たもつの嘉村奈緒さんおすすめリスト 2003年4月19日1時51分から2010年8月5日21時36分まで ---------------------------- [自由詩]ニレ/嘉村奈緒[2003年4月19日1時51分]   わたし   ごくつぶしの耳鳴り芳一と   反転した橋の下   こうもりみたいな夜を過ごす   森の、もっと森の方   ただのニレだったという屍が   糸を引いて地面に伏せるまでの時間   喉にニの指と三の指をあて   待っている   毛むくじゃらのものは生きているんだって   あんまりにもぶつぶつするものだから   連れ去られてしまったんだと   芳一は言った   それはわたしの母のこと   わたしは群がる光が嫌いだった   ここは空気が薄く伸びる   ここは過ごす   母もきっと気に入る   だからわたしも   連れ去れれてしまうだろう   あれやあれやと芳一が   森の森の、もっと森の方へ去ってしまっても   悪い芽を次々とつんでいた   ニレが伏しやすいように   ただ待って   すでに母は毛むくじゃらになったのだろう   反転した橋も落ちてしまう   わたしはそのうち芳一を忘れる      ---------------------------- [自由詩]捨て金魚/嘉村奈緒[2003年8月3日5時36分] 捨て金魚をした 近所に川がなかったので 人の多い駅前に捨ててみた 金魚だってわかってもらうために 「大学と手毬です 可愛がってください」とでっかく書いた 気になって一日に何回も駅にいった 箱からはみ出た尾っぽが たまにピクピク動いているのを見る度に安心した 良かった、まだ(捨てられて)いるって そうか、これが安心というものなんだって 雨が降った日なんかは慌てて見にいった 金魚が喜んで逃げてしまったらどうしようって でも尾っぽがあった 動いていなかったし箱の字は滲んでしまっていた それでもそこにいるとわかったから 家に帰った 空っぽの水槽が家にはある 隅っこに苔が生えているけど水は入っていない金魚もいない なぜなら 捨てたから そうしてまた駅に見にいく すでにぐっしゃりしてしまった箱から はみ出ているはずの尾っぽが見当たらなかった 近寄って中を覗いた 大学も手毬もいなかった 掃除夫が黒い大きなビニール袋を持っていた 家に帰って水槽にたっぷり水を入れた 急に悲しくなってしまって 水槽を抱えたまま泣いた ずっと泣いた ---------------------------- [自由詩]ライガー/嘉村奈緒[2003年9月18日21時17分] やろうとしていたこと 鍵を差し込むべき鍵穴に 母のズロースを差し込もうとしていたこと そうだ 父に見せなくては、と思い立ち 犬を連れて落雷を待ち焦がれていた ということ 落雷の色は金ぴかだ そうゆう夢も見た 犬は金ぴかじゃなかった そうゆう事実だった 手に握り締めていたのはズロースなんかじゃない鍵なんかじゃない 父のただれた焦げ付きなんかじゃない けど 犬が鳴いた 燕が逃げた 私は泣いた ただ家に帰る方法を忘れてしまっただけのこと 単なる 独りということ 母は女であり金ぴかじゃなくて鍵の在り処を知っていた ということ 父は男であり金ぴかじゃなくて合わせ方を知っていたという こと 私は盗める そうだ 女も男も犬も連れ出して 平べったい静かな落雷を落雷が光、焦げ付き 焦がれ 奇遇で思い出せる母の顔も父の顔もある 握り締めすぎて縮れる鍵穴を忘れて 犬を捜す それから 私は 差込口になる ---------------------------- [自由詩]ちょうりじっしゅう/嘉村奈緒[2003年10月16日20時08分] アンモナイトを食べたら 夜目が利くものだと思っていた 嵐が近くなればなるほど 私は理科室が怖くなって 階段をスロープした スロープした スロープした 手順を間違えて私は嵐に引っかかれた アンモナイト、うそ 化石はしゃべるけどしょっぱいからって そういえば言われたような気がしたけど 轟音に消されてしまって アンモナイト(うそ!) やっぱり夜なんて漆喰なんだわ、って笑った ---------------------------- [自由詩]ウロとラッパ/嘉村奈緒[2003年10月31日21時41分] 庭が熱くて 幾重もの春がはりつくものだから わたし 困ってしまっていたわ 被子植物のウロが溜まった真昼で硬くなってゆくのを 我慢して見ていたのよ それでもわたしははらえないから 業者に頼んでおはらいしてもらったの 丁寧なラッパよ 泣きっ面も参るようなラッパなのよ 洗いざらしの地肌の上を凪が跳ねたわ それから野菜が撃たれ わたしのくるぶしが窪んだわ 踊るなら今しかないとも思ったの そうよ わたし、困っていられないのに困っているの ねえ 業者のラッパは優しくなんかないわ さようなら わたしのウロ かすれた被子植物と痂のような春! はじめからさいごまでわたしは触れることができなかった あの真昼はだらしなくて あんまりだったのよ 糸でも吐き出しやしないかと毎日見ていたわ 毎日見ていたのよ ねえ さようなら ラッパ! 窪んでしまったところは諦めることにしたの 一人で世話をするわ 残された庭の世話に わたしは勤しむの ---------------------------- [自由詩]寿司屋にて/嘉村奈緒[2003年11月18日19時44分]  感情の吐露です   それは美味いのですか   脂がのってるのですか   私は場違いではありませんか   大将、   はちまき ずれていますよ   ずれているのは何だっけ   そうだ   吐露だ   とろだ   トロをくれ   美味いやつだ   のってるかい、大将   いや、脂がだよ  懸命でした  それは小さなでしたけれど  しっかりした気持ちでした  腹が胸が  いっぱいになりました  トロではなく  吐露です 私は  人間ですから、大将  伝わるものも伝わらず  私、  いっぱいになって  溢れてしまったのです  いえ、気持ちがです  受け皿をくれ  受け皿をくれって欲して   いえ、   彼女は   寿司が嫌いなようです   トロが嫌いなようです(  吐露?)  こうやって巡り巡る皿に  ひからびたてらてらが  まるで大将  私のようではないですか  感情が です  、  いえネタではないですよ  むしろ私 です  トロ です  この受け皿にひからびた  身を投げ出し  さらけだした  感情のトロです  ずれていませんとも  腹は八分目ですとも  いっぱいなのはトロです  だから 私  感情を食うのです  このてらてら  受け皿に身を投げ出す  私  大将、私、あがりです。     ---------------------------- [自由詩]輪郭だけが残っている/嘉村奈緒[2004年1月18日18時03分]      どこから。            ひやりとしている土の上で生きている梢の揺れる(揺れる)末端に刺さる光、が         わたしの温い肌に染む指の人は語る         語りすぎた人であるあなたが退室すると         わたしは乱雑とした言葉のなかで一人になる         歩くたびに惑ったり舐めたりするので落ち着かない         瞼を落とす         パタンという音がして部屋は沈んでいく         一人になる         影の中にいる         しばらくして体がリ・・・と揺れる         渦にのみこまれても         瞼の奥は光でみちている         林道を歩く 裸足のままで 足の裏に赤茶けた         葉がつく するりとした音の中を行く 周りを         見渡す 渦の中心に いる (揺れる) 言葉         が落ちる 音 それから梢の渦 ひやりとした          土の上で 生きている わたしの         わたしからの         光、         (パタン、という音)         ・・・・・・         部屋にいる         鍵穴からあなたの背中を見送る         指の痕を行く         そうやって            瞼の奥で(リ・・・、と)            わたしと            光、が揺れて ---------------------------- [未詩・独白]ペチカ/嘉村奈緒[2004年5月13日3時50分] 秋のあいだ ひとり山に引きこもって ギンナンギンナンって踊っています つま先で立って 小さい冠をかぶって 麗しの八合目で 姫です 真っ赤に猛る裾を尻目に ギンナンギンナン 王子様の膨らみに巻き込まれる せっかちなのです あの合唱隊めも 私も敬語で 染められていきます 頂上で 飾り細工の施された執事のベルが もうすぐ鳴ります ---------------------------- [未詩・独白]立春/嘉村奈緒[2004年6月28日1時50分] あなたは、 簡素な手順でわたしの胸倉を開き 匂い立つ土足 こればっかりは慣れないものです その度に鮮やかに毟られる あなたと遭難したい 篭って 香しき動揺が眼に見える位置で わたしの胸倉なんて いくら盗まれてもかまわないのだから 春が来ないね、なんて 言わないでください けれど 剥き出しのわたしにあなたは興味をなくす あなたが去ると わたしは悲しい 来たときよりも簡素な手順で あなたはわたしの胸倉を閉じる そうして閉じられてしまったわたしは もう春になるほか 位置がなくて ---------------------------- [未詩・独白]ファンファーレ/嘉村奈緒[2004年9月17日3時21分] 目、ぬれてる ポケットにひばな、突っ込んで 夜が死ぬのを待ちました ワルツされる 砂の中で 心底待っていました (水溜りで溺れます) (水溜りで喜びます) 林立した子供の列はファンファーレで育ちます わたしの、目、ひばなに気がふれて、色を撒きます 灰を混ぜたりしながら 過ごして それで、誰かのぬれた目の中で、夜が死んで 少しずつ、わたしの靴が濡れても しらばっくれて これがステップというものだって 素敵なターンをします    ---------------------------- [自由詩]シナ子/嘉村奈緒[2004年10月8日19時33分] 1. シナ子 今、列車に乗っている 田舎に帰る トンネルに入るとヒューィって音がこだまするの それは列車の車輪の音 昔よく吹いていた草笛にも 車掌さんが切符を切る音にも似てる 列車がトンネルを抜けると 田舎はもうなかったの 口をとがらせて鳴らそうとしたのだけど 思うようにいかない 何てことないよ 僕らは草笛の吹き方を忘れたの ヒューィ ヒューィ ューィ 手の中の切符は、サリサリというの 2. 地に突き刺して。ご覧、シナ子が降るよ シナ子の腹に映える六面の千種 スカートの下のシナ子 くゆるシナ子もくゆるシナ子も、トマトを含んで哀しんでたよ みずたまシナ子、まぶたの裏の南でわずかな集落が 湿る日に、縞シナ子の声で瑠璃をよんだ あなたの蓄積されたシナ子は、憧れる曲線を描きます 部屋の隅の 烏合の菌糸に巻かれてシナ子病 シナ子なシナ子で、シナ子してしまうシナ子 穏やかな 3. ねえ、シナ子 世界は美しいと人は言うのだけれど 僕はよくわからないし シナ子とニッキを舐めている方がいい 平日の人気のない公園で ぼんやりとしながら舐めるニッキは格別なんだ 季節ごとに咲く花も覚えた 楽しく辿り着ける道順も 本当は 草ぞりもできればきっと世界は美しくなる シナ子 行こう シナ子の分のニッキも用意して きっと気にいる だからシナ子、 シナ子 4. シナ子、 どこ? 5. 町内地図を広げて 順繰りに数字をふっていった シナ子の好きな場所は僕の好きな場所 ニッキを持っていかなくちゃ 近くの路地にはよく猫が寝てる 猫のヒゲの先が光ってる シナ子、そんなところにいたんだね 頭上で雲が光ってる 子どもがおはじきで遊んでる 風がぐるりと取り囲む 汽笛の音がする (ヒューィ) 水をまくホースの先を潰すこと 町で一番大きい時計のからくりを知ること シナ子 シナ子はいろいろなところにいるんだね シナ子のシナ子 週末田舎に帰るんだ 手の中でサリサリとするシナ子 ヒューィと鳴るシナ子 シナ子 シナ子、 列車の窓にうつるシナ子は 口をとがらせて草笛を思い出そうとしてる 穏やかな日和に ニッキを持って出かけよう あの公園で 草笛を聞かせてあげる そうしてぼんやりとしながら舐めるニッキは 格別だろうから きっと、世界は美しいんだ ---------------------------- [自由詩]舟で/嘉村奈緒[2004年11月17日23時36分] くすり指がちびた人の ひんやりとしたリールから  がっしょがっしょと妻が走った シッポー トト ト (朝は隣家も装い ふれるの 深呼吸のドレープの波に乗って    腕で掻き分けろ! ふれるふれない (ふれる ふれない    呼吸であらがえ! つまははだしで (ふれる ふれない 朝は白くてつわりのようね 本当はすぐ近くで シッポー トト あれは彼方の指のおと ぐんぐん進んでドレープにさらわれた 霧中はつわりのようよ ぐっしょりとした深呼吸で シッポー 「あ」「あ」「あ」!   何てたくましい装い! ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]宮澤賢治に寄せて/嘉村奈緒[2005年1月21日21時06分] ■宮澤賢治  さて、先日図書館で宮沢賢治を借りてきたのです。ネットで詩をはじめた自分にとってあんまし本てのは食指が動かんかったわけです!!!!(ダメすぎ)面白いくらい詩を読んでないわけなのですが、このたび「もっと日本語を知りたいなあ」と言ったところ「本を読むといいんじゃない?」といわれ、前々から薦められてた宮沢賢治を手にとったわけです。やー。もう天才ですね、ほんとに。  私は単純に、ほんとに日本語が好きで、「詩は美しい」とか言えるのはすごくいいことじゃんかって思っちゃう。もう、こう思えなくなったらお終いだと思う。見てくれとかスタンスも大事だけど、日本語愛してなきゃ書けない。こっから先は宮沢賢治を誉めちぎる文です…!!!  本は筑摩書房、新校本「宮澤賢治全集 ニ」より。 【丘の眩感】(抜粋)   (お日さまは    そらの遠くで白い火を    どしどしお焚きなさいます) 笹の雪が 燃え落ちる、燃え落ちる  言われると「そうだなそうだよね!」て思いません?「どしどし」ですよ?宮沢賢治は物の言い回しをやけに丁寧に書いていたりするのだけど(素なのかもしれないけど)それがまた胸倉にぎゅんぎゅん入ってくるのです。最後の終わり方で2度言っているあたりも非常にたまりません。 【恋と病熱】 けふはぼくのたましいは疾み 烏さへ正視ができない  あいつはちやうどいまごろから  つめたい青銅の病室で  透明薔薇の火に燃やされる ほんとうに、けれども妹よ けふはぼくもあんまりひどいから やなぎの花もとらない  この詩もすごいなあ。注目するのは「烏さへ正視ができない」てところですよ!どうやったらこんな表現できるんだろう…。あとは「けふはぼくもあんまりひどいから」というところかな。「あんまり」の使い方が自分と違っていて衝撃的でした。この場合だと自分だったら「あまりにも」になるだろうな。つまらん!なんてつまらない使い方するんだ自分!つか、固定概念が強いのだね。「この文はこうあるべき」っていう発想が多くて縛られてる感じがする。 【山巡査】(抜粋) 栗の木ばやしの青いくらがりに しぶきや雨にびしやびしや洗はれてゐる その長いものは一体舟か それともそりか あんまりロシヤふうだよ  もう、何が山巡査なのかさっぱりなのですが!ここにも「あんまり」出てきますね。「あんまりロシヤふうだよ」って言われただけで死んでもいいって思いますよね!あんまりロシヤふうって。凄すぎてドキドキしますよ。何よもうそれ!みたいなね。アレですよね。  賢治は擬音とか会話とかがすごくたまらないと思う。音がね、いいの。読んでても一行一行がさくさくと歯切れもいいし、楽しい。音も大事だな…。リズムも。聞こえる音を本当に素直に書いているのだと思う。雨ひとつの音を考えて聞いちゃっている自分と違う気がする。ひとり、自分の概念とまったく違う音の捉え方をする書き方をする人がいて、その人を思い出したりしてました。もっと世界に素直に生きていきたいな。 【序】(抜粋) わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈の ひとつの青い照明です (あらゆる透明な幽霊の複合体) 風景やみんなといつしよに せはしくせはしく明滅しながら いかにもたしかにともりつづける 因果交流電燈の ひとつの青い照明です (ひかりはたもち、その電燈は失はれ)  縦書きじゃなくて申し訳ないけど…!この詩も有名ですね。あまり詩を読まない自分でも知ってました。賢治の詩では、時々専門用語が出てきます。時々っていうか多々だけど。なぜそんな単語を知っているのかしら、と思っていたのですが、聞いた話では賢治は先生だったようです。それも理科らしい。「光波測定」とか「カルボン酸」なんて、違和感なく詩に組み込めませんよ…。  この詩も交流電燈なんて出てきますが、同時に幽霊の複合体なんて言葉も出てきます。一見対照的な位置にありそうなものなのに、さらりとやってのけられて、もうグルグルですよ…!!もちろん、ここでの好きなとこは「わたくしといふ現象は〜ひとつの青い照明です」の一文です! 【春と修羅】(抜粋) まことのことばはうしなはれ 雲はちぎれてそらをとぶ ああかがやきの四月の底を はぎしり燃えてゆききする おれはひとりの修羅なのだ  本のタイトルにもなってる「春と修羅」です。この詩は、言葉が次から次へと畳み掛けてくるような感覚になる。情景が続く詩は実はちょっと苦手なのだけど、やっぱり音がいいせいか、さくさく読めますよ、これも。少し長いのだけど、とりわけこの部分が素晴らしいです。「おれはひとりの修羅なのだ」なんて書けませんよ!書けやしませんよ!!四月の底って!はぎしり燃えてって!ギャー!!  あとこの詩のすごいところはですね、 草地の黄金をすぎてくるもの ことなくひとのかたちのもの けらをまとひおれを見るその農夫 ほんたうにおれが見えるのか  ここですね!!!!!!わかりますか?「ほんたうにおれが見えるのか」ですよ!そんな風に思いますか?思いませんよ!(少なくとも自分は)「いるのか」という発想ならまだわかるんです。わかるというか、ありそうだな、というか。でも「見えるのか」という問い方は目から鱗がボリボリ落ちていきましたよ!!そのベクトルの持っていきかたは凄い!て本当に思った。あのね、この一文は紛れもなくすごい一文なのだけど、うまく説明ができない…。むぎゃーーー。 【犬】(抜粋) なぜ吠えるのだ、二疋とも 吠えてこっちへかけてくる (夜明けのひのきは心象のそら) 頭を下げることは犬の常套だ 尾をふることはこわくない それだのに なぜさう本気に吠えるのだ その薄明の二疋の犬 一ぴきは灰色錫 一ぴきの尾は茶の草穂 うしろへまはつてうなつてゐる わたくしの歩きかたは不正でない それは犬の中の狼のキメラがこわいのと もひとつはさしつかえないため 犬は薄明に溶解する うなりの尖端にはエレキもある  これもなかなか好きな詩です。普通にシチュエーションとしては怖いものです。吠えてかけてきてるなんて!!なのに普通に次の行に「夜明けのひのきは心象のそら」とか書かれても!「犬の常套」とか、「わたくしの歩きかたは不正でない」とか。うん。静かなのだよね。決して印象が薄いとかではなくて。賢治の言葉は決して重くは思えないの。これだって、言うなれば犬のことですよ?犬がかけてくる内容の詩なんて、自分が書いたら間違いなく納得いくように書けない。犬の特徴とか、「どうして?」なんて疑問をからめて、こんな風には書けない。まったく自信がない!(どーん)犬の中の狼のキメラがなんなのかもわからない。わかってなくてもいいとは思ってる。でも自分の知らない世界を突きつけられてるみたいで、魅せられちゃうじゃないですか。  「犬は薄明に溶解する」なんて、自分の世界にはないよ…。泣きそうになってくるなあ…笑  賢治はよく詩の中で、木の名前を2つ使ったり、鳥の名前を2つ使ったりしています。実はこれは案外とすごいことではないかと思ってます。勝手に。  自分では詩の中で「杉が檜が」とか書いたって、間違いなくぼんやりしてしまいそう。んと、それぞれを際立たせる必要があるとかではなくて、それぞれが殺し合いそうな書き方しかできなさそうなんですよね。短い詩の中でだって樹木がずらずら出てきたり、鳥がバタバタ飛んでたりしているのに、なんでこんな普通に書いてのけてるのかっていうのがすごく不思議だったんですよね。前々から思ってたこの違和感のなさ。やっぱり見ているものだからだろうな。毎日林も山も見てるから、こんな風に書いても違和感ないんですよね、きっと。私が森のことを書いても、うまく書けないのはやっぱり森に行ってないからだろうって思った。しょんぼり。 【永訣の朝】(抜粋) けふのうちに とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ    (あめゆじゆとてちてけんじや) うすあかくいつさう陰惨な雲から みぞれはびちよびちよふつてくる    (あめゆじゆとてちてけんじや) 青い蒪菜のもやうのついた これらふたつのかけた陶椀に おまへがたべるあめゆきをとらうとして わたくしはまがつたてつぽうだまのやうに このくらいみぞれのなかに飛びだした  学生の頃、教科書に書いてありました。そこではじめて「あめゆじゆ」の意味をならったりしたなあ・・・。この詩は圧力がある。底からジクジクとしている空気を出しながら迫ってくる感じがして、何も言えなくなってしまう。それなのに、「まがつたてつぽうだまのやうに」て!!!!素晴らしい表現はゆるむことなくいきているわけで。もう、何ていうか、彼は神です。 【青森挽歌】(抜粋) こんなやみよののはらのなかをゆくときは 客車のまどはみんな水族館の窓になる    (乾いたでんしんばしらの列が     せはしく遷つてゐるらしい     きしやは銀河系の玲瓏レンズ     巨きな水素のりんごのなかをかけてゐる)  青森挽歌は「いいよ」と言われて初めて読んだのだけど、この詩はなかなか曲者です!!!よ!!!とりあえず水素のりんごのなかってあたりでキュンキュンしますしね!途中でね、「ギルちやん」てのが出てくるんですけど、もう唐突すぎて目が離せないわけなのですよ。「ギルちゃんて誰!?」みたいなね。でもこのギルちゃんの件もとても素晴らしいの!!「ぼくたちのことはまるでみえないやうだつたよ」とか「ギルちやん青くてすきとほるやうだつたよ」とかね!!!ギルちゃんが誰だとか最早問題じゃなくなってきているわけですよ!すごい大好き、ここ。  この詩はすごく長い。うねってるみたい。溢れていて循環していて頭をがっしりと捕まれてるみたい。終わり方はこうなってます。 ああ わたくしはけつしてさうしませんでした あいつがなくなつてからあとのよるひる わたくしはただの一どたりと あいつだけがいいとこに行けばいいと さういのりはしなかつたとおもひます  最初読んだとき「?」て思いました。普通は妹がいいとこに行けばいいと「いのる」ものじゃないのだろうか、と。そしたら宮沢賢治は熱心な仏教徒だったようですね。なので「一人だけ」ではなくて「みんなが」という考えのもと、上のような書き方になったんだと。でも「おもひます」て書いてある。断言してない言い方に、これまたクラクラしてしまうじゃないですか!!そこでそういう自信なさげな言い方されたらたまりませんよ!!!ね!!(プギャー 【冬と銀河ステーション】(抜粋) そらにはちりのやうに小鳥がとび かげらふや青いギリシヤ文字は せはしく野はらの雪に燃えます  掲示板で、大富さんに教えてもらった一文、最後の最後にのってました!!!この部分も絶品ですよね!出だしからこれですよ!!!!テンションも高くなるよ!!!あとはね、あとはね、 川はどんどん凍りを流してゐるのに みんなは生ゴムの長靴をはき 狐や犬の毛皮を着て 陶器の露店をひやかしたり ぶらさがつた章魚を品さだめしている  ふおお・・・!!!!い、犬の毛皮?「陶器の露店をひやかしたり」っていいよね!あとあと「たこ」って「章魚」って書いてたのね!!初めて知ったよ・・・。章魚とか、出てくるなんて素敵だよーーー。自分ももっと、いろんな言葉を掬っていきたい。詩にできない言葉は本当はきっとないんだと思いたい。 パツセン大街道のひのきから しづくは燃えていちめんに降り 紅玉やトパースまたいろいろのスペクトルや もうまるで市場のような盛んな取引です ■かんそう  詩を読んで「幸せだ」って久しぶりに心底思えた。とても楽しい。彼の詩に出会えてほんとに良かった。これからも読んでく。本も好いものがあれば買って手元に置きたい。今、とても楽しいです!!  これを読んで、今まで読んだことがないけど、面白そうだなあ、なんて思う人がいたら、すごく嬉しいな、と思いつつ。活き活きと書かせてもらいました!! ---------------------------- [自由詩]ダヒテと世界/嘉村奈緒[2005年2月3日0時13分] ダヒテ。 ダヒテの発音は砂のようで ダヒテの腕はいつもきみどりいろな気がする。  僕の魂は重みにつぶされたりはしない  青梅線を走る送電線に巻き込まれたりしない  そうなったら  ダヒテ  の、きみどりいろを思い出す よ   ダ ヒ テ   僕は毎夜見る夢で四つんばいになっている   自分が走ってきた景色はもうないんだ    ( 魂 は 浮 か ぶ の ?       土 に な る の  ? )   僕が死んでも、色とりどりの食べものが、並ぶだけなのだから      送電線に巻き込まれたら、助けにきてよ、ダヒテ。 本当の海を知らない 本当の森を知らない 僕の話している言葉は何を育てているの?  (・・・そんな、きみどりいろで、じゃりじゃりした、はつおん、で 図書館に行って、片っ端から文字を見たよ でも帰ろうと手袋をはめたらほとんど消えていた 真っ白な空気が息を止めようとするんだ ひたすら白い のだよ 白い、白い 濃縮された、無知だ よ     世界って 何回言ったかな     僕は世界に馴染んでいるだろうか     あのね、ダヒテ、こんな言葉を聞いたんだ     「ひとはひとりだ」     繋がりが     見えたらいいのにって思う     困ったり     困らなかったりするだろうけど     それが     蝶々結びだったら     少し、楽しいよ     きっと     少し。 ダヒテ。 観覧車が見えるよ あれに乗ったのは何歳だったかな 物が小さくなっていくのは とても怖い 自分がこのまま しゅるりと消えていくんじゃないかって 思うよ 静かだね 静かな世界 静かなダヒテ。      君をうそだって言うのは      なんて      とてもたやすい ---------------------------- [自由詩]小丘/嘉村奈緒[2007年2月7日21時46分] お三時に彼はハンドルを回し 胸の部分の扉をパカリとひらいて よい風を招くために 陶器のオルゴールを鳴らした それは凛とした音色なのだけれど 彼はハンドルを回すことに執心していたので 忙しなく扉が開閉し しばらく繰り返すうちに 嵐が起こり 陶器のオルゴールは粉々になってしまった もう風はこないので 彼は扉を閉めて 違うハンドルを探しに出かけた   ---------------------------- [自由詩]打ちつけられて/嘉村奈緒[2010年8月5日21時36分]   緑のべ   胸の静かな鳥、飛んでる  嘴鳴子 (呼びやる、手がさざなみだ)   ぜんぶがぜんぶ静止画のようにただの一片を切り取った   狭いから 気をつける  体を食べる線に 付き合う   (もっとも、狭いからどこに行きようもないのだけど)   気取った白いやつらにはしっぺ するんだ   撒き方を教えてもらった覚えがない何かの種  断面図の恥ずかしい雲    雨が降るよう「雨が降るよう(雨が降るよう   子供の頭はマツボックリを蹴り上げたみたいな動きをする   だから増えていって何枚もの静止画が   ない  泣き虫だァと林立する子供がそろう  穴が開くかもしれない 胸が 静かになるのかも          「一片、だけの静かな(遠い音 また旋風 ・もうひとつ   待つことにする   雨   (終わるまで増えつづけて、グショグショと泣き出す静止画・・)   マツボックリと子供の違いが 茎に巻かれてただの一片を切り取ったさざなみになる   気をつけていたのに  旋風・は、折り重なって敷き詰められる    鳴子と空車と「鳴子と空車と(線よりも図太い地平線   林立したかさぶた共がいなくなる  狭いところから泣き虫だァ、の、声 「さざなみ(白 またひとり   『帆をはろう          次の風が来たら のべの地平線まで競争もしよう          雨がたくさん集まると嵐っていうんだ                        地を走る それに  憧れていた   ---------------------------- (ファイルの終わり)