norifの恋月 ぴのさんおすすめリスト 2008年4月11日21時24分から2009年3月23日22時04分まで ---------------------------- [自由詩]もへじなひと/恋月 ぴの[2008年4月11日21時24分] へのへのもへじみたいだねと問いかけたら 「へへののもへじ」が正しいんだと あのひとは言った ―へのへの 叱られて家に帰れなかった 夕焼け空に ロウセキで描いた へのへのもへじ けんけんぱの輪を追憶の黒い影くぐり抜け とうりゃんせの歌声が わたしの背中を呼んでいた ―へへのの 困ったような「へ」の字のまゆげ それでも「へへのの」にこめられた頑なな思いは まるで道化の素顔を垣間見たようで しれっとした眼差しに 愛だけでは幸せになれぬと「へ」の字くち へのへのもへのとも言うらしいけど 「通り抜けできません」と標された 人生の袋小路で捨て猫一匹みゃぁあと鳴いて おままごとしていた、あの頃がよぎる それは空っぽの部屋に 空っぽのふたり お互いを傷つけ合うことでしか満たされ得なかった 忘れようとして忘れることのできない日々 へのへのもへじのげじげじまゆげ カンけりのカン思いっきり蹴られても わたしは案山子と素知らぬ顔で ---------------------------- [自由詩]ふりふりなひと/恋月 ぴの[2008年4月17日21時32分] ゴスロリっていうのかな そんなフリルのたくさん付いた服 一度くらい着てみたいけど 「おばさんの癖して…」 あなたに言わてしまいそうだし そんなの着れる歳じゃないことぐらい判っている ふりふりのお洋服 着れないかわりにいろんなふりをしているよ おとなしいふり 協調性のあるふり つつましやかなふり それから あなたを立てる賢いおんなのふり もしかすると、死んだのに生きてるふりしていたりして ちょこんと乗せたヘッドドレス 球体関節人形の瞳みたいに 果てしなく澄んでいて 血に餓えた花束の匂いがする ほんとのわたしって誰なんだろうね どこの誰だろうと構わないけど ふりふりのふりふりは ふりふりで ふりふりのふりふりは ふりふりだから 自分探しの旅をする気なんて はなから持ち合わせているはずもなく わたしって存在のふりをして生きる ---------------------------- [自由詩]見つめなおすひと/恋月 ぴの[2008年4月23日19時28分] 自分で考えてみても些細過ぎる悩み事を 頷きながら聞いてくれる 復縁できたらとか下心あるのかな 彼だった頃は喧嘩ばかりしていたのに なんだか不思議だよね 今では心を開いて相談できる 同志とか戦友とかそんな存在に思えてしまう これって身勝手すぎるよね 心苦しさとかもあったりするけど あれは親友と信じていた子に裏切られた時のこと 誰にも相談できなくて どこか遠くへ行きたくなって 夜更けのベンチで行く当てもなく星の瞬きを眺めていた 心配かけたくないから 今思えば心の弱さを曝け出すことへの躊躇いから そんな言い訳していたのかも 何かあったら連絡しなよ 優しすぎる笑顔に心揺さぶられ 「やり直してみようか」 喉から出かかったその言葉をぐっと飲み込んだ 改札口に消えるあなたへ手を振りながら ひととひとの関わりの難しさと 心の有り様に思いを巡らせ あのベンチにでも行ってみようかな 誰もいない雨上がりの公園 わたしの帰りを待っていてくれたのか 街灯の明りに浮ぶベンチはあの時と変わらぬままで 過去と未来の真ん中にわたし自身を賭けてみる ---------------------------- [自由詩]ピンポンゲートなひと/恋月 ぴの[2008年4月28日21時00分] 女子トイレに入ってきた あなた あっと小声上げたと思ったら ばつの悪そうな顔して出ていった なんだかおまぬけで可愛いよね あれれ、わざとかな 石橋は疑って渡れ ほとんどの誤りって勘違いの仕業 ―だよね 「わたしはあなたこと愛している」 それはあなたの勘違い ―だったりして そこから何かしらのドラマとか はじまると良いのにね 気づかぬものは久しからず 勘違い、破綻してはじめて誤りだったことに気づく そんな経験を嫌になるぐらい繰り返している おばさんが男子トイレに入っていく それは勘違いでも何でもなくて Going My Way ―ってことなのかな 恥じらいとか優しさとか人間らしさを棄てたとき ひとは勘違いだと気づくことさえ失う スイカを自動改札機にかざしたはずなのに ピンポンゲート閉まるのは 女性としての賞味期限過ぎたから で、それがどうしたと開き直ってみたりする ---------------------------- [自由詩]待合室のひと/恋月 ぴの[2008年5月3日21時47分] 長い間待ち望んでいた瞬間が訪れる 受付の看護士さんに案内され 病院らしい匂いのする待合室の長椅子に わたしはひとりで腰掛けていた 手術自体はあっと言う間ですから こころにメスを入れるなんてと 狼狽えるわたしに向かって 若い担当医は自信満々な口振りで答えた わたしにも思春期があったとして その頃からだったのか わたしを捕らえて離さなかったもの 片時もその存在を忘れることの出来なかったものから わたしはついに解き放たれようとしている いよいよだからね ちょっと汗ばんだ掌を見つめていると わたしの名を呼ぶ声がして 手術室の扉が開き 白いベッドが眩しさのなかに浮かび上がってきた 待合室の長椅子から立ち上がり 眩しさに招かれるまま歩みはじめたとき わたしは気付いた 忌み嫌い取り去ってしまおうと思ったものこそ わたし自身の総てだと言うことに どちらへ行こうとしているのですか 背後から看護士さんの声が追ってくるけど 何処へ行こうとしているか そんなことまで判るぐらいなら こうして生きている意味なんて無い気がして ---------------------------- [自由詩]パンダなひと/恋月 ぴの[2008年5月13日21時25分] はじめての出逢い それは父親に肩車されてのこと ガラスの向う側で 愛らしそうな顔して笹を食べていたっけ 何時でもいるのが当たり前 そんな存在でもあったような気がして パンダってまた来てくれるのかな そんなこと話してみたら 「中共のプロパガンダに踊らされるな」って あのひとに言われてしまった チュウキョウってなに? プロパンガスの間違いじゃないのかな フリーチベットとか難しいこと判らないけど パンダって野生なんだよね 一匹の雌を巡る争いのシーン テレビとかで観たことあるけど 食べることしか能が無いようなヘタレなんかじゃなくて なぜかビートたけしのこと思い浮かべたりした そのパンダ凶暴につき 愛ちゃんと笑顔でピンポンしてたけど 素直に喜べないのは何故だろう 聖火リレーの沿道を埋め尽くした 熱狂的な赤い旗に恐怖心さえ覚えてしまう それでもパンダがまた上野に来てくれたなら 小難しいこと抜きにして逢いに行きたいと思う 屁理屈並べて嫌がるあのひとと一緒に 出来ることならふたりの子供でも連れて たとえかりそめであったとしても 平和は平和 そんな感じで ---------------------------- [自由詩]五月のひと/恋月 ぴの[2008年5月19日19時49分] 好きとか嫌いとか そのような感情と同じ速度で 五月の空はわたしのこころを蝕んでゆく そして陽射しに揺れる葉桜が 散り行く先など知る縁も無いように 他者への憎しみを こころの襞奥に抱え込めば 何時しか憎しみはひとつの美しい球となる その球を慈しみながら 永遠と名付けられた限り在るものに 仄かな恋をしてしまう 触れて欲しいと願わずにはいられなくて 野に咲く花の名前など知るはずも無いのに 流れ行く雲と雲の狭間で 一枚の栞となった わたし自身の姿を水面に映してみる 乱雑に綴られた日記の片隅に 雨音が恋しいと あなたは書き残し 遠く離れてしまったからこそ 語り合えることがある そして 五月とはそのような季節であることを わたし達 誰ひとりとして歌おうとはしない ---------------------------- [自由詩]支えるひと/恋月 ぴの[2008年5月25日20時38分] 世の中には支えるひとと 支えられるひとがいる 支えるひとは暗い海に胸元まで浸かり 力の限り支え続け 次々と押し寄せる荒波に揉まれては やがて力尽き海の藻屑と消える 支え続ければ いつしか報われる日は訪れるのか 伝わらぬは世の常だと暗い海は繰り返す 荒波の砕け散る音 弔いの風音 何度も逃げだそうとした 先の見えぬ日々から 唇を噛み締める夜の虚しさから それでも気がつけば 名も知らぬ誰かを支えようとして 暗い海に胸元まで浸かり 両腕を伸ばし 足元を攫おうとする嘲りに耐えながら 海鳥は鳴く ---------------------------- [自由詩]支えられるひと/恋月 ぴの[2008年6月1日21時35分] 天涯孤独だからさ… それは、あなたの口ぐせ 帰るべき家があって 待っていてくれるひともいる それなのにどうしてそんなことを言うのだろう こころの空白を満たそうと 終わりの無い旅を続けているのか 愛するひとに支えられていることを 忘れてはいないはずなのに 静まり返った食卓に並ぶ料理には目もくれず 吸い指しの煙草に火をつけた 誰ひとり孤独に耐えられないくせして 孤独に焦がれ 破滅の時を誘い込むかのように 支えるひと 支えられるひと 何処までも擦れ違ったまま 愛するひとの待つ寝室のドアに手をかけようとして あなたは 小さく首を横に振り 六月の雨に濡れる夜の街へと消えていった ---------------------------- [自由詩]古いひと/恋月 ぴの[2008年6月7日23時05分] 両の人差し指でぱたぱた ニワトリが餌でも突いているようで 思わず吹き出しそうになるけど なにやら真剣に打ち込んでいる あなたの横顔 見方によっては男らしいとも言えそうで 古いやつだとお思いでしょうが… その台詞の続きって 古いやつこそ新しいものを欲しがる…でしょ その割にパソコンは年代物のMacだし Mac用フロッピーをどこへ隠したのだとか なんだか調子狂ってしまう もしかして手紙を打っているの? だったら手書きにしないと失礼だよ あなたは何も言わず 打ちあがったものをプリントアウトし出した 覗き込んだ手紙らしきものの宛名は 洋介って読めたような気がする 洋介… 別れた奥さんが引き取ったお子さんの名前だったよね 黄色いハンカチ期待して戻った田舎で 新しいお父さんにすっかり懐いた 洋介ちゃんの姿を見て 声もかけず帰ってきたって話しを聞いたのは お酒飲めないあなたが 強かにお酒を飲んだ夜のこと ちょうど三年前の今頃だったかな 洋介ちゃんは今年小学校に入ったんじゃないの ぴかぴかの一年生♪ ベランダに出てみれば 夜空は鬱陶しさを引き摺っていて いまにも降り出しそうな雰囲気だけど あなたは プリントアウトした手紙で折った紙飛行機 あの晩の月に向ってぷいっと投げた ---------------------------- [自由詩]守れなかったひと/恋月 ぴの[2008年6月18日20時20分] 自ら築いた家庭を守る そんな当たり前の事ができなかったのだと あのひとは言った 幸せそうな笑顔の傍らをすり抜けるとき 言い知れぬ悪寒を覚えるのだと あのひとは呻いた 家族のために自分を棄てられなかったのは 血脈の仕業で 我が子を思う親としての生き方なんて どだい無理な話だったんだと あのひとは言った たとえそれが単なる言い訳であったとしても 断ち切れてしまった家族の絆は 元に戻る事など有り得るはずも無く ふうらり浮き草家業は気楽なものさと 血走る足音に踏みつけられた一枚の馬券へ 手を伸ばそうとした刹那 拭っても拭いきれない手のひらの汚れに気づき 特別でもなんでもない どこにでも転がっていそうな人生だのにと あのひとは呟いた ---------------------------- [自由詩]孤独なひと/恋月 ぴの[2008年6月24日23時00分] 同じフロアの同じ間取り 南西向きの小さなワンルーム 好きなひとの去ったベッドに横たわり ひとりの男の死を想ってみる 駅前のスーパーで買い物を済ませ 近く有料になるとかのレジ袋をぶら下げ 都電荒川線の踏み切りを渡れば マンション前の道路にはただならぬ人だかり 好奇心の眼差しを押し退けるようにして 正面玄関にたどり着いてみれば わたしの部屋と同じフロアに消防車の梯子が伸び 数人の消防士がベランダ側の窓を叩き割ろうとしていた 火事にしては煙出ていないし わたしの部屋に入ろうとエレベーターを降りると 制服姿の警官と私服の刑事が数名 もしかして自殺なのかな ベランダの消防士は携帯で撮影してしまったけど 警察官の姿までは撮影はできなかった それでも秋葉原の事件で被害にあったひとを 携帯で撮影しまくったという群集心理が 少しだけ理解できた気がした やがて窓を叩き割った消防士が 玄関前で待機していた救急士を招き入れ ひとの形をした物体を担架に乗せ玄関から運び出す わたしは携帯で撮ることはしなかった 頭の先から爪先まで布で被われた 動こうとはしないもの 数日前までは確かに生きていたという痕跡を残し 硬直しきった遺体の突きつけてくるもの とりおり玄関の扉の隙間から ものものしさを残す部屋の方向を窺ってみれば 単なる事故なのかそれとも事件なのか 探り出そうとする白い手袋が蠢いていた 独身の中年男性だったらしい かなり以前から病気がちだったらしい 数日前から会社を無断欠勤していたらしい 死と言う現実さえも憶測の海に漂うばかりで 眠れぬままに携帯をいじっていると 窓を叩き割る消防士の姿 そして 撮っていないはずの担架で運ばれる遺体が写っていて それはわたし自身だったことに気づいてみせる ---------------------------- [自由詩]無人駅のひと/恋月 ぴの[2008年6月29日23時08分] (1) あなたにはじめて出逢ったのは この廃屋が未だ駅舎として機能していた頃のこと 夏草の浸食に怯える赤錆びた鉄路と 剥がれかけた青森ねぶた祭りのポスターが一枚 この駅を訪れるひとと言えば夏山登山の客か 写真家ぐらいなものなのに その何れでもない風体のあなたは 人目を避けるように待合室の古びた壁へ寄りかかり しきりに時刻表を気にしていた (2) どちらから話しかけたのだろう 実家から東京のアパートへ戻るわたしと 何故この駅を訪れることになったのかさえ語ろうとしないあなたに ほんの僅かな接点さえ有り得る筈は無かったのに いつの間にかあなたはわたしのアパートに転がり込んでいた ある種の感情の表現 例えば好きだとか愛しているとかの言葉が あなたの薄い唇から一度も発せられたことは無かった 冷たく光る瞳に映るのは 枕を濡らす情愛に溺れた女の痴態と 男の肩にしがみつこうとするわたしの白いうなじ (3) あなたが革労協の主要メンバーだと知ったのは ふたりで暮らしはじめて半年ぐらい経ってからだった ゼミの授業を終えてアパートへ戻ると 黒いヤッケにナップザック そして野球帽にマスクをした男達が数人 狭い四畳半に篭り一晩中何やら話し合っていた ときおり窓から向かいの路地裏を見下ろせば 公安の刑事らしき男達がわたしの部屋を見張っていて わたしの姿に気づいたのか 顔を隠すかのように咥え煙草をつま先でもみ消した (4) わたしにとって毎日が刺激的だった 地方の女子高から東京の大学へ出てきたものの 親しい友だちが出来た訳でも無く 大学と親が借りたアパートを往復する日々 何かしらの変化をわたしは求めていたのかも知れない 一晩泣き明かそうが朝になれば鏡に向かい化粧を整えるように 女は何かしらの変化を期待し続け そしてその変化のために恋の夢を紡ぎ出す (5) 刑事の聞き込みに慌てた両親に実家へ連れ戻されてから あなたと再び逢うことは叶わなかった 携帯電話とか便利なものがある時代では無かったし あなたからの手紙は総て破り捨てられてしまった 地元の男性と結婚して今では子供がふたり あの頃のわたしが求めていた変化 それを我が子に託すのが母となった女の定めなのだろうか (6) 温泉巡りを兼ねた夏山登山の帰りだったのか 定年退職を迎えた公安の刑事と道の駅で出会った 咥え煙草をもみ消したつま先からは未だに刑事特有の臭いがした その男が押し付けがましく語り出すあなたの最後 対立するセクトのメンバーに側頭部を鉄パイプで叩き割られ 即死状態だったあなたの手首に手錠をかけた薄汚れた掌 内ゲバで死ぬなんてなあ わたしの連れ子をあなたの忘れ形見と勘違いでもしているのか 嘲るような薄ら笑いを浮かべていた (7) ねぶた祭りのポスターの掲示してあった壁には 画鋲を差した痕跡ばかりが目立ち ひとの手の入らなくなった駅舎は今にも崩れ落ちそうで ひび割れたホームではセイタカアワダチソウが蒸し暑さに揺れている 見上げれば夏らしい雲が梅雨明けの空に浮び あなたの知らない男との子供がわたしを呼んでいて ひとつの夢の終わりにあなたの好きな向日葵を一輪手向けた ---------------------------- [自由詩]ホコテンのひと/恋月 ぴの[2008年7月10日12時25分] みんな大好き! と叫んだアイドルがいた その場の誰もが 「みんな」には自分も含まれている と信じようとして アイドルの名前を大声で叫んでみたりする 「みんな」 そして「わたしたち」 それらの意味を今さら探ったところで 何になると言うのだろう 「わたしたち」ということばは絶えて久しいのだから ホコテンに集ったひとびとは 常に「個のわたし」の集合体でしかなく 「みんな」ということばの生み出す状況に寄り添いながら 終わりの無い孤独感を紛らわそうとする あの事件のせいでホコテンがひとつ無くなって 中央通りの狭い歩道を行き交う人々は いからせる肩に当った他人の痛みなど思いやろうともせず フィギュアの性器へ差し入れた人差し指の感触に妄想を膨らませて みんな大嫌い! と叫ぶひとりの男がいた その場の誰もが 「みんな」に自分は含まれているのかなんて 疑問を差し挟むはずもなく 昔は竹の子族だったという万世橋交差点付近から 日は昇り ゲルマニウムラジオのダイヤルを回す ---------------------------- [自由詩]iなひと/恋月 ぴの[2008年7月17日23時45分] * 1 愛無しには生きられない わたしは本気でそう思っていた * 2 あの水着もそうなんだけど これもなんだよね 目新しさは常に外側からやってくる そんな時代になったことを 思い知らされた日に 指先で踊るパズルはふたりの思い出 懐かしさに立ち止まろうとしても 許されることでは無く 雨戸を閉ざした母屋の軒先で ビードロの風鈴 ちりりりんと風に揺れた * 3 目に見えるものだけを信じる そうすれば ひとは愛無しでも生きていけるのだから あなたはそんな言葉を残して ひと夏の記憶となり わたしの心は人肌の優しさを忘れ得ずに ざくろの花は 愛するひとの想いに染まり 秋になると熟れた果肉を庭先に曝す * 4 だとするならば 心を通わすことへの戸惑いは ひとを愛した証しだと ビードロの風鈴 ちりりりんと風に揺れた ---------------------------- [自由詩]遠ざかるひと/恋月 ぴの[2008年7月23日22時11分] (1) 明日と言う日の訪れを恐れるときがある 気を紛らわすことさえままならず 早々に床についたとしても 考えるのは埒のあかないことばかりで 苦し紛れの寝返りを打てば 人の気も知らず目覚し時計は時を刻む そして寝付けぬままに朝を迎えれば 何一つ変わること無く 今日という日がただそこに在る あれほど思い悩んだ明日と言う日は わたしを突き放したような素振りを見せて 熱帯夜の向う側へ遠のいてしまう (2) 縁日で買ってもらった狐のお面が 外れなくなった夢を見た この子をサーカスに売ってしまおうかと 話し合うひそひそ声に聞き耳を立て サーカスに売られるとはどんなことかと思い巡らす 紅白のピエロの服を着せられて 旅から旅への日々 背負う行李に 外れぬままのお面の下でくやし涙を流したり 旅先で出逢う心優しい少女の横顔に 生き別れた妹の姿を宿し 望む夜空にふたり遊んだ小川のせせらぎを聴く (3) 雲一つ無い青空に照りつける夏の陽射し 影法師さえもその姿を隠し 街路樹はただひたすらと耐え忍ぶばかりで 無機質に焼けた歩道に 男がひとり こちらへ背を向け佇んでいた その男の肩に手をかけようとして 狐のお面を被った男の行方を尋ねようとして わたしは陽炎の立ち昇る歩道を走った 息を切らし 噴出す汗を拭おうともせずに (4) あまりの寝苦しさに目を覚ます 相変わらず狐のお面は取れぬままで 今しがたまで見ていた夢を想う わたしに良く似た男が走り寄ってくる 肩に手をかけようとして 狐のお面に気付き驚愕の眼差しを向けた ぜえぜえと荒い息を吐き 噴出す汗を拭おうともせず凍て付いたままの男 そして紅白のピエロの服を着た男 ---------------------------- [自由詩]消費されるひと/恋月 ぴの[2008年7月30日18時57分] (1) 掛け声と干物の臭いに押し流されるようにして 昼下がりの賑やかさに身を委ねてみる 所狭しと商品の並んだ店先を覗けば 一見かと値踏みする手練の客あしらいに 思わず半歩後ろへ下がりつつ 心細い財布の紐を殊更に締め上げてしまう それでも 煩わしい孤独感とは無縁の世界がここに在る その他大勢に紛れる安逸さと 割り箸に串刺したパイナップルの甘酸っぱさ そしてアメ屋横丁をガード沿いに歩めば 二木の菓子と徳大寺の境内を右手に見やり やがて春日通りに突き当たる (2) 小高い丘の美術館にその絵画は展示されていた 芸術としての尊厳を些かも損なう事無く 空調の整った展示室の良く目立つ位置に飾られていた 昨今の美術ブームとやらの影響なのか 善男男女の行列は途切れる事無く 一端の鑑賞家にでもなった気で連れに解説したり 絵筆のタッチに画家の意思を探ろうとする そんな一枚の絵画と人々の関わり様を 私はスツールに腰掛け眺めていた 数世紀もの時空を越え 描かれたばかりの鮮やかさで息づく一枚の絵画 そしてその絵画を優れた芸術として鑑賞し 対話を試みようとする人々 たとえ対話が不調に終わったとしても 試みようとした意志は一枚の絵画に生を注ぎ 鑑賞の眼差しはカンバスの裏側まで捉えようとする (3) 再開発から取り残されたような一角に その飲み屋はある 「縄のれんには演歌が良く似合う」 そんな定説を覆そうとでもしているのか 軒先のスピーカーから弾き出される大音量のバップ 安酒と黒褐色の腕が叩き出すフォービートのうねり ジャズとは小難しく向かい合うものでは無く 日没を待ちきれぬ赤ら顔にこそ似合うのかも知れない 至上の愛の旋律が備長炭の煙を震わせ 客が客でいられる最低限のつまみと一杯のひや酒 先ほどの美術館とは直線距離にして数キロと離れぬ場所で 安酒の酔いに身を任せた私がいる 「どこでどう間違えてしまったのだろう」 そんな疑問を差し挟む余地など無い現実があり そして 心を再び侵しはじめた孤独感から逃れようとして なけなしの財布から無明の酒に手を伸ばす ---------------------------- [自由詩]働くひと/恋月 ぴの[2008年8月6日19時01分] 今日も一日誰とも話さずに終わってしまう 仕事柄何十本もの電話をこなし お昼には職場の友だちとランチなんかしたけど それで誰かと話したってことにはならない パソコンの電源落として 机のまわりとか整理整頓して タイムカードには定時退社の時刻が並ぶ わたしがこの会社に入ったときには すでに制服は無くなっていた 無い方が良いってひともいたりするけど おしゃれな制服って憧れるし オンオフの切り替えできないままに 漫然と一日を過ごしてしまうような気がする そう言えば職業婦人なんてことばあったよね らいてうさんの新婦人協会とかのにおいがすることば 新しい女のあり方を模索したとかで 何だか進歩的な雰囲気あるけど どうもぴんと来なくて 女の自立って制服のある無しよりも大切なのかな らいてうさん達の活動があってこそ わたし達の今がある そう思ってみたい気もするけど あちこちのビルから出てくる ひとの流れに逆らうことなんか出来なくて ビッグイシューをかかげる帽子のおじさんの脇をすり抜け 東京駅丸の内北口への交差点を渡った ---------------------------- [自由詩]転がるひと/恋月 ぴの[2008年9月26日21時22分] (一) 明治通りと靖国通りの交差する 新宿五丁目交差点から ABCマートの軒先に並ぶスニーカーでも品定め 数メートル歩いたところに スターバックス新宿三丁目店はあって いつものように通りに面している席へ陣取り ダブルモカマキアートをゆっくり啜る 新宿御苑辺りでも秋の気配を感じられるようになり まだ午後5時を少し回ったぐらいなのに 夕闇は容赦なくビルの谷間に押し寄せ 行き交う人々の歩調が忙しくなったのに気付く (二) それでもこの界隈は目覚めたばかりで 辺り構わず悪態を吐くアルコール中毒患者のように だらしなく開いた扉の奥では若い男たちの働く気配がする おいらもナジャの店先を掃き清めると 小さな仏壇の前に掌を合わせ開店準備にとりかかった (三) 「会員制バー・ナジャ」 会員制と名乗ってはいても 何かしらの取り決めとかある訳では無く その日の気分で そして雰囲気で断わったりするだけのこと コミケで仕入れた同人誌にでも感化されたのか ときおり二人連れの女性が飛び込んでくる 彼女らの望むような美少年なんて 少なくともおいらのまわりでは見かけないし ましてや美少年同士の儚い恋物語なんてある筈も無い 此処に集うのは翼をもがれた堕天使と 人間になりそこねた醜いアヒルの子が一羽 (四) いずみとの出逢いについて思い出してみる あれは霙混じりの冷たい雨が降りしきる夜だった まーちゃんの知り合いに連れられて この店をはじめて訪れた 出版記念パーティの流れだとかで 纏った黒いコートの下には サテンのような肌合いの黒いスリップドレスを着ていた 「ひよこさんなのね」 いずみは自らをキキと呼んで欲しいと言った 黒いドレスの似合うおんな マン・レイの愛人 藤田の描いた乳白色の肌を持つおんな キキ 男の股間をまさぐるような眼差しと 利発すぎる微笑み 恥じらいを演じることのできるおんな キキ (五) それからキキは足しげくこの店を訪れた ひとりだけのときもあったし 女王様きどりで下僕の男たちを従えて 下品な猥談にも怯まず大胆に長く白い足を組替える 去年の大晦日 恒例の年越しパーティが引けたあと いずみ、まーちゃん、ちーママ そしておいらの四人で初詣に出かけた キキとまーちゃん 古くからの知り合いのようで それでいて微妙な距離感を保っているのに気付く 肩が当ったとしても遠慮する訳でも無く たとえばそれは 長年連れ添った夫婦の厚かましさにも似て 四人は花園神社の人波にもまれながら やっとのことでお参りをすませた 「いや〜ん、大凶だってぇ」 まーちゃんがおみくじを手に大声で叫び どれどれと覗き込んだキキの笑顔 恋人同士 傍から見ればそんなふたりにも思えた (六) 開店準備を終えたナジャの店内に マルのピアノソロが流れ おいちゃんとふたりだけの大切なひととき 居抜きで引き継いだ黒いカウンターの上には どんぐりの実ひとつ まーちゃんの掌から転げ落ちたはずの どんぐりの実 唸り声にも似た音がして あの闇はこの店に横たわる深い闇と繋がっている ---------------------------- [自由詩]Billion Dollar Babies 2nd Step/恋月 ぴの[2008年10月9日19時01分] 感じたふりしてゴメンね と君に言われ 皆の前でパンツ脱がされたトラウマが蘇る アナタのってまんまラッキョだわ それでも人はすべからくラッキョの前に跪き 日々の祈りを捧げる ラッキョであって ラッキョで無い そんな思いに救いを求めたとして何が悪いのだろう コンドルが咥えていった一粒のラッキョ 確かにそいつは地球を破滅から救うのだから やっぱし桃屋だよね 小さな幸せに浸りたくて かりぽりラッキョなんか噛み砕いてみた ---------------------------- [自由詩]十月のひと/恋月 ぴの[2008年10月13日23時04分] 今月なのは間違い無いのだけど 確か二十日頃だったよね 金木犀の甘い香りは あのひとの痩せた背中を映し出してくれるようで ひとたび心離れてしまうと あれほどに固く結ばれていた思いまで こんなにもたやすく解けてしまうものとは 便箋の色合いに気を配りつつも お元気ですか そんな当り障りの無い書き出しに戸惑う ほんの気まぐれなのかも知れない 温もりが恋しいだけなのかも知れない 戻り得ぬ肩の触れ合うその先に 秋の日は思い煩う空の色 ---------------------------- [自由詩]いたみ/恋月 ぴの[2008年10月19日22時21分] 叱るつもりが 感情に身を任せ怒っている 自分の醜い姿に気づく ひとは誰でも 誰かを叱ったり怒ったり出来ないはずなのに 自らの思いを通そうとでもするのか 声を荒げてみたり ときは手まで上げたりして 南天みたいな赤い実を付けたハナミズキは 頬を染めたようにほんのりと色づき 冬の訪れを知らせる北の風に揺れている 傷つけて傷つけられて 優しさの意味合いは出口の無い迷路に彷徨い 飲み込んだ言葉の重さに 秋の日はつるべ落としと陽はかげる ---------------------------- [自由詩]きしみ/恋月 ぴの[2008年11月1日20時10分] 手首の傷は癒せたとしても こころの傷は癒せない ずきずきと痛むこころの古傷は まるで親知らずの発する悲鳴のようで 嘆いているわけじゃない こんな季節の溜め息は 寝付けない台所の取りとめなさにも似て 曖昧のままで済まそうとする思いと これで終わりにしたいと言う思いとの狭間で 不規則に揺れ動き 壊れかけの振り子時計になる 故郷へ帰ることを拒んだ夏鳥の姿に自らを宿し 気まぐれな涙腺のいたずらを隠そうとして とめどない水泡の強さに身を投げた ---------------------------- [自由詩]はげみ/恋月 ぴの[2008年11月8日21時42分] 何気ない気遣いが嬉しくて 立ち去るあなたの背中を見つめてしまう 父とは違う 兄とも違う これが初恋ってことなのかな 山吹色に姿を変えた銀杏並木が 来る春のときめきに思い巡らすように ひとりぼっちの寂しさは 手をつなぎ共に歩む幸せを追い求め こんな私だって生きているんだね 投げ出しそうになった私の人生が ちょっとだけ大切なものに思えてきて 殺風景すぎたこころのアルバムに 秋桜の可憐な花束添えてみた ---------------------------- [自由詩]いつくしみ/恋月 ぴの[2008年11月16日20時11分] 秋鮭って捨てるところ無いんだよね 骨や皮まで美味しくいただけるし そんなこと話してみたら 「人生だって同じだよ」 あなたは秋鮭のルイベを美味しそうに頬張った だと良いけどね なんにもする気がしなくて 日がな一日ごろごろすることに 正しいと思って一生懸命やったことが まったくの勘違いだったことにも それなりの意味があるのかな スーパーで買ってきた特売のルイベ ちょっと生臭い気もしたけど あなたは文句一つ言わずに私の分まで食べてくれて あのさ、美味しいルイベ食べに行きたいな だとすると北海道かな? 冬の北海道って寒そうだけど その寒さにもきっと意味があるんだよね 飛行機なんかじゃなくて 北斗星号とか寝台特急に乗って 流れる車窓をいつまでも眺めていたい 月明かりに浮ぶ穢れ無い雪景色と 人生の在り方 そして、私の隣りには気難しそうなあなた 眼鏡の奥で笑ってる ---------------------------- [自由詩]邂逅のひと/恋月 ぴの[2008年11月23日23時03分] 買い物に出かけた初冬の街角で あのひとの姿を見かけた 両の手のひらをパンツのポケットに入れ 開店前のパチンコ屋に並んでいた 私の姿に気付くこと無く 他愛も無い夢と引換えに大切なものを差し出した 若い男たちに入り混じり あのひとは 渇いた壁に映る長い影だった 帰り道 小さく折ったハトロン紙を開き 名も知らぬ野草の押し花を西日にさらす おまえだけが頼りだと あのひとは私の耳元で何度も囁いたような かさかさに乾ききった薄紫色の花弁は ハトロン紙の上で僅かに震え ふた駅も乗り越してしまった自分に気付く 慌てて降りた駅の改札を抜け すっかりと葉を落としたポプラ並木を辿れば 準備中の札を出した侭の喫茶店 肩の触れ合う軒先で 私から語りかけたのか それともあのひとからだったのか あのときの雨音 降り続く霙交じりの冷たさだけが甦り ---------------------------- [自由詩]きづくひと/恋月 ぴの[2008年12月12日22時07分] 神さまからひとつだけ願いを叶えてあげる と言われたので 幸せになりたいとお願いしてみた 神さまはふむふむと頷いて では、早速明日から叶えてあげよう と言ってくれた 期待に胸膨らませ夜通し起きていたのに いつもと変わらぬ朝を迎えたし 昼になっても 夕方になっても 昨日までと何ら変わることなかった と言うかその日から辛い日々が続くようになった 神さまってウソつきだったんだ どうにもこうにも許せなくなって 神さまのところへ文句言いに行ったら あれっ、約束どおり叶えましたけど あなたのことだから気づいていると思ったのですが うーん、そう言えばちょっとした心遣いに感激して 涙ぽろぽろながしたり 今まで振り返りもしなかった道端に咲く小さな花の可憐さに はげしく感動するようになったけど 幸せなんてこんなものかな 人が死ぬ瞬間って 今まで経験したことも無いような幸福感に包まれるらしい でも、そんな幸せって その瞬間たった一度きりなのだから 小さな幸せひとつひとつを大切にってことなのかな? あと何日かでメリークリスマス ケーキ食べるぐらいしか思いつかないけど なにかイベントでも考えてみようかな せっかくだから雪でも降ってくれて 神さまに謝れるぐらい幸せ感じられたなら おっきな雪だるまに まんまる目玉とげじげじまゆげ ---------------------------- [自由詩]次第のひと/恋月 ぴの[2009年1月25日22時47分] 殺風景なガラス張りの待合室に覚える 独特な曖昧さを避けてみるのも一興と敢えて 乾いた風の吹き抜けるホームに佇んでみた 乗ろうとして乗らなかった準特急の走り去った先には 見覚えのある古い建物の姿 あの建物の1階にはシューベルトの流れる純喫茶があって 陶磁器製のミルクピッチャーを持ったまま あのひとの横顔を懐かしむ私が居た 何故私は乗らなかったのだろう 朝方の通勤電車のように混んでいたわけでは無いし 上手くすれば次の駅で座れたかも知れない 座ることに固執しなければならない程疲れているのだろうか それとも慣れぬ仕事に途惑う心根は 忙しく流れ去る車窓に耐え切れなくなったのか 時計を気にしながらワイシャツの襟を立て 荒っぽい仕草でネクタイを巻く 男のひとなら誰でもそうするものだと思っていた それなのにあのひとは 過ぎ去る時間を惜しむかのようにゆっくりネクタイを巻くと わたしの膝頭へそっと手を置いてくれた ガラス張りの待合室には老婆がひとり 所在無げに座っている 臙脂色のストールを肩に掛けていた 頭上で行き先表示がトランプのカードでも捲るかのように動き まもなく各駅停車の到着を知らせた そう今の私には 秩父巡礼の札所をひとつひとつと巡るかのような 昼下がりの各駅停車こそ似つかわしいと言うべきなのだろう ホームを滑り出した車窓から待合室を見やれば 誰かさんに良く似た老婆がひとり 臙脂色のストールに付いた毛玉のひとつひとつ毟っていた ---------------------------- [自由詩]潮騒のひと/恋月 ぴの[2009年3月17日9時30分] よっこらしょ そんなことばが口癖となった ひとしきり身の回りの片づけを終えると 臨月の大きなお腹を抱え物干し台兼用のテラスへ這い登る 白いペンキを塗り重ねた木製のデッキチェアに身を委ね 臙脂色のストールでとがったお腹を労わりながら 近くの図書館で借りて来た童話を読み聞かせてみたり お腹に添えた掌で軽くあやしながら知ってる限りの童謡を口ずさむ 離れ離れとなってしまう我が子に私の声を覚えて欲しい こんな産みの母であったとしてもあなたのことを心から愛していると ピィヒョロヨヨヨゥ鳶が宙で鳴いている 仮に女の子だったとしても産み育てるつもりだった 愛していたあのひとの子 男の子だと判ったとき私はかなり迷った たとえ貧しくともふたりで生きて行く 母となる女なら必ずそうするであろう選択を私は選ばなかった 読み終えた童話を閉じれば晩秋の海岸線は儚く砕けて眩しい 私からの連絡に美佐子さんは有無を言わさず私に仕事を辞めさせ 遠い親戚の持ち物だという海辺の別荘に私を住まわせた なんならずっと住んでもかまわないから 我が子を奪われた女の行く末を案ずるというよりも 跡取り息子の産みの母の居所を常に把握しておきたい そんな意図が言葉の端々に見え隠れした 良く晴れた日には近くの灯台まで散歩してみることもある 道すがら立ち寄ってみた小さな漁港ではゴム長を履いたおんな達の姿 水揚げされたばかりの魚を台車に乗せ運んだり 干物用にと忙しく腸を取り除いていた 秋の日は釣瓶落としと人は言い 逆子だと診断され慌てふためいたのも大切な思い出となるのだろうか お腹を蹴る力強さを増してきた我が子がいとおしくて あのひとのこと 美佐子さんは今でも愛しているのだと思う 腹違いであったとしても愛するひとの子を引き取って育てようとする思い 今の私には判りすぎて胸が痛くなる ふたりの女に愛されたあのひとって幸せだったのかな ネットの片隅に見つけた小さな記事 私が死にそこなったキャンプ場近くの雑木林で見つかった自殺体 遺体の腐乱が激しくて未だに身元が判明しないのだとか もしかしてあの女のひとではと気になってしまう 重い足取りで各駅停車に乗り込んだひと 私の様子を窺うように車内から顔をのぞかせていたひと 首を吊ったままぶら下がっていたのだろうか 一個の物体と化して木々を抜ける風に揺れていたのだろうか この子を美佐子さんに託したらあの待合室を訪れてみよう そして雑木林の自殺体があの女のひとでは無いことを確めてみたい 以前と変わらぬ時刻に普通電車へ乗り込む姿を それでいて憑き物が取れたのか晴れやかな表情でいることを ピィヒョロヨヨヨゥ鳶が宙で鳴いている ---------------------------- [自由詩]ふだんのひと/恋月 ぴの[2009年3月23日22時04分] 宅配便の到着を知らせる呼び鈴に立ち上がると 私の下半身を跨ぐように放屁ひとつ あけすけな音と不摂生な臭さにパタパタと手にした雑誌で扇ぎながらも これが夫婦ってことなのかと改めて考え直すまでも無く アマゾンで仕入れたトレーニングウエアに袖を通すあなた 言い訳がましい決意の程を問わず語りする 来年こそ東京マラソンに出場するんだ 今春入社予定の新人にフルマラソンの経験者いるらしいし どうせ何処の女子大を出た新人さんねとは思いつつも メタボ気味のお腹を引っ込めてくれるならそれはそれでよろしいかと 今夜はあっちのお付き合いとかあるのかな 期待するわけじゃないけどそれが良妻としての責務なら せがむ女の可愛らしさを捨ててはならない筈だから ちょっと濃い目の寝化粧とわざとらしい言葉尻でそそり まぐろを決め込むあなたのパジャマを脱がす 押し倒してなんかくれないよね 半勃ちのペニスに軽く口付けすると私は体を入れ替えて 潤滑ゼリーを膣襞に忍ばせる コンドームと潤滑ゼリーに支えられた二人の愛 それぞれがそれぞれのためにと 忙しいままに腰を動かせば それに呼応してそれらしき甘い声で答えてみたりする どうなんだろうね それぞれがそれぞれのためなんて陳腐な思いやりは捨て去り 好き勝手、自由気ままに生きてゆく それこそが真実の愛って気がしてならないけど 萎えがちなペニスをオフィスラブの妄想で支えるあなたと 濡れなくなった言い訳はさて置いて潤滑ゼリーを用いてしまう私 鬱陶しいけど無くなってしまうのもね 運悪く子供が産まれたならこんな儀式さえも途絶えてしまい 育児ノイローゼぎみな私にしらんぷりを決め込む背中が見えてくる いつの間に終わっていたのか私の身体から出て行くあなた だらしなく伸びきったゴムの先には白い澱みが満たされぬ風情で あの桜はそろそろ見頃かなと思いを巡らす私がいた ---------------------------- (ファイルの終わり)