mizunomadokaのただのみきやさんおすすめリスト 2012年4月22日23時28分から2021年11月20日17時36分まで ---------------------------- [自由詩]黄金の花嫁/ただのみきや[2012年4月22日23時28分] 朝日はね 特に良く晴れた日の朝日はね そりゃあもう別嬪さんで たったひとりで見ていると もったいないような 独り占めできてうれしいような 不思議だね おれは 新しい朝と結婚したくなっちまうんだ 深い淵からね 閉ざされたまま浮かんできてさ ほんの少しだけ扉が開くの まるでビーナスの貝みたいにね するとね 濃紺を下から破るように黄金の矢がぱっと放たれて 生まれてくるんだよ 夜の卵から 花嫁がさ すると海原に黄金の道がゆらゆらと現れてさ 焔と群青の対極に広がる なめらかなグラデーションを纏った朝とおれは 腕を組んでさ 渡って行くんだよ 松明みたいに燃え上がりながら さらし者になってね 現世に灰も残しはしないんだ 道の果てにある 時が永遠へと流れ落ちて行く 無限との境界 聖なる祭壇の下へとね 美しい朝焼けよ おれの朝日よ この朝が明けきらぬ間に おまえは燃え落ちろ 汚れなき朝のままに死んで行け おれを道連れにしてかまわないから 永久凍土から掘り起こした 死んだ犬にすぎないが 残りの情熱の全てを血のように注ぐから 燃え尽きろ 燃え尽きろ 燃え尽きろ 燃え尽きて 犬に曳かれた老人が 壊れた荷車みたいに通り過ぎて行く 白々と唯物の街が起き上がり ニュースを流し込んでいる いつもの今日が無表情に 髪を撫でつけている 取り残された男が一人 空き缶のように風に転がって   ---------------------------- [自由詩]いつか世界の窓が開かれると/ただのみきや[2012年6月30日0時59分]     窓を開け放ち    空気を入れかえる 朝の訪れを遮ってだらりと垂れ下がる  色褪せた思想を派手に揺らし   この胸を蝕み患わせている 積もりに積もった誇りや死っけを吹き飛ばし   若々しい風ははしゃぎ回る   わたしたちは食卓を囲む  そして互いの最上を与え合う もう 看板に芸術と書いただけのスーパーマーケットから  賞味期限切れのゲテモノを買って来る必要はない もう こきおろ詩やこけおど詩で睨み合う必用もない  わたしたちは互いの泉の波紋を聞き 自らの不足をも忘れて相手のために汲むことを惜しまない   いつか世界の窓が開かれると  空気はすっかり入れかわってしまうのだ   誰もが新しい子どもとなる      いつの日にか ---------------------------- [自由詩]確執/ただのみきや[2013年9月24日22時37分] あの日脱ぎ捨てた古い自分が 心の隅でそのままになっている 糸の切れた人形のように 死よりも冷たい生者の顔で ポンペイのように時の塵に埋れ 欲望の形に空洞化した遺骸あるいは まだ温もりを残す聖骸布に袖を 通すぎこちない手つきで目を閉じて 清流に住む/己の毒に病む 過去に戻ることは容易か否か 林檎が落ちるように人も堕ちる 堕落は万有引力に等しく 人の意志は法則にも打ち勝つが 勝ち続けることはできはしない 良心を隠蔽した夜に月は顔を失くし 女の嗤いか男の哀哭か誰かが頭の中で ああこれは血肉もう脱げはしまい 削ぎ落とすなら骨しか残るまいと 溺死した魚が目を覚まし跳ねる その飛沫に興奮して自らの項を咬む 自分がいる死の皮を被って青く 全ての他者と隔絶された呼吸 ---------------------------- [自由詩]消せない/ただのみきや[2013年9月28日20時31分] 濃密な雨の拘束に 獣の目をした少女が一人 茄子の花のように濡れたまま 時の梯子が外された場所で 僕はポケットの中 ことばを撫ぜ回すだけ ---------------------------- [自由詩]フレンチロースト/ただのみきや[2013年10月23日19時06分] せっかちな夜に飛び込んだ 角砂糖みたいにすぐに溶け ミルクのように白い肌がねじれて 翌朝は秋の冷え込み 汚れたカップが残された ---------------------------- [自由詩]私を認めて/ただのみきや[2014年8月23日19時55分] 私は自分の信じたいものを信じ 見たいものを見つけ出し 聞きたい言葉を探し出し 不都合な事実は無視し耳を塞ぐ 反論に備えて(怯えて)理論武装する あたかも敵国を想定して軍事演習をするように そもそも真実よりも あるいは事実の多面性を学び立場異なる人々と 理解し合い共存し合うことよりも 私が信じていることの優位性を 否むしろ私の優位性を証明したいだけなのだ だから仮に真逆のことを信じていても 私のやることは同じだろう 現実では手に入らないものを ネットの世界で手にしたくて 奇妙な矛盾だが 本名を隠し キャラクター作りに余念はない 実の姿は誰にも見られない知られない 穴倉の中に隠れるように 他人の気持ちなどお構い無しに ネットで得た知識の寄せ集めを自論の如く書き込む 反論されたら徹底的書き込みは自分からは止めない 止めたら負けだ サイトの規約に引っかからないスレスレの所まで 相手が反論しなくなるのは きっと私に論破されるのが怖いからだ そう思うと なんだかとっても良い気分 だから今日もとあるサイトを見て つけ入る隙のある投稿を捜している そもそも揚げ足を取ること以外 何も言えることはないのだが 私の専門知(本当は受け売りの集合知だけど)で 書き込めるものを見つけては 力を誇示して見せてやる …えっ? 虚しくないかって? 全然虚しくないにきまっているじゃないか! 寂しくなんかない! 吾輩の辞書に「虚しい」という言葉はない! あと「相手の気持ちを尊重する」という言葉もない! それから「思想の違いを受け入れる」という言葉もない! 怯えた小型犬のようにいちいち咆えずにはいられない! 情緒的成熟に伴う心の余裕など一切ない! だから だから 認めてほしい 私が此処にいることを お願いだから 誰か 誰か          《私を認めて:2014年8月23日》 ---------------------------- [自由詩]無邪気な竪琴/ただのみきや[2014年12月23日23時18分] こころ決して身を投げる あなたの瞳の奥底へ 海の深みに沈んで落ちて 胸苦しさに酔いしれて あなたの底に潜むものが 闇に蠢く魔物なら どうかその触手で存分に わたしを探って下さいな 全盲者がするように わたしのすべてを感触だけで もしも深海に住むものが 遠い星から来た天使なら 光の真珠でわたしを飾り ネオン仕立てのダンサーに 透けたからだをユラユラさせて きっと退屈させないわ だけどあなたの海原が どこまでも何もない青い孤独なら わたしはいつまでも彷徨うでしょう 時々遠く聞こえる潮騒や荒狂う叫びに 寄り添い 静かに歌いながら 満ち足りた幽霊みたいに 夕日のように燃え落ちて あなたの記憶の海原へ 静かに沈没するのです 空気なんてもう遠い世界      《無邪気な竪琴:2014年12月19日》 ---------------------------- [自由詩]壁画/ただのみきや[2019年3月17日14時51分] 夏をひとつぶ紙袋 開いた黒目も傷つけず 眠りの汀を照らすように 灰にならない書置きの 名前も知らない泥の中 前世と呼び馴らせば遠くて近い 五色の風の靡く音に 言葉転げて追っては失くし 上るように下るように 鉄鍋で炒られ 放蕩者は旅を止め 巡礼者は骨も露わ先へと急ぎ 歌びとは花となって散る 古色を帯びてひび割れて 黄砂を纏った未来図へ 脳天から落ちれば 触れても触れてもすり抜ける 不動で強固な幻が 客体としてのわたしを見る           《壁画:2019年3月17日》 ---------------------------- [自由詩]演者たち――眼差しの接吻/ただのみきや[2021年11月20日17時36分] 声の肖像 どこかで子どもの声がする 鈴を付けた猫がするような 屈託のないわがままで なにもねだらず行ってしまう 風がすまして差し出した 果実は掌で綿毛に変わる ぱっと散った 光 死語の鍵穴 鍵を失くした子どもが泣いている 家に入れなくて泣いている 鍵は首からぶら下げている なのに気付かず入れない 泣いて哭いて小鬼になって 鍵を失くした別の子を誘う 鬼になって家から出れば 楽しいことが山ほどあると 泣き腫らして目は真っ赤に燃えて 黄昏に影だけが伸びてゆく 夜に慣れたころ角や牙が生え 鍵のことなど忘れてしまう 鍵っ子にした親が悪いのか 否 鍵なんてそんなもの 開けるというより失くすもの そこにあっても見つからない 交通安全の―― 旗はおよぐ 風を 光を 一身に 曖昧な一点の 竿をつかんで何処へも行けず 旗はおよいだ  時を 瞳を 懸命に 受けては流し照り翳り その身を縞に巡らせて 真夜中に風が死んだ おのれの卒塔婆をつかんだまま しおれた黄の花 文字は闇夜にすっかり化けた 報い 死への変化は急でもあり緩慢でもある あらゆる死を見つめ続けよ 詩を読むように死を読め 孤独な誤読に怯え続けろ 報いを受けるのだ 自らの終りの一行 予定調和を超越して美しくもない 詩である死の必然として 詩作はすべて刑罰の 習作であり戯れの遺書ではなかったのか あきらめよ 詩人に逃れる術はない 主義も主張もただの脇役だった 愛も家族もトラウマも 詩への贄 記号へと変えてしまった だがわれらは灰 記号から引き剥がされて 死の門口の暗いくびれを滑り落ちる そこにもう夢想はない 立ち上がる音も意も なにひとつつながらず 耐え切れないほど静かな 永劫――詩人の末路 スナップショット ニット帽から眼鏡まで真っ白い髪を晒し 女は坂道――背丈ほどもあるまだかろうじて 色味を残した紫陽花の前――立ち止まり 足場を確かめるように何度も 濡れた落葉を踏みしめている 去り往く季節の残響  明け方の濡れた土の匂いを 霧のような肌に包むまだ荒らされていない朝 カメラを構える女 手は二匹の華奢な蜘蛛 レンズの角度は紫陽花を越えてすぐ先の 低地に広がる公園のすっかり葉を落とした樹々 あの黒々とした絡まりに鳥でも見ていたか それともその向こう夢からまだ覚め切らない様子 白い無表情で立ち尽くし光物をチラつかせる あのビルに何かを感じたか だが女が見ているものをわたしが見ることはない わたしが見ていたのはカメラを構えた女であり 女が見ているものはいつもいつまでも謎のままだ そして女もまた知らない 自分がこのように書かれていることを いつもそう たぶん いつまでも 紫陽花 うつろな眼差しの接吻に   かわいた紫を絞り出す           あじさいは     日に日に深く秋をわずらい    暗く 濃く 光に沈む           踏みしだかれた             霜の匂い 孤独の標本 光を背にして黒々と樹は冷たい虚空に触れ その影もまた濡れた芝草のうねりを這った 空にはなにもなく風すら死を模倣した 大地は確かにあった だがいくら触れても影はなにも感じなかった 文字にすることで瞬間は永続する 水晶より硬い静寂                      《2021年11月20日》 ---------------------------- (ファイルの終わり)