山崎 風雅の恋月 ぴのさんおすすめリスト 2007年1月13日0時06分から2008年1月12日21時09分まで ---------------------------- [自由詩]さくら/恋月 ぴの[2007年1月13日0時06分] それって秘密だよ 思わせぶりに微笑んだ あなた ドラえもんじゃないくせに ポケットから何やら取り出しては 桜の木に振りまきはじめ (まだまだ寒いよと眠ったままなのに まだかまだかと貧乏揺すりしてる そうだよね 「明日から」を繰り返してるうちは 何も変わらないのかな そんな桜の木は夢を見ている 大きく広げた腕のなかで 繰り広げられる 楽しそうな笑い声と 彩りも鮮やかな宴の賑わい やっぱり あなたのこと もっと知りたいけど 知らないほうが幸せなのかな よく考えてみれば あなたのことを知らなすぎるのに いつでもわたしの傍には あなたの姿 春を待つ長い眠りに飽きたのか あたりの様子でも窺うかのように 小さな蕾がぷくっと動いた ---------------------------- [自由詩]つくしんぼう/恋月 ぴの[2007年1月18日22時26分] 春めくのか夜になると もぞもぞするもの それは あなたのつくしんぼう 今夜のわたしは疲れているのに 背中を向けた闇のなかで 何かを探し蠢いている 辛抱が足らないから 貧乏なのか 芯棒が入っていないから 頼りないのか あなたのつくしんぼうは 一筆書きみたいな身体を震わせ 季節の在り方について考えてみる 雪景色の野山に 春の日差しが雪どけを誘い フキノトウやら 雪割り草が顔を出す 待ち遠しかった春の訪れは 記憶の片隅に押しやられてしまったようで それでも 季節は自分で印すもの (もうすぐ春ですよ、だなんて まあだだよ 摘んで食べると美味しいんだけど こんなんじゃ満足できなくて もっと立派になるのかな 何かを何処かに置いて来た この町で あなたのつくしんぼう 春めく夜に愛をささやく ---------------------------- [自由詩]チャーリーブラウン/恋月 ぴの[2007年1月24日23時18分] チャーリーブラウンは後退なんかしない あの頃に踏みとどまっているだけ 英語の勉強になるならと 無理して読んでみたけれど やっぱし後退なんてしてくれなかった それがリアルってやつ 細い線で描かれたチャーリーの いつも不機嫌そうな顔と スヌーピーは物憂げに頭を傾げ 遠くにあるものと 近くにあるもの スピーチバルーンに封じ込めてしまったのか 言いたかったこと 言わずにはいられなかったこと チャーリーが投げつけたボールを 捕らえそこなった僕らの時代 君ならどうする? そんな問いかけには 黙って小石のひとつも蹴ってみる 無意味なんてことはない せめて スピーチバルーンのひとつひとつの重さでも 確めながら 自ら封じ込めてしまったものの大切さに 今年の松井秀樹ってどうよ だなんて問いかけたなら 後退しようにも後退できない崖際で 拾った仔犬の頭を撫でる ---------------------------- [自由詩]アイ・マイ・ミー/恋月 ぴの[2007年1月27日0時54分] いつだって君はそうなんだ 本当は塩ラーメンが食べたいくせに なんでもいいよと答えてみせる そのくせ 味噌ラーメンを食べたあと 必ずこう言うんだ 塩ラーメンが食べたかったのに アイ・マイ・ミー ユー・ユア・ユー いつだって君はそうなんだ 本当は嫌で嫌でしょうがないくせに 上司の顔を真正面からみつめては 天使の微笑ってやつ そのくせ お化粧をなおしながら 必ずこう言うんだ あの野郎いつか殺してやる! アイ・マイ・ミー ユー・ユア・ユー もっと素直になればいいのにね 誰かに好かれたくて 嫌われたくなくて いつでも君はアイ・マイ・ミー そのくせ ベッドの中に滑り込んだとき 必ずこう言うんだ こんなわたしだってユー・ユア・ユー? ---------------------------- [自由詩]チャイナタウン/恋月 ぴの[2007年1月31日23時02分] 寝苦しさに目を覚ますと やはりホリデーインの一室に泊まっていた わたしの隣では 脇臭く寝相の悪いやつが 馴れ馴れしくいびきをかいていた エーチャンのニューグランドホテルは わたしのこころの内だけにある さして美味しくも無い中華饅に並ぶ人々を避け 朱雀門からさほど離れてはいない 路地裏の奥に息づいている 中華食材店の軒先で見つけたのは 豚足 豚の鼻 思い出したよ 豚の耳ってミミガーだったよね でも それっておきなんちゅう いつか読んだ誰かの小説みたいに 生きて出られぬ重慶飯店 わたしの鎖骨で出汁を取れば 少しは美味しい中華粥になるのだろうか そうそう子袋って手もあるよね わたしの子袋 何だかきゅんきゅん鳴いてしまって 親鳥とはぐれたウミネコのように 横浜港を渡る寒風に乗り チャイナタウンの街並みは緋色に渦巻く テト テト テト 春節を祝う人々の流れに投げ込む爆竹 ぱんぱんぱぱあん ぱん ばっくちっくな思いの果てに 踊り狂った大捜査線 別れたおとこの影を追う ---------------------------- [自由詩]ヨコスカ物語/恋月 ぴの[2007年2月7日22時28分] 優しさにぶらさがる 重なる星の巡り合わせに ふたりだけの夜 ドブ板通りの古びたカウンターで わたしをみつめる 瞳と Never mind 歯並びの良い口元が闇に浮ぶ 迷路のような船底で 皿を洗っているんだと あなたは言った 束の間の休日 束の間のやすらぎ 今度はいつ逢えるのと問うわたしに あなたは 総べてはあの日から狂いだしたのさ そんなことばを呟いた 海峡を渡る アッラーへの祈りと 乾くことの無い涙 わたしは知っているよ ネイビーの胸ポケットには 幸せそうな家族の写真 それでもね わたしはあなたが好きだから 逞しい優しさにぶらさがり 甲板上で手を振る あなた Take good care of yourself あの青空と 白いカモメに わたし きっといつまでも ---------------------------- [自由詩]原宿物語/恋月 ぴの[2007年2月13日21時32分] ねえ覚えている? 初めてあなたと出会ったのは 裏通りにあった小さなヘアサロン あなたはまだぎこちなくて 遠慮がちな手つきに 硬く閉ざしたこころの奥で 何かが弾ける音がした (誰かを好きになるって 首筋に強く感じる 男らしさに気後れしそうで ちょっと意地悪したい気分になった (思い出は早春の気紛れ 自分のお店を持ちたいって口癖の 跳ねる情熱に組し抱かれて せわしい息遣いに こころ奪われ 全身で受けとめてみた おとことおんなの成り行きを (認めたくなかったのに どうしたんだろう 手をつなぎ歩いた欅並木から 同潤会アパートメントは姿を消して いつもの待ち合わせ場所は 記憶のなかにだけ (手持ち無沙汰に襟を抑え 今のあなた 優しげな口ぶりとはウラハラに わたしのこころを 冷酷なまでに突き放し わたし 怨嗟の黒い器で 風の吹き抜けた叫び声を聴く ---------------------------- [自由詩]品川物語/恋月 ぴの[2007年2月16日0時07分] この季節になれば 川幅いっぱいに押し寄せる銀鱗 浮ぶ屋形船を押し退け 向う岸まで 命をかけ 届けようとするもの 人生の在り様 私の意思 立会川の岸辺には あなたへ 手渡そうとした手紙 あの銀鱗たちのように 只ひたすら 目指せるちからがあったならと 唇を噛み締めてみる それは 誰のため たとえば自らへの慰めなら 笑って許してみよう 立会川に架かる 名も無い橋の上から 揺らめく銀世界 恋の行方は何処まで ---------------------------- [自由詩]Follow Me/恋月 ぴの[2007年2月18日23時43分] 持っているの? あなたに尋ねられて 思わず 持っているよ。そんなものと 答えてしまった だけどね ほんとはね バッグのなかを さんざ探しても見つからなかった どこかで買えるのかな いくらぐらいするのかな 持っていないって恥ずかしいこと? 朝起きて 歯を磨いて 睫毛の先をみつめたり そろそろ染め直そうかなんて 髪の毛をいじったりして そんな朝に 持っていたいもの って なんだろうね 白いセーターについた毛玉みたいに 邪魔に思えても大切なもの そろそろコートは脱ごうかな 持っていたのに気付かなかった そんな朝に は あおよりあおい水玉模様が良く似合う ---------------------------- [自由詩]桜の季節としゃぼん玉/恋月 ぴの[2007年3月10日21時10分] 嫌になるときだってあるよ そう言うと 友だちは笑顔でうなづく さほど広く無い部屋に ふたつ机を並べ 四十六時中 お互いの気配に触れ合って過ごす それでも机と机を隔てる 背の低い衝立が 彼と彼女の世界をやんわりと隔てあう あれだよね それぞれの陣地ってことかな それとも。秘密基地 あの頃の秘密基地 ベニア板で囲っただけの狭い空間に 男の子たちと一緒になって 肩を寄せるようにして ガキ大将を気取っていた 廃材置き場の片隅を 桜の季節は薄紅色に染め上げて 弱いものには 弱いものなりの居場所はあったよね 洟垂れ小僧のあの子がさあ こんど小学校の先生らしいよ SOHOたって 定期収入なんてあるじゃなし ふたりして いつ失業しても可笑しくないしさ それでも彼女は楽しそうだった 衝立の向う側には 彼女の世界とは確実に異なる世界が息づいていて ちょっかいだしたり だされたり ふわりふわりとシャボン玉が ふたっつ。 くっついてみたり 離れてみたり 春の陽気に誘われ飛んでゆく こんにちは。もうすぐ桜の季節だね ---------------------------- [自由詩]DNF/恋月 ぴの[2007年3月15日23時19分] あなたが通り抜けた改札で 何故か わたしは置いてけぼり あなたが買えた切符 何故か わたしには買えなかった 人生には幾つもの 改札があって 選ばれたひとと そうでは無いひとに さほどの違いは無いかも知れないけど あなたが通れた改札を 何故か わたしは通れなくて 家庭への手土産なんか下げて こっちへおいでと手招きする。あなた そっちへ行けるわけ無いじゃない あなたはそれを知っていて 名残惜しげな仕草でわたしのこころを玩ぶ 恋の片道切符 何故か そんな切符さえ買えなくて それでも 明日の朝になれば 客からの電話に応えるふりをした あなたの思わせぶりな目配せに 黙って頷く制服姿のわたしが。いる ---------------------------- [自由詩]お/恋月 ぴの[2007年4月7日23時33分] メガネをはずした わたしの素顔 おとこのひとにはじめて見せた 胸ボタンの間にネクタイを押し込め 腕まくりした。あなたは 同僚を叱咤激励して そんな。あなたに恋焦がれていた それでいて 何故か背中はいつも寂しそうで 生きているって虚しい事だと わたしは思って生きてきた これからも。ずっとそうなんだろうと 歩道橋の上から 散る桜のはかなさに想いを託し ここから。大きく身を乗り出せば わたしだって桜になれるかな いつの間にか あなたと二人きりになれた 参加を迷った歓送迎会で酔いすぎて あなたの優しさに身を預けて こころまで預けてみたくなった 朝になれば あなたは。わたしの傍にはいない それでも メガネをはずした わたしの素顔 乱れた髪で。そっと隠して ---------------------------- [自由詩]け/恋月 ぴの[2007年5月16日23時10分] 携帯はコンパクトに似ている 電車のなかで そして街角にたたずみ 見つめる先に映っているのは わたしであったり わたしの知らないわたしだったり お気に入りに登録した サイトを巡る ひとときの小さな旅 脚半の紐を締めなおし 次の札所をめざす あなたからの着信を心待ちにするのは 初夏の窓辺に訪れる 小鳥とのたわむれ 気紛れな それでいてこころを焦がし もう終りにしたい 閉じた わたし自身を ハンドバッグの奥に仕舞い込む 巡礼の旅路は 結末の無い物語にも似て 満ち潮 ひたひたと 入り江の奥にまで押し寄せる いらつきとも言えそうな感情の波は ハンドバッグの奥で 小刻みに震えだす あなたから そして 見失いそうなわたしのこころを 取り戻そうと 手探りで 掴み出したのは 白装束を身に纏う わたし自身の姿であり 結末の無い物語に何かを見いだそうとする わたし自身の姿でもあり ---------------------------- [自由詩]いちたすいち/恋月 ぴの[2007年5月27日22時27分] いちたすいちは にじゃないと答えたら みんなに笑われた でも 美術の先生だけは頷いてくれて スケッチに出かけた あの丘の上から 故郷の青空をいつまでも眺めていた ずっと憧れていたことがある 好きなひととふたり 幌馬車に揺られ どこまでも 幌馬車の行く先々で待ち受けるもの それは何て言うのだろうか ふたりでひとつのかたちをつくる 「好きなひととはこうあるべき」とかの 既成概念に捕われることなく ふたりの かたちをつくり出す それが大切なんだよね ベレー帽の良く似合った先生 今はもう 手の届かぬところへいってしまったけど 飽くことなく眺めた青空は あの時のままで これから わたし幌馬車に乗る 好きなひととふたり 栗毛の可愛い馬に引かれ 幌馬車は行く 明日はやって来るものではなく 自らつくりあげるものと信じて ---------------------------- [自由詩]ぎんいろ/恋月 ぴの[2007年6月9日22時18分] ぎんいろの折り紙で 鶴を折る ぎんいろ それは わたし自身を惑わす窓辺の色合い ぎんいろの街で あなたとの足跡を探してしまう 例え人違いだったとしても あなたに良く似た後姿に 年甲斐も無く胸を躍らせるのは あなたに恋をしていたから それとも 恋に恋しているから ぎんいろの眩しさは あの頃の ふたり はしゃぎながら夜明けまで 行く当ての無いことが どんなにも幸せだったのか 今頃になって 気付いた ウェディングナイフの鈍い輝きと 純潔の契り ふたり 手を添えて断ち切るのは 永遠に 打ち明けることさえ叶わぬ 罪の重さと 永遠に 裏切り続けなければならないことへの躊躇い ひとは誰でも幸せになりたくて ぎんいろの折り紙で 鶴を折る 一枚の正方形は この指先より命を吹き込まれ 満月の夜 北の国へ帰っていった あなたの元へ 発つ ---------------------------- [自由詩]な/恋月 ぴの[2007年6月15日0時03分] 近頃やたらと 涙もろくなっちゃった なんでかな 自宅で映画の予告編を眺めていても 気がつくと ぽろぽろしている 自分に気付く やっと梅雨入りしたんだってね 紫陽花は お隣さんの庭先で 降り始めた雨のなか静かに咲いている 毎晩 おとこのひとの怒鳴り声と 何かを激しく叩く音がしてた 今はもう誰も住んでない お隣さんの庭先で咲く紫陽花の花 閉ざされた窓からは 何があったのか窺い知ること出来なくて そうだよねえ 確かに人生いろいろなんだけど 涙もろくなったのは 感情に押し流されてしまうわけじゃ無くて 見つけたよ あんなところで小さなカタツムリ動いている なんでかな ---------------------------- [自由詩]こ/恋月 ぴの[2007年7月3日22時48分] となりのひとの 新聞 読むでもなく眺めていたら 恋のひやりはっと って記事が 目に飛び込んできた おとこのひとに見つめられ ひやっとして 揺れるわたしに はっとするってことかな でもねえ たとえば実のお兄さんだったら あぐらかいたり 鼻ほじったりして そんな姿を まじまじと見つめられても うっとうしいだけで こころ動かされることもないし ひやっとしたり はっとするから恋なのかな それとも恋しているから ひやっとしたり はっとするのかな どれどれと記事を見返したら 空のひやりはっと だよねえ 頻発する不祥事への対策ってことらしい ひやりはっと 思わず寝たふりなんかして ぷるぷる メール 来ないかな ---------------------------- [自由詩]明日になれば/恋月 ぴの[2007年7月10日22時37分] ちょっと足らないだけだものね 八時二十分を指している あなたの眉毛の上に ボールペンかざしてあげる いざ出かけようとしたら 小糠雨降り出して 傘を差そうかどうしようか 迷うのにも似ているよね ちょっと足らないだけ それが問題なんだからと あなたは不機嫌そうに吐き捨てた でもね 傘を差さずに歩くのも楽しい 今の季節なら 雨に濡れた緑が歌いだし 雨を待ちわびた生き物たちが動きだす 傘を差しても防げないのなら そんな景色を楽しもうってことかな こころの中で差した傘を閉じて やせ我慢には さようなら 辛さと幸せの違いって ちょっと足らないだけ 生まれ変わるなんて出来ないのだから そのちょっと わたしの思いで満たしてあげる ---------------------------- [自由詩]くるり/恋月 ぴの[2007年7月21日10時15分] ひとりで食べる夕食は いつものように 電子レンジでチンして3分 たった3分 それでも3分 どうにも待ちきれなくて 電子レンジの前で腕組みしながら ながめるタイマーは 永遠にカウントダウンを繰返すようで わたしの一日は スイッチオンで始まり スイッチオフで終わる 真っ暗なお部屋に明かりをともし もう二度と訪れることのない もと彼の残像を追い求める そんな未練がましい わたしが大好きで あと1分 これからが長いんだよなあ 彼氏と甘いキスなんかして 抱き合ったとしたら 1分なんてあっという間なんだろうけど メリーゴーランドのように くるくる回って あと少し もうちょっと駆け足で急ぐとか出来ないの たった数秒に否応もなく感じてしまう 時の長さと短さと 終りなんてないようで 総てに必ず終りは訪れるってこと わたし我慢なんかできない そして ---------------------------- [自由詩]今日この日に/恋月 ぴの[2007年8月9日21時46分] あるひとが言った   世の中の戦争は   おとこが起こしたもの   おんなには罪の無いはなし そして ほかのあるひとが言った   そんなおとこを産み   育てたのは   わたしたち。おんな おとこでも無く おんなでも無く 大きな力には逆らえなかった 黙している他に手立てはなかった その力は ひとりひとりの無関心がひとかたまりとなったもの 大きくなった無関心のかたまりは 誰の言うことも聴かなくなったのかな あの時にと悔んでみても 始まらないのなら ひとりの人間としてすべきことがありそう 耳を澄まして 声を出して 真っ直ぐに前を向いて ---------------------------- [自由詩]明日の行方/恋月 ぴの[2007年8月19日18時55分] 馬でも風邪を引くらしい 何だかひと安心したりして 年末だったかな彼氏に連れていかれた 新宿南口の場外馬券売り場で見かけたのは レースに夢中な父親とはぐれた幼い兄弟 通路に散乱する外れ馬券の一枚一枚を拾い集めては ぶつぶつ呪文を唱え丸くなれるだけ丸くなる ふたりの目線の高さでばさばさ揺れる 競馬新聞より浮かび上がった花まるとか曼荼羅とか てことは鹿も風邪引くのかな くそ暑い夏は嫌で嫌でしかたないけれど そんな夏でも過ぎ行く気配には何故か物悲しく あの子たちの拾い集めた外れ馬券 何かの弾みで当たり馬券に変わったとして それで何がどう変るっていうのだろうか このままじゃ寝冷えしちゃいそう 寝入った彼氏からタオルケット奪い返したら あのふたりと同じように丸くなれるだけ丸くなり 明日は今日の続きでありますようにと ぶつぶつ呪文を唱え眠りに落ちる ---------------------------- [自由詩]うめぼしの秘密/恋月 ぴの[2007年9月3日20時04分] 良くできたうめぼしは 故郷の懐かしい味がする すっぱさのなかから 忘れかけていたものが顔をのぞかせて こんなんだったよね と問いかけてくれるような ほどよく皺くちゃで 秋アカネのような色合いを 白いご飯の上に乗せれば鮮やかに輝く うめぼしばあさんって もしかすると褒め言葉だったのかな 歳を重ねるごとに円熟味を増して 意固地なところあるにしても 皺くちゃの内側には あの頃の情熱がしっかりと詰まっている 酸いも甘いも噛み分けているからねぇ だなんて ちゃちゃのひとつも入れようものなら 「何いってんだい!伊達に生きちゃぁいないよ」 そんな言葉がぴしっと返ってきそう すっぱさを味わった後のうめぼしの種 食べちゃうひともいるんだよね もしかするとこのなかにこそ本音が隠れているのかな どこか適当なところには捨てられなくなって 庭先のひめしゃらの木のしたに うめぼしの秘密 ごちそうさまと埋めてあげた ---------------------------- [自由詩]ち/恋月 ぴの[2007年9月21日19時30分] 生きている限り湧き上がってくる もう駄目だと諦めかけた思いを 励ますかのように 五体のひとつひとつが 出口を求めようとさざめきだすのを知覚し もうひとつの確かな意思 本能だとか呼ばれているもの 明日があることを信じて疑わぬもの 人間 ひとのあいだに存在するのは 英知とか理性と呼ばれているものではなく 自らの時を刻む 苦しくとも 悲しくとも 刻々と刻む自らの時 生きるなんてたいした事じゃない そこだからこそ 自らを信じて 明日があることを信じて これからも生きる ---------------------------- [自由詩]秋、さすらい/恋月 ぴの[2007年10月26日22時40分] 美術館前の石畳は冷たい雨に濡れ 慌てて開く折り畳み傘は 夢のなかから引き摺りだされたのを ごねてでもいるのか 機嫌の悪さを隠そうともせず 冷えたこころをあたためてくれた あなたの背中がいとおしい ひとを好きになれることの幸せと 厚着でもしてくれば良かった 絵画の中の彼女は 物憂げな表情のなかにも 何かへの確信に満ちているようにも思え 有名な絵だったんだよね 「告白」 そんなおおげさなことでもなかったけど わたしのなかに棲んでいる もうひとりのわたしが 背中を押してくれたような気がする 自分を好きになれることの幸せ あのときの笑顔 あなたに媚びたわけじゃなくて 素肌のこころを取り戻すことのできた わたし自身の表現だった 雨に濡れた公園の広場には ひと影もまばらで 恋人たちの憩うベンチも冷たさに凍えている 今のわたしってどんな顔しているのかな こんな雨のなかで にやけていたら恥ずかしいけど 水たまりを避けながら 相変わらず機嫌の悪い傘とふらり さすらう ---------------------------- [自由詩]ねこのはなし/恋月 ぴの[2007年12月3日23時37分] ねこって可愛い 飼いねこは飼いねこらしく ノラねこはノラねこらしい顔しているよ やっぱし育ちなのかな ひとに媚びるのうまい飼いねこがいて いじらしいほどノラなねこがいる そんなねこって ほんとはさびしくて あのひとに強く抱きしめて欲しいくせして 誰もいない原っぱの土管のなかで ひとり身づくろいしてる おなか減ってなんかいないよ 底冷えのする土管のなかで 飼いねこだったころを思い出してみる ごはん食べられるのはあたり前で おやつだって食べられた あの頃 あのひとの差し出す指先に甘え 気が向けば お酒くさい胸元へ忍び込んでみたりした 幸せって失ってはじめて気付くものなのかな それでも いまの暮らしだって捨てがたいものがある ひとり気ままだし あのひとの訪れをひたすら待つこともなくなったし ねこって可愛い 冷たい北風の吹く夜空を仰げば きれいすぎるくらいに星は瞬いていて 別れたひとの温もり恋しくて仕方ないのに 土管のなかでくるり丸くなり ひとり 編みかけのマフラーなんか首に巻いて メリークリスマス もうすぐそんな季節だよ ---------------------------- [自由詩]年の瀬に/恋月 ぴの[2007年12月26日20時40分] お金や幸せを掻き込むという 縁起物の熊手 わたしの望む幸せとは そんな熊手の上手から漏れた小さな幸せ 例えばそれば 何時に無く目覚めの良かった小春日和の午後 所在無いままに陽だまりのベンチで 冬の乏しい餌を求め冬枯れの芝生を跳ねる 野鳥の姿を認めた際に感じるようなもの 或いは どちらとも無く音信を絶った 訳ありの女友達から届いた季節の便りに その素っ気無い字面よりも 行間に女の艶らしきものを捜し求め あれやこれやと按配しながら ふと目を上げた先に去年の酉の市で買い求めた熊手 そう言えば強欲の意味もあったはずと 首をすくめた自らの姿に恥じ入るようなもの 人並みな成就など願をかけてみたのか 居間の整理ダンスの上には 埃を被った片目の達磨がひとつ このまま年を越すことになるとしても 新たな年を迎えられる僥倖に勝るものなしと 百八つの鐘の音に心打たれることも無く 早々に夢うつつとコタツで寝入る わたしの望む幸せとは そんな絵に描いた餅を食べる小さな幸せ ---------------------------- [自由詩]シャドー・ダンサー/恋月 ぴの[2007年12月30日18時50分] 壁打ちテニスが流行っていた とある場所がある 心に描いたネットの向う側へと 誰もがひたすらにラケットを振った 放物線を描き跳ね返ってきた球を 時が経つのも忘れ打ち返した 街灯の明りを背にラケットを振った 振り払うべき何かがあったのか 無かったのか 再びその場所を訪れてみた 冬の夜空はある種終末観を漂わせ 何も隠すもの等残ってはいないとばかりに けれんみも無く輝く星星は 見え透いた嘘を付いているように思え 氷のナイフで喉を掻っ切るチャンスでも窺っているのか 乾いた打球音に替えて響き渡るのは ラジカセから流れるダンスミュージック オーバーハングした壁が崩れ落ちる その境界のあたりで 何人かの若い男女が壁に向って踊っていた 振りをあわせ 息をあわせ 一心不乱に踊っていた 壁の向う側に在るべきもの それは ラケットを構えた顔の無い男の姿であり ステップを踏む観客達の姿でもあり 誰一人として他者との関わりから逃れること等出来ないのだと 踊り続ける彼等の影は長く延び 壁の向う側から放たれたボレーショットを 打ち損ねた鈍い感触が右手首に甦ると 使い古しのテニスボール ひとつ 上弦の月に向ってポコンと跳ねた ---------------------------- [自由詩]「生まれ変わったね」と君が言ったから一月一日はリセット記念日/恋月 ぴの[2008年1月3日21時27分] いつもと同じ場所から何ら変らずに 初日がひょいっと昇ってきただけなのに 「ありがたや」と皆で拝んだりする 昨日までの日の出とどっか違うのかな 江戸時代の「つけ」とかの借金って 支払期限は大晦日だったとか 取り立てから逃げまくり お正月を迎えれば総べてチャラになる 落語の世界っぽいけど それで「ありがたい」のかも そんな「ありがたさ」にあやかって 旧年中の総べてをリセットしたいよね KYって陰口言われた私をリセット お化粧乗りの悪い私をリセット 運に見放された私をリセット 今年の元日の朝 相変わらず母に叩き起こされたけど 昨日までの私とは違う気がしてならなくて 彼と初詣に出かけた明治神宮はめちゃ込みで めったに着ない着物は苦しかったけど 幸せになりますようにとお賽銭奮発したら 引いたお御籤は「大吉」だったりして 「生まれ変わったのかな」と彼に言われ はしゃぎ過ぎて豆腐の角に頭ぶつけ目を覚ましたら それは寝正月のコタツで見た初夢だった 一富士、二鷹、三茄子 初夢って二日の夜に見るような それでも身も心も生まれ変わった気がして こっそりと自分自身に言い聞かせてみた 誰に言われなくても「一月一日はリセット記念日」 ---------------------------- [自由詩]忘れもの/恋月 ぴの[2008年1月7日21時39分] 何をどこに忘れたのですか? 駅の係員は開いた記録簿に目を落とし尋ねた 普段から乗りなれた通勤電車 それなのに今夜は何かが確かに違っていた 勧められるまま飲んでしまった新年会 赤ら顔の同僚たちとは新宿駅で別れ わたしひとり郊外へ向う特急電車に乗ったはずだった 黙っているわたしの顔を見上げるようにして 駅の係員は事務的な声で再び尋ねた 何をどこに忘れたのですか? この駅に着いたのは何時頃で何番目の車両でしたか? わたしの忘れたもの 覚えている限りでは網棚に乗せたはずで 午後十時過ぎにこの駅へ着いた特急電車の3両目あたりでした それで何を忘れたのですか このぐらいの大きさでハートの形をしています わたしは手を広げ係員に大きさを示した それなら既に届いていますよ 係員はわたしの前に忘れものを差し出した それは本当にわたしが忘れたものなのか どこがどう違うのか上手く説明出来ないけど 違うといえば違うような気がする はいはい確かにこれですよね 係員は一件落着早く出て行けとばかりに それをわたしに押し付け再び記録簿に目を落とす 急かされるまま一礼して駅務室のドアを閉めた 良く晴れた日の晩はきりきりと骨が軋むまで冷え込む 駅の係員から押し付けられた忘れものを抱え わたしの暮す町へわたしを運んでくれる最終電車を待っていた これは絶対にわたしのじゃ無い 冬の月明かりに照らされたそれは若々しく輝いて それまでの疑念は確信へと変った わたしのは張りも無いし色はくすんで濁っている それに比べこの透き通るような色艶と張り この機を逃したら二度と手に入らない わたしは誰かの忘れものをコートで隠すと 駅の改札口から一目散に逃げ出し やがて人影の絶えた多摩川の土手上へと彷徨い出た わたしのも以前はこんな感じだったんだけどねえ あの楊貴妃の気持ち少しだけ判った気がする 赤いタートルネックのセーターをたくし上げ 世間一般には夢とか希望と呼ばれている誰かの忘れものを 早くよこせと口を開いた心の奥深く押し込んだ ---------------------------- [自由詩]確められないひと/恋月 ぴの[2008年1月12日21時09分] 多摩川に架かる鉄橋を渡りきる頃 メールの着信を知らせる携帯の光が走る 両親も恋人と認める彼からのメール 簡潔な朝の挨拶に優しさ溢れる短いことば 先輩は幸せ過ぎるから 傍から見ると憂鬱そうな表情でもしていたのか 後輩がそんなことばで励まそうとした 日に何度かメールをくれる いつものところで待ち合わせをして 気が引けるぐらい贅沢な食事と 二人の将来について語らいながらお酒を酌み交し 気が向けば彼の求めに応じて身体を許す 彼の実家で家族にもお会いした 可愛い妹さんは「お姉さん」と呼んでくれる 彼女がこちらへ遊びにきた時には自宅へ泊めて 三人でディズニーランドへ行ったりした 誰もがゴールイン間近だと思っている それでも彼の息遣いを胸元に感じるとき ふと思うことがある このひとはいったい誰なんだろうかってこと 生い立ちも知っているし 卒業した学校も勤務先も知っている それだけで彼の総てを知り得たと言えるのだろうか 深夜の洗面所に並ぶ二本の歯ブラシと 精液の臭いがする濡れたバスタオル かつて一度も訪れたことの無い地方について 彼の語ったことばが耳に残る 去年の夏、君と出かけたあの避暑地で… 生い茂っていた葦原はいつの間にか刈り取られ 寒々しさに凍える多摩川を渡りきる頃 彼からのメールを知らせる光が走り 大切な何かを失いかけている自分に気付く ---------------------------- (ファイルの終わり)