嘉村奈緒のおすすめリスト 2003年9月28日10時07分から2015年9月23日13時55分まで ---------------------------- [未詩・独白]別れる/山内緋呂子[2003年9月28日10時07分] お別れには 銀杏の下で ごろごろ ころがり 大理石の上で 泣きましょう 「いよいよジャズを聴く時」 が口癖のあなたは 明日 聴くだろうし 私は 青い服を 買いに行く ---------------------------- [自由詩]カープ/サダアイカ (aika)[2003年11月12日16時39分] お池のコイ 腹を浮かせて ぱくぱく お母さん私は今日も 息を吸っています 音がないコーラス コーラス隊は女ばかりじゃないのですね コイなんですって コイですってば コイです夕方の 薄暗い 部屋で  私はその時一人のコーラス隊でした  見上げていました  オソラではなくて  ドミソでもなくそれはオトコでした  声のしない唄はみるみる私の目に  滲んでいて顔は薄闇  今は昔  コーラスの口  ただ  魚は私の舌を食い尽くすように泳いで  歌が吐き出されそうになったとき  初めて魚が産卵しました  音もなく  魚が飛沫をあげるように泳いで  私の  リンスされる声  滑らかに唇を泳ぎ  魚が顎から首へと泳いでゆきました  まるで聞こえない歌のように  コーラス  すぐに ところで コーラスの話ではなくて お池のコイ お池のコイの話ですが それはたぶん 泳げなかった唄の飛沫 のようなもので吐き出せない でのみ込まれた歌声のようで そしてたぶん 新しい魚の卵が私の中で孵ったのでしょう それが コイなので それはコイなのでしょう 大海原に返しても飛沫をあげることもない ましてや歌声を響かせることもできない 唇から泳いだみたいな コーラスです お母さん私は今日も 息を吸っています ---------------------------- [自由詩]ハーブ園/AB(なかほど)[2003年11月14日1時30分]    ラベンダー絨毯の中 東へ東へ向かうバス 点在するハーブ園 スィングするカラフルな文字 流れる ラジオから セージ、パ リ、マリ 、タイム、、、 と聞こえ 行くのですか と問い掛ける ええ、これから でもスカボロー・フェアー なんて どこでやってるのか知らないんです ラベンダーの紫が途切れ 原生林と海がぶつかる道へ 美しい入れ墨の若者 踊りながら これから行くのですか と問い掛ける コロポックルを彫る老人 振り返り優しく 行くのですか と問い掛けてくる 長い髪と昆布を垂れる海人 岩場に上がり 行くのですか と問い掛ける ええ、たぶん でも 行き先も知らないし 正しい道なのかも 知らないんです バスは岬の先端に辿り着き すぐそこには 島影が見えていたり ここを渡って行った人 ここを渡って帰ってきた人 ここを渡れないままの人 ここから見ているだけの人 ここへ帰ってこれない人 そして 行くのですか と問い掛ける ここから続く空 はるか空の下 鉄の塊に乗り さらにはるかな地に降りたったGI 行ってしまうのですか と問い掛ける あなたも行ってしまうのですか と問い掛ける あなたも列に並んで あなたの親も見た事のない 変わり果てた瞳で こおろぎを見つめるほどの 情も映えてこない瞳で 足並みは 揃わされてしまったのでしょうか 土から生まれた唄のように いつまで経っても 詠唱の意味が 解けることはないでしょう そして スカボロー・フェアーは 終わる事を知りません せめて ハーブをちぎり 魂を 在るべき場所へ     ---------------------------- [自由詩]食べてきたものたちへ/k o u j i * i k e n a g a[2003年11月15日16時46分] ありがとう うまかった ありがとう まずかった いつも いつも 飢えていて ありがとう 食べてきた 皿盛りの肉 絞った蜜 犬の舌焦げ ありがとう 母の実 父の葉 うまかった かたかった まずかった ありがとう 真夜中に 玉ねぎ 炒めてくれた バターと喜び ありがとう うまかった 梅湯のにごり うまかった 乾いた繭玉 まずかった 黄色い油 うまかった 味のあるものも 味のないものも 一思いに鍋に 放り込む老婆たち ありがとう 秩序なき ものたちを食べてきた いつもいつも 食べていた 夜もなく朝もなく 食べてきた ありがとう 食べてきた 歯はぬけ落ちて アゴはゆるんで それでも 食べてきた 食べようとする意志 食べようとする勢い 体にしみ付いた におい 食べてきたものたちの におい ありがとう うまかった まずかった すべての味に ありがとう くさりかけた牛乳に ありがとう 雨の日のサイダーに ありがとう こごえるシチューは ビーフだった ありがとう 豚肉も ありがとう うまかった ありがとう まずかった ---------------------------- [自由詩]ガールガールガール/k o u j i * i k e n a g a[2003年11月16日16時47分] 大丈夫、シナチクは食べられるから大丈夫。 大丈夫、海を渡らなくても大丈夫、 溺れるなら、歩いてゆけるから 優しいのは同じで、寂しいのは八分目。 だからいつも同じ髪型でも平気 いつも不安だろう、だから雷は怖いだろう だから演じ続けるコメディ男 大好きな女の子のために喜劇を 病院の看板を指でなぞる、 煙草をくわえる、 そして、泣く ああ、そんなの卑怯すぎるぜ、ヘイ、ガール そう、希望はいつも翳るね だからいつも見える 時間を巻き戻したくなる弱さ 宇宙に飛び出す勇気を欲しがる でも、 この星からでも月は見えるし いいじゃない (安上がりとか言うなYO!)  僕は君に救われたりしない  俺は君に癒されたりしない  君は置いていってくれ  この喜劇男をこの星に置いていってくれ   そうやってまた朝だ。 壮大な朝だ 窓を開けたら涼しい風で 食欲だね、いいね 飯を食え女の子、朝飯だ そうやって世界をなぞってゆけ 足下に光、汚い光 信じないから腹が減る 腹が減ったら 「あたい、料理得意なんよ、わりと」 ああ胸ドキ。 ---------------------------- [自由詩]Someone to Watch Over Me〜全ての女の子へ/サダアイカ (aika)[2003年11月18日13時36分] 全ての女の子へ 王子さまは かえるだったりするのだろうから 玉子さまだったりもする 当然、白馬になんて乗っていないし スポーツカーなんか持っていないかと思われ 運転免許だって持っているかどうかあやしい 白いタイツなんかはいてないし 金髪でもない よくよく考えると ぜんぜん 王子様なんかじゃない どちらかというと ペーターみたいな者で わたしたちはハイジになる すると  ペーター と大きな声で呼んで  ハイジー と大きな声で呼ばれて いつも気にかけて やさしい シンプルな構図 わたしたちはヤギでもないし 犬でもないから それほどバカじゃないので まちがっている時は すぐにわかる むずかしいことは わからなくても すぐわかる オオカミだなんて バカらしいけれど 大なべに塩ひとつまみぐらいの 塩梅だけれど 小首が一瞬たった20度かしげるほどの 疑問符を見逃さなければ 大丈夫 ガーシュインみたいに やさしく言えないけれど 全ての女の子へ ---------------------------- [自由詩]飛光/ワタナbシンゴ[2004年1月3日10時12分] おぎゃあ         一字一句間違わないように強要された私のからだに それとなく触れるだけであなたは最前列から並べら れた裸体ばかり順番に、顔だけは別にするようです ね、私的な懇談会は繰り返された。化学反応を起こ させるかのような指の動き。わたしはその指だけに すべてを捧げようとしています。笑顔も知っていま す、快楽だけの愉悦も知っています、どうかそれだ けのためのわたしを見てください。世界の結合部を 誰もが隠したがるから、わたしはパックリと劈かれ るとき、深淵を何度も何度も知るのです。わたしの 襞は分厚く恥ずかしいの。だから後ろの穴にしてく ださい。どちらかというと困ったような顔がわたし のチャーミングだと、みんなが褒めてくれます。魔 法瓶ももらいました。よくみて下さい。わたし、み て。赤いんです。こんなにも。そうです、ここが最 果てなのです。         おぎゃあ                         スペインの西の端にフィニステレという村がある。 ただいたずらに霧深い、人口200人あまりの寒村だ。 わたしはそのころリスボアから自転車を漕ぎ500キ ロ、ただいたずらに東を目指していた。フィニステ レという、スペイン語で【地の果て】を意味するこ の村は、むろん東には位置しない。ひがし。この地 球にあってなにを意味するものが東を定義づけてい るのだろう。わたしはただ球体に沿って自転車を漕 いでいる。海辺で猫が一匹ニシンをかじっていた。 かのじょもまた最果てなのだろう。ここから先は大 西洋。いや大西洋ですらなかったコロンブス以前の 何億年、地球はこの霧深き村に終わっていたのだ。         おぎゃあ                    激しい戦闘が行われていた晩、海が赤く燃えていま した。あなたをこんなにも待っているのは、あなた がやがてわたしを貫くから。その期待だけでわたし の塩水はすでに揺れてくるのです。わたし、スケて います。恥ずかしさでわたしの突起は一回りも肥大 してしまいました。あなたは来ません。苦しいので す。苦しいの。だからこの夜、自分で吹きました。 見知らぬ男が突然わたしのからだを眺め回しました。 うれしかった。塊をふかしながら揺れていました。 遠くで祭囃子が聴こえてきて、わたしはたくさんの ひとの襞を摘み、分厚い恥辱はうねうね曲がりだし、 自分の指を深く深く、何度も何度も突き立てました。 鮮やかな血が、大地に溢れ出し、大きな河となり、 うねりを上げて世界は突然暴力も劈いてしまうの、 だから、わたし、わたしのからだ、すべての流れが 出会うところで、あなたの棘を摘み、わたしのかた を植えました。硬いんです。硬いんです。こんなに も。そうです、ここが最果てなのです。         おぎゃあ                    猿払の湿原を越えると、自動車は誰も100キロ以 上のスピードで宗谷を目指す。はまなすの花が美し い6月の休日、誰もそんなことにはかまっていない。 なんたって宗谷には宗谷岬がある。今は獲れなくな ってしまったニシン。昔ニシンは黄金の魚だった。 大西洋からオホーツク海の冷たい水は、ニシンとと もに回遊してきていたのだ。雄大な北の大地には似 合わない豪華絢爛なニシン御殿。喧騒と荒波が好き だった漁師たちの宴。遠くでラッパが鳴っている晴 れた日には樺太が見える。そう、あれが宗谷の岬。 曇りの日には何も見えない駐車場に立ちアイスクリ ームを舐めている子どもがいた。「最果て」と刻ま れたキーホルダーを3つ買って帰ろう。         おぎゃあ                    赤いダンスがはじまりました。わたしは輪の外であ なたをいざなうように、挑発するように、哀願する ように、ふくらはぎ揺らす風の唄声で、それに合わ せあなたが踊りだします。わたしはもう、茫洋とし た意識の道をたどり気がつくと思わずコップを取っ てあなたの水溜りを飲んでいました。わたしはわた しの気配に満たされるとき、地球の裏では月が欠け はじめる合図です。ここはいったいどこなのでしょ うか。わたしはいったい誰なのでしょうか。そんな 呪文を口々に唱えながら、たくさんの人々が両手に 花をたずさえ、スカートもはかずにお尻を突き出し ています。でも男や女たちはみな一様に花に、白い 液体をやっているようでした。空に樹々は深くたち こめ、呼吸は雲を狩り、願うまでもなくみんな、こ の地に降る雨のことを想い泣くのでした。こんなに も、こんなにも。そうです、ここが最果てなのです。         おぎゃあ                    国土地理院に勤めている田中課長は鳥瞰図のプロだ。 だいたい眼にした範囲の風景をそのまま鳥瞰図にし てしまう。ある日の休日、善福寺川のほとりで田中 課長は鴨を眺めていた。季節は晩秋の深みにいた。 万歩計は37万キロをさしていた。遠くの団地で布 団をたたく音が2ビートを刻んでいた。田中課長に 子どもはいない。妻もいない。そしてもちろん、親 も、いない。それでも田中課長は45歳のこの歳ま で決して人と比べることなく、自分は満たされてい る、幸せだと感じて生きてきた。鳥瞰図とはそうい うものだった。偶然の葉が水面を揺らした。それが 合図だったかのように鴨たちは一斉に飛びたった。 田中課長はいつか鳥になれるのだろうか。それは、 誰にもわからない。もうすぐ冬がやって来る。         おぎゃあ                    偶然性。気がつくとわたしはいつも足りるだけのじ ゆうでした。満ちては欠ける所作、そのものがわた しの営みでした。そこに【あなた】が意味を、凶暴 までに【あなた】が意味を。ひとつとして吹いてい る泡が無数に点滅しています。器などそもそもそも なかったのです。それが「在る」ことの惧れでした。 一切経山。はじまってしまえばおわりなど存在しま せん。はじまってしまえば、あとは意味ばかり、意 味ばかりを重ね、わたしは必然性へと【あなた】に 対峙し続けなくてはいけないのです。ああ、はじま りばかりがわたしをわたしのかたへと注いでいく。 わたしはとうに赤い裸体です。そしてこれ以上のこ とをあなたは身体に求めてくるのでしょう。ひとは、 ふと窓の外を見たときに知ってしまうこともあるの でしょうか。ふと。それでも泡を吹きながら、わた しがあなたを求めている。こんなにも、こんなにも。 そうです、ここが最果てなのです。         おぎゃあ                    チュパに身をくるみ、12月の東チベットをチャムド 目指し進んでいた。チベット高原の縁、あたりには 一面、莫大な山々が降っている、そのなかを足跡で すらない道を標高5000メートルまで昇っていく。五 体投地はここではまさに地球に生まれついてしまっ た間隙。そんな捨て身の激しさをラサまであと2000 キロ繰り返すラマ僧。ここに陽暮れていく慕情は周 囲を出し入れするだけだ。チベットに海はない。鳥 だけが魂を運び、大イヌワシの影が夜に傘をかぶせ ていた。チャムドの街は偶然にも年に一度の燈籠祭。 街の灯りはすべてろうそくの灯とおかれ、灯は揺ら ぐ。揺らぐ夜にしし座の流れ星たちが、ひとが決し て渡ることのできない河を架けていた。                           赤い最果て     飛光よ、飛光     一度きりの夕暮れが     あなたを劈いた暴力に     わたしは産まれてきたのです ---------------------------- [自由詩]毎度ありがとうございました/よねたみつひろ[2004年2月2日21時30分] 毎度ありがとうございました こんどお会いするときまで つつがなくおすごしください ぼくは生活と  そうでないものの間の距離を  はかりそこねる者 その両端にひきさかれ かつ跨がろうとする者 申しおくれましたが ぼくはひとつの風羅坊です ---------------------------- [自由詩]光、スロウ、アウェイ/nm6[2004年6月10日0時40分] どうにもやるせない自転車です。雨水の玉つぶてなサドルの革を「そうでもなく茶色だ」と言って、拭き取ればままよ、と走りました。光、スロウ、アウェイ。そして溶解するするりとした残像を肴に、ウィスキーに言い訳を注ぐのです。トト、と。鼓動と雨音とそれでも気になる何だこれとを、さあさあ、と、引き続きないまぜにしようとするのでした。窓ガラスを嘗めるように、それは夜。 見返るアルカイックはもういらないのです。スピーカーの鋭角から鳴る音がカラカラを追いかける設定にまるめこまれた世界に、光、スロウ、アウェイ。縦ノリで頷くぼくらは抜け道をくぐる術に、頭隠してほくそ笑んでいます。クスクスするために生きている毎日です。そして晴れ渡れば受け付けて、真っ青に圧倒されないように反復横飛びます。ああ、嘘を間違えてしまったこと。 風景は逃げていきますが、 風景は逃げていきますが、 風景は逃げていきますが、 風景は逃げていきますが、 風景は逃げていきますが、僕の机の上にある永続的なものと、瞬間的なものはペラリとした紙一重です。 何も持っていないので、よいのです。 どうにもやるせない自転車です。雨水の玉つぶてなサドルの革を「そうでもなく茶色だ」と言って走りました。光、スロウ、アウェイ。溶解するのは残像です。ウィスキーに言い訳ではなく、アマレットを注ぎます。今度こそ、トト、と。鼓動も雨音も気にならなくなってゆくように、受け付けた設定にまるめこまれた世界です。縦ノリで頷くぼくらがときに反復横飛べば、窓ガラスを嘗めるのは、月。光、スロウ、アウェイ。さあ、ただ丸くて白いだけか。 ---------------------------- [自由詩]童話(手紙)/たもつ[2004年7月27日8時58分] 魚が手紙のようなものをくわえたまま 道の真ん中で力尽きているのを 少年は見つけました 水を泳ぐ魚にとって ポストはあまりに遠かったのでしょう 少年は手紙のようなものを 代わりに投函しました そして、その足で公園に行き 陽のあたらないところに魚を埋めました 魚の言葉を知らないので 少年は少年の知っている 一番簡単な弔いの言葉を添えました 風が吹いてほんの少し 海水浴のような匂いがしました 帰り道、魚屋の前を通りましたが 並べられていたのは さっきのとは違う形の魚ばかりでした ---------------------------- [自由詩]土の匂いを噛む/よ[2004年9月10日20時31分] ゆうぐれが ひとつずつ死んでいく さよなら、それでも また明日 会えるといい。 と なんども手をふる 彼は 東ばかりを見る 橙の 奥 ふかく つめたく  やわらかく 撓る くらやみ に 息をする あまいたましい 、あなた。と まるまって よりそうように ねむる ねむることばかり を わたしは 考える きりさめの降るよるに よく 似てる 彼の みみたぶは おだやかに燃えて わたしを困らせるほどに じんわりと 熱い くちびるを つけて 彼のみみのうしろ 土の匂いに噛みつくと かんたんに 痛がるから よかった、って ふたりがもっと やさしくなれる くらいに ぐっと 噛む ---------------------------- [自由詩]冷たい図工/黒川排除 (oldsoup)[2004年9月28日2時11分] ウェーブしたものをつくりたいと思ったことはあるか。わたしは、ある。それはまず滑らかでなくてはならないだろう。日差し例えば、うたたねをする準備ぐらいあってもいいだろう例えば、枕ぐらいあってもいいだろう。矢印のひだは良くできているからそれを手本にする。素材は何か、素材は紙で作る。できれば昔からのものがいいが、昔といってもどれぐらいだろう。さしあたって目を閉じて思い浮かぶものではない。解明のために直感で庭を掘り返すべきだ。無ければ庭から作る必要すらある。ただしその場合霊能力者があたりをうろついて何か喋っているだろう。タクシー代を出してやる必要があるかもしれない。とにかく彼らがアーと言ったら注意することだ。極めていびつな鈍器を探す必要が生まれるから。色は鮮やかな黄緑色に塗る。昔からビリジアンの響きが好きな人にはちょっと難しい。血の色が大好きな人にはかなり厳しい。それ以外なら易しい。最後にニスを塗った方がいいかもしれない。マヨネーズでも良い。ただしその場合ヘラではなく素手で伸ばすこと。ヘラが汚れる。以上をもって完成とする。 投げると無くなる。園児に見せると踏みにじられる。警察官には無言で撃たれる。思えば短い人生であった。 ---------------------------- [未詩・独白]昆虫図鑑ーポンペイ/天野茂典[2004年10月30日14時47分]        ヴェスヴィオス火山に埋もれた    廃墟のように    灰をかぶって    ぼくはいままで    埋もれてきた    標本となって        水道も飲めないで    現像液にも浸されないで    廃墟から灰を払っていまぼくは地上によみがえる    プリントされた色彩となって    昆虫図鑑からピンを外しーー。    二千八十三年のちに                        2004・10・30 ---------------------------- [自由詩]婦人世界/k o u j i * i k e n a g a[2005年10月28日0時42分] おなかのお肉をつまんで微笑むような どこにも着地できない優しさについて 夜中に姉と考えてみる そういう気持ちに名前をつけようとした事がある 猫は暗がりを震えながら歩くはずだし せめて口から泡を吐かないように祈ろう たとえば忍者が町娘に恋をした瞬間 たとえば布団に潜りこんでくる仔豚 忍者はいつもは血みどろだし 仔豚は食用かもしれない そういうものを笑いあう 残酷は生まれつきだから なればこそ変な歩き方でいこうと思う もちろん後悔していないし 恥じてもいない それは避けようがないから けれども震えをとめる薬はない それだけは怖い どうしようもなく怖い 震えながら街を歩く男子と女子 すり寄せるように細い肩を並べて カキフライカレー 口の中でつぶやいてみる そういう気持ちに名前をつけようとした事がある だけどこのひどい社会にも ジャズが好きな女の子はいるし 壁からキノコも生えてくるから もうちょっとだけ街を歩く 隣の女子の細い肩は 少しだけロマンスで少しだけ性的 髪の匂いもわかりすぎて おなかのお肉をつまんで微笑むような どこにも着地できない優しさに 素敵な名前をつけられるように ---------------------------- [自由詩]無数の。/なを[2006年2月3日15時10分] ねこや青空や荒野を ねこや青空や荒野と なづけたひとにあなたのなまえを なづけなおしてもらいにゆくのなら てぶらで部屋を出て ふいにバスをとちゅうで降りる もう二度と帰らない旅行へ出かけることができる (そしてそのなまえをわたしだけの秘密にする) ときどきとりだして それから詩を書く わたしだけのあなたのなまえでよごれた 紙ナプキンに 詩を書いてそっとみせる わたしは あなたに ここは地下鉄の3番出口を出たところ ここから1000万光年歩いてもわたしの部屋には帰れない 不思議なことはなにもない (いずれの場所もわたしの部屋ではなかっただけのこと) かつてわたしのいたあの部屋 ながい旅行のはじまりの部屋をなつかしく思い出して うつくしいみどりが あふれる 往来にあふれる 無数のあなたを呼ぶ だれも知らないあなたのなまえで 無数のあなたのうちでだれひとりふりかえらないあなたに 無数の ねこであり青空であり荒野である あなたに ---------------------------- [自由詩]遠泳/砧 和日[2006年9月23日19時53分] いつのことか ハマヒルガオが 群生していた ような気がして 彼が思わず 発語したのを 彼女の発語が 相殺したので はじめから何も なかったのと 等しい時間が 末永く続いた 規則正しく 連なってくる 無数の波の 揺れ方が似ている あんなにたくさん 打ち寄せられた  貝の数が 増えていない はじめに彼女が  そのことに気付いて 少し遅れて 彼も気付いた  本当は ずっと前から 彼は彼女よりも  劣っている でも彼らはお互いを ちょうどに  打ち消しあうことに 力を尽くした ---------------------------- [自由詩]復唱/砧 和日[2006年10月15日2時03分] イチジクの実の組立てが壊れて 甘いものだけが畳の上にこぼれた あえなく絶えた通信の最後に とても明確なかたちでお別れを告げて 甘いものだけがどこまでも遠くへ転がり続けた あたりいちめんの下り坂を はじめから知っていたような事柄があり けれどまたそのことを知り初めるために 白い白い障子紙の 格子の一つを突き破って かぶと虫が室内に入ってくる ---------------------------- [自由詩]ウサギのπ/10010[2006年12月27日3時17分] あなたは眠っています。まずルナの重さを想像しなさい。次に星の騒音を聞きなさい。最後にウサギになりなさい。名前を与えます。あなたはこれからウサギのπです。三三九度、廻りなさい。上がり、下がり、上がり、下がりなさい。時計回りに、時計よりも廻りなさい。きれいにまんまる焼けました。あなたはこれからもウサギのπです。さあ転がりなさい。誰かの胃袋を訪ね歩きなさい。マクレガーさんちだけは気をつけて。彼は計算などできないから。わたしも計算などできないから。 ---------------------------- [自由詩]科白/砧 和日[2007年4月29日0時03分] とても大きな水たまりを  陸の存在しない方へ  夢中になって泳いでいく  いつしか亀の姿をかりて 雲がほとんど透き通っていて  青いばかりの視力の中で  規則正しく諳んじられる  無限の数字に見合うだけの  本当はいない双子のような  宝石が向こうにあるのだという  ---------------------------- [自由詩]復縁/砧 和日[2007年11月1日2時11分] たくさんの鳩がいる中で 一羽が死んだと噂が流れて ことの真偽を確かめるために あらゆる鳩を捕らえてまわった けれどここには様々な鳩が 無限にいるのだとわかってからは ずっと一羽が見つからなくても 二度と会えない可能性が 増えていくことはもうなかった ---------------------------- [自由詩]裏木戸/たもつ[2008年3月7日13時16分] ぼくの隣 静かなきみのポケットに たぶん幼い 春が来ている 手を入れれば 指先に形のない手触り 必要な幸福は それで足りる 春になったら そう言い続けて ぼくらは今 何をすべきだったのか 忘れる遊びに忙しい 離れたところ 裏木戸が風にあたって 古めかしい ひとり言をしている ---------------------------- [自由詩]scar/こもん[2008年5月15日23時04分] 投げつけていけ、きみの 死を、 まだとじている傷に、 きみが われに返っていることを 憎むために、 しっかりと、どれだけ 殺しあっていた か、 分からないまま、頬ずりする きみに ---------------------------- [自由詩]巻頭 十二月/縞田みやぎ[2008年6月3日0時02分] 12/9 ばらっ ばらっと こどもたちがかけて うたをうたうひとは すこしだけ しずかになった あれは はとではないね はといがいのなまえをしらないのだけど 12/10 きん と ぎん と はなのかげに おだやかなホッチキスがあります 12/1 こどもたちの息は馬鹿みたいに 食べ物のにおいばかりする 風が強いね ああ ポストがあるね 12/13 (消しましたよ (ログはとってあります (何かあったら連絡ください (名乗ります 12/14 紙をあげます 7枚はあげられないので 5枚くらい あした 机の上に置いておきます 12/15 ふたつしたのいもうとがうまれたあたり わたしゃ まだ かみさまのりょうぶんだから だから このせかいにたって ずっと あのこといっしょにいるってけいさんです 12/19 ア ア ア また言っている 12/20 わたしはむらさきのくつしたをはいていて どうろのわきには くびのおれたたぬきが よせてありました 12/21 ぬあん ぬあん ぬあん と なわとびがゆれています あちらのはじをもっていたのはだれですか こちらのはじをもっていたのは あ ちょっと まって 12/22 弟の首にしっぽをまきつけて 猫の子と 猫の子たちは ああわたしの名前だけ残してください 約束のように呼ぶよりも 12/23 「やりよう」という言葉を辞書で。 12/24 わたし うたう いっしょけんめ うたう しんでいったこどもと うまれたこども しんでいったこどもと うまれるこども うたうよ うたうよ いもうとに「なんでこんな風な詩を書くの」と訊かれました。「一個や二個の単語で書けなかったから」と答えました。「日本語を上手にうんと的確に使えたらわたしは口などきかなくてもいいのかもしれない」二人でエスカレーターに乗りました。「でも読めるからいいと思う」と言われました。 ミルクや砂糖の入った紅茶は、きっと、こういうことのためにあるんじゃないですか。 12/26 きりわけるのがすき これはあなたのぶん これはわたしのぶん どれもおなじようにわけるのだけど これがあなたのぶん これがわたしのぶん わたしは やさしいくべつが すきです 12/27 初めてフィルムのカメラを手に入れました。フィルムを買いました。ふんぱつして5本入りにしました。フィルムのつけかたがわかりません。おひさまがのぼってしまう。おひさまがのぼってしまう。 (追記:ちゃんと巻き方わかりました。でも巻き取りの具合がわからなくて適当にぱしゃぱしゃやっているうちにいつのまにか数字が出てきました。あらここまで巻き取らなくちゃいけなかったのね。1枚目よりも更に前のあたりにはいっぱい多重のかげがうつってしまって。のら猫を3匹見ました。) (追記2:レンズカバー取ってなかったぽいです。) (追記3:仕事に行くのを忘れていたような。) 石垣りんさんが帰天されました。 彼女の詩を読んで詩人を志した子供時代を思う。 やりとげられましたでしょうか。 僕は,まだまだです。 年末年始帰省するので更新できるかどうかはわかりませんがどうでしょう。 12/28 りんごの皮をむく 午前に 重さがなくなっていくなら どんなにか 安心したでしょう りんご なくなっていくのは色ばかり 午後に ---------------------------- [自由詩]ムルチ(怪獣詩集:帰ってきたウルトラマン)/角田寿星[2008年7月31日21時19分] アナタハ ダレデスカ 身寄りも帰る場所もなく来る日も河川敷を掘じくる佐久間少年ですか 地球の汚染大気に蝕まれ余命いくばくもないメイツ星人ですか ふたりきり 河川敷の工場跡で 下水道に住む食虫動物のように 体を寄せあい 日々の食を求め 地中に隠された円盤を探し メイツ星に還る日を夢みて ひっそりと 誰にも知られずに生きていたかった アナタハ ダレデスカ 商店街のシャッターは閉まってなかった 家々の窓は開け放たれていた 朝には子どもの挨拶がひびき 陽が傾くと夕餉を呼ぶ母親の声がきこえた おつゆが さめるわよう 昭和40年の貧乏ったらしい東京で 煤煙と排ガスにまみれ額に汗して働き 善良であれば幸せになれると誰もが信じていた 同じ人々の同じ笑顔だった 違うものを悪と憎んだ 無関心な雨が 時代を洗い流していった アナタハ ダレデスカ あなたは誰ですか 少年のささやかな夕餉を踏みつぶす腕白どもですか お前にやるものは何もない と 少年を突きとばすパン屋のおやじですか こっそりと売れ残りを少年の懐に押し込む看板娘ですか 少年に理解を示し円盤を一緒に探す郷隊員ですか 街角の電柱からそっと顔をのぞかせる一介の虚無僧ですか ただ通り過ぎていくだけの人の波ですか 表情もなく降りそそぎ洗い流していく雨の瞬間ですか 来る日も掘じくりかえされる存在の糞ったれな砂の一握ですか あなたは 金曜日の夕暮れ真空管が描出するぼんやりしたフラグメント ガキの頃はウルトラマンが出て来さえすれば何もかも解決するのに と なすすべもなくうたがいもせずやがて雨がとおりすぎていくのだろう あなたは 堪忍袋の緒を切らし少年を排斥すべく暴徒と化した 八百屋ですか薬屋ですかスーパーのレジ係ですか大工の棟梁ですか 「その子は宇宙人じゃない 宇宙人はわたしだ!」 少年を救おうとたまらずに正体をあらわしたメイツ星人に 善良な市民たちを守るため立ちあがり発砲した 正義感あふれる純朴なお巡りさんですか メイツ星人の封印がとけて すべてのかなしみとにくしみと怒りをこめて目覚め立ち上がる青き怪獣 ムルチですか それとも 「勝手なことを言うな…怪獣をおびき寄せたのはあんたたちだ…」 「郷!街が大変なことになってるんだぞ…わからんのか?!」 そう 愛らしき人類の平和を守るべくはるかM78星雲よりやって来た 正義の巨人 ウルトラマンですか 燃えさかる炎はすさまじい豪雨をよび対峙するウルトラマンとムルチを洗い流す ムルチのブルー ウルトラマンの銀 ムルチの流した涙 ウルトラマンの流した涙 ムルチの頚部から噴出したみえない鮮血の飛沫 豪雨は 洗い流し そして三十年がたちました 誰ともなくつぶやいて 少年は父親になり 道のまんなかに立って うつむいて みえない雨に打たれるように 両肩から湧きあがる自問の声をこらえている ボクハ ダレデスカ ---------------------------- [自由詩]ひとつの車輪が回っていった/こもん[2008年9月27日8時22分] きみがぼくを迎え入れて、ただ きみがぼくを 迎え入れて、ただきみが ぼくを迎え入れて、 ただきみがぼくを迎え入れて、その 夜の むこうでは、歳月 に きみが迎えられていた、 そのとき ぼくが世界から身を退いて、ひとつの 車輪が回っていった まずぼくのほうに、そして 絶えずきみのほうに その度ごとに、取り返しの つかないことが起きているかのように、きみが ぼくを迎え入れて いた ---------------------------- [自由詩]白昼夢/しもつき七[2008年11月14日20時04分] とてもしなやかに 折れ曲がる森があったので そうではない多くの部分は昼と呼ぶことにしていた 迷い込めない、かくれられない、だからみんな怯えて おびえるべきであって きみが発光体であることに 初めて触れたとき、森は泣いたとおもう 傷口から血がもれださないように かくまっていた光だったのにね もっと 尖れ尖れと はがれていく/こわされながら/うまれながら あれが焼失だったんだ。森はたおやかな両腕できみをしめつける。左右の回転覚なんてもう奪われた、六月の蒸したにおい。うそにできないんです、その名前を おそろしかったね 暗くならない昼 やかましいようなのに、少しもうるさくない だからよけいにこわいのですと いたくないのに血 ながれる とまらない のは 盲目になれ 視力も平熱も当てにはならないなんて怒って ぬるい昼 つめたい森 きみには光がみえなかった。森でなければ海だった。迷子になってしまいたいと泣いて叫んだ(できるだけ真摯に)たぶん呼吸しかないんだよ 帰ろうとすると、両足がなくなっていた ---------------------------- [自由詩]きみの歌は四散して/こもん[2009年2月1日20時33分] きみの歌は 四散して、きみたちも 四散して、 四散していったものたち、言葉 は 何ひとつとして きみと ともには行かなかった、かつて わたしはきいた、 はずの きみの 四散した歌を思い 出して、きみを 集めて、きみに固有の 歌を 歌った、きみの もとに還るような、 歌を歌った ---------------------------- [自由詩]シャンメリー/砧 和日[2015年9月23日13時55分] うらぶれた母屋の近くで 朽ちていく頼りない樹木に 果物が二つも実って どちらかは甘くなれない かつて生活があった土地に ヤクルトの容器が風に転がり 明るく後に暗い空を 椋鳥の群れはうねったけれど やがてそれも静かになった 誰もいない日々の中で 選び取られることのなかった まず片方が地面に落ちて もう片方も地面に落ちて 少しだけ時間差はあったけれど ようやく二つ隣りに並んで これからはゆっくりと変化していく ---------------------------- (ファイルの終わり)