梅昆布茶の田中修子さんおすすめリスト 2017年5月27日21時34分から2020年9月5日16時48分まで ---------------------------- [自由詩]ばらばら/田中修子[2017年5月27日21時34分] 朝は胸元を掻きあわせる、ひとりぼっちでうす水色の空のしたあるいている、しゃべることのできない胸のうちにぶらさがるのはサナギ、だまって羽化する日をまっている。夕暮れがきた、ほれ、いくつめだろうか、折ってかぞえて殖えすぎた指の数。なまぬるい桃色の、つめたい青色の、みあげる目を切りさくよな、雲のま白はかなしい。吸いこまれては吐きだされて、手放そうとして吹き返した。また、またまたきたよ、黒い夜、ちらばっている星、月をあいまいにする雲。ああ、からだの冷える朝がこわい。深く眠れぬうちに、いくつもの夢があって、男も女もやる、蛇も赤子も墓もやる、生きるも死ぬもぜんぶやる。やがてサナギからでてきた蝶は羽を病んでいてまるで飛べなかった、地にポタリと落ちてすぐに人にふまれ、鳥にくわれ、蟻地獄におちた。飛ぼうとして這いずっていたからさいごまで笑っていた赤い唇のかたち、瞼は二つの繭。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]夢夜、三 「孔雀いろの鍵」/田中修子[2017年6月11日18時24分]  Jと別れてあたらしい生活が始まっていたのだけれど、車の世界の帰りだというJがこの家へたずねてきた。  ただあたらしい生活と言っても、螺旋階段を一周して、すこし昔に帰っただけのような気がする。奇妙な、少女たちがなにかと戦う世界へ。  そこで新しい人と、恋をしていないのに恋をしている。戦う世界は懐かしくて馴染んだものだったけど、折にふれてJのことを思い出していた。私の胸にともる唯一のあかりであったから、Jを忘れることは生涯できない。忘れてしまえば私は、冷たいさみしいオバケになってしまう。  それほどにJのことが好きだったけれど、きっともう恋人とか夫婦にはなれないだろうと思っていた。男と女は違って、女はいちどプツンとしてしまうともう好きになることはできない。  Jは分かっているような、諦めきれないような顔をして、昔のように鍵を開けて入ってきた。  「ただいま」 「おかえりなさい、J」 「どうも、はじめまして」  私と、いまの私の彼が後ろで家事をしながらどこかそらぞらしく対応して、最後の期待の力も抜けたようだった。  「これを、思い出に持ってきましたよ。あのうちの。いまのアパートに引っ越してから、荷物を探ったら出てきました」  Jのてのひらに乗っているのは、見たこともないようにきれいでやさしい、孔雀いろに輝いている二本の鍵だった。私はその手の派手な色合いが苦手だったのに、吸い込まれるように鍵の片方を受け取った。  孔雀いろの中に、スーパーの行き帰りに陽に照らされて青い海や、あのうちを季節ごとに飲みこもうとする葛の葉の生き生きとした緑色、少女が着るような赤いワンピースを着て眠りこけていたあのころがくっきりと見える。  私は、息を飲んだきり止まってしまうような気分になった。  いつのまにか私の胸のあたりに鍵がぶらさげられていた。  あのうちにはほんとうには鍵を必要とする扉はいっこもなかった。泥棒ですら素通りするだろうぼろぼろの、いまはもう駐車場になってしまっているあの横須賀のうちの、だが、鍵だった。  「ありがとう。お返しに、この家の思い出の鍵を渡したい。少し待っていて」  気が遠くなるような時間、四つん這いになって私はこの家の鍵を探した。  しかし、この家に思い出と言えるものなどなにもなく、あるとしてもいやなにおいを放つ錆びたようなやつであることはなんとなくわかっていて、触れれば体が吸い込まれるようなからっぽをただ永遠に探しているのだと分かったときに、目が覚めた。 ---------------------------- [自由詩]さいごはしとしとと雨/田中修子[2017年6月14日21時41分] いつか死の床で吹く風は、さらさらとして すべての記憶をさらうでしょう むせびないたかなしみは いずれ天にのぼって雲になり雨とふる 信じているうちは遠ざかるものは なにもおもわなくなるときにすべりこんできた においたっていたむなしさはいま しずかにみのってこうべを垂れているでしょう ひそやかにあるのです 声高に求めずとも すぐそこに、すべてが 死の床につくときに、記憶をさぐるように吹く風は いましている息を重ねたものだから さいごの溜息はきっと、雨上がりのいいにおいなのでしょう ---------------------------- [自由詩]南の島の夕暮れの味/田中修子[2017年7月18日2時46分] ブルーハワイ色のかき氷のした 何万匹もの魚がゆらぐ あたたかい南の海を 口に溶かす いちご れもん めろん は なんとなく うそ ブルーハワイだけがほんとのつくりもの いっとう すき ほんとの ほんとの ほんとにね 私にしかない かき氷があるって思いたくって とくべつに迷い込んだお祭りにしかでない まぼろしの 南の島の 夕暮れ色の味があると ともだちにおしえた まるで オレンジに甘酸っぱく 金魚のしっぽでひらひらしてて 爪にぬって落ちてゆくオシロイバナで そんな とってもせつないみたいに甘い色の あじがするんだ と いつかとくべつに迷い込んだお祭りで 南の島の夕暮れの色の かき氷を食べたらね そこにいけてしまって もう帰ってこなくていいんだよ なんで嘘つくの 嘘と看破したともだちは きっとここで生きていける ずうっと 捜しつづける またたくまの夕暮れの シロップ ---------------------------- [自由詩]女のすてきなあばら骨/田中修子[2017年7月25日0時10分] いつか完成するだろうか あばらの中のいくつかの空洞は 満たされて、微笑んで眠るだろうか 脂肪に埋もれる柔和な女になれるだろうか 昔は違ったのよ と笑って言うことができるだろうか 抱かれるのではなく、抱くことはできるだろうか 不幸を埋めるのではなく、幸福さえ産むことはできるだろうか 自分の脂肪を愛して、安らかに眠ることはできるだろうか あばら けっして完成されることのないわたし 少女にも男にも憧れてならぬから せめて乳房を削ぎ取ってしまいましょう 陥没し もりあがるのを さらさらとなぞる おそらくは 受け容れて生きていくように決めていた わたしははじめから爛れ落ち、自らに火を放ち 青白く燃えてかがやいているあばら骨 ---------------------------- [自由詩]黒いぐちゃぐちゃ爆弾/田中修子[2017年8月5日17時23分] わたしのお父さんには ふたつ 顔があります 男と同じだけ働いて 子どもを産んで 社会活動をしなさい というお父さんの顔は真っ暗闇に覆われて そばにいるのに目を細めていくら探しても なんにも見えない 触れない うちを守って 子どもを愛し 好きなことをできたらいいね という顔は、とぼけていて、ちゃんとそこにある お母さんは真っ暗闇に覆われたまま逝ってしまって ほんとうになにも思い出せないのです ぽっかりとあいたおそろしい穴ということだけ 「顔も体形もそっくりだね」と言われるけれど 家族の絵を描こうとするとあの人のところだけ 黒いぐちゃぐちゃ よって、わたしも黒いぐちゃぐちゃ かえして わたしのだいすきな家族を かえして ふつうの日々を虚ろのようにのみこんだ偉大な理想なんか かえせ あんなものかたっぱしっからたたっこわしてやる どんなにか、平和を祈りたかったでしょうか なのに、あんなにもまっくらすぎて 焼夷弾がパっと火をつけてくれて こわがりながら燃え上がれたら あの家は少しは、あかるかっただろう、などど わらいますか わたしを このようなことをいったら 真っ暗なお父さんも真っ暗なお母さんも ゴミをみるようにわたしをわらったのはかろうじてみえましたので いまだ泣きも怒りもしない、すこしニヤついた 気味の悪い顔で わたしはあなたをみあげています ---------------------------- [自由詩]夏の窓/田中修子[2017年8月10日0時42分] しかめっつらしてないでさ むりやりにもわらないでさ ぽかんと空をみようよ 窓がよごれていて みがきたくなるかも ふしぎだね むかしもいまもこのさきも どこかではかならず ひととひと、ころしあってるんだ こんなに洗濯物がはためく空なのに ほっといた窓のよごれにふっと 気づいて 指をふれる なにできれいにみがこうか ---------------------------- [自由詩]ウォー・ウォー、ピース・ピース/田中修子[2017年10月7日18時56分] 「せんそうはんたい」とさけぶときの あなたの顔を チョット 鏡で 見てみましょうか。 なんだかすこし えげつなく 嬉しそうに 楽しそうです。 わたしには見分けがつきません せんそうをおこす人と せんそうはんたいをさけぶ人の 顔。 ごぞんじですか、ヒトラーはお父さんに 憎まれて憎んでいたのだそうです。 それでお父さん殺しを ユダヤ人でしたのだ、という説があります。 ヒトラーがお父さんに ぎゅうっと抱きしめられていたら あの偉大なかなしみは 起こらなかったのかもしれません。 お母さんこわい、あなたの顔はどこにいったの ちかよらないで、わたしまで吸い込まないで。 (ウォー、ウォー、とわたしは泣き叫んだ) あなたは幸せですか。 おうちのなかはきれいですか。 玄関のわきに花や木は植わっていますか。 メダカや金魚を飼ってもかわいいかもしれません。 あなたの子どもは むりやりでなく、楽しそうにしていますか。 わたしにながれる カザルスのチェロを 聴いてください。 (鳥はただ、鳴くのです ピース、ピースと) 春、おばあちゃんが フキを 薄口しょうゆでしゃっきりと煮て きれいすぎてたからものばこに 隠しちゃいたい。 夏、おばあちゃんといっしょに いいにおいのするゴザのうえで お昼寝をします。 寝入ったころにさらりとしたタオルケットをかけてくれるの ないしょで知っています。 秋、いそがしいお父さんが、庭の柿の木の落とした葉っぱをあつめ たき火にして焼き芋を焼いてくれて メラメラととても甘いのです。火の味です。 冬、ときたま雪だけが ふわふわめちゃめちゃ生きていて 寒いだけだし 松の葉をおなかいっぱいに食べて冬眠しちゃいたい。 それでうっかり起きちゃってスナフキンと 冒険しにでかけるんだ。 そんなわたしも、お母さんになりました。 今日、じゅうたんを近くの家具屋さんに 買いに行きました。 薔薇とナナカマドの実で染めたような色をしているよ。 夕暮れの空を見ます。 水色とピンクと灰色が入り混じって ひかっていました。 秋の虫がきれいに鳴いています。 わたしはわたしの顔をなくすことなく あなたが羽ばたいてとんでゆくまで このちいさな巣箱を ふかふかにしていたいな。 ほんとうにたいせつなのは 静かに流れてゆく はるなつあきふゆ あたりまえにあってききおとされる 鳥や虫の鳴く。 ---------------------------- [自由詩] Golden bells/田中修子[2018年3月6日20時47分] ゆれている黄色い花つくりものみたいな蛍光の色レンギョウ しだれてゆらゆら揺れている花弁は薄いプラスチックでできているみたいに陽射しのした見えました 神様が蛍光ペンで春にしるしをつけたのかもしれない ひとよここをごらん春を暗記するんだよって 金色のこの花生きることがゲームやテストならこんなふうに咲いて散っていくだけで満点だきらきらひらひら 春キャベツに卵を溶いておこのみやきの具もなんだかきいろにおいしそう ふっくらと焼き上がっていただきます春をまるごと レンギョウ連翹春の羽が翔けている 花蕾花 ポタリ。                          ゆれている黄色い花つ    くりも         のみたい な蛍光            の色レンギョウ       しだれて           ゆ  ら      ゆ   ら揺れてい        る  花     弁        は薄いプ      ラ  ス    チ            ッ       ク  で   で             き           て いるみたいに陽射しのした見えました神様が蛍          光     ペ   ン で           春     に  し  る            し        を つ             け        た の              か        も し               れ                な                 い   ひとよここをごらん春を暗記するんだよって金色のこの花生きることが         ゲームやテ       ス  ト   な      ら   こんなふうに       咲    い   て     散        っていく      だ    け   で    満            点       だ    き   ら きらひらひら春キャベツに卵を溶いておこのみやきの具もなんだかきいろにおいしそう          ふ    っく  ら  と           焼     き  あ  が            っ        て い             る        い た              だ        き ま               す春       を 丸                ご と           レンギョウ連翹春の羽が翔けている                花                 蕾                  花                   ポ                    タ                     リ                      。 --- ※パソコンからご覧ください〜 ---------------------------- [自由詩]卯月のゆめ/田中修子[2018年4月13日0時46分] ねぇ おぼえている この世におりてきたころのこと あしたが待ち遠しかった日々のこと まばたきするたび うつりかわって 桜の花びら 糸と針でネックレスにして 穴あけたところから 次の日にはちびて朱色がかって けれど かなしみ ではなく ふしぎ であった日々のこと うんちもおしっこも しゃっくりもくしゃみも せいいっぱい していたのよね 心臓が早鐘を打つ ああ そうだった たくさん泣いていたころ まばたきのあと まがりかど ねむりのあと いついつまでも 花散り緑はひらける すべては高鳴る そんな 卯月のゆめ だった ---------------------------- [自由詩]名も知らぬ国/田中修子[2018年5月4日12時23分] to belong to ということばのひびきはあこがれだ (父のキングス・イングリッシュはほんとうにうつくしい) 遠い、遠い 名も知らぬ 国を想うように to belong toをくちずさむ 遠い 遠い あこがれの 魚泳ぐきらめく碧い海にも 雪の白にも染まる山にも近い カフェがある図書館がある老人も子どもも遊んでいる そこにははまだ ゆけぬようだ 目をひらけばことばの浜辺だ 浜にうちあげられたひとびとの よこがおを盗みみた みなちょっぴり孤独に退屈している顔をしている そうか、わたしはここからきたのだ そうしてどこかにゆくのだ それでよろしい 遠い、遠い わたしのなかに在る国の 男たちは労働のあいまカフェで珈琲をのみ庭の手入れをしている 女たちは子育てして洗濯物をはためかせ繕い物をして花を飾っている 読書は雨の日のぜいたくだ その街角にながれる なつかしいはやり歌をうたうように to belong toを口ずさむ わたしのはつおんはよろしくない ---------------------------- [自由詩]こおり/朝の空/鏡/田中修子[2018年5月20日1時34分] 考えてみたらあたりまえだけど 詩をかくひとにも なにかしら毒のようなものをまとう ひとがいた 目立ちたいひと 偉くなりたいひと 人を貶めたいひと なんだか スンと さみしいきぶん 澄んだ 冷たい こおりになって ?み砕かれたい / 詩人と名づけられたとたん わたしはなにもかも 分からなくなってしまう それらしきものに変化するのは むかしからとても得意だった そうでなければ生きられなかった いい子になる 優等生になる 職場でいちばん頑張っている人になる なりきったとたん つかれてしまう そしてわたしは 言葉の浜に うちあげられた 私はただの生きている人 ひとりぼっちなひと 風が鳴る 空が青い 朝の空がにがてなのは なにも隠せなくてこわい / ことばが好き すべてを反射して 醜いわたしも 戸惑うわたしも ごまかせない 本日 ことばは 鏡 わたしはだれ 冷ややかに じっとみいる わたしの顔を映す 自分を偽るなと わたしがわたしをはたいた ---------------------------- [自由詩]空だまり/田中修子[2018年6月1日23時39分] ごめんねとあなたにささやいて いつも唾でやさしい嘘をなぞっていた ほら、耳をふさいでしゃがみこんで はねつけろよ いつからわたしの舌は こんなにも何枚もはえてこっそりと赤い棘で みなをわらわせることができるようになったんだよ 肋骨からいじわるなことがわいてくるのは もうだれも痛くしたくない 包帯で首をつってしまいたい みぐるしい叫び声で灰色の空の玻璃をわってしまおう ……ぱらぱら……ととと……っつっつ 傷ついた鳥とともに空の破片が落ちてきて 立ち竦むわたしのからだを傷つけていった ふと見下ろせば足元にきらめく空だまりがあった ---------------------------- [自由詩]初夏の奇跡/田中修子[2018年6月3日22時59分] 雨の日のあくる日 学校のうらの公園に みずたまり ができていたよ みずうみ みたいだったよ みずうみには ケヤキの葉っぱが陽に射られてみどりに きゃあきゃあと光っていたよ 女の子が自転車のペダル漕いで 澄ましたハクチョウみたいに 尾を引きながら みずうみをわたっていったよ くつしたをぬいで みずうみをわたったよ 初夏 足のゆびが冷えるぞ どうだ ミラクルだ ぼくをみよ くつ くさい ---------------------------- [自由詩]永遠の雨/田中修子[2018年6月21日0時31分] いつくしみを ぼくに いつくしむこころを ひとの知の火がなげこまれた 焼け野が原にも ひとの予期よりうんとはやく みどりが咲いたことを  アインシュタインはおどけながら呻いている  かれのうつくしい数式のゆくすえを あなたがたの視線はいつも ぼくらをすり抜け よその とおくの つぎの  ちいさなヒトラーが泣いている  打擲されてうずくまっているあわれな子 ここにいる ここにいるのだよ ぼくは そうして きみは 母の父の わらうクラスメイトらの まるで 業火のような そしてこのようなひ ぼくのことばもまた  あのひとびともまた かつて  愛情を泣き叫び希う  子らであったことを  ぼくに あのひとらに  おもいださせておくれ 雨よ、ふれ 六月の雨、紫陽花の葉の、緑けむる 淡い水の器がしずかに みたされてゆく あふれだす色の洪水で ぼくの 母の父の クラスメイトの 科学者の独裁者の兵士の 胸に焼け残っている 優しいものだけ にぶくかがやく砂金のように とりだしておくれ  絵本を破ることのできるちからづよい  手をくるめば  ぼくは  いまここで、永遠に  だきしめられた きみもまた永遠を かならず 与えたひとであったのだ ---------------------------- [自由詩]失くしたらくがき帳/田中修子[2018年6月23日1時02分] ずいぶん歩いて歩いて、ひざこぞうはすりきれて足ひきずるようになったよ。 いくど、ここは果ての先だ、と思ったことだろ。 らっぱのみしたワインの瓶、公園のひみつ基地のしたでねむった夜、あったかそうな飲み屋でカクテル飲んでる外国人のすこしぶれたタトゥーが泣けるくらいまぶしく見えた。 ガッコってへんだ。個性的になれっていうから、うんとうんと本読んで文芸部の冊子にけっこういいのを書いて嬉しくなって先生に見せたら「ふーん、いいんじゃない」褒められたあと「でもさ、こういうのやるのって大学行ってからだよね」って釘をザクっと刺してくる。「そっちが本音ですか」ってきいたら「考えすぎ」。 どうしたらいいんだい? 笑いたくなっちゃうじゃんか。 化学反応の青色のきれいさとか、日傘は黒よりは白のフリルのついたほうがやっぱいいし、髪をどれだけまっすぐさらさらにできるか、なんてことをずうっと話してたあの子はきゅうに、「勉強していたらなにも考えなくてすむから」って。 -屋上 うっすらと寒い風、白い雲、青い空 反対側には都庁 たったひとり- そんなふうな呟きをノートにらくがきしていたあの子の横顔はほんとに、いまだ目をとじて薄暗闇に浮かび上がらせるほど、きれいだったのに。 大学行って、働いて、眠れなくなって、落とし穴に落っこちて、そうしていま、這いあがって、また。 ぼくは、なにひとつかわってやしない。 いまだ、背の伸びるような骨が軋む音がする。 そんなの、よくないのだけどね。ぼくの、このおさなさは、じぶんですらひどく気味のわるい、こっけいじみたものに思えるときもある。 (ほんとはちょっとずつ、背骨の折れてる音だったらどうしようか。 コキリ、コキリ、コキリと澄むような。歩けなくなったら? そのときはそのときさ、さらさらの骨もけっこう砂みたいできれいさ) ……おとなになったからとて、なにかうつくしく、すばらしいものになるわけでは決してなかったのだ。やりがいのある仕事や勉学にすべてをなげうち、家庭を持ち、芸術を愛し、人のいうことにおだやかに耳を傾け、正しい決断をするひとになれるようなひとはごくわずかだった。また、そういうふうにみえる美しい庭のある家に住む子どもがまた、いたましく傷つけられていたりする。 ぼくが知るのは、おとなになるにつれて何かしらとてもたいせつなものを失っていくことがある、ということだ。失ったものの取り返しのつかなさを知って、ぼくはなんだか自分が死んでしまったような気分になるほど、あんまりおおくを失ってきてしまった。 それでも、ピンクと青の入り混じった夕暮れに染められた雲が浮いているのを見るときに、ああ、あまりにも凄絶なものを見た、と息を飲むことがいまだにある。雨だれがひとしくつややかな緑の葉をうつような、もしかしたらもう二度とすれちがわぬ友とのこころやすらぐひとときをおもえば、すべてが黄色い煉瓦の小道…… 手のひらを貝のように丸くして耳をふさぐと、海の音がする。 胸のあたりが淡く靄がかって、息苦しいから心臓を引きちぎってたたきつけて、赤く破裂したのを、蝶の標本みたいにきれいに、あの子との想い出にして。 ぼくにはそうやって、こころにしまってある失われたらくがき帳が、うんとたくさんあった。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]きみはなにに殺されたんだろう/田中修子[2018年6月26日1時24分] きみはなにに殺されたのだろう。 この日付、六月二十六日という日付のほんとうすら私はもう忘れつつある。きみの命日そのものだったのか、それともきみが死んだことを私が知った日だったのか。 おそろしい、と思う。時が流れるのはやさしく、かなしく、そしておそろしい。ぞっとするような気分になる。 私は毎日きみのことを思い出していて、けれどそのたびに死にたい気分になることもなくなった。 この日、私は過去に戻る。過去に戻って、ひとつひとつのことを考え直す。 それでもこのことを、こんなふうに書く日がくるとは思わなかった。淡々と、まるでもう終わってしまったことのように。わたしのからだにはあの日たしかに穴が開き、その虚無にずっと吸い込まれてしまった気がしたのに、いま、くりぬかれた空白のまわりの線を、どこかにむかって説明している。 あの頃の記憶は血の色だ。一滴ずつ、ポタリとあるのを数えていく。 「死のうかと思ってるんだ」 きみは何回も笑いながら言っていた。 「私もそう思う」 私もそう言ったしほんとうにそう思っていた。きみは私を称賛した。 「そのまま自殺できるよね、修子さんは。そうしてほしいな」 「わたしもヴィジュアル系すきじゃないけど、よろしく」 「会おうか」 「電話代がさ、かかるの。好きな人に電話すると。月三万円」 「修子さんのサイトデザインいいね。わたしのサイト作れる?」 「アルバイト、300コくらい応募したけどさ、家が山奥でバス代のほうが多くかかるからさ、通えないんだよね」 「へー、ウィスキーってこんなに酔うんだ」 「精神科で、医者に椅子投げたんだ。そうしたら薬増えた」 「んー、弟がさ、なんてか、ふつーに育ってくんだよ。父親がアル中で暴力ふるってきて、わたしが高校に行かないで守ったんだけどさ、彼女もできてさ」 「母がさ、親戚の家行けって。宗教の上のほうの人で、えらいから、預かってくれるらしいよ。行きたくない」 「わたしビアンだし、結婚しないでいいから子どもだけほしいよ。そしたら生きられる気がする」 「詩人になりたい。出版社にいっぱい応募したけど、みんな落ちた」 「おばあちゃんが死んだ」 「好きな人がさ、なんか家族で夜逃げするって。でもどうしても逢いたいんだ、理由聞きたいんだよ。一緒に会いに行くのについてって」 「二十歳に死んだら天才になれるかねぇ」 そうして二十歳できみは死んだ。 いまの精神科ならば出さない致死量のある薬を飲んだ。 黒い流れるような髪と、まるで吸血鬼のようにとがった白い八重歯をおぼえている。 私たちふたりはこころのかたちがよく似ていた。あの頃家にいられなくて、かといって家から出ることも恐ろしくてたまらず、けれど家に帰らないことも許されず、生ぬるい日々の中を窒息しながら漂流しているように生きていた。 母に似てきみを愛さなかったその恋人のつぎくらいに、私はきみのことを知ってたんじゃないだろうか。 たくさん私にサインを出してたんじゃないか? いや、出してたじゃないか。 きみがからだをなげだしてきみがまもった家族も、きみの親戚の宗教の上のほうの人も、人助けが趣味の私の両親も、きみを見落とした。 私も見落とした。 金が、地域性が、学歴が、酒が、あわない精神科医と投薬が、宗教が、セクシャリティが、なりたかった職業が、祖母の死が、恋人との別れのタイミングが、年齢が、もしかするとろくでもない私という友人との出会いが、きみを殺した。 この世でいちばん不幸だと思い込んでいた私の頬を、きみの死がひっぱたいていった。 アルバイトできていたこと、からだを本格的に壊したときに両親がかけれくれた金、精一杯診てくれている主治医、そのほかのたくさん。 私が生きているいまここにたどり着くまで、どれだけの分岐点があったろう。そもそも産み落とされた場所は選択できなかったろう。 なぜ? 私ときみとの違いはなんだ? 私はたしかに、ふつうの幸福な人生を歩んできたとは言えないし、よく死ななかった、というくらい、いっぱい、ろくでもないことがあった。だれかにきみを投映して、ほんのすこし助けたつもりになって、だれのことももほんとうには助けなかった苦々しさ。 けれど、この日を迎えて、このようにひきつる指でもちゃんと動くこと。 ひたすら息をしてきて、枯れていく花を見て、死んだ鳥を、そうしてずうっと私の上には空があった。ほんとうに限界のときには海を見にいって、そうしてなにもかも思い直した。 いま、花の蕾や満開の様子を喜んでみられて、鳥のうれしそうな囀りや羽ばたく音を耳にできる。 毎日ほどほどに家事をできて、詩を書いたり縫物をしたり趣味のことさえできるようになって、食事がうまくて、やはり、うまくは言えないが、すごいことだと思う。 だれかに、「あなたは幸運だったのよ」と軽々しく言われたくない。だれかに「こんなに悲惨な子もいるのよ。あなた恵まれてるでしょ」と言いたくもない。 「救いを」「鬱なんて生きてたらなんとかなる」「弱者や貧困層にスポットライトをあてて」なぜだか分からない、ほんとうに吐いてしまいそうになる。 それでも、私にできることはないか? なにを通してできるんだ? 思い出した、君の誕生日はバレンタインデーだった。 ひたすらに、きみの空白が残るだけ。私はそれを書くだけ。 ---------------------------- [自由詩]クローズド/田中修子[2018年7月15日16時19分] わたしがおばあちゃんになるまで あるだろうとなんとなく思ってた レストランが 「閉店いたしました 長年のご利用をありがとうございました」 さようならのプレートが 汗ばむ夏の風にゆれてた 鼻のまわりの汗 うー 小学生のとき おとうさんと あたらしいお店さがしをしていて みっけたのだった テーブルの上にいつも ほんとうのお花が飾られていて お水はほんのりレモンの味がした お客さんの声がざわざわして 子どもがさわいでも音楽と混ざり合って 耳に楽しくて 緑に花柄のテーブルクロスはたぶん ずうっと洗われてつかわれていて 少しずつ色褪せていく様子が とてもやさしいのだった ということに いま気づいたのだった わたしは おとうさん や おにいちゃん 死んでしまったおかあさんとおばさん に電話をして あのお店がなくなったことを ともに悲しみたいのだけれど あれからほんとにいろんなことがあって ありすぎて 戸惑った まんま ---------------------------- [自由詩]赤真珠/田中修子[2018年8月25日13時43分] 北の 夏の終いの翡翠の海に 金の夕映え ありまして 黒い夜 黒い波が どこからか押しよせてくるのです どこからか ひえてゆく 色とりどりの浜辺でね  赤いカーディガン羽織ったともだちが  へたっぴダンス そのこは いつだって なんだって ぶたれないよう しにものぐるいで歯を食いしばり みんなの憧れの王様のように チェシャ猫みたいに ミャアミャア笑っているのにね しっぽはふくれて いるんです くすぐったそに わらいながら  ひとりぼっちの少年みたい  わたしは子らをあやしながら 黒いっしょくの波音に 橙いろのらんたん灯り(まぼろし)  このごろできたともだちが  てんで ばらばら 好きかって  ひとりは恋を  ひとりはうたを 遠くの家の窓明かり なみおと耳にのしかかり  父さんの亡霊が涙ぐんでやってきて  わたしは さけび 橙いろのらんたん消えて(まぼろしが) くらい浜辺にひとりぼっち 腕の子らも きえ  波はたぶん翡翠の色ね  おしよせておしよせて 赤い人魚 なんですよ  にんげんでは ありませんよ   波間にほどけて消えていこ すべてはうたかた    赤い真珠が 一粒 ころん     翡翠に金に 赤真珠…… ---------------------------- [自由詩]波兎の石塔/田中修子[2018年10月5日12時34分] くらいくらい 荒野につくりあげた 復讐の塔に閉じこもり 「ひとりだ」と呟いたら はたかれた ひたすら 喪いすぎたのだろうね 青い夕暮れに細い声でないてさ 耐えられないわたしを わたしは わたしが ゆるされることをのぞみもしないで 冷やかな風 一瞬の朱金にうつりかわり こあい濃藍こわい怖い、夜がきて 星 なにをしろしめす (ただ、 いつかみた黒い海の波音を ふさいだ耳にばかり つむった瞼には 想い出ばっか) 波うさぎが跳ねているよ、 とおい とおうい 北の海 も 南の海 も 波うさぎはあるだろう こゆびをわたしにおくれよ 千年生きると誓え お守りにして首飾り くちづけた 痛くないように、喪われたもので 喪われたものを ふさぐこと できなかったんだ ぎこちなくあなたをしんじようと つらねているが もうなにもかも  とっくに 喪われて いるから でもね、 なみうちそうしてきえていくしらなみを 北の海 にも 南の海 にも わたしもあの夜 凍えながら たしかに 数えていたんだよね 一羽 また 一羽。 それだけでじゅうぶんだ もう きっとあの日だけ 幾重にもきせきは、あったんだろ。 こゆびをわたしにくれた あなたは 確かに 欠けた ひと だが あの子らほどでは ないよ と吐き捨てて、 気付けは復讐者も死に果てた 最初からいなかった。 やさしい波兎の手ざわり 傷つかない傷つけない 復讐の石塔から わたしは あがいた もがいた みぐるしくいきするために 皮を剥がれながら 這い出よう、としていた ---------------------------- [自由詩]置手紙/田中修子[2019年1月21日10時58分] 美しい本と空と地面があった あるいてあるいて 夜空や 咲いている花を 吸い込んでいくと かさかさになったこころが 嬉しがっているのを 感じた 雨の日には 本を読んだ 子どもらのあそぶ 不思議な魔法や、庭や、冒険の こむずかしい悩みをつづるより しずかで 丁寧で うんとやさしいことこそ わたしの失ったものだ ということに気付いたのが このところ あなたにいつか 贈り物をしたい 贈り物ができるほどの こころになりたい あなたのなかにある庭に みどりが芽吹き 花が咲き 風が吹いて 鳥が来て 葉が落ちて すこしさみしくて 寒くても そのぶん 夜空には星が光るだろう 月はしずかに照らすだろう あなたの かなしみといかりに それらが しずかに吸い込まれ ひたひたと 満たしていく日日を わたしの 小さな庭は まだまだ泣きたくなるほど貧しいのですね もうすこし 待っていてください いつかあなたに 贈りたいものがある それはまだわたしの桜の蕾のなかに眠っているのでしょうから ここに置手紙を 残していきます ---------------------------- [自由詩]花真珠のくびかざり/田中修子[2019年4月3日18時23分] 真珠はだれに殺された 孫娘に殺された。  (はないちもんめ あの子が欲しい) 孫娘は泣いている おうちに帰りたいと 泣いている 真珠の背中のぬくもりが 帰るおうちよ ほたほた落ちたぬくい涙は 手の甲に 薄い昼の月のようにしみ込んで 目を細くしてほほ笑んでいる。 孫娘は大人になって そうして母になりました。  (はないちもんめ 売られた過去は  水に流して しまいましょうね) 銀の針に白い糸とおして 桜の花びら縫いましょう あしたには枯れてしまうのよ 淡いピンクのくびかざり 花真珠のくびかざり。 散りぎわの桜がみせる 甘くて柔い 花の顔の幻よ 後ろ髪 引かれて いくど ふりかえっては ……きこえるはずのないおとが……花の雨  はら、 はら   はららら ららら、 るる らっ、 らっ    ぽと ぽとととと さら、 っらっら、 風のかたちに花が舞い 春のつむじ 桜の蜜は女のにおい。少女は、娼婦は、少女は、みなしご。 春のうた 春のおうたを うたいましょ。  (はないちもんめ はないちもんめ  百年まえも  百年あとも  必ず咲いて  そうしていつもとかわらず散った  百年まえも  百年あとも  あしあとのこし 消えてゆけ) 桜並木が揺れている 銀とピンクのトンネルは 雪のようにくずれながら みんなに おうたを うたっているよ。 ※「はないちもんめ あの子が欲しい」童謡 はないちもんめ 歌詞より ---------------------------- [自由詩]だいどころ/田中修子[2019年7月1日16時29分] ほら、あの窓から記憶を 覗いてごらんなさい。 風が吹いてカーテンが まだ、朝早すぎてだれにもふれられていない ひかり を孕んで揺れている。 そこにはかつてあなたの( )があった、と、重たくふくらんだ ひだ が、ささやきかけてくる。もうすぐうみつきね。まちをゆくと沢山の母たちに、笑みをもらう、やがてこのひとたちの仲間になってしまうんだわ、おなかのなかにいるのは。 (追憶する夜の森。月と星がさいごのおおかみを照らす。ひたばしれ) あの ちいさな、みち溢れた空間をおぼえていますか? 覚えてます。くっきりと覚えてます。うつくしく、やけついたようなんです。やけついて離れないんです、あの日々が、あんまりととのっているから、そこに少女のまま、ありつづけるんです。 ほら、前髪はハツリときりました。まゆげをかくすんです。それで少しゆるく、ふわふわにした髪の毛、椿油を塗りこんで、つばきが彫りこまれているつげの櫛で梳くわ。 いくたびも、いくたびも、赤く火花が散って、この黒い髪の毛に反射して燃え上がるまで。燃えあがるわたしの髪の毛、ここは牛車のうち側か。 (あなたは子どもね--ほんとうに、子どもね。子どもをうんでみればわかるわよ。) (せんせいわたしは、ときをとめたんです。まるで、こどもをだいどころに閉じ込めてしまいそうでこわいんです。) 幾百も 幾百も 耳をふさいだ掌にきこえる音を、 問い返しつづけてきたあるひ。 あれらはただ ひかりのしたたりで、できていた ということに ふと気づいた シンクにむかう、銀色の祖母の髪の毛と、灰色のエプロン。皺がれた手は、すっと包丁を持っていて、ト、トトトト……と軽い音を立てて、きゅうりを薄く、薄く切って、その薄い、みどりいろの輪は包丁にまとわりつかずに、はらはらとまな板に綺麗に斜めに落ちていく。花びらのように。わかめときゅうりの酢のものですよ、わかめを食べると黒い髪になるでしょう。みどりいろの、すこしなまぐさい花を食むんです。お嫁にいきます、おばあちゃん私、お嫁にいきます、あなたの音の記憶をもって 骨。うちよせる澄んだ波が骨を洗うような貝の白は骨の色。 あんまり 憧れすぎて ほら、 胸のまんなかが きん色に 満ちて 満ちて 焦がれて --そこに、あなたがいたから。 ずうっと、あなたが、翠色に澄んだ汀に散らばって引いては寄せる、紫陽花のいちばん青い萼のように、死んでいて、くれたから。赤く燃え上がる後ろ髪ひかれながら、眩しい積乱雲を切断しながら、想い出をかかえていたのは、ひたすらに唇でなぞってはなぞって、そこに言の歯が、はらはらと、はらはらと、噛み痕をつけて歩いていくように --又、あのひかりへと、あるきだすんだ。 ---------------------------- [自由詩]せ/田中修子[2019年8月3日8時10分] あかやあ きいやあ きんいろやあ 愛を暗示されれば とは、なんだ、とは、なんだよ おい だれか、 あつい、朱金の星が宿る 遠吠えを、したらいいわね 韻がおしまいになる前に まだいるの だれかいるの 仕方がないので 夜には四つん這いになりましょう そうして梨を齧るように眠る 心ゆるび 痙攣する瞼のしたの眼球 が 透いて みられてる 夢をみている わたしが 口腔を柔らかくあつい舌でなぞられるように あなたにみられている 「大切なものはいつか、かならず終わるでしょうね。」 「終わらせたくないもの、ばかりだね。」 妹になるわ おもいきり噛まれたあとは 痣になり 腕は 紫陽花の咲く夕暮れの庭となるから どこまでも広がり滲みてゆく ひとりきりではない と 熱をもち 腫れあがったそこを、舐めたら 切り落とした蛇の足をきらめく耳飾りにいたしました 「ねえねえねえ。」 「きみは どうも そのまま攫われてしまいそうで。」 光る溶岩が流れ込んできて うずくまって いくつもいくつも 言星をうむと空っぽ 抱いてよ 「ここへおいで。」 「そこへいきます。」 示されているはずのところがあるのに ゆで卵のにおい 手をつなぐ人々のなかで ひとり泣いていたあの子 とおい北の空 今夜は 花火が 豪奢に打ちあがる 体に深く滲みわたる あかやあ きいやあ きんいろ やあ ---------------------------- [自由詩]かぎ編針で刺す/田中修子[2019年10月23日15時57分] 薄ピンク色 愛を乞ういろを なでる ひたすらに ああ、知っているよ まっすぐに 舌から垂れていく粘膜は都市を浸食していきますね。崩落していく花の詰められた箱から解放されて飛び立つ夜の白鳥の夢ですね しっぽふりふり、動物のふり、四つん這いをして舌をペロリする ウフッ 獣姦は禁じられています。それはなぜだったろ 孕め。孕め。孕みなさい つかむ爪の輝き、なにを乱反射しているのかしら、そう薔薇の洋灯 編み物を、する かぎ編針 みどり、森のいろ。森のいろと、夜の星の銀色の編み物をする。二年目のことしはすこしずつ、めが整ってきましたね、ありがとう、編み物や縫物が好きだったのを思いだした。あなたの首をあたたかくしましょう。(愛で縛ってはいませんか いえ あい とは そも あいはん する あいぞう -では、いや まっすぐに、注ぎたい、雨あがりのように そのにおいのように) 編みながら思いだしたわ、小鳥がいた、ところなんです。あたたかな真珠色のころんころんとする浜辺に、銀のつめたい雪はふるふるみどりに、しずかなフクロウの啼き声は耳の裏側。なつかしいかしら-覚えて、いる? 少しずつ思いだしたの。サランラップがきらめく薄うい、宝石にしなだれ落ちていたころのことを。どこまでも、どこまでも、くるくると引いて-あって ただ名前もなく文字もなく、そこにあった。名付けるのは、祈りでしょうか? ちい・ちい・ちい、あめゆじゅとてちて-あめゆじゅとてちて あなたは、またきた、 いつまでもここにきた。いつだっていつだって、天にいかずに。ちえこや、としこや ほうこうする四つん這いの、愛を乞うあまりにも薄い色の塔を浸食する 舌 首輪・ひとつふたつみっつ 輪投げして ね、わらって-風が 過ぎ去るように わらって 振り返って御覧なさい。そこにたくさんの毀れた道が、ありました。あなたはそこを通ってきたのですね-崩落しないように もう二度と、あの、花咲く石のアーチの橋が 落ちること ないように みいつけた。ほんとうはうずくまって、おふとんのなかでちいさくなってふるえているだけ。きたないものはよらないでねっ あはははは! おねがい、さわんないでちょうだい! とりのこされて生きてきたからね、これからもね、白い雪はよごれて溶けて、とうとうと、とうとうと、春の桜の流れるひ、まで ---------------------------- [自由詩]小さな庭/田中修子[2020年5月10日1時02分] あのひとはやみに閉ざされていたころの 北極星 もう去った 気配だけが ことばにつながる みち が幾らでもあったことを まだわたしはひとではない ひとであったことはいちどもない これからもない 夕暮れ 空を苦しげなように覆っている雲から ひかりが静かにおちていった そうしてあたりを薄紫に染めて とどろく 五月の神様のひっかき傷はあかるく落ちてくる そのいくつもの線が なにかを指し示しているのだけど ただ 泣いているようで やがて降りしきる 雨粒のひとつひとつが 生きること死ぬことそのあいまのすべてのことを ささやいている そのすべてを耳たぶに飾りたくて 目に焼き付けたくって そっと 家を抜け出すのです 三年前から使っている黄色い傘の花柄が雨に濡れてあざやかに咲いていく 歩きなれている道のはずなのに 闇に輝いている紫陽花に見え隠れする路地に 足を踏み入れた ちいさな庭があった みどりの五月の庭が あるじの気配はする 姿はない 傘を閉じる この庭に降る雨はあたたかく 躑躅はあかるく燃えて芯のさむさをとろかすのです ひとではないわたしの 追われた傷を 庭で休む モッコウバラが垂れているね クリーム色の薄い花びら すこしミントが茂りすぎだわ と思うと熱いお湯の入ったヤカンがあって 艶やかな青のマグがあって 湯気の立つミント・ティーを入れましょう 痛みをしずめ 安らぎに ぷくぷく 溺れてゆく どれくらい経ったろう 安寧のお返しに 忘れられた庭の手入れをするうちに 庭になっていた わたしが居たあかしに 黄色い傘を 庭の出口にそっとひらいて おきましたよ 夫と子が、支えあうように手をつなぎ うつくしい花束を供えて うしろすがたは これから生きていく人の 背なか ---------------------------- [自由詩]はしりがきの春/田中修子[2020年5月13日5時28分] 「春の紅」 …ト、トトトトト… 春の花らが ひさしぶりの雨に打たれ お化粧されて 艶めいてるよ 指にとり 頬紅や口紅にできたらな そしたら 歩くたんびに 春の香りを振り撒いて おしりふりふり ごきげん ごきげん 色香とはこのことですわ ナァンチャッテ らららら、ららら …ト、トトトトト… 「けやき並木」 欅はすらりと手を伸ばすお嬢さんたち もうすぐ舞台のでばんですよ 緑の花束をもってピンと 躍り出す とららら、てぃるりら みどりの気配に わたしも歌いたくなるのだよ 鳥は囀ろう、風はいよいよ澄んでいこうよ。 人はまちにはいないだけで うちのなかで愛し合っているのかな。 こんなことおもっては きっと叱られてしまうろう。 この頃は夜の青も 梅の香りに誘われて 月も星もきっと シャライヤシャライヤ きらきらきらきらパチランパチパチ。 けやき並木も天体も 枝と光を差し出して 太古の舞台の壮麗さ。 「ブルーグレイのしかく」 しがひとたびはびこれば ひとはお祭り騒ぎだが しなどいつもそばに潜んでいるのだが ひとはおまつりさわぎだな。 おとうとからあずかりました ブルーグレイのしかくがありました 首をしめたいや吸い散らかしたか 紅白の梅の花びら 舞いちらひらひらりや。 残るのにふれる 肌に残る線香花火だな いつか消えさるが キラキラキラキラはぜていくろ ツッ。 ひとはおまつりさわぎだな からっぽのまちの手触りは花びらや 残香は梅のこう、こう、こう、やしな どこまでもとおくまですみわたるそら。 「春神」 とめどなく春が溢れでるから 狂って振りみだし 走り出しそ 「あねさま」 と おてては冷えて 引き止めて ふしぎそうに見られるからさ でも、だってすぐそこに 梅がね、桜がね、きてるんだ 土に砕かれた貝殻が鳴るからわらう つくしのたまごとじ、よ、って 垂れる黒髪を食べさせている 「はるのうた」 あやゆらむ ゆるぐちね とっとっとらーむ るりらるりら 幾重もの花びらを透かして至る 冬の終いのおひさまの踊る音 春の差し出す指先の 爪の色はおしゃまな紅梅 裾をさばいて歩む鈴の音を 耳そばだててる子の頬と ふるふるふるきりきらきらら ぺちゅぷちゅぷちゅちゅ とってちってと とってちってと --- twitter投稿から。 ---------------------------- [自由詩]にくじう/田中修子[2020年9月5日16時48分] ふわふわ ふわわん ふわりんりん あはは くすぐったいよう- 夏の温度がさがって ほら クッキリした青い夏のうしろ姿は 日焼けした子たちの笑い声 あの眩しい光にあたりながら歩いたんだね走ったんだね たくさん ね 私の膝あたりのちんまい子から そう これから恋をしたり したいこと探していく 若い子たちの こんがり いきぐるしかったなつかしさがめのうら うららかであります 豚ばら肉をヒノキのまな板に平らかにおいていく まな板ね 世田谷のぼろ市で威勢のいいおっちゃんから買ったの 洗ったししとう えのきだけは石づきを落として 割いておく で、ししとうとえのきだけを豚ばら肉で巻きながら 鉄のフライパンを中火で熱しておく ごま油をたらり B級品を安く買ったのだけど もはやすっかりどこが悪かったのかも忘れて活躍中です 豚ばら肉で巻きあがったのを、巻き始めたとこを下にして敷き詰めて ちょっと生姜焼きも食べたかったから えいやあっ 生姜のすりおろしもパパっとかけちゃう 塩もふっちゃう胡椒もふっちゃう じうじうじうじう じうじうじうじう 豚肉ですから赤いとこ残しちゃだめですよ ほとんど焼けたと思っても油断大敵だから 醤油を細うく ひとまわし いちばんちっさい火にして ガラスブタして蒸し焼き わあ ここにもブタさん (そういや、今日は使わないけど、オトシブタさんもいる) 鍋の下の青い火 にくじう じゃなかった 澄んだ肉汁 少し焦げてきた醤油のにおいが躍ったら 夏の終わりの夕ごはん ---------------------------- (ファイルの終わり)