プル式のたちばなまことさんおすすめリスト 2010年4月16日10時54分から2012年4月6日11時02分まで ---------------------------- [自由詩]ヨガスタジオで/たちばなまこと[2010年4月16日10時54分] 一番乗りではなかった ロッカールームで 常連の中年女性が 油もたんぱく質も無い体を あらわにしている 錆び付いた金属のような 褐色の人 臆病者のこんにちは、は 届くことなく 乾いた音を響かせて落ちる 三ヶ月目のヨガ 今日のレッスンは 新しいインストラクター 緊張の面持ちに こちらの背筋も伸びる 深呼吸 脚を閉じ 骨盤を前に引き 真っ直ぐ立つ 顎の下で指を組み肘は下ろした状態で 軽く吐いて… 吸って…しならせた指と顎を押しあいながら肘を上げ胸を開く すべての エネルギーを 吸い取るように 吐いて…指を組み戻し肘を閉じながら天を見上げ上体を反らす 口から 嫌なもの 悪いもの 全て吐き出すように 私は嫉妬について考える 今日の先生の豊かな胸 いいなあ… からだが喜ぶ臨界点で いくつもポーズをとりながら 呼吸を繰り返しながら すべてのエネルギーを吸い取り 負を吐き出す あの黒く痩せすぎた中年女性が ときどき流れを遮る 先生、温度が下がった、ストーブ点けて 先生、違う、次は腹筋 先生… 先生… インストラクターを 敵意の目で見ている 先生と呼びながらも 敬意など無い その褐色の人は 他の人とも話をしない 劣等と優越がせめぎ合う目 私は息を深く長く吐きながら彼女の 嫉妬について考える 若さとは あるひとつの過去を 塗り変えながら伝えてゆく 温故知新 大切なのは詩(ポエム)じゃなくて詩感(ポエジー)ではありませんか? 私はお腹を震わせ息を吐きながら 褐色の彼女が 拾ってくれればと試みている 合掌 ナマステ インストラクターが言う 至らない点もありましたが、これからもどうぞよろしくお願いします ヨガのこころ 私は古い書物の一行を思う 詩人よ、若さを持て 私はいつもよりも長く 頭を下げていた ---------------------------- [自由詩]春燃える/たちばなまこと[2010年4月26日14時43分] 春は抱かれ 燃える 緑が芽吹くにおいに居て 眩む むせかえる しびれ 新しい手足を産むときの 吐息 甘く 金色のひかりを浴びて たくさんの顔が歩く 小さな子に 人種についてを 教えられない母親 黒髪を 耳にかけられ 春が抱かれ 追憶のきみは とても甘い 春の中で春は 苦しみの海の底 泳ぎ疲れて鳴いている さかなのようなひとね こころ焼ける ただれた内側を撫でて 添い寝して 水を飲んで 涙や汗に流して 空へゆくように 春に還る 木陰からはなの名前を問われ 八重桜の種類ですねと答える 追憶の女の子は 分けることの多くの意味を 受け入れられず たったひとり 影踏みをしている ---------------------------- [自由詩]星/たちばなまこと[2010年5月12日20時16分] 鳴りやまない星が 寝床に降る 重さに抱かれるように目を閉じる もしかして もしかして もしかしてと鳴りながら おなかの中を撫でられつづける そのまま長い針がひとまわり するまで くるしいよ 友だちに遠く打ち明けても 窓ガラスに走る水滴のような まつげの先に 星は鳴りやまない 街角のスーツケースにぶつかる 私は帆布に針を忍ばせている 気をつけて どうか気をつけて ここは熱い街だから 帰りたい帰りたくない帰りたい 帰りたくない 帰りたくない理由が膨らんでゆく 帰りたくないんだね 向いの席と長く目が合う ドアに反転したiPhoneと目が合う 新聞の向こう側に目を逸らされる カフェフラペチーノに話し掛けられる あなたはおひとりですか どんなあなたなのですか あのひとが触れた左の指が星を鳴らす 思い出して 胸を湿らせ 小さく涙ぐみながら 伏線をばらまき歩く理由を拾う 伏線をばらまき歩く星を拾う ---------------------------- [自由詩]溢れる、からだ…陽炎、シルエット。/たちばなまこと[2010年5月22日22時51分] きき手の手首が にぶい痛みを届けてくる 午前二時に起きて 針を持つ からだの芯部から 花びらが 溢れて とめどなく溢れて 殺風景な部屋を赤やピンクに 踊らせる 女は陽炎を抱えきれなくて 泣いている 男たちは 泣けない眼球を天井にやって 遠い日のあたたかいシーンを たぐり寄せようとする 実態のわからない心 息を吹き込めば内と外が逆転して 火の国 渦巻く感情の鳥に ついばまれても 動けない 大きな声でしなりたい 小さな声で「好きだよ」と言いたい ささやく 幾つも重ねて 厚く仕立てたい 青い姿の女の子が言う 「私は食べものよ」 そうじゃないよ 小さな電球に許された シルエットになりたい ただの まっすぐな感情で ---------------------------- [自由詩]揺れる/たちばなまこと[2010年6月23日10時43分] 夕暮れ中央道にのり込んだ 明滅するテールランプが湿度ににじんで美しい すべての初めては心を激しく呼んでくる 生きている くるしいし高ぶるし泣きたくて笑いたい センテンス 台詞たちがこびりついて 何度でも揺れられる ターン 追えない背中たちを 見つめるだけの 負けゲームのやるせなさを逃がしてやりたい 初めての道初めての歌初めての夜の味 多摩川を鏡にして映る世田谷や狛江や調布が美しい 窓の外にもれる歌声と小さな寝息 土曜の日曜未満に皆が集い、帰り、街は静かに眠る 寂しさがエンジンブレーキのようにまとわりついて また泣きたくて泣けなくて笑いたい 高ぶりで眠れない どうか おやすみ おやすみ おやすみ 自分の両腕を抱いて おやすみ ---------------------------- [自由詩]肌のよる/たちばなまこと[2010年6月30日7時49分] 握りこぶしに八割の水分 寝具に横たわり タンクトップも脱いでしまって タオルケットに巻かれてしまえ コットンが素はだかを優しく撫でる 身体感覚が昇るからうつぶせを楽しんで ひとりではないような喜びを呼んで 猫のアーサナを 今日の痛みを絞り出すような 犬のアーサナを 今日の毒が背中ににじみ出るような 鏡の自分と向き合う どうしたんだきみは バランスを失いかけて それは 絶え間なく血液が流れ肺は収縮し細胞が動いているからバランスのアーサナは難しいのです、と 先生 何よりも心臓が生きています 止められない 見守る人々にしか見えないものが 日常に散らばっている そのままにできたらいいのに 汗がひくまで 心が静まるように 亡骸のアーサナを 深い夜 かえるの声を感じながら 冷えた肩先が 夏の兆しに鳴く ---------------------------- [自由詩]水球のリズム/たちばなまこと[2010年7月9日17時15分] 夕立に西日がさす 顕れた私の表皮のように 小さな個室にて スチールと硝子の板が 点と点で結ばれてゆくのを聴いている 白いシャツの青年が 自転車で脇をゆく ずぶ濡れの帰り道には 明日へ向かう暖色が 透けた背中ににじむ あなたはどうだろう 不意に表したり突然に消し去ったり ゲリラのような動向で 例えば洗濯物を半分だけ 濡らしては過ぎてゆく 大粒の水球が運転席のドアを抜け 打ちつけるリズム 右足のペダルを踏み込んで ハンドルを弾ませる 男性的で女性的なひとが唄をはじめる 焼けたアスファルトが濡れてゆくにおい 西から東へゆくような そんな舞に魅せられる 追憶には遠すぎる 魂に知り得てしまった音は 肋骨のすきまを貫いたまま 燃えつづける傷あとには 薬草をすりこみながら西から東へ進め 並木から零れる水球を 檸檬色に向き合いつよく仰ぎながら 男性的で女性的なひとが 舞に魅せられて唄をはじめる 舞に魅せられて唄になりはじめる ---------------------------- [自由詩]立体裁断/たちばなまこと[2010年7月17日6時42分] 三角方眼定規で 下くちびるを切った 風が薫って 夏草が 指から ほどけていった 立体裁断で ドレスを裁つ いつだって 晒されぬままの布に 踊り 今はおそらく 泣いている 夜明けを見る 予感 夕のはじまりにあって 終わりを知ることのない 終日 丸さを 難解に仕立てて 懐かしさを 繰り返す 曖昧な紅潮 その数 絹針を打つ 汗ばんだTシャツ まとわりついた針 はがれ落ちるのを 掬う 息 ---------------------------- [自由詩]立体裁断(連詩)*夏野雨、渡ひろこ、他/たちばなまこと[2010年7月17日6時44分] 乗馬パンツを試着する 膝に白い羽毛を見つけ これにファルコンの綴り を刺繍してもらう * まわるまわるルレットの 太陽 を日付変更線で切り取り 新しい布地と縫い合わせてもらう * 羅針盤が胎内に作用する ニードルワークで硬い魂を解す ピエロになった少年 世界が似合う背中 * 吸って、吐いて 新たな曲線を産むパターン 指先から零れ落ちるカラー 運針は確かな手応えが待つ光へと 密かにいざなう * 天衣 勇躍する夏の大三角を隠蔽し 無縫 マリンスノウに融合する 滲んだ * 教壇の隣の 直線縫いミシン 視線をボビンに巻いて 授業が始まる 胸を開いて全ての方向から学べ center backの記号を 全ての色合いで飾れ * ティモレオントランスが 真夜中の胞子を飛ばす 古い生地を縫い合わせて 若い女の子にドレスを作る 芽が出て 膨らみ 優しさが育つ * 誰が為の祈りか お針女はカインの刻印を恨まない 明けぬ空を待つ 遺す者 遺される者 まじないは「呪い」と書くことを知る フロアタムを蹴飛ばすキース・ムーンの叫びは 縫目を見失い リノリュームに木霊する * 1ミクロンの刺し傷は勲章と 赤の色彩が薄く笑って 布地を染める 地平線を縫い 欠けた月を繕い 企みを隠しきれない 乳房を覆う * 軍シャツのボタンを外し 喪服のボタンホールは残したまま 弔電とゲリラ詩 母性の因子よ バティックの少女よ 血統の最北端で誘発する 「敵は本能にアリ」 鉄の味が舌に残る朝焼けよ 「ブルース、オマエも、か             。」 * 布の回廊を走り抜ける 更紗、リネン、コットンツイル 海底、教室、兵営、暗がりの砂漠に、 夏の自室に たちあらわれる塔、奪われた曲線 立体裁断 * 明け方の紅が首筋に這い上がる シャネルを真似て下げた裁ちばさみに 恋占いを刺す 明け方の月が太陽に白く塗られ 届かない場所へ指で尺をとり クラフト紙に記す 平面から立体へおこされる彼の型は フリー * ---------------------------- [自由詩]よるのうた/たちばなまこと[2010年7月27日20時43分] 思い描く ラブソング 想像する 重さ 月夜に蝉の終わりの羽音 打ち上げ花火の余韻 声を殺して泣く 身体感覚とたましいが 握手する 風が 薄いカーテンをふくらませ 暗色のグラデーション 熱を冷ます 推測の域 北のストロボ 雲間がオレンジに割れて 私のなかにも似た 電流を幾たびも流してゆく 領域に 名前が繰り返される 飲み干した水と 抱きしめられてしまえば 次々とつぼみが開く そのあり方が 愚かではないことを 祈っている ---------------------------- [自由詩]「この世界」(はっとりんおめでとうリミックス)/たちばなまこと[2010年10月18日8時25分] 秋を洗う ダイヤモンドの花 プラチナの雨 慈愛 このオレンジの果てを 思う 果てに止まない開花があるとして それが 想像が及ばないほどに 美しいとして その手前 太陽は となりの国への去り際に その身のかけらを零してゆく 空の深さにその濃淡 かすれた雲を染め 新しい肌を撫でる 風を呼ぶ からだの中すらも 撫でられるような ここち この世界はきれい 細胞のたくさんの針穴に 風の糸が通されてゆく 休日に解放される屋上駐車場 人々は連休に浸っている 大切なひとと一緒に 大切なひとに会いに 大切な土地の記憶を重ねに いったりきたり この世界に 会いにゆける 手を取り合って 輝いたり溢れたりして 乗り越えてゆける それはとてもきれい だから あなたも あなたたちも あなたと あなたたちの 大切なひとたちと お正月にも金色のお休みにも 夏休みにも銀色のお休みにも それから 末広がりに 何年も何年も先にも 会えますように 無事に過ごせますように 笑っていられますように この世界に受け入れられ続けることの 苦悩と喜びに溢れ 愛に泣けることを知る旅に 挑めますように 手を取り合って 輝いたり溢れたりして ときには泣けることも それは それはとてもきれい ---------------------------- [自由詩]鶏の香り/たちばなまこと[2011年2月25日13時09分] 野生の鶏が森に溶ける朝 立ちのぼる夜の残り香 白く踊る靄 女たちのはごろもの袖が 空に還るよう 斜めに抜ける鉄道の跡地に 芽吹く春を見守っている 私の肩に麦をふりかける人よ 瞳は黄金を映す スライドする営みに魅入ることが 必然なら ひとりなら 立ち続けられない揺れ 眠りの代償 石灰にまみれたグラウンド 荒れ地を切り開いた祖父の 満面の笑みが後光を背負い 惑う獣に慈悲 渇いた喉とはうらはらな 涙を流す 最中(さなか) いくつもの余波がわき腹を通り過ぎてゆく 空につきぬける視界に鶏の絵のギャラリー 仏の表情(かお)を浮かべる蛙よ 甘い香りを引き連れた緑風よ 無垢な預言者よ あなたたちの声をもらえるのなら私が 雲を渡る春になる ---------------------------- [自由詩]嘆く背に桜前線の風が吹くように/たちばなまこと[2011年3月19日9時32分] 嘆こう いつか早朝のラジオで聴いたんだ 「前半しっかりと絶望すること。  それが復活や飛躍への、ステップになるのです」 私たちの脳は生きるために 絶望と絶頂を繰り返す 友だちが教えてくれたんだ 「動悸がするのはね、本能で、  いつでも逃げられる準備を、体がしているからなんだって。  だから私、  自分の体がちゃんと機能しているんだって思ったら、  少し安心したよ」 大きな船が揺れて 人の波になって7時間 夜中まで歩いた 翌朝 太陽を浴びて 『ふるさと』を口ずさんだ 気弱な母親が気休めに 「ママがきみを守るからね」と言う 4歳の笑顔は 「ちがうよ!ぼくがママを守るんだよ」と言う 友だちからのメールが届く 「支援物資を運びにゆくよ」 「防災関係の仕事が増えたよ」 「ばあちゃんの病院にいるよ」 「札幌は日常を取り戻しているよ」 私が生まれた苫小牧の立派な港に アメリカからTomodachiの船が来て 自衛隊の車両をたくさん積み込んでいったんだってね 港が夜通し赤く光って ヘリコプターの音が鳴り止まなくて 父さんも母さんも妹も 「動悸が止まらなくて、眠れなかったよ」って 笑ってた 電話口 成田や羽田が混雑しているという映像が 少し早いゴールデンウイークのようにも見えた 風吹く川沿いの道 並木のつぼみがふくらんでいる もうすぐ東京にも桜が咲く 次の休みは彼岸だから 墓参りにゆくよ 東京はこの子とその父親のふるさと 私は北のふるさとも君たちのふるさとも愛している 私はこの国を愛している 桜前線よ 北へ北へと春を届けて ふるさとを愛する魂たちを あたたかくくるんでください ---------------------------- [自由詩]ginger/たちばなまこと[2011年5月17日10時37分] 沸点で淹れた紅茶に 蜂蜜と 生姜の絞り汁 握り拳よ 芯部に響け きみたちが求める女に 雄々しさはあるのかい 絞め殺したくなるような可憐さ 汚したくなるような透明感 ほんとうは きみたちにこそ在る女 彼女の友だちが誇らしげに言う 雄々しいから女が好きよ 雄々しいあなたが好きよ と言う ように 遠くで 生き物を知った男の子が 大きくなって 好きな女の話をする ように 生きることを知ることは 泥臭いが 鍋の根菜がたてる匂いにも似た たくましさがある 還るところは 母と呼ばれるが 父が不在なわけではない ように 幾とせ経っても きみたちの不在にこころを斬られ きみたちの前で 肌を磨き からだをつくり 飾り 声を塗り 外で 内で もがいてみせる その刻印に生姜を擦り込む 強さよ 芯部を灯せ ---------------------------- [自由詩]夜明けを占う/たちばなまこと[2011年5月28日11時36分] けだるい床に敷かれたままの寝具が なだらかな山を見せ 私は脚を崩し あなたはインドの仏さまのように 片腕で頭を支え横になっている 輪郭だけを知っているつもり ぬくもりに残像を刷る朝 ( もう少し知りたいのかな ) 朝の街 つららの花に ひかりの束を捧げ ウールのポケットに両の手を入れたまま 歩道橋を渡る 開店前の洋食店に 玄関の走り書きを投げ込む 俗っぽいカウンターに注ぐ冬が くるしい所作でまぶしがる ああ、誰か その文をひろげてください 私には誰もいないのです あなたのように逝かないから 一度だけ死なせてください 深い眠りには 薔薇が咲いていましたか 私なら あなたと旅した丘の一面を 芍薬で埋められたらと思います たとえ、誰かに 届いたとしても 返事が来ないことが普遍になるなんて! 拾った小枝にまだ見ぬ占いを結んで 昨日降りてきた卵に 真実を1ダース ゆるんだ口もとの車両が行き交う 半貴石のおしゃべりも 詩的とは呼べず あなたは誰かの誰かでしかなく 愛なんて、 もう。 ---------------------------- [自由詩]夜を着る/たちばなまこと[2011年8月9日21時15分] 背中が痛いよ 見上げればお月様 おなかが重いよ だから 筋肉を伸ばしたり縮めたりするよ 今夜も 夜を着て 招けば水が湧きいずる 鏡に立木や鷲をうつしながら わずかに震える芯を見る 私はこうしてしなやかさを求め 何になればよいのだろう かどわかされるこころ 腰のまわりがしみるような気配 床に背骨のアーチ 天を透かし空を見て 星が降るのを待つ 空想の肢体をなぞる 刹那先を握られたまま 冷房の風が背中を走る うなじの汗を甲でぬぐって 波に耐えて 発するみじかい溜め息 招いた水がにじんで やがてさらさらと流れる 夢中でいくつも 筋肉を伸ばしたり縮めたりして 肌に張り付いたチェーン ペンダントトップが後ろへまわる はだかに夜を着て しかばねを真似ながら今夜も 綺麗になりたいと 三度、鳴く ---------------------------- [自由詩]アオスジアゲハへの手紙/たちばなまこと[2011年9月7日16時49分] 自転車で スローダウンして 見上げた初秋の青空に アオスジアゲハ 自然にまかせて舞おうとする あなたのようだと思う 今朝気がついた秋は 褐色の落ち葉 乾いて道端に身を寄せ合って 人々は長袖の腕をまくり やがて袖はおろされて 深い色が似合うようになる 蝶も夜は眠るのかしら 片手に調べものをしたまま 眠る宵が増え 友だちが 情報過多ね、と告げてくれる 枯れた喉に蜜を送る 母親に 考えてから口にしなさい、と 言われたことを思い出す 私の唇は寡黙 私の筆は饒舌 生まれ持った素材にとって 全ての循環がやさしくありますように アオスジアゲハのような あなたへ贈る 手紙 ---------------------------- [自由詩]9月/真夏日 針仕事/たちばなまこと[2011年9月16日19時16分] 9月 真夏日 ロックミシンと 直線ミシンに 電気を通わせる いくつもの ささくれだった傷を接ぐように 激しくも繊細に 針を打ち込む 壁に拳を壊す いくつもの 波を立てる それは十三夜 夢で見た濁流 妹を捜した 空は晴れて 海の果てから太陽が 光を放射しつづける 奔放に 濡れて しなやかなモダールに頬を寄せ 裁ち切ろうとする 椅子から床へしなだれ 目をつむるその前に 黒髪にはさみを落とす もうひとつの弟よ つよくなりなさい 自分のちからで歩きなさい その手で本物を知りなさい 甘ったるさを埋葬しなさい それはまるで 自分の後頭部を 裁ちばさみの柄で殴りつぶすように 憎しみを込めたやり方で いくつもの鉄を打ち込む 偽りよ 死になさい 病めるひとよ 悲しみに狂うひとよ やさしさに溺れるな 泥を頬張った荒れ地のミューズが 怒りを両手に握り砕く 9月 真夏日 バスに使者をかくまって 尺を取る支度はできている ---------------------------- [自由詩]試み/たちばなまこと[2011年9月24日11時27分] 昼夜繰り返される試み この街が雨で埋め尽くされる頃 呼吸を許されたとき 空っぽの胃 歌う 泣きたい、と ひっそりのたうつ こんなにも女(の子)だったかと 雨粒に色を閉じ込める作業 ああ、ぼくは あなたを抱きしめたくて すはだのゆめを並べる あなたの毒は秋のかぜ むくちなふたりが 街の喧騒をながれてゆく ぼくは予感を指揮する 毒を解かれることにおびえているあなたへ ねえ、きみが いつわりを燃やしたのだとしても その葬列に並べなかった きみがあやまちと呼ぶつながりに 吐き気がして仕方がない 小さな和菓子屋の前 おじいさんがアスファルトを眺めている 羊羹をかじりたい、な と ひとりごとを落とす 砂へとほぐれ 螺旋を描き 舞い上がる ---------------------------- [自由詩]光から/たちばなまこと[2011年10月4日20時15分] 私、光なんですって。 文字が書かれたチノパンに、光がそそぎ 海の向こう側の浮島が、深く染まる 写真。 私、少し泣いてしまったのです。 悲しみの遺伝子 控えめな微笑み フレームの外がわに、見えていました。 失って、歩いてきました。 自分で自分を守るために ここまで、と張った皮膜がありました。 親切な人がやって来て 何度も何度もメスを入れて、くる。 内側だけはどうしても、切れなくて 振り上げられたそちら側の刃が 瞼を切りました。 誰もいない日に 人差し指で、皮膜に透けた刀すじをなぞりました。 私、怖かったのです。 ダンス。 はじめまして。 信者の顔をした人。 甘さばかり携えて、困らせる人。 知らなかったのです。 葛藤を、傷を、旅の理由を。 許してもらえますか、尊敬する人たち。 そして青いさなぎ。 私、滑稽です。 でも、それは素敵な手紙になると思います。 親愛なるあなたたちは、読んでいるのでしょうね。 数々の矢を打ち込まれても やさしいまなざしだけを、拾いたいのです。 これからがあるならば、 これからも。 ---------------------------- [自由詩]満月/たちばなまこと[2011年10月13日0時45分] 満月のせいで 胸元に口づけしたい それから背中に手をまわして 背筋をなぞりたい たくさん言いたい たくさん抱きしめられたい その数年分の星の数だけ だいだい色の満月 あたたかさを掬う 報われるってすてき 生きるちから こみあげる 満月よ 午前には完全なる 夜明け前の脱力 私のかたちをそのままなぞると つくよみの君が 満ちた ---------------------------- [自由詩]simple/たちばなまこと[2011年10月23日19時28分] 終末を知らないロマンチストたち シンプルを形にして 世界を手のひらにのせたがる 枯れない花を得た途端に羽化してゆく 繊細な彼も 前衛的な彼も シンプルに還ってゆく 彼らをみているとその花たちが いかに彼らを照らしているのかを知る プロセス 春を舞い 真夏に溺れ 真夏を拡げ続ける力に溢れ 詩(うた)詠みは驚きを隠せない 感動を詩(うた)にする 今日もよき日 春に居た彼が 恐れを知りながら得た革命は 秋を見ていた 冬になる前に終わりを呼び寄せたかった 永遠の真夏のひまわり 離したくない 逃げたり狂ったりして やっと得た花の香り 太陽は目をくらませて 世界中を美しく見せる 息が出来ないくらいに願い事 どうか一緒に どうかどこへでも 春を脱ぎ捨てたからだで 繭を脱ぎ捨てたからだを 周りから 包んで 大切に 育てて 作り上げて 秋が首を吹きさらしてゆく 雪が降りてくる 降りつもる 雪だるまをつくる 大きな手で胴体を 小さな手で頭部を つなげて それからあたためる 雪は溶けずになめらかな春の肌になって 遺伝子をくるおしく 産声にまみれさせる 永遠の真夏の花 たったひとつの閃光 シンプル ---------------------------- [自由詩]ひかりの冬、はじまり、ひとつ。/たちばなまこと[2011年12月8日12時31分] ひかる夜のはじまり月の余韻に 雪のかけ橋多摩のよこやま ゆきかうひとたちが家路につく 荷物と引きかえに流れ去る喧騒 遠く暮れるまちなみ 新参者のたばこのにおい 膝にまどろめ穢れ無きいのち やわらかさが覆いかぶさる 新しいい草の香り 降りそそぐ温い眩暈 車の音、と声をこぼせば 波の音みたい、と返す 湿り気に閉まるドアは打ち上げ花火 ひとみの火花で灯る 冬の柱 白いかがり火 ひかりの祭り おなかの中に満ちる閃光 ひとつ、ひとつ、またひとつ、と 確かなかたちを教わるように まぶたを開ければしなやかな弓越しに 真白の太陽 まばゆい放射に暦を刻む 知らなかったくるしさ 泣き顔を引き寄せて こぼれた砂粒が敷かれてゆく 腰を落とし向かい合う 背中から落ちる皮膜たち 寒さに服飾を纏ったまま 洗濯物と毛穴と麝香がたちこめる ことばのはかなさ、つよさと、いとおしさ からだの奥にしみわたり、鳴く ふるい土地に立つ新しい生活 ひとつのはじまりに ひとつの佇まいになれたこと ひとつの思い出になる 永く生きるちからになる 首元のストールに手を添えて 霞む丘陵を縫って走る 月は冠を冬の星空に広げ ふるさとの針葉樹に まだ見ぬ雪の溜め息を飾っている ---------------------------- [短歌]多摩のうた十二月/たちばなまこと[2011年12月13日23時25分] とどくきみ電話の声にねころんで 正しく蒔いたわたしの母音 はじまりの予感にまみれ匂い立つ いとおしい小さな過ちよ 今日もやっぱり晴れたよねわたしたち 多摩一番の晴れのひとだよ 朝のカフェ、エスカレーター、ホームでも 赤らめつつ頬よせるけもの 霜が立つ八王子市の端っこで いきはじめてくいきいそがずに ---------------------------- [自由詩]未満/たちばなまこと[2011年12月14日6時35分] 両手のひらから 掬った砂糖をこぼすように 太陽を背中にしょって 始発を待つように 便りが届く 穏やかな風が吹き 背骨がふるえる 思わせぶりを横にやること 厚みを保つこと きみはやさしいから 責めたりはしない 噂話を信じない 人ばかり ならいいのに 高まらないことを望む したたかさで 誰かにあたためられることを 想像してしまった後の罪悪感 心臓が剥けることを恐れながら 触れてみたい きみの左側を 右手のひらでなぞり下ろす それは昨夜の 涙の筋だった ---------------------------- [自由詩]ラブレター/たちばなまこと[2011年12月20日7時14分] 穏やかな音楽が聞こえる 創造の逢い引き あなたは梅の香り 土曜の通勤電車 吊革にいにしえの歌をぶら下げる 待ちわびる歌が揺れ 誰もが輪を外さない 子どもの在り方は 覆うものではなく 仕舞まで必要 私はこの土曜に 子どもを日に当てる スタジオで カフェで あなたの前で はだかをさらす 舐めまわす視線で 美しさは完成される ---------------------------- [自由詩]新しさを知ってゆく月を美しいと詠む國で/たちばなまこと[2012年1月2日22時49分] 腕をつくフォルム 眼球と二重瞼のバランス 背中に手を添えて 差し伸べるように 手のひらを奥へ傾ける 黒髪がしなり散らばる感触 床へ促す一連の流れを素描しながら 降りそそぐ熱い雨を 受けてとめてゆく 海辺に住もうか 魚が好きだからね 釣りも出来るし 夏はすぐに泳ぎにゆける 山も好きだよ 山菜採りやきのこ採り 木登りをして 丘の牧草地と一緒に 風になれるよ 草原だってあぜ道だっていい 街だって好きなんだ どこに息をしても 眩しくて 輝いて 舞を舞うように 美しい手招きを 交換する日々よ 手が あたたかく ちからが灯る くちびるが やわらかく 湿り気を帯びて 肌が 隙間なく 毛穴のおしゃべりを聞く 撫でつけるたびに 安まる鼓動 触れ合うたびに 高まる空 向かい合うたびに 新しさを知る 螺旋を登る 時の回廊 円周を延ばしながら 歩いていけたなら 藍色を呼ぶ月が登ったら 世界に呼吸を並べ 手をつないで 祈りを重ね 数え切れないほどの 龍をたてる 胸に浮かぶ肋骨に 人差し指でなぞる 厚みに腕を巻きつけて 声を押し当てる 不意に言うのね 爪をたてたいよ いいよ たてるといい 好きなだけ 刻むといい 月を美しいと詠む國で 新しさを知ってゆく ふたりで 良かった ---------------------------- [自由詩]ひかりと歌とふたごの虹/たちばなまこと[2012年2月2日13時35分] 強く高みを掴んだ 脚に力を射して 秒速の息づかいを届けた 筋肉の震え ハチドリの余韻 ふたごの虹 高音域を続けたのち からだをつらぬく絹糸 歌はすべて感情から生まれ 歌はすべてあなたのなかに生まれ 歌うことをやめない鳥の 鳥かごを溶かす 生きるために必要な人よ 高い声は重低音を宿し つよいひかりと深い闇の同棲 昇る道筋に滲む水彩画 永い思い出を捧げるように 話をさせてくれないか バスを降りた子どもたちが 横断歩道に駆け出してゆく いつかは 生きることを歌い 生きることを繋げ 生きるために血をまじわらせる ひかりを灯し闇を抱き ふたごの虹をみつける . ---------------------------- [自由詩]ためらい/たちばなまこと[2012年2月22日10時25分] 何をためらっているの 細胞が覚えているでしょう 心が脈打つ度に感じないの いのちを抱きたいのでしょう 肌が泣くほどに抱き合えばいいよ 後付けの科学は興味深いけれど あなたはあなたをもっと 知るといい 街角にひとときの縁 おじいちゃんが顔をしわくちゃにして 大変だったね がんばれよ うちの孫も坊やぐらいでさ かわいいもんよ 長生きしてて良かったよ だからがんばれよ そう言うよ 誰もが もうがんばっているのはわかっている けれど言いたい 子どものときに励まされた言葉だから 何を怯えているの 何をかくまっているの みんな おめでとう 良かったね すてきだ そう言うよ だから 幸せを築けよ ためらわず両手で抱き留めて 離すなよ 自慢して歩けよ 叫べよ いのちの匂いを知ってしまった私が 尊敬するあなたたちへ贈る ためらい ---------------------------- [自由詩]アリアルウ/たちばなまこと[2012年4月6日11時02分] 春が咲く アリ ア ルウ 美しく香るときを待って 種を手のひらにくれたひとを駅まで アリ ア ルウ と若さを数え 目で追う 見上げる ひかりたち 半月 日々にゆき交う道 …さくら いちばんぼし にばんぼし さんばんぼしはあなたです 春に落とされた焔たち アリ ア ルウ とひらいて 私の一部とさようならを交わし 赤い涙を首から提げ 解毒を促しながら アリ ア ルウ と真新しいスニーカーで 蹴る アスファルトの下 春を乞う土の声 頭皮 くちびる 耳のうしろ アリ ア ルウ 腕のつけ根 乳と乳のはざま 脚のつけ根 アリ ア ルウ アリ ア ルウ ピチカートみたい 秒をめくる度に アリ ア ルウ アリ ア ルウ 愛おしい春です 五線譜に水彩で色とりどりに 香る 音を咲かせましょう ひとつ ふたつ みっつ と水入れが 若い緑 淡い寒色 さくら に染まってゆく におい立つからだと気の合いそうな芳香(アロマ)を 胸の中心に抱いて 歩く アリ ア ルウ アリ ア ルウ アリ ア ルウ アリ ア ---------------------------- (ファイルの終わり)