よしこのおすすめリスト 2009年7月19日1時35分から2009年11月6日13時01分まで ---------------------------- [自由詩]AIR/e.mei[2009年7月19日1時35分]     (もううんざり!!)  ほらほら、教室から飛び出した鳥、夢のなかの数学の授業で先生が言っていました、「死が我々の隣にないのであれば私たちは消えてしまうしかない!」って。――ねえ、先生、もし私が神様だったらどうします? あの、ごめんなさい、実は神様なんです、私。何でも思うとおりです♪ でも死なんてあげません、欲しいって言ってもあげないのです。鳥を追いかけるのは燃えている青、(青を燃やしているのは太陽。私は月? 星かしら? 私は神様なのですが、気になります。)何だって良いのだけれど私は先生の祈りだけは拒否しますね、これだけは絶対。神様も疲れているのです。全員の祈りを聞いている時間もないのですね、来週からテストでしょう。勉強に忙しいのです、私。――そうだ、教室を砂漠にすれば先生は渇いて死んじゃうのかなっ? だから優しい私は教室を先生が死ぬまえに海にしてあげます♪ それだと先生は溺れて死んじゃうのかなあ。あのっ、順番はどっちがいいですか? 選んだほうと反対のほうを選んであげますねっ。でも死はあげないの。(ごめんなさい!)先生の言ってたとおり人間は死なないと消えてしまうのでしょうか? そこにすごく興味があるのです、私。消えないのであれば2007歳の先生が見てみたいな。骨だけになって私に死をくださいと祈る先生の姿を見てみたいのです。私、悪い子ですか? あ、でも死がなくなると本当に「我々」が消えるのであればそれはそれで見てみたいと思うのです。 (ああ、先生は鳥を追いかける燃えた青でしょう。鳥になりたいのですか? 鳥はだめですよ。先生は燃えて追いかける青。青だって太陽から逃げているのですよ。太陽になりたい人は多いので私は月で良いです。あ、月はひとつだから競争率高そうですね。どちらにしても苦しむ先生を見下ろせるから星でも良いです。そこは神様ですから遠慮してあげますね♪ 鳥だけが自由、ばさばさと好きなところへ飛んでいく、みんなはそう思っているからみんなは鳥を選んでしまうでしょうね。人気なのは鳥と太陽と月、不人気なのは青ですよ。だから先生は燃えている青。私はそれを嬉しそうに見てるんだろうなあ。ほら、先生、早く何とかしないと燃え尽きてしまうよ。消えてしまうよ。みたいに、うふふ。私は本当に先生のことが好きだなあ)  フジ―サンフジ―サン 隣の席の男の子が声をかけてくる、きみは太陽っぽいね。 眩しい。きみは眩しすぎるよ。 私は太陽とは交われないのに。 「あ」窓の外では鳥が空へと飛んでゆき、燃えた青は鳥を追いかけ 空へとのぼっていった。 私は神様なのに、 私は神様なのに、 先生は教壇のうえで「我々は隣に死がないと消えてしまうものなのだ!」と叫んでいる。 今は国語、ほんの少しの違いしかない。大丈夫、先生はきっとこれから燃えるのだろう。 好きだよ、先生、 死はあげないからね。 約束、約束だよ、先生。骨だけになって私に祈ってください。突然消えたりはしないでね。 ふふふ。と私が笑うと先生は真面目な話だぞ。と言った。太陽が不思議そうに私を見ていると、先生が青くなってきた……、 気がしない?♪ ---------------------------- [自由詩]まごころを君に、/e.mei[2009年7月20日10時04分] わたしは消えてしまった光をのみこんでおちてゆくので 海へとかえってしまう 小さな夢が微笑みながらわたしのほうに歩いてきて わたしは夢の続きへとはいっていかなくてはならない (教室で先生が小さな猫を撫でているのは夕暮れのせいだ  夜になるのがこわいので走らなければならないわたしは  走らなければならないのに  校舎のとおくから音がする  生きていたひとたちがそっと並び待っているおと  おと おと おと  窓の外が白くなって今はふゆなんだと確認したからといって  どこからが雪でどこまでがわたしなのかはわからない  さむい さむいよ) (耳の奥で猫の声がする  こぽこぽ溢れだした先生はもう見えなくなった  学校ってこわいな  こわい  教室のなかには水がなく 溺れている人も いない 今は  飛び込む水もない  流れていかないでよ、先生、 流れていかないで  ――いかないで ……)  あ、 ねえ、 ほら また猫がないたでしょう 今度は少し遠いね 終わってしまうと不思議と何の違和感もなくわたしは ひとつの光のように なりたかっただけ なんだって 知らない人には教えない 大切な秘密 教室に忘れてきてしまった光はすぐにちらばってわたしは 裂け目を探さなければならない 遅れてきたチャイム どこにいけばいいのかなんてだれにもわからないって 先生がわたしに 内緒で教えてくれた ふたりだけの秘密は 夢の続き 水の音 とぷん 夢の続きに とぷん さよならしてる ---------------------------- [自由詩]shiki/e.mei[2009年7月22日11時58分] 君は暮れ果てた記号の森ふかくで永遠と出逢うだろう 僕は知っている 泳ぐのを止めてしまった魚 そして地獄を 君は目を醒ますことなく星を抱いている 月光を 浴びながら 甘い偽善へと沈んでゆく世界から離れた幻影の欠片 星の降る夜に世界は止まる そう思ううち 眠りに落ちる *  春の晴れた日には世界の終わりがはっきりと見えてしまう。  澄み切った瞳の奥には永遠が覗いていて、 全ての言葉が意味をなくしてしまっていた。  名前をなぞる指先は季節の推移のように何処かへと向かい、 堰を切り雪崩る地獄の記憶を止めてくれた君に僕は依存する。  忘れない。何一つ。 * 「依存させてください。」 「はいはい。」 「愛してます。」 「分かった分かった。」  酔った二人は抱き合いながら横になって熟睡してしまい、  店員に起こされてしまいました。  君を、愛してる。 * 雨の日の夜に星が降る 病み衰えて死に絶えようとしている恒星の向こうに見えるコル・カロリ 光が君を傷つけているから 何もかも一切は永遠に辿り着けないでいるのでしょう 失われてゆく星星と共に沈む君の存在は 五衰に喘ぐ天人のように綺麗です 美しい夢の終わりに 記憶と溶けるダイヤモンド それは穏やかな世界の光 雨は果てなく星と星とに降り注ぎながら 君に赦されることを 待っています *  世界樹の前には一羽の鳥がいて、 君は、眠りを知らない夜の湖に身を沈めたあと微笑した。  黒雲の破綻から生じるヴェルトシュメルツ、 機械仕掛けの鳥は世界の終わりから時を打たないまま僕をじっと視ている。  星と空に醒める兆しはない。  天使飼いの少女がまとう白いワンピース、 長い睫に縁取られた大きな瞳が永遠を映す間は偽りの渇きと僕は別れる。 * 君を大切にしたい。 この言葉につけ加えることは、今のところ、何もない。 ---------------------------- [自由詩]鳴らない電話/e.mei[2009年7月23日12時56分] 教室でうずくまり光に焼かれた青みたいに小さくなって眠った子がいた 私は違う 学校が終わったら友達に黙って先生のところに行った 彼女の夢のなかで泣いていた女のひとはどうして泣いていたんだろう?…… 考えていると先生は扉を閉めて私を寝かせた 寝れば寝るほどに足元から痺れが上のほうへ上のほうへとのぼってきて もう私の全身は痺れに支配されていた。 先生が誰かわからなくなって 何かわからないものになっているって気付いたけど もう遅かった 「おちてきた ほし /  まがりくねった つき  わたしたちはきおくからはなれ ゆめのよくしつにはいる ( あかくかためられたねんど たかいうたごえ  くうきはもうそんなにすんでいない )」 さよならはいわせない 先生の右手にわたし 手を伸ばしたら 先生は遠くへと離れていく わたしは星になりたい 光に焼かれたりはしない 崩れたりはしない 誰よりも星らしくなりたい 知らない人に寝顔は見せない 教室でうずくまったりしない 青よりも青い星になると決めたから、泣かないで …… 曲がった月は教室で輝いて 彼女の夢から漏れる声が 世界にひろがっていく 猫はかたちを変えて 先生は優しく笑うけれど 動かない 何ひとつとして わたし以外は息をするばかり (――みんなだ/あのこも あのこも てんしのそばにいく  あおいほしのおくをさがして こえをそろえてうたうことを  わたしは きょひする――)  それはくるしいから  なぜくるしいかわかるかな? 「教えてよ 先生」 (ねむったこがおきるのはよる  まどのそとへと  とりがはばたいてきえる  あれが このこ  しびれてうごけないなんて  / うそばかり ) 教室のすみっこ 月が落ちてゆくときに わたしではない星が 流れていったとしても 嘘はついてはいけない って あなたも 教えてもらったでしょう 起き上がった彼女に わたしはふたたび生命と形を縫い付けてあげる わたしも先生に そうしてもらうように してあげるから ね そうすれば ほら 何処にも行けなくなった ---------------------------- [自由詩]顎なし鱒夫と俺物語/e.mei[2009年7月24日13時58分]    はじまりは、「鱒夫の憂欝」  ああ!――磯野家へと続く道! おお!――散らばった靴たちよ! 俺が婿にきた時は綺麗に掃除されていた玄関は今はどうだ? 当時の、波平の笑顔さえ遙か遠くに感じる!  仕事が終わる。さらば太陽。波平が稲妻をなびかせながら俺の肩に手をやる。「どうだい、一杯」誘いという名の強制、深紅の空が闇に支配され、立ったまま拒否でもしようものなら髪にも負けない稲妻が落ちてくる。(――俺は婿養子。俺は婿養子)「良いですね義父さん(良いわけないだろう!)」永遠から追放され、俺は地獄へと閉じ込められる。良い女はすべて波平に、残るものは波に食われた女たちの群れ。タイコ!――愛しき君よ! 俺は君に似た女を探す。あれは鳥類、あれは魚類、あれはもう……! タイコ、ああ!――タイコ! 愛しき君よ、薔薇を舐めネオンをたどり波平の満足する店を探す。「まだかね、鱒夫君」「すみません義父さん(黙れ! この野郎!)」アスファルトを登り、天国へと続く道だと信じて――って、ああ! 誰もいなくなっていく。いくつもの魔法が俺たちを誘い出す。その手にはのらない。タイコ、タイコ。タイコ! 「鱒夫君、高望みをしてもきりがないので此処にしよう」「そうですね、義父さん(俺は婿養子!)」月を前に、女の草原に眠る。今日もまた魚類。嫁の名はボンバイエ。永遠は南方に行って、死の街道をたどる。波平は汚らしい顔をして黄色い髪した女を口説いている。無駄だ、無駄だ。無駄だろう! 影の宿舎は死の道を離れない。生きる事さえ忘れさせるエラ呼吸、翼は音も無く消えていく。流れ落ちる雫。光る巨大な目から見下ろされる俺は女から離れ電話を取り、あいつに電話をかける。 「会議で遅くなる」と俺が告げるとやつは、「毎日毎日会議お疲れさまですねえ」と呆れ声で電話を切った。ああ、本当に疲れているさ。「鱒夫君! 延長だ!」稲妻が叫ぶ。陽気な声だ。俺は婿養子、嫁の名はボンバイエ、おまえの嫁はクロフネ。地獄から抜け出せず、ああ、おまえは俺の気も知らずに、俺の気も知らずに……  そして、「鱒夫の消失」  メリークリスマス!!  我が家のクリスマスは本格的だ。俺は夕飯前に子供たちには内緒でサンタの格好にされ放り出された。外は寒い、俺は庭にいる。鶏は庭にはいない(噛むな)。子供たちは俺の名も出さずに夕食をすませる。わかっていたさ、静まれ我が魂。俺は庭から永遠を目で追う(深夜までどうしよう)この家では俺は稲妻似の幽霊以下の扱いだ。何がご先祖だ。このままでは俺まで逝ってしまう。風が遠くから吹いてくる。空と俺とに裂け目をつくり、俺は現実に分散する。ああ、俺は婿養子、おや、君も婿養子? あそこにも婿養子。  しまった、幻覚がみえる。冬は終わりの季節だという、死が空から降りて来る。今日も何処かで犬が死ぬ。何処かから鳴り響く終末の歌。少し眠い。「パパはどうしたですか?」俺が永遠への扉を開こうとしていた時、ようやくタラが俺のことを訊いた。「夜遊びかしらね」サザエ即答。夜遊びか、夜遊び。ふふ。「最低……」ワカメの呟きが聞こえる。今はただ薄い窓が憎い。精霊がまた一歩近づいてくる、祈ろうか、マリア。サザエよ、サザエ、今すぐ飛び出しておまえのその髪をひとつちぎってやりたい。ああ、凍える夜に俺は最低と、最低と罵られ!  水が流れているのは川です。木がいっぱいなのは森です。蟹は横歩きです。あはは、あはあは。涙がとまらない。泣きながら俺は俺を抱きしめた、眠りはまださめないのか。これは夢だろう、俺はまだ未婚じゃないか。ボンバイエ? フーアーミー? ぼくはだれ?――俺は神を知っている。メリークリスマス!――俺はサンタ。ああ、世界中の子供たちが俺を待っている。夢は俺の手中にあるのだ、愛、それは義務。果てのない地獄への道を歩かねばならぬが宿命。乾いた血で俺はつくられている。サンタ、サンタ、サンタ。俺は騙されてなんかいない。俺はサンタ。イエス、サンタ。静かに流れる闇を見つめて数時間、俺は死神をみた。この眼の視た永遠を誰がまぼろしといえよう。浮かび上がる俺は星の群れを見下ろす、沈み降り行く千の星たち、(駄目よ。あなたはまだ此処に来ては駄目――)かあさん、かあさんなの? でもぼくもう疲れたんだ。もう眠いんだよ。(駄目よ。ほら、御覧なさい。あすこ、最後の光のあすこを)――ああ、かあさん、かあさん! ようやく稲妻の部屋の明かりが消えたよ。さあ、行こう。サブ専用の裏口から声高らかに、俺はサンタ! 「メリークリスマ――」  ガチャガチャ。 「………………」 『戸締まりはしっかりと』  俺の頭で、その台詞が繰り返し、繰り返し響いていた。  ああ、「鱒夫の溜息」  妻が教会に通いはじめた。  賛美歌のあと、晴れた空に、「神よ!」と叫ぶ。それを見た俺が笑うとサザエは腕を振り上げ俺の頭を殴った(俺は永遠を探し、果てのない道を歩く)ワカメはお正月お正月と繰り返し、カツオはお年玉お年玉と繰り返す。教会の帰り道に餅を購入するサザエ。イエス、キリスト。鳩は飛び上がり、死は侵される。俺の乾いた血を川に流し、地獄から逃れようとするのは無駄な行為だと知りながらも俺は静かに流れ、風は乱暴に吹きつけてくる。沈んでいく陽、教会からは遠く離れ、年賀状を書かなくちゃとサザエが呟いた。  落ちてくる死が雪のように見えてきて、知らない家の窓辺からは犬が顔を出している。永遠の読み方も知らないで、沈む陽に導かれた精霊は稲妻を召喚した。ああ、神よ何故ですか、夕陽に照らされる稲妻の頭。真冬の嵐か、それは地獄への炎、約束されていた奇遇。地獄への道はまだ遠い。  夜が降りてくる、冬の闇は疲れたように俺たちを包む、「義兄さん、また夜遊びかい」栗の野郎が俺の肩をつつく、ワカメは俺の顔を見もしない、稲妻はにこにこと俺の手を握る。「忘年会をしたいと言っていただろう、鱒夫君」生の椅子への離れ星、嫁は黙って子供たちを連れて行く。「あんまりよ、義兄さん」ワカメの声が遠くで聞こえる。忘年会、俺はそんなことを一言も言っていないのだが、吹く冬の風にのり永遠が遠くへと飛んでいくのを俺は視た。おお、静かに歌う、美しきマリア! 磯野家はすでに正月の準備に忙しい。ああ、すべては夢まぼろしの月の光に、俺は凍りついた唇を叩き壊す。「良いですね、義父さん」婿養子。だって俺は婿養子。  稲妻と俺は小さな店に入り、絶望の果てで俺は永遠を探した。深紅の光は稲妻の頭を照らし、行き来する女たちは優しい笑みを浮かべる。見知らぬ女に抜かれれば良い。沈む陽の死を海に落として、絶え間なく嘆く亡霊たちに守られて。その最後の稲妻を抜けば光が、光が世界を支配するのではないだろうか。静かな店のなか、まだ永遠は見つからない。  輝きのなかで、稲妻は微笑んでいる。爽やかな風が稲妻を揺らす。(飛んでゆけば良いものを)俺の隣にようやく女が座る。今日は池からの侵略者ときたもんだ。鏡だ、鏡を持って来い。稲妻の光さえ薄れる、霧に包まれた蛙の声。「麗美です」名前負けした女は座ってすぐに煙草に手をやる。客は俺なのに。客は俺なのにだ! 地獄の窓に雪がみえた。月があらわれてはかくれ、外では女たちが歌を歌っている。近づいてきた精霊は白い花をくわえて、消える。永遠よ、その影さえ俺に見せずに、ああ、静かな夜だ。蛙は煙草を吸うのが仕事らしい。稲妻は陽気に歌を歌いはじめた。女たちの拍手、声援。誰が知るか、そんな曲。消えてしまえればいい。雪は永遠へと続いているのだろう。いっそ飛び出そうか、この窓から―― 「随分と遅かったわね」  サザエが感情の無い声で呟く。見上げる空もなく、俺はただ下を見る。静かに流れる風の間に永遠の欠片を探して、探して。「鱒夫君が楽しそうで良かったよ」稲妻が満面の笑みでそう言うと皆が俺を白い目で見る。おお、神よ、私はどうすれば良いのか。泣くことすら出来ずに、ああ、俺は婿養子。逆立ちしても婿養子。「いやあ、義父さんには気をつかって頂いて」心にもないことを言いながら席に座るとワカメが「勉強……」と呟き席を立つ。ああ、窓からは月がよくみえる。雪は何処へ消えたのか、月の光が稲妻を照らし、鳥たちは皆、俺から離れて行くだろう。まだ眠りはさめない。この悲しみの夢の中で、俺は…… ---------------------------- [自由詩]ケア、される能力/瀬崎 虎彦[2009年7月25日0時01分] アケノさんはくたびれた 周囲に気配りの出来るアケノさんは 人のケアをされることに長けているが はたしてケアされることに有能かというと そうではないらしい アフリカに住むマングースの子供は 泣き声を立てて大人の注意を惹き 餌のとり方、敵の見分け方を 教わるというのだ それならば、きっと人間にも ケアされる能力というものがあり 気を使ってもらったり、話を向けてもらったり 輪の中に入れてもらったり、親切にされたり 愛されたり そういう能力があるのだし 必要なのだと考えた アケノさんは明日も早いのでと言い残して テーブルにお金を置いて帰っていった 明日は土曜日なのに ---------------------------- [自由詩]流星群/e.mei[2009年7月25日13時58分] 夢がまた落ちてゆきました いつか僕たちはまぼろしの形をした記憶のなかに沈みます 君には誰も読んだことのない本を読んでほしい うまれる星の話 海に咲いた永遠の話を 世界中の誰も言葉なんて知らない 目を開けば僕たちは明け方に消えた波みたいに たちまち粉になって消えてしまいます 光の世界のなかですべてのものと融け合いながら 千回目の死を見つめ終わる頃に 泳ぐことをやめた真夜中の魚は霧のように薄く広がってゆく 月も太陽も人間も永遠も 何もかも 沈んでばかりいますね 風がやみ 夏に雪が降りだして 君が透明になったその時が旅の終わり なのかもしれません * 「(……)ね、」 「何がそんなに、悲しいの、」 「夢を、視ること。」 * 誰もいないホーム 電車を待たせながら君を抱きしめる 星の見えなかった夜の終わりに君は何を視ていたのだろう 何もかも全てが眠りについた世界で 君の体温を記憶する 言葉は永遠のまえに消滅して 僕は空に降る光を 視ていた ---------------------------- [自由詩]水位の上昇/e.mei[2009年7月26日15時35分] わたしにはわたしが見えて、わたしはわたしに会いたかったのに母はわたしに会わせてはくれないどころかわたしには狐がとり憑いたのだと言います わたしはわたしに会いたいだけなのに、です わたしが向こうに行くとわたしの足もつられて歩きだします こんにちは 今日は雨です あのわたしが傘をささないからわたしも傘はささない これは何の罰ゲームだろう 涙が頬を伝って流れ落ちてきた あのわたしが泣いているのだろう わたしもつらいよ わたしもだよ 泣きながらわたしはビルのなかに入ったのでわたしも泣きながらビルに入る おとこのからだ わたしは泣きながらおとこの頬を撫でていた 悲しいね 悲しいんだね おとこのからだの足からは樹がはえていてビルの天井からは見えなくなっていた わたしは驚かない 知っているのでしょう わたしのことだもの わたしのわたしのこと (でもわたしの知らないわたしがいてもおかしくないのかもしれない あなたがほんとうはわたしでわたしが他の何か 何かといえば何か 狐? まさか) わたしのような色をした水が、部屋に流れている どんな色って、わたしのような色よ 座りましょう わたしの部屋はわたしでいっぱいなのだけれどわたしはやはりわたしを待っていた 天気予報は雨 変わらずに外では誰かが降り続けている 水曜日にはわたしはまるで何もやることがないような振りをして、いつもよりたくさんのわたしをみせた わたし思ってないよ 救ってあげようだなんて思ってもいない 電気をつけなさい 母の声がする歩いてくる母に踏まれるわたし わたしはそんなにいい気がしない つけるわよ 母は感情を剥き出した獣のような声で呟いた おはよう 何よ何もないじゃない 母はたくさんのわたしにまとわりつかれながら部屋を出ていった ひとりのわたしが眠そうな顔でわたしを見つめる わたしを 見つめる (わたしはわたしに話しかける あなたは少し違う あなたはわたし? わたしはあなた? わたしとはもう付き合いが長いのだろうか 彼女はわたしをもっていた) わたしはわたしの思い出の断片を集めることをしてはいけない わたしはわたしと一般的な話題をしてはいけない 三日後にはわたしはまた増殖しているかもしれない わたしは上をむきただ待ち続ける 上昇してくるわたしたちを それまでは何も言わない ラストシーンは自然にやってくるものだから ---------------------------- [自由詩]まぼろしの通信/e.mei[2009年7月27日15時37分] 此処までがわたしで 彼処からをあなたとすると あなたは夢をみるだけ夢から離れると云うことになります 行進する群れの中から あなたひとりだけが選ばれたと云うことなのでしょう 上へと還る雲たちは 何もいわないで 風に流されてしまって 永遠は無邪気に笑いながら最果てへと遊びにいってしまう あなたは空よりも向こう あなたはやがて星よりも遠くなってしまうのだとすれば それは消えると云うことと何が違うのかを教えてください 朝のやってくる時間 あなたを離さないものは永遠を知らないものなのです のびていくのは終わりを知っているものたちばかり 小さな火はより小さくなって 約束通り消えてしまう 「永遠は まぼろし」 「夢の続きのかくれんぼ」 わたしたちは始まりの朝から終わりに近づいていたのです わたしは風に吹かれ 何処かへと飛んでいってしまえばいいと思っています ――あなたはそれすらも やがてはきれいに消えてしまうと知っていたのですか―― あなたは 消えてしまう わたしは 忘れてしまう 最果てで微笑する永遠はたくさんの光をまとっている あなたがいなくなって わたしが歩けなくなった時 わたしたちの頭上にたくさん たくさんの光が降ればいい 終わりのない 永遠みたいに ---------------------------- [自由詩]ファミリア/吉田ぐんじょう[2009年7月28日0時00分] ・ 夕飯のあと 残した刺身を生姜醤油に漬けて冷蔵庫へしまう こうしておいて翌日に 焼いて食べると美味しいというのは 母に教わったことだ そういえば結婚して引っ越す当日に 母がお餞別と言ってわたしにくれたのは 蟹缶だった 昔から実家に置いてあったもので 父が出張帰りにお土産で買ってきてくれて だけどもったいなくてずっと食べなかったやつだ ところどころ錆びついていた どうしようもなくさびしくなった夜中に ひとりで泣きながら食べた あの時笑った母に手を振ったまま もう一年くらい帰省していない 刺身を漬け込んだ人差し指を舐めてみる 同じ材料同じ分量で作っても どうしたって生姜醤油は 母の味に近づきすらしない ・ 雨の降るうすぐらい昼さがり こわいものが入ってこないように 窓もドアもすべて施錠して 安心して横たわり目を閉じる もう誰も守ってくれる人はいないから この身はじぶんで守らねばならないんだ だけど こわいものはいつだって どこからだってやってくる 血の沢山出てくる悪夢を見て あ、おかあさん おとうさん たすけて と言って目覚めた 午後七時の闇が 親しげに部屋全体を覆っている しいんとした台所には 炊飯器が静かに湯気をあげているだけで 誰もいない そうだ わたしから捨てたんだ ・ お中元を実家へ持っていくのがこわい 例外なく老いた 母と兄と父と祖母の待っている家を 夫と二人で訪ねてゆくのがこわい お中元を持って行って帰ったあと わたしのいない家で みんながどれどれとか言いながら まるで宝物を触るみたいにそうっと わたしの持って行ったキャノーラ油三点セットとか 永谷園お茶漬けセットとかを あけるかもしれない と想像するのがこわい 二つ折りの携帯電話を開けたり閉じたりしながら わたしの細胞にまで深くしみ込んでいる 市外局番からの電話番号を 押そうとして でもやっぱり押さない 子供のままの甲高い声で わたしや兄や妹が出たらどうしよう と思ってしまうのだ ---------------------------- [自由詩]ドア、閉まります/吉田ぐんじょう[2009年7月28日0時52分] ・ 夜の間 やわらかく曲がりくねって 遠いお伽の国へと繋がっていたレールは 朝の光を浴びた時にはもう 冷たく固まって 駅と駅とを繋ぐ 当り前の鉄の路へと戻っている 包装紙から出したての きゃらめるのような形の電車には 几帳面な女子たちが折り紙で きちっと折ったような 白いワイシャツを着たひとたちが 絶望したような顔で どこかへ運ばれてゆく みんな完全に 起きているわけではないので 車内にいるひとたちのなかには 昨夜夢で見たのだろう おそろしい怪物をつれているひともあるし 理想の女の子にひざまくらをしてもらって うっとりと眼を閉じているひともある 遠くに高層ビルがかすんで見える あのひとたちはどこへゆくのだろう ころされにゆくのかもしれないな ・ あのころのわたしは 最終列車へ乗るのが好きだった うすぐらい車内はどこかしらものがなしく 乗っているひとびとはみんなうつむいていた 窓外には街灯が ぽたりぽたりと滲んで流れてゆく わたしもふくめて みんな幽霊みたいだった それでもひとびとは 帰るべき場所へ帰ってゆく わたしはうとうとしながら みんなすごいんだなあ なんて考えていた わたしには帰る家はあったけれど 帰るべき家はなかったから だからしばしば乗り過ごして 眼を覚ますとそこは鵠沼だった とか 眼を覚ますとそこは江ノ島だった なんてことはしょっちゅうであった 半ば自暴自棄になっていたのだと思う そういうときは改札を抜けて 明るくなるまでひたすら歩いた 海のほうへ行けば 安らかに眠れる気がしたから 潮のにおいをたどっていったのだけど 江の島も鵠沼も どんなに歩いても なかなか海にはつかなかった ・ 電車に乗ると窓の方を向いて 立ち膝で座る癖がある 流れてゆく窓外の景色はどうにも広大で きっとわたしは世界のすべてを見られない侭 死んでゆくんだろうなと思う 脱ぎ捨てた靴は不揃いに散らばって 向かいに座っている高校生が 荒々しい息をしながらシンナーを吸っている 車内は静かで みんなねむっているんだろうか 大人のひとたちが わたしたちの起きているときはねむっていて わたしたちのねむっているときに 起きているのはなぜなのだろうか 考えるべきことはたくさんあるのに わたしはどんどん大人になってしまう 自分が子供だったということも そのうちわすれてしまうんだろう 少し寒い とっておいた冷凍ミカンをはんかちから出して 大切に食べる 長い旅になりそうだ 電車はおもちゃのようにかたかた揺れながら 青空も星空も切り裂いて わたしたちを まだ誰も知らない どこか遠い場所へと運んでゆく ---------------------------- [自由詩]静かな人へ、/e.mei[2009年7月28日16時40分]  光がきみから離れていった夜のはなしをしよう。 「それは煙が濃くなり壁となった夜、                 彼女が川にやってきたあの日のこと。          (――あれは少女の涙だったのかもしれない。……)  冬が終わればおしまい。  降る雪でひかりが見えなくなってしまえばいい。                         (私は雪が見たい、)  飛んでいくものばかりだから僕も何処か、                  忘れられる夜には、                         小さな魚を渡そう。  流れる永遠、       ぼくはあたらしいせかいのひかりなのだ。  そこは彼のいないせかい、             それでもよかった?……」  夜明け前、      光は飛ぶものだから空が怒るのですと、                  彼女は橋の上で光を裂きはじめる。  落ちてゆく光の音を橋は避け、               だれもかわりにはならない。               だれもかわれるはずもない。              (――どうして、                     なんて、                      わかっているくせに――)  指で星と星とを繋げたあと、              僕は風の強い日の独立を禁止した。  いつかと同じ、       夜中に光は事故となってかえってくるのだから、                         後は飛び散るだけ。   腐っている誰かの右手に着地するための、                     ひかりになる。  僕は「悲しい。」と呟いた。                       何時だってそうだろう。  それが同時であろうと、          掬われるのが左手になるだけで、                       何もかわりはしない光。            泳いでいる魚たちを燃やすのは、                          太陽。                 きみの目指すものは、                          永遠の海。  誰かの歓喜を背に、          僕は亡霊から死の囁きを――  橋のしたには灰色の波紋が描かれて、                  神様は一枚、                       また一枚と、                           捲られる。                               風が、      僕を、  ふきつけた。    消え失せるものを追いかけない自分の愚かさが、憎い。  夜明けを待ち震えるきみは、太陽を知っているのだろうか。                         (餓えている。)                                 (――何に?)  ……寒い日に――         誰もが秋の日を忘れ――                   明けた朝のことを夢見ている。          夜明けだけは等しい――     なんて――  幻想を、                         繰り返し眠りにつく――               沈んでは浮かぶ――  終わらない夜に光は君から離れて―― 「かれは秋が苦手と言います。  彼女は冬が苦手、       ついこのあいだまでは目の前で魚が泳いでいたのですが、  かれは神様をお見かけしたことはない。               お見かけしたことはないと言います。」  ――ぼくたちは考える。            ――永遠についての、                     ――ひとつ、ふたつを。 「太陽が忘れていくものがあります。  月が置いていくものがあります。  それは、     何ですか?」 (彼女のからだには、          神様の血が流れる、                 (神様、)                     朱の、) 「――たとえば、       彼女の名は消えてゆくものです。                   それは落ちるものではない。  かれの名は其処にはありません、                落ちるものなのです、                         それは――」 「――ひかりの子、       それは神様の意志、            そう聞くたびにぼくは毒を飲むことになる。  神さま、  神さま、     彼女の星をぼくの手に、     静かな夜に開いた扉で白い亡霊たちが、     ぼくより空へと飛び立って行くのです。                    (浮遊するすべての魚が、                 真夜中へと歩いていくのを見た。                               きみには光はない。                             意志、                         ――誰の……、                           ――ああ、                      その光を飲み干して、                        ぼくはあなたに、            拒まれることを期待しているのです……)」 (かれは朝を待たず、  さかなたちを溺れさせようとしたことがあります。  少女はさかなにいくつか歌を教えていたのですが、  彼女らは、  その歌をかれに教えようとしませんでした。)                     「少女が目覚めたとき、                   隣に眠るのがさかなでなく、                       ぼくだとすれば、」  彼はそう言っていましたね。 (しかし、    そうするとかれの精神は、           さかなより深く、               眠ることになってしまうのですが、)    ――かれがどれほど少女を望もうと    かれはいつか橋から離れてゆくものです。    離れたものに少女は訪れてはくれません。    それはぼくにも言える事、    また、かれもそれを知っているでしょう。    神様の一秒、    ぼくたちの頭上ではさかなたちが自由を求めて泳いでいます。    その時は少しでも、    彼女はぼくたちに祈りを捧げてくれるでしょうか?―― 「きみは捕まえたはずの彼女の指から転げ落ち、  沈めたさかなに見られながら落ちていくことになると  わかっていながら、」                     (孤独の魚が僕を追う。                     僕は少女を追いかける。                 (誰もが長いあいだに流されて。               ぼくはいくつもの夜を少女とふたり、                     ひとつの夜が終われば、                             また、                          新しい夜が、                                  繰り返し、                                   繰り返し、) (枯れゆく緑を川へと流せば、         魚が孤独を食べてしまう。                 それはいつかの終末のかたち。)            (僕は指先を垂らして。……)         ――永遠、               永遠、                   永遠が、                        わからない―― (探した星の名前も、  古い夜の名前も忘れてしまい、  ただ川の流れる音だけが頭のなかに渦巻いて、  誰かの絶望が太陽の沈む方向へと消えてゆく。)  果てのない、闇のなかに。                    ――僕は忘れてしまった。                       ――きみの名前を、                        ――僕の名前を。                      ――哀れだろう?……                       ――哀れなものは、  すべてにかえる、                       (教えてほしい。)           (白い霧に隠れて逃げていくきみの速度を、)  流れてゆく水は何処にゆくのだろう?  色のない水に泳ぐ魚は孤独だという。  渡された孤独を僕は少しだけ舐めたあと、  七日降り続いた雨が忘れられる頃にまた、  不機嫌な少女の顔を見上げ、  僕は結ばれた星と星とを永遠と呼んでやった。                     (この永遠の姿、……)  昨日沈んでしまった太陽を誰も知らない。  遠くのやさしい少女のまぼろしをみて、  星の海へと飛んでいってしまったあの魚を、  消えていった波を追いかけていた太陽のことも、  すべて、  忘れてしまっていた――  秋の終りに降った雨は、         少女の身体を震えさせ、               魚はまた何処か遠くへ流れていった。                            どうか、              春になるまでには救われないものかと、                             僕は、                        光を求めている。  僕は、  ひとり、  冬の夢から逃れることもかなわずに、  ただ深く、  少女の眠りすらわからぬ彼は海底よりじっと少女を見つめ、  それが二度目の眠りだということも、  何も知らないまま、  ただひとつ、  失った孤独を探そうと、  死んでいく魚たちのたましいを、  追いかけ続けている。 ---------------------------- [自由詩]夏の日の夢/e.mei[2009年7月30日1時08分] 1 「――光は痛いですね。  きみは風にのれば影がなくなるのをしっていますか?  きみの記憶は焦らずに、  ゆっくり歩いていけば自然と埋まってゆくでしょう。  きみよりも地面のほうが積極的なのですが――」 「月は別人になりました。  あれでは太陽でしょう。  垂らされた糸につながれているだけで、  それを人間とすることにわたしは納得できません。  横に揺れてはぶつかっているあれの名前は何ですか?」        ――いかないで、        ――いかないで、 (みんなは忘れているかもしれないけど、あたしたちの秘密基地、あそこにはまだひとつボールがあるの。土の中に埋めた目のないボール。くるくる動く、解体される基地の下に、風に流されて落ちてきたあのボールだよ!――約束したよね!)  あたしの隣に住んでいた女子学生は甘いものが好きでした。  市の図書館で隠れてチョコレイトをもらった事があります。  それはみんなと約束した日の何日か前の事でした。  その帰り道にバスは山へとのぼり、  あたしはおねいちゃんが、「山には行っちゃだめ」と言っていたのを思い出したのですが。…… 2  あたしの耳はあたしを捨てて遠くへ飛んでいってしまった。  耳とは違って目はあたしを好きなようで、  バスからおりた後もついてきました。  その、あたしの目の前では、  大きな口をした少女が小さな指でオルガンを虐待していました。                         どどどどど、                          どどどどど、                            どどどどど、  繰り返す「ド」に、意味があるのかはわかりませんが、彼女は無邪気に笑いながら黒、をリズムよく痙攣させていました。 (黒、といえばチョコレイトを連想するね! チョコレイトがあれば、なんて思っていると、少しだけあたしの腕が黒くなった。あたしの腕は、甘くない。おねいちゃんの腕はチョコレイトみたく甘かったのかな、)  他の子たちはとっくに帰ってしまいましたが、  彼女の次があたしだと先生は言いました。  先生はあたしとオルガンの少女に興味はないらしく、  あくびをしながら外をみていました。  あたしが順番を待っているあいだに先生の指から指輪が何度も落ちていましたが、サイズがあわない事に先生は気付いていないようでした。 (「あら、やだ」と呟いては指にはめて、また落とす、の、繰り返しを、続けている先生は、機械みたいにつめたい、……)  その、視線の先は、というと、いつものように蜘蛛がたくさんふっているだけの空、なのですが、先生は指輪をはめるとまた気の抜けた顔で、その雨のカタチをみていました。  指輪にしても、オルガンにしても、それはずっと、空があたしたちを許してくれるまで、何日も、何日も、でした。 3  山の下から水が、  あたしたちのほうへと流れてきてくれた日がありました。  オルガンを待ちはじめてから何日目の夜だったでしょう。  あたしが外へ出ると月が優しく抱きしめてくれました。 (外では、たくさんの蜘蛛の死体が山の下まで繋がっていて、  先生があたしに目隠しをした。  月の光がとおくなって、にぎっていた糸がおともなく、  ちぎれちゃった。……)  出来る事トカ、  出来ない事トカ、  埋もれた記憶トカ、  なにかを、  あたし、  約束していたはず。 (あたし、  新しい世界を視たかった。  みんなが口を閉ざしてしまった世界に拘るのをやめて、  新しい世界を視たかった。  あたし、  永いあいだ遠くで響いている音ばかり聴いていた。)  なのに、  黒い腕をかじる。  甘くない腕を、……  あたしは耳を呼び戻す。  あたしは、  早くバスに乗って、  みんなのいる秘密基地にいかなくてはならないと気付いた。 4  みんなは忘れているかもしれないけど、  秘密基地にはまだひとつボールがあるの。  土の中に埋めた目のないボール、  約束、したよね。  みんなは忘れているかもしれないけど、あそこには、まだ、 (甘い、甘い、チョコレイト、 が、) ---------------------------- [自由詩]真夜中のプール/黒い太陽の光/ゆりあ[2009年7月30日1時36分] 誰かに私の思想を殺してもらいたいのです ほらそこの君、 そう前髪が目にかかって鬱陶しそうな君でもいいよ 私は自らの脚をいつも平気でさらけ出しています だって自信があるんだもの 私は交通事故で死にたいな あるいは あなたになら殺されてもいい 今夜は月が綺麗です こんな日は死んで天使たちと一緒になるのにいい日だわ 私の白い太ももにかけられた秘密と意味と思想 ロザリオにあいつの言葉が引っかかる あんたになんか負けたくない あんたになんか負けたくない あんたに私のプールの水に浮かぶ黒い太陽の光なんか見えるわけないわ 馬鹿にしないでよ ---------------------------- [自由詩]どこかの駅長/おかず[2009年7月30日1時36分] 駅長が ゆっくりと 汗をふいていた。 通るの 特急列車だよ。 ---------------------------- [自由詩]たんぽぽ/ミツバチ[2009年7月30日13時37分] 熱いコーヒーはいかが? 砂糖多めの うんと甘いの でも熱いから くれぐれも火傷には 注意なさって 午後の柔らかい陽だまりの中で 君がいれてくれたコーヒーは とても甘くて 優しい味がする とてもおいしいよ 僕が答えると 君はたんぽぽのように かわいく笑った ---------------------------- [自由詩]愛とは/吉田ぐんじょう[2009年7月31日2時42分] ・ 愛してる と誰かが呟いたので ふと思った 愛とは する ものなんだろうか だとしたら 動詞なんだろうか いやそれとも形容詞かな 調べてみたけれど 動詞とも 助動詞とも 形容詞とも 名詞とも なんとも書いていないから ますますわからなくなってしまう 花が咲くみたいなもんだろうか それともお砂糖に似ているか知ら 深夜の台所でいろいろ想像する 愛してる と呟いたひとの名前は どうしても 思い出せない ・ アルバイトの面接へ行くことになった 履歴書を持ってくるよう言われたので ひとつひとつの欄を ゲルインキのボールペンで丁寧に記入してゆく 資格の欄が少し寂しかったので 恋愛マスター準一級 と書いておいた 翌日 履歴書を見た面接官は 少し黙って 恋愛マスターって何ですか とようやくそれだけ訊いてきた 恋愛のなんたるかを学ぶ資格です 一級になると恋愛に悩む女の子に 的確なアドヴァイスを与えられます 超すごい資格ですよ まあ恋愛マスターを取得する会には わたし一人しかいませんけど と 成るべくはきはきと明るく答えた 面接は五分とたたずに終了し 引き攣った微笑みを浮かべた面接官に見送られ 電車に揺られて帰ってきた その翌日 不採用の通知が速達で届いた 何がいけなかったのだろう やっぱり 超 がまずかったのかな ・ 君がしあわせならばよいのだ わたしではなくほかの女と一緒にいたって 笑ってさえいればよいのだ 地球がかちりと割れてしまっても 君だけは生き残っていて欲しい わたしが死んで腐り果てても 君だけは永遠に死なないでほしい 孵化してゆく感情 これが愛というものですか それなら愛って なんて憎しみに似ているんだろう 苦しむ顔が 見たいよ ---------------------------- [自由詩]かげおくり/あ。[2009年8月9日22時11分] 夏の空が広く見えるのは 余計なものが流されているからだろう 小学生の頃の一番の友だちは 国語の教科書と学級文庫と図書室の空気 頁をめくったときの薄っぺらい音と 綺麗に並ぶ印刷の文字が好きだった ちいちゃんのかげおくりは 確か国語の教科書で読んだのだと思う 昭和初期、戦争時代の悲しい話だ まだ年端もいかない子どもだったわたしに 戦争の意味を深く理解するのは困難で ただ、かげおくりだけがこころに残り 自分の影を見つめて十数える それから空を見上げると 影が白く抜かれて空に上がる 友だちとポーズをとりながら 一人で傍らにぬいぐるみを置きながら 時にはちいちゃんと同じように 家族を呼んで手をつなぎながら こんなにも青くて広い空の日は 足元に佇んでいる影も濃縮され よりくっきりとした形の影がおくれる ひとなつにいくつの影をおくっただろう 友だちと喧嘩して泣きながらおくった自分の影も 走り回るのを無理やりおさえておくった愛犬の影も 煙のように空でかすれているのだろうか 泣いたり笑ったりしながら それでも繰り返し夏は来る 少しずつ狭くなっていく空を眺めていると 今年もまたかげおくりを思い出し すっかり大人になってしまった影に目を落とすのだ ---------------------------- [自由詩]あとがきにかえて/e.mei[2009年8月10日13時29分] 「僕たちは遠くの遠くの空の向こうへ行かなくてはならないのだと生まれる前から約束されていたのだけれど、」 (蠍は現実のなかから降りてきていました。  機械鳥は最後に僕か君かを選ばなければならなかったのでしょうか、  双子のお星さまの後ろで永い時間をかけて僕は、……)  記号の森のなかにある世界樹に結びつけられた時を打たない時計、 双子のお星さまが見えないと機械鳥は小さく鳴いていました。 僕が世界樹に手を伸ばしたら、 時間と云う幹から魚たちがたえず流れてゆきます。  マーキュリー、  僕には君の提案に反対する理由なんて何一つありませんでした。 僕が世界樹の涙のなかで泳いでいる魚たちの名前を うまく発音出来ないでいるから、 マーキュリー、 君は、 遠くの遠くの空の向こうに飛んでゆこうとしている機械鳥を 無視していたのでしょうか。  マーキュリー、 「コールサックのなかから永遠を見たい。」 それだけ書かれた短い手紙を君が寄越した翌日から、 記号の森には永い冬がやってきました。 言葉の雪が降る空の下で、 欠損した水仙はもう 必要のなくなった音楽に言い換えられていたのだと僕は知りました。 (君に伝えたいことがあります。) (僕は名前のない少女を抱きしめてあげたかったのです。) (今日も機械鳥の骨を見下ろして、  生命に別れを告げている少女を。) (忘れてしまうほど永い、  永い時間が経っても機械鳥の骨が埋まったままだったと云う  現実と共に。……)  マーキュリー、  世界樹に種を重ねればすぐに水仙となることを君は知っていましたね。 (ところで、  君の聴いている音楽は相変わらず天上の音楽なのでしょうか。) 僕の前では意味のない音楽たちが踊っていますが、 水仙は時を打たない時計から離れられずに涙を流しています。 それは一瞬の出来事。 君の嫌っていた世界での、 本当に一瞬の出来事なのですが。 「瞬きをしないで。」  世界樹から離れた冬の川で、 僕は少女と初めての写真を撮りました。 その日の世界は白かった。 少女を見失いそうになる僕を少女はどう思ったのでしょう。 たった一つの存在すらも留めておけない僕たちは、 生まれた日から何かを失い続けていました。 少女の髪に触れたあとに君からの手紙を開く。 知らない機械鳥は何も語らずに空を飛びました。 僕は君の言葉の意味ばかりを考えて、 僕と少女の名前は雪みたいに何も意味せずに降り続いていた。  マーキュリー、  時を打たない時計から流れてくる魚を機械鳥が食べていますよ。 機械鳥の美しい羽根が落とすものは名前だったのでしょうか。 夜明けに向かって流れる魚を食べた機械鳥は世界の沈んでいく様を見て、 また、 小さく鳴きました。  マーキュリー、 「これが僕からの最後の手紙になるでしょう。」 * (ふたつの瞳で少女を見ながら、  君はおそらく共有出来ない時間について考えていた。  少女は時を打たない時計の前で衰えた死を数えているうちに、  等しさの意味について直面したのだけれど、  蠍には必要のなかった永遠と云う言葉が、  記号の森に還ったことにより少女の視界は白い雪に分解されてしまった。) 「あそこで青白い火がたくさん燃えているよ。  火を数えていけば神様が降りてこられるの?」  少女は僕に訊いたのだけれど、 僕は答える言葉を持っていませんでした。  誰にもわからないから僕たちは記号の森から動けないのでしょうか。  君の指から零れ落ちる星星は、 光の果てを知っていたはずなのに。  だけどいつか時を打たない時計が世界樹からはなれる時には、 空一面の星が少女を待っているのでしょう、 (少女にだけ、真実を隠しながら――)  少女は幾度となく記号を数えながら終わらない光の火を見ていました。  月の光に染められた水に隠した機械鳥の骨からは何も洩れません。  死んでゆくものたちは果てのない海へと歩いてゆくばかりでした。  遠くに甦った君の姿も、 まぼろしに包まれた闇のなかに消えてゆく事を僕は知っています。  海が永遠を見つけたあとに嘆いて悲しんでいた魂は、 少女の夢を見る僕の姿だったのでしょうか。  月が隠れてしまえば夜明けの魚に群がってくる機械鳥。  彼らは今日と云う日を忘れないよう羽根に刻んでいました。  君はかつて生きると云うひとつの悲しみの終わりを歌にしたけれど、 君は結局、 僕にどんな運命が待っているというのかを教えてくれませんでした。…… (海はただ待っていた。  永遠を、  重なり合う日々を。  少女が空を見上げれば白鳥のくちばし、  アルビレオ。)  白んだ空に連れられては 果てのない夢を視なければいけなかったと、 君は言いました。  僕が何も知らないまま 永遠の海は神様の時間に達してしまい、 あとは、 ただ何処までも記号が広がるばかりで、 森の景色が変わろうとしているのだけは何となくわかりました。  世界樹のまわりを飛ぶ機械鳥は夜ごとにいれかわり、 いれかわり、 僕と少女は最後に撮った写真の前で、 空白の最果てを誓い合った。  記号のまわりではまるで天の川のようにたくさんの たくさんの機械鳥が眠っていました。  君が川に流した夜明けの魚はリチウムより美しく燃えていました。  それは蠍の火よりも美しく燃えて、 少女は永いあいだそれを見ていました。  息を洩らした火が生み出した霧は僕には眩しすぎるから、 僕たちは水面に永遠を描いて、 少女だけが、 消えていく火が霧に包まれてゆく様を見ることを許されていました。 (そして消滅と云う一つの悲しみから星星は  子供のいない星座へと還ってゆく。) * 「マーキュリー、」  今日も南十字を落ちてゆく機械鳥を見れば、 過去と云う存在を忘れてしまいますね。 僕は君を視ていたのだけれど、 君はアルビレオの光を視たと言いました。 僕は蠍に見つからないよう、 双子のお星さまの後ろに隠れます。 (何かを失ったのとお星さまに訊かれたけれど、  おそらく僕たちは、  はじめから空っぽだったのではないでしょうか、) 頭上には僕たちを見下ろす機械鳥がいて、 マーキュリー、 君はもう世界樹よりずっと向こう、 遠くの遠くの空の向こうの見えない処、 コールサックまで行ってしまうと決めていたのなら、 せめて、 名前だけは誰かに預けていってほしかった。……  マーキュリー、  冬を待たずに動かなくなった機械鳥の名前、 僕は機械鳥の名前をうまく発音できません。 機械鳥が眠る土のなかから生命が歩き始めて、 僕は約束された時間に目を覚ましました。 『ある音楽家は、  無意味を追いかけて意味を知った。』と 君は言いましたね。 君の手が星めぐりの歌を指揮していたのは、 君の視たアルビレオが原因だったのでしょうか。 埋められた機械鳥の目は燐光の川を、 見ていたようだったけれど、 君は重なり合う永遠を見つめていました。 (いつか時を打たなくなった時計が、  再び時を打つ日が訪れるかもしなませんね、  マーキュリー、  僕たちには確かなことなんて何もなかったはずですから。) 君は何もかも一切が、 時を打たなくなるのを待っているのだと、 言っていたけれど、 僕たちは、 僕たちのこと以外、 いまだに何も答えられないではないですか。  マーキュリー、  僕たちは光を通過していって、 僕たちは遠くの遠くの空の向こうに行ってしまえば良かったのです。 (双子のお星さまに行き先を訊かれた僕は、  何処までも、  何処までもゆくのですと答えたのに。) (マーキュリー、  リチウムより美しい火に灼かれた君を見失ってから、  一時間半。  プリオシンコーストに反射して崩れてくる波に僕は、  流されてしまいたいと思っています。) (流されてしまいたいと思っています。) ---------------------------- [自由詩]アレジオン/e.mei[2009年8月15日7時43分] クリームで前が見えないけれど 世界には青が降っている 炭酸を抜かないで 誰かの声を聴いた僕は夢中になって世界を振った * 勢いよく噴出した青を二人の子供が飲んでいた 子供たちは夢中になって飲んでいた さよならブルー 北十字から南十字まで転がっていったブルー 静かに眠る子供たちに青が近づいていくから 子供が神さまになって 世界はもう少しだけ優しくなれるようにした 星の場処なんて誰も知りやしない 青よりも青い場処に立って僕は目を閉じた この町の青は透明に近い青だと思った アンタレスを観測する場処は既に閉鎖されてしまっていて どれがアンタレスかわからなくなっても この青い町から見えるのは綺麗な赤だった もうすぐ秋になるのだろう 冬になれば青にかわって白がくる 青い空から青い雨が降るので 僕は目を閉じた 僕から抜けていったのは炭酸ではなくて 愛している と云う言葉だったのかもしれない * あの日の帰り道に友人がクリームに溺れて死んだ そう聞いたのは数週間が経った日のことだった 天国から降ってきているかのようなどしゃぶりの青のなかで 僕は二人の子供がかわらずにそこにいたのをただ眺めていた その次の夜もまた次の夜も ソーダはたえることなく降り続けて 二人の子供はずっと クリームに溺れながらソーダを飲んでいた * 隣町の女が妊娠したらしいと誰かが言った あたらしい あたらしい何かが宿ったのだから世界も 僕も何か変わるのだろう いつからか僕もクリームにまみれていた * 炭酸が目にしみると子供が言い出したのは今年に入ってからだ 炭酸が目にしみることを知ったのはいつからか 僕はいつの間にかそういうものだと覚えていた 炭酸は目にしみる 生まれてくる子供の目にもいつか炭酸が目にしみる日がくる 僕はそう思った 生まれてくる子が男か女かなんてのは些細な 本当に些細な問題で どうにもならないと言うのなら目を閉じれば良いだけだ そして夢を見よう あたらしい あたらしい夢を見よう そして全部忘れてしまわないか * 子供たちが去っていったのは僕の生まれた日 新しい世界の誕生もまたその日の朝だった クリームが少しばかり多めに降っていたから目は赤くなっていた 青い世界で赤い瞳が遠くの遠くの空の向こうを見ていると 無数の星屑が落ちていく ガラスの水車が時々まわって微かにクリームを混ぜている 自分にはそのクリームで前が見えないから 世界には青が降っているかどうか教えてくれと女は言った 炭酸を抜かないで 誰かの声を聴いた僕は静かに青を川に流した * 世界には青が降っている クリームで前が見えない ---------------------------- [自由詩]アナフラニール/e.mei[2009年8月22日20時06分] 頬がストロベリィジャムの女の子が生まれた日にはたしか 僕は君とあたらしい世界について話していた その日が何曜日かなんてのは僕たちにはどうでも良くて クリィムを混ぜている水車を見るとその先には 誰がつくったのかお菓子で組み立てられた家がたっていた 僕と君にとって今日と云う日は特別何も変わりのない一日で ストロベリィジャムの女の子とは何の関係もない 僕たちはただ 現在の世界の不満を口にしながらアイスクリィムショップに行った そして君がチョコチップのアイスクリィムを買ったあと 僕はチョコミントのアイスクリィムを買って その店にいた少女が僕たちの横を抜けて店の外に出ると 星の子供は永い夢を視ようと目を閉じた 前の世界からあたらしい世界に移った際に上昇を始めた水位は 今もなお上昇を続けるばかりで いつかは此処も水のなかと呟いたのはどちらだったのか 僕は覚えていない 僕と君はこれと言って嬉しい記憶もなく 楽しい記憶もないアイスクリィムショップで少しのあいだ お互いの記憶を重ね合っていた 夏のあいだに終わってしまった世界で君が 淡いピンク色した蝶々のまぼろしを視たことがあったのなら ようすいに沈んでいった女よりも少しだけ多いチョコレイトが君へ 話しかけてくるだろう ばいばいと言ってはいけなかったんだよと言ってから君は その言葉自体つくられるべきではなかったのにと続けた 川を静かに流れているのはブルー 僕たちはそれ以降何も言わずに上昇を続ける青を眺めていた 閉鎖されたアンタレスの観測所が遠くにぼんやり見えていて 空では季節はずれの蠍が心臓をさがしているのだけれど 覚えているだろうか 君が初めてアンタレスの観測所から空を見上げたあの日のことを あの時に泣きながら言った君の言葉は謝罪の言葉だったのだと あたらしい世界になってから気付いた ソーダによって洗浄された世界に生まれた ストロベリィジャムの頬をした女の子 降ってくる祝福の言葉を受け入れる彼女のジャムは蠍の心臓より 朱い色をしている ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]帰路/夏嶋 真子[2009年8月24日11時19分] 夕暮れの風が民家の風鈴を鳴らし、 茜色のまなざしで今日をねぎらうように、わたしの頬を撫でてくれる。 その涼しさに、ほっとして深く息を吐く。 庭先には、萎れた朝顔が脱ぎ捨てた服のように垂れ下がり、 その隣では明日の蕾が夢の中。 お向かいの家では、夏の名残りの薔薇が白い花びらを黄昏に染めている。 思えば、花々の多い町だ。 多くの家々が、緑や花で彩られ 鮮やかな花とそれを育てる人の心の、アーチを潜るような道を歩く。 公園からは蝉時雨。 昨日までとは違う力ない蝉の声に 季節がうつりかわるその瞬間を感じて、寂しさがこみあげる。 夏は今日で、終わるのかもしれない。 商店街にさしかかる。 塀の上でいつもの猫が、 「また、おまえか。」 という顔で私を見下ろす。 「教授」とわたしが勝手に呼んでいるどこかの家の飼い猫。 本当の名前はぴょん太だということを、近所のこどもたちが教えてくれた。 (ぴょん太教授、携帯で写真を撮るのもこれが最後です。どうか元気で。) 声に出さないひとり言がついつい長くなるが 猫は素知らぬ顔であくびをしている。 記念撮影を無事終えると、お腹の虫がなる。 甘くて香ばしい匂いにつられて鯛焼きを買った。 店のおじさんと、 「たべるなら頭からか、尻尾からか?」 そんな他愛ない会話の中で、今までどれだけ笑顔をかわしたことか。 どれだけ、おまけしてもらったことか。 その先の鰻屋から出てきた老婆と息子が、なにやらもめている。 「かあさん、いいよ。オレが払うって。」 「いやいや、あんたは今度、家族に食べさせてやんなさい。」 「いいよ、かあさん…。」 なぜだろう、そんな光景が鼻の奥にしみて泣きたくなる。 この町に移り住んでから、建物に切り取られた狭い空に 呼吸が苦しくなることがなくなった。 びっしりと密集した建物と電線の隅間に浮かぶ、 乱雑な空の形には、人が住んでいるから好きだ。 この空も、この道も、この町も本当に好きだった。 どこにでもある当たり前の帰路の途中で どれだけの想いをあたため、 どれだけの苛立ちを空に放ち どれだけの悲しみに震えたことだろう。 けれど、これが最後の帰り道。 もう二度と歩むことのできない帰り道。 明日、わたしはこの町を出て行く。 町の隅々までを記憶の箱庭にかえ、 ちっぽけでいとおしいこのてのひらにのせて。 ---------------------------- [自由詩]信号/小川 葉[2009年9月10日3時26分]     交差点でおもう もしもわたしが信号だったなら 赤で人は止まるだろうか そして青になったとき 人はわたしを通過して 行ってしまうのだろうかと 青に変わって 信号待ちの人が すべて渡ってしまったのに 向こう岸で ぼんやり考えごとをして 点滅する青信号に あわてている あれはわたしだ 赤に変わると 立ち止まったまま 行き交うもののすべてが わたしになって ここにしかない今を 存在させてしまっている     ---------------------------- [自由詩]世界の中心でアイを叫んだけもの/e.mei[2009年9月12日10時02分] (終わる世界、) (青い鳥が空へと流れた、) ようすいに集まった子供は暗くなるまえに家に帰る こころのかたち、人のかたち、 雪を知らないアマリリスを神さまと見間違えたと知らずに何人かは 海のなかに沈んでしまう 嘘と沈黙、 /のなかで 黒い雲から祈りの雨が降って 星の海で漂流するわたしの目をあなたが 食べてしまえば、 鳴らない、電話、 /に、わたしは祈る あなたを見つけなければ百の名前は意味を喪ってしまうのだけど わたしはただもらうばかりで 月の光がいまも みえない、 子供たち、 沈んでしまった子供たちは知っていた、 見間違えた神さまを追いかけていたことを わたし、 忘れてはならない アマリリスは沈んでゆく子供に言葉を渡していたことを、 夜の霧で見えなくなった神さまのことを、 あなた、 終わりを願うのをやめてください 最果ての空に雪が降る、 ひかりは 夜にあかいあかいアマリリスを視た 太陽の欠片、 死に至る病、そして、 あなたは 星に生まれた子供を知っていますか わたし、 空が死んでしまった悲しみから あたらしい誕生を拒絶して落ちてゆく、 わたしは時計の針を進めたいので ちくたく/ちくたく、 誰かが遠くで沈んでくのをみていた それは神さまではなかったらいいねと、 子供たち、 私の願っていたまぼろしの通信をする さよなら/またね/ばいばい、 いくつもの夜を経てもあたらしい朝は やってこない、 (動かなくなった子供は海のなかで  創りだそうとする  新たな言語を、  消えてゆく時は上昇する水位に怯えて逃げた大人たちへ、  Air、  太陽が見えなくなってから咲いたアマリリスが忘れられない  あなたは永遠ばかりさがしている、  静止した闇の中で、  子供たちは流れるひかりを飲もうとしている自分に気付く  堆積する負の感情に  ひかりをうしなったあの星の名前を、  見知らぬ、天井、  /を眺めては思う  みんなみんな忘れてしまったと、  溺れてしまう子供たちもやがて何も遺さず消えてしまうのだけど  あなたもいつかは沈んでゆくものだと知ってるわたしは、  せめて、人間らしく、  /と願う。) マグマダイバー、 奇跡の価値は、 夏に降る雪のなかで音もなく育っている 追いかけてきていた時間の終わりに あなたが眠り続けてた理由を問う 最後のシ者、 生きているわたしたちの言語の終わり わたしは落ちる 青い鳥と離れ 星の海へと、 (Fly me to the moon  /おめでとう、) ---------------------------- [自由詩]終わる世界/e.mei[2009年9月14日13時49分] 「つよいかぜのうしろでうまれたちいさなあわがいます。  あのこはけさそらへとのぼっていくゆめをみたそうです。」  きえていくあわをとおくにみながらのぼってゆくのです  生きているあいだにどうかこのせかいを崩して下さい  少女は名前を喪ったあと人形の背中に凭れながら呟いた  少女はこれから終わってしまったせかいいちめんに  あとがきを書かなくてはならない  僕はきっと星のかずを数えながら自分の名前を忘れてしまうまで  此処にいるのだろう  音のないせかいに光がひろがっていく夢を見たのだけど  すでに存在を失った何ものかの声がきらきら光っていた (陽のない泉に流れているあおいろの名前をした誰かさん、  あなたは生きるという行為を何よりも嫌っていますね。  少女はとても元気ですよ。  せかいがなくなるまであの子はあとがきを書きますから、  双子のいなくなった双子座の宮で眠っていてください。  目を覚ますまでにはきっと明日をむかえていますから。)  ひかりがない     いつの間にか雨が忘れていった光が消えていた     僕が首からぶらさげていたあの子の名前もなくなって     またひとつせかいの足音がとおくなってしまった  人形の右足は砂にさらわれて暗いところに消えてしまう  時計台に立ったかぜが三度目のあくびをするのを待って  時間どおりにはじめる  約束されたせかいの結末を  下から上へ  喉から唇へ  親から子へ  あの子の終わりを決める為の合図を僕は待っている  ちいさなあわは露の降りかかった小さな木々の中から空へと  のぼってゆく  僕が少女の横顔をながめると  少女はせかいの夢をみていた ---------------------------- [自由詩]落日の骨/e.mei[2009年9月23日12時36分] 「僕は生まれるまえから窓のない部屋に住みたかった。  落日の骨は終わらない記号のなかに消えてしまった光の海へとかえってしまう。」 君は自分を求めない問いが何番目にあるのかを知っていたのだと思う 双子のいない双子座を光が通り過ぎて 上昇を始めた水位のなかで泳いでいた魚を 君が愛した男が見つめていたのは偽りの記憶であって 夜になるとそれが証明されてしまうから逃げなければならないと君は言っていたけれど 遠くから流れてくる記号の成分は落日の骨にちょうどあてはまり 生きていた人間たちが並んで待っているあいだは 帰れないという答えに向かって 問題を解き始める 何処からが記号で何処までがわたしなのかはわからないと 独り言を言ったあと 君は僕を拒絶した 双子のいない双子座という新しい記号のなかには水がなく 溺れている人間がいない 僕の部屋に窓がない理由を僕は知っているのだけれど この部屋を出ていっても流れてしまわないで 君にかえってきてほしいというのは僕のわがままだろうか *  君をうしなってから一年が経つのだけれど、僕は君を失ったのか喪ったのかまだわかっていない。当たり前という言葉がどの記号よりも大きくて、僕は何も考えずそれに甘えてしまっていたのだと思う。またがないことをわかっているのだけれど、僕は君との、またという時間を計算することをやめない。 だから教えてほしい 別れという結論に達した落日の骨が放っている光に 違和感がなかった理由を 僕は一人の夜に目を覚ましては後悔している 僕はなんだって窓のない部屋なんてものをつくってしまったのだろう 扉が開かれた時に侵入する光は窓のない部屋にすぐ散らばって 廊下では 上昇する水位に逆らいながら魚が深く深くに沈んでいる ---------------------------- [自由詩]秘密/梶谷あや子[2009年9月24日23時14分] 寝間着からもれてくる水のにおいが 夜をかけてゆく つるつると甘皮をはぐ物音も 虫がしんと鳴くともう閉じてしまって ぼくは波紋に収束する ことばの様だ 電気じかけなのに くらやみが本の頁を捲るように 躯の奥まりのことばかり夢にみている ずっとそれが恥かしいのだ ---------------------------- [自由詩]終わる世界/e.mei[2009年9月29日13時49分] ひとつのメルヒェンが世界を往復するあいだに 路地裏の女はひらがなで大きく書かれた しなないという文字を 街の中心地へと押し出そうとしている (光の海で星と泳ぐ少女の物語も日が暮れる頃には薄れていく  六月に生まれた少女は冷たいという感情を  知らないまま大人になるのだろう  毎日僕は誰かに送る最後の言葉をさがしているのだけれど) 一言目にはしなないと言ってください 路地裏の女は目を伏せて言った 仕組みなんて誰も知らないと続けたあと彼女は祈りを捧げた まっすぐに切り取られた世界の上では少女の種子が芽を出している  ひかりがきえる   ろうそくのひがきえるとみんな    しんでしまう     まるでえいがみたいだとおもいながらぼくは    しにんのやまからあるきだしてかみさまのみきにもたれかかる   ろめんをはしるでんしゃをささえるしょうじょといっしょに  ひをけさないようにおわりをみとどけましょう * 一人ですか? 此処にいるのは僕一人だけなのですか? 廊下で目を覚ました僕は世界の神さまに訊いたのだけれど しがもう過ぎ去ってしまっていたことを僕はすでに知っていた またがもうないことも僕はすでに知っていた *  酷く眠くなってきた  六錠ほどの睡眠薬を酒で飲んだ僕は良い気分になって  しさくを中断することに決めた  まるで子供みたいに少女に抱きしめられて僕は少しだけ眠る これで終わりだよ 風が白く見えるところ 世界という負の堆積の崩壊が始まる 通りに雨は降りしきり 終わりの終わりのそのまた終わり そして僕はゼロになる 終わりをむかえる ---------------------------- [自由詩]終わる世界/e.mei[2009年10月29日20時18分] 10月27日 曇 僕は数を数えるのをやめた 「僕はハルシオンになったみたいだ」と に言った  は腕を縦に切ったカッターを机に置いて力を込めた 「おけちゅるゆりかりゅ」  はもう何を言っているのか判らないと云った風情で壁に凭れ掛かり血の泡を噴いた 「ひゅー ふひゅー」 僕は白黒テレビを見下ろしながらハルシオンを三錠のんだ 「あたしたちのことをお母さんはどう思ってるのかな?」  はだらしなく流れる腕の血を舐めながら言った 空気はひんやりとしていた 僕は手に残っていたハルシオンを全部飲んでしまった 「訊かなわからんよ」 僕が無表情で言うと は寝転がりながら 「ならお兄ちゃんが訊いてよ」と返してきた 「僕が?」 僕はそう言いながら の止まらない血の海を見た これはどう扱われるのだろう  が死にでもすれば やめたやめた 僕はその日の夕食をハルシオン五錠ですませることにした もう日暮れが迫ってきている  は死んだような顔をして 明日という路線に転がっている 僕は誰もいない部屋で棒線の雨に打たれながら またひとりけがれない少女を殺してしまいました ぼんやり光る瞳が見えますか あれは柚子の瞳です 涙が流されていく河の果てには 白いワンピースが飾ってる  ――きこえますか 柚子  ――きこえますか  ――きこえますか 僕の殺したたくさんの子供たち 青い鳥のつつくアルファベット A 神様なんていない ---------------------------- [自由詩]終わる世界/e.mei[2009年11月6日13時01分] (この世界にうまれなかったすべての記号たちに  琥珀色した光りが届いたなら――) /星が瞬きも忘れて /死を視ている 世界の空が薄い琥珀のように潤み始めた頃には残されたのは 僕たちだけだった 青白く光る夜の岸に白鳥がとまる 静かな人の祈りの歌が聴こえてくるまでには僕も死ななければならないのだと僕は知っている 蠍の火に焼かれて この夜はふけるばかりで 太陽の姿は久しくみてない / みんな何処へゆくのだろう 僕には知らないことが多すぎる 日々は泡のように消えてゆく 僕と云う記号を遺して 消滅を繰り返してゆく / 僕は雨の降る音が屋根を打つ南通りで白い犬の死体を見つけた 君は濡れた唇から僕の空っぽのお腹に向かって言葉を投げかける 窓のない部屋に隠れている少女の名前 雨の日に禁止された独立は星の瞬きと共に消えてしまった 春の雪を拾った白い犬はこの世界をすくうためにここで 死体をさらしているのだろう 君という記号が上がったり下がったりしている理由を僕は知らない けど僕という記号とならんだ時には写真を一枚撮らせてくれないか 誰も知らない世界の終わりの 写真 (青い記号は鳥になって  空低く飛んでいってしまった) あの日君は何もない世界で唯一の記号だった そこに僕はいない あれからそこには君ではない誰かが訪れたのだろうか いつの日にか 今日という記号の終わりには琥珀色した光りが降る 夜に流れていく青い鳥 窓のない部屋 風のない日に禁止された独立の意味 今日も永遠が永遠に終わらないかくれんぼをしているなら 早く終われよ 世界 ---------------------------- (ファイルの終わり)