アオゾラ誤爆のおすすめリスト 2012年3月8日18時48分から2017年3月20日15時27分まで ---------------------------- [自由詩]My Little C/鈴木陽一レモン[2012年3月8日18時48分] 待ち合わせに はぐれた きみと 揺れる 隠れ家 そぞろあるき 思ひ出に迷い 巨大な生き物 完全フラット 刻まれた通り たどり 着いた 目的地 予定より遅く 始まりのこえ 野蛮な遊びの 果てる先には 美しい夜 だけが あった My Little C 月夜の深みで素直になりな 「なんだかさー  たいせつだった日々を  とりもどすための  ぼうけんみたいだね。」  花は、花以外のものを手折る ---------------------------- [自由詩]age17/たもつ[2012年3月10日19時04分]     曖昧な朝の手元 行ったきり帰らない 水のブランコ 皮膚なの?ここは 過疎の村に、春     ---------------------------- [自由詩]age18/たもつ[2012年3月11日19時00分]     兄さんが虹を見ている 祈るべき神を持たない僕らの祈りは それでも決して無力ではないはずだ 兄さんの肩にオウムが止まる 救急車が静かに横切って行く     ---------------------------- [自由詩]春近く/オイタル[2012年3月11日21時05分] 冬の終わりです 雪です 女を埋もらせています 深さ九十センチ 春ともなると シャベルがやってきて 雪を掻いたり 女を掻いたり シャベルも 女も シャベルも 女も みんな 消えてゆきます 夜の端に置かれたオレンジの おしりに影を付けて なめらかな雪の斜面に 一つ二つを滑らせて 競って夢の奥へと 下ってゆくものたちです 猫が滑っていきます 犬も 弦の切れたギター 凍って空を指す洗濯物の袖 並んで震える ザクロの赤い口 それから 九十センチ 雪に埋もれた女 郵便局の少年が あいさつもなしにはがきの束を 置いていきます さよなら さよなら そして もう 春近く ---------------------------- [自由詩]ミラーボール/佐伯黒子[2012年3月14日0時45分] トンネルの途中でせんせいが朝が来たよと言った どこに来たのかなんてこわくて訊けなかったよ それよりもiPodの電池が切れそうでおそろしいのです 地上のあの子の爆発がおさまるまでもつだろうか せんせいがこわばった上頬を無理やり持ち上げて言った やはりここにはミラーボールが欲しいねって ねえせんせい わたしが地上に戻るときは あなたに爆弾を仕掛けられた時で ミラーボールはそれだけでは光らないのよ とはこわくて言えなかったよ それよりもiPodの電池が切れそうでおそろしいのです ---------------------------- [自由詩]age22/たもつ[2012年3月15日19時21分]     自転車のか細いペダルが 今日は博物館の 涼しい庭にまで届く 始まったばかりの夕暮れの中 まぶたの絵を描き終えて 少年は柔らかな繊維になる     ---------------------------- [自由詩]曇天/はるな[2012年3月16日13時21分] 言うべきことは みんな言ってしまった あげるものも みんなあげてしまった ま上では 曇天が 甘ったるく 張りさけている 見あげても 見さげても 灰色がつづく ---------------------------- [自由詩]age23/たもつ[2012年3月16日20時30分]     筆箱の上に夜が広がる  父のてのひらは冷たいまま  砂丘を触り続ける   ゼリー状の月がのぼる 妊婦が口元を押さえて笑う     ---------------------------- [自由詩]かなり長いシュート/はるな[2012年3月19日0時38分] はずかしいことや はしたないことを たくさんしてきて じゃあ今からなにか新しいことを と 思ったときに なんだかひどく 疲れてしまったなと 思った スカトロジーは愛と同義だ と熱弁する 友人がいて 僕は僕の愛を他人に強要しないけど でも知ってほしいとは思うね だって でも うんちっておいしくないでしょう? と聞いたらば おいしいから食べているわけではない、 そんなの、 快楽のためだけにセックスするのと同じくらい むなしい考え方だよ と嘆くので わたしは セックスは快楽のためだけであっても 別にいいなあと 思う ビールを飲む じゃあわたしのうんち食べる? と聞くと それをしてうれしい? と聞かれるので べつにうれしくはないかも、気持ち悪いね と答えた もう、 なにかを新しくはじめるのにも 理由がいるわたしには ほとほと疲れてしまって うんこ食えばいいのか? とか 二時間ほど話したら 朝だった 朝、 新宿は汚物にまみれて それが朝、 汚物にまみれながらも 昨日をきれいさっぱり追い出した今日 今日、 白粉のはげた頬を日にさらして おもたい胃のなかの昨日を吐き散らす 朝。 他人という距離は とても退屈で すぐに死んでしまう 屋台の金魚みたいだ それなのに手にいれようとしてしまう たとえば先週 コーヒーショップで 禁煙席に座ったら 煙草やめはったんですね と 笑った男のこと セックスくらいなら してもいいかなとおもう それはぜんぜん あたらしいことでもないし 共有でも ないから かるい きもちで 疲れることも なく ただどうして そのたびに 夜よなかの太陽を おもいだすのか 時間というものを 失うわけはないですよね と 相談したら あの やぶ医者はまた わたしたちは常にあらゆるものを失うことができます、 と 微笑みながら 言った 糞めが 失うことが できるって 何も 持ってないのに どうして ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]まんぼうのこと/はるな[2012年3月23日23時58分] 曇天。呼び出しに答え、すぐに放り出されたあと、ひとりで水族館へいく。 締め切り時間間際にくぐるゲート。入ったあとすぐに、うしろでシャッターが閉まる音。 館内は暗く、ごく控えめな音量で歌詞のない音楽が流されている。水槽から反射してゆれている光。ミズクラゲの水槽(いままでみたいくつかのミズクラゲの水槽はどれも円柱型で、360度ぐるりと見られるようになっていた)がいちばんすきで、ずっと見ていられる。大学生くらいのカップルが、手をつないで何組も通り過ぎていく。 おおきな水槽の前にたち、いったいどちらが、「こちら」なのかわからなくなってしまう。背面の光に反射してうつる顔。通り過ぎる人々、なんだか遠くのほうで聞こえる子どもの呼び声。 むかしああいう風に水族館につれてこられた。ほかの何人かの子どもたちと、その母親たちと。べつに好きじゃなかった。ほかの子どもたちが特によろこんでいた「磯のふれあいコーナー」も。浅瀬のいきものに触れるのが特徴で、平べったい水槽から生ぬるく、しめったにおいがしていた。「ひとでにさわれるよ。」「かにもいるよ。」まだおそろしく厳しかった母親が、いつもより柔らかく笑うのだけがうれしくて、べちゃべちゃしたひとでを持ち上げてみせたりした。 でも、説明書きは好きだった。 「まんぼうの肌は繊細で、手でさわるだけでもあとがついてしまいます。」 「ミズクラゲはその姿から、ヨツメクラゲと呼ばれてもいます。四つの目があるような姿がわかりますか。」 「ホヤは有性生殖と無性生殖のどちらもおこなうめずらしい動物です。」 閉館間際のスナックコーナーで、コーヒーといるか焼きを注文すると、毛先だけいやに赤茶色の若い女の子は、それでもてきぱきとそれらを出してくれる。四百円です、という事務的な口調と、それに似合わぬ明るい色の唇。 それにしても、花曇りの甘ったるい空、水槽の目に染みる青。手を繋いで歩く若者。 一人でなんでもできるということが、必ずしも良いことではない。と、どこかで読んだ文章を思い浮かべ、それを理解できそうな心持になる。むろん、わたしはまだ一人でも、「なんでもできる」わけでもないけれど。 (まんぼうの肌は繊細で、手でさわるだけでもあとがついてしまう。) コーヒーは薄くて熱すぎたし、いるか焼きはぱさついて中のクリームが生ぬるかった。でもいいのだ。とりあえずひとりで水族館に来ることもできるし、そしてそこから帰ることが出来る。いまは曇っているだけだけれど、そのうち雨も降るかもしれない。歩いているうちに雨がふりだしたら、うんと派手な傘を買って帰ろう。 ---------------------------- [短歌]通常運転/榊 慧[2012年3月24日18時52分] 浅ましい魚に餌をやるように君は俺に言葉を与える 殺したいから死にたくて音楽はごまかすために聴くばかりだと 死にたくて動けませんが通じませんだれか俺にゆすらうめくれ。 つらいのは皆同じなら皆きっと泣き喚きたくて仕方がない 頭のわるい人って顔見たら分かるんですね自分もこわいや。 意味わからないまま十七の夏は例年通り過ぎていきます ---------------------------- [自由詩]川をわたる/はるな[2012年3月28日21時47分] 尼崎を超える頃に日付は変わる 川をわたる鳥のむれも 一日分の年を取る 吊り革に群がる背広を押しのけて 酸素のうすい車輛で どうにか息をしている 神様 今日が正しくなくても 息をしている 雑踏を乗り越え 小さなライブハウスから声が届く かすかな 声 踊れずにたちつくして 帰りたかった ただ 帰りたかった ネオンを食べ尽くして 恋愛にも飽き飽きして 届く声に 疲弊してしまって 帰りたかった 神様 それでも 川をわたる 川をわたる 川をわたる 川をわたる 一日ぶんの年を取り 尼崎を こえる頃 ---------------------------- [自由詩]春休み/昏(ヤッカ)[2012年4月2日0時42分] 僕以外は、みんな神様だと思っていたけど 結局神様だったのは僕の方だった。 設計図通りに僕のために作られた夜に 僕が死なないこと、僕だけが知らなかった。 あの日君は笑っていた? 笑っていた。 君以外は。 君は悲しそうな顔して 僕がつけた傷はもう治ってしまっていた。 休みの間、僕は君以外のありとあらゆるものに電話をしつづけた。 バルセロナは晴れだった。 会う人誰にも、僕はさよならを言わなかった。 空っぽになっていく部屋の概念 直列を嫌う月 死なない僕はその日、時間がなかった。 さよならを言う人を探していた。 神様じゃない君を探し回っていた。 そして、あの兵器を錆びつかせて雨は止んだ。 結局、君は見つからなかった。 もう町中は嘘で溢れてしまって 今はただ四月の温い希望だけがそこら中にありふれている。 神様じゃない僕は 言えなかったさよならを 折り紙入れにしまえればいいのにと思って 約束してない待ち合わせの日を想って 少し夜更かしをした。 ---------------------------- [自由詩]科学者がいない/榊 慧[2012年4月3日9時37分] 「浮遊感をどーぞ。」 少年 少年 過ぎた期間の 少年、 日常生活 ニチジョウセイカツ 過ぎた期間の、 少年の、 完璧主義者に成り損ねて 十八になってしまった少年像、 過ぎた期間、 (お前を) (殺せば、) (よかった。) 早く死ななきゃとかみさま が言う、 ああああああああああああああああああ 愛してる、 と恋人が言う。 ああああああああああああああああああ ワンショット、ビーカーの 中に緑の液体が 「はじめまして」 「死にましょう」 ビーカー がしゃん。 「割れました」 ---------------------------- [自由詩]それ以上どこにも行けない場所/はるな[2012年5月14日1時18分] それ以上どこにも行けない場所で 言葉をどれほどつみあげてもかたちにはならなかった ささやいて 抱き合って 口づけあって 交わりあって 罵りあって それ以上どこにも行けない場所で どこへも行けない同士で 途方に暮れて 言葉をどれほどつみあげてもかたちにはならなかった それでも ささやきあった 抱きしめあって口づけた 交わってから罵って それからまた抱きあって途方に暮れた それ以上どこにも行けない場所で ---------------------------- [自由詩]とくべつなやつら/榊 慧[2012年6月10日11時53分] 私の恋人はとても天才 だれより天才 だってマーメイドに花の名前を教える。 「グラジオラスの花の色のドレスが欲しい」 「どくだみの花のような控えめなドレスが欲しい」 マーメイド、 君に似合う色はなんだろうって そういう話をマーメイドは夢のなかでしている。 マーメイド、 黒い髪の白い肌のモンゴロイド あたし紫外線アレルギーなのって言う。 マーメイド、 グレープフルーツジュースが飲めない生き方 マーメイドだから遅れていくけど進んでいくよ。 マーメイド、 年上の恋人がいる マーメイドを肯定してくれる マーメイドは自信がなくて泣いている。 天才なマーメイドの恋人は マーメイドをもっと泣かせている。 マーメイド マーメイド 天才の恋人からのフレンチキスとラクトアイス、 なにより大好きマーメイド ---------------------------- [自由詩]20120624Sun/榊 慧[2012年6月26日17時09分] それが単純な答えなら、 「愛などない」 それが単純な答えなら、ぼくはラズベリーになろう それも間違いないさ。 わすれてみよう 涙ぐんだ水晶にそっと白い布を掛ける。 死んだおじいちゃん、ごめんなさい 「俺は弱虫のろくでなしになりました」 風呂にも入れない 学校にも行けない 脚は痣だらけ、 気のふれたフリをして深夜暗い道で横たわる。 アスファルトは濡れていた ラズベリー果汁の入ったラズベリー色の飴玉 ぼくはそれになって ひとの口のなかにはいりたいよ ---------------------------- [自由詩]ボート/はるな[2012年7月2日11時36分] そこまで行きたいのなら ボートを編んでおいで おもいきり細く しなるような枝で 祈りはきっと どこへも届かないだろう 願いはきっと どこへも結ばれないだろう それでもそこまで行きたいのなら ボートを編んでおいで さかなのように濡れた指で ボートを編んでおいで 誓いを立てたその足で 裏切るように漕ぎ出しておいで ---------------------------- [自由詩]はめごろし/はるな[2012年7月19日13時48分] ひかりがあふれすぎて 窓が溶けている 高速道路のインター、 群れ、群れ、群れ、群れ むこうのほうに少し風が吹いているのが見える。 川沿い、 はんたい側には ささやかな川 流れているはずだけど ここからはみえない きのうの肌は まだシーツの上で眠っていて わたしは窓べに立つ こちら側はうすくらく なにか まとわりつくような膜におおわれている 群れ、 群れ 群れ わたしはこちら側 あなたはまだ きのうの肌と眠っている 眠っている 窓ははめごろし むこうがわでは ひかりが あふれかえっている ---------------------------- [自由詩]丘の魚/はるな[2012年8月4日12時11分] あかぐろい肌をして 山盛りの雲をあおぐ 雨を待つわずかの間に なんども恋におちる 季節はぎしぎし言う 発情のおわらない猫が 前足で引き留めている 濃緑が 少女を溶かしてしまった 覚えていることは そんなに多くない あなたが街を背に立つと たっぷりとした風が通る 長い手あしで泳ぐように進む そのときにわたしは 魚を愛するようになった あの看板のまえで結んだ指さきを いくらさがしてみても 欠片も落ちていない 丘の魚は こうもかんたんに死にますか 雨をまつ間にも なんども落ちたというのに ---------------------------- [自由詩]美しいひと/はるな[2012年8月24日12時32分] むかし熊だったころの話をすると わたしの手あしの毒虫に噛まれたところがどくどくと痛むので これはむかし熊だったころにも同じところを噛まれたのだろうなと 予想できる それくらいの頭で 手に入れた見晴らしを はたして貧しいと思うのかどうかは それはひとに任せるけれど やっぱりわたしは 素晴らしいと思うときと 死ぬくらいにみじめだと思うときと いるもいらないもどうでも良いようなときとが 同じくらいにあるな たぶん 想像できるのは わたしがはじめてみたとき 君がとっても美しくて とてもたちうちできないやと思ったけれども それでも年をとって強くなっていって わたしも、 周囲も、どんどん 美しくなった そのときに君は 最初の美しさからみじろぎもせず わたしがどんどん美しくなっていくなかで みじろぎもせず でも 想像できるのは そうやって手に入れられる武装が またどんどんさびれていくときに 君はやっぱりその美しさからみじろぎもせず いるんだろうな むかし熊だったころの話をすると それはだんだん先の日常へつながっていって 自分がこれから熊になるのだという感覚になり おおきな輪の内側をひたすら歩いて (歩かされて) いるような心持になり それがまた 安寧であるときと 吐き散らすくらいいまいましいときがあるのだけど どちらでも君は 同じように笑って 熊のなごりのようなおおらかな手足を のばして鳴きます ---------------------------- [自由詩]きみが架空の主人公/しもつき七[2012年8月26日22時17分] インベーダーゲームみたい。bang、それからshoot、戦うことしかでき ないので自滅の最終章。これはきっと運命なのって、ブロックひとつ 壊して、はねかえるビームにやられた。コンティニュー。画面に身を 投げた私の、羽根はこうして折れちゃったけど、まだ足があるよ平気。 血塗れのからだを新しい色のドットが洗っていく はじまっちゃったら終わりにむかう、永遠なんかないし孤独はきみだ けのものじゃない、とかいう人類の前提はどうでもいいはずなんだけ ど、メールの返信こないとか、あした学校いきたくないとか、そうい うのに内包されたタイプの憂鬱にはけっこう毎日やられてる。 あとふたつ。 戦うきみの目は虚ろ、息も絶え絶えで、対峙する敵にあわせて百個く らいあるモードの、だいじなひとつがみつからない。どうしよう、怪 獣はすぐそこ。火を吹きながらこの街を破壊しにやって来たのに! きみはいたって冷静に叫ぶ。世界を救えるのは私しかいないの。 そんなことないのに。っていうかいつからロールプレイング? セーブできないし、記憶にものこらない、キャラクターじゃないし、 文字でも記号でもない。自己紹介です。だから、空がどんどん光っぽ くなっていって、起き上がった朝のかけがえなさに、ほんとはちょっ と感動したりもするんだけど、いわない。だって、普通の女の子。 あとひとつ。 残機を知らせる点滅が、きみのいのち、そして、私の祈り。 そういう減らず口をいつまでもたたきたい、たくさん誤解をして、そ れでも未来に笑いあうため、間違いつづけたいね。あ、敵だ。bang、 それからshoot。ゲームオーバー。汗ばむ手の中にコインはもうない。 太陽と夕日って、べつものだと思っていた。過去と未来がほんとうに 地続きならやっぱりみんなどこにもいけないのかもしれない。肉色の カラーコードが示す私たちの中身。みんな同じだ。皆。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]犬のこと/はるな[2012年11月16日8時41分] 実家にはいま父と母が住んでいて、いまは、黒い子犬も住んでいる。 母が名付けた、「宝籤」という意味の名前を呼ぶと、尻尾と耳をすこしふって転げてくる。それも、この二週間でずい分としっかりした。 宝籤がうちへきて一週間経ったころに、わたしは彼女(女の子なのだ)にはじめて会った。そのときはまだほんの赤ん坊で、足はみじかくって、時おりだす鳴き声も、―鳴き声というよりも泣き声みたいな―、どちらかというと猫のような甲高いものだった。 ほんとうに、熊の子みたいになめらかに黒く、胸の真んなかだけが白い。それから、尻尾のほんの先に、数えられるほどわずかに白い毛がある。いつか抜け落ちてすべて黒くなってしまいそうだけど、今までに三度会い、その三度とも、何かのまちがいみたいに尻尾の先に白い毛がある。すごくおしゃれね、と言ってやると、はたりと振り回してみせびらかす。 母も宝籤も、シャンプーが好きなので宝籤の毛はいつもふんわりとしている。けれど、そこに鼻をうずめてもシャンプーの匂いはふしぎとしない。宝籤の匂い、としか表現できないようなあたたかい匂いがする。 とてもほんとうとは思えないくらい、暖かい、心地の良い、すてきな匂いがいつもちゃんとするので、そのたびに泣きそうになってしまう。 わたしたち、犬がかわいいなんて、知らなかったね。と、母に言うと、犬がかわいいのじゃなくて、宝籤がかわいいのよ、と相好を崩す。父がいやがる宝籤にマスクをつけようとするので宝籤がじたばたとあばれている。 犬の、四本の足が、フローリングをたたく音。 たんたたんたんたたんたたんたんたん はじめて聞いた音だな。と、思っていた。小気味よく、にぎやかで、それでいて邪魔にならない。優しげというのとも違う、騒々しくもないし、なんだろう。 たんたたんたんたたんたたんたんたん 目を閉じて、思い出した。むかし、どこへいてもすぐに眠ってしまう子どもだった。たとえば祝い事とか、親戚の集まりとか、子ども会の催しとか。周囲は知っている人たちで、ちかくに母か父か姉かの誰かはいて、わたしはうとうとと眠たくなりながらも安心して、オールのない小舟に―それも、長い紐でしっかりと岸辺に舫われている小舟に―乗せられたような心地で、ゆっくりとそのにぎわいから、色から、においから、離れてゆくのだ。 宝籤の足音やにおいは、わたしにそういう心地を思わせる。 ずい分なつかしくて、愛おしい心地だ。 ---------------------------- [自由詩]雪だよ/はるな[2013年2月24日18時32分] 猫が転ぶとき そこには道路と猫とわたしがあって あたかもおのおの一番遠いもの同士のよう 二月にふる雪はぴらぴらとして細かく 手のひらにのせるまもなくとけ消えてしまう ひとひらひとひら のせるまもなくとけ消えてしまう スーパーマーケットの看板の文字はいつも一文字だけ消えていて それはさびしさよりも滑稽さよりも なんだかみょうな力づよさをわたしに見せている 駅前にひとつだけある公衆電話は いつでも場ちがいに緑色で そのうしろの街路樹たちからこっくりと浮き上がっている それが使命みたいに まるでさだめみたいに 猫たちはのら猫で たいていいつも飢えている そうはいっても猫らしくかるい足どりでいつも 道路をまっすぐに横切っていくが なにかの間違いみたいに たまに轢かれて死んでいるのもいる 犬たちはちがう 犬たちは道路で死んだままになったりはしない 犬たちは力強く従順で おかしな洋服を着せられたりしても尻尾をふっている それなのに 猫と犬は出会いがしら なつかしそうな眼の色をそろえてみせる 道路には 吸い殻 軍手 表紙のちぎれた青年誌 枯葉 わたしがそこに横たわって それらのものもののなかへ馴染めたらどんなにかいいだろう わたしはそこに横たわって・・・ 男の子たちは みんなわたしを忘れて 熱いお酒を飲みながら 雪だよ、などと笑って 明日の準備をしているだろう 女の子たちは みんなわたしを忘れて つめたい首飾りをはずしながら 雪だよ、などと笑って 明日の準備をしているだろう 道路には きょうは 猫は死んでいない わたしはほっとして わたしと 道路が 違うものだということを はじめからゆっくりと考えはじめる 道路と猫が 違うものだということを わたしと猫たちが べつべつのものだということを ---------------------------- [自由詩]ruler/しもつき七[2013年9月4日22時10分] 湿る土を体育座りの 月はひとつできみはいない 頬をきる高い緑の草が痛くて ここはどこだろう 握りしめる切符 大きくて体温のある動物の おなかでねむってしまいたい 今晩くらいは だれにも内緒の 歌をうたったって怒るな 私はこの世界で唯一の特別 つぶやいて俯く 小さくて骨のない虫たちを 指で追いかけて これからどこへいくの ---------------------------- [自由詩]かぼそいしむなしい/平井容子[2014年9月6日15時01分] グーグルアースのそこに眠る街の火が見える かそけき線だ、名づけ親たちはみな 後悔している 野について知らず、またあなたについて知ろうとしない 生っぽい白いシーツが夕暮れても なぜか不完成なグレイ 杭をうつ それは地へも至り突き抜け踏みとどまる だれにもとどかない 濡れた指先のまわりに星形の蠅が憩う せめて 走っていく電車が見える部屋を借りたら良かった それくらいしかなかった、窓はそこで終わっている ---------------------------- [短歌]部屋/はるな[2014年11月15日14時41分] 陽当たりがいくら良くても 部屋は部屋 風は吹かぬがあなたもいない ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]ちいさいのこと/はるな[2016年2月29日17時31分] お誕生日はよく晴れた。いつものように洗濯機をまわして床をみがいたあと、夫がベビー・カーを押してくれたので公園まで娘と手をつないでいることができた。 午後は眼鏡を新調したあとでお鮨をたべにいった。安いけれど美味しくて、そしてよく混んだお店だった。娘は機嫌が悪くまったく何も食べないかと思えば―、帰り際に残った細巻きをひとくちぱくんと食べて笑った。帰りにここでケーキを買っていく、と夫が寄った店には生ハムやソーセージがならんでいて―わたしたちが店にはいったとき店員が大きなかたまりの生ハムを切り出しているところだった―、ドイツ食材の店ということだった。(夫はチョコレートのケーキを予約してくれていたし、わたしにそれがよく見えないようにレジにかぶさるようにして会計を済ませた)。四本たてて火を点けた細いろうそくを娘はじっとみて―ふいてごらん、とわたしたちが代わる代わる促してもそのままじっとみて―吹いて消してを三回繰り返させた。また点けるの?と楽しそうに言う夫、かちっと音をさせてつくガスライターの火。 しばらく経てば忘れてしまうこまかい物ごとをいとしく思う。 帰りしな買った桃の枝は六本包まれていた。三本ずつに分けて瓶に活ける。実家からもらってきた瀬戸物のお雛様の脇にひと瓶、台所のチェストのうえにひと瓶置いた。わたしたちの家はちいさいので、ふたつとも玄関のお雛様の脇に置くと邪魔になってしまう。それに桃の蕾はもろいので、すこしふれただけでぽろりと落ちてしまう。 靴箱、靴、娘のための汽車。砂のついたベビーカー、パソコン。窓、お雛様、桃の枝、スーツ、スーツハンガー、鉛筆。洋だんすの上にある、結婚式の記念写真、妊娠写真、娘のスナップ(コルク板にかんたんに押しピンではりつけられている)。 わたしのいる場所はいつも居心地良くちいさいので、すぐにいっぱいになってしまう。いっぱいになって、なにかがどこかへ行ったのに気づくのはずい分離れてからだ。あるいは、ずっと気が付かない。 ---------------------------- [自由詩]かみの長い男のひと/はるな[2016年3月28日23時40分] それが大きいのかちいさいのかわたしには分からない 数だということだけ わかる くらやみを射抜くような空ろないたみがビルを覆っているので ひとびとはたえまなく降ってくる 切りそろえられた三角 クローゼットがいっぱいなのに 着ていく服がない 辞書をひらいても 言いたい言葉がみつからない なのに空らんを埋めたくて ノートばかり買ってくる 髪の長い男の話をするんだった でももう なにもわからない ---------------------------- [自由詩]塩の柱/白島真[2017年3月20日15時27分] 氷の針が心臓に突き刺さって苦しいと思うとき 海から全ての海水が巻き上げられてぼくの口へ吸入器のように入れられるとき きっときみはひとつの歌を口ずさむ ひとつの祈りを口ずさむ、ひとつの海の駅名を口ずさむ 永遠と惑星という言葉の隙間に橋を架け謎の天体を砂時計のように転がしてみるのも研ぎ澄ました言葉を見つける旅みたいだ 世界地図を展げて星の履歴書をみつけたって喜ぶきみはきっと死んだ猫の首輪を探しているね 枕もとのブルーレィレコーダーの録音タイマーが作動してうるさくて眠れないのは星の青い光が抜け出してきみの眼底を這ってしまうからだ 眼なんて何にも視てこなかったし今だって書いてる世界のペン先さえ見えていないのに見たと嘘をつく人、フリをする人、気が付かない人 そんなのは蜥蜴が尻尾を切って爬虫類から哺乳類に進化するほどの事件じゃないんだ 死んでしまえばいくらだって眠れるんだからね もしこころがひとつの建造物だったらもっとずっと透明な柱を打ち込むはずだったのにもっとずっと偽らない部屋をつくるはずだったのにといくら悔やんでもぼくは未だ塩の柱じゃないから苦い海水はもう飲まない 書いたもの、書かれたもの、投げ捨てられたものそれは大きな冷凍庫に吊り下げられた動物の死骸のようにこれから人の役に立つことだってあるんだとぼくは屋上からさよならと言って飛び降りようとする人が最後に見る月のようにきみに語ってもいいだろうか  ---------------------------- (ファイルの終わり)