梅昆布茶のおすすめリスト 2020年5月17日14時41分から2020年5月25日13時38分まで ---------------------------- [自由詩]八重に愚かに/ただのみきや[2020年5月17日14時41分] 雨の吐息に八重咲きの桜しばたいて 落ちたしずくを掻き抱き夢見心地で逝く蟻の   複眼の曼陀羅     太陽を入れた万華鏡 黒曜石は夜に溶けながら半球を渡る うす闇からうす紅 八重に包んだ夢もみな開いて散って   朝へ吐きだす意識の裸形 たカーテンをあけ かつて桜のあった場所を見つめている 瞳の表面張力    どこからか舞っては降りる花びらの    漂う小舟 触覚を振るわたし沈んで                  《2020年5月17日》 ---------------------------- [自由詩]ミルクセーキ/印あかり[2020年5月17日14時59分] 誰かを愛するために牛乳を買った あなたを愛するために卵を買った 砂糖が一匙分も無かった もう買い足す元気が無かった ソファに寝そべって映画を観ていた 開始10分で涙が出てきた 牛乳をマグカップに注いだ 目玉焼きを作って食べた ---------------------------- [自由詩]現実だってたぶんまじないみたいなもん/ホロウ・シカエルボク[2020年5月17日22時07分] 盗人のような夕日が、薄曇りの空に紛れてゆっくりと沈んだので、俺はまるで破産した大金持ちのような気分で遮光カーテンを閉じた、喰い過ぎた晩飯がウェイトになって胃袋に伸し掛かる、だからイヤホンを突っ込んで感覚をほんの少し無効化することにした、出来れば少し消化するまで待ちたかったけれどすべてを望み通りに叶えることは出来ない、間違えて買った蛍光灯は部屋のすべてを照らすことが出来ない、ディスプレイを見る分には困りはしないけれど…若いころにブルースだと思っていたものは、いま聴いてみると意外とブルースとは言えないものだった、だけど、だから良いとか悪いとかって話でもないさ―いろいろな事柄が足踏みをしている、上手く事が運ばないけれど俺だけの話じゃない、苛々するのは筋違いってもんだ…昔のことなんて覚えてるようで意外と覚えていないものだ、俺は人よりは余分な記憶をたくさん抱えているらしいけれど、そんな俺にだって記憶の片隅にも残っていない出来事はあるさ、不意に押入れの隅から出て来た写真なんかが、そんなことを思い出させてくれることもある、そんなとき俺は、決まってもどかしい気持ちになるんだ、その写真が俺よりもずっと、その時のことを覚えているような気がしてさ、写し取られた俺の絵が、俺よりもずっと―まあ、だけど―一度忘れてしまったものは、たぶん二度とリアルな感触にはならない、そう思わないか?誰かから思いもよらなかった自分の過去を聞かされて、それ本当に俺か?って聞き返すときあるだろう、そんな時教えてもらった自分の絵は、いつまで考えてみても自分そっくりな姿にはならないはずさ、まあ、どうでもいいことではあるけどね、なんだか今日は救急車の音があまり聞こえないな、大通りに面したこの家じゃ、ひっきりなしに路面電車と救急車の音がこだまするものなんだが…まあ、たまにはそんな日があってもいいのかもしれない、救急車の中でなにが起こっているのかなんて、外に居る連中には分かりはしないものだしな、ああ、人生で何度か、救急車に乗せられたことがある、一度は病気で、あとは全部交通事故さ…滅多に事故に遭うことなんかないんだけど、ある年に三度、立て続けに事故に遭ったんだ、まるで呪われてるみたいにさ、一度なんかどこかの家に突っ込んでさ、右脚にはその時処理出来なかった硝子の粉がいまでも閉じ込められてるはずだよ―その次のは酷かった、左脚の膝関節上部がグズグズになってさ、もし事故直後に歩いてたら左脚がほんの少し短くなってたらしいよ、おかしなもんだね、痛みはそんなになかったのに、俺絶対に左脚を下ろさなかったんだ、ああいう時って本能で察するんだろうな、三ヶ月感ギプスで過ごしたよ、固定されたままだった脚はほんの少し細くなってた、あっという間にもとに戻ったけどね…ああ、なんだかつまらない思い出話になっちまった、人生が更新されていないわけじゃないんだけどな、だけど今日はどうもそういう日みたいだな、写真の話からこっち、ずっと思い出話ばかりしているよ、そう―強烈過ぎる思い出は逆に、記憶という枠を飛び越えるよな、いつだって昨日のことみたいに蘇ってくる、そんな瞬間がある、俺にとっちゃそうだな、ミック・ジャガーのハモニカの音色とか、パティ・スミスの歌ったフェイド・アウェイとか…上手くいったときの朗読とかさ、そんなもんになるな、人によってはそれは、悲しい思い出ばかりになるかもしれない、そう…身内が死んだときとかね―そういえば父親が死んだときの記憶って、病室で対面した時よりも、そこに向かうまでの午前三時のガラガラの大通りのことが鮮明に思い出されるよ、昼間はごちゃごちゃに込み合う通りなんだけどね、あの時は、ろくにブレーキを踏むことがなかった、月が綺麗に出ていて―こんな話しててもしょうがないか―俺たちは記憶で出来てる、こんなことばっかり話してる夜には特にそんな風に感じるよ、だけど、記憶ってのは意外と裏切るからな、あんまり信用しちゃいけない、誰かに訂正されたら、ああ、そうだったかもしれないな、くらいで片付けておけばいい、どうせそれは見直したり訂正したり出来るようなもんじゃないんだ、写真に語れるのは何色の服を着てたとかってことくらいさ、なあ、記憶にとらわれてがんじがらめになるのは良くないぜ、俺たちはある意味近い過去意外に確かなものを持っては居ないかもしれないが、だけどそれだって連続的に上書きすることが出来るんだ、感覚って意味でいえば、俺たちは毎秒死んで生まれ直しているのかもしれないな、そう考えてみなよ、自分なんてそんなにこだわるほどのもんじゃないのかもしれないなって気分になってくるから。 ---------------------------- [自由詩]お参り/もちはる[2020年5月18日9時01分] 今朝も歩いて 一キロ先の氏神さんを ひとりでお参りする 石段を上り 小さなお堂の前で 鈴を緒でガラガラ鳴らし 気持ちをチャリンと投げて 手をぴったり合わせて 住所と名前を言い あれこれお願いをする 奥で神様は 僕を見ているのかな お賽銭を見ているのかな 金額が多い方を ひいきにするのかな 覚えていてくださいね 僕は皆勤です 帰る鳥居で だれかとすれ違う この人も思いは同じ ライバルかも 神様だけは 比べることはしないはず 平等にお願いします ---------------------------- [川柳]実現した現実/水宮うみ[2020年5月18日12時22分] 消えたきみと花火のまぼろしを見ている あの歌を思い出している言葉の雨 泣くこともできずに曇るきみのそら きみの眼差しが世界の全てだった ---------------------------- [川柳]強い/水宮うみ[2020年5月18日12時25分] あのひとのギターと汗が流れている この豚は、旨すぎるから多分牛 パンダさん 何も言わずに笹を食う いい顔で写っているのがわたしです 勉強ができない代わりにめっちゃ強い ---------------------------- [自由詩]すみれ日記/もっぷ[2020年5月18日15時25分] 夫が食器を洗ってくれている音がする それを背中で聴いているのが好きだ 時々、夫は「よーしゃ」「うぉーし(ゅ)」と言う それは私の心を思いきり健やかに笑わせてくれる ---------------------------- [自由詩]新世界/ミナト 螢[2020年5月18日16時50分] 簡単なことだったのに 忘れていたね 君を待ちわびた世界は まるでマンハッタンから 月を投げた薄い明かりだ 遠くても分かっているし 近くなら歩いて行けるし どんな小道具も役に立たない 君の笑った顔がもう 体じゅうにプリントされて 僕はいつだって 幸せを提出できるんだよ この空にstay together, みんながウイスキーを浴びて 月にこぼれる涙を拭くために この空にstay positive, 余韻は誰かのギターで 丸を描いてまた会いましょう ---------------------------- [自由詩]小虹/秋葉竹[2020年5月18日21時18分] その堤防は黄昏に 染まる海の静かな波の音に つつまれていた おだやかな心象風景のなか ふたりだけが 迷っていた それは 爽やかな夏の音楽が 昼間は鳴り響いていたから? でも、どんな夢も どんな風に吹かれても やって来る未来は なにも変わらないものね 心は、 凍りかけ、 心は、 凍らない、 それを、 繰り返す、 えんえんの悪夢が頭の中で 黄昏の僕をあざ笑う 油まみれの両手で 黒く汚れた灰を掬い上げて 嫌がる君のほおを ツーッ、って、撫で上げてみたい そこで汚れた涙の雫が なによりあたたかい 小虹を呼ぶかもしれない それは、 けっしてないといいきれない 未来の希望の光が輝く、 惑星や星屑を 信じることになるかもしれない そんな堤防の上に立って 暗闇の海をわかろうとする やさしさに つつまれて いた つみびとが背負った諦めと脆弱の夜に ふたりだけが けんめいにたえていた じゆうにできない 《震え》を 抱きしめながら ---------------------------- [自由詩]表面にいる/水宮うみ[2020年5月18日21時50分] 星の表面に無数の星があった 消失する約束を見送っていて 余白の海にただよう文字たち それがきみの星かを知らない 時間は立ち止まる風が生きる 部屋に焼きついたきみの寝言 雨のなかであなたの暮らす虹 夜に重ねた紙の明日の向こう 忘れたくなかった日々がある あるいは笑っていたかった人 ---------------------------- [自由詩]なんだかつめたい夕暮れがきて/はるな[2020年5月18日22時33分] そうこうするうちに なんだかつめたい夕暮れがきて、 影たちがふれ合う 街は灯る 日々は揺れ そこかしこで蓋がひらかれる 完全な夜がどこにもない まぶたの裏にも スカートの中にも 話し合いたい と思う けれども 語る夢も ないままに 朝を迎える ---------------------------- [自由詩]色覚半半/秋也[2020年5月20日21時10分] 朝起きて カーテンを開ければ 片目の右は色を失い 半分白黒 週刊少年ジャンプ55ページみたい 左から右 スズメバチが私の視界を横断する 鮮やかな黄色の体躯 右に移れば 腹の濃い黒と薄い部分がやや白く 縞模様美しく 世界の美しさは失われていなかった 安堵とともに 濃いめの紅茶を飲もう 味覚も聴覚も正常だ スズメバチの羽音は遥か遠くに ---------------------------- [自由詩]空が落ちてる/かんな[2020年5月20日21時34分] 名前が 水たまりに落ちてて のぞくと君が宿った 空のひろい方を 私は知った ---------------------------- [自由詩]水光片/木立 悟[2020年5月22日21時02分] 氷山にあいた窓に 鳥と気球と蝶がいて 空を見たまま飛べないでいる ひとつ 逆さのアルファベット 雨の隣には雨 その隣にも雨 雨のむこうの雨 雨のふりをした雨 ひとつめのボタンを 声に変えながら まばたきの次のまばたきを追う 水の行方の重なりを追う 鳥が 光のかたちになり しばらくのあいだ 鳴いている こだま きざし ひびき わかれ 重なる 重なる 五度めの終わり 光の衣 落ちては落ちて 夜の端をかすかに照らし 着ては脱ぎ着ては脱ぎ 明るくまぶしくひとり ちぎれたものらが降り積もり ちぎれる前の姿に立ち上がり 空を空に纏いながら 変わりつづける色を見つめる かけらを手に かけらを口に かけらの集まりの羽を背に 崩れはじめた氷山の窓から 雷鳴のなかを飛び立ってゆく ---------------------------- [自由詩]春の意志/ひだかたけし[2020年5月22日21時13分] 今日高曇りの空の下、 肉を引き摺り歩いていた 春という大切を 明るみながら覚えていく 妙に浮わついた魂を 押し留めながら、押し留めながら 離れていかないように 剥がれていかないように 今日高曇りの空の下、 肉を引き摺り歩いていた ---------------------------- [自由詩]コロナ詩篇3/服部 剛[2020年5月22日23時53分] ボクラは今日も 肩を並べて干されてる コロナの日々が来る前は 道ばたに、ゴミ箱に 捨てられていたのに  人間てゲンキンだな わが身のキケンを感じると 随分ボクラを重宝(ちょうほう)がるじゃない  (かれらの囁きを、私は聴いた) 台所から妻の声 「あなたの困っている友達に  家(うち)のマスクを分けましょう」   ---------------------------- [自由詩]また生まれておいで/もとこ[2020年5月23日2時39分] 世界は眩暈がするほど傾いていて 正解な円など誰にも描けやしない 眠りの中に真実の夢は芽生えず 寂しい亡霊たちしか生きていけない それでも風だけは懐かしい痛みを お前に与えてくれるだろうから 旅人よ、また生まれておいで 虚しさの意味を反芻するために 私は再び母の仮面をつけて お前の誕生を祝福しよう 優しい嘘をたくさん用意して 無音の岸辺で待っているよ ---------------------------- [自由詩]命日/七[2020年5月23日3時25分]   今夜は魚の塩焼 ちょうど良く焼き上がって 美味そうだ 食べようと箸を近づけたそのとき そんなはずあるまい 魚と目が合った どうかしたのと向かいの母が尋ねるので なんでもないよと言って 魚の目を見ないよう気をつけながら もう一度箸を近づける 腹のあたりに箸先が触れたかどうかというところで あっ と魚が言う 再び箸が止まるといよいよ母が怪しんで 訝しげな視線を向ける わたしは誤魔化してビールを口にする 冷静にならなければいけない ふと母の皿に目をやると 魚はまだ食べられていない よく見れば 母の皿の上で魚が泣いている そしてわたしの魚も いつのまにか泣いている その夜ふたりは 魚を前にビールばかり飲んでいた   ---------------------------- [自由詩]民宿/夏川ゆう[2020年5月23日5時21分] ホテルや旅館のように 型に填まった感じのない 民宿が今人気がある 地産地消を心掛けている 美味しい料理がたくさん並ぶ 日常の嫌なことは忘れて 民宿で過ごす時間を楽しむ 古民家を改装して モダンな今風な 内装に雰囲気に惹かれる 忙しい日常から離れて 体も心もリラックスさせて 素の自分に戻っていく 民宿は和の心で出来ている 民宿で心が穏やかになる 最近は外国人にも人気がある ---------------------------- [自由詩]飛行機/こたきひろし[2020年5月23日7時50分] 飛行機に乗ったのはハネムーンの一回だけ 幸せの絶頂期 まさに天にも昇る気持ちだった でもね その時はまだ入籍してなかった お金なかった けど 式をあげてささやかに披露宴はした 結婚したくて結婚した 結婚したいから交際をした でもね 愛情ってよく解らなかった お互いそうだったんだろうな いざ入籍という日に喧嘩した だから愛情ってよく解らなかった 因数分解より難しかった 算数は得意だったけど 数学がどうしても理解できなかったからさ いざ入籍という日に喧嘩した もう別れようかと思うくらいにお互い冷めた でもね 今さら後には引けないから役所で婚姻の契約はした それで 愛情っていったい何なのか ますます解らなくなった セックスなら 火を見るより明らかなのにさ いつでもセックスをしたくて 結婚したのかも 解らない ピストルで言えばそれが引きがね 弾丸は命中して 一人目が産まれた 一人っ子は可哀想だから 二人目を計画した 弾丸は思い通り命中して 二人目が産まれた でもこれ以上は無理だと思ったから 家族計画は打ち止めにした それで妊娠を怖れるようになった 自然に夫婦生活控えめになった 気がつくと無くなっていた ますます訳がわからなくなっていった それでも家族はどんどん形を作られていった 男は父親になり 女は母親になっていった なのに食卓の上には愛情という 調味料は見つからなかった 飛行機に乗ったのはハネムーンの一回だけ それからはずっとずっと陸の上を 歩いているよ どちらかと言うと地面を這いつくばって 愛情なんて幻なんだって 最近になって痛いほど解ってきたよ それでもいいんだって思っているよ それだからこそやってこれたんだって 思っているよ だっていちばんに可愛いのは 自分なんだから 自分が幸せになりたくて 家族を引き寄せたんだから 飛行機に乗ったのはハネムーンの一回だけ ---------------------------- [自由詩]山中教授が嫌い/花形新次[2020年5月23日16時39分] 高々ノーベル賞を もらったぐらいで 専門外のことに口出して 感染者数が激減してきても まだまだ油断は出来ませんなどと 不安を煽っている暇があるなら STAP細胞でも作ってろ 200回 ---------------------------- [自由詩]心が斜めに傾いて/こたきひろし[2020年5月24日7時01分] 昨日が原因になって 今日の結果に繋がっている しかし 今日の原因が明日の結果に繋がるかは不明だ 何故なら 明日が文字通りに明るい日になってくれるかは わからないからだ 明日は暗黒の奈落の底におちてしまう 極めて残念な結果に繋がるかもしれないのだ 一寸先は闇とはよく言ったものだ お日様だって時が来れば傾くのだから 人間が 人間の体が 体を支えているかもしれない 人間の心が 傾くなんて 自然の理だ 熟れたトマトの実が落ちる 夕陽が血の色に染まっていた 畑の上の空 収穫はその時を喪い トマトの葉も枝も枯れた やがて畑の上には 夜空が広がり 星が点々と灯りをともす 夜空に 未確認飛行物体があらわれたり 夜空から 巨大な隕石が落ちて来たりしたら 非常に騒がしくなって 絵になるかもしれない まったく 支離滅裂な発想がわきあがる それは 私の心が斜めに傾いているせいだろう ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]ある疑問/まーつん[2020年5月24日13時12分] 「なぜ人は誰かを傷つけるの?」  と、娘が問いかけてきた。それは、私が常日頃胸に抱き続けている疑問でもあった。 「それは、自分が傷つくことを恐れているからだよ」と、私は答えた。  春の木立を歩きながらも、私たちの眼はいつしか下に向いていた。歩を進めるごとに小さく揺れる、おさげを結んだ娘の頭。それを見下ろしながら、私は今の答えを幼いなりのつたない一途さで咀嚼しているのが伝わってくるような気がした。 「どうして、人を傷つければ自分は傷つかないと思えるの?」  再び問いかけてきた娘の言葉には、歳に似合わない利発さがあった。 「相手が自分を恐れるようになるからだ。人は恐れる相手を安易に攻撃しない。恐れる相手に出会った時、人は逃げるかへりくだるかの選択を迫られる」  娘は眉をひそめたようだった。 「そんなの、どっちも嫌だよ」  楠の枝から落ちていく一枚の葉。僕はさらに続けた。 「だけど、もう一つの選択肢がある。勇敢に立ち向かうという道だ」    娘はしばらくその答えについて考えているようだった。そして失望した声で言った。 「じゃあ、結局相手を傷つけるんじゃない」  その通りだった。だが、娘は間違ってもいた。僕はこう答えた。 「それは立ち向かう相手がだれかによる」  娘はしばらく黙ってから問い返した。 「どういうこと?」   僕は答えた。 「もし自分の中の恐れに立ち向かうなら、そしてそれを乗り越えられたら、君は相手と和解できる。だが、自分の中の恐れに屈服するなら、君は相手を傷つけることで、復讐を遂げるだろう」   娘は立ち止まった。そして怒りを孕んだ眼で僕を見上げた。 「自分を傷つけた相手と仲良くなんかなりたくない」 僕は静かに答えた。 「だけど、自分を傷つけた相手の本当の姿が、君には見えているだろうか ? 」 「見えているよ。ただのいやな奴だよ」 「なら、その人はなぜ君に嫌なことをしたのだろう?」 「そんなこと、知らないよ。あたしのことが嫌いなんでしょ」  娘の声はそう叫んでいた。どこかで鶯が鳴き止んだ。 「その人は、君のことを嫌いになれるほど君のことをよく知ってはいないかもしれない。だって本当の君を知ったら、嫌いになんてなれないはずだから」  そう言って屈みこむと、僕は娘の頭を撫でてやった。  娘は悔しそうな表情を浮かべて泣き出した。ピンと伸ばされた両腕の先で小さな手は拳を作り、微かにふるえている。僕は娘を抱きしめながら、自分が最高の偽善者になったような気もしていた。ある宗教はこう語っている、「汝の敵を愛せ」、と。僕は今、本当の敵は自分の中にある恐れなのだ、と娘に伝えた。だが娘がそのことを真に理解するまでに、どれほどの傷を心に負わねばならないのだろうか、と考えると、暗澹とせざるを得ない。     こうした知識は言葉ではなく、経験によってのみ身につけることができる。そして現代の殺伐とした社会は、そんな機会を惜しみなく娘に与えることだろう。いやむしろ嬉々として、悪意を持って投げつけるだろう。悲観的過ぎるだろうか。  どこかで鶯が鳴き始めた。 ---------------------------- [自由詩]道楽者/ただのみきや[2020年5月24日16時02分] 本能は満たされる 理性は 果てしない貪りへの扉である 錬金術師のように どんなものからでも美を抽出する輩がいる 彼が対象に魔法をかけているのか 見ている者に魔法をかけているのかはわからない おそらく己に魔法をかけて まわりを巻き込んでいるのだろう 裸の美に憑依された者は生贄の女王 贄でありながら捧げられる神々に崇拝される 姿なきものの顕現として輝き 燃え尽きる花びら 灰にはなにも残らない ただ詩や絵画の中に影を残す やがてそんな模倣が美の本体と成り代わる そうして超がつく高級料理 美味いという前提で解説される 庶民には手の届かないものとして 『いつか活造りの神話を食べてみたいな 『女神ってきれいな娼婦みたいな感じかしら 晴天の雲雀は美しい狂気 絶え間なく降り注ぐ鋭い音節 彼らはいつも異言で語る 意味もなさずに恍惚と 遊離した預言者の魂 現代人が病と名付ける古代人の幻視 一枚また一枚と新たな苦痛の膜を破るよう だが雲上の都に至ることはなく 小さな胸や頭に渦巻く霊気が抜けると 地上へと舞い戻る イカロスよりも上手く そうして枯草色の隠者は 断食明けの面持ち 自分を待つ巣を思い出す だが天と地は接している ふと また雲雀は落ちて往くのだ 己が霊の真中 輪郭のない光源へ 着くずした着物からうなじ 蛇行した時間と時間の接する辺り  詩人より  詩人の業が残した言葉が怖ろしい  祟りも呪いもしないが  感染して不治の病を引き起こし  ひとりひとり異なる変異を遂げる 浮かび上れば三日月湖 風の即興 叢に囲まれて 町を造る材料を探して歩く わたしはわたしを拾い集める 絶えずバランスを崩しているから 絶えずバランスを取ろうとするのか 変えようのない重心がグラついて 世間の愛撫を求めて愛嬌を見せる 重心なんて忘れてしまえたら どこかへ転がって往けるだろうか その男の子と女の子は溶け混じり一本のロウソクになった 見つめられると静脈色の模様がタトゥーみたいに浮いて来る 境目なんてないのに相手を意識してしまう自分 そんな孤独が闇へと滲む 灯されたロウソクは 青い霊魂を橙色のいのちの揺らめきに包み 部屋の中を空ろで内省的な惑星に変える 影たちは神話の外縁に立つ巨人だった いのちの上澄みは虚空を炙り時間の腹を拷問する たとえいのちが尽きるまで続けても口を割ることはないだろう 羽虫のように惹きつけられて瞳は 炎の中に海を見る ひとつの まだ腐乱していない死体が白く漂っている ほとんど色の抜けた唇が微かにひらく どうしようもなく唇を重ねたくてカモメになった 炎の中の海へ 一塊となって沈んで往く 声にならないまま還る歌のように 吐息がいのちを消し去れば 熱も煙も残りはしない たとえなにかが残されたとして もう闇と不可分 沈黙の口に仕舞われたきり やがて完全密閉されて光を洩らさない 人は幻灯器になる 鍋いっぱいの静けさが音も無く煮立っていた わたしたちは無言の会話に溺れた死体なのだ 網戸から風が吹き込むと 書棚の本たちが一斉に笑い出した 幼い頃にアクアマリンを飲み込んだ あなたは海より空を愛している 食卓を一匹の百足が歩きまわる それは薄められた精液から生まれたものではなく 古い詩篇から抜け出した女王 痛点もなく爪繰られる隠喩の連鎖であり 紅茶に映った白鳥を殺すための短刀だった ブラウスの飾りボタンを外す ――指がない 発火するリンゴ またひとつ バベルが崩壊する ことばと非在 負債のあやとり わたしはつり合うことのない天秤 楽園の中央の二本の木の             重なり合った一つの影                     《2020年5月24日》 ---------------------------- [自由詩]今日もまた(改訂)/ひだかたけし[2020年5月24日20時05分] 今日も空は青かった にこりともせずただ青く 無限の沈黙のうちに それは在った 今日も私は無力だった 宇宙の虚無に耐えかねて あなたにあることないこと 喋っていた 今日も黄昏は優しかった すべてが名もなき闇へと帰ろうと 自らの無垢をさらけ出すとき 在るもの一つ一つの輪郭が 光彩を湛え浮き立っていた 今日もまた、今日もまた ---------------------------- [自由詩]Stay Free/ホロウ・シカエルボク[2020年5月24日22時06分] 昆虫の呼吸器官は腹の横に空いた幾つかの穴、ラジオでそれだけを繰り返すキャスターの声は重く沈んでいて、何のための放送なのかはまったく理解出来なかった、そんな夢を見たんだ、寝床が焼け付くような朝に 朝食はいつも珈琲とトーストだけどいつものジャムを切らしてしまっていてグラニュー糖をばら撒いて食べた、飛びぬけて美味いというようなものではなかったけどそんなに悪くもなかったよ、少なくとも朝食としてなら申し分ないさ 痴呆症の母親と電話で少し話した、相変わらず電話じゃずいぶんしっかりしてるみたいに思える、離れて暮らしているとおいそれとは分からないことばっかりさ、だけど、だからってどうしろっていうんだ?こっちとしてもそれはどうしようもないことなんだ 洗い物は午後にでもやることにして、街へ買物に出かけた、なにかと進路を塞ぐような連中ばかりでイライラしたよ、銃でも持っていたら一度くらい引鉄を引いてしまったかもしれないな、もちろんバレないように気をつけはするけれど、ああいう時ってどんなに気をつけてもどこかから誰かに観られているとしたもんだよね ちょっと思ったんだけど、通り魔が殺したがっているのは本当のところ自分自身なんじゃなないのかね、いや、別に弁護をしたいってわけじゃないんだけど、彼らが自分を殺せないのはきっと、語り部としての役割を捨てられないからさ もちろん殺された連中をないがしろにする意図なんかないよ、彼らは生きている以上にその尊厳を守られなければならない、あまりある未来を奪われた場合なんかには余計さ いったい死ぬまでに何本の缶コーヒーを飲むのだろうと思いながらマスクをずらして飲み干した、別になくて困るものじゃない、けれどそんなもののほうがもしかしたら、習慣としては定着しやすいのかもしれないな、些細なことにはリズムが生まれやすいからね、考えないという理由のみで 見慣れた街を歩いていても、ふとした拍子にそれが、まるで知らない街のように思えるときがある、それはずっと錯覚だと考えていた、でももしかしたらそこには明確な原因があって、こちらがそれを理解出来ていないのではないかと考えるようになってきた、たとえばそこを歩いている人間の質がまるで変ってしまったりしたせいなんじゃないかって 昔はこうだった、なんて話をするつもりはないよ、だけど、明らかに人間は少し駄目になってしまったように思える、何かを食べながら歩いているやつを見かけるようになったのは確かここ十年くらいのことだ 自分が思考するレンズのように思えるときがある、それは別に特性じゃない、居つくべき場所が対象の中にないだけのことさ、自己を失っていないものたちは、多かれ少なかれそんなふうにスライムみたいな社会を見つめているんじゃないのかな 好きだった喫茶店の空家が取り壊されて更地になっていた、なんて味気ないんだろうか、最後に残るものは雑草にまみれた砂地ばかりなんだ、いつだってどこだってそうだ、ずっと、ときの流れなどなかったみたいにその場所でいつもイライラしてしまう、使われていないからといって無意味なものでは決してないのに 質はどうあれ、主張さえすればなんとかなると考える連中がずいぶん増えた気がする、一四〇文字のマジックがそこいらで蔓延してるのかね、小さな枠でしか吠えられないような惨めな連中たちの文化 暑いからって窓を開けっぱなしにしておくのはやめた方がいい、覗き趣味の年寄なんて最近じゃ珍しくない、あいつら、暇さえあれば覗こうと鼻息を荒くしているんだぜ ミノムシのように薄汚れた布を見に纏った老婆が駅前広場で訳の分からないことを叫んでいる、それはいつかには予言だったかもしれない、警告だったかもしれない、そうさ、神の言葉を伝える係はいつの時代にだって居たんだ、だけど、近頃じゃそういうのはみんな、鍵の掛かる病棟に連れて行かれてしまうのかもしれないな、ねえ、俺の弟に会ったらよろしく言っといてくれよ 夕方、湿気をたっぷりと含んだ熱が住処を床下からなぶって来る、イライラしながらエアコンの温度を一度下げる、やけに縦に長いこの家じゃ俺の部屋まではエアコンの風は満足に届かない 俺は懐かしい歌を口ずさむ、音楽はいつだって流れているじゃないか、人間はどんどん記号になろうとしている、そこにどんなものが隠れていても気にすることもない、街は清潔に薄汚れている、自我のないやつらが世論に操られてゾンビのようにフラフラしている DVDを垂れ流しながらまるで違うことを考えていた、この世はまるでパニック映画さ―そんな映画の主役と、脇役と、モンスターの差ってどういうものか分かるかい? それは、いつだって理性的に生きられるかどうかってことなんだ ---------------------------- [自由詩]グッバイ、バニラ/唐草フウ[2020年5月25日4時53分] その蜜をかけて わたしのすきなバニラの エッセルスーパーカップに 全部にかけたいけれど 大きいので 内の蓋を少し開けて 半分ね 地面を舐めている 落とした自分のを 命になりかけ損ねた花のを 煮えきれたらきっと 何かしら旅に出るのでしょう そういうことにしないと あけ口から切り離す イラストが飛び出して また一つの、ミッション 手を貸す、手をかける そと蓋を閉めると まだ指をくわえる 帰りたくない あの感じ (やっとこんな時になって  欲しいことばが分かった  ずっと言ってほしかった  郷を離れたとかじゃない) ---------------------------- [自由詩]マミム/クーヘン[2020年5月25日12時32分] メモ帳の全てのページにマミムと書き込むのが僕の使命。 この世界の全てのマミムメモを完成させるのが僕の使命。 ---------------------------- [自由詩]存在し始めた日/水宮うみ[2020年5月25日13時38分] この脳の一番ふるい記憶。 自分の存在を知った最初の日。 何月何日かも、本当に存在したかも分からないその日が、 自分の意識にとっての、僕の誕生日だと思う。 その日から今まで、覚えたり忘れたりしながら生きてきたことを、 なんだかすこしだけ夢のように感じる。 そんな日が、あなたにもあったのだろうか。 ---------------------------- (ファイルの終わり)