北村 守通のおすすめリスト 2017年2月16日11時30分から2020年9月27日20時48分まで ---------------------------- [自由詩]平成 曾根崎心中/HAL[2017年2月16日11時30分] 好いて好かれて好かれて好いて 恋焦がれしも添えるか添えぬは ひとには分からぬ浮世の定め 永久なる硬き契りを交わしても いつかは千切れしこの世の定め 惚れて惚れられ来世も共にの 誓いし言葉も虚しきまほろし 想い想われ慕い合しを 腐れ縁だと知るも佳し 何を恨むか何に沈むか 未練の炎を焼かれても それが己が定めと知るも佳し 浮世はいつも残なきもの やさしさゆえに傷つきて それを耐えるも定めなりしと 祈るも呪うも思ひのまま その愚かさを嘲り誰かが薄ら笑い 死者に鞭打ち袖振る雨に 浮世の定めと嘆くも佳し 深き闇にて朽ち果てつつも 生きるも難し死ぬも難しと それが定めと覚えし頃に 彼岸の招きが舞い落ちる それが浮世の定めと知るならば 惨きことよと泣くも佳し 涙枯れ果て尽きるまで ようやくにそれが定めと悟るなら 今世の救いと知るが佳し 浮世の無常に心は敗れ 生のひとつは無きが如しと 死出の川への旅支度 誰もが同じの旅支度 ---------------------------- [自由詩]GWの多摩川で/番田 [2017年5月7日21時55分] 私は連休中に友人とすれ違ってしまった 今年は私は一人で休みを過ごさせられた そして 近くの川に 私は出向いた 私はぼんやりと私の思うように釣り糸をそこで 垂らしていた しかし垂らしていたと言ってもルアー釣りだったのだが 取水場の沢のような音を私は頭の傍らで聞きながら 私が思い切り投げたルアーの非距離はそこまで悪くはなかった 中学生だった頃の私がそして確かにそこにはいた 私は そこで ふと 水のヘリに目をやると そこで 水浴びしている何匹ものカワセミの姿や うち捨てられた様々な木々の破片の姿を そこに見た 私は だれかの昔の記憶のその姿として それを見た ルアーを投げた私は何もかもを忘れさせられた この先の人生を生きていくことの 私の不安さや 私が今まで何もせずに生きてきた 過去や そして何もせずに生きていくのだろう 私の未来を ---------------------------- [自由詩]流時紋/ただのみきや[2017年11月4日16時37分] 水面から突き出し露わにされた 見えざる岩の 固く 鋭い突端 流れを切り裂いて 空間を満たしとどまることのない                行進を                 ただ白く               泡立たせ くんずほぐれつ 水は するようで 喜怒哀楽 眼差しの照り返しを乗せて ただ         彼方へと流れ去る 己の静謐を寄り添わせ 如何様にも変化しながら        なにも変わらないもの          水も光も風も 無表情に干渉し合う 感じることもなく 見つめることもない それらの指紋はみな     観察者が記したもの 絶えず在るということは 絶えず無いということと            相殺され          円環される        像の瞬きで       誰もが朧に掴んでは 空虚な世界に化粧をする わたしは夜の髪に櫛を入れる 無駄なことだとわかっていても          誰のためでもないただ 一人歩きする欲求に首輪をつけず 一枚の写真のように翌朝を    燃やすことを夢見ている           目覚めたまま 灰に埋もれている うす皮一枚やぶって現れる意思 ――自分でも蝕知できない―― 見えざる巨大な違和 その突端は  立ち向かう 志であったろうか ふるえる傷口から生えた肉腫であったか 辺りを騒がせ流れを歪め         ただ固く 硬く尖らせて               尚もやわらかな             血肉でしかない ことを 卑怯者呼ばわりするかのように    自虐の汚れた包帯でぐるぐる巻きにして 時が解決する癒しとは         摩耗である 血肉を削がれ もの言わぬ骨となり 冷たい時の流れに浸されて違和もなく もはやなにも乱さない なめらかな河底の石となって黙すること いま癒されることもなく苦しげに 水面からやっと唇を突き出して ――白く 泡立つ時間         つかまえた手から       また逃れ去る 一瞬も止まることを知らない舞踏が               言葉に       影のように寄り添って 癒されないことは 時を殺し続けること 河底のなめらかな石を拾い上げ ――もの言わぬものを    もの言うものに投げつければ 互いに痛みながら     すこしだけ癒され      すこしだけ傷を負う   言葉を重ねることで 観察者の顔も摩耗して往く            時のひと踊り        むすんではほどけ               《流時紋:2017年11月4日》   ---------------------------- [自由詩]冬が迫りくる日に/葉leaf[2017年11月16日11時43分] 労働というものは 自然界のように複雑で 神秘に満ちている 今日俺は法務省人権相談窓口に行って パワハラの件など相談してきた ところが法務省というものも 労働と等しく複雑で 不可思議な原理で出来上がっている 俺は労働に傷つき疲弊し 制度の前でさらなる難問に直面し こんな日は冬の始まりにふさわしいと ため息をついた 世渡りというものの力加減が難しい 世渡りというものの息継ぎが難しい スポーツが苦手な俺には無理な競技だ 法務局を出てベンチに腰を下ろし 缶コーヒーを飲むと 寒い光が社会のようにまぶしい ---------------------------- [自由詩]赤/ただのみきや[2017年11月23日12時18分] 雪を被ってすっかり閉ざされた  枝の間  小鳥は空を    ひと跳ね   ふた跳ね すっ と吸われるように消える とりあえず 生あるものは辺りから姿を消した訳だ 空を埋め尽くしていたあの雲が 今はこうして 冷たい真綿の布団 大地はうつらうつら 眠っている ほとんど寝息を立てない女のよう そんな景色を思い起こしては  安物のウヰスキーを   細く ゆっくり 流し込んで    鼻腔 のど 食道――胃への道すがら   灼熱感を堪能し 掛け軸のように眺めてばかり ――少々飽きて来た     生も死もない四季との戯れに もしも そこに 一匹のテンかイタチが 今しがた囀っていた小鳥を咥え 小さくても獣らしい その口もとを血で濡らし 雪の畝に素早く 手品みたいに消えたなら ああ血 その甘い 甘い一点の ふるえる疼きが 白い茫漠に消えない残像となって 心を幾つも捨て石に 追いかけもするだろう 己が半身を求めるように 口紅よりも   薔薇よりも   今は血の赤     いのちの赤     傷口の赤     痛みの赤 生と死の間に流れる赤    有無を言わせぬ        原始の赤         マグマのように熱を帯びた      分かち与え          貪り奪う   善し悪しに中(あ)てられる前の          白紙の上            最初の             沈黙の              一撃の         媚びることなくただ美しい 赤                               でなけりゃ眺めるだけでいい          書かなくたって酔うだけで                 《赤:2017年11月21日》 ---------------------------- [自由詩]11月の終わり、宮下公園で/うめバア[2017年11月23日17時07分] きょうもたくさん、頭を下げました ありがとうございます、あ、すいません、すいません 「雇用期間の定めあり、平成30年3月31日まで」 条件により更新あり 条件により・・・ ねえ、あなた、私は条件つきで、生かされていますよ 係長も、主任も親切 同じ職場の人でも いつか必ず、別れるという確信が 私たちの間の、深い川、深い谷 スクランブル交差点を避けて、13番出口へ向かおう 宮下公園は工事中 段ボールを寝床にしていた人たちの財産には 「撤去します」と張り紙が オリパラ景気かホテル建設 ていのよい追い払いにもなりますね もう少しすればここは、ぴかぴかにきれいになって 歩きやすくなるでしょう そうね、私の条件つき更新がいつまでもつか そのころ、ここに来るのかどうか 「身分制度」に嫌気が差して、そのままセンター街へ流れようか 「高収入」と書いたトラックが通り過ぎる そんなに若くもないよと笑ってみたい ---------------------------- [自由詩]筆と響き/木立 悟[2017年11月23日18時52分] おまえではない おまえではない 絵の具を燃やす手 土に火の絵を描きつづける手 隠れていた猫も虫も去り 原はどこまでも静かになる 鳥も鳥を話さなくなり 常緑樹のなかでうなずくばかり 双つの羽の片方が 速くはばたき溶けつづけ 後には何も残らない 雪の穂のように残らない 狼 狼 聴こえぬ光 はざま埋める色 狼 狼 点滅を読む指 境いめを越える指 穏やかで冷ややかな 雨のつらなり 夜の子の声 滴の音 光は吼える 鈴と鈴を結ぶ声 窓の外の暗さだけが 此処が何処かを教えている 消えてしまった狼の断片 内に内に内によみがえる ---------------------------- [自由詩]日々すこやか/ただのみきや[2017年11月25日18時50分] 雪は拭い去らない 覆い隠すだけ 日ごとに捲る 白紙のページ 忘却は灰ではなく 深みに沈むこと どこか届かない タイムカプセル 書き変えても 消去しても 記録を改ざんしても 魂の手垢は消えていない だから上手に自分を騙して 日々すこやか新たな気持ち       《日々すこやか:2017年11月25日》 ---------------------------- [自由詩]捨て身のお座敷/紀ノ川つかさ[2017年11月26日8時47分] ゲロッパ ゲロだなあ ゲロッパ ゲロだなあ 捨て身のお座敷 だがせっかくだし ゲロッパ ゲロだなあ ゲロッパ ゲロだなあ 捨て身のお座敷 だがせっかくだし ううワタミで 酒をあおらせ 友情がパー 捨て身のお座敷 だがせっかくだし そんでがっつりビール あっ 醤油がズボンに あっとゲロも出そう ちょっとトイレ トイレトイレ ゲロッパ ゲロだなあ ゲロッパ ゲロだなあ さあ口を拭いて 夕方のゲロ 湯気が増えれば アルコールのせいだ うえーってなるのは イッちゃうあいず ガマンだよマダ ドバッと出そうだ ゲロッパ ゲロだなあ ゲロッパ ゲロだなあ 無防備だ 無防備に適当に飲んでるが無事か? 無防備に適当だが無事か? 適当だが無事なのか? ええええええ荒い息 座椅子にうずくまり ああ我慢 できねえ! 胃がひずむ 捨て身のお座敷 楽じゃねえし 酒はもういい メシをくれ メシを カモン! ゲロだなあ ゲロだなあ ゲロッパ ゲロだなあ 捨て身のお座敷 楽じゃねえし 捨て身のお座敷 でもせっかくだし せっかくだし え? なに? なんですか部長? 説教はやめねえか! 説教はやめねえか! 説教はやめねえか! 説教はやめねえか! ゲロッパ ゲロだなあ ゲロッパ ゲロだなあ 捨て身のお座敷 もうダメだ James Brown 「Sex Machine」カバー https://www.youtube.com/watch?v=JOD-M7WZkZQ&list=RDJOD-M7WZkZQ ---------------------------- [自由詩]釣り、夕暮れ/番田 [2018年4月30日23時46分] 誰もいない小川に 僕が 釣り糸を垂らしていたのはいつだろう 小川に 冬のある日 釣り糸を しかし冬の日に小学生だった 僕は一人だった  だけど 今でも僕は川に釣り糸を垂らしてはいるけれど  川で隣に立つ人はいないまま  僕は昔からそうだったのかもしれない きっと 昔からそんなことをしていたと窓の外を見ながら思い出す 休日の釣り場から見えた夕暮れ 風が 涼しくて 乾いていた 夕暮れ 僕は 風に この瞬間を生きていることを そして 自覚させられた  しかし遠くで竿を振るう人の姿が僕にはそこから見えたのだ 一見して誰もがあきらめているように思えたのだ しかし 僕は 僕のそんな雰囲気のする 暗い夕暮れを 一見して そして 歩きだした 僕は 僕の帰らされる駅へと  それから 今日したことを きっと 頭の中で忘れたのだ  ---------------------------- [自由詩]ウイルス・スキャン/為平 澪[2018年7月16日21時09分] 真夜中にウイルス・スキャンを実行して モニターを見ながら怯えている ブロックされた危険な接続の中に 今日も同じ顔を見つけた この顔はファミレスでおなじみの おばちゃんたちの自慢話と劣等感の駆け引きの中で 泡立ったメロンソーダーの中の不純物 その隅で立ち上がる甲高い声はトロクサイと、高齢者を嗤う ラインが止まない女子高生のIDとIPアドレス ファミレスの町ぐるみ検診を何度も起動させると 真夜中に胃がキリキリと痛む 体内に悪いウイルスがいるせいだと 医者は語る 私の胸部も頭部も異常がないのに 悪いことを見つけたら罰したい寂しさが 液晶画面を青に変える 毎日をスキャンして安心したい    (私は安全だ、と 毎日を表示して教えてほしい    (ウイルスはいませんでした、と 毎日を毎日フルスキャンして 私は木端微塵に疲れていく    (駆除したいのか、駆除されたいのか デイスプレイに映る 私の小心者が 私を乗っ取り、私に成りすまし、私に取り付き 私のデーターを引き出し、私を裸の王様に仕立て上げる ウイルスは駆除、ウイルスは排斥、 そんな口論で日は暮れて 誰に何が守れただろう 「悪いことをする人は どこか淋しい目をしているね」って 言葉を思い返すと ウイルスがまた一つ 胸のあたりから侵入してくる モニターをうろつく小さな 「つながりたい」が悪意を持って涙するが 押しかけられても守ってやることはできない 私はただ私の手で真夜中を行き惑う 画面に引っかかった私の意気地なしを拾い集めると 何食わぬ顔をして 自分自身を シュレッダーに投げ入れる ---------------------------- [自由詩]対話/服部 剛[2018年8月16日17時41分] このがらーんとした 人っこ一人ない 田畑の さびしさは何だろう 家の無い人のように 風呂敷包みを手に、ぶら下げ 虚ろな目は まっさらな青空を視る 遥か遠い黒点の 翼を広げ、浮かんでる たった独りの鳥と 目が合った   ---------------------------- [自由詩]シオマネキ/1486 106[2018年10月18日7時26分] 切り落とした無数の黒髪が 浴室の床に散らばっている 鼓膜の真横から聞こえてくる 二つの刃物が擦れ合う音 例えるならば泡 閉ざされた水槽の底から 少しずつ浮かび上がってくる 泡 泡 泡 泡 泡 外は明るいのか暗いのか 確かめようにも小窓はなく 微かに漂う黴の臭いが 脳細胞を侵食していく 例えるならば泡 微生物にまとわりついて 少しずつ体を溶かしていく 泡 泡 泡 泡 泡 混濁した記憶を寄せ集め 正気を取り戻そうと試みても 目の前の鏡はひび割れていて その顔がよく見えない 例えるならば泡 しゃぼん玉のように脆く 少しの力で簡単に壊れてしまう 泡 泡 泡 泡 泡 流れているずっと流れている 蛇口から水がずっと流れている 流れているずっと流れている 蛇口から水がずっと流れている ---------------------------- [自由詩]見えない幻/ただのみきや[2018年12月31日16時12分] 夕陽を抱いた木々の裸は細く炭化して 鳥籠の心臓を想わせるゆっくりと いくつもの白い死を積み冬は誰を眠らせたのか 追って追われる季節の加速する瞬きの中 ゆっくりと確かになって往く単純なカラクリに 今日を生きた溜息が死滅した銀河のように纏わって 風の映像だけが破壊すら破壊する静寂を響かせた 荒れた手の微かな痛みが慰めの手紙なら 想い人はコインの裏表共に在って 未来永劫出会うことすら無い 裂け目から太陽でも月でもない明かりが漏れ 幻燈が憑依する事物は新しい仮面をつけて 古い祭儀を繰り返しながら再び収縮する 生が死へとそうするように完結する度 余韻であり残り香である薄れゆくものらを 追うことの予め定められたかのような餓え たのしげに語り合う人々から離れ ゆっくりと飼い馴らす苦い薬のように 夕陽を飲み干したわたしの中の夜が冷める 微かな笑い声と微かな泣き声は双子のようで ひとりの友だったろうか闇の中震えながら 肢体をくねらせているそんな気がして 言葉の代わりに全身から発芽したもの 無意識の選択が分けていった種のように人を なんと名付けられても構わないと待ち伏せて さらわれるために顔を鏡にしながら ガラスを叩く氷の粒 秒針で苛まれる牢獄の隅の深い群青 心に目隠しをしてくれる蛾のように白い手は 決して来ない                 《見えない幻:2018年12月31日》 ---------------------------- [自由詩]ただ赤く塗り潰して/ホロウ・シカエルボク[2019年1月1日22時56分] 午後を通り過ぎた影、踏みしだかれた詩文、血溜りのなかの指先、白紙のままの便箋、風が息継ぎをするときに聞こえる嗚咽は誰のものだったのか、忘れたことにした記憶が膿んだ傷のようにじくじくと抉り続ける理由はどこにあるのか、割れた鼻骨は人相を少しだけ不穏なものに変えるだろう、目玉に映るものだけに翻弄される連中の間では面倒な思いをすることになるだろう、彼らはどんな悟りも学びも与えてくれることはないだろう、固く結ばれた木箱の紐を解け、閉じられたものの曰くは失われた方が自由になれる、たとえそこにどんな代償が課せられようともだ、乾いた皮膚に浮かぶひとつひとつの細胞の輪郭は死を連想させる、それについて考える事なんてべつに珍しいことでもなんでもなかった、どのみちいつかはそいつが目の前に突きつけられるのだ、それはもしかしたら固く結ばれた箱の中身と同じ意味をこちらに投げかけているのかもしれない、生だけへの思いで生き抜くことなど絶対に出来はしないだろう、それが判っているから言葉は勝手にどこかへ逃れようと溢れ出してくるのだろう、詩人が綺麗な心でどうするよ、それは魂の奇形なんだ、後ろに隠しているものをこちらに差し出してみろ、愛を乞うために手の込んだ嘘をつくのか、偽りの熱意が手に入れるものはやはり偽りでしかないはずだ、すべてを語るための道具で一番底に在るものを押し隠そうとするなんてとんだ間抜けだ、愚行の果てに聞こえる嘲笑は必ず手前の心臓のなかからさ、ごらん、こんなに傷だらけだ、ごらん、こんなに血塗れだ、ごらん、こんなに陰鬱とした景色だ、ごらん、忘れられた水槽のようにいたたまれない、かつて生きていたものが砂のなかで形を無くしている、そんなもののいっさいをそら、ここに晒すことでもう一度生きようとしてきた、それは誰の為のものではなく、或いは自分の為ですらないかもしれない、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、理由をつけることは重要事項ではない、それは簡単な地図に余計な情報を書き入れるようなものだ、静かに置かれたものは音を立てないままそこに在り続ける、投げつけられたものはそれが脆いものであろうとなかろうとなんらかの変化を負うだろう、それ以上の事実が果たして必要だろうか、内奥の現象は物質と同じだ、そこに置かれた方法や状態がすべてだ、血溜りのなかの指先はそこから抜け出そうとするだけで様々な詩をそこに残すだろう、鯱張った理念のためにここに居るのではない、愛のために、心のために、世界のために、人間のために、人生のために、ここに居るのではない、すべては限定されない魂の歌のなかにある、神経や、筋肉や、細胞たちが、こうして扉を開けるたびに軋むことや、叫ぶことや、笑うことや嗚咽することのなかに、もしも、べろりと皮膚を剥ぐことが出来たら手っ取り早いだろう、それはどんなものにも勝る叫びと、詩文となるだろう、結論なんて単純で安直なものだ、だから結論のためにこれらはあるべきではない、筋書きが必要なら人生はすべて燃やしてしまうことだ、太陽が、月が、石がここにあるように、火が、水が、宿命によって蠢くように、ごらん、ごらんよ、ここにあるものはとても見られたものじゃない、だからこそ目が離せなくなるはずさ、覚悟だよ、覚悟を決めなければここには居られない、誰かへの思慕や、己のイメージの調整のために居るんじゃない、そこには自分自身の根源的な蠢きしかない、判るかい、それがどうして語られなければならないのか、判るかい、それがどうして差し出されなければならないのか、絶対的な個としての魂には個である理由がないからだ、それは俺のもので在りながら、お前のもので在ることだって出来るんだ、それは共感とか共鳴とは違うものだ、個を、種を超えたなにかだ、それは俺で在りながら俺ですらない、だから俺はここから立ち去ることが出来ない、真実は留まらない、陽炎のように、逃げ水のように曖昧に見えるのみだ、それは最期の瞬間まで追わざるを得ないだろう、そしてその瞬間でさえも、それが本当に望み続けたものなのかどうか知ることはないだろう。 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そう思って皮を剥く 皮が出てくる 猿が玉ねぎの皮を剥き続ける話を思い出し 皮を剥く 皮が出てくる そう、猿と玉ねぎの話は玉ねぎが小さくなって最後に何も無いというオチだ それならば、このみかんも小さくなって最後はなくなるのではないか そう考えて皮を剥く 皮が出てくる 小さくなるかよく観察しながら 皮を剥く 皮が出てくる 大きさはあまり変わらないように見える 一枚剥いただけではわからない どうせ皮が出続けるのだ それならば一気に剥いてやれ と決断して 皮を剥く、皮を剥く、皮を剥く、皮を剥く、皮を剥く 駄目だ、全然大きさは変わらない ふと気が付く、もしかして 皮を剥く 皮が出てくる そういうことだったのか 皮を剥く 皮が出てくる なかなかやるな、これならどうだ 皮を剥く 皮が出てくる やはりそうだ これなら大丈夫 これなら絶対大丈夫 お主、ぬかったな これでどうだ、剥いてやるぞ かーわーをーむーくーぞー 皮を剥く やっぱり皮は出てくる 無力感、脱力感、正義感でへろへろになる もういいや、どうせいくら剥いても皮が出てくるんだろう もう以下同文でいいよ ここまでくればどうせコピペだし 皮を剥く 皮が出てくる 以下同文 以下同文 以下同文 もしかしてこのみかんは実在しておらず 想像上のものではないのか 皮を剥く 皮が出てくる そうであるならば話は簡単だ 皮を剥き続ける 皮が出続ける 面白いように剥いて面白いように皮が出てくる これはなかなか楽しい 剥き続けているうちにふと不安に襲われる もしかして次の皮を剥いたら中身が出てくるのではないか いやそんなことはない ここまでやって出なかったのだ 出るはずがない 恐る恐る目を瞑って皮を剥く そうっと目を開ける 良かった、皮はあった これは想像の勝利だ 想像し続ける限り皮は出てくる 無限に出てくるのだ 勝った、勝ったよ、母さん ついでに父さん 義理の姉さんも 日の当たる場所で みかんはまどろみ やがて深く眠りに落ちていく その過程 みかんの想像の中で皮を剥き続ける僕が 姿を消す瞬間がある     ---------------------------- [自由詩]Exchange/大村 浩一[2020年3月25日22時58分] 元日に歌番組見て笑った男が 2月発症して傷害で拘束 3月には物言わぬ骸に 嬉しげに報じる記者と 嘲り溜飲を下げる視聴者らが 彼に支払う対価は幾らだ 2月節分の豆を撒き 3月雛祭りを祝った娘が 11日の津波で帰らない 親でも代理人でもない 視聴者らが教師をなじる 教師に支払う対価は幾らだ 敬老会の会場で右足骨折した母 4月施設の居室で下腿をまた骨折 この3月は左足を5針縫った 医者通いのタクシーや怪しい薬代 散財を強いる世間と私に 母が支払える対価はあと幾らだ 岩を殴れば拳が裂ける 痣を笑えば痣付けられる 作用と反作用が分かるなら 支払いは当然 用意してるね? 9年前の11月 1才の娘と妻とともに故郷へ 震災や被爆を運良く逃れ 9年続いた静かな安寧に いま濃い影が忍び寄ってくる こんど私が支払う対価は 一体幾らだ 2020/3/25 初稿 大村浩一 ---------------------------- [自由詩]白紙のページを信じる/ホロウ・シカエルボク[2020年4月2日22時08分] おかしな時間に目が覚めて それからずっと眠れない 閉じ込められた寝床で 脱出計画を練っている きちがいは耳を澄まし こそこそと覗いている 晴れるという話だが 夜明けまではなにもわからない 能天気な、高い声の 鳥が複数で鳴いている 公園で馬鹿でかい声で世間話する年寄りみたいに いまこの世界で いちばん大きく響くのは 俺の頭の下の枕が 落ち着きのない俺によって鳴らす音 理由のわからない車が通り過ぎる ひところ賑わっていた街路には 人の声はまるでしていない 誰もいないのか、あるいは 全員が一人で歩いているかだ ステレオのボリュームを少し落として スピーカーは息を整えてる このまま起きてしまおうか、と 少しの間思案したが そんなことをしてもなんの得もないだろう 真昼間に眠くなるだけのことだ 脱出計画は難航している 効果的な意見を吐く参謀がいない 思えばずっと 標識のない 指針のない コンパスの壊れた時を生きてきた気がする 常に混沌と、困惑をしている方が 自分自身であり続けようとするものだ そういうわけで会議は解散となった やれやれ、と連中は散らばっていった 俺は寝返りを打った 枕が津波の真似をした 少し大きな車が通り過ぎた 音楽は鳴り止まない 心臓が動き続けているうちは ---------------------------- [自由詩]壊疽した旅行者 三/ただのみきや[2020年4月5日15時59分] 朝は容赦しない 朝は砕け散ったガラス 遺言すら打ち明ける暇(いとま)もなく 連行される 整列した諦念の倒れ伏した影が みな時を等しく示す頃 目を閉じて 夜を 再び紐解(ひもと)くあなた 乱反射を収め握りしめた掌から もみ消して尚も紅くこぼれる暁は 断頭台に並んだ 幼子たちの行列か ひとりひとり裸になってシャワーを浴びる 閉め切った風のない 頭の中徐々に輪郭を欠き 腐食して沈んで往く小舟 弔いの 花を模った角砂糖 うっすらと闇に透ける 在るものの影か 無いものの幻か 取り戻そうともう一度 仰け反るように生まれ落ちた ガラスの雨の降る朝に 文句を言うのは生者だけ 誕生は不平等をもたらし 死は平等をもたらす 誕生は祝われ 死は嘆かれる 死者が生者を見つめるのも 生者が死者を見つめるのも 生者の想像の域を出ず 追悼も悲しみも誉れも こちら側のこと 生のこちら側で 死について 死の先伸ばしについて 死後について 想い巡らし こちら側の特権で 恐れや不安 傲りに誇り 嘆き悲しみ 悟りや信仰 大見え切って宣いもすれば 徒然なるままに書いてもみる 日々刻々一秒ごと 近づいている現実 いつかは知れない 薄皮一枚までも 完結の結末の文末の 生涯で一度切りの いまだ未体験の―― 心待ちにしているようだ 自分のそれに関しては 樹木から想う 樹木は太陽の礼拝者 風に欹て一心に空を探る 何かを掴み取ろうとして 灰色のすらりとした腕が 俄(にわ)かに焦げ茶を帯びて来る 新芽が膨らんでいる 遠くない未来 薄緑色の若葉が一斉に萌え出(い)で 瑞々しいいのちの光沢を あたたかい風に閃かせる やがて来る嵐に 激しく震え 身悶えし 巡る季節に姿を変えながら 再び黒々とした血管となって 生を固く内に秘めたまま 死に疑似した白装束  果たしてそうか 樹木は絶えず闇に根差し 光も風もない 高密度の世界を生きる 固い土を抉じ開け 侵食する 三重苦の鉱夫 人目に晒されることもなく 着替えもしなければ 色づくこともない 土竜や蚯蚓を隣人とし 暗黒の地下世界に相応しい 蛇のような肢体をうねらせて 水脈を訪ね 探求を続ける隠者 見えるものを 見えないものが支え 見えないものもまた 見えるものにより顕現される いのち その在り方に人を想う いったいどちらがどちらなのか わたしが根差す闇は何か 河川から想う 雪解け水が河床を駆ける 円みを帯びて奔放に 段差で白く笑って見せる 光を肢体に枝垂れさせて 残雪の開(はだ)けた土手 笹だけが青く見送っていた 誕生と共に いのちは死を身ごもっている ゆえに あどけなくあざとい 食し食され 集められ束ねられ 太い流れとなって 暗渠を越え 源の海へ回帰する そんな 夢想の果ての朧に縋りながら いのちの流れ 死の流れ ひとつの流れ 雪解け水が河床を駆ける 一つの流れの同じ煌めきが 同じ水であることはない   (*一部分ロルカとボルヘスに詩想を借りて) わたしの蝶 モンシロチョウを見る前に クジャクチョウを見る年がある 寒の戻りが必ずある 幻の春の日に 夏には開いてとまる翅を コートの襟まで立てるように  だから今日 レンガ塀の向こう舞い上がった枯葉を 大きな蝶に見間違えたとしても そのままにしておこう ――詩の中の まだ少し寒い眼差しに 広がる丘陵 若葉一つない林 雪解け水の勇んだ響き 夏のようにはね返しはしない 秋のように吸い込もうとしない 淡くゆらいだ青空を アゲハチョウほどもある枯葉色 蘇り 二度と死ぬことのない          わたしの蝶を                《2020年4月5日》 ---------------------------- [自由詩]訪問/岡部淳太郎[2020年4月12日15時38分] 今夜は雨もしとしと降っていて もうずいぶん遅いから 誰も訪ねてはこないだろう だから玄関に鍵をかけて 雨や風が外の空気を伝えてこないように 窓もしっかりと閉めて ひとりで 瞑想するように引きこもっていよう 眠るにはまだ早いこの時間 上空を飛び交っているだろう 衛星が中継する電波も 地下を這う怨みのような想念も すべて閉め出して ひとりでいるのは 何という愉楽だろう そうして ゆっくりと目を閉じて 心をどこかに置き忘れたみたいに黙っていると いまでは離れてしまった かつて親しかった人たちの姿が かたちの定まらない ふわふわとした格好で この胸のなかにそっと 入ってくるのだ なんだ、君たちはそんなところにいたのか。 久しぶりの訪問に 懐かしくなって 彼等をひとりずつ 詩のかたちに ととのえてやる (二〇一五年七月) ---------------------------- [自由詩]どこかの駅で誰かとすれ違うためだけに生まれてきた/ホロウ・シカエルボク[2020年4月14日21時31分] どこかの駅で誰かとすれ違うためだけに生まれてきた やあ、と言葉を交わし合うこともなく 親密な他人と認め合うような 静かな笑みを交わし合うこともなく その目に 特有の孤独を共有することもなく ただただ 景色のひとつとして 互いが すれ違うだけの人生を ホームで拾った切符の行き先は もういまはない駅へ行くためのものだった 思えば 闇雲に決める行き先は 闇雲に塗り潰す時刻表は ぼくは ペーパーバックの隙間に 本当の理由を隠して まだ見ぬ場所へ急ぐ 出来れば 二度と帰れない場所がいい 出来れば 誰にも出会えない場所がいい 過去と現在が 未来をあやふやにするような そんな一画で 能動的な化石のように いびつな窓を探して居たいのだ ふたつ手前の国で手に入れた絵葉書を知り合いに送って そいつの中の時差になり そしてそれきり元いた場所のことは 記憶から抜け落ちてしまう 固定電話の呼び出し音が けたたましく鳴り響くのは 決まってそこに誰もいない時なんだ 駅員が列車に乗り込むために あれこれと忙しなく踊るのを見ながら いつだって ぼくではないものになりたかった いずれ ぼくになりうるかもしれないいきものは 薄汚れた無人駅の 浮遊霊になるかもしれない その影を見つけた誰かは、そうさ ホームの片隅で もう使えない切符を拾うかもしれない その時のために 書置きの文句だけは きちんと 決めて出ておいでよね ---------------------------- [自由詩]ケルベロス/紀ノ川つかさ[2020年4月26日9時45分] 君がこの地獄から抜け出るには あの番犬の目を欺かねばならない 番犬ケルベロスには三つの首があり どれに噛まれてもおしまいだ 君は地獄の一員となり 周囲に恐怖を撒き散らす 一つ目の首は 口から強権力の呪いを吐く 蔓延する病を恐れ 人々が家でじっとしている中 そんなもの関係ないさと 鼻で笑って外を出歩き病にかかる そんな連中に言うことを聞かせるには 行動制限 拘束 厳罰 暴力装置 そんな強制力が必要で そのために今この国の憲法を 大きく変える必要があるだろう この国を守るために 自由には限度があることを知るべきだ 二つ目の首は 口から同調圧力の呪いを吐く 人々を家から出したくなければ 相互監視が一番だ 大切な命を守るために 今は皆で歩調を合わせる時だ 合わせない不届き者がいれば とりあえずは説得しよう しかし言うことを聞かないなら そいつに指を突きつけ 社会から締め出してやれ さらし者にして罵ってやれ 生活力を奪ってやれ 強権力など必要ない 人々の力は弱くはない この国は皆でなんとかできる 三つ目の首は 口から洗脳の呪いを吐く 強権力も同調圧力も 息苦しいね生きている感じがしない そんな時は朝から晩まで 外は恐ろしい世界だという情報だけを 繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し ただ与え続ければいい そうすれば人はそのように染まる それに合わせた行動しかしなくなる あとはそいつの自由さ 好きなように生きればいい 幸せを感じる日だってあるだろう さあ今すぐ余計な情報は全て遮断し 頭の中を今の時代に合わせて 作り変えようではないか さてこの三つの首から 無事に逃げられるかな? ケルベロスは手強いぞ ほとんどの者は三つ首のうちの どれかに噛まれ まだ地獄で騒いでいる いや大丈夫もし噛まれたって 別に痛くはない それどころか 噛まれたことにも気がつかず 自分はたいそう優れた人間だと 胸を張って生きている奴も 少なからずいるってわけさ ---------------------------- [自由詩]詩のリハビリ/滝本政博[2020年7月30日21時32分] 地下室への階段を降りてゆくと 探していた言葉があった それは難しい言葉なんかではなくて なんてことはない言葉だった くだらないなぞなぞの答えのような 拍子抜けするようなやつ でも 昔は仲良しだったんだ お前と踊ろう 久しぶりに手を取り合って あの頃はさって 懐かしがって 好きさ わたしの身の丈に合った 馴染みの言葉 埃をはらって 少し磨いて もう一度つきあってみるのさ ---------------------------- [自由詩]熟れた悪意の日々/ただのみきや[2020年9月26日20時04分] 小乗奈落下り 薄皮一枚 力ずくの力が萎えた両腕で 無垢な羽ばたきを模索する 庭園の苦行者は薄幸の煌めき 傷口は各々レトリックを備え 投げやりな否定で自らを慈しんだ 最初は小さな穴だった 風船をテープの上から針で突いたような 圧力から逃れ 吐息は殻を持った 穴は次第に大きくなる 途切れることなく奔放に 吐き出しているのか 異なる気圧に吸い出されているのか 目的と手段の融合 継ぎ目のない母子像 自らを標本として虫ピンで留め続け せめぎ合い 裂ける 虚空の広がり 署名がなくても明らかだった 夢の中ですらまざまざと 己ただ己に取り囲まれて すべて砂塵 賛辞も批判も 埋もれて往くだけの木乃伊を 誰が発掘する? ましてや真水で戻す者など それでも茫漠幽玄三千世界とまだ嘯いて 御椀の舟に箸の櫂――ただ内へ          内へ飲まれる渦潮地獄 聖母 男は今も母親と臍の緒で繋がっていた 捏造された記憶では 母はラファエロのマリヤに似た娼婦で 愛情深い甲斐性無しだった もうずっと前にもらった 吊るしっぱなしの花束が 唯一微かに美の面影を残していた 日の入らない部屋の鏡台の中から 下着姿で微笑んでいる 男は今も母親と臍の緒で繋がっていた ショットガンを咥えて 男の頭は壁紙になった 思想も記憶もなにもかも 夕陽に滾る海に 女の顔が浮かび上る 大理石より白く死者よりも仄かに笑み すぐに沈んでいった 暗闇の中で 男の記憶は一枚の絵 赤い海の底 黒い下着の聖母 一杯やるか 目で追っていた女が急に振り向いた時 雨は斜めに手早く辺りを染めた バケツに浮かべた小舟のよう 静かに内側から溶け 時間は海月のような山火事だった 幼児たちの散乱に 揺らめきながら目を瞑り 夜の海に足を取られ 一瞬で萎れた花 あるいはキチン質の断章 神の視線に干からびた雀蜂 女の唾のような一滴を添えられて 年を取ると歯磨きが丁寧になる 劣化した輪ゴムのように時間を裏切って ぺしゃんこになった蝙蝠と首っ引きの 甲斐もなく 安酒を買う 瓦解する過去の なんと朧なことよ 迎える未来などなく ただ瞬間が上書きされ続け 階段を上り下りする雑踏の 足音から解を求めた 延々連なる方程式 自問自答の音楽に笑い声が身を投げる 散らばったビーズの一粒が 新たな神話を模索している 老いさらばえた仮面の下 雄鶏が鳴くようにぱっくり割れて 祈りより濃く吐いた息 溺れる蟻たちはネオンサイン 瞳を静かに爆撃する 音楽は貝を愛し 耳は盲目の猫を愛でる アスファルトを打った胡桃の 色彩の片言 黒いハンカチを振りながら あとは惨殺 わたしは感光し白痴化する 徒歩 車は風を追い抜いた 風は自転車と競い合う 自転車がわたしを追い越した いい塩梅に 風に押されて歩いてる 「ああ」や「おお」は煙草のようなもの 表皮を剥いてしまえば たましいは 言葉のないのっぺらぼう 震え波立つ欲求に 既成の言葉を並べ合わせ ことばの意 こころの意 開けば開くほど 冴え冴えと 寒々と 青の彼方 蜻蛉の行方 見つめる虚空に見入られて                      《2020年9月26日》 ---------------------------- [自由詩]ディスタンス(通勤電車にて)/猫道[2020年9月27日20時48分] 整髪料 イヤホン マスク メガネ 立ち姿 スクロールする指 2人以上なら関係 近くにいると猛烈な勢いで飛び込んでくる 繁華街の広告看板くらい鬱陶しい テレビのように消せない 情報の数々 そういえば 集合住宅で隣に住む人との距離はいかほど? 壁一枚隔てた先は天国か地獄か それを楽しく描いたドラマは多い 東京は個室都市だと誰かが言った 明日戦争が始まると誰かが言った たしかにここは仕切りが無いのに個室だし 銃弾も持ってないのに戦争はもう始まっている 駅員への暴力(ツバ吐き)は禁止します ドアに引き込まれないようにご注意ください 盗撮にご注意下さい 大事にしようあなたの命 隣の部屋の住人が深夜2時にパーティーを始めてブチ切れ 壁を本気で殴って骨折した俺 嘘みたいなホントの話 は大抵おもしろい ところで あの時 壁がなかったら殴っていただろうか 壁がなければ 殴るだろうか 壁があるから 殴るのではないか あ これって世界の真理なんじゃねえの そんなわけで 今日から我が国はジャンルの壁をぶっこわします! スタバで回る穴子や中トロ 動物園の中に立つラブホ 保育園の中に大学院 洞窟の中で売ってるギャル服 全裸で腰掛けるフードコート ワンフロア打ち抜きのアパート 三十メートル四方のベッド 何世帯もが適当に雑魚寝 壁がねえ! …のも考えもの? 壁が欲しくて生きてる人 壊す壁が欲しくて生きてる人 乗り越える壁がないと死んじゃう人 取っ払ってもずっと見えない壁がそこにある人 壁がない人 壁に絵を描くのが好きな人 壁を高くする人 低くする人 壁で押す人 壁で抱く人 みんなを乗せて今朝も電車は走る ---------------------------- (ファイルの終わり)