番田 のおすすめリスト 2009年6月28日9時32分から2013年7月1日21時49分まで ---------------------------- [携帯写真+詩]セピア色の未来/オリーヴ[2009年6月28日9時32分] 世界は円で完結する 民族も 思想も 姿かたちも 些細な異差の 凝縮された拡大 あなたのどこかが もしも欠けてしまったとしたら 誰かと 手をつなぐとよいのです まろやかに まろやかに 明日が まわりだすのです ---------------------------- [自由詩]ある日の夏、水の爆発/あ。[2009年6月28日23時00分] 暑さにうなだれている名も知らない花は 剥がれかけたマニキュアと同じ色をしていた 使われているひとつひとつの配色が くっきりとしたものばかりなのは何故だろう まぜこぜしないのがこの季節で 曖昧さを好まないのがこの街なのかな ペットボトルのミネラルウォーターだけが 唯一色を持っていなくて 透けた液体は染まることなく勝手気ままで そんなことにふっとこころがゆるくなる 前から歩いてくるサラリーマン 営業の途中かな、スーツが暑そう ポケットからハンカチを出して額を拭っている アイロンの線が少しだけ柔らかく歪む きちんとした奥さんなのだろうね 赤信号で自転車を止める みぎとひだりの時間も止まる 目の前を通り過ぎる何台もの車やタクシー 運転手の顔などいちいち区別はつかない 表情もひっくるめて流れる風景の一部 止まっている間に喉が引っ付くような乾きを感じ 前かごからペットボトルを取り出す キャップを開けようとした途端に信号が変わり みぎとひだりの時間が再び動き始める 流れに乗ろうと慌ててハンドルを握りなおすと ペットボトルがからからと音を立てて下に落ちた 飛び散った透明はほんのわずか時間を止める 再び動き出したとき、通り過ぎる人に軽くにらまれる そんな視線をひしひしと感じながらも コンクリートを黒く染めた液体に動けなくなった もしかしたらこの水は実は時限爆弾で 役目を終えて燃え尽きて黒く染まったのかしら 梶井基次郎の檸檬みたいな妄想 あのせかせかしたサラリーマンに教えたら良かったかな 教えたところで使わないのはわかっているけれど うっすら赤い爪をいじりながら思う、夏の午後 ---------------------------- [自由詩]鳩砲/佐野権太[2009年7月2日9時50分] 僕たちは行進する 雨と雨と雨の合間を かなしみの残る青空に バシュポン 圧縮した空気は開放され 白い弾丸は 砲の初速を逃れた彼方で 小さな羽を広げる あの 遥か積乱雲と日輪草の 見つめ合う辺りに バシュポン 風を掴んで 誘導弾のように 大きくスライスしてゆく ジャミング 大変だ、鳩が詰まって ぐるぐる鳴いているよ いけない、いけない 点検を怠るな 僕たちは前進する 草と草と草の隙間を 指を切るなよ ああ、いわんこっちゃない 衛生兵、衛生兵 バンドエイドを持ってこい * やあ、ついた 丘の上のトーチカ 見ろよ これが三日間戦争の残骸だ 覗いて見ろよ 貫通した銃弾の穴から 射し込んだ光が 小さな花を育てている 僕たちはいま この軟らかな砲でもって 互いの心臓を愛撫する 咆えろよ、鳩玉 バシュポン できるだけ爽やかな角度で バシュポン ここがいちばん 見晴らしがいいんだ ---------------------------- [自由詩]グローイングモーニング/唐草フウ[2009年7月3日5時28分] ほとんどのことは なんてことないんだよって どうにかなってくんだって 教わったのは 病院の、ロビーで泣きじゃくるわたしに。 無言で母はわたしが立ち上がるのを待ってくれたね 何時間も 根気よく 歩けるようになるまで いまを考えないとね 先のことばかりじゃ 不安まみれになっちゃうからね 教えてくれたのは 教育委員会の、おじさんせんせい わかれはつらいけど この壁をのりこえて行ける いつかわからないけど そういったのは むかしの担当医 ああ、また 朝が来るね わたしもあなたも生きてるね ねる前に感謝のじゅもんを 言うようにしたんだ 今日もハッピーでした、って。 すべてが今日につながっているんだ 言えば薄っぺらくなるから 家族は言わないけど わたし、何回来る空も朝も だいすきなんだ ---------------------------- [自由詩]家族/たもつ[2009年7月3日17時46分]     ○父 窓から庭のブランコを 眺めることが多くなった あれにはもう一生分乗った と言って 時々体を揺らす 背中が 押されるところではなく 支えられるところとなってから久しい ○母 美味しいのは音でわかる、と スイカをひとつひとつたたき 一番良い音がしたのを買っていく 後には粉々になったスイカが散乱し 甘い匂いとともに 短い夏は始まる ○兄 深夜、起きだして 大好きな人のために ひとり 腕立て伏せをする ○僕 これでも昔はもてたんだぞ と自慢したりするけれど 今でも満員電車が苦手で 人に足があると踏んでしまう 蟻などは 必要以上に潰さなくなった ○弟 外野フライを どこまでも追いかけたまま 春の河川敷から帰ってこないので 未だに図書館から 「宇宙戦争」の返却依頼がある ○妻 名付け親でもないのに 一番僕の名前を知っている人 そして僕が 決して名前を忘れない人 あなたを知らない人生より あなたを知っている人生の方が ほんの少し長くなった ○家族 世界で一番小さい、さびしさの単位 ○娘 鳥にいじめられて 部屋の隅っこで丸くなってる それでも絵を描くときは 鳥のための 青い空を忘れない ---------------------------- [自由詩]明日の海 /服部 剛[2009年7月3日18時41分] 若布(わかめ)の疎(まば)らに干し上がる  六月の浜辺を振り返れば  今迄歩いて来た僕の  たどたどしい足跡が  霞がかった岬の方まで  延々と続いていた  あの岬の幻は  未来なのか、過去なのか・・・  浜辺に膝を抱えて坐り  繰り返す波音の響きに包まれ  今日という日の時さえも  ぼやけて来る  六月の曇天の下  一面にざわめく鉛色の海  独りのサーファーが危うい姿で  両手を広げ  板の上に、立っている  遠くに聞こえる踏切の  音が止み  左右の  長い棒が開くとそこは  幻のサーフボードを抱えた人が  透き通った門を潜り  足を踏み入れる、無人の浜辺  幾度、波間に溺れようとも  板を掴んで、這い上がり  両手を広げ  波の上に立つ  あの瞬間を、夢見る者の  目の前に広がる 明日の海  ---------------------------- [自由詩]タッピング・ラップトップ・ブラトップ/mizu K[2009年7月3日20時10分] 雨にぬれたのがよいとかいうので 幼生のわたしは こころみにしずしずしとしと歩いてみます あ、あの日 膝の上がかっかして 上気したほおが 染め抜いたゆうぐれの タップダンスの足が こんがらがって 水がしたたるのは 髪の先とかがよいのでしょうが よだれかけをしているので 色気もかけらもない おじぞうさまと ふたりして雨やどりしながら おじぞうさま、むかしはあなたも女の子だったんだよねーとか そんな会話をしながら いつか あのおねえさんみたいなのを着るんだと 扁平なこころにきめて ---------------------------- [自由詩]短冊と落とし文月/透明なラーメン/海里[2009年7月3日23時51分] ビルごとの風鳴りを聞きながら 青い空に思う ラーメンが食べたい スープも麺も具も 全て透明なラーメン もちろんラーメンと名がつくからには 美味しくなければいけない ありんこリリー、教えて そのためには何で出汁をとればいい 透明なラーメンなんて 本当は人間のレシピの中にはないんだ 昼行灯仕立てのヒトでいっぱいの 立体人体交差点のど真ん中 中空にまでも言妖が 駄文爆弾を配ってる 書くための規矩はいつも 致詩量に足りなくて それでもけれどあれが 透明なラーメンの作り方だったらいいのに  短冊と落とし文月 ---------------------------- [自由詩]六月の卵/salco[2012年6月17日23時58分] 冬の雪夜を仕舞っている 夏の波濤を想っている 儚い薄い殻の外 ひとむれの皐月の襤褸 うぐいす色の花粉を肢に マルハナバチ 咲き残りの蜜を尋ねて回る それも昨日のピリカの国へ 曇天の下たれもなく今日は ほら雨粒が 今しも白の殻に落ちる お前は涙を知らなかったね ついぞお前は割れもせず 厳冬の斉唱 盛夏の遺失 ---------------------------- [自由詩]ふうすけ/あおば[2012年11月12日8時51分]              121112 輪切りにされた風景 などくとどくがが 買ったばかりの風景に溶け込んでは ふうすけと鳴る ふうさくになり損ねる ふりんとうのうこんの色は 目を焼き焦がし 半透明な褐色を塗りたくる うるしにかぶれた孤児たちを 叩きのめしてうっちゃる男達の痩せた背中に落ちかかるなどく どくがふうの昆虫の鱗粉がふうすけと飛び回り ふりんとうのぐるりを取り囲んでいるから 囲繞される食欲不振のテリトリーを俯瞰しては 心地よい風を通す鬱金の色に見とれている あなたはなどくと言い張るのね だからわたしはふうすけと言い返すのよ ---------------------------- [自由詩]北風/salco[2012年11月27日23時13分] 冬の季語は陽だまりの猫 私は三匹の寝子の母親だから 人間だけどまどろんでしまおう 北風の中を歩いたところで ろくな事はないよ みっともないほど着膨れしてても 身ぐるみ剥がれた樹分でみじめだ 冬の季語は電線の凧 あれは死骸のメタファーだ 磔刑のキリストや 「奇妙な果実」を思わせる 空に高々揚げられて 風にパタパタ踊らされている ポケットに手を突っ込んで一瞥した人達は 忘れぬ内にと喋った後で 皆忘れてしまう ---------------------------- [自由詩]遺産/salco[2012年12月6日23時17分]  目には目を  歯には歯を タカ派のネタニヤフを選んだ時から この基本方針の底上げは決まっていたことだ  目ん玉1ケにつき10ケが100ケに  歯1本につき建物1棟が1街区ごと吹っ飛ばすに 防戦にしちゃ血の気が多いこった 「攻撃は最大の防御なり」 なぜ自分らが パクスローマ時代のディアスポラと ドイツ人がしでかしたホロコーストの尻拭いをさせられるのかと バルフォアの寝言に抗い続けた土民どもが 恵んでやった荒れ地にも満足しないのなら 沈黙と恭順を返すまで生殺しにするしかない 和平合意とテロリズムのローテーションにうんざりの これがイスラエル国民の総意だろう ガザはワルシャワゲットーの蜂起そっくりじゃないか 誰も助けに来やしない 中近東随一の軍事大国が 聖戦などとアツい少数民族と違い 史実だけを根拠に居直るのは 人の子が父呼ばわりした自分達の神が 人の子の信徒の世界で何の護符にもならなかったことを 彼らが身を以て知って来たから 祖国を持たぬ移民がどんな扱いを受けるのか 異民族蔑視の先でどんな目に遭うのかを 歴史を以て知って来たからだろう で、神とモーセの契約については金曜の食卓と シナゴーグでのみアツく語られている お手手つないで共存共栄? 居候の軒先から陸の孤島に戻り来たユダヤの子孫は 異民族に統治を許せば国がどうなるかを「経験」済だ そしてローマやビザンチン帝国の紆余曲折と今を知っていながら 死海文書の地名を掲げて国家再建を正当化する 世界の誰もが アステカやインカ帝国の(曲折あらばこそ、な)今を知っているから この論理に整合性が一体あるのかをわかっている  北海道が今さらアイヌ民族の独立国になるか  太田道灌の子孫に皇居の返還請求権があるか テレビの前で耳掻きの日本人もわかっている ユダヤ民族の歴史はある種 同化を拒み徹した自尊心の悲劇ではあった が、イスラエルの傲慢に米軍や国連軍が介入しないのは その建国が未曾有の虐殺の上に成り立つからで その印蘢を前にしては 彼らの自己正当化を看過し続けるしかないのらしい 近代いや人類史の最大汚点 その首謀者ヒトラーは悪魔の化身でも狂気の代表でもなく 根深い反ユダヤ主義の土壌が育んだ理想的指導者であったに過ぎない その負い目がヨーロッパ各国と合衆国に共有されている だから被害者という歴史的立場を楯の野放図な加害 この図式にいつも情状酌量が働く 全く、総督には足を向けて寝られないイスラエルだ それでいて一網打尽の民族浄化には踏み出せない、この延々 う〜ん、総督が頭から離れない ---------------------------- [自由詩]性/salco[2012年12月10日0時19分] 体臭は毛布のようだ 男臭い布団はそれだけで暖かい 男にとっては逆だろう 遠い子宮の記憶を辿り 疲れた胎児は体を丸めて 全てを忘れて眠るのだろうか 女の体の匂いの中で 私には子宮より 父の腕の中にいるようだ 男の体臭は懐かしい所へ私を運ぶ 遠い日の幼児へ還す 私はその中で小さく小さく丸くなり ほてった頬で無我の至福へ落ちて行き 一面の笑いと光の中に浮上する 男はきっと 私にとって失われた父親なのだ ---------------------------- [自由詩]ウェイトレスの娘/salco[2012年12月16日23時17分] 娘は 今日も一日家にいた 年を取るのは嫌だ嫌だと言いながら 母親は水ぶくれの手で 何種類ものクリームを塗ったくっている 客の食べ残しを載せた皿を今日も洗う為 にせ鰐皮のバッグは椅子の上 鏡は時計よりも正直に 残酷な今だけを映している コーヒーを飲み過ぎた母親はとうとう 永年不眠症の口うるさい亡者になった 投げやりな険しい顔相のトーチカで 眼だけが執拗に娘を追い回す 割れ皿のこすれ合うような声で 娘に人生の調べを聞かせている  こういう男にはこういう注意をしなきゃ駄目 すっかり黒ずんだ顔を入念に塗りこめながら 母親は数々の警告を与え続ける だから娘は家にいる 一日じゅう、一年じゅう家にいる 窓辺に置いた鉢植のように 蒼白い顔を弱い陽光に向け 鳥である自分を想像している 歩いた事のない足で空を舞い 堕ちた事のない体を雲間で遊ばせている 母親の自慢の種の 絹糸みたいな長い髪を埃だらけの床まで垂らし 小さな円椅子の上で微かに体を揺すっている 空と触れ合う安アパートの最上階 窓辺の籠の中 ---------------------------- [自由詩]徒刑/salco[2012年12月24日23時13分] 高い高い塔の上 いにしえの鎖の枷のその先に 脱ぎ捨ての襤褸と見まごう 汚物まみれの女の転がる まだ生きおるぞ ひび割れの口ぱくぱくと 慟哭、悪罵も枯れ果てて 面影に爛れの眼から涙を流し 潰れた胸から幽霊のよな 仄白い息吐くばかり 石畳温め寒気に凍る そうこの女 いっかな死なぬ 聖母と呼ばれたこの女 果報ばかりを産まされて 血まみれ胞衣の点々と 弔い鐘だけ聞かされて 諦めたとて忘れ得ぬ 悲痛の裡に気が触れた それで聞こえも閂を掛け 海の轟きするばかり 高い高い塔の下 国と国とは覇を競い 人と人とが威を示し 電波の空を縫う戦闘機 砲弾が落ちミサイル抉る 火柱上がり地が震え 風に舞うやら廃墟となるやら 女には聞こえない 瞼うらの 今日も吾子が殺されただけ  儂の子が 儂の子を 時を戻せ命を返す うねり逆巻く海の轟く ---------------------------- [自由詩]振り子/salco[2012年12月26日23時19分] ゾウのすむ森 という名の運動場 いちばん小さいウタイは 頭を振っている 振り子みたいに夕暮れ時 歩いてやり過ごす二頭をよそに 空中に鼻をしならせ 耳朶で風を鳴らすよう 右に左に頭を振り続ける 顔がキツネでチーターより美脚な タテガミオオカミは四角い檻を ぐるぐるぐるぐる イヌの胎児が巨大化したような コビトカバは四角いプールを ぐるぐるぐるぐる 生態展示容器の中 能動の拘縮を生きる ヒグマは強化ガラスの小部屋に寝そべり 鼻孔を壁の隙間につけては ブシューー!!! アレンジメントなき環境で アレンジメントなき反復を動作する 高塀の向こうからしきりと アティの鼻先がメス達を嗅ぐ ウタイは振り続けている 齢近のスーリヤは知らん顔 右耳に小穴のある 大きなダヤーが近づいて行く 横腹に額を軽く押し当て それから並んで寄り添ってやる ウタイはやめない ダヤーは離れ、周回に戻る 時計回りに二周 反対回りに一周 返して一周 今度は仕切りの鉄扉へ直進する ぐゎあん と音がして 何も起こらない 後ずさり、周回に戻る 夕暮れ時 ウタイは頭を振っている ---------------------------- [自由詩]もっと寒くなれよ冬/四角い丸[2012年12月27日13時58分] もっと寒くなれよ冬 体を貫く冷たさで 焦がれてゆくばかりの心を 殺してはくれないか もっと寒くなれよ冬 町を駆け抜ける風の ありのままの勢いで 一緒に海へゆこう 春がくる前に このみを枯らして 春がくる前に ---------------------------- [自由詩]俺はディズニーじゃない/花形新次[2013年4月27日9時51分] 結婚前 付き合い出した頃の 写真を見ながら 今のあなたは 呪いをかけられている と妻が言い出した 何の呪い?と聞くと 豚の呪いと答えた 私がその呪いを 解いてあげる 口づけでも されるのかと 思っていたら 野菜ばっかり 食わされるようになった ---------------------------- [自由詩]便り/salco[2013年5月16日23時14分] 春の風は遠くから来ます 夏の風は遠くへ行きます あこがれ、とは違う 何処か知らない所へと 私を誘います 秋の風は通り抜けます 冬の風は通り過ぎます 喪失を知らしめ 懐かしい者どもとの隔絶を 私に伝えます ここまで生きて私は 墓石に泳ぐ一匹の淡水魚です そのように感じます ところでダムに沈んだ郵便ポストの 一通の手紙 それは誰の為に在るでしょう? すると人生の総評は所詮 水に溶け出るインクに過ぎないと 言えますまいか ---------------------------- [自由詩]妖怪辞典(抄)/salco[2013年5月22日23時47分] [妖怪(尻)べった]   肥大臀部を横向きにした姿の妖怪。   戸建の階段のカーブや集合住宅の脱衣所などに潜んでいる。   これを見ると妻に萎えてしまうようになる。 [妖怪ココゾ]   交通機関の混乱時、さしたる予定もないくせ駅員に食ってかかる妖怪。   振替輸送に応じず、とっとと踵を返してタクシーを探す代わり、機に   乗じてかりそめの優位に陶酔している。 [妖怪いもけんぴ]   自己顕示欲が強く見栄張りな妖怪。   自らの洗練度を頑なに信奉しており、放屁(歌唱披露)を甲斐として   いるが、楽才皆無の上に音痴。   出没地はストリート、公園など。 [妖怪どどべら]   己が便槽の欠点や美点を委細言い立ててやまぬ木製の妖怪。   非常な悪臭だが、常時湿っているので火に投じても燃えず、燻される   と一層臭い。 [妖怪ちちごショート]   ドルチェ・ヴィータを逸した妖怪。   開いて黒ずんだ毛穴を種に見立てた鼻の頭を赤く塗り、洋菓子店のい   ちごショートに紛れ込む。   食した者はそこはかとない愁訴または胸やけで胸が塞がる。 [妖怪お皮嘘]   自分はもうじき滅亡すると喧伝し、何百年も涙に掻き暮れている妖怪。   カビた餅を崇拝しており、投げ与えると押し戴いていったんは引っ込   む。 [妖怪煤け野]   酒精の力を借りて色香と阿諛で男という単細胞生物から金品を巻き上   げる女が妖怪化したもの。   価値観の軋轢が回らぬ内に酩酊を注ぐ話術に長け、中年男のノスタル   ジーに乗じ「ママ」を擬態する。   出没地により「中酢」「蚊舞伎調」「禁止調」など別名あり。 [妖怪陰門舌(いんもんぜつ)]   俗物の口腔に棲むカンジタ菌様の妖怪。   親切心にオーガズムがあり、専ら自らを感じさせる為に口うるさい。   そこに自慰を瞥見した相手に疎まれるか、淫猥の感作で一層ダメな人   間にしてしまう。 [妖怪ホフホフ]   人間関係には「未知」「既知」「知己」があり、その各々に内包され   る関係性にも自ずと優先順位が生じると知りながら、自分こそは相手   にとって知遇・交際の価値があるのだとする妖怪。   俗に「イタイ」と形容される人物の思考回路に棲息する。 ---------------------------- [自由詩]カブトムシとクワガタ/TAT[2013年6月16日22時08分] カブトムシの名前はユリウス。クワガタの名はカエサル。特に名前が必要な訳ではないが、彼は二匹の虫をそう呼んでいる。神経を束にしてひねるような一本目の煙草の享楽が過ぎてゆく。凪。逃げてゆくものに追いすがろうとして惨めな惰性で再び煙草に火を灯す。ヤニが焦げる嫌な匂いと味が広がる。二本目も三本目も想像を超えない。獰猛な夜が外套を持たない者を呑もうと窓の向こうで手薬煉を引いている。陶器の皿の上ではスペアリブの骨と脂身が茶色いソースの曲線と混じり合って息絶えている。白々と光るフォーク。黒を含む深い緑色をしたトマトのヘタ。眠る前の安価な平穏に身を浸しながらテーブルの上の緑茶に手を伸ばす。明日は無論仕事で、明後日もその次もその又次も仕事に出掛けねばならない。たった一度きりの人生の時間を、生ハムのようにスライスして切り売りする。産地も味付けも定かではなく、防腐剤や着色料にまみれて真空に閉じられたそんな物を誰が買うのか。彼には到底理解できなかった。しかし輪は何故か回っていて、回っているものを止める事は誰にも出来ない。弾き飛ばされて死にながら笑う事は出来るとしても。アスピリンやトランキライザーの為に書ける詩はないだろうか。そんな事を考えながら彼は闘技場の歓声を聞く。砂埃と風。牛と剣。赤い主題。通路に響くスパイクの音。暗がりから四角い光の中へと呑み込まれてゆくサッカー選手達。ホセ・メンドーサ対矢吹丈。彼は自分の頭の中のカブトムシとクワガタを戦わせる事にした。ずっとそうしてきたように。彼の頭の中のユリウスとカエサルは、戦いを戦う為に戦う。ずっとそうしてきた。 『お前の悲しみは偽物だ。お前の孤独も、お前の愛も、お前の強さもお前の弱さも偽物だ。全部が全部、がらんどうだ』 『それがどうした。多かれ少なかれ皆そうだろうが。それが何か問題か?』 『開き直るな。惨めなもんだな。本当に愚かな事は、愚かであることを分かっていながら愚かな事をする事だ。』 『一般論は他所でやれ』 『OK。じゃあこうしてやろう。一般論でない、固有な、お前だけの人生を、一から順になぞっていって断罪してやる』 『すればいいさ。お前が意味の無い事に時間を費やすのもお前の権利の内だ』 『意味はあるさ。お前をぺしゃんこに出来る』 『ならんね。よしんば出来たとして、ぺしゃんこにしてどうする?』 『無論、是正して生まれ変わる』 『お前がか?』 『お前がだ』 『分からんね。不毛だ。いや、不毛でさえもう少し意味を持ってるぜ?』 『赤ん坊の頃から順番にやってゆくのが良いかい?それともこちらから遡ってゆくか?』 『聞く耳を持たず次に行こうという訳か。全く頭に来る野郎だ。神様気取りやがって。俺はお前のそういうスカした傲慢な所が大嫌いなんだ』 『それはどうも有難う』 『あの時もそうだ。あの女は抱いちまうべきだった』 『あの女?どの女の事だ?』 『忘れたとは言うなよ?学生だったあのアルバイトに来てた子さ。十七歳だった。格好つけて社会人ぶって結局は抱かなかった。最後は泣きそうになってた。』 『あぁ、コトリの事か。抱きたかったか?終わってからそんな風に悔やむのは一層醜いね。あさましく、いじましいね。ともあれ、俺が順に行くか逆から遡るかと聞いているのに不意に任意の一点を持ち出してきて混ぜ返しにする手腕は中々見事だね、どうも。狡猾ですらある。お前がそうやってくぐり抜けて直面するのを避けてきた談論の数は幾つだ?百か?二千か?なぁ、そうやって逃げて一体何になるんだ?いい加減ケリをつけようぜ』 『上から抜かすな、片道ボルト馬鹿。イルカは浜辺で揺られてろ』 快楽は罪か愛は必須か。 女が大丈夫かと手を重ねてくる。芯まで冷えた冷感症の細い指で頬を撫ぜられて彼は一命を取り留めた。なるほど希望は、実在している。錨のない船には錨を付けねばならない。彼にとっての錨は女と紙幣だ。たとえそれが脆弱な重しであろうとも、人が人の形をして生きてゆく以上、船には錨が求められる。新大陸を目指すのでなければ。 エアコンが熱い息を吐き出している。大丈夫だよと努めて明るく振り返って彼は女の腰に骨ばった手を添えた。外国の楽団の名前をプリントしたTシャツと下着と。楽園を追われたイブよりも二枚も多く着込んでいる女の瞳を、彼はじっと見つめ返す。昔、見つめ合う事の最上形として人はくちづけを発明した。くちづけながらお互いのシャツをたくし上げて腹と腹をくっつける。ベッドに雪崩れて甘い匂いのする髪を愛しているかのように愛す。彼の右手と左手が、ありったけの温度を彼女の指先に送り込む。ゆっくりと火を熾しながら、証が欲しいと女は言った。赤ん坊は無理だけど証ならいつでもあげられると彼は答えた。彼は性能の良い機械になりたいと思った。彼は彼女ではないので彼女が何になりたがっているのかは彼には分からなかった。冷酷な時計は明日の仕事の時間を今も内蔵していて、滅茶苦茶に鳴り響く時を今か今かと数え続けていた。 ---------------------------- [自由詩]シャドウフェラ/花形新次[2013年6月29日8時39分] 数ミクロンの クリアランスを維持して 唇他、口腔内の あらゆるパーツは 決して触れることがない しかし はた目には やっているように見える 確かに凄い技術ではある 天才的だ だが ちっとも気持ち良くない 気持ち良くないんだ ---------------------------- [自由詩]ダイソー/花形新次[2013年7月1日21時06分] レジで働く バイトのおねえちゃんに あなたも100円ですかと聞くと 私を安く見ないで!って 怒られたので 100円ならどこまでですか? と聞き直したら 意外とかなりの線まで 出来ることが分かったので 300円出すことにした ---------------------------- [自由詩]父乳/花形新次[2013年7月1日21時49分] 205X年 人口爆発に伴う 食料難への 対応として 遺伝子操作により 男性からも 乳が出る技術が マサチューセッツ工科大学 デブ人間工学研究所で 開発された 選ばれたデブ3人と 乳首大きめ2人 人類の未来は 彼ら5人の乳に託された ---------------------------- (ファイルの終わり)