三上山一己の恋月 ぴのさんおすすめリスト 2008年5月25日20時38分から2009年1月25日22時47分まで ---------------------------- [自由詩]支えるひと/恋月 ぴの[2008年5月25日20時38分] 世の中には支えるひとと 支えられるひとがいる 支えるひとは暗い海に胸元まで浸かり 力の限り支え続け 次々と押し寄せる荒波に揉まれては やがて力尽き海の藻屑と消える 支え続ければ いつしか報われる日は訪れるのか 伝わらぬは世の常だと暗い海は繰り返す 荒波の砕け散る音 弔いの風音 何度も逃げだそうとした 先の見えぬ日々から 唇を噛み締める夜の虚しさから それでも気がつけば 名も知らぬ誰かを支えようとして 暗い海に胸元まで浸かり 両腕を伸ばし 足元を攫おうとする嘲りに耐えながら 海鳥は鳴く ---------------------------- [自由詩]古いひと/恋月 ぴの[2008年6月7日23時05分] 両の人差し指でぱたぱた ニワトリが餌でも突いているようで 思わず吹き出しそうになるけど なにやら真剣に打ち込んでいる あなたの横顔 見方によっては男らしいとも言えそうで 古いやつだとお思いでしょうが… その台詞の続きって 古いやつこそ新しいものを欲しがる…でしょ その割にパソコンは年代物のMacだし Mac用フロッピーをどこへ隠したのだとか なんだか調子狂ってしまう もしかして手紙を打っているの? だったら手書きにしないと失礼だよ あなたは何も言わず 打ちあがったものをプリントアウトし出した 覗き込んだ手紙らしきものの宛名は 洋介って読めたような気がする 洋介… 別れた奥さんが引き取ったお子さんの名前だったよね 黄色いハンカチ期待して戻った田舎で 新しいお父さんにすっかり懐いた 洋介ちゃんの姿を見て 声もかけず帰ってきたって話しを聞いたのは お酒飲めないあなたが 強かにお酒を飲んだ夜のこと ちょうど三年前の今頃だったかな 洋介ちゃんは今年小学校に入ったんじゃないの ぴかぴかの一年生♪ ベランダに出てみれば 夜空は鬱陶しさを引き摺っていて いまにも降り出しそうな雰囲気だけど あなたは プリントアウトした手紙で折った紙飛行機 あの晩の月に向ってぷいっと投げた ---------------------------- [自由詩]次第のひと/恋月 ぴの[2009年1月25日22時47分] 殺風景なガラス張りの待合室に覚える 独特な曖昧さを避けてみるのも一興と敢えて 乾いた風の吹き抜けるホームに佇んでみた 乗ろうとして乗らなかった準特急の走り去った先には 見覚えのある古い建物の姿 あの建物の1階にはシューベルトの流れる純喫茶があって 陶磁器製のミルクピッチャーを持ったまま あのひとの横顔を懐かしむ私が居た 何故私は乗らなかったのだろう 朝方の通勤電車のように混んでいたわけでは無いし 上手くすれば次の駅で座れたかも知れない 座ることに固執しなければならない程疲れているのだろうか それとも慣れぬ仕事に途惑う心根は 忙しく流れ去る車窓に耐え切れなくなったのか 時計を気にしながらワイシャツの襟を立て 荒っぽい仕草でネクタイを巻く 男のひとなら誰でもそうするものだと思っていた それなのにあのひとは 過ぎ去る時間を惜しむかのようにゆっくりネクタイを巻くと わたしの膝頭へそっと手を置いてくれた ガラス張りの待合室には老婆がひとり 所在無げに座っている 臙脂色のストールを肩に掛けていた 頭上で行き先表示がトランプのカードでも捲るかのように動き まもなく各駅停車の到着を知らせた そう今の私には 秩父巡礼の札所をひとつひとつと巡るかのような 昼下がりの各駅停車こそ似つかわしいと言うべきなのだろう ホームを滑り出した車窓から待合室を見やれば 誰かさんに良く似た老婆がひとり 臙脂色のストールに付いた毛玉のひとつひとつ毟っていた ---------------------------- (ファイルの終わり)