深水遊脚のおすすめリスト 2017年3月14日2時13分から2018年2月16日16時06分まで ---------------------------- [自由詩]岸辺/それにもかかわらず[2017年3月14日2時13分] 遠くにある町を眺めている 海の向こう タバコはもう吸っていない クジラが見えた気がした 工場からでる黒煙 憧れの場所は蜃気楼 町は僕を忘れた スーツで泳げたら 向こう岸のテトラポッドにキスがしたい ---------------------------- [自由詩]お片付け/梓ゆい[2017年3月17日7時39分] 掃除をしたはずの離れは 埃臭くて何処と無く汚い。 段ボール箱を破いて いくつかのゴミ袋に詰め込んでは見てみたが こまめに捨てなさい。と呆れる 父のお叱りが聞こえた気がして 久しぶりに開けた窓を見る。 いつもより大きく感じた2つの窓 すぐ側の箪笥には 幼い頃に着ていたパジャマが眠っている。 数回袖を通しただけで 小さくなってしまった。という母の一言で いつの間にか忘れていった。 ひとつ上の段から出て来た父のジャンパー 所々に穴が開いていて 居なくなった事を悲しんで泣いているかのようだ。 今日一日は晴れの天気予報 ゲートボールを打つ音が 大きな拍手と共に 裏の広場から聞こえてくる。 ---------------------------- [自由詩]烈光/黒髪[2017年3月17日23時35分] 灯籠のつくように世界の意味は反転する 昼と夜とについてくる残酷な時刻たち 君らには心がないんだね それなのになぜ世界を統べるの 吐く息に祈りを込めた 吸う息に唇を震わせた 先へと思いを投げて 空がひび割れてその向こうが見えた 裂け目をまたぎ僕自身の妄想と現実は手を結んだ 僕は空へ叫んだ 僕は疑ったり信じたりした 壊れたものをつなぎなおすのが神の手だ 手のひらを返されて 必死でこの世にしがみついたよ ---------------------------- [自由詩]streotype2085/stereotype2085[2017年3月18日20時20分]  性欲情欲に溺れて 理性は打ち捨てた 水に弾ける未来の幻想  僕らは手に手をつないで 太陽の情熱に焼き焦がされる  罪や罰だなんて忘れてしまった それが僕らの性(さが)  そういや僕らの裁判官はドラッグに身を捧げたって話  そういや僕らの裁き人は当の昔に神であるのをやめてしまった  憂鬱な曇り空のあとには晴れ模様が広がるって噂だったが  神格化されたあいつ そう あのロックミュージシャンのせいで  曇天模様の下 アナログテレビの砂嵐はかき消されることがない  澄んだ心で告白したあとには 愛の抱擁が待っているはずだったが  神格化されたあいつ そう あの道化師のせいで  水浸しのベッドの上 彼女は泣いてばかりだ やるせない  神様は宝石と愛情を秤にかけている  神様は宝石と愛情を天秤にかけている  まったく気がめいる話だ 誰もが頭を抱える  そう これが近未来2085年のステレオタイプな生き方  この世界に「無垢」な価値観って奴を探してみたが  行きあたるのはいつも業の写し鏡 それが僕らの性(さが)  そういや自分の人生でさえ最近は他人事だ  そういや築きあげた財産と文明は崩壊寸前って話だ  息苦しい熱帯夜のあとには涼しげな秋風が吹くって噂だったが  神格化されたあいつ そう あのラノベ作家のせいで   僕らの地面は地獄の業火で焼き尽くされそうだ  優しい言葉を彼女にかけたあとには 愛の口づけが待っているはずだったが  神格化された あいつ そう あの大統領閣下のせいで  彼女のラインは既読無視で止まったままだ 切ないね    神様は札束と運命を秤にかけている  神様は札束と運命を天秤にかけている  まったく顔を覆わずにいられない 誰もが頭を悩ませる  それ これが近未来2085年のステレオタイプな歩き方    今夜は雨音が強い 彼女も寂しがってるだろう  メールや電話で声のひとかけでもしてみようか  彼女もきっとそれを待っているはず   今夜はやけに冷える日だ 彼女も寒がっているだろう  自転車で 雨の中に駆けつけでもしてみようか  彼女もきっとそれを待っているはず    それなのに 僕の胸にはエラーメッセージが留まったままだ  それか神様が宝石と愛情を秤にかける  性欲情欲に溺れて かなぐり捨てた理性が 未来の面影と水で弾ける  近未来2085年のステレオタイプな生き方 悲しいね ---------------------------- [自由詩]記憶を、汲む/望月 ゆき[2017年3月19日1時00分] 朝がほどけると、水面に横たわり あなたは かつて長く伸ばしていた 灰色の髪の、その先端から  魚を、逃がす  皮膚は、透きとおって ただ 受容する 水の、なまぬるい温度だけを 新しく記憶する   白く、シャクナゲが詠うように咲き   夏が まだ夏としてそこにあったころ   あなたは、あなたのこどもたちに囲まれ   藁半紙で、魚を折る   こどもたちは、それを ていねいに   床に、放す   教室は、いつも   水溶性の笑いで満たされていた おぼつかない足もとの、あなたの踵から 水が流れ出て あなたのうしろに川ができる  昨日、よりもっと昨日の水底に ことばが埋葬されている そのうえを 紙の魚が、ひらひらと泳いでいく やがて 朝の輪郭が 橙色に発光し あなたが今日を、選んでいる 淘汰されていく あなたの わたしの わたしたちの 彼方の 飛沫をあげて、魚が跳ね 川に溶けていく そうして、わたしがそれを、汲む   ※ 『詩と思想』掲載作品より ---------------------------- [自由詩]正しさたち/草野春心[2017年4月1日12時36分] 誰かはしらないが そこに座っているものが 瓶をあけ 液を飲み口を拭い わたしを木の葉のように見つめる これといって使いみちのない 色とりどりの正しさたちが 袋のなかでがさがさいう なんだかうるさい ---------------------------- [自由詩]駐車場/はるな[2017年4月15日13時31分] いぬの紐は赤と白でねじられている 悲しみのつぎに 夕日のようなゼリーをたべて こぼれながら静かに夜がひかっている まよったあげく遠回りをやめて いつもどおりの道でかえる さかりをすぎた花 どんどんうしなってく 角のたばこ屋も洗濯屋も ちょっとはずかしい台詞やなつかしい映画も はじめてしたセックスも みんな駐車場になってしまった ---------------------------- [自由詩]かまぼこ/春日線香[2017年4月27日17時14分] 朝から部屋で臥せっていると 唐突に金剛力士がやってきて 口元を引き締めた形相で見下ろしている それがあまりに突然の出現だったので なんの心構えも用意もできておらず ただただ驚愕して畏まるばかり しかも恐ろしさでは三界に名の知れた あの金剛が現れたのだから これは畏まらないほうがおかしいのだ 一体どのような科で責められるのか あれかこれか、心当たりがありすぎる あまりにいたたまれない 目を合わせるとどうなることかと 布団を頭まで引き上げて丸まり わたしは寝床にくっついたかまぼこだ それでなくともなにか練り物のような とにかくそんなものだ だから惨めなかまぼこは無視して 疾く仏界に帰還していただきたい 帰命頂礼、帰命頂礼…… かまぼこ、かまぼこ…… しかしわたしがかまぼこのような 生臭ものであることはまったく確かなことで 金剛としては見逃すはずもなかろう 布団の中で震えていると 結局は金剛杵で素切りにされて うどんの具にでもされてしまうだろう つるつると胃の腑に収まって そこで煩悩を燃やされてしまうことだろう それならそれでいいかもしれないが…… などと一人相撲は延々と続き もはやきりもない ---------------------------- [自由詩]枳殻の花/伊藤 大樹[2017年4月27日17時28分] シンクの窓から 光が生まれている 質量はないが 手触りは淫靡だ わたしたちは渇きやすいから 眠りの岸辺に 傷だらけの素肌をさらす 思い出せない言葉に囲まれ 猫の亡霊を見た──まひる スタッカートする点滴を見つめ やさしさの舟を編んだ 心の停車駅に 誰も乗っていない列車がやってくる 飲みさしの牛乳 と ほのかにくすぶる煙草 庭に枳殻の花が白い ---------------------------- [自由詩]あ・き・ら・め/うめバア[2017年4月27日22時41分] シャッター通りの真ん中で あたしは夢の中に立っている 正社員だから、収入が増えてと、彼女は言う そう、よかったねとこたえた私は それきり何も 言いたくなかったのだけど 有給のことや、ボーナスのこと、「理解ある上司」の話まで聞かされて うんざりした ひがんでいるさ、ああもちろん。 正妻だから、とあの人はいう いやあね、あたしもいろいろあったけど、別れるのはね、大変でしょ だって、老後のこととか考えるとね 「私さえ我慢すれば」とのけなげな思いが 誰かを押しつぶし、排除し、圧迫し続けること そしてまた、自身をも圧迫し続けることに 無自覚な人ほど、そう 「ずっと無視されていた」、あの人はそういった ずっと無視されていたんだと。 家庭から、学校から、歴史から そして自分も、ずっと無視していたんだと ああ、話が通じない でも言っても仕方ないからあきらめよう そう実感せざるを得ない瞬間の 軽やかな、しかし深い絶望は やがて私を切り刻み 健康を害するだろう 伝えても、伝えても すり抜けていってしまう 飾り立てられた言葉だけが空虚に残って まるで、すっかり終わったキャンペーンのポスターみたいに 風に拭かれてベロベロ揺れる ---------------------------- [自由詩]泣く鬼/田中修子[2017年4月28日0時29分] たましいが 夜に錆びたぶらんこのように鳴っている どこへいったの ねぇ わたしの半身たち あざの浮かんだ あなた 詩を書くのがじょうずだった あなた 半身がふたり 抜け落ちた わたし ほんとうはもう がらんどう 生きることは地獄 とても浮かれた 白い病室のうえ 青い空に浮かぶ雲 お釈迦さまが蜘蛛をたらすの わたし みていた 痩せこけて目と腹の飛び出たかわいそうななかま 糸切れてペシャンコになった したでわたしもグッチャリつぶれ それでも死なないイタイイタイバァ あくほうの片目でみつめる 雲の向こう お釈迦さまのお顔 唇のはしがヒクついてらした もっとほんとうに やさしかった あのお顔 わたしの覚えてる あのほほえみ どこいった -自分で死んだら 地獄へゆきます 先生がそうおっしゃっているのだから それにあたし 考えるの めんどうくさいの 上の人が 考えなくていいっていうから あたし考えないの- -あの子たちはね あんなめにあって 命を絶つしか ほかになかった それでもあの子たち 地獄にゆく、という あなたがいるつもりの そこ- かわいそうに お釈迦さま ぶくぶく太った生き仏さまの 乳房からでる乳で炊いた お粥を食べてしまわれた 笑いがとまらずにいる血みどろの鬼 慈悲をくださりたい生き仏さま きみわるそうに あとずさり -なんで何も信じないで生きていけるの- -信じてるあなた とても 苦しそう- 釜で炒られて 針食わされて 八つ裂きだって さぁどうぞ からだのいたいのなんて たましいにくらべりゃ たいしたことないわい お釈迦さま 金にひかる雲の向こう ふっと視線を逸らされて とじる天 ---------------------------- [自由詩]平成29年5月15日(月)/みじんこ[2017年5月15日0時07分] 軽石  弾劾 火の玉 ---------------------------- [自由詩]事故/葉leaf[2017年5月15日3時41分] 時間の袋が垂直に突き破られ 色とりどりの血流は外側へ飛散した ひとつの瞬間が選び取られ 病に深く倒れ苦しんだ 悔いや口惜しさや怒りや名もなき感情 俺はただ獣をよけただけ しかし獣を責めることはできず 俺がすべての責任を負う 夜空は複雑に破壊され 月は警告の輝きをやめない 俺はまた傷を一つ背負う この傷は社会の中でさらに深められる 単独自損です、と 行政的な制裁はありません、と それでも俺の脳髄には悪い血が溜まり 明日も明後日も方角が全く分からない ---------------------------- [自由詩]低俗/吉田かえる[2017年5月16日4時16分] 剥き出した感情は、とまらず 人を傷つけながら、後悔と感傷でぐちゃぐちゃに なりながら、見事なまでに無様になってく ひきかえせばいいのに いわなきゃいいのに 止まれない、感情はあたしから いい人のあたしを崩してく そうなんだけど 空中で理性が泳ぎだしてく めんどくさいいきかたしてる 言葉いっぱい検索しながら 自分をけしたくないから あたしはあしたもあさっても 人と混ざりあってる ---------------------------- [自由詩]トナカイの角で創られた翼と鉄軌融解。/おっぱでちゅっぱ。[2017年5月16日14時05分] 月明りは無い真冬の夜道を照す星空。 雪は青緑の光で世界を結晶した森。 朽ち始める鉄道用水銀灯を見上げる猫。 柔かい。雪って触れて仕舞うと流れ星みたい。 六花と言うのだよ。と、 教えてくれたのは羽根が黄色い鳥。 様々な涙。流れ星。 覚えのあるいきものに似た重みが、 水銀灯からの光りに含まれているみたい。 左腕を枕に差し出した、いきもの。が、 抱きしめてくれないのは身体がないから。 ぬくもらせてください。 感覚なんて。曖昧な思い出には残花。 月のように見えるあれと、にらめっこした。 雪を待つ少女が睨み落とした月。骨みたい。 粉砂糖をふりかける。焼香みたい。雪って。 流れ、星空から涙。かるしうむ。 スプーンで掬うことに、 泣いてしまう人がいるなら、 きっと此所は大切という結晶。 深い温度融解の意味があると信じた体温。 流れ落ちる、水滴のひとつひとつの中に世界。 結露で濡れ包まれる少女達は、 卵が欲しい硬い寒色を見せた。 むき出しの首筋は温かいものを運ぶ。 頬をくすぐる前髪が液体をなめらかにして。 抱え込んだ膝小僧に吐息をのせる。 見慣れぬ、何かしら。 だ、と。漏らしたのかもしれない。 車窓を想像して、 身体のどこかしらを動かす度に、 聞こえないノック音。 と、結露。 贈り物。 指先で描く極彩色な悪戯。 音をたてていたいのは体温を湧けてほしい切実。 線路無き星空の融解。独り遊び。 ぐちゃり。と、音をたててしまった。 タタントタン。 線路無き星空の分解。意地悪。 の、ゴム栓を抜き、 ぐるぐるしているから逆回転させてしまう。 鉱石機関に、あの雪を詰めてしまう。 往ってしまっては駄目と決めつけて知る。 歩く蛇に羽根が生えて猫が咲く。 トナカイの角の枝分かれが、 それぞれの人生であるなら、 脳で繋がるここは心と、 理解してよいのですか? 水泡音に呼応するなら、 知られてはいけませんね。 ---------------------------- [自由詩]僕らは赤い風船になった/水宮うみ[2017年7月28日12時15分] 残酷な人たちへとアメ玉を配る セミに雪だるまを見せてあげる なにかを掴もうとしながら歩いている 最後の夜君は満天の光を放つ あなたの変てこな笑い方を思い出す 心が軽い。良い恋をしている ---------------------------- [自由詩]青信号に変わるまでの時間に/そらの珊瑚[2017年7月28日12時31分] ひらひらと横切ってゆく蝶々 つかまえようとして 伸ばされた小さな手 初めての夏という季節の光 街路樹の葉が落とす濃い影 見えない風の気配 蝉のなきごえ お母さんの胸に抱かれた その幼子は ノースリーブの肩越しから世界を見ていて けれどそのまなざしのゆくえを 一番近い人は知らないままなのだろう 娘と信号待ちをしながらふと ショーウィンドウに目をやると 私より背の高い娘が映っていた いつのまに こんなにたくさんの時間が経ったのだろう あなたのまなざしのゆくえを知らないまま 店先にはバーゲンセールの文字 ふあふあのタオルが飾られていて つい欲しくなる もう赤ちゃんはいないのに (いつのまに) 縁をぐるりと囲むように施された 愛らしいブランケットステッチ ほつれないように、と 願う糸飾り そのひと編みひと編みをかがった人の手は 今どのあたりを歩いているのだろう ---------------------------- [自由詩]麦わら帽子/ガト[2017年8月7日0時37分] 田舎の 海辺の町は 夏だけ賑わうことの証に 朽ちた郷愁を見せる 古びた町並みは 時代に忘れ去られ 潮風にさらされて 風化した屋根が 陽炎のように歪む 人も少ない真っ青な海 海の家の 日焼けしたおじいさんに 「きれいな海ですね」と話しかけると 「もう今日、明日で終わるわ」 と笑った 夏が幻のように過ぎていくのを おじいさんの 麦わら帽子の向こうに見た ---------------------------- [自由詩]ゆうひの はまべ/「ま」の字[2017年8月7日8時30分] とても さびしい ゆうひ の はまべ  とて とてのむ とてのう たのしそうに てをつなぐ ふたり  とて とてのむ とてのう かぜ と ゆうひが ふたりを てらす  あのまちなか かみを かきあげ て わらいかける きみ は あいつ に  とて とてのむ とてのう ああ 稲妻が せかいのすべてをてらし そして闇にしずんだ せかいが くずれおちたあのひ あのひを ぼぼぼぼぼ ぼくは どうして わすれ られる どおして ぼくは (ヒ) わすれ(ヒ)られる ( ぅぅ、 《とおて とおてぇ とおていに とわにぃ・・・ 》 だから せかい は おわったの あれからずっと とまったの (いまも そのまま  ) ぼくは 仄ぐらい はまべ あるく  とて とてのむ とてのう もう かおが みえないだろうから  とて とてのむ とてのう ある い てゆく くろひ ちいさ ひ  あしあとのこ し ---------------------------- [自由詩]夏変化/塔野夏子[2017年8月7日20時47分] 光 熱 雲の峰 蝉時雨 夏は己の輪郭が 最も融けてしまいやすい季節 多感な者ほどたやすく 変化(へんげ)する 少年も少女も ふと天使になったり ふと妖魔になったりする 交わした約束 交わした秘密 せつない追憶とときめく予感の めまぐるしい交錯 夏の花の名前を並べ 夏の虫の名前を並べ 少年が少女になったり 少女が少年になったりする 陽炎 逃げ水 ふいの翳り 遠雷 少年でも少女でもない者 あるいは 少年でも少女でもある者 二人が手をつなげば そこからまた互いを変化(へんげ)させる波紋が ゆっくりとやわらかく広がってゆく ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]父のことなど/為平 澪[2017年8月13日22時12分] 父は、事業が行き詰まり大阪へ単身赴任を余儀なくされた。平成九年深夜、胸に激痛を感じた父は、携帯から救急車を呼び診断の結果、胆石の手術のため済生会病院に入院。しかし、短時間で終わるはずの手術が長時間に及び、執刀医のミスで一晩中出血が止まらなかった。翌日再手術。「輸血された血液製剤はミドリ十字社のものだ」と、告知されたのは、父がC型肝炎を発病して数年後のことである。母と弟が主治医のパソコンに向き合いながら、説明を受けた。  C型肝炎訴訟には追い付けない。平成六年までの患者が対象。しかし、全ての非加熱製剤はなくなった、となぜ保証できるのだろう。在庫処分の犠牲になった人々が本当にいないかは私には甚だ疑問である。そんな思惑が頭を掠る内、父のC型肝炎は日を追うごとに悪化。平成十八年八月、検査入院して打ち続けたインターフェロンに体は適応できず断念。慢性肝炎と診断される頃には、私の痙性斜頸も酷くなり、平成二十二年、父はとうとう兵庫の実家に帰省。大阪では使いものにならないと言われた体を引きずりながら、それでも家族を養えるのは自分だけだと、老人介護施設の門番の仕事を選び、市役所に申請してまでも働き続けた。  しかし、病状は急変。平成二十六年には、検査入院と自宅介護が繰り返された。深夜に、一つのフロアーを、三人の看護士で十三人の利用者を見回る田舎の総合病院。徘徊する者の服の裾をベッドの端に括り付け、動ける足でトイレに行けた患者すら足が弱り、おむつ介護の身になった。命は簡単に変動し、失われて出ていく者と、息をしているだけの者と、その時を待つ者しか、残らなかった。それは老人介護施設で長期間働いていた父にはおそらく予想できた光景だったに違いない。  平成二十六年四月一日。その施術は執行。「腹腔穿刺」は家族の誰にも説明はなく、「どいてください」と、そばに寄り添っていた母を追い出し、父のベッドは全てカーテンで隠された。出てきた父の腰の下あたりには手術後の包布の切れ端が落ちていた。「なぜ、家族に十分な説明もなく手術したのですか?」と、のちに問うと、担当医は「緊急事態でしたので本人に了解を取りました」と言い放ったが既に六か月前、精神科医が父に「肝臓の悪化による記憶障害」と診断しており、父の意識障害がカルテに記載されていた。  最期の日、個室に移動させられた父のベッドのすぐ下に「ビタメジン静注用」というショッキングピンクの水溶液が残る小瓶を発見。 カルテの開示の時、私はあの禍々しい色が気になって目の前の事務員の男性に「ビタメジン静注用を投薬したのはいつですか?」と聞くと、男性はすぐに主治医に内線で連絡をとり、「四月十四日です」と答えた。それは父が亡くなった日。カルテの記録に「ビタメジン静注用」使用の記載は一切されていない。父の葬儀三日後、「病院を変えて肝炎の菌が全て消えた」と、父と同時に闘病をしていたおじさんが訪れてきた。私は何も言いたくなかった。ただ俯いて、「父は三日前に亡くなりました。」としか、言えなかった。 その二週間後、神戸国際メディカルセンターで「肝臓移植で七人が死亡」というニュースが報道される。そして今年、同センターで、「犠牲者が十一人に上った」と耳にした。 「いのちのことを言うていかなあかんなぁ」 口がきけなくなる前の父の最後の言葉が、今、重く圧し掛かる。 ---------------------------- [自由詩]いのちのことなど/為平 澪[2017年8月13日22時23分] 命のことなど問われれば とってもエライ国会議員 「七十歳になってもまだ生きて」って 怒鳴ります 「七十歳になったら死ななあかんね」 六十九歳のお母ちゃん 淋しく笑って固まった 父の写真に問いかける 命のことなど知るには命がけ 「なんで死んだの?」と私が聞けば 「病気で死んだ」と 担当医 最期の日に移動させた父のベッド下に転がる小瓶 ショッキングピンクの液体は  名立たる医師団お墨付き、でも カルテの開示にない薬    なぁ、ユキちゃん    いのちのことを ゆうていかなあかんなぁ それが 口がきけなくなる父の いのちのための 命がけ 命のことなど言う国の 命をお金で買う人の 命をお金で葬れる人の 命に優劣をつけたがる人の 命のことなど いのちのことなど ---------------------------- [自由詩]ケンカポエム/もり[2017年8月14日0時44分] 分かり合えることが まずおかしいと おれは思う わかった よし、わかった まず飯食おう それからけんかしよう 作らん? わかった よし、わかった おれが作る お湯わかす うどん食おう 何? 手抜き? ばかやろう 火起こしから始めるぞ 小麦粉からこねたるぞ このやろう 腹いっぱいになったら けんかしよう 話はそれから まず 飯食おう いっしょに ---------------------------- [自由詩]お盆休み/◇レキ[2017年8月14日7時37分] 行きたい場所があると思う 過去の感情を大切にしたい 空洞になったとしても 続いてゆく所作に美しさがある 真夏でもひやりと冷たい樹皮のような さめた しなりとした摘み心地は 暖かくないからこそ 遠くまで続いている 遠くで誰かが呼んでいる声がする 暖かさのない甘い誘惑 零れた心を大切にしたくて 僕は所作に埋没しながら もう去った人に 頼っていいですか、と尋ねている ※ にわか雨で生まれた風 涼しくなったはずなのに 風鈴は変わらず揺れている 雲はどこから雨なのだろう 拳を固く握ってみれば ぽたりぽたりと生き血のうたが 崩れるように笑っていたい やわやわと欠片がほどけ落ちる調子で ---------------------------- [自由詩]林檎/星丘涙[2017年8月16日21時48分] 風が吹いてくる 夢をさらって 追いまどい 所かまわず星を散らす 遠くから歩いてきた 揺れる陰に怯え さまよい歩く道の果て 落ちてきたリンゴを磨き上げ かぶりついた  罪の味がした 街の灯りを遠くで見つめ 冬はふたり手をつなぎ眠る 冷たい部屋で  温かい貴女 忘れていた約束に花束を 忘れかけた思い出にはさよならを もう独りきりでいたい  歌は歌わない 夢は語らない これだけは言い残して ---------------------------- [自由詩]さわやかにわらう/水菜[2017年9月15日22時01分] 放っておける人は、愛が深い人だと 昔聞いたわたしが、ひどく取り乱したのを 今のわたしは、ぼんやりおもいます なにもかもひとの心も軽く流してしまうかのような さわやかで清々しい風が カーテンを遊びながらわたしの首筋を撫でて わたし、ぼんやり窓のそとを眺めました すこしお行儀悪く、窓枠に座ったわたしは 厚みのある窓枠に上半身を斜めに預けて すっぽりと窓枠に収まります 片膝を立てて 木のにおいのする少し昭和漂う古い木枠の窓枠は 上下に上げ下げすれば窓が開くタイプになっていて 壁にびっしりはめ込まれた本棚と小さな机と大きな窓枠だけの何もない2階の部屋で わたし、そうやって窓枠から外を眺めることが好きでした お砂糖なしのハンドドリップで丁寧に蒸らしながら入れたばかりのコーヒーはひどくそこからの景色に似合いで コーヒーの柔らかな香りが風ととけていくようでした わたし、お気に入りだったんです 2階の窓から見える景色は、広い水平線 窓のすぐ近くまで伸び切った新緑の葉の黄緑色と 金色に染まる夕日 水平線の向こうには二つ 船が縦に並んではしっています チリンと鈴の音がして、膝に柔らかで生き物が飛び乗った感触 緑の目と黒いからだの黒猫 緑の目に映る金色の夕日がきれいで ねぇ、放っておけるひとになりたいと 昔は必死になっていたように思います こころの奥が空っぽで すごくすごく寂しくて わたし、足りなさに苦しんでいました ひとつずつ、すこしずつ 欠けた月をすこしずつはめ込もうとするみたいに そうしていつのまにか わたしは、昔の閉塞感をわすれて ねぇ、今のわたしは、愛があるひとなんて口がさけてもいえないのに わたしは、今、放っておけるひとになりつつあるように思います 足りなさに苦しまなくなって それでなにか自分が変わったかというと きっと 風がさわやかにわらいます ---------------------------- [自由詩]秋 ふたつ/秋葉竹[2017年9月15日23時26分] 秋、ひとつ 秋の夕べは鈴虫が鳴く 静止する赤トンボをぬらす 虹かける公園の噴水 ながめ芝生で寝ている 少年のとまどいを笑顔にかえる 木の枝に吊るされた果実より 甘ったるい嘘と 虫の音が聴こえる草むら ブランコを漕いだむかし その隣には子供の頃のあなた 朝を待つ眼がこぼれ落ちそう 氷の視線でそれを見つつ堕ちる 街の灯はやがてやつれ果てた 一匹の白い蛇をあぶり出す もしかしたら その死のダンスを 窓から見るのは 裏切りとでも? 秋、ふたつ 秋の 夕べ 虫のね 静止する 赤トンボに かぜ 虹色の 噴水を ながめ 公園の 芝生 寝ている 神々の 怒りを 笑顔に 木の枝に 吊るされた 果実 よりも 甘ったるい 嘘 ほんと 聴こえる 草むら ブランコを 漕いだ むかし 隣には 子供の あなた 朝を待つ 風が こぼれ 氷りつき 見つつ 堕ちる ともし火は やつれ 果てた 一匹の 白い 蛇を 照らし ころし 燃やし さがし 言葉 消える ---------------------------- [自由詩]季節のある街/こたきひろし[2018年2月16日7時25分] 綺麗に折り畳まれた記憶の布には 美しい刺繍 綺麗に折り畳めなかった記憶の布には 汚れた滲みができていた 構うことなく 人間を生きる 人として生きるために 日々を重ねていく 未来に向ける眼 過去を振り返る眼 時間は止まらない 人間が生きる 人間を生きる いったい何の為にかは解らない ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]日に焼けた床、むすめのクロゼット、葉っぱをむしるのこと/はるな[2018年2月16日16時06分] まちに心をゆるすのって何日目くらいだろう。300日とか、500日とかそのくらいかな。冬の洗濯物のにぶい色って、(…)。休日は気がゆるむからたいてい体調がわるい。 むすめはソファで寝ている、なんかちいさくなったソファ。まえは夫とわたしとふたりでねそべってもいられたのに。そしてたぶんわたしはまだこのまちには心を許してくなくて、でも今の家は好き。いままでで一番高いところにあって遠くまでみえるし、日当たりがよくて暖かい。結婚してから住んできた二番目の家とすこし似てる。風の通るリビングとか、窓辺の床が日に焼けているとこ、しばらく住んだらまたべつのところに行かなきゃならないって決まってるとこ。 思い付きで買うからてんで統一感のないむすめのクロゼット、黒と灰色と白と少しの赤で構成されているわたしのハンガーラック。夫の衣服は彼の部屋にすべて置いてあって、混ざらない。保育園でむすめが作っては持ち帰ってくる作品たち(おにの顔のかたちのポシェットとか「ぱくぱく(折り紙でできたぱくぱくさせるもの)」とかビニール袋でできた衣装とか)がぺかぺか色をなげうって、さらに本棚のうえでヒヤシンスが満開、つり合いをとるように褪せて乾いていく吊るされたばらとユーカリ。わたしはこのすてきな部屋のだれにもみつからないところに、胸のうちで飼っている灰色の部屋を隠しておく。 あたらしい仕事場へは週3回行く。バスと電車でいくのだ。 花の茎を切ったり、葉を落としたり、つみあげられたばけつを洗ったりして午前を過ごせばお昼をたべて、たばこを2本すったら午後の仕事をする。午後もだいたいおなじようなことをするけれども、午前よりはおちついている。5時のチャイムがなるとわたしはまた走って電車にのりバスにのり、保育園からむすめを引き取って家にかえる。いつもおなかがすいてる(そのくせほんの少ししかたべない)、まるっこい愛しいむすめを満腹にしてきれいに洗って髪をとかして眠らせるともういっぱいで、おそうじも洗濯もなんにもしないまま一緒に眠ってしまう。一日じゅう、葉っぱをむしりながら組み立てた言葉が頭のなかでほぐれていって、それでも朝にはひとつかふたつ残っていたりして、そういうのを七日か十日にいちどまとめる詩は、そんなに良いものではないなあとおもうけど、でもそんなに悪くないなあともおもうのだ。 ---------------------------- (ファイルの終わり)