soft_machineの窪ワタルさんおすすめリスト 2004年7月5日23時27分から2006年5月20日16時21分まで ---------------------------- [短歌]キッチンにて/窪ワタル[2004年7月5日23時27分] 二日目のカレーに冷えて立つ母は火に掛けて最早温まらず ---------------------------- [自由詩]種無し葡萄/窪ワタル[2004年7月7日8時31分] 化石になった受話器から 感傷が漂って来る あの日から忍び寄るいつもの夏を おぼろげに感じかけた矢先だというのに 僕は夏を失ったのだ あの日からという夏を あの日 やがて歴史になったあの日 いつもと変わりない暑い夏の朝で けたたましく蝉が鳴いていたという日 悪は一瞬にして 無数の針でおっちゃんを貫き そのまま時を止めた おっちゃんは証拠になった 焼き付けられた悪の証拠 ケロイドを見せてくれましたね 決して癒えない死の影を負った背中を まだ幼すぎた僕は その真意も その地獄も その悪の 逃れようのない恐怖も 本当は何一つとして 汲み取ってはいなかったのです   ごめんなさい 本当にごめんなさい 北を忘れたコンパスのように 僕は詫びた でも あまり悲しくはない どこかで予期していたし 何より おっちゃんはもう 苦しまないで済むのだから ただ もう二度と おっちゃんの送ってくれる種無し葡萄は食べられない あの夏の おっちゃんの命を繋ぎ留めた ひと房の記念碑は もうどこにもない 僕は夏を失ったのだ 詫びきれない夏の背中が 足早に薄まって行く 荼毘に付されて 白い灰になったおっちゃんの骨は まるで砂みたいだったと おばちゃんは声を詰まらせながら教えてくれた まだ梅雨が明けないという日に ---------------------------- [自由詩]さよなら/窪ワタル[2004年7月11日15時08分] 女の残り香が飽和した部屋の片隅のベットを 夏が来る前にシングルにしよう と決めてから もう何度も朝日を浴びて 僕が寝返りを打つたびに ぐっと沈み込みながら 男臭いにおいを嗅ぎ続けてくれた 右手の方ががらんと広いお前 もう一度お前にあの女の甘いにおいを なんておもったわけじゃないのに 今日まで一日伸ばしにしていて ごめんな 僕の本能の衝動も 歪んだ欲望も 身勝手な妥協も 取り繕うための夜も すべて受け止め続けてくれた お前を捨てる 蒸し暑い週末の 疲れ切った午後に お前を捨てる 飽和したさよならを言って ---------------------------- [自由詩]肉じゃが/窪ワタル[2004年7月31日2時21分] 残業もそこそこに 今夜もいそいそと帰ってきた 玄関のすぐ脇の部屋で かつて母だった生き物が また呻いている 父の三回忌を済ませた頃から 母は溶け始めた ビデオテープのように過去を再生しては 「お父さん遅いわね、せっかくの肉じゃがが冷めちゃうわ。」 というと 暫く目を泳がせながら 今に帰ってきて 泣く 次の日には行ってしまう  また帰ってきて 泣く その繰り返し やがて行ってしまったきり 溶けたのだ 昼間は毎日姉がきてくれる 妻はいない 緑色のふちの付いた紙切れが一枚 強い筆圧の文字が端然としていたせいか 不思議と安堵感だけが残った 「愛している。」 と あまり言わなくてよかった 朝が早いので 腕と足首に布を巻いて ベットの柵に縛っておく 帰ってきて姉と代わる いつもの儀式は無言のまま 裸にして体を拭く オムツを替え 体位を変え 着せ替える 日に日に薄くなる背中に 母はいない うー うー うー 猿轡を噛まされたように呻き続ける 怪物 今日正式に辞令が出た 子会社への出向 缶詰工場の係長へ昇進 おもわず笑えた 流動食を入れるとき いまだに手が震える 怪物が呻いていられるのは この泥のような液体のせいだ 味覚も満腹感もとおに溶けている が 涙腺だけは働くのだ 涙が細い波のように鈍く光っている 遠浅の海だ それでもずっと ずっと歩いて行けばきっと (溺れてくれ) リビングのテーブルで 煙草を吸いながら 帰りに百円ショップで買った便箋に 「退職願」と書く 醤油挿しの隣で ハルシオンの白が 婀娜っぽく笑っている 怪物と暮らして行く これからもずっと かあさん 肉じゃがって どんな味だったけ もうまるで覚えていない 俺は母を殺したのだ ---------------------------- [自由詩]朝刊/窪ワタル[2004年8月27日5時15分] 朝靄の中 頼りない影を引いて 配達夫は世界の悲報を配るのに忙しい 昨日のキスは二人しか知らないこと ベットに傾けようとしたとき 「今夜はいや。」と云った君の 声の湿度は僕の鼓膜しか知らないこと 君の家からの帰り道の 月あかりがやさしかったことは 僕と 僕の影に塗られた歩道しか知らないこと 世界の悲報を知ることなど そんな些細なことなのに 配達夫はただ忙しくポストを叩いて行く 僕は 僕の悲報を見たときの君の顔を 想像さえできないまま 切り取られた昨日に 視線だけの細い挨拶をする おはよう ---------------------------- [自由詩]グラウンド・ゼロ/窪ワタル[2004年9月13日22時46分] 汗臭いほんとうのことにはもう付いて行けず けれど 瑞々しい嘘をよけながら 照れ笑いで誰かと話すのが好きだ 政治とか宗教とか戦争とか どうだっていいことじゃないからつまらないんだ たぶん 俺は日本人 似合わないコーラを飲みながら うまいとほんとうにおもえたことなんかない ブシュだってきっと 神様なんか信じていないんだから俺と同じさ 大統領なんかじゃなけりゃ意外といい奴かもしれないじゃないか  なんてあり得ない空想だって別に罪じゃない 俺は日本人 愛国心も日の丸も君が代も 俺は大嫌いだけど好きだって人達と友達にはなれるよ きっと 俺は日本人 51番目の星になんかなりたいとはおもわないけれど ときどき LOVE&PEACEとか云ってみたりする 俺は日本人 戦争を知らない子どもたちなんて云ってほしくない 俺らは戦場を知らないだけ 俺は日本人 グラウンド・ゼロ なんて手垢にまみれた小銭の臭いがする 神風にのった2004年のエノラ・ゲイは おかあさぁーん!!ていわないんだろうか? いずれにしろ すべてはテレビの中 空はずっと延びている 地平線を俺は知らないけれど たとえば俺の 視線の越えて行く先が ずっと記号だけになっていたら もう 誰とも 君とさえもキスしなかったとしても どうにか立っていられるとおもう このゼロに向かって行く線の上の 平和な って 体温から とおいとおいまちで ---------------------------- [自由詩]朝の儀式/窪ワタル[2004年9月20日23時50分] 冷え切った校舎の裏 ささくれ立った言い訳をした日 嘘をつくのは単なる処世術ではなく 空気と同じなんだと信じることにした 地球は今この瞬間も律儀に回っている 無数の嘘を繋ぎ止めながら 卸したての朝を連れて 昇ったばかりの陽はいつもながら苦い 顔を洗う 寝起きの顔は特に好きになれない 入念に歯を磨く  歯並びがいいのは父譲りで これだけは密かな自慢 おばさんになってから後悔したくないから メイクは極薄め 目元にビューラーを運ぶときは二の腕が堅くなる やっとコンタクトに慣れたばかりなのに 髪を梳かすたびに母を恨む 机に向かって予習をする よい子のレッテルは重い 「わかりません。」 というには歳を取り過ぎているわたし 特にかわいいわけでも 友達が多いわけでもないわたしは 当たり障りのない笑顔と偏差値で武装しなければ 制服は着れない 忘れた頃に水をやっていた鉢植えのサボテンが まるで待ち侘びられたかのように 初めての花をつけた 離れて暮らす祖母が貰ってくれというので これも今後のお年玉のため と 仕方がないので置いてやることにしたんだった わたしはもうどうしていいのかわからなくなった おもわず舌打ちをしたものの その小さな黄色い花は 放置しておくにはあまりにきれい過ぎたのだ こうして朝の儀式がまた一つ増えてしまう ---------------------------- [自由詩]白い言葉/窪ワタル[2004年10月6日19時25分] 晴れた空は、あまりに眩しくきれいだ 幼い頃、一番欲しいものはなあに?と問われて そら とは答えられず むきかごーぶつ と答えた (空は大きすぎて僕のおもちゃ箱には入らないとわかっていたから) むきかごーぶつになりたい その、透明な産毛のような、拙く、だが尊大な夢が 空を手に入れるのと同じくらい、無謀だと知ったのは 小学校の理科でのこと 「人間は有機化合物です。」 と、先生は事も無げに云った なぜ無機化合物だったかと云えば その頃近くに住んでいたヒロコさんが、無機化合物の研究を志して 遠くの大学へ行ってしまったからだった 一度だけ僕宛の年賀状が届いた ちゃんと返信したのに、次の年からは来なくなって 勇気を出してこちらから差し出したら、しばらくして、宛先不明で戻って来た 僕はそれから、無性に人恋しくなる悪癖を飼うことになった ヒロコさんが空と同じくらいきれいだったから  ― 本当に幸せだと思えることを、一つだけ見つけ出して、それをずっと大切にしようと思います。 ― 中学校の図書室にあった卒業文集に、ヒロコさんの残した言葉を見つけた  ヒロコさん  幸せだと思えることと、自殺願望が似ていることに  あなたは気付いていましたか?  本当に幸せになったら、もう死んでもいいと、僕は思うでしょう  幸せはたぶん、空と同じです 届く宛ての無い手紙を出すわけにも行かず 文集の余白にそう書いて ページごと制服のポケットにねじ込んだそれを 体育館裏の焼却炉に投げ入れてしまった 焼却炉の四角い口から吐き出された欠伸声が 耳の底で泣いた 空を手に入れることも、無機化合物なることもできないまま なんとなく大人になっても、悪癖は貪欲に好意を捕食しながら 胃下垂のようにだらしなく膨らみ続け、やがて 誰かに会いたいときには電話をすることを覚え 話を聴くときには、相手の目を見るといいと知った 会話をするのは、植物が根を伸ばして 結果として、互いに支え合うのと似ている 根の先端の方の繊毛が 言葉だ 白い言葉だ ヒロコさん 僕はようやく見つけたんだとおもう 空でもなく、あなたでもなく 僕が本当に欲しかったものを 幸せかどうかは、まだ分からない でも確かに大切にしようとおもう もう死んでもいい とよぎるのは 空や、あなたと同じくらいきれいだとおもえることが 少しずつ、少しずつ ふえた証拠だから 携帯のメモリーから 「久しぶり。」 と云いたい友を選び、注意深くノックする 呼び出し音が、心地よく白濁する前の 言葉の種子になって 透明な軽さでもって、空へ、と弾む ---------------------------- [未詩・独白]はる/窪ワタル[2005年2月28日17時53分] ジュッ ジュ、ルルルル  ゴーゴー   痰壺に    (さくらいろの)   錆びかけた     はる    「はるには、帰らななー・・・ ジュッ ジュ、ルルルル ゴッ ゴーゴー    「はる        には、  帰えらな          なー・・・    「うん、帰ろな 、 ジュッ ジュ、ルルルル ゴッ ゴーゴー     痰壺に   はるが 留まったまんま      もう     届かへん  ジュッ ジュ、ルルルル ゴッ ゴーゴー          (おかん)もう        帰ろな   もう                  帰ろ ---------------------------- [自由詩]泳げない八月十六日 (即興)/窪ワタル[2005年8月17日11時40分]      散乱する格子らに      畏まって居られないらしく      文字達が泳いでいる      水族館にしては蒸し暑いし      少しも苦しくない      もともと肺呼吸がとくいじゃなかったんだからいいか      と独りの部屋   触れてしまえないものになれないで   胃袋で蛆が涌く   いっそ食い破ってくれるならそれで本望 さっき送って行ったばかりだから まだそんなに遠くじゃないよね  かあさん 線香の煙に乗るってどんなだろう もぐるのに似てる? 運命の子は 八月になると 背負いきれない袋があるとわかるようで 拳を握り締めています 蝉が鳴いて きのうは戦艦大和みたいな雲が旋回しながら やっぱり沈んでしまいました つまらない喧嘩をして 首を絞められました コロシタロウカ! というので オオヤッテミイヤ! と応えてしまったのです 頚動脈の側の皮膚が少し 剥けました 手の痕が低音火傷みたいに纏わり付くので まだ生き延びないといけないのですね おめでとう と云われると どうも均衡がとれないらしいので 僕はまだ 焼け野原のショウコクミンなのでしょうね 恥かしながら生き延びてしまいました 万歳! 万歳! 万歳!      殺意が揺れていて   どこかに預けてしまいたいのですが   どこもかしこも満杯なんだ   道理で一年に3万人も捨てられたりしてるはずなわけだ 言葉で生きているんだとおもっていたのですが どうやら言葉で出来ているらしいのです 腹がふくれないのが難点なのだけれど   左腕を握る対になった骨は   簡単には折れない   謝ってばかりいるのに 嬉しい   かあさんは痛かった筈だけど   ずっと一緒だから   そのうちに慣れるだろう   運命の子 は 散乱していますよ   生んでくれてありがとう   なのだけれど 魚だったら よかったのかな 帰れないんだよね 鯨は ずるいよね 明日も晴れるかなあ 天気予報って意外と当たるよね 焼け跡にしては居心地はいい方なのかな   記念日が悪いわけじゃないのに   苛立ってばかりいます   生まれにくい日なのですよ   また一つ積んで   崩れてもいて まだ お終いにならないので 腹 減ったよ ---------------------------- [自由詩]忘れっぽい僕のために (即興)/窪ワタル[2005年8月22日17時18分] 二つの海のことは 誰でもしっているはずなのだ 例外なく液体の飽和した皮膚の深部へ 浸透し 沈下し 腐臭となろう 腐臭は巡り 巡らせながら明滅している 素粒子の奥ではクオークが クオーク奥でも 明滅は休むことをしない やがて心拍が止み 液体が消滅へと加速する時 腐臭は言葉をおもい出す 風と 土と あらゆる気体と液体との対話が 無神論の不滅を証明する (ああ 科学と唯物論ののろまめ!) ついに 孤独と セックスと 嘘と 空腹の正体を体現する    (そう そうしてきたのだ ホモ・サピエンス!) なのに僕は忘れっぽい 存在すると同じくらい奇跡的に 自転が続いているのは 僕をふるい落とすためではないのに 二つの海だけが枯れず 僕は ついうっかり 正義以外の色を欲しがらない 今日も森が焼かれ 街が焼かれ 本が焼かれ 子どもが焼かれ 海は荒あぶる理由を失っても荒ぶる 言葉は音となり 幻の津波の果てに 生まれることを 忘れるのだ   ---------------------------- [自由詩]故郷といる/窪ワタル[2005年9月1日2時10分] 故郷といる 私は故郷といるのだ 何処へも行かない故郷は やはり田んぼの匂いがして 葬式と悪い噂話が好き 山は刻々と死に 生まれる 夕方には日暮が鳴いて 21時を過ぎたら車は一台も通らない 呆けはじめた祖母と 夕食に鰻丼を食う 通夜から遅く帰った父と ビールを呑んでテレビ 母の携帯電話はまだそのままのテーブルに置かれ 何の比喩も持たず ただ有る 父の愚痴を黙って聴く 耳は聴くための器官なのだ 唇は乾いたまま 父は質問はしないので 祖母への愚痴は涼しい 言葉は唇で流産し続け 私は罪になったまま 耳ばかり忙しいので 左右二つでは足りないで 時々瞬きなどして 故郷をかみ殺そうとするが 故郷は微動だにしない テレビでは  方耳に補聴器を付けた 背番号30が 三振をとって マウンドを均している ---------------------------- [自由詩]それでも 生きているのだ/窪ワタル[2005年9月8日9時53分]  心臓を 下さい  何処かに置き忘れたのです シナプスを飛ばして 過去の駅 遺失物預かりの四角い顔は どうして揺れることがないのでしょう 同情して下さい なんて  云えないのだけれど  からっぼの胸骨には  脳味噌がすっぽり収まるので  代用には十分ですよ と 云うのですよ 医者のヤツ  試しに頭蓋骨を砕いてみましょうか ですって  ただし暫く真っ直ぐ歩けませんよ ですって ただでさえナケナシのプライドが 揺らぐじゃないのさ 血が流れていないのか 今朝からひどく寒いのです まだ秋だというのに 街は冷蔵庫の底のようで 制服を着たカップルが キス なんかしてる マッチよりは温かそう 唇をなでると 手触りは骨に似ていて 輪郭だけが残っているのでした ---------------------------- [自由詩]子午線/窪ワタル[2005年10月26日10時40分] 散乱していたの 物体ではなく あたし の (思考と存在 に 対する雑感 思春期めいた思考は フォルマリン漬けにしてしまえ!) 意味でない もの  でもない 反芻される する でなく される (こきゅう の 拍の裏           びーと?) 叫ぼうかしら 声 かしら          とりあえず祭りの終わりなのね               (子午線一度までの緩急) ぶれないでいいなら 死んでしまっても あたし しあわせ かも イメージする メモライズされる ホモ・サピエンスの脳は受動的 大脳新皮質の欠陥の発見は 脳ベル賞 っ かも 輪郭なのだとすると 触媒に生まれたかった せめてゾウリムシ ミトコンドリアの罪は きっと 地球より重い 植物 そう つくしんぼ つくしんぼなら 生えていればいい 時々食用にだってなれる 豊かに休む (生殺しじゃないの?) リノリュームの床には 温度なんて 一粒も落ちてなかった ラウンドする天使達は 非番の日にはマグロみたいにねむったり 悪口でランチしたり 貯金通帳も眺めてみる それは幸福な瞬間の堆積なので 天使達に罪はないけれど 降るのが 雨じゃなくて 染みるのは静脈なのは 天使達が まだ 天使のままでいるせいでしょ さあ 夕方には はどんな嘘つこうか 唾液だけが笑っている ---------------------------- [自由詩]冬蝉/窪ワタル[2005年11月14日13時55分] 午後の輪郭をなぞる コーヒーの湯気は婀娜っぽい ブラックはもう飲めない この頃は結婚式に呼ばれてばかりだから フレッシュを二つ入注ぐ 深いマグカップに沈み混んで 滑って 昇ってくるのを待つ 寝ぼけた光の欠片 一瞬 蝉の抜け殻の色に似ている 指の腹 形而上的にしか温みはない 砂糖もシロップもなし 憶えたての味 自尊心 ぎりぎり 消さないで 退廃までの距離 無視して啜る 待ち侘びる声も 言葉も 届かないのだ 苦味ばかり舌に絡む 祈りなんて信じていないくせに 身を硬くして丸まっている ---------------------------- [自由詩]手紙/窪ワタル[2005年12月24日10時37分] 足の裏で 整然と寝ていた床板が めりめり めりめり 起き上がる 半座位になり 座位になり テーブルを跳ね上げ 止まれ! 睨み合う 鼻先から吸い付こうとする くんくん くんくん 嗅いでみる 血の匂いだ 墨黒の体液が心臓へ染み込み 動脈へと 走る 逼塞する 墨黒の軌道に耳を澄ます Dear Dear と綴って 続きを 君の名前が 綴れない 痙攣する 記号化とは 死だ! 屍など溶けてしまえ Dear Dear の続きを 舌の奥で捕らえ直し 呑み込んで 幽閉する 君を 再生するまで 声帯から胃袋までの距離に Reverse Reverse 伝ってゆく 自転の曲線にそって Dear な君を 朝へとなぞる そぉっと だが 確かに ******** 詩の学校(上田暇奈代さん主催)@京都芸術センターにて即興書き、朗読 若干改稿後KSWSなどで朗読 ---------------------------- [自由詩]流行性感冒/窪ワタル[2006年4月5日19時36分] 流行性感冒になったまま 廃棄物処分場の見える小窓の角の 名前も知らない虫の屍骸を睨む 新しい靴はまだ買いに行けそうにもなく 何がしか捕食しなければならないが 手足はとっくに死んでいる ラジオからは流行らしい歌が流れていて 負けるなだのガンバレだのと捲くし立てるが 昨日も首を括った人の事がニュースにもならず 新聞の死亡欄には死因の伏せられた死体が並び 処方箋薬がインチキなので ついつい忘れっぽくなる 昨日死んでしまった人のうち 空腹だった人はきっと一人もいないだろう 空はいつも空腹で欲張りで寂しい 友達たちがいるよ と囁いて 今日も誰か連れて行くんだ 空には星座が多過ぎるのに みんな無垢で美しいので 星に願ったりする 僕はズルイので星は見上げないで 窓の角の屍骸の名前を考えて 死亡欄に並べるのだ 流行性感冒の季節は続いていて 流行歌は何も教えてくれない 星座の名前を一つ忘れよう 明日は靴を行く 星の綺麗な夜を歩いても 忘れないでいられる 流行歌が聴こえない国に行ける靴を ---------------------------- [自由詩]醜い四月に/窪ワタル[2006年4月12日1時33分] 飛び上がった身体は 地面から順に世界を捨てていったのだ アキレス腱からハムストロングにかけては やはり加速が強いが尻では一端躊躇する 背中はすべてを覚悟していただろう 椎間板の辺りか胎盤のまでは分らないが 子宮だけは傷つけたくはなかったはず セックスをするのを止めてから 乾いてしまった君を 繋ぎ止めることが出来なかったのは 僕が言葉を知らないせいだとおもっていたけど どうやら違う  美しくないものは存在する価値がないの というけれど 世界は有機体なので そんなに過不足なく成り立っていないよ と 今ならもう少し優しく云える 墓標はてらてらと光り過ぎていて 人差し指に似ていないんだね 四月だからかも知れないけれど 後ろ指は指されないよ よかったね 君は十六年と百六十三日の内 どれくらいちゃんと眠ったんだろう もう起きたりしないでいいんだよ 手の甲にまだ君のあとが残っている 赤黒くて細くなった君はひりひりとして ピカソとシャガールと朔太郎ばかり 吸い込んだ身体はもう 世界を捨ててしまった 美しいものにはなれないと 君は知ってた 君が知らなかったのは 十六年と百六十二日 君が描き続けた絵の様に デッサンには時間が必要だったこと 世界は色を選べない 美しい四月はもう来ない 宙吊りになって揺れながら醜く 空だけは嘘のように美しいので ---------------------------- [自由詩]カタツムリ/窪ワタル[2006年5月1日2時05分] 滴るように 明日の予定を考えながら 窓の外を眺めて 濡れている植木鉢 サルビアの葉を這う カタツムリになりたい フランス人はカタツムリを食うらしいが 美味いか不味いかではなく 最初に食おうと決めた人は きっとグルメ カモメのジョナサンも 食わないでは生きられない 殺しながら生きているので バランスをとるために 僕らは戦争を止められない 星の王子様は 砂漠が美しいのはどこかに井戸を隠しているから  というけれど  砂嵐の中で今日も人が死んだので 家族は泣くのに忙しくて いつも喉が渇いている サルビアの葉を這うカタツムリには 涙腺がないらしいので きっと幸せに違いない (殺さないといけないんだ) カタツムリになって白い皿に寝転びたい 明日の予定なんかもうどうでもいい どうせまた 殺しながら生きて行くんだし ---------------------------- [自由詩](ワカレ)/窪ワタル[2006年5月20日11時33分] さよなら  でも さようなら  でもいいが それは  またね をかくしているはずで  またね は むぼうびなのに わたしたちは うたがうことをしない  まだ ことばのないこが たしかににぎっているこぶしのなかに ふうじこめられた やくそくのように  まだ ゆうよされたなにかが てまねきしている  と ぶえんりょなわたしたちは  またね といってわかれる ひといがいは みな おおむねむくちなので わたしたちは うしなってからたちどまる  はた とではなく  なぜか ぼんやりと   ---------------------------- [自由詩]ほね/窪ワタル[2006年5月20日16時21分] やいたほねをくったことがある ざらついたにがみと のどにひっかかるかんしょくは それがおとといまで ねむり おき くって ゆめもみたのだ とは にわかにしんじがたかった こどもだったころ いちど ほねをおった のれたばかりの  ほじょりんのないかぼそさは あめのあすふぁるとからとんだのだ しょじょひこうは ほんのすうびょうで ちきゅうはまあるいのだと おれはしったのだ いたかったんだよ ぼくは おおごえでないたんだよ はははなにもいわない もう こえが ないのだった * しじんがしんだよる むしょうにはらがへったので ぱそこんで しじんのこんせきをあるいて のどぼとけに ことばをひらった やはり もうこえはなかった しじんも もういたくないのだろうか めのまえにはまだ こえがあるのに かたみちだけのこうしんがおわると わたしはかあっとして したさきで し し し と くりかえしよんで わかれをいった こえは まだ なっている ふかいうみのそこの うつくしいものだけをくみあげて あやしく あかるくひかる はいいろの こえが てれわらいしている ふかいやみで てらしだすように わたしはほねをくらったのだ かみくだこうとすると すぐにきえてしまう かぼそいあなたたちのほねを ---------------------------- (ファイルの終わり)