あおばの橘あまねさんおすすめリスト 2010年6月27日7時53分から2012年4月21日8時54分まで ---------------------------- [自由詩]alt/橘あまね[2010年6月27日7時53分] 朝の訪れるたび 切り離されたからだを思う 昨日との交信が途絶えて 寄る辺ない なまぬるい風に 輪郭を確かめる 季節がしみこんでくるのと 季節に染み出していくのが似ている どちらにしろ 僕は曖昧で 朦朧 何もわからないよ 二人の子どもがぼくの中で戦争して 憎むことと愛することを取り違えている つながっているかどうか 気づく場合と気づかない場合との 違いが それほど大切かい 右目からの涙と左目からの涙は 成分が違うんだってね 悪い夢なのかよい夢なのか それとも決して夢ではないのか 大切なところが いつでも 明白でない 空っぽであることも充たされていることも 同じ 季節の前に力を亡くしてしまう ---------------------------- [自由詩]真夏を待つ/橘あまね[2010年7月6日16時50分] 雨を聴くひと 土を嗅ぐひと 奏でられる調べには限りがある 奏でられない調べを夢にみすぎて からだを置いてきた場所を 遠ざかってしまう 胸の奥には想像上の内臓があって 白いバラ線にからみつかれたまま 土と液体をやりとりしている ときどき太陽がこわくなるのは きっとそのせいです 重さを逃がすことができない 支えきれないので 横たわる 役立たずの骨格なんかなくなってしまえばいいのに そうしたら 雨と土だけを糧に 本当のからだをつくれるのに 青色に向かって成長するからだを ずっとほしかった 青色のむこうをぼくは知らない 越えられないへだたりの むこうがわを知らない 何があるかしら しあわせな人たちがいるかしら 古い思い出をひろえるかしら 真夏の予感を浴びて 太陽を待つ あのひとたちのようになりたい ---------------------------- [自由詩]八月の子ども/橘あまね[2010年8月2日14時08分] 虫取りの子たちが アジサイの茂みに見え隠れする 夢の色を追いかけて おおきくなってしまった ぼくは その動きをなぞることができない 思い出して叫んでみても ブランコの揺れと連動して 深まる季節は 鳴きかわす歌 敬虔 配色を誤ったので 受けとめることができない光に かなしいプリズムが焼かれて 融けて 八月の風に ふくまれていく ---------------------------- [自由詩]深夜、食パン3枚/橘あまね[2011年5月17日9時00分] 夜中にひとり食パンをかじる バターをつけないで ジャムをつけないで 電気もつけない 冷蔵庫の前にしゃがんで はみはみ 虫みたいに食べる どこか外国から船に乗せられて 海をこえてきた小麦たちは 潮の香りがしみついて 夜中の涙と同じ味がする 長い長い旅をして 小麦たちはふるさとを忘れた おなかがへったから食べる でもほんとうはおなかはへっていない からっぽの胸がよどみを求めて 欲張りなひな鳥みたいに きゅ、きゅう、と鳴くから パンを入れてやる するとしばらく静かになる ぼくは真夜中の孤独をうずめようとして 遠い外国の うすめられた土の恵みを摂取するけれど 充ちたのはあらかじめ充ちていたおなか 空っぽの胸には トラクターの排気が残ったから ベランダに出て 下手な口笛をふく 汽笛をよそおって 小麦たちを 帰りの船にのせよう ---------------------------- [自由詩]七月、土曜日の真昼/橘あまね[2011年7月7日23時09分] 満ち潮が新しい雲を率いてやってくる ねむの木の下にしゃがんでいたら スイカと蚊取り線香の色がただよってきた 知らんぷりしているようで、世界はやさしい ふとんを叩く音 野菜を煮る音 自販機でサイダーが買われる音 洗濯物が回る音  自転車の急ブレーキの音 階段をおりる音 室外機たちのうなる音 ぜんぶつながって聴こえるのは きっと湿度が高いせいです 近くて遠い営みたち 手がとどきそうでとどかないのが どうにも歯がゆくて ねむの花に恋してるそぶり かかわりあうことがまだ怖いから 浮ついた夢をみている 国道を駆け抜けていく 強いエンジンのひびき 雨雲に追いつかれないように 高まる季節に置いていかれないように ---------------------------- [自由詩]きみの名は/橘あまね[2011年10月18日8時13分] やさしい光の数々は レントの風に乗って 流れていきます どこへ向かうのか 知ることはできないけれど きっと幸福があると推測するので ぼくはこの身を任せて 光と一緒に 流れていこうと思います ときおりいっそう光を強める 七色の花のひとがもつ 悲しみと慈しみと一緒に流れていきます ぬくもりの日も こごえる日も あくまで等価値なのであって 世界はどこまでも澄みきっています 好き嫌いばかり言っては わざと穢れようとしたぼくの営みも 本当はけして穢れてはいなくて 季節ごとに繰り返される花たちや鳥たち 世界でいちばん美しいものたちと いつも一緒に流れていけることを 教わりました この世界が恒星の熱量によって 動きを与えられ 大きな巡り合いの中にいるように ぼくもまた世界に包まれています かぎりない熱量に命をもたらされて 愛されている 小さな星のひとつです たがいを引き寄せ合う もう一つの星と巡り合ったとき この体は世界のちいさなレプリカとして 新しい軌道を授かったのです 新しい星を育むための 温かみを与えられたのです 流れていきます  きみと一緒に きみの名は、 ハピネス。 ---------------------------- [自由詩]即興(多摩、12月)/橘あまね[2011年12月20日20時07分] 空のひとすじ とぎれとぎれに たましいたちの渡り 祝祭の予感が はりつめて街に灯る 肌をかさねる こいびとは柑橘の香り 湿り気を母音に換え いくつも降らせ 打ち上げて 土くれのひとかけら 氷の記憶 くるまれて眠れよ まだ芽生えぬ種たちに 秘められた歌 幼さを泣きやませて 両足に宿るちからの総量 夜明けと日暮れをつなぐ 真冬の稜線よ とぎれることなかれ ---------------------------- [自由詩]ベクトルと結晶体/橘あまね[2011年12月25日11時30分] 墨染めの空を映して ガラス、ガラスの群れ 強い光の訪れを 救済に灼かれる日を 待つ 立体交差の雑踏 四方向に 連れ立つことなく 分かたれることもなく 人々は歩いていく 定められて 旅をする容器 不可逆の 意思をはらんで 鉱石たちの 矢印、矢印、 立ち止まることが許されないなら 駆け出してゆきたい セピア、光の航跡 思い出の刹那 気まぐれな風に妬いても ぼくたちは、 足あとの記録をつづける モバイルの啓示 ---------------------------- [自由詩]即興(海、ただしいまどろみ)/橘あまね[2011年12月28日21時33分] 夜にざわめく 海原にちいさな風 ひかりを求めて さかなたちが踊る 爪月のほとりに 熱がつづく 眠りを急いて 夢を強いて はこばれるすべて 行き来する波 呼吸のやりとり はじまりの憂い おとぎ話をゆらす まどろみの向こう 虹をまつ人の 足取りをなぞる ---------------------------- [自由詩]エイプリル/橘あまね[2012年4月21日8時54分] 牽かれていく二すじの偏光 孤独な少年の手なぐさみ 自転車にまだ補助輪があったころ ぼくは愛されていたかしら いなかったかしら 初夏の予感が初めて来たとき 駅前通りに二匹の妖精が 物憂げに儀式する 知らない国どうし出会って ちいさく音をたてるように 羽ばたきを響かせて 千年前からかわらない匂いがくる 狂おしく脈打って 過ぎた季節を追悼する 振り返るな、歩みを止めるな、 足跡を遺さずに 大気は爪弾かれていく ---------------------------- (ファイルの終わり)