梅昆布茶のはるなさんおすすめリスト 2019年5月25日23時18分から2021年2月9日22時51分まで ---------------------------- [自由詩]くまたち/はるな[2019年5月25日23時18分] くまたちが春をわすれると 街はわあっと暑くなる なんでもない顔をして 生きていかなくてはならない。 箱が産卵する そして部屋には 部屋のかたちの夜がはいってくる。 眠れずにいる日々を くまたちが歌うとき わたしは けものくさい指を嗅ぎながら 死のよさを思い出すんだよ。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]メモ/はるな[2019年9月4日17時10分] 鍋や木べらはあらかじめだしておくこと。もうだめってくらいにはりつめた茄子やトマトを刻んだそばから鍋に放ってすぐ火にかけてしまうので。近頃の味付けは簡単で、肉を入れるなら塩だけで、野菜だけの煮込みならスープのもとを入れてしまう。それでぼおっとしていると経ってしまう40分間、鍋の側では嫌なことはそんなにたくさんは思わない。 はんたいなのはむすめを保育園に置いて職場までを歩きだすときで、間違えてきたことばかりを思い出している。バス通りを邪魔する路上駐車、木の葉でみえない道路標識、シャッターのしまった寿司屋。どれにだって物語がはりついていて、それをあまさず拾ってしまう。 秋の花になってきましたね。とご婦人が言う。ほんとにそうですね、そうですねえ、とわたしは返すのだ。りんどうはむしろ夏の名残、燃えるような鶏頭、かさかさした葉っぱのワイルドフラワーの色色、へなへなとやさしいこすもすの葉っぱ、われもこうはもう売れちゃいました。夏のおわるころから、あたらしい花屋に居て、やっぱり花を切ったり折ったり、黒いバケツを洗ったりして過ごしている。ここでは、ガラスのかびんもたくさんつかう。壁際に野菜のたねや肥料、植木鉢カバーなんかはあたりまえだとしても、なにに使うかわからない可愛らしい動物の置物もたくさん売っている。このあいだ足もとから天井まである棚にのったそれらをぜんぶ拭きあげてみた、埃とりのクロスは二枚が灰色になってしまった。ゆびも、てのひらも。寝そべってるみたいなねこやうさぎ、手のひらにのるくまが抱えている小さな植木鉢。わたしはそこに枯れかかっている多肉植物をいれて、水を吹いたよ。 ところで鍋のなかでぐったりと得体をなくした野菜たち、それをさらに潰すように混ぜ返し熱気を浴びるとき、やっぱり嫌なことはおもいださない。冷蔵庫の中身とか、かばんのそこのレシートを捨てなければとか、実用的な思考が混ぜ返されている。木のへらでぐいっと持ち上げると鍋底が見えるのでもう火を消して、かなしいニュースは見ない、自転車のかぎを持ってむすめをひろいあげに行きます。 こんどのまちには人がたくさん住んでいるので、音もたくさんにある。窓や壁もべらぼうにありながら、草木だって静かじゃない。 ---------------------------- [自由詩]こぐまたち/はるな[2019年9月8日23時48分] こぐまたちは もう おとなになって 森をでていった 犠牲のない欲望 なんてあるだろうか? 草がひとすじ ゆれるのもこわかった 生きていなくても良かった 生まれてきたことは あきらめるとしても ---------------------------- [自由詩]嵐/はるな[2019年9月15日22時33分] 嵐のおわる場所に 椅子をならべて 裏がえった愛情が もう一度裏返るのを待っている 此岸 寄せ返す情 理由と コンタクト 嵐が 終わるのだ、 と 信じていた私。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]メモ/はるな[2019年10月1日12時25分] わたしのむすめのすごいところのひとつは、ドーナツの穴を食べられるんです。 あるときわたしがおやつのドーナツをかじりながら、「いつだってこの穴が消えちゃうのがせつないよね。」と言ったら彼女は「え?そんなのたべられるよほらこーやって、ね、こうだよ?」と、その場でぱくっと穴を食べました。あんまり鮮やかなその一連に、わたしのドーナツのチョコレートがべったりとけてしまったよね。 文字をおぼえた子どもがみなそうであるように、むすめもあらゆる本を、開きはじめた。 あらゆる物語、あらゆる事実の記録が、ここでは50の音の組み合わせでできています。 言葉の喜びの扉をくぐってしまったむすめ。まだ壁のない世界がわたしにはうらやましい。その世界でできるだけたくさんの言葉を作って欲しい、けれども、作るほどに失われる世界は確実にあるのだ。いままさにその境目をあるく5歳。言葉の自由さと不自由さはほかに比べられるものがない。ほんとにないのだ。言葉はいつも敵ではなかった。 「ままみて、これってかみさま?かみさまでしょ?」と指す先にカーテンのタッセル、バラバラになったあいうえおの一文字スタンプの並びをみて「かみさまことばになっちゃったなあ、れ、ぬよ、はやむしあく、ね、わ」。 むすめにもかみさまがついている。わたしのとはちがう、なにからなにまできっとちがうかみさまがいて、世界があること、せつなく懐かしい。かつてわたしも5歳で、無謀で、臆病だった。低いところから世界がすごーくひろくみえてて、今よりも近く思ってた。切りそろえた前髪、ふと思えば、母と同じやり方でむすめにそうしているわたし。 ---------------------------- [自由詩]愛される/はるな[2019年11月12日14時47分] 爪から ほそい光がでるようになってしまった 愛されすぎですね と 医者が言った でもだれに? という問いには答えずに 気をつけてください 光のぶんだけ 影がたまっていきますから 光を抑える薬は 強いですから 胃薬をかならずのんでくださいね にこっと笑う薬剤師と 医者のめがねがお揃いだったと かえりみちに気がついた ---------------------------- [自由詩]くまは瀕死/はるな[2019年12月5日15時41分] くまは瀕死だった ぐるりを人間たちにかこまれて、 路上で、濡れて だいじょうぶですよ とくまは言おうとした ひとりで死ぬから、だいじょうぶです 「殺せ」 とだれかが言った いろんなまなざしが降って 夜だった 大したことではない 「殺すな」とはだれも言わなかった 「殺せ」とだれかが言った いろんなまなざしが降って くまは瀕死だった ---------------------------- [自由詩]彼女/はるな[2019年12月30日7時26分] さむい朝 世界じゅうで息は吐かれて 甘い詩をなめて生きていくの といった 彼女が死んだ ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]切花の春、時期、花瓶をあらうのこと/はるな[2020年1月14日19時47分] こどもが陽に反射してきらきらひかっている。よく見るとセーターに縫い付けられたスパンコールがいちいち光を跳ねかえしているのだった。 切花の世界は春を迎える。ラナンキュラス、チューリップ、スイトピー、アネモネ。花びらのうすいかわいいみんなたち、もうしばらく続くはずの寒さのなかで一層あかるい。 湯をわかし、床をみがいて、花をかざる。その平和のために必要ないくつかの覚悟や嘘、日常的な奇跡。わたしたちに訪れる途方もない決断のあれこれ、電池残量が気になるし、陽の暮れる前にかえろうね。 「ねーまま、かがみないときどーやってじぶんみるかしってる?はなできるよ、ままのめーこーやってみるとほら、はなうつってるから見えるよ。目えつぶらないでね、そしたらままもじぶんのことみえるでしょ?」 いろんな時期がありますよね。 ってなにかの本に書いてあった、それはもう随分まえに読んだので、 いまやわたしの背骨になった。(背骨は色々なものからできていて、その全部がなにかはもうよくわからない。) 幼い頃から読んできたたくさんの物語がいまのわたしをたしかに救っていて、でも昔のようにもう文章を読むことができない。起きてから眠るまで、ごくごく飲むみたいな読書体験は、もうすることができない。それはちょっと残念におもうし、むすめもいつかそういう体験ができたら良い。絵や文を書いたりするのも同じ、自分がもう以前のようには渇いていないことがわかる。 けれど写真はすこし違うのかな、と感じている。(世界はそもそものはじめから美しく、そしてわたしは世界ではない。) (そしてあなたも世界ではない。) だからまた写真や絵について知ろうとしている、花をはじめから学ぶのと同じだけたのしい。 むすめは自分の名前の書き方を覚えた。咲いているように書くからかわいいんだよ。 街で花屋の看板をみつけるたびに嬉しそうに指さすのも愛しい。まるい手で握りしめるように持つえんぴつの角度、いまに直ってしまうだろうな。 光るプラスチック、スパンコールのついてるセーター、毛糸かざりでできたゴム。子どもの選ぶものってかんたんに壊れる、大事にするのだって覚えるまではできないよ。 そうしてそのやり方が正しいかどうかも、いつまでもわからない。物事に良いだけのことも、悪いだけのこともなくて、わたしは四つ目の鉢を腐らせてしまった。水をあげすぎてしまう、いつも、だからきちんと枯れる切花を買ってきては、せかせかと花瓶をあらっているのだ。 ---------------------------- [自由詩]光りはじめる/はるな[2020年1月25日0時22分] パンはもうすぐ焼けると思う 夜が来たり 雨が降ったりする 人間の気持ちを傷つけたくて仕方がないときがあり 着替えて 街を廻る そんなふうに 蓋をして 砂みたいになっていく 精神というものに水を与え 地べたにねそべって踏まれることで やっと固まる自我らしきものが ただの砂だとわかったとき きみの背中が 前触れもなく光りはじめる ---------------------------- [短歌]間際/はるな[2020年2月24日0時07分] ふたりして春の間際で咲いちゃって あるはずのない青い花弁 ---------------------------- [自由詩]かんたんにきえていく/はるな[2020年2月25日23時17分] 雨がふりだして 猫の恋も濡れる 傘はどんどん縮んでしまう ウイルスが街を呑み 国境はふかくなる 社会と生活をかける天秤の 0の目盛りはなくなって 僕たちは星をたべ 想いを語り すきまなくみつめあいながら かんたんに消えていく ---------------------------- [自由詩]水を産む/はるな[2020年3月3日16時46分] わたしたちは 忘れてしまった どんな手も 水を産むことはできない 湛えた夢が 溢れながら 事象を繋いでいく それが 現実でないことに どれほどの意味があるだろう 裏返り 反転し 泳いでいく 魚たちを目の端に わたしたちは 何度でも忘れてしまう どんな手も 水を待ちわびている ---------------------------- [自由詩]春風/はるな[2020年3月16日19時31分] 春風が つよくふいても なびかないで立っているのに 触ればそのぶん減っていく きみの 強さと弱さ   コンクリートと   まぶしさ を   並列に考える   どうして永遠が   無いって思うだろう?   こまかくカットされたガラス、   そのひとつひとつに光が入ると   まるで世の中が本当みたいに   浮き上がってくるんだよ きょう 手のひらにのるくらいになった きみに どうしてもきっと触れてしまう ぼくの弱さ  右手と左手の  どちらが鳴ったのか  落とした花瓶が  割れずに着地する確率  事象はすべからく液体  容れ物に即している  あふれようと望みながら  それなしでは保たれない 透明な君から あふれてくる君たち、 溶けあっている君たちの 強さと弱さを 判別しない ぼくの弱さ ---------------------------- [自由詩]自由さ/はるな[2020年3月24日16時52分] 春のなかで 君は自由で ちょっと涙があふれそう 空が 向こう側にむけて ぎゅうっと伸びていく 薄まっていく 絡まっていく ぼんやりと窮屈な春のなかで 君は自由で ぼくは僕だよ そこにいるのに いないような 清々しさで 笑わないで くれよ。 ---------------------------- [自由詩]2002/はるな[2020年4月21日0時00分] 眠りの横で願うとき わたしの願いが 泥のように暗い 頬をそっと撫でたいとき わたしのゆびが 泥を塗るように重たい せめてわたしが だれも傷つけないように 祈るとき わたしの眠りは わたしのように薄暗い ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]メモ/はるな[2020年5月4日17時37分] 週に3回か4回、自転車を15分こいで通っている花屋は大型マーケットのすみにあって、だからか、こういう時期でも営業を停止しない。でも場所はあんまり重要じゃないのかもしれない、街のなかにある花屋をみるとたいてい営業しているから。 春の売れゆきはよくなかった。三月あたりの歓送迎会の自粛あたりからはじまって、卒業、入学の花束の予約はほとんどなかった。そのかわりに、せめて花くらい、と小さな束を買っていくひとはぽつぽついたけども。冠婚葬祭や行事がなくなっても、草花は関係なく育ってゆくから、市場にお花が溢れていると耳にすることもある。事実、良いお花が信じられないような値段で入ってきたりもする。 花屋にくる人びとの顔ぶれはあんまりかわらない。3日おきに来たり、毎週同じ曜日にきたり、半月に一度、おなじ花を買っていったりする人びとだ。いつも部屋のどこかに花のある暮らしをしてる人びと。そして、お誕生日や記念日、お悔やみなんかの特別な花を買いにくるひとがいる。おまかせします、という言葉と、なぜかすこし決まり悪そうに花を抱えて帰ってゆくすがた。それから、イベントごと。春秋のお彼岸と夏のお盆、それから日本じゅうの花屋がいちばんいそがしい母の日。 夏を迎える店頭に涼しくゆれる花菖蒲、梅花空木。様々な種類のひまわり、咲けば散るビバーナム、芍薬、顔色を変えて可憐な矢車草。 花くらい買えばいいのよ、と言うひともいるし、花くらい買って行きたいんだけどね、と言うひともいる。 様々な意見が飛び交うなかを、受け止めたり、かわしたり、あるいは自ら矢を放ちながら、誰もがこの事象のただ中にいる。 ただ中にいる、と思うだけで身が竦むような臆病さを、いくつもの花瓶を洗いながら擦っていく。茶色けた茎の裾を切り落とし、あるいは割りを入れ、あたらしい水に活けていく、花は喋らないので(そして咲いて、枯れてゆくので)、わたしは救われる。 花くらい、と思う。花くらい、詩くらい、朝ごはんくらい。あったってなくたっていいのよ、と思うものが失われ続けると、生活もなくなってしまう。 あしたは休みで、家には娘と夫がいる、海のほうでは雨がふるようだ。わたしたちは、せまいせまいベランダに椅子を出してあまいパンを食べるだろう。 ---------------------------- [自由詩]なんだかつめたい夕暮れがきて/はるな[2020年5月18日22時33分] そうこうするうちに なんだかつめたい夕暮れがきて、 影たちがふれ合う 街は灯る 日々は揺れ そこかしこで蓋がひらかれる 完全な夜がどこにもない まぶたの裏にも スカートの中にも 話し合いたい と思う けれども 語る夢も ないままに 朝を迎える ---------------------------- [自由詩]運河/はるな[2020年6月2日0時21分] 横たわるあなたの寝息に触れようとして脆いガラスを抱いたように怯えている そうだ でも わたしは たしかにむかしガラス瓶だった ---------------------------- [自由詩]熊の目/はるな[2020年6月19日23時00分] 季節のない部屋で すごしたくせに 夏のくるたび 手繰られる記憶の 熱はもう遠いが 遠くで燃えている 形なんて 古臭いのに 捨てられなくて ばからしいよな 熊の目で見る街は 平たくて退屈で やるせなく さむいよ あの部屋の 無音に 膨れるような熱のこと 燃えないなんて ばからしいよ ---------------------------- [自由詩]おわりかけ2/はるな[2020年6月22日20時38分] おわりかけの日々に 柔らかい泥を塗り 火をくべる 似たようなことが 何度もあったはずだけど 何度も 感傷しかない 空気ひとつぶにもいちいち動じてる 吸い込むたびに途方にくれてる そうしてそのまま 生きてしまった 過してしまった 似ているようでいて どの日々も どこにもない 同じ暮らしも 同じ苦しさも どの日々も 何度も あったはずなのに ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]メモ(いくつもの呪い)/はるな[2020年7月7日10時10分] このベランダにはほとんど雨が吹き込んでこない。建物が林立しているために風が入り込んでこないのだ。降っていても裸足で出る、湿ったタイルの心地、むすめが背中にぴたりと張り付いてくる。 咲いた蘭、いくつかのハーブ、多肉植物すこし腐ってる、実らない茄子と固いトマト、乗らなくなった三輪車。赤がもうすっかり褪せて昔みたいな気持になる。 「ままー」「コップがあるんだよね」「こころにコップがあっていっぱいになったときないちゃうんだよね」「はなのコップは ひろーくて ハート模様でガラスのとうめいなんだよなー」「ままは?」 時間と同じように、 大きくなったり、小さくなったりするコップの、いまはとても小さいコップの、中にはそんなに入っていない。ここのベランダみたいに、もうそんなにたくさんは吹き込んでこないのだ。だから不安なのは雨よりも風向きで、このビルがなぎ倒される時が来ないことを願ってる。 プラスチックみたいに強くなったらいいよね。と言うと、 「なればいいじゃん。」 返す言葉をうろうろ探しながら、むすめの言葉がいくつもの呪いに根を張っていく。 ---------------------------- [短歌]ずっと濡れてる/はるな[2020年8月27日0時13分] うみのような体ですから波打って別れ際にもずっと濡れてる ---------------------------- [自由詩]新南口/はるな[2020年9月9日0時31分] 約束だとおもって ちゃんと5時に来た 新南口に だれひとりやってこない 犬もこないし 鳥もこない なんだよ かわいい嘘じゃん それでわたしは考える 拾われなかった小石や 打ち寄せなかった波について 閉じられなかったまぶたや 交わされなかった恋文 降らなかった視線についても ありえたかもしれない瞬間が 表出するまえに失われ そしていまも 失われ続けていることについて はんたいに 起こり、終わっていった物事について いったいどれほどのちがいがあるだろう? これが約束だとしたら 帰るわけにいかないのはわたしだ なんだよ それなら世界はかわいい嘘じゃん ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]メモ(正直なところ)/はるな[2020年9月21日2時22分] 正直なところ、たしかに生活することは悪くない。湯を沸かし、布を洗い、床を磨き、花を飾る。娘の髪を梳き、夫の靴をそろえ、ときどき、外で花を売ることは。 どうしても今日死ななければいけないのに。という気持が45分おきにめぐってきて3時間続き、気を失うように眠って半日経つっていうようなのが、わたしの人生の半分だった。どうしてそう思うのかはわからないけれど自分が生きてるべきではないのだと信じてたし、けれども世界はあるべきものであって、苦しかった。あるべき世界にあるべきでないはずの自分があって、それがとにかくいやだった。どうしたら正しいのか、どうあれば自分がいることが正しいのか考えて考えて考えても正しいと思えなくて、いやだった。 物事は少しずつ変化して、とにかくいま生活をしている。考えているときは生活なんかしてなかった。お湯を沸かすことも床を磨くこともなかった。花はみるもので飾るものではなかったし、とにかく世界のあらゆるものはわたしの外側にあった、生活も。 わたしはとにかくさみしくて途方に暮れていた、誰もわたしにいても良いよともここにいなさいとも言わなかったから。健全な家族に生れて足りないとおもってはいけないのだと考えていた。真っ当な父と母にきちんと育てられたけれどもその時はとにかく生きていても良いと思えるための愛は足りなかった。 それで夫に自分と一緒にいれば良いのだといわれたときは嬉しくて嬉しくて、じゃあそうしようそれで良いのだと思った。だけど一人でいるとやっぱり生きていてはだめなのだと思った。自分がだれかのお陰で生きているずるい、悪いものと思った。とにかくまださみしかったので子供がほしかった。やわらかくてちいさくて可愛くて絶対に愛せると思った。そうしてやっとむすめが生まれたときは嬉しかった。はちきれそうな体もぶちあがる血圧もつらくなかった。乳が腫れるのも血が出るのも構わなかった。30分ごとに泣いて眠れないのも離乳食をたべないのも構わなかった。このときのために今までの人生の半分を眠って過ごしていたのかと思った。いつまでも自分から離れようとしないのも可愛くて、息をしてていいんだとおもった。はじめて人から必要とされた。 わたしはこの人がすこやかなように、生活をつくって、そのなかで生きよう。と思った。 けれども当然のように、わたしの生活のなかに、むすめの生活のすべてをいれることが出来る時期は終わった。いっときの素晴らしい贈りものだったと思う。 この家のなかに、わたしの生活と、むすめの生活(の一部)と、夫の生活(のほんの一部)がある。わたしはそれらすべてのために、湯を沸かし、布を洗い、床を磨く。そしてわたし自身のために、外へ出て、花を売る。 もしもういちど子供を産むことがあったら、また素晴らしい体験ができるかもしれない。 そうしたらまた生きていてもいいのだと思えるだろう。でもそのために子供をつくるのはあまりに邪とおもう。 それに、わたしは少しずつ折り合いをつけてきたような気もするのだ。 生きていてよいはずがないという考えと戦い続けるのはとても疲れる。考えて考えて考えても、生きていても良いと思えなかった。どんなに数をかぞえても。一生懸命働いても、詩を書いても、人を好きになっても。泣いてる娘を抱きあげる贈りものみたいな時間の外では、わたしはどうしてもだめなのだった。 だからわたしは頭のなかから出て、湯を沸かす。いっとき逃げて、靴をぴかぴかに整える。それを 生活というなら、たしかに悪くはないのだ。 ---------------------------- [自由詩]草原/はるな[2020年11月13日22時33分] とにかく名前ばかり産んでいるあの子たちが 赤い一張羅を着てでていくのを見たから 星空、火打ち石、波打ち際もざわついて やっと世界がはじまるのだ、とうわさした 結局、うまれたのは ありふれた文字のならび あるいはひとつの物語 まなざし、たった一秒きりかもしれない炎 星空、火打ち石、波打ち際 川の流れ、点滅、黄色い花 羊たち、チョコチップビスケット、排気ガス、 ガラスの置物、写真たて、花のつぼみ、銅像、 虹色の布、草原、 ---------------------------- [自由詩]あるはずの体/はるな[2020年12月18日23時52分] あるはずの体を あるはずの記憶で 建てなおす あちこちにゆがんだ寂しさをもち ありふれた色に懐かしさを覚える 吹けば飛ぶような思想を傘にして いったいこの灰色の粘土細工の どこに芯があったのか はっとするほど重みのない けれどもたしかに触れることのできる ---------------------------- [自由詩]星/はるな[2020年12月24日0時40分] 星がしゃべるとき わたしらは無口になった あかりをみんな消して 肌で暖をとった 嘘とそれ以外 世界にあるものの すべてを好きだった 言葉は いくらでもあるのに 引き抜こうとすると 胸がいたんだ 痛いままいる でも もうすぐ それも忘れる ---------------------------- [自由詩]マフィン/はるな[2021年1月18日16時16分] マフィンが きょうは すごくかたい あした世界がおわるからかな 熱いポット たべようよ 声がする わたしは今 靴下の編み目にいる ---------------------------- [短歌]蕾、マフィン、そして明日/はるな[2021年2月9日22時51分] 蕾さえ開かなくなったこの部屋であなたがいなくてどうして眠るの なぜだろうマフィンが今日はすごくかたい あした世界がおわるからかな 刻まれた時間のそとで落ち合おう 蕾、マフィン、そして明日 ---------------------------- (ファイルの終わり)