未有花のたちばなまことさんおすすめリスト 2007年6月10日11時44分から2008年12月9日6時47分まで ---------------------------- [自由詩]青いランドセル/たちばなまこと[2007年6月10日11時44分] 裏通りに 傾いた陽が落ちてくる頃 放課後の声たちが 初夏の帯にのって 泳いでくる バギーの乗客を覗いて ほんのり口角を上げて 青いランドセルが追い越してゆく まだかたそうなランドセル さらさらのランドセル ふでばこのえんぴつが 雨の予感を抱きながら 鳴っている 電信柱の下にかがんで その小指みたいな花に 新しい友だちのことを 話しているのかしら 「あのね」で始まる町の物語 通学路なのにあぶない人が多いとか だけど信号が一つしかないのがいいんだとか 車には気をつけなくちゃいけないとか ピンポン球みたいに ころころ ぴょんぴょん ついてくる ぶち模様の猫が アパートの日陰で大あくび 猫といえばこういう話があるよ ぼくが生まれる前の話でね ママが大事に撫でていた 二匹の女の子猫の一匹がだよ 夜中にそろそろ抜け出して 路地裏でノラと恋に落ちてね 赤ちゃんをたくさん産んだんだよ ママが大事に撫でていたのは 猫だけじゃなくてね 犬もいてね 赤ちゃんたちの面倒を 嬉しそうに見ていたよ 犬なのに猫好きなんて ちっとも普通じゃないよね 今もその犬は ぼくたちと住んでいるんだけどね 20号を渡ればさようなら 病院のパパを向かえに行く バギーのちびちゃんには何色の ランドセルがいいかな なんて 青い背中を夕焼けに 見送りながら ---------------------------- [自由詩]入院/たちばなまこと[2007年11月18日9時48分] 病気になると みんな 入院すると思ってる ずっと入院されていたんですよね お見舞いに伺いたいのですが どちらの病院ですか 病院にいた方が 苦しくないんじゃないか 病院にいた方が 安心なんじゃないか 面会時間は 午後1時から7時 日祝祭日は 午前10時から午後7時 おなかが大きいときは めいっぱい病室にいた 臨月のときはさすがに ラッシュ前に帰った 生まれる5日前からは 母に行ってもらった 側にいたいときにいられない 病院はそんなところ 携帯の苦手な彼が 長いメールを打つの 帰りたい 帰りたい 帰りたいよ 夜になると みんな苦しんでいて いゃなんだよ やっぱり家がいいよ 入院なんてするもんじゃないよ まめるいは元気にしてるかな るいと一緒に 私が入院しているときは 全部自分でやるから 点滴の準備に2時間かかったって この間言ってた それでも家がいいよって 言うからね るいが生まれて間もないときは 母と代わりばんこに行った るいが半年のときは 毎日抱っこして行った ラッシュを避けて帰ったから ニュースの時間には独りぼっち 帰りたいよ 帰りたいよ るいはいい子にしてる? 家がいいよ 家がいいよ みんな一緒がいいよ 誰一人欠けても 駄目なんだよ 最後の入院のときは 蝉しぐれと日差しが いたく… 降り注ぐ中 ベビーカーで飛びだして 駅構内を邪魔者扱いされながら エレベーターのあるところまで 何度も遠回りしながら るいは笑顔をふりまき 水しぶきみたいなビーズを きらきら きらきら こぼしながら 病院のエレベーターで話しかけられる 赤ちゃんを連れてきて大丈夫なの? おじいさまかおばあさまか存じませんが きっと喜ばれるでしょうなぁ 帰りに同じ人と乗り合わせて ああ! パパだったのね…! って 病気になると みんな 入院すると思ってて 小さい子を連れて お見舞いにゆくと おじいちゃんかおばあちゃんに 会いに来たと思ってて 私は何も言わなかったけれど くやしくて泣きたかった 家がいいよ 家がいいよ みんなと一緒にいたいよ 他人に監視されない 消毒液のにおいがしない 土の上に建つ家に 日の当たる庭に花を見て 野鳥の詩(うた)や溜め息をきいて るいがはしゃいだりぐずったり ごはんの炊けるにおいがして みんなの寝息であたたまる部屋で ずっと 一緒にいたいよ ---------------------------- [自由詩]さくら さよら さら さら/たちばなまこと[2008年3月24日13時42分] きみが少し元気なときに 庭に植えた白梅に 真珠の粒がころころと それは春の序章とも言える きみが好きだった春の 前髪が見えて それはきみの季節とも言えるが メディアから塗りつけられる春の音(ね)が きみのおわりばかり 強くなぞる から きみのおもかげの手を引いて 散歩に出る ほら、お花。 抱き上げて香りを教える ひとさし指が反対向き あ、しゃ。 鉄橋を揺さぶる京王線の がたん ごとんが 多摩川に響いてゆく めじろが落とす花びら 花びらにはどれにも さよならと書いてある うぐいすを追いかけて 梅の香りの公園へゆく ほら、うめの花。 背伸びして花を撫でる手は あ、わんわん。 反対向きの鳩に向かって駆けてゆく ベンチで本を読もうとした 老紳士が席を移ると 見えないけれどあの木の枝に ほーぅほけきょ と鳴く きみが詩ったクリームのくちばしは みんな大きく口を開けて 青空からのえさを待っている ほら、白もくれん。 大きな、お花。 きみのおもかげは黙ったまま 足もとの花びらを 一枚拾う 花びらにはどれにも さよならと書いてあって さよなら さよならと 降りかかる きみのおもかげは クリームの花びらをかじって 小さな歯形が “な“ を欠いて さよら さよら さら さらと また さよならの序章 ほら、さくら。 きみのおもかげは くるりと振り返り 誰かが放ったパンをつつく 鳩とむくどりを あ、わんわん。 って… ひとりになった母は さくら さくらと唄う 明日の雨上がりには ほぅ… とためいきをつきながら 一輪 百輪 千輪と 物語が開く さくら さくら さよら さよら さら さら 花びらにはどれにも さよならと書いてある ---------------------------- [自由詩]みかん(未完)/たちばなまこと[2008年6月17日19時13分] もう ラヴソングも描けないのさ 日の入りが終わった天空の マゼンタがきれいでね 良い絵が描けた後の 水入れみたいでね そんなことを伝える人も居ないのさ 眼球の奥でつくられる とろんとした水は 落ちないまま底に浸みてしまうんだけど 遠くで見ているの? きみの天使は人のことばを 少し口に出来るようになってね 伝えたいことがたくさんあるんだけど 上手く言えなくてね 今日も 眠るのが怖くて泣いていたよ バズタブから抱き上げて涙ごと タオルでくるんだら はだかのまま眠ったんだよ はだかのまま 私の体に戻るようにして ---------------------------- [自由詩]タイダイのおじさん/たちばなまこと[2008年7月12日13時03分] 熱い帯にタイダイの笑い声が響く 電気工事のおじさん 駐輪場のおじさん 建設現場のおじさん 交通整備のおじさん ペンキ塗りのおじさん たくさんのおじさん 設備工事の父さんも あんな風にタイダイに 笑っているのかな 今頃北はさらさらの夏の風に 揺れている頃だろう 坊や こんにちは おじさんにも君ぐらいの孫がいてね 遠くの街で暮らしているんだ 今頃は歩きも達者になっただろうな 最後に顔を見たのは冬だったかな 冷房の無い現場で首にタオルを巻いて アスファルトの照り返しに顔をしかめる 開け放ったワンボックスの後ろで 愛妻弁当を食べて AMラジオをバックに昼寝をする けだるい夏の午後 坊や 親孝行するんだぞ 坊やのかあさんは 強いけれど弱いんだ 女ってのはな 強くて弱いんだ 男ってのは弱くて強いけれど すぐに泣いちゃあいけないよ これから辛いこともたくさん待っているだろうけれど その笑顔を忘れず 強く生きるんだ 顔をしわくちゃにして日焼けした手を振る 太陽をまっすぐに受け止める厚い胸 街角にいつもほかほかに発熱している タイダイのおじさんが好きだ ---------------------------- [自由詩]秋、一番/たちばなまこと[2008年8月31日21時44分] 熱帯夜から放たれた八月のあなた 雨戸もガラス戸もカーテンも開けて 短い髪に風を受ける シャンプーの香りがよせてはかえす 秋の虫が聴こえる 蝉の絶えそうな羽音も渇いたように 風がはためかせた音なのか 彼らの音なのか たたみ直したりして 街灯をたよりに詩を書いている 青白い風の影が小さな生き物を包んでいて 私はくたくたのタオルをかけ直してみる 新しい汗のにおいと新しい温度が やさしかった 「めっきり書かなくなったね」 「節目というときにはね」 「書けないときは書かないの」 「絵を描いたり、布をよせたりするの」 「芸術家だねえ」 書けない書けないとぶつぶつ言ってたあなた 私たちを待つならば 書く時間はたくさんある 競馬場通りにさるすべりが揺れ出した頃から ずっとあたためてばかりだったの “あんなに大切だと思っていた詩なんかよりも大事な”ものって 在りすぎたり無かったりするから ソロがデュオに 夏の終わり 秋の虫 トリオ カルテット クインテット オーケストラへと誘う 風 青白い手 あなたの手に似ている ---------------------------- [自由詩]12月/たちばなまこと[2008年12月9日6時47分] 今年も背中を見せる あなたの上着の裾を つまんでみる 皆 走っているからね この子とふたり 取り残されているみたいでね 寂しくってね 私の指の小さなダイヤモンドが 電飾と歌を歌っている ことばを始めた男の子は 「ください、するー」と シルバニア・ファミリーを抱えて ママの手を引くよ ファミリー。 広いおもちゃ屋のフロアーには ファミリーがいっぱい パパの肩車 パパの抱っこ パパと手つなぎ パパ、パパ、パパと呼ぶ声たち いつか「ぼくのパパはどこ?」と発せられたら パパとママときみの話をしよう パパはママのことが大好きって思って ママはパパのことが大好きって思って ちょうど今日みたく お月さまがきれいな夜に 「神さま、天使をひとり、私たちにください」って お願いをして 手をつないで眠ったんだ 天使は空からパパとママのことを見ていて 「神さま、ぼくは、あのパパとママの天使になります」って 降りてきたよ そう きみだよ パパとママは天使をいっぱい抱っこしたよ パパの病気も少し良くなったよ だけど パパは神さまに「帰っておいで」って 呼ばれちゃった 今は 空から ママときみを見ているのさ 休日の 街の 音が光が風が走る 私ときみが取り残されて もみの木を見上げるばかり 「あっ」と きみが指差す先には てっぺんに光るお星さま きみの顔が明滅している 「神さま、ああどうか、  私よりも先にこの天使を、呼び戻さないでください」 12月の裾を握りしめる 涙はいつも 目の底へ染みこんでゆくだけ ---------------------------- (ファイルの終わり)