石原大介のたもつさんおすすめリスト 2003年9月8日15時30分から2004年9月16日14時14分まで ---------------------------- [自由詩]本当の名前/たもつ[2003年9月8日15時30分] あなた、頑張って 隣で寝ている妻の寝言にびっくりした 寝ているのに何故わかったのだろう わたしはちょうど42.195キロのフルマラソンの最中で トップを走っているのだ これからきつい上り勾配にさしかかる 二位の選手は息づかいがはっきりと聞こえるところまで迫っている はあ、はあ、はあ どんどん息苦しくなる こんなことならもっときちんとトレーニングしておくべきだった 夕べはエッチなビデオなど見ないで早く寝ておくべきだった もっと妻に優しくしておくべきだった ごめん、あれは浮気ですらなかったんだ はあ、はあ、はあ 妻の寝言が徐々にはっきりしてくる あなた、頑張って あなた、しっかりして あなた、どうしたの あなた、あなたってば 起きて! 妻に起こされて目が覚めた 夢だ 汗をびっちょりかいて息が上がっている ああ、嫌な夢を見た、起こしてくれてありがとう そういって振りかえると 妻はコーナーでトレーナーとおぼしき男に耳打ちしている わたしはリングの中央にポツンとひかれた布団の上だ 反対のコーナーを見る ああ、だから違うんだよ、 あの娘とは手をつないだこともないんだってば ゴングがなる 二人が激しく殴りあい 間に挟まれたわたしにもパンチがとんでくる これもきっと夢なんだ 夢に違いない 夢なら早く覚めてくれ そう思う一方で、待てよ、と思う 目が覚めたときにそこに現実があるという保障はない それどころか、これが自分の夢であるという自信すらない わたしはもしかしたら、 誰かの夢の中で生きている架空のわたしでしかないのではないだろうか 最初から何もない 布団もエッチなビデオも無い マラソンも殴りあう競技も無い 妻もあの娘もわたしもいない そんな世界で誰かがただ夢ばかりを見ている いいパンチがあごに入って意識が薄れていく もし目が覚めたら この夢を見ているわたし、もしくは誰かが 今のわたしよりかは幸せな毎日をすごしていることを願う 遠くで誰かが名前を呼んでいる 本当の名前をわたしは知らない ---------------------------- [自由詩]「 」に言葉を入れてみろ/たもつ[2003年9月17日12時53分] 「うみ」 と書けば 白い波が寄せて返し 「そら」 と書けば どこもでも青く 「もり」 と書けば 木々が香り 「とり」 と書けば それは翼をもって飛びまわり 「まち」 と書けば ああ、いろんな人が歩いているね 「いえ」 と書けば 小さなあかりが灯り 家族の笑い声がし 「かなしい」 と書けば 涙が止まらず 「あい」 と書けば 君がいつも側にいる そんな魔法の「 」があったなら 僕はもう 詩なんて書かなくてすむのに ※ 「 」は言葉を入れるところです お風呂と間違えて裸で入ろうとしないでください ゴミを捨てようとしないでください カレーを作ろうとしないでください、鍋ではありませんよ 穴は決して空けないでくださいね 言葉が全部流れ出してしまいますから ※ ある日、泥棒がこっそりお金持ちの金庫から 「 」を盗み出しました どんな財宝が入っているのか わくわくしながら覗いたのですが 中に入っていたのは 「○▲*◎◇」 腰を抜かして動けないところを 警察に捕まっちゃったそうです ちゃんちゃら可笑しいや ※ 「よる」 が来て 「そら」 には大きな 「つき」 と煌く 「ほし」 あなたはどんな夢が見たいですか 「 」に入れてみましょう 僕は 「かいぞくせんにすみつくねずみになりたい」 ---------------------------- [自由詩]置き場/たもつ[2003年9月30日16時59分] 彼女からの手紙が 炊飯器の中で見つかった もう ほっかほかの ぐっちゃぐちゃで 炊きたてのご飯はうっすら黒く 食べると微妙にインクの味がする 時おりぐにゃりと繊維をかんだりもする お互いもっと考えるべきだった 少なくとも届けなければいけないものの 置き場くらいは ご飯は全部食べた 破片は集めて 全部捨てた ---------------------------- [自由詩]世界エレベーター/たもつ[2003年10月14日11時14分] 妻と相談して 家にエレベーターを取りつけることにした けれど、取りつけた後で この家には二階も地下室も無いことに気が付いた ボタンを押すと チーン と音がして扉が開く 上にまいりません 下にもまいりません エレベーター・ガールの妻が案内する いいんだ、どこにも行かなくて そう、だからあの日 二人はどこにも行かないことに決めた 今、僕らはエレベーターの中で 非常階段の設計図を書いている 大切なことは まだまだたくさんある ---------------------------- [自由詩]ぱにっく☆は〜と♪/たもつ[2003年11月13日14時09分] ある日突然 夜空に輝く星がすべて 音符になってしまった 街中の人々は目を凝らし よく見たが 空にあったのは 2分だの、4分だの、8分だの そんな音符たちばかり テレビでの専門家へのインタヴュー 天文観測者:オタマジャクシを見るために望遠鏡を覗くのではない 音楽家:あれでは不協和音だ 占星術師:今度から音符占いね 冒険家:北はどっちだ 宇宙飛行士:もう旗が立ってるじゃないか 総理大臣:早急に対策会議を設置します ここでCM ぱぱぱぱぱぱぱぱ ぱにっく☆は〜と♪ いつでもどこでも ぱにっく☆は〜と♪ あなたのそばに ぱにっく☆は〜と♪ いつも元気に ぱにっ CMのない国営放送でお楽しみください 街中が混乱し 専門家たちが当惑するなか 画面では一人の少女がアップになる 少女:お楽しみはこれからよ テレビを見ていた人々から拍手が沸き起こる 今振り返って見ればそんな恋だった 昔、恋愛学者をしていたコック見習は 厨房で鍋を洗いながら そう呟いた ---------------------------- [自由詩]大雨/たもつ[2003年11月13日15時02分] カーテンを開けると大雨だった ひどく気が滅入る日曜日だ さらに気が滅入ることに カーテンを開けたのは彼女の方で 私は外で立ち尽くしていた ---------------------------- [自由詩]夜明け前に/たもつ[2003年11月25日0時29分] 夕焼けの頃) 机の上、広口ビンの透明な壁面には 「真空」と書かれている 私はただ、じっとそのビンを見つめているだけだった あなたはそんな私を若かったのだと笑うだろうか あるいは、何も知らなかったのだ、と あの頃、確かに私は若く、 何も知らなくて ただ、じっとそのビンを見つめ続けているだけだった 「ほんとうのそら」は 「ほんとうのゆうやけ」に 染まると疑うこともなく 夜は始まる) あなたとの口づけは 寝台列車の味がした このまま、どこに行くのだろう そして、あるいは どこに行かないのだろう そんなことをどこか遠いところで考えながら 私は列車に乗るのだった そして、あるいは 乗らないのだった 夜に) あなたの中にはいつも夜があった それは私の中にも 人は私を寡黙だと言った しかし、私は限りなく饒舌で だから、なおのこと寡黙になりたくて 饒舌にあなたと見つめあうのだった 「あなた」は決して代名詞ではなく 記号などではなく それは一つの名前 限りなく そう、限りなく夜に近いその名前を 夜明け前に) 夜明け前 寝床から這い出し 一杯の水を飲む習慣 そのきっかけは とうの昔に忘れてしまったけれど それは咽喉が渇いたから だけでは なかったはずだ 再び寝床に戻る時 私はいつも机の上の広口ビンを見る 歳を取りすぎてしまった、とあなたは笑うだろうか 「ほんとうのそら」に 「ほんとうのよあけ」が 来るような気がして ---------------------------- [自由詩]朝のこない団地/たもつ[2004年1月6日15時03分] 君が積木など買ってくるものだから 僕らは積木遊びをするしかなかった 家をつくって 壊し 城をつくって 壊し 他につくるものなど知らない僕らは やがて一つ一つを並べ 街をつくり始めた このあたりに企業の社宅 この区画が分譲住宅地 スーパー、ホームセンター、病院 街はずれには円柱形の給水塔 車が欲しいというので 近くのコンビニを三軒まわり ミニカーつきのお菓子を見つけて買った 建物に比べると赤いスポーツカーは妙に大きいけど それでも君は満足そうにメインストリートを走らせている 本当はね、車、白かったの 夜が明けるころ 君は生まれ育った団地の話をし始めた 時々、嬉しそうに 時々、涙声で 僕はただ眠たかった 本当はね、車、白かったのよ 遠くで積木を片付ける音が聞こえる 何で積木なんか買ってきたの? たずねたような気がする おそらく答えも聞いた + それからもう二度と 僕らが積木遊びをすることはなかった ---------------------------- [自由詩]似顔絵/たもつ[2004年3月19日14時42分] 君の笑顔は椅子に似ていて 笑うと誰もが顔に座りたがる 散歩途中のお年寄りや 旅に疲れた旅人 アイスキャンディーを持っている人 ただ夕日を見ているだけの人 誰かが座ると嬉しそうにするものだから 君の笑顔はますます椅子そっくりになる やがて行列ができて 僕は並んでいる人に整理券を配る キッチンから夕食の支度をする君の鼻歌が聞こえる きっと顔中を椅子いっぱいにしているのだろう その間、僕は君の似顔絵を描くけれど いつもそれは淋しくなってしまう ---------------------------- [自由詩]ネジが転がっているので/たもつ[2004年3月29日13時54分] 友人の部屋の隅っこに ネジが一本転がっているので。 「このネジ何?」 「どうやら俺のものらしい」 拾い上げて見ると確かに友人の名前が書いてある 「そりゃそうだろう、お前の部屋に落ちてるんだから」 「いや、俺自身の部品らしい。1ヶ月程前、俺の身体から落ちた」 そう言う友人は煙草を吸いたそうにしているが ライターを理解できないでいるらしい 「でも、あれだな、人間、ネジの1本くらいなくても生きていけるってわかったよ」 「結局、オチはそういう人生の教訓話か」 「かもね」 「俺もネジが落ちたりするのかな」 「そもそも、おまえ、ネジ無いだろ。だってスポンジなんだもん」 そう、シャワーが壊れていたのだ しばらく友人と話した後でシャワーを借り たっぷり体中に水分を含ませ 家に帰る 自分の重みで水分が沁み出さないように 注意を払って 歩くのだ ---------------------------- [自由詩]春の電撃作戦/たもつ[2004年4月15日8時45分] 春の電撃作戦。開始。 街のいたるところで僕らは耳に手をあてる どかん それは小さな破裂 作戦が始まった合図だ、ほら そしてまた、どかん コンビニで働くあの娘、最近きれいになったね という噂はすでに街外れにある喫茶店のマスターにまで広まった 春だからさ? けれどまだ僕らはコートを手放せない季節にいる そしてまた、どかん コートといえば、わたし小学生の頃、露出狂を見たことがあるの まだ寒かったわ、下校途中にね 合唱部だったのよ、市のコンクールがちかくて、夜遅くまで練習して 街灯の下に男の人がいたの、おじさん、コートはねずみ色だったかな いいえ、黒だったかも、いきなりそのコートをわっと開いて 何だったと思う? 菜の花だったの、一面の。一面の菜の花畑 きれいだなあ、って でもきちんと見ることができなくて その時初めて、男の人って卑怯だと思った そう言いながら男のモノをティッシュで拭く手の温もりに、どかん 「裁判長!それは間違っている!」 「静粛に。傍聴人の発言は認められていません」 「あなたは何で人を裁く!人に人が裁けるのか!」 「人が裁くのではありません。法が裁くのです」 「その法をつくったのは誰だ!神か?人だろう!」 「そうです、人です。欠陥だらけの人です。人は欠陥だらけです。 だからこそ人は正しく生きなければなりません」 裁判長はニコリと微笑んで続ける 「耳に手をあててごらんなさい。春の電撃作戦はもう始まっているのですよ。どかん」 春の電撃作戦。開始。 雪が再び空に帰る準備をしているころ 虫たちは複眼を覆うまぶたの一つ一つを開ける 花は花であることの意味を思い出し その側から僕らは生まれていく、作戦を開始するために! 今朝、ベルトの穴を二つ間違えました。どかん 「希望」という字をかみ締めると歯ぐきから血のようなものが出ます。どかん 失いそうなものを備忘録に書き留めていく夕暮れは。どかん どかん そしてまた新しい恋をしよう、と誰かが言った ---------------------------- [自由詩]FREE/たもつ[2004年4月21日16時44分] あなたが本の真似事をしている ぱらぱらページをめくると 良いことが書いてある わたしは少し良い人になる わたしも何かを伝えたくて ささやきの真似をしてみる 音のようなもので あなたが満たされていく 雨だろうか あなたもわたしも揺れている 葉の茂る木の下で ---------------------------- [自由詩]夢(サダム・フセインの)/たもつ[2004年4月22日19時01分] フセイン、昨晩おまえの夢を見た おまえは壇上から民衆に向かって演説をしていた それはおまえの国の言葉なので俺には聴こえなかった サダム・フセイン、俺がおまえの夢を見ているとき おまえは俺の夢をみていただろうか 心配しなくてもいい、俺は演説などしない フセイン、今朝、おまえが最初に目にしたものは何だ 聞いた音は何だ 嗅いだ匂いは 何だ 時計代わりの携帯のチャクメロで俺は今朝も目が覚めた 最初に目にしたのは朝の闇、そしてディスプレイ 最初に嗅いだのは自分の小便の匂いだ ここは何も変わらない サダム・フセイン、おまえはもう おまえの国の人々やおまえの国ではない人々が苦しむ姿を見ていないだろう 叫びを聞いていないだろう いや、もしかしたら見ているかもしれない、聞いているかもしれない 俺と同じテレビジョンの中 そこでは血と火薬の匂いだけがしない フセイン、おまえにはおまえの正義がある 合衆国には合衆国の正義がある 俺の国には俺の国の正義があって 俺には俺の正義がある 正義?そうだ、正義だ すべてのことは正義の名のもとに行われている 正義の名のもとに侵略が行われ、人が殺戮され、別の正義が駆逐される 俺は俺の正義の名のもとに守るべきもの守らなければならない サダム・フセイン、おまえが駆逐した正義は何だ 駆逐されたおまえの正義は何だ 俺は押し寄せてくる正義の波に溺れている もしかしたら俺の正義のためにどこかで誰かが死んでいるかもしれない そんなのはつまらない感傷だ、とおまえは笑うだろう フセイン、今日の俺は弱い フセイン、おまえが俺のことをしらないのと同じように 俺は採集した昆虫のことを図鑑で調べる程度にしかおまえのことを知らない もし俺たちが死んだら 神様を信じているおまえと神様を信じていない俺は別のところに行くのだろうか 違う正義をもつ俺たちはわかりあえないのだろうか サダム・フセイン、もし電車の席に座っているおまえの目の前にお年寄りが立ったら おまえは席を譲るか? 雨に濡れている人がいたら傘を差し出すか? おまえと俺の正義は本当に違うものなのか そんな簡単なことをおまえに聞きたい 今日の俺はとても弱い そう言っている間にも、おまえも俺も知らない誰かが血を流し 俺たちは正義の名のもと、無邪気に許しを乞うている ---------------------------- [自由詩]穏やかな夕暮れ/たもつ[2004年5月4日15時39分] 駅のホーム 喫煙コーナーのベンチ、夕暮れでは少女が メールを打つ少女 メールを打っている 少女はメールを打つ 指、その速度の指で 穏やかな夕暮れ、穏やかな煙 少女よ、今、僕はカフェにいる、オープンカフェ この季節、ホームには色とりどりの列車がやってくる そのすべてに乗ることもせず 少女はメールを打つ メールを打つ少女 僕は今、昭和基地で起点と終点の距離を測量しているよ もしかしたらそれは僕のとんだ勘違いかもしれないが さて、少女である メールを打つ少女 少女はメールを打っている その少し開いた唇の端から次々と記号はこぼれだして 世界の隙間という隙間を丁寧に埋めていく 応答せよ、応答せよ、ディスプレイ、ディスプレイ 少女よ、打っているのは いつかの顔文字 いつかのありがとう いつかのさよなら 少女よ、僕はメールを打たない 僕が打つのはメールではない 僕はメールを打たないのだ いつかの顔文字 いつかのありがとう いつかのさよなら 応答せよ、応答せよ、色とりどりの列車 少女よ、メールを打つな! 見てみるといい、そう、もう誰もいない 誰もいない、いるのは メールを打つ少女以外の人 そして僕以外の人 穏やかな夕暮れ、すべてのもの ---------------------------- [自由詩]戦っている/たもつ[2004年5月11日20時03分] 目が覚めると 右手がチョキになっていた いったい僕は何と戦ったというのだろう 夜中、こんなものを振り回して 援軍の来ない小さいベッドの上で ---------------------------- [自由詩]県立文化会館の大ホール!大ホール!大ホール!/たもつ[2004年5月16日8時20分] 県立文化会館の大ホール!大ホール!大ホール!と すっかりはしゃぎ過ぎてしまったのです 誰かサイダーを持って来てください 僕は観客席で日めくりカレンダーをめくり続けています 県立文化会館の大ホールは音響が素晴らしいので 世界中から一級建築士が集まって来るのです また一人、また一人と舞台に上がってはお得意のパントマイムを披露するのですが サイダーはまだでしょうか 僕の指紋はすっかり擦り切れてしまったのです 舞台の上では散乱した見えない壁や椅子が腐乱を始めています 隣の席では若い女性が美味しそうに自分の耳をかじっています 早くサイダーを持って来てください 僕も試しに自分の耳をかじってみると口から音がこぼれそうになるのです 次々と一級建築士が登場するのです 舞台から押し出された一級建築士が前列の観客と血生臭いことになっているのです 県立文化会館の大ホールは飲食禁止なのでありました! 見よう見まねのパントマイムで作ったサイダーのビンから溢れ出した泡が 熱帯性低気圧となって屋根を突き破り夜空の星を撃ち落とします 落ちた星は発芽して日めくりカレンダーをたわわに実らせるのです! そしてまた僕は 県立文化会館の大ホール!大ホール!大ホール!と はしゃぎながら皮膚をめくり続けます ---------------------------- [自由詩]雨細工の町/たもつ[2004年5月23日19時24分] 部屋は湿度を保ったまま1℃室温を下げた コラーゲンをたっぷりと含んだ豚骨が とろりとろり 太陽の見えない窓に向かって行進を始めている バター・ビーンのパンチが虚しく空を切ったTVショー 水滴、したたって レインコートのフードから不定形に その間にも国境近くの町では 愛する人の帰りを待っている人がいる ---------------------------- [自由詩]すべてのものへ/たもつ[2004年5月26日8時42分] あまりの暑さにクーラーをつける よほど暑かったのだろう いろいろな動物たちが家に集まりはじめ またたくまにいっぱいになった 長い部位をもっている動物はそれをたたんだ 肉食動物は捕食を慎んだ 水辺に住むものたちは水を欲しない 鳴くことも叫ぶこともせず じっと冷気にあたっている やがて夕方となり 窓の外にゆっくりと暮れる夕日を みんなで眺めた すべてのものへ何かを届けたい そんな時間が終わり 動物たちは帰るべき場所に帰っていった 帰るべき場所のない数頭(匹)が その夜、泊まった ---------------------------- [自由詩]童話(詩)/たもつ[2004年7月28日13時39分] 読みかけの詩集を逆さまにすると 文字の列たちは 不ぞろいのビルディングになりました そして 下のほうにあった余白は 広い空に しばらくその様子に見とれていましたが 何かが足りない気がしたので 4Bの鉛筆で大きな三日月を描きました 窓に明かりが灯り始め 人々の話し声や装置の動く音が溢れ出す その間にもどこかでまた言葉が生まれ 詩と呼ばれます 明かりのない窓の向こう 誰かが小さく咳をします ---------------------------- [自由詩]スイッチ/たもつ[2004年8月17日8時19分] 結婚したてのころ 奥さんがバスンバスン布団を叩く音を聞いて 親のかたきじゃないんだから何もそんなにまで なんて思ったけど 十年目に 「布団は親のかたきなの」 衝撃の告白 親のかたきにくるまれ 毎日寝なければいけないことの痛み その痛みに十年間気づかなかったことへの後悔 告白を終え、すっきり涼しげな奥さん 崩れていきそうなものを食い止めようと ぼくはオロオロするばかり とりあえず 「いつも美味しいご飯をありがとう」 と言って 手当たり次第にスイッチを押してみるものの どれもこれも決まったところにしか繋がっていない ---------------------------- [自由詩]スチュワーデス・ケイコ/たもつ[2004年8月25日15時01分] スチュワーデスさん、とスチュワーデスに声をかけると 私にはケイコという名前があるんです、とそっぽを向かれる 今度こそ間違いの無いように、ケイコさん、と呼ぶのだが ケイコは押し黙ってしまう 「ケイコさんの実家は浜松で煎餅屋をやってるの」 彼女が耳元で囁く 何でそんなことを知ってるのだ? 「情報化社会よ」 そう言う彼女はこれから会いに行く俺の両親の職業も知りはしない 俺はただ単に機内サービスのアイスコーヒーが欲しいだけなのに 他の人のトレーにはオレンジジュースばかり並んでいる 「何を頼んでもいいのよ」 彼女がまた耳元で囁く そういう問題じゃないだろうと思うのだ、俺は 確かにメダルの色は銀より金がいいに決まってる けれどそれこそが元凶であるということを 俺は嫌というほど知っているつもりだし現に知っているつもりだ いずれにせよ、ケイコにとってそんなのは重要ではない 鉛筆と紙をよこし、とりあえず好きなことを書いてください、とケイコは言う 俺に書きたいことなどあるものか 「好きなことを書けばいいの」 彼女の忠告どおり俺は今までの半生を書き始めた 二十二歳の夏、近所の草むらでの出来事にさしかかったあたりで 「死」という言葉を使わずに書いてください、ケイコが言う 冗談じゃない、ここまできてそれはないだろう 猛烈に抗議をするとケイコは悲しそうな顔でアイスコーヒーを持ってくる 仕方なく死に関連するところを消しゴムで消していく 今まで書いたことのほとんどが消えてしまったし これから書こうとしていたことのほとんどが書けなくなった 何故俺の周りはこんなにも死人ばかりなのだ 人間ばかりではない ひよこも出目金もミドリガメもヤモリもイモリも飼犬も飼猫も皆死にやがった 「誰もが皆いつかは死ぬのよ」 そうかもしれぬ だが、それが俺たちの生きていることの理由になるのなら何だというのだ 「好きよ」 ああ、好きだ、ケイコ、俺はおまえが好きだ ケイコ、何故俺たちはいつも愛し合うことができないんだ 記憶の中で悲しいのはおまえだけじゃない 他に御用は?というケイコの声が色も無くはみ出している 高度41,000フィートの空 ケイコは最早ケイコの体をなしていない ---------------------------- [自由詩]マシンガン・ストリートの少女/たもつ[2004年8月29日21時01分] ショーウィンドウに陳列されている マシンガンの前にくると 少女はいつも立ち止まり その色や形に うっとりする 名前も聞いたことのない国で 戦いが始まった と、今朝ニュースで言っていた 世界がこんなに綺麗なものでいっぱいになったら きっと誰も戦うことないのに そう考えると 少しだけ 偉くなった気がした ---------------------------- [自由詩]秋晴れ、バリトンサックス/たもつ[2004年9月16日14時14分] 僕の必殺技のことを奴らは知らないでしょう とても細いところで空ばかり見上げている奴らですから ああ、高い高いですねえ と、その間に電話をかける仕事は朝飯前です 朝飯前なのでまだ歯も磨いていませんが 発音も鮮やかにつるつるの受話器に語りかけます つるつるなのは仕方の無いことですね 受話器はかつて生きていたものたちの頭蓋骨だ、と言っていました 試しに自分の皮膚をなぞるとざらざら音がします 奴らはそんな僕をサメハダと罵るばかりです そのために殺されたサメがいるというのなら やはり奴らは敵に違いありません だからといってサメに恩義があるわけでもないのです そのあたりは根回しとか腹芸とかそんな類の、大人は汚い と言うのは寧ろ子供ではなく大人の方なのでしょう 秋ですねえ 秋ですよ そういうわけですから奴らに必殺技を披露するのも 近からずとも遠からず、といったところでしょうか ただただありていに言えば 受話器の光沢が純度を増しいる間に 食卓の上で着々と朝食は進行しています ---------------------------- (ファイルの終わり)