思っている 蕾がおのずと開くとき 静か 気づいた者にだけほんの少し 幸せをこぼして 遠き日の無題 河よ なにを見た 海はおまえの旅に答えを与えたか 人よ なにを見た 死はおまえの生に答えを与えたか                 《終りに三つ:2018年8月8日》             ---------------------------- [自由詩]見えない幻/ただのみきや[2018年12月31日16時12分] 夕陽を抱いた木々の裸は細く炭化して 鳥籠の心臓を想わせるゆっくりと いくつもの白い死を積み冬は誰を眠らせたのか 追って追われる季節の加速する瞬きの中 ゆっくりと確かになって往く単純なカラクリに 今日を生きた溜息が死滅した銀河のように纏わって 風の映像だけが破壊すら破壊する静寂を響かせた 荒れた手の微かな痛みが慰めの手紙なら 想い人はコインの裏表共に在って 未来永劫出会うことすら無い 裂け目から太陽でも月でもない明かりが漏れ 幻燈が憑依する事物は新しい仮面をつけて 古い祭儀を繰り返しながら再び収縮する 生が死へとそうするように完結する度 余韻であり残り香である薄れゆくものらを 追うことの予め定められたかのような餓え たのしげに語り合う人々から離れ ゆっくりと飼い馴らす苦い薬のように 夕陽を飲み干したわたしの中の夜が冷める 微かな笑い声と微かな泣き声は双子のようで ひとりの友だったろうか闇の中震えながら 肢体をくねらせているそんな気がして 言葉の代わりに全身から発芽したもの 無意識の選択が分けていった種のように人を なんと名付けられても構わないと待ち伏せて さらわれるために顔を鏡にしながら ガラスを叩く氷の粒 秒針で苛まれる牢獄の隅の深い群青 心に目隠しをしてくれる蛾のように白い手は 決して来ない                 《見えない幻:2018年12月31日》 ---------------------------- [自由詩]幸も不幸も/ただのみきや[2019年1月2日16時42分] けれども雲はいつも太陽を仰いでいる 暗雲だから項垂れて地を見下ろしているとは思うな 幸福を見つけた者が全てを置き去りにするように 地のことなど顧みはしない どれだけ雨が降ろうが雪が積もろうが 人の暮らしが脅かされようが 幸福とはある種の無関心 目に入らないから幸福なのだ うっとりしながら流れて薄れ 消え去ることにも気づかないまま 雲は今日もただ見つめていた そこに在ってただ遠く 触れることもなく与えてくれる あの麗しい天の火球 己以外には全く興味を持たない 日毎に目減りする不幸を嘆く究極のナルシストを                 《幸も不幸も:2019年1月2日》 ---------------------------- [自由詩]あなたの夢をはじめて見た/ただのみきや[2019年2月11日13時18分] 夢の中となりに座ったあなたと話すことが出来なかった 夢でもいいから会いたいと願ったあなたがすぐ横にいて あなたはもはやあなたではなくわたしの心の影法師なのに あなたを知りあなたの心を慮ることで虚像すら燐光を放ち 清流の魚を掴むかのようそこに在りながら躊躇して深みへ 消えてしまうことを恐れては手をこまねいて見つめていた 目覚めても諦められずに再び眠りの中へ追いかけて いつもより長く 次から次へと夢の中 あなたを求め どんなに夢が変わっても表象が変わっても 失くしたものを探すように 決して間にあわない待ち合わせに急ぐかのように 飛び乗った船の人込みに恋人の姿を見つけられない若者 初恋の相手が知らぬ間に引っ越していた少年 記憶を失くした巡礼のように 言いえない衝動にかられ彷徨い続けやがて 日も高くなったころ 見慣れた天井の下で目を覚ます 岸辺に打ち寄せられた男の中から 共に身を投げたはずの女の顔形が白く溶け 絵具で描いた夏の太陽のように輪郭すら失われて往く時の 泡立つ狂おしさが一瞬過ったかと思うともう 時は時計が磨り潰す塵芥の原料でしかなくなって 感覚は同期する何事もなかったかのように けれどもポケットには一枚のメモがあり文字は滲んで読めないが ただ香りだけが置いて来たものを未だ炙る熾火なのか 遠くて近い痛点が座標も得られず彷徨っている――そう 夢の中となりに座ったあなたと話すことが出来なかった 夢でもいいから会いたいと願ったあなたがすぐ横にいて            《あなたの夢をはじめて見た:2019年2月11日》 ---------------------------- [自由詩]窓辺の思考/ただのみきや[2019年4月7日12時40分] 彼女はピアノの歩調 酔ったように濡れながら 街角を幾つも曲り公園の 裸婦像の前 肉と骨の鳥籠に 冷たい火ひとつ 切りつけるナイフではなく やわらかな雨 胸のジッパーを下ろす 煙のように吸い上げられる メロディー 空は 傾聴し 忘却する 甘い痛み 足元からひとつ拾って           《窓辺の思考:2019年4月7日》 ---------------------------- [自由詩]風の巣/ただのみきや[2019年5月3日12時56分] ちいさな手がタンポポを摘む遠い日だまりに 開けられないガラス壜の蓋を捻じる 地平は終わらないラストシーン エンドロールもなくただ風だけが映っていた たわわに飾られた花籠に果実のように豊満な 蕾ひとつ女の顔 宝石箱で魚たちが跳ねた夜 内側から裂けるように虫に食われて 砂となり流れて落ちる存在は非在へと 捻じれ縊れたひとつの器 やわらかな虚無の結ぼれと 戯れる言葉は肢体となって 秘密には口笛のような思惑がある 捨てられた宝くじを誰が顧みなくても 花見の宴が夢であっても現であっても 降りて来た蜘蛛を頭に乗せて笑う少女がいる                  《風の巣:2019年5月3日》 ---------------------------- [自由詩]自転車少女/ただのみきや[2019年6月1日13時56分] 風のない日も向い風 おでこもあらわペダルをこいで きみは往くきょうも 仮の目的地へ 本当に往きたい場所には まだ名前はない 愛せない地図ばかり もう何枚も手元にあるが こんなに長い一瞬も あっというまに回帰する記憶へ きみは往くきょうも 風を孕んだ落下傘 すまして押さえペダルをこいで           《自転車少女:2019年5月29日》 ---------------------------- [自由詩]鳩と修司/ただのみきや[2019年6月15日12時52分] 浮き沈む鳩の斑な声に文を書く手も唖になり 犬連れの人々が屯う辺りへ角張った眼差しを投石する 紙袋を被る息苦しさ己が手足を喰らう祈り 内へ内へと崩落しながら書くほどに死んで往く 薄緑のカーテンの裏を歩く蟻の影は引き伸ばされて タブラに合わせて踊る指先と目と 冷たい臥所 部屋の隅にぼんやりと 蕾のまま石化した時間 どこからか歌うような痴話喧嘩が聞える  一筋二筋 消しゴムで擦ること  世界からの強奪 個々の主観による凶行 テニスコート沿い杉の並木を縫うように鳩は啄み 道を挟んだ垣根からツツジが覗く 風に頬杖をついた老女の眼差しが レジ袋いっぱいの荷物を抱えた妊婦の腹を撫でる 小雨の跡は消え埃の匂いがまだひんやりしていた 追憶の嘯く仕草に見透かされて目を伏せる その角度の企み もの書きの言葉は蔓草のように空白を覆う 人の心の曖昧に輪郭を施すかのような美しい戯れ 首の曲がった男が笑う夜中のドアーのように ドアーが軋む首の曲がった男が笑うように どちらでも同じこと耳は聞いているだけの明き盲 人は夢を愛し言葉は真正直で欺く 西区の山の手にいつの間にか寺山修司資料館が出来ていた 入ると必ず携帯が鳴って外へ出る羽目になる 発寒川の鴎が光を切り裂いて目を瞑るほど眩しい 放棄したくなる幻より現を叶わぬからこそ喀血する                   《鳩と修司:2019年6月15日》 ---------------------------- [自由詩]モノローグ/断絶のために/ただのみきや[2019年6月23日13時54分] 封筒を開くと雨が降っていた ポプラを濡らし翻るみどりの雨 ふるえる雛鳥を包み込む手つき そうして一気に命を絞り出す 言葉は自らを断つ 川沿いの公園 濡れるがまま置き去りにされて 終わらない便箋の上を歩く 虫眼鏡の中の蟻がわたし 雨粒ひとつに濡れそぼち 見つめる焦点に焼き尽くされる 空の高みから風鈴の音 わたしはわたしという違和と対峙する ――なにを見ているのか ゆれる野の花 そよぐ木々の 光に穿たれのたうち回る影か 見えざる風の監督 見せる光の演出 ――なにも 雀たちの目まぐるしい交尾 銀の小さな女神像のような水飲水栓 虹色の網膜をすべる世界 見たいと欲したもの 見たと信じるもの つながるためではない 太陽は心臓 隠された青白い秒読み 針を盗まれた時計の顔であの溶け落ちた辺り わたしと思(おぼ)しきなにかが 文字化して断絶              《モノローグ/断絶のために:2019年6月23日》 ---------------------------- [自由詩]ちょっとした秘密/ただのみきや[2019年7月7日10時31分] 西野の花屋で薔薇を買った 高価だから四本だけ(バーボンに託けて) 紫の花弁が密集しておいそれとは見せてくれないタイプの娘がふたり 丁度よく開いた白い花弁になよやかに反り返る ピンクの縁取りの娘がひとり 横に大きく広がりながら真ん中は貝のように閉じた純白 デザートと言う通り名(源氏名?)の娘がひとり 長持ちするという液体を混ぜた水を花瓶に注ぎ 裾脚を少しちょん切って 七部より下の葉もみんな それがもう二週間と一日 薔薇たちは美しく咲いている さすがに今日は少し端っこが黄ばみ出したが 葉を切った所からもう五センチも新たな枝が伸びている こんなの初めてでなんだか ことさら薔薇がけなげで可愛らしく 薔薇たちと運命的な 人と花との禁断の赤い糸のようなものが そんな妄想で毎日水を足すときに 「今日もみんな素敵だよ ありがとう 本当にきれいだ 「いつまでも美しくありますようにイエスの御名によってアーメン などと呟いて 結婚記念日に買った薔薇 妻には言わないことばを照れもしないで                            《ちょっとした秘密:2019年7月7日》 ---------------------------- [自由詩]水源地/ただのみきや[2019年7月28日14時02分] 山の斜面の墓地を巡り抜けて 今朝 風は女を装う 澄んだ襦袢が電線に棚引いて 蝶たちは編むように縫うように ぎこちなく鉈を振るう 季節の塑像が息を吹き返す前に キジバトの影が落ちた 泣き腫らして膿んだ一個の眼球 砕けたオカリナは土に還り 地は雨の慈愛に潤む 蛇には合掌する手はなく 微かな温もりを探して傷んでいた 沈黙と傾聴の細波に 緩やかに身を滑らせて しとしとと ただ しとしとと 水は群れ円みを帯びる 坂道に立ち止まる 向きを変えれば登りは降り下りは上り 生の歩みと交差して 時の流れを断ち切って 夢現のあわいを行き来する 重力は虫ピンのように脳天を貫いていたし 永遠の視座からの眼差しに絶えず焼かれていたが 落っこちるように登り 羽ばたいては転げ落ち 答を決しても心は揺れるいつまでも 白木の箱の不眠 天秤皿の上の暮らし ――あっちの皿には何がある 女と蛇がむつみ合う叢の中の一軒家 オニユリを添えて ああ大きなマイマイが踵の下で砕けた 硬くも脆い感触は そのままわたしの頑なさと脆弱さ 濡れ落葉の上に広がる内臓よ 吐露したものはすぐに異物と化して カンバスの奥に埋もれている 原初の形が恋を真似 記憶より深い所から 景色の口を開かせる 寡黙な合わせ鏡 光はゆっくりとただゆっくりと 逸脱を求めて泣きじゃくる ぬるい雨は乾き 朴訥な筆はかすれ 夏は口移しで宿る 眠りの中で翼を切り落とした鳥は 暁に追われて目を覚ます 重体患者の意識が戻るように 時の流れに馴染む頃 鍵も鍵穴もない場所に腹をすかした青空があった  術もなく囀る人々の孤独の狼煙にも何食わぬ顔の 解き明かす者は自らをさらけ出す 意味は影 追っても踏んでもするりと逃げて 振り向く顔はいつも光に溶けている 細道を抜けて行こう 懐かしい匂いに惹かれ 澄んだ死体が待つ水辺 沈まない夕日にオオミズアオが揺らめき渡り 胡桃の梢の辺り 不意にキアゲハが追い立てる 嫉妬すら乱反射 大気の宝石から羽化した娘たち わたしの嘘と戯れ競え 昼の光は視覚で操る 見ているものをも見る己をも疑わず 互いを言葉で縛り合う堂々巡りの果て 闇は訪れる 堰を切ったように 肉体の木霊 皮膚の細波が 眠りへと誘うまで 尚もわたしは刃物を握る もう己と空白しかないにも関わらず 辿り着けない 水源地まで                  《水源地:2019年7月28日》 ---------------------------- [自由詩]わたしは記憶/ただのみきや[2019年8月17日18時09分] わたしは 年老いたわたしの失われた記憶 小さく萎縮した脳の中 仕舞い込まれて  行方知れずの 動かしがたい過去の事実だ 茫漠として靄のかかる 瓦解した印象の墓場から 時折ガラクタたちが目玉や手足を生やし遺失物を装って  微睡みの上澄みに油膜のように浮かび上る 微笑み あるいは恨めし気な後味の 波紋を起こしては 去って往く ――おそらく わたしは 当のわたしにとってそんなもの ノックしているのだ 内側から わたしはここにいると 一切は失われることなく今も共に  わたしはわたしの中に在る それを幸せなことだとは思ってはいない わたしは過ぎし日の記憶でありながら 忘却の覆いの下に隠されて 顕在化されることもなく もはや他者と変わらないのに 他者としての歩みを微塵も許されない すでに 刻まれた事実以外 なに一つ そのことに気づいた時 漠然とした口約束だった諦めを 証文にして 自らの実印を押したような感覚だった 言うまでもないが わたしは過去のわたしが夢見ている憧れなどではない そればかりは自明すぎて妄想すら追いつくことはない                    《わたしは記憶:2019年8月15日》 ---------------------------- [自由詩]坂だらけの街/ただのみきや[2019年8月18日16時59分] 独居美人 託児所の裏の古びたアパート 窓下から張られた紐をつたい 朝顔が咲いている 滲むような色味して 洗面器には冷たい細波 二十五メートル泳ぐと 郵便物の音がした 気がしたが 「今日も人っこ一人いない 逃げ遅れたのはわたしだけ 」  (ぜんぶ気のせいよ )       ――お人形が笑った 付箋 何冊もの本や資料に貼られた付箋 色とりどりに飾られて頁はお祭り騒ぎ なにがそんなに大切だったのか なぜ大切だと感じたのか  付箋を外せば その他大勢 どれも群衆に紛れて見分けがつかない 大脳皮質の蟻 岩場の苔を歩きまわる蟻一匹 ジャムの空き瓶に捕らえ 曇り空の蒸し暑い日 円周率を拾いながら わたしは坂を上り切って立ち眩み どこまでも壜は転がって加速した すきとおった密閉 めくるめく天地の回転移動 蟻は来世を想う 間延びした 時間は反物(たんもの)みたいに絵柄を展開させ 猫と少年 坂の多い港町のひび割れた路上の真中寄り 今朝の空と似たうすい灰色の猫がまどろんでいる 腹ばいになって前足を人みたいに傾いだ頭の下 時折 車が通ると慌てるでもなく ふと顔を 上げて 確認し また目を瞑る  時の流れが逆なでにならない姿勢と仕草 しなやかさを保ちながら 向かいの建物の陰から 素早い身のこなしだが まだ 線の細い そっくりな二匹が 寝ている猫に ちょっかいを出したか 甘えたか 三匹の猫は路上の気流を少し掻き乱す すずめたちのお喋りは離れた場所で続いている それでも不快な所まで車や人が近づけば 止まっている近所の車の下に三匹とも潜り込む 珍しくもない風景に見入っている だが 懐かしさを感じるのは既に珍しい風景だから ペットか野良かの区別もなくただ見つければ 舌打ち鳴らして呼び寄せ撫でようとした 子供の頃を遠く 眺めていたが ――船の汽笛の響き すっかり見失ってしまった 少年と猫                  《坂だらけの街:2019年8月18日》       ---------------------------- [短歌]まねごと――夏から秋/ただのみきや[2019年8月24日20時03分] 兄笑い弟泣いた花火は海へ闇へ消え何も残らず カブト虫カバンに隠し学校へ死んだ弟靴音軽く 廃屋の塀からおいでおいでする夏草に咲いた少女の指 死んでやる孫に向かって言う母をさっといさめて箸は休めず 爛れ往く記憶の畦に舞い降りたゲイラカイトは誰の便りか 小糠雨天神祭りの吊り電球朝に黄ばんで眠くなり ギターを弾き語る拙さに声もかけたくなる二缶目のビール 梢高く鳴る風の行方を知る蝉も蜻蛉も追って追われて 幼き恋に殉じよと目交に燃ゆる彼岸花意識飛ぶまで やるせないと書いて続かない燐寸を擦(こす)れば文字だけ青い火                《まねごと――夏から秋:2019年8月24日》 ---------------------------- [短歌]まねごと――悲哀のもどかしさ/ただのみきや[2019年8月31日21時01分] 互いから目を反らすため見るテレビテープを貼った風船に針 見開いて水に倒れた金魚の目土葬にした日の絵日記帳 酒が止み雨に酔ったら螻蛄(ケラ)の声死ぬまで愚直に夢を掘り 四十万にも始まりありと邯鄲(カンタン)は黄の花房に弓を休めて 時を経て忘れられる人られぬ人胃を裂くような嗚咽を隠す 靴音のタクトが響く朝に絵画たちの沈黙はフォルテシモ 里子に出たか継母からしからぬ声の鴉に問うては笑う 海のない土地で育ったからいつまでも他人のまま愛していた 鴎たちが美しい刃になって奪いに来る凪ぎだからこそ 揃えた靴が太陽に熟れ旗竿に踊った誰もいない白                         《2019年8月31日》 ---------------------------- [短歌]まねごと――やすらかに老いる町/ただのみきや[2019年9月7日14時34分] 翅を欠く揚羽と並び歩く道白磁と見紛う骨の白さ すずやかな朝にまどろむ娘たち夏の火照りを蓄えたまま 安全も安心も不安あっての約束手形不渡りもある 今朝はまだ世間の目には止まらない明日の事件の主人公たち 嵌らないパズルのピース無理に嵌め不明不安を和らげながら 解明し分類すれば皆の腑に落ちる知見者識者のつとめ 事実とは形(かた)を持たないのっぺらぼう好まれるのは理解しやすさ 澄み切った諦念の青さ結び解ける夢を遠く運び去り やすらぎは白刃の心に映る空願い祈りの届かぬ所 足跡も指紋も残さず奪い取る盗癖にも似た物忘れ 電柱に身体(からだ)もたれて息切らす老婦の着物日差しに褪せて 紫の裳裾に覗く足袋の白仏間の祖母の匂いを思う かけ出した幼児を追って母叫ぶ坂で止まれず顔から転び 泣きじゃくる声顔すべてが愛おしいカッカと燃えるつぶらな命 花を見るその目が蜂に乗り移り秋桜揺らす風の睦言 来る雨の匂いに迷う羽蟻たち綿毛のように風にころげて 雨は打つすべて楽器に変えながら譜面は黒く塗りつぶされる 縋る手も祈る手すらも老いたなら神仏の耳また遠くなり 蜘蛛の子を哀れと思い捨て置けば天井四隅いつしか霞む 重ねても厚くも濃くもならぬ影ことばは心の影法師か              《まねごと――やすらかに老いる町》 ---------------------------- [自由詩]自由の女神/ただのみきや[2019年9月16日15時22分] 言葉のフェイクを削ぎ落し 白骨化したあなたを抱いている 突風にあばらが鳴ると 手を取ってかちゃかちゃ揺らしてみた 骨盤に唇を押し当て目を瞑る あなたは眠りからさまよい出た夢で 青いインクで描かれた挿絵の薔薇の匂いがした 涙のように 冷たい夜が 美しい眼孔から溢れていた わたしは 一抹の不安という命綱をとっくに捨てていて 肉体が地下水になることに慣れていた ただ固い石だけが永劫の苦しみとして 全ての取引を拒んで袋の中に在り続けた 言葉が枯れて散る頃 虚無に絡みつく黒々とした欲求だけが露わになり 錠剤ひと粒ほどの救いを あなたの骨に求めたのだ どこまでも展開し続ける立体は 読めない言葉で埋め尽くされて 内にしか存在できない宇宙を宿した子宮だった いまもかつてもこのさきも 出来事はほんの一かけらの現れに過ぎない 白骨化したあなたを愛しいている 最初から興味はなかった あなたの言葉には モデルルームの照明があった 作り物を否定した誇らしげな作り物だった                《自由の女神:2019年9月16日》 ---------------------------- [短歌]まねごと――門口に終わりの予感/ただのみきや[2019年9月22日18時24分] 黄の蝶と白の蝶とが連れ立って渡る線路に光倒れて 風も無く半旗を垂れたわが心空は高くてなにも見えない あてどなくふるえて迷う小さな蛾人に纏わりなにを思うか 説明も言い訳ももはや億劫だ保つより失う気楽さ 情報の網に絡まり動けない端末手にして人が末端 風に乗ってはまた降りて鴎は誘う戯れの白い手つき 辻褄の合わぬ話もなんのその景色を描く心ひとつで 野の花の震える様を見る女瞳の奥には吹雪が舞う 薔薇は萎れ紫陽花は染まる黄昏の幸せを誰が量るか 螽斯(キリギリス)は蟻を頼らない手ぐすね引いて待っているのは蟻だ 老いが成熟を覆うころ静謐の小箱よ真中に一つあれ             《まねごと・門口に終わりの予感:2019年9月22日》 ---------------------------- [自由詩]感傷――観賞のための/ただのみきや[2019年9月23日10時54分] 窓ガラスを伝う雨 樹木は滲み油絵のよう 秘密を漏らすまいと ずぶ濡れで走り続けた 若き日のあなた 尖った顎 靴の中の砂粒を取る間も惜しみ 聞えない声を聴くために 人々から遠ざかり たった今泥から生まれたような 冷たい手足を 祈るためでもなく折りたたむ 砕石の上 疎らな雑草に囲われて 沈黙に添う蟋蟀 月の釣り針も どこにも見つからない 膝の上の夕暮れだった 待ち合わせたように 運命の必然のように 悲しみと地続きの夢の中から あの人が現れる 潰れるほど閉じた目で 迫る列車の音をこらえていた 取り戻せない どこにもなかった過去が ずぶ濡れのままふるえている 窓ガラスを伝う雨 ナナカマドから銀の雫           《感傷――観賞のための:2019年9月23日》 ---------------------------- [自由詩]201912第二週詩編/ただのみきや[2019年12月15日19時40分]  * 青空ではなく あおそら と くちびるに纏わる 透けた胎児 月のように 発芽を奥ゆかしくも留め置いた ――エバの種 見上げる大気の透過した青 見下ろす海の反射した青 うつくしいあおい       あおいかなしみの 差し招く雪肌の陰影 冬に羽化する蝶が頬の熱を奪う 爽快に狂った少女の 名付けようもない青 折れたクレヨンの失くした青 やがて爆ぜ ホトから裏返る すっぽり包むエバの芯まで青い嘘  ** 山から川沿いに下りて来て 日暮れたころ住宅地に出没する 犬連れの群も去りすっかり人気の絶えた公園で あちこち嗅ぎ回って軽やかに まだ浅い雪を蹴って往き巡る この時間帯公園は狐の縄張りになる 鼠を捉えたりゴミを漁ったりして暮らしているが 住宅地をうろつく連中の中では 毛並みもいいし尻尾もしっかりしている 首輪は知らない 自由も知らない すべてはただ生きること 理想や娯楽が一人歩きすることはない ただ本当に飢えるとはどんなものか 満ち足りることはどんなことか たぶん人より良く知っている 満ちて往く月の下に狐はいる 山も街も違いはない 己がいるところ 月が見えるところを縄張りとする  *** やわらかな雨をくぐり 航跡を引くように香水を匂わせる獣 夢が終わりから始まるように 書き出しを探している この雲すべて搾り尽くすまで 乾いた白紙に辿り着くことはない 河を流れる少女 約束された祝福がいつまでも 追いつくことのないまま 歌になって 海へ溶けた 聞こえない千々の囁きを 指の欠けた手でかき集め小瓶に入れる者 昼は光に透かし見て 夜はパイプに燻らせて なにを想ったか遺書の中を歩き回る 同じようなことは繰り返し起こるが 同じことは二度起こらない なにかに誘われる なにかは自分 やわらかな雨をくぐり 航跡を引くように香水を匂わせる獣  **** 目が慣れると 大きな白い蛾が飛んでいた あなたの魂は自由に暗闇を行き巡る 麝香のような匂いをさせながら 廃棄物のように黒々と 沈黙した二つの塊 猫が爪を砥ぐ音を聞いている 鼠の心音すら聞こえるほどに わたしたちは自分の影以外 二度とセックスしない 互いを美しい魔物として描き出し 愛の残り香を 鉛筆の濃淡に嗅いでいる 詩は沈黙する 読後の戸惑いに 詩を読む時 誰もが盲人であり聾者である  ***** バビロン川の畔の柳の木には舌を掛け しゃれこうべの丘には両手を架けた 今わたしの目は抉られて煮え滾る鍋の中で天を見上げ 耳は切り落とされて全ての音の向こうから来るものに欹てる なにひとつ確かなものはない 本当に確かなものの前では  ****** 悲しみは喜びに恋をしたが 喜びの眼に悲しみは映らなかった そんな悲しみをわたしは愛し 今もいつまでも抱きしめている  ******* あなたは山麓の湧き水 光を乗せた澄んだせせらぎ わたしは暗渠が吐き出す 真っ黒い水の反響 謂れのないものが突如現れたかのよう 隠された脈絡という共通点  ******** 駐車していた車にスマホを見つめながら 微笑む女装少年がぶつかって来た 彼(彼女?)は当たり屋ではなかったが 同じころ オレンジ色のTシャツで自転車をこいでいた 少女が子猫を轢いてしまう 彼女はオリーブ色の目をしたイタリヤ人だったが 同じころ 少年が空き缶を立て離れたところから石を投げ入れていた 全部入ったら彼女を下心のあるデートに誘うつもり 彼はクリミア人だったが 同じころ 売れない詩人が占い師を訪ねたが 占い師もまた当たらないことで有名だった 「オタリアを飼いなさい」 同じころ 当たり屋のわたしに宝くじが当たる 換金に往く途中リアルに轢かれてしまい 以降当たり屋をリタイアすることになる 同じころ 霊安所で得体の知れない遺体が二体 撃った撃たれたでもめていた 窓の外では 眼帯をした金糸雀がシャンソンを歌っている 同じころ 心中しようとした恋人たち 死に方を巡る口論の挙句男は女を殺してしまう けれど気取り屋詩人の相手は妄想だから毎度 同じこと  ********* 眠らなくなった人は起きたまま夢を見る 世界は自己の投影 出来事はその迸る流出 自我は謎を解くため理不尽へと挑み 結局は予定調和的回答へと誘われる 割り切れなかった苦い端数を欲求へ変換できれば 原動力とまではいかないが 半歩先の生まで視線は留め置かれる  ********** その器も あの器も あふれるばかり もう少しも秘密は入りそうにありません 居心地悪かったのか 飛び出した金魚がテーブルでぴちぴち跳ねています 午後にはお茶とお菓子 夜にはお酒 お父さんは人魚とキスしたことがあるそうです  ************ 声を嗄らして注ぎ出す歌に 走る柔肌の影 暗喩のようなあなた わたしは目と耳を裂けるほど開き なによりも乾くことのない傷口を無造作に晒し まるで礼拝者が神に捧げるような面持ち 抱きしめていた あなたの歌声を 唯一それだけが許されていた だが歌声は風のように 両の腕をすり抜ける 傷口を激しく共鳴させながら 劇の仮面の凹凸にも似て 隆起した喜びは悲しみの陰影に掘り抜かれたもの 燃え上る夕陽もすっかり闇に飲まれてしまう わたしは美しい宝石を飲み込んだ それは星となってわたしの明けない夜と共にある 無邪気な振舞で覆う 自らの血で赤い表現者よ  ************ 生活を煮詰めてジャムにした どんなにたっぷりパンに塗っても 味気がなくてしょうがない 恋を煮詰めてジャムにした 色こそきれいだが酸っぱい苦い たっぷり砂糖を足さないと 言葉を煮詰めてジャムにした 湯気が上がってグツグツ鳴って匂いもしたが 鍋を覗けば空っぽだ 不在のジャムと白いパン 無いものを在るかのように塗り ジャムの味がするかのように食べる 技術もそうだが 追憶と想像力が鍵 ---------------------------- [自由詩]201912第五週詩編/ただのみきや[2019年12月31日12時08分] 隣家の屋根から翼のような雲が見える 朝の微睡みから覚め 膝に居座る悪夢が霧散するまで 蛹の時間 軒の氷柱の光の粒は  瞼につめたいやわらかな真珠 木々の梢を半ば強引に愛撫する風 その風に乗って鴉が額縁の中 しばし曲芸を見せてくれる 一枚二枚と続け様に 音楽アルバムを聞き流し 窓を眺めてキーを打つ 古くから言われる通り 現は夢で夢も現と 雲間の日差しに目を細めながら 飽きもせず 煩いもせず コーヒーの匂いが嗅ぎたくなる 年末年始の曜日の巡りと有給消化で 十日以上休暇が続く 苦手な訳ではないが 一人でいる方が好ましい 家族といるのも楽ではない 風が暴れ出す 翼はすっかり姿を消して 苦渋の濃淡が空の果てまで斑に続いている 気がつけば正午を回り コーヒーよりもウイスキーがよくなった 厄介な荷物 からっぽのくせに 重くて取り扱いも難しい ルールが隠されたゲームなのだろう わたしはわしたちとわたしたちに 別れてもいるから 大概の人に寄り添えなくもないが 年を取るごとに面倒くさくなった 疲れたのか 我慢するのが嫌になったのか 生まれるとき忘れ物をして来た そう書いた人もいる 蛹の中で変身し切れなかった そんな者かもしれないが 違和感なく生きている人には どうでも良い話だろう 二十五年ぶりに煙草を吸ってみた 美味い訳はないが 煙は美しかった 健康や長生き  世間体よりも 自分の好みを追求する 生きづらくなる人が 増えるのか 減るのか 自殺者は 増えるのか 減るのか 自殺と尊厳死の境に緩衝地帯はあるのか そこから月は見えるのか 満ちては欠け 欠けては満ちる 見つめる心の様を映して 天の軌道を巡る青白い死の広告塔 屋根の向こうの空白を 小さなフォントの群れが跳ねて往く 二杯目のコーヒーと ポケット壜のウイスキー 交互に唇をあてる浮気性 本当は煙草を吸う女の仕草が好きで 吸殻の口紅もきらいじゃないが 全てではない 詩も音楽もなんだって 全てが好きなわけじゃないから 多数から好かれたいとも思わない ほんの少しの 気の合う他人と 本気と冗談の 継目ないメビウスを まるで親友や恋人でもあるかのような 即興劇で 回し合えたら いよいよ良い酔いで 死んでいけると 思う年の瀬 神はいまだ憐みも慎みも深く 小石があるごとに躓きながら 巨岩を登って来たが 登り切る必要すらなく 見たい景色はすでに心にある そこからモーセやエリヤのように天に上る訳もなく いかさまは真っ逆さま 夢想の羽根をイカロスのように散らしながら 死に様はイスカリオテ 六歳の頃に家族を捨てて旅に出る夢を見た 他人しか愛せない 激しすぎる自己愛の投影に 肉親は生臭すぎた シェイクされることで形成される マトリョーシカの人格を想う なんて口八丁で 遊んでいる 遊びにこそ 本性が現れる 目のない蛇のように よくわからないぬらぬらしたもの 絶えず脱皮を繰り返す 真実の 萎びた抜け殻だ ---------------------------- (ファイルの終わり)