生田 稔のそらの珊瑚さんおすすめリスト 2013年6月1日23時25分から2016年1月28日9時44分まで ---------------------------- [自由詩]うず/そらの珊瑚[2013年6月1日23時25分] 浴槽の栓を抜く しばらくは何事も変わらない水面 さざ波のそぶりさえない 今 渦中では 見えない引力に導かれ 出口へと まさに水が わあわあ殺到しているというのに ことの始まりは いつだって平穏(にみえる) 顕微鏡でのぞけば ぬるま湯が汚れているのが見えるだろう 人からしみ出る垢、汚れ、 うようよとした浮遊物の類い 生命体であることの まぎれもない証 煙草一本吸い終わる頃 世界はにわかに活気づき 大きな手によって 時間は圧縮され 終局をいそがされる ことの終わりは いつだって切羽詰まる(ようにみえる) うずがまく 右回りに整列して ごごご、と末期の声を叫ぶ 私はのぞきこみ その中心に現れた 一瞬のひとつ眼をとらえる 気づこうと 気づくまいと 途方もなく大きなうずが いつだって人を取り巻いている 母のうずから 生まれてきてから それを 運命と呼ぶには あまりに得体が知れない ---------------------------- [自由詩]花まんま/そらの珊瑚[2013年6月4日8時51分] おそらくは やわらかな春の香り おそらくは かぐわしい早乙女のような おそらくは この世に用意された おびただしい 喜びと悲しみのあわいで おそらくは それは 幻の香り さくらは香りをもたないと 現実を 知ってしまっても あれがまやかしの類だとは到底思えない 記憶の淵につかまりながら 爪先立って覗き込む そっと顔を寄せれば ゆらめいて くゆり 薫る 確かに在る おそらくは わたしの 知っている香り 縁の欠けた ままごと茶碗一杯に盛られた ひとまとまりになった うすももいろのはなびらが 匂う 無邪気な素手でつかめば しなやかに 快活に 空気をまとった そのひとひら、ふたひらが 馴染んだ茣蓙(ござ)の上に あふれこぼれ 戯れて  やがて風をつかまえて離れていく 気がつけば夕暮れて もうだあれもいなかった おそらくは今日 誠実な枕になって わたしをねむらせる おそらくは明日 尊い糧になって わたしをたべさせる 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ゆるゆると洗われて 空が ほんのりあけるころ 星の形に開きます 命、うすむらさきに笑ってる 私の心も ほどけてゆきました ---------------------------- [自由詩]わたしが消えたあとにも/そらの珊瑚[2013年9月27日9時31分] 星のみえない夜にも 星は存在する 風にふれない丘にも 風は存在する あなたが消えたあとにも あなたは存在しつづける 両のてのひらを まるくして合わせる 透明な卵だよ、ほら ---------------------------- [自由詩]まっすぐ/そらの珊瑚[2013年10月7日10時36分] まっすぐに 引けたためしがない まっすぐに似た線なら書けるのに フリーハンドで書く まっすぐは ほんの少し曲がっている 骨が湾曲している 私のなかに 直線がない 失ったわけではなく もともと持っていなかった 夏によって溶かされた 線路が歪めば 電車は脱線するのに 秋になっても 私はそんな道を歩いている 正しい丸を 描けたためしがない この世は 丸に似た いびつなしゃぼんにあふれている 幸せに似た 幸せがここにある 私に似た わたしがほほ笑む ---------------------------- [自由詩]ためいき/そらの珊瑚[2013年10月14日10時51分] わたしが 命をもらった日から 吸って吐いて 繰り返されてきた 呼吸の仕組み その息は かじかんだあなたの指を少し温め その息は 幼子の風車を廻し その息は ケーキに灯されたろうそくを吹き消し その息は 海のなかの小さな泡となり その息は オカリナとともに歌を生み出す 最後のひと吐きは いよいよ からになるための 営みになるだろう あれは誰の息だろうか ほら、 空一面を桃色に染めてゆく 宇宙の仕組み ---------------------------- [自由詩]一円/そらの珊瑚[2013年10月27日11時23分] 定価千八百円のはずの詩集が アマゾンで一円で売られていた 0円では商品として流通されないだろうから 一円にしたまでのことなのか 紙代にも 印刷代にも ならないはずの アルミ二ュウムのコイン一個という値段が ひとりの詩人の存在と等しい詩集の 価値であるなんて 思いたくはないけれど 確かに一円の詩集はそこに在る 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使い道のない価値でしかなくなったことを 空の記憶は残っていたのだろうか たとえば 鋭いくちばしの強度を考えただろうか 与えられた飼料をついばむだけでなく 攻撃の意志さえあったら 武器になるかもしれないという 可能性を秘めていることを この従順な家畜は 考えたことがあったのだろうか 生を全うしたあと 生贄として屠(ほふ)られて 羽毛をむしられ 鶏冠や内臓や骨を切り取られ 食材という塊になり 今 私のまな板の上で 力なく筋肉が横たわっている おびただしく 流れたであろう血液の川は 既に黒く乾いているか もう想像したくない。 と君は言う ベジタリアンになった君を わたしは引き止めたりはしない 給食で出されたから揚げを 残すことが許されない教室で こっそりランドセルに忍ばせて帰る君を もう責めたりしないよ でもね わたしは想像する。 ほんのり薄桃色にたたずむ弾力のある肉が 鶏という名前だけで語られるおまえが つりあがった眼をかっと見開いて 理不尽に殺される恐怖を見たはずだ 末期にありったけをふりしぼり それはこの世でまぎれもなく 空に爪を立てるような 抵抗の、絶望の、怒りの、命の悲鳴だったと おそらく乾くことのない幾筋もの川の前で 殺鶏は罪に問われることはなく いにしえから続く人間の正当な営みであることに 君が眉根を寄せて NOと言っても わたしは食べる わたしとて生きている理由は知らないし 空を飛べぬまま死んでいくのだ 鶏よ、鶏 ---------------------------- [自由詩]こわれもの/そらの珊瑚[2013年12月24日8時50分] 冬の肌は こわれもの 夕餉の火を落とし 手にたっぷりと クリームを塗る ひび割れから そっとしみこむように 日常というものは 重力がある限り 何処に行ったとしても そう変わらない 人の心は こわれもの こうして 修復を繰り返し ほんの少しずつ 強くなっていければいい あの日 手放してしまった 赤い風船が 求めた 空が 今も続いていますように 睡りというものは 自覚のない死と似ている 最期に わたしに届いたのは 犬の遠吠え ああ、漣のような この真夜中の美しさを 抱きしめて 瞳をとじよう たとえ明日 世界が終わっていようと ---------------------------- [自由詩]閉経/そらの珊瑚[2014年1月30日8時17分] 黒いアイリスは 男の喪に服した女だ ジョージア・オキーフが描いた 花の絵は どれも女の顔に見える 花が儚く美しいという概念は もしかしたら幻想なのではないか もうこれ以上 対象に接近したら 焦点がぼやけてしまう そのぎりぎりのカメラを 彼女は持っていたように思う 花の顔はいつか身籠る器官だ 人間の女のように隠したりせず 無邪気に 陽光のもとにさらしている 黒いアイリスは もう二度と産むことのない女だ 愛に殉じた女である ---------------------------- [自由詩]うがい/そらの珊瑚[2015年4月19日8時18分] あなたにうがいを教えたことはないけれど あなたはうがいを体得していた 言葉で教えられるよりも 見て覚えることのほうが きっと何倍も簡単なんだと思う それでもあなたが うがいってなんなのだときくので とりあえず 天を向いてがらがら だと言っておく もっと簡潔かつ本質的な言葉が浮かばなかったことが悔やまれる のど、の在り処がここだよ、とうたう そこはうぶ声や嗚咽が生まれる ひどくか細い部屋 城でいえばとりでのようなところで そこを綺麗にしておくための ふるえる清浄な儀式 わきおどる水たまりうがいに関する諸事情を 鏡に貼り付けていくと きりがなく楽しくて 気がつけば コップの水はいつもぬるんでいるか さもなくば凍りついている いつか人はうがいさえ出来なくなるから できるだけ盛大に飛沫を上げ 素晴らしいうがいをやってみせる日曜の朝ひとり 汚れた水を吐き出して 生きてます ---------------------------- [自由詩]五月のしつらえ/そらの珊瑚[2015年5月14日15時19分] 平面の布に 針を刺していく そうして出来た 糸の道を引くと 操られるように 現れる 立体の波は 少女の真新しい綿のスカートの裾を 縁取って踊った 風、曲面のゆらぎ 影とひかり 薔薇の 幾重にも巻かれた 花びらもまた 誰かの手に導かれて始まる ほころびのない魔法 雨、遠雷のゆくえ 鍵とすず ---------------------------- [自由詩]不慮の詩/そらの珊瑚[2015年10月1日8時51分] ひきちぎられたこころたちが あきのてんじょうを およいでいる うめつくされて ひしめいている ちいさないきもののように おびえながら むれている ねてもさめても どこへにげても くものゆくえを かんがえている あめでもふれば かれは ひきちぎることをあきらめて そらはいちめんしろく ひとつになるのだろうか ---------------------------- [自由詩]ごむまり/そらの珊瑚[2015年10月2日9時34分] 人は なんどころんだら 上手に歩けるようになるのだろう 人は なんどないたら 上手に笑えるようになるのだろう だいじょうぶだよ まるでごむまりのように やわらかいきみをだきしめる ぎゅっとだきしめられた ことがきっとわたしにも あったのだろう 幼かったこころは 忘れてしまったから ごむまりはかえってくる わたしに だきしめられるために わたしを だきしめるために ただそれだけのために 遠い旅先から ---------------------------- [自由詩]あし。/そらの珊瑚[2015年10月9日8時22分] それまで 水の中を泳いでいたものが 産院のベッドの上で あし。になる それはまだ 自分を支えることも 出来ないけれど あし。と呼ばれる こんなに ちいさく まだせかいを歩いてさえないものを あし。と呼ぶと せかいを歩いている人は みな 幸せな気持ちになる ---------------------------- [自由詩]羊とともに眠る夜/そらの珊瑚[2015年10月11日15時34分] 古い本を開いたら あったはずの文字が ところどころ喰われていた くいしんぼうの羊のやつめ 紙より文字が好きときている 古いインクは美味らしい いい具合に熟成していて ひと噛みすれば口の中に 喜びとか悲しみだとか 人生で起きる様々なスパイスが 複雑な味となって 広がるらしい 本など読むものではなくて 食べるものだと主張する君に 真実はひとつじゃないということに 気づかされた 月光よりもやさしく ひとの言葉と 羊の言葉と 命あるものから たくさんの言葉たちがあふれているのに 通訳さえ存在しないという現実 ああ、だけど困ったことに その本を読み直そうにも 欠けた文字だけじゃ 物語にはなりえないし 物語に見放されたわたしの夜は ますます長く 明けないくらいに おいで、わたしのグルメな羊 寒い夜にはうってつけのあたたかな毛布 支えあって冬を乗り切れば 春、草原から 失くした文字が 生えてくるかもしれないという幻想を 食べながら眠る夜 ---------------------------- [自由詩]冬のはちみつ/そらの珊瑚[2015年10月15日13時37分] じゃりじゃりになっている 蜜のあわれを さじで救い取る 瓶の中で 結晶になった 白い彼女はきれぎれになり 焼かれたパンの熱でそれは ふたたび脆弱に溶かされてゆく 朝の甘い官能 熊は射殺されたそうだ 人間のテリトリーを侵しただけ ほんの少し間違ったばかりに もうそろそろ ホシムクドリがやってくるだろう 燕らは無事に海を渡っただろうか 戻るということを繰り返す まるで波浪のような 命のいとなみ 葉を失った枝々はさざめき合っている それらは旅をする全ての者の 束の間の止まり木になる ---------------------------- [自由詩]リキュールな朝/そらの珊瑚[2015年10月22日8時44分] 夜の粒が とけだしてゆく 空の底は うすむらさき色にゆるみ 未来が滴らした おれんぢが 静かに攪拌されてゆく ここは 宇宙の果てなのだ あるいは 巨大なグラスに注がれた 液体の時間 四角い窓枠 ことりの形をした黒い影 伸ばした髪を えりまきにしてる 朝はきーんと冷えてる ---------------------------- [短歌]第12族元素より/そらの珊瑚[2015年10月22日11時08分] わたしにふれてと誘う水銀のふれればおかされてゆく毒 水の系譜もとをたどってゆく指先で、彗星ながれる 熱の朝水銀のメモリゆっくりと伸びてゆく儀式、生殖 だれとも手をつながないでどこへゆくつもりなんだろう、いいえ、どこへも ---------------------------- [自由詩]ノースバウンド/そらの珊瑚[2015年10月31日11時01分] 夢の尾はいつだって手からすべりはなれてゆく そして明けて 朝、 つかみそこねた少し乾いたその手触りを思い出している どんなにこごえても 血液は凍らないやさしい不思議だとか たとえ凍ったとしても 解凍されてゆく痛みを伴う不思議だとか 言葉をもたない 深い深い泉から 命は産まれてくるというのに 言葉でしかそれを 記すすべがない 現実には尾、さえないから ここでしか生きていけない ここで生きていくと決めたとたんに まふゆの色彩が返り咲く不思議だとか ふるえるたびにわきあがる熱量の不思議だとか ---------------------------- [自由詩]栞紐/そらの珊瑚[2015年11月6日12時27分] 人は忙しい 食べなければならないし 時々泣かなければならない すべてなげうって 頁のなかほどでずっと うずくまっていられたら どんなにいいかとも 思うけれど ごめんね もう行かなきゃ 夜には戻ってくるからと わたしは いくぶんくたびれた栞紐をはさむ ---------------------------- [自由詩]水草と魚/そらの珊瑚[2015年11月15日8時12分] あなたが水草だった頃 わたしは産まれた あなたは水草の味がした ここにつどうすべてのいのちは いのちをきょうゆうしている だから それをざんこくなどとおもわないでおくれ あなたはそう言った気がする あれは わたしが巣立つ朝 光満ち満ちて あなたと別れて どこかへ向かう朝 ながい時間を経て ふるさとへ帰ってみれば 水草のあったあたりは崩れ去り 水草であったあなたはもう かげもかたちもないけれど ざんこくなことだとおもうのはよそう あなたの魂は今 わたしの芯でやさしくゆれて 旅の途中できょうだいたちはみな食べられ ひとりぼっちになったわたしを あやしてくれる ---------------------------- [自由詩]血温計/そらの珊瑚[2016年1月4日13時25分] 自分のからだを抱きしめてみる 季節が逝こうとしていているから? いいえ この借り物のなかで 巡り巡っているものの温かさを 確かめてみたいから けれど取り出したとたん あっけなくそれは きっと熱を失う 硝子の採血容器のなかに 切り離された青い血液は ものもいわずに ゆっくり冷えていく孤島だとしても 今はまだ言葉ですらない液体を ひたすらに抱きしめてみる ぬるく発熱する、 それを抱きしめてみる からだは透過してゆく水になる ---------------------------- [自由詩]弔い日和/そらの珊瑚[2016年1月9日10時48分] 晴れた日に (  )を捨てる それは たったひとりだけで行う儀式のように もう一度愛してから、という未練は 明るい光が消してくれる 洗いたての (  )を捨てる それが 慣れ親しんだ分身などというつもりは まったくなくて ただ今日という日が 最適だったと そういう理由なのだ 川上から (  )が流れてくる 次々と 薄情な持ち主の手からはなたれたそれらは 浮き沈みしながらまるで 戯れあっているようだ ---------------------------- [自由詩]おとぎばなし/そらの珊瑚[2016年1月28日9時44分] 火がないのに いつでも 沸きたてのお湯が出てくる 昔、むかし 食卓の上に 魔法瓶という魔法があった ただいまと 帰ってくる 冬のこどもたちのために とても温かい飲み物が 瞬時に作られる カップから生まれる湯気たちが 小さな顔のまわりで ふわふわおどる まるで あそんで、あそんで、と まとわりついてるみたいに 夜がやってくると その魔法は静かに効力を失い 湯気たちは 水に 魔法瓶は ただの瓶に 母は くたびれた人間の女に戻った ---------------------------- (ファイルの終わり)