渡 ひろこのRin.さんおすすめリスト 2007年11月4日10時45分から2008年10月22日0時09分まで ---------------------------- [短歌]響乱花/Rin.[2007年11月4日10時45分] 舌先が絡める熱い銃口の鉄の苦みは血の味に似て 約束の指でいざなうライフリング自我突き破る濡れた弾丸 背徳を縛る鎖の錠を撃つ。ふたつの魂(たま)は逝く果てもなく ---------------------------- [短歌]モノクローム in the world/Rin.[2007年12月8日22時05分] 白空のヒビは街路樹の冷たい手 聞け言の葉の声をココロで 外套の襟をかすめる単音のグロリア今宵は木枯らしのイヴ ---------------------------- [自由詩]■共同作品■ 冬のさくら/Rin.[2008年2月4日21時05分] 夢路誘うは十六夜に  声なく花の散る姿 また立ち返る如月の  思いは誰に告げるべき 黒髪梳(けず)るいもうとの  面影やどる花びらは 雪の衣も厭わずに 音もたてずに我が胸に この思い誰(た)に告げるべき 解けてはかなく冬ざくら 雲居は春か人はいざ 心に君は舞おうとも 触れえぬ肌がかなしくて 涙の温みはなお悲し こころ奥処(おくか)の冬ざくら 紅さす指より白くあり 暦数えてまた涙 匂い儚く夢の夢 夜半(よわ)に強まる北風に さらに舞い寄る冬ざくら 霞む灯りを掻き分けて 霞まぬ遠い夢の夢 ---------------------------- [自由詩]さくら色の手紙/Rin.[2008年2月10日9時49分] 風になり、花になり ずっとそばで――― 今日は街に雪が積もって めったにないことだとニュースでも騒いでいました わたしはそのことが少しばかり怖くて あなたの手を握ったのです やわらかく華奢な手だ、と 初めて気がつきました 思い出したように引き出しの奥から 一枚の便箋を取り出して かすれる、さくら色 その小さな手で綴られた言葉は あなたの呼吸が薄まるほどに力を持って わたしを抱きしめるのです だから さくら色の手紙、あの日 捨ててしまえばよかった 遠く離れた部屋で 風にも花にもなれず、その苦しみを あなたに背負わせながら 明日は晴れるでしょうか 紅茶を入れましょうか 彼はもう目覚めたでしょうかと そなことを考えるあいまに ふと溢れてくる涙 そういえばゆうべあなたが流した涙は あまりにも澄んでいたと父から聞きました あなたの前で泣かないことも ありがとうを言わないことも 許してください さくら色の手紙 返事は書きません 雪はもうやみました ---------------------------- [自由詩]青を、/Rin.[2008年2月18日17時36分] くしゃみをひとつする、と 私たちは地球儀から滑落して空に溺れる あの日グラウンドから送った影は 手をつないだまま鉄塔に引っかかっていて 捨てられたビニールのレインコートのようだった バス停が流れてきても 相変わらず学校だけはちゃんとあって 3組の窓枠に彼女がしがみついていた 私より息継ぎがうまいのだから、いっそ 手を放してしまえば自由になれるのに 待ち合わせの駅前にはもう誰もいない これでやっと、本当にひとりになれるのだろう    * 最後の校歌も青に沈んで そういえば私、どうしてここに 理科棟の洗い場で鏡を見つめていると みるみる髪の毛がささくれて 私が溶けはじめる そうやって体が広がってしまうから どうにも隠れることができない 卒業という単位から    * 名前も知らない青を泳いで 私たちはひとつずつくしゃみをする 繰り返すサヨナラのように ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]「タシャノキモチ」/Rin.[2008年3月6日23時33分] 著者より  相手の立場に立ってものごとを考える。ということは、よりよい人間関係を形成する上で非常に大切なことである。しかし、こういうことは日ごろから意識しておかないとできないものであって、時として取り返しのつかない事態に発展することもある。日常的に他者の気持ちを想像するトレーニング」を積んでおくことは、何かしらのプラスの側面があると思われる。  そこでトレーニングの例として、以下に様々なシチュエーションでの「他者の気持ち」想像の例を示そうと思う。興味を持っていただけたなら是非これを参考に、自分なりのトレーニングを行ってほしい。成果の報告や、実例などが投稿されると嬉しく思う。                          2008年3月 風渚 凛 例1・百貨店の案内係・A子さんのキモチ  はいはい、質問がある人は一列に並んでよね。そんなあっちこっちから言われても分からないわよ、聖徳太子じゃあるまいし・・・。  は?直径80cmの麦わら??そんなものどこに被っていくのよ。あるわけないでしょう。全く、百貨店は何でもあるというのは大間違いよ。  次は?阿闍梨餅??ああ、お土産ね。地下にあるから地図見てよね。あ、何よ、聞くだけ聞いて帰るわけ?!やれやれ・・・   例2・苗字の読み方が難しい、中学生・B田くんのキモチ  ホント、新学期がタノシミで仕方ないんだよな。先生のやつ、絶対オレの苗字読めないぜ?ほら、やっぱり。オレ、B田だっつーの。小学生の頃から絶対一発で読まれたことがないんだよな。これ、密かな自慢。ああ、他に自慢することないのかよ、オレ・・・。  おいおい、担任よ、2回連続で間違うのは反則!でも実は訂正するのが快感なんだよなあ・・・。 例3・客に「ハンバーグ、まだ?」と言われたウエイトレス・C恵さんのキモチ  そりゃ一応は謝るけどさ、私に言われてもねえ・・・。厨房の話だし。そんなにおなか空いてんならもっと手間のかからないものにすりゃあいいのに。ってかそれより、子どもちゃんと見張ってなよ。ソースこぼされたら後が大変なんだから。今日私、クローズだよ?   例4・電車の中で隣に座ったカップルが、明らかに行き先を間違えた電車に乗っているということを会話から察したC郎さんのキモチ  ああ・・・言ってあげた方が親切なんかなあ・・・。これ、三宮停まらへんで。でもこの人ら、ほんまは三宮行かへんかもしれんしなあ。下手に口出したら、「何聞き耳立ててんねん!」って絡まれでもしたらたまらんし。最近の世の中はコワイからな。よっしゃ、聞かんかったことにして寝よっと。・・・・ああ、でも気になって寝られへん。どうしてくれんの。はよ気いつかんかいな。 例5・満員のエレベーターでしかめつらをしているギャル・E美さんのキモチ  あっつ〜。ほんま満員のエレベーターってキッツイわ。9F行くだけでメイクずるずるになるし〜。これ、万が一途中で停まって見いな、どないする気って感じやわ。この空間の酸素をこんだけの人数で分け合うんやろ?ありえへんわ〜。  しかもさ〜、前の生き生きしたおばちゃん二人組!ジム通うか迷ってる話する前にさ、2Fくらいなら階段で行ってって感じやわ。ああ、しんど・・・。 例6・サバのフライと間違えられたアジのフライのキモチ  ちょっと待ちいな。オレは「アジ」!!サバちゃうで、ほんま。まあおんなじサカナやけどな、「アジ」!!覚えといてな。人間は個性重視とか言うわりにはコレやろ。頼りにならんわ〜。「アジ」やで、「アジ」!!ほら、またサバって言うたやろ〜・・・。 例7・LLサイズのおばさんに試着されているLサイズの花柄パンツのキモチ  ちょっと待ってよ、あたくしあなたにはそぐわなくてよ。ほら、よくご覧になって。明らかにあなたの腿のほうが太くってよ。あたくし最近はやりのストレッチだけど、限界ってものがありましてよ。あたくしの自慢の花柄が・・・あいたたた、トンボみたいになってるじゃありませんの。ちょっと!あ、いたい、痛くってよ〜!!! 例8・F二家の前のPコちゃん人形のキモチ    もう、いいかげんに頭揺らすのやめて!!変にハイになっちゃうじゃない。それよりなによりあたし、実は子ども苦手なのよ。あ〜、そんなアイスクリームついたネバネバの手で髪の毛触らないで!  あ、今前を通ったお兄さん、超好み!!あなたならいいわよ。って、無視?!  あ〜、子ども去ったと思ったら酔っ払いが来た!!ああ、もう終わりだ・・・。 例9・G通りにあるマンホールのふたの溝のキモチ  へへ、今日は誰を引っ掛けたろかな。昨日の姉ちゃんのピンヒール、ばっちりいただいたで。ありゃよかった。お、またピンヒールの姉ちゃんがきた!よっしゃ、いっとこ。・・・おい、引き抜きよったで。どえらい脚力やなあ。  あ、ミニスカ、ミニスカ。いやあ、ゴチソウサマでした。もうちょっと踏んでくれてもええんやで〜。しかし長年ここにおるけど、ワシ幸せや思うで。 例10・K天満宮の石の牛のキモチ  なんでみんなワシの頭なでまわすねん。あんまりやると禿げるっつーねん。おいおい、そっちは尻やで。どこでもええっちゅう問題ちゃうで。そんなとこ禿げたらシャレならんわ。  しかし・・・ワシ、ウシなんやけどええんかなあ。弁天さんと張るくらいの人気者になってもーたがな。おいおい、賽銭食わせんといてくれ。なんぼなんでも無理やがな。 例11・同じくK天満宮の絵馬のキモチ  黙ってたらみんな、好き放題書きよるわ。ちょっとは遠慮したらええのに。こらこら、太いマジックで書いても一緒やで。自分だけ目立とうってkう根性がいかん。ちっとも努力せんと、書いたら受かると思てるやろ。世の中そんなに甘ないで。  あ、おいおい、おみくじ結ばんといてな。雨に濡れて張り付いたら気色悪いからな。おみくじはあっちやで。あ、もう、3つも願い事書かんといてや。肩凝ってまうわ。おわ、兄ちゃん修正ペンかいな。絵馬にそんなもん聞いたことあらへんで。あんた、コレ履歴書やったらおしまいやで。 例12・今みなさまに読んでいただいているこの散文のキモチ  散文カテも読んでな。詩とか短歌もええけどさ、散文にもオモロイのはけっこうあるで。あ、一回でも笑ったらポイントいれてな。  ちょっとそこのお姉さん!そう、あなたです。6回も笑ってるくせにコメントだけにしよと思ってるやろ。たのむわ〜。たまにはええやろー。  ってかなあ、カザナギよ、うちを散文カテに入れてええんかいな。どっちかっていうとネタ帳ちゃうか?ここはもう少し偏差値の高い作品が集まるとこやと思うけど。まあ、投稿ボタン押すなって言うてんのに聞かへんから放っといたけど・・・うちみたいなん入れたらどうなるか知らんで、ほんま。 ---------------------------- [短歌]逆走 〜reverse〜/Rin.[2008年3月13日10時42分] 左手を絡める鎖で身を飾る誇りを嘲え白い太陽 乱気流放つ引き金緩いまま「後追い禁止」の標識を刺す 置き去りの景色を胸に滲ませたセンターラインはためらいの色 逆風にサイドミラーは砕けても「reverse」明日生まれ変われる 酔いどれの路面に星を散らすためスピンをかける灼熱の夜 ---------------------------- [短歌]「トーキョーアクアリウム」/Rin.[2008年6月10日0時45分] 身動きを許してください水底は26時のネオンさえ青 息継ぎを忘れた彼女が電池式だったと知った火曜のメトロ 遺失物届けの欄に書くべきはリセットキーか押す指なのか 「きれいだね」ガラスの向こうで繰り返す声が絶えれば崩れ去る街 ---------------------------- [自由詩]潮騒が撃つ/Rin.[2008年7月3日0時16分] 身体の中で潮騒を飼っている 辞書はそれを焦燥や憂鬱や歓喜などというが 潮騒はそんなにもシュハリ、と 姿を変えるものだろうか。 生まれて初めての始発に乗った。 どうしてだろうかとは考えようとしない。 吊り広告の文字が 曖昧に耐えられない朝の視界に否応なしに入ってくる。 乗客はふたりだった。もちろん 私は彼を知らない。 ゆうべの夢を思い出した。始発は 夏を目指していた。 潮騒が、また――ああ、肋骨の中がこそばい ここは空洞ではなかっただろうか。 空洞ではなかっただろうか。 車両に抜け殻の、笑い声が充満する。 私は海に行きたかった。 身体の中で潮騒を飼っている 潮騒は息をする シュハリ シュハリ 勝手にしてくれればいいが 肋骨の中は空洞なのでなんとなくもどかしい 始発は夏に向かっている。 乗客は足し算と引き算を繰り返していたが それにももう飽きたようで、またふたりに戻った。 彼はありふれた朝に戸惑うこの存在を知らない。 潮騒が、また―――ああ、肋骨の中に あふれた海が満ちる気がした。 私はここに、また生まれるのだろうか。 ---------------------------- [短歌]「快速特急〜阪急京都線?〜」/Rin.[2008年9月21日23時34分] 折り返す列車は濡れて雨粒の数の約束待つ河原町 烏丸のホームで制服のリボンを揺らしてあの子は白線を踏む 閉じかけた夏の絵日記直線では描けなかった桂の警鐘 高槻市〜ゴミ箱に誰かの羽根が突き刺さり君の肩甲骨思い出す 十三はあの日の時計にあった駅乗り換え待つ人のくちびるを読む 梅田〜空席に影を座らせ終点の意味たしかめる乗りこせぬ日々 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]青を、青を、「青を泳ぐ。」/Rin.[2008年10月22日0時09分]  「キレイだよ、誰よりも。」  鞍馬口駅のトイレでそっとつぶやく。髪を直して、グロスを塗って。そうして見つめる鏡越しの自分に向かって言っているものだから、他人が聞いたら「アホちゃうか。」みたいなものである。もっとも言っている本人も歯が浮くどころか全部飛んでいきそうで気持ち悪い。それでも。自分の言葉をここで確かめると、緊張とともに懐かしさが込み上げてきて心地よい。2005年12月30日。中学校の同窓会の日であった。      *  あのころは自分にそう言い聞かせなければ生きていられなかった。誰よりも、いや、少なくとも、彼女たちよりはキレイだと。  中学3年生。始業式の朝まで、私は間違いなく確信していた。普通にこの駅を通って、普通に友達と校門をくぐって、普通に授業をうけて、やっぱり数学は苦手で、普通に寄り道をして、買い食いもして、そしてまた普通の明日が訪れることを。  駅の改札を出て、「田中歯科医院 出口2番より徒歩1分」の広告を背にして立つ。だいたいこういう広告に「徒歩1分」と書いてあっても、本当に1分でたどり着けるためしはない。その日の朝も、相変わらず他愛のないことを考えていたように思う。私はいつも、ここで反対方向から来る電車に乗ってくる幼馴染のミカを待った。あるいはミカがここで私を待っていた。これが「普通の朝」だった。  しかしその日、ミカと駅で出会うことはなかった。当時はまだ、「国民一人当たり平均1携帯電話」のような時代でもなかったので、私は待つより他はなかった。次の電車が来て、人がどわっと吐き出されてくる。だがそこにも、ミカを見つけることはできなかった。これ以上待つと、私が遅刻をしてしまう。今日は風邪でもひいたかな。地下道を抜ける。まだまだ空は夏服だ。私は一人で学校に急いだ。  上履きの薄い底に響く緑の廊下の冷たさに、いかにも「新学期の朝」を感じながら、3組の扉を開く。新学期、一番困るのは「座席の位置を忘れてしまっていること」だ。つい先月までいたはずなのに・・・毎度のことなので自分でもおかしくなってしまう。  きっと、ここ。 私が向かった窓側の、前から2番目の席。そこに、ミカがいた。ミカが。びっくりして、首を前に突き出したハトのようになっている(だろう)私の右側を、ミカは何も言わずに通過した。そこに漂う異様な空気に、本当はそのときに気付くべきだったのかも知れない。  教室じゅうに目配せが飛ぶ。仲良しグループの、フーコからミカ、ミカからナナ、ナナからエリコ・・・まるでバレーボールの練習をする、あの円陣の真ん中にいるようだ。パスが、こない。そんな感じ。ふとそこに、女子独特のいやな匂いがした。始業のチャイムが鳴った。私が何か変わったのだろうか。髪は切ったけれど、そのくらいしか思いつかない。少しの違和感をごまかすように、ま新しいノートに名前を入れた。  昼休みになった。先月までそうしていたように、弁当を下げてなんとなくミカたちのいる「いつもの場所」に行った。昼食は先月までそうだったように、机を動かして、なんとなく始まった。しかしそこに、私が入れるスペースはなかったのだ。ここまできてやっと、私は朝ミカがいなかった理由、視線のパス、自分の置かれている状況がわかった。3年3組。―――変化したのは、私じゃない―――  その日から私は青に溺れはじめた。たとえようのない青黒い水が、最初は上履きを濡らす程度に、次の日は足首まで、そして膝。日ごとにかさを増してくる。一週間もした時には、青はすっかり背丈を越えて、もう3組という水槽の中では呼吸すらままならなくなっていた。      *  あのころは息継ぎに必死で、言葉なんぞを使おうとするなら、ただむせ返るだけだったから、そんな自分を表現しようなどとはとても思えなかった。思えたとしても、もう体中が青に絡めとられていて、できるはずもなかった      *  同窓会の会場は理科室だ。3組の担任が理科の教師だったから、それだけの理由である。なんでも卒業式の日に埋めたタイムカプセルを開けるのが、今日のメインイベントだとか。そのようなものを埋めた事実は覚えているが、埋めたものなんてすっかり忘れていた。前日にメールで話していたミカが、CDを埋めただの未来の自分への手紙には何を書いただのとはしゃいでいたが、私ときたらいっこうに思い出せない。昔からの自慢で、記憶力だけはバツグンにいい。それなのにいくら頭をひねっても無理なのである。これが衰えると、何も自慢することがなくなってしまうではないか。  午前中に用があった私は、ミカとは現地で落ち合うことにしていた、しかし思ったよりも早く駅に着いたので、少しくらいはちゃんとしたナリで行くか、と、トイレで鏡を見た。緊張していた。ミカ以外、3組の面々とは卒業以来会っていない。 《 朝は笑って家を出る。「どうせ一人で食べるんだから、お弁当なんていらないよ。」そんなこと、母に言えるわけがない。駅に着く頃には笑顔の作り方を忘れている。きっと、怖い顔。こんな顔じゃ、学校なんて行けない。そう思うたびに私はこのトイレの鏡を見た。 大丈夫、キレイだよ、誰よりも。堂々と、しなよ。 必ずそうつぶやいて、私はグロスをつけた。こうすると、少しマトモな顔になる気がした。》  理科室に着いた。先生は当時より少しだけデコが拡張して、顔も雰囲気も丸くなって見えた、私が頭を下げると、なんだか「安心した」みたいな笑みを返してくれたから、少しくすっと肩をすくめる。 《 「私、毎日手帳で卒業までに日数を数えているんです。」  3年生の1月になって、ようやく私は学校で口を開いた。溺れても溺れても、生命力だけはあったようで、理科室の窓枠にやっとの思いでしがみついたのだ。助けてほしかった。ただ、その一心で。  「みんな、卒業が寂しくて、あと何日かを数えています。でも私は嬉しいんです。楽しみなんです。もうここに来なくてよくなるから。でも、それって、イヤ・・・。悲しすぎる・・・。」 言うなり嗚咽がとまらなくなって、先生にすごく悪いことをしたと思う。先生はただ黙って、泣かせてくれた。和私だって、私だって・・・そんな思いが次から次へと水滴になって流れるばかりであった。》    いよいよタイムカプセルの蓋が開けられるときだ。昔のように先生が、一人ずつの名前を呼んでくれて、私たちは物体Xを恐る恐る受け取った。透明の袋の中には、通知簿・子どものころの写真などが入っていた。蝉の死骸なんかを入れていた人もいて、なんだか価値ある剥製のように思えた。それに比べるとなんと平凡なものを入れたことか。これでは思い出せなくて当然である。当時話したことすらなかった男子生徒と、 「蝉だ〜!」 「キャア〜!!」 そんな言葉を交わして、私は時の力を思い知った。袋のなかには全員共通の封筒が入っていた。 「開けてみろ、覚えているか?」 先生が机に腰掛けてにやにやしている。みんなで一斉に開けると、あちこちから歓声があがった。写真だった。それぞれが、それぞれの思い出の場所で先生に映してもらった写真。添えられた便箋には、それぞれの、そこでの思い出が綴られていた。サッカーゴールの前で撮った人、「将来ここに立ちます!」と書いた黒板を背に映っている人・・・みんな思い思いに見せ合いをしている。私は、空けた瞬間愕然とした。背景は雪一色。どこで撮ったのかさえわからない。そして、便箋は白紙だった。 「ねえ、どんな思い出?」 フーコが何の気なしに覗き込んできた。 「あ・・・」 私は答えられなかった。それをちらっと見たミカが言った。 「雪が、あまりにきれいだったんだよね。」 私のほか、唯一彼女だけが、白の理由を察したのだ。  私は笑ってうなずいた。 「そう、その白さは白紙で表現するしかなかったんだよ。」  違う。全部違う。未来の自分に思い出して欲しいものなんて、ここにはない。そんな小さな主張だった。どちらのしても、忘れられないことには変わりはないのに。でも、ミカの一言で救われた気がした。引き潮のように青が、遠のいていくのを感じた。今なら、書ける。青に溺れていた日々を。あのときはただ苦しくて、それだけだった、青。まるで表現されるべき時を待っていたように、今度は手の中の白紙を染めてゆく―――      *    そのときから私はあの青を歌おうとしてきた。作品として形にするために、一番大切なものは「表現したいこと」である。しかしそれは、そうそう身近に転がっているものでもなくて、忘れたころにいきなり「オレを表現してくれ!」と出てきたりもする。これだ!と思った題材を、逃さずキャッチできれば、作品の半分は決まったといっても過言ではなかろう。「あの青を」。私はなんとしても書きたかった。タイムカプセルから出てきた写真のような、そんな作品を。誰のためでもなく、青に溺れて、それでも泳ぎきった自分のために。   「出席簿のマス目は斜線で黒くなる卒業までの手帳のように」   先生の顔が浮かぶ。クラスメイトには「怖い」とか「口が悪い」とか、色々言われていたようだけれど、あのとき先生に話せたから、私は青に溺れなかった。  「一応3組。だから切り分けられたコマ文集なかば白紙の主張」   思い出したいようなことなんて何もなかった。でも、だから私がいる。      「本好きの名札は存在証明書。休み時間を生き抜くための」    どんなことがあっても、学校だけは休まなかった。皆勤賞が欲しかったから、ではない。休むことは、負けることだと思っていたのだ。狭い机だけが浮島だ。私は平然とした顔を装って、そこでじっと本を読み続けた。いや、字面を眺めていた。内容などはどうでもよかった。朝、適当に持ってきた本が「銭型平次捕物帖」だったりして、教室で密かにびっくりしたこともある。彼女たちに陰で観察されているようで、そういうときはコッソリカバーを裏向けて文字を追った。  卒業文集のクラス紹介欄。文集委員なるものが、クラスのメンバー紹介を書くのだが、私だけを飛ばすわけにもいかなかったのだろう。私の名前の下には「文学少女」とだけ書かれていた。それが幼馴染のミカの字だっただけにショックが大きかった。文学少女。たった4文字で片付けられたページ。  「理科室に夢実験で放火する友情ごっこをあぶる瞬間」  私がいま、このガスバーナーで教室に火を放ったら、彼女たちはどうなるのだろう。炎につつまれて、それでも互いをかばい、助けある。そんな壊れない友情を彼女たちが持っているというのなら、私はこの「立場を甘んじて受け入れよう。あり得はしないだろう。もちろんバーナーを倒す勇気などはなかったけれど。     「マスカラを拭き取る指でごめんねのメールにまでもメイクする人」   卒業式の日に、ミカが手紙をくれた。かわいい色のサインペンで書かれた反省文と、花やハートのシールに、なんだかすごく「ミカだな。」と感じた。もちろんココロには響かなかったし、すぐに捨てた。でも、この手紙依頼、私はミカがいっそう好きになった。  「保健室の南の窓からだけ見える三時間目の海が好きです」 年末くらいから、お弁当を保健の先生と食べるようになった。こっそり早弁をしていた。昼休みになると、他の生徒が保健室に来るかもしれない。私はその時間はカーテンに隠れて童話を読んだ。「みにくいアヒルの子」。いつか私も、白鳥になる。一瞬でもそう考えられるこの場所が大好きだった。   「制服のリボンの両端わざと引く。さよなら誰よりキレイなワタシ」   誰よりキレイなワタシ。思い出の場所は鞍馬口駅のトイレだったのかもしれない。先生をそこまで連れて行って、写真を撮ってほしかった。いや、ミカやフーコのように、そんなことを冗談っぽく言える私だったら、また違った日々がそこにあっただろうか。 「砂時計の檻ただ待つことの怖さよ膝の下から満ちくる青を」  青、青・・・。「たしかに溺れていた」あのころを、思い出すたびまた飲み込まれそうで、何度も書くことをやめたくなった。書くことどころか、 「人間やめたいよお・・・。」 なんて突発的に言い出したりして、随分周りに「ドン引き」されたものだ。それほどまでに、時を経て「表現してくれ!」と現れたものを描くことは、身を切るような作業だった。  これまで私は「短歌は感覚で書ける。」と思っていた。適当に言葉をつなげたら、それなりの短歌になると。現にそうやって歌ってきた。しかし、作品のために自分の内面と真っ向からむき合ったとき、そこから流れてくるものがあまりに多すぎて、感覚だけでは31文字におさまらないことに、いまさらのように気付かされた。以前「えいやあ!」のノリで30首でも50首でもドンと来い!だったはずが、、まとまった形の作品に仕上げるのに1年半もかかったのだから大笑いである。  完成した30首の連作は、ふと募集を目にした「短歌研究新人賞」に応募してみた。これまでとは違う書き方になった30首。ある意味では「処女作」ともいうべきかもしれない。こういうものへの初めての応募にしては、思いがけない結果が出た。もちろん賞はとっていない。でもこの連作に関して言えば、すごく満足のいく結果であったと言える。だが、これほどまでの思いをしなければ、伝わる作品にならないのかとも実感した。できることならもう二度とやりたくない(笑)  連作のタイトルは「青を泳ぐ。」だ。「青に溺れる。」のほうが当時の私には合うのであろうが、溺れても泳ごうともがくことが生き抜くことだ。「青を泳ぐ。」この作品をもって私は、本当にあの日々から、卒業する――― 「さよならはシンメトリーな水彩画せいいっぱいの卒業をする」 2008・10・22 風渚 凛 ※掲載した短歌は「第51回短歌研究新人賞」に応募した、既発表・自作のものです。応募名とハンドルネームは異なります。  ---------------------------- (ファイルの終わり)