高杉芹香の恋月 ぴのさんおすすめリスト 2006年5月23日7時37分から2010年7月12日19時59分まで ---------------------------- [自由詩]Blue Note(斜光線)/恋月 ぴの[2006年5月23日7時37分] 今朝卸したばかりのお洒落なパンプス 爽やかな淡い色合いのパンプス 新人さんと間違えられたくない思いで ヒールをちょっと高めにしてみた でもつま先はさっきからストッキング越しに どこか逃げ道を探し始めている つり革越しに眺める週末の天気も上の空 閉じ込められない鋭い痛みが つま先とふくらはぎの間を 行ったり来たりしはじめたりして 思わずつり革を握る掌に力を込めてしまう 流れる車窓はいつもの景色 快速で無ければ座れたのかも知れない 組んだ足を控えめに誘う 見つめられている意識の中で スカートの裾を気にする振りをして ちょっとおとなのおんなを気取ってみたりして 見開いたページに目を落とす自分に酔う 週末の天気が晴れ時々曇りなら 晴れているうちに陰干しでもしよう 季節の変わり目に脱ぎ捨てた しがらみだとか忘れてたくとも忘れられない 記憶の断片とも言うべきものたちを 週明けにも訪れるだろう熱波の季節に備え 何処かに仕舞わねばならない 長く深い呼吸が出来る程の適度な空間と 永い眠りを妨げぬ暗い静けさのなかで それらは落ち葉の舞い散る夢に眠る やがて快速電車はターミナル駅に到着した 乗り降りするひとの流れに気を取られていると 突然、目の前におとこのひとが立ちふさがっては まるで白昼夢から覚めたかのように視界が開け つま先の痛みが我先に空いた席へと導いた 隣のひとに気付かれぬよう安堵のため息をつく 生きている証ともいえる獣の生暖かさを わたしに無理やり押し付けたりして 忙しそうな仕草で降り立ったおとこのひと 離れているときには決して感じ得ることの無かった 危うさを感じる獣の匂いにむせ返りながらも 誰かに何かを委ねたい思いに駆られ わたし自身を生暖かさのかたちに添えてみる ---------------------------- [自由詩]五月のひと/恋月 ぴの[2008年5月19日19時49分] 好きとか嫌いとか そのような感情と同じ速度で 五月の空はわたしのこころを蝕んでゆく そして陽射しに揺れる葉桜が 散り行く先など知る縁も無いように 他者への憎しみを こころの襞奥に抱え込めば 何時しか憎しみはひとつの美しい球となる その球を慈しみながら 永遠と名付けられた限り在るものに 仄かな恋をしてしまう 触れて欲しいと願わずにはいられなくて 野に咲く花の名前など知るはずも無いのに 流れ行く雲と雲の狭間で 一枚の栞となった わたし自身の姿を水面に映してみる 乱雑に綴られた日記の片隅に 雨音が恋しいと あなたは書き残し 遠く離れてしまったからこそ 語り合えることがある そして 五月とはそのような季節であることを わたし達 誰ひとりとして歌おうとはしない ---------------------------- [自由詩]まるみ/恋月 ぴの[2008年10月25日16時18分] 色鮮やかな薄衣をまとった山あいは 戯れて欲しいと無言でせがみ 得も知れぬ愛おしさと 恋の味とは甘さばかりでは無いことを知る その味わいのほろ苦さよ 古い峠道の傍らで人知れず朽ち果てた祠でさえも ここに在ったと言う歴然とした事実があり 絡ませた手指で契るふたりは 来る季節への不明を掻き消そうとして 刹那に歌い 刹那に酔う そして見上げた空遥か幾筋もの蒼い雲たなびき 静かと拡がる波紋の只中 口吸いに解けゆく柔肌のまるみを誘う    ---------------------------- [自由詩]いつくしみ/恋月 ぴの[2008年11月16日20時11分] 秋鮭って捨てるところ無いんだよね 骨や皮まで美味しくいただけるし そんなこと話してみたら 「人生だって同じだよ」 あなたは秋鮭のルイベを美味しそうに頬張った だと良いけどね なんにもする気がしなくて 日がな一日ごろごろすることに 正しいと思って一生懸命やったことが まったくの勘違いだったことにも それなりの意味があるのかな スーパーで買ってきた特売のルイベ ちょっと生臭い気もしたけど あなたは文句一つ言わずに私の分まで食べてくれて あのさ、美味しいルイベ食べに行きたいな だとすると北海道かな? 冬の北海道って寒そうだけど その寒さにもきっと意味があるんだよね 飛行機なんかじゃなくて 北斗星号とか寝台特急に乗って 流れる車窓をいつまでも眺めていたい 月明かりに浮ぶ穢れ無い雪景色と 人生の在り方 そして、私の隣りには気難しそうなあなた 眼鏡の奥で笑ってる 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やんわりと断つように 春の兆しは白い肩口の奥へと隠れた 厳しさだけではない冬の素顔を知ってから 流されるのとは異なる 自らを委ねきることの安らかさを覚え 灰墨色に沈む渓谷の氷柱にさえ 恋の歓びを見出してしまう 揺るぎ無いものほど 穏やかに そして。その意志に導かれるようにして わたし 柔肌のぬくもりを無惨と犯されて したたる血の色は 鮮やかに それでいて物憂げな表情に支配されている けろ そのことばにあなたの荒い息遣いを思い 命じられるまま肢体を開けば それは変えようの無い定めなのかと 疼く傷心の深さは ---------------------------- [自由詩]螺旋のひと/恋月 ぴの[2009年2月15日23時52分] 何故かあのひともそうだった 年上の素敵な奥様がいて それなりに幸せな家庭を築いていた そしてそんな男の軽い浮気心に惚れてしまう女がひとり 初めて出逢ったのは真冬に逆戻りしたような夜だった 綻びはじめた桜の蕾みは霙交じりの冷たい雨に凍えていた 探し求めていたひとにやっと出逢えたと思った しがみついた胸板から懐かしい匂いがして 風邪でも引いてはと気遣う仕草に女の喜びを見出す私がいた また来るからと額に優しく口付けて 商売女が堅気のひとに惚れる そんなこと等ある筈は無いと思っていたのに 小さな約束でも守ってくれる笑顔は 男には心なんて許さぬと頑なな想いを翻させた ひとりぼっちの寂しさが語らせる埒も無い身の上話なのか それ故に終わりの無い物語のはじまりでもあったのか 行き場の無い欲望を吐き出すためだけにある粗末なベッドの上で シャワーを浴びるのさえもどかしく互いの身体を貪りあう 陰核を執拗に舐るあのひとの舌先に耐えながら 私の唾液で濡れそぼったペニスを喉の奥まで咥え込み 両肘で上体を支えながら快楽を与え続けた 突き上げる腰付きの無慈悲さとおぼこ女のようなか弱い悲鳴 生まれて初めて喉の奥で受け止めた 淫らと滴る生温かい液体を薬指で拭いながら 惚れた男の子を宿すひとりの女の幸せを切に願った 久しぶりに臙脂色のストールを見かける どちらから そして、どちらまで そう尋ねたところで果たして彼女は答えてくれるだろうか 春の陽気に散る花の美しさ想い巡らし ---------------------------- [自由詩]潮騒のひと/恋月 ぴの[2009年3月17日9時30分] よっこらしょ そんなことばが口癖となった ひとしきり身の回りの片づけを終えると 臨月の大きなお腹を抱え物干し台兼用のテラスへ這い登る 白いペンキを塗り重ねた木製のデッキチェアに身を委ね 臙脂色のストールでとがったお腹を労わりながら 近くの図書館で借りて来た童話を読み聞かせてみたり お腹に添えた掌で軽くあやしながら知ってる限りの童謡を口ずさむ 離れ離れとなってしまう我が子に私の声を覚えて欲しい こんな産みの母であったとしてもあなたのことを心から愛していると ピィヒョロヨヨヨゥ鳶が宙で鳴いている 仮に女の子だったとしても産み育てるつもりだった 愛していたあのひとの子 男の子だと判ったとき私はかなり迷った たとえ貧しくともふたりで生きて行く 母となる女なら必ずそうするであろう選択を私は選ばなかった 読み終えた童話を閉じれば晩秋の海岸線は儚く砕けて眩しい 私からの連絡に美佐子さんは有無を言わさず私に仕事を辞めさせ 遠い親戚の持ち物だという海辺の別荘に私を住まわせた なんならずっと住んでもかまわないから 我が子を奪われた女の行く末を案ずるというよりも 跡取り息子の産みの母の居所を常に把握しておきたい そんな意図が言葉の端々に見え隠れした 良く晴れた日には近くの灯台まで散歩してみることもある 道すがら立ち寄ってみた小さな漁港ではゴム長を履いたおんな達の姿 水揚げされたばかりの魚を台車に乗せ運んだり 干物用にと忙しく腸を取り除いていた 秋の日は釣瓶落としと人は言い 逆子だと診断され慌てふためいたのも大切な思い出となるのだろうか お腹を蹴る力強さを増してきた我が子がいとおしくて あのひとのこと 美佐子さんは今でも愛しているのだと思う 腹違いであったとしても愛するひとの子を引き取って育てようとする思い 今の私には判りすぎて胸が痛くなる ふたりの女に愛されたあのひとって幸せだったのかな ネットの片隅に見つけた小さな記事 私が死にそこなったキャンプ場近くの雑木林で見つかった自殺体 遺体の腐乱が激しくて未だに身元が判明しないのだとか もしかしてあの女のひとではと気になってしまう 重い足取りで各駅停車に乗り込んだひと 私の様子を窺うように車内から顔をのぞかせていたひと 首を吊ったままぶら下がっていたのだろうか 一個の物体と化して木々を抜ける風に揺れていたのだろうか この子を美佐子さんに託したらあの待合室を訪れてみよう そして雑木林の自殺体があの女のひとでは無いことを確めてみたい 以前と変わらぬ時刻に普通電車へ乗り込む姿を それでいて憑き物が取れたのか晴れやかな表情でいることを ピィヒョロヨヨヨゥ鳶が宙で鳴いている ---------------------------- [自由詩]好かれるひと/恋月 ぴの[2009年7月7日18時53分] どうやら苦手なものに好かれてしまうらしい 人前で話すのはいつまでたっても苦手なままなのに 旧友の結婚式でスピーチを頼まれてみたり 不得手解消と中途半端な意気込みで卒業した英文科の呪いなのか 難しすぎる専門書の翻訳まで押し付けられてしまい 夜景が綺麗だからと誘われたビヤガーデンでは 苦手な生ビールを飲まされて 結婚してる上司にねっとり口説かれ手を握られそうになった 生きてゆくって難しいよね これは苦手かもと思えば近寄ってくるし 一途に片想いな先輩にはその他大勢としか見てもらえない そんなに内気ってわけじゃないんだけどねえ 恥じらいなんて気にしない若い子たちが羨ましい う〜ん、家に帰ったら久しぶりの西瓜でもいただこうかな この歳になれば夏の陽射しは苦手だからと日傘くるりと回し 浜辺に寝そべって声かけられるの待っていたあの頃なんて思い出す ---------------------------- [自由詩]鍵穴のひと/恋月 ぴの[2009年11月24日17時34分] マッチ売りの少女にでもなった気分で その鍵穴を覗くのがわたしの日課となってしまった この街へ引っ越してきた当時はタバコ屋さんだったトタン屋根の並び ちょっとしたお屋敷風の黒塀に その鍵穴はある 通りすがりのわたしの名を呼ぶ声がして その声は鍵穴の向こう側から聞こえてくるような気がして 引き寄せられるように覗いてみれば たっぷりと薪のくべられた暖炉にあかあかと火はともり ふかふかそうなソファの脇には わたしの背丈ぐらいありそうなクリスマスツリー飾られていた 誰もいないのかな しばらく覗いていたけど誰一人現れそうなく ロマネスク調な天井からシャンデリアまばゆいくらい輝いていた その日からだったと思う 黒塀を穿つ節穴ならぬ鍵穴を覗くようになったのは 雨の日も そして風の日も その鍵穴を覗き続け ついには寝食を惜しむほど わたしの日常では果たし得ぬ世界にこころ囚われてしまった 今朝も今朝で買ったばかりのダッフルコートを着込み ルンルン気分で鍵穴を覗くと どうしてなのか何時もとは全く異なる世界が目の前に拡がっていて 膝をがくがくさせて冥府行きフェリー乗り場から逃げ出してくる女がひとり 鼻水垂らす泣き顔があまりにもみすぼらしく 同情を誘うどころか失笑を買ってしまうほどに間抜けすぎて 誰なのかと目を凝らしてみれば、その女、それはわたしだった ---------------------------- [自由詩]生きるひと/恋月 ぴの[2010年7月5日19時23分] 昔たってそんな昔じゃない昔 筑豊とかの炭鉱では女のひとも坑内で働いていたらしい 上半身裸で乳房丸出しの腰巻き一枚 薄暗く蒸し暑いヤマの奥底で 気の荒い男衆に混じり 掘り出したばかりの石炭をトロッコで運ぶ後向きさんって呼ばれてた あまりにも凄いよなあって思うばかしだけど お金を貯めて何かをしようとか 欲しいものを買おうとか 自分だけのためだったらそんな仕事続けられない気がする ともに働く夫のため おなかを空かせ家で待つこどもたちのため トロッコを押すたびに双の乳房は揺れ 額の汗は流れるに任せ ときには男衆との痴話話に興じてみたり 総てはあっけらかんと 欠けた前歯を隠そうともせずに 生きているんだって実感に喜びを見出していたのかも う〜ん、なんとかならないかなぁ 誰かにつけられているような気配に振り向きたくなるぐらい 早々とシャッターを下す商店街はあまりにも寂しい うっかりと時給につられて転職したバイト先 複雑な人間関係に困惑する毎日で あの野良猫に猫跨ぎな愚痴のひとつも聞いて欲しくて 蒸し暑すぎる文月のおまんじゅうみたいな月明かりをたどる ---------------------------- [自由詩]道なひと/恋月 ぴの[2010年7月12日19時59分] ダイエット目的にはじめたジョギングだったはずなのに 夢はホノルルマラソンなんて張り切っている フルマラソンって42.195kmも走るんだよね あの子の精神構造ってどうなっているんだろう 単に楽しんでいるだけじゃ満足できなくて そのうち険しさとか求めるようになる やしの木陰で日がな一日のんびり過ごすって訳にはいかなくて これが道ってことなのかな 剣道とか柔道とかの道であったり 人里離れた山奥にも道はある 道無き道を…てなことばもあったような 「道」 高橋選手の銀メダルも道だった 置き去りにされたヒロインの悲哀と 今日をそして明日を生きざるを得ない人々の思い 総ての道はローマに通じるのだから 足の不自由な女の子がよっぱらいの吐しゃ物に足を取られ 汚物まみれで呆然としてた背中に声もかけられず通り過ぎてしまった あの日あの時がいつまでも忘れられなくて せめてもとつづりはじめた拙さに それゆえの道であるのかと 道端で揺れる向日葵の愚直なまでの眩しさ仰いでみた ---------------------------- (ファイルの終わり)