榛野 草の望月 ゆきさんおすすめリスト 2007年10月22日15時04分から2008年2月20日1時48分まで ---------------------------- [自由詩]輪郭、その曖昧な、/望月 ゆき[2007年10月22日15時04分] 現在という塊の中から わたしの輪郭だけを残して、わたしが 蒸発していく 夕暮れの空は赤く発光し、届かない高さで じっとして居る いったい、わたしは何に忘れられたのだろう 浮遊するわたしを 秋がついばみ 指先から徐々にほつれはじめる 風が吹いて、やがて  わたしの輪郭が住む、あの部屋の屋根を越えて 降りつもる金木犀に、重なって眠る 幼い日の、記憶 透明なわたしに、午後はいつもやさしい 西からの引力が 窓に反響して わたしを震わす 祈りにも似たその声と 時間の歪(ひず)み それだけがわたしを助け 地面とわたしとをつなぐ、蝶番(ちょうつがい)となる 歳月は茶褐色にめぐり 夜と朝を、 今日と明日を、 忘却と記憶を、それから  輪郭とわたしを、縫合する ぬるい湯につかりながら、まだ傷むその箇所に手をあて 目を閉じる 長い間、 主(あるじ)を亡くしていた輪郭の線は ひどく曖昧で 内側のわたしは ともすれば 外側にもなり得るのだと知る 瑞々しい秋光の中で、それは 幸せと不幸せの境界線と、よく似ている ---------------------------- [自由詩]朝の、底/望月 ゆき[2008年2月20日1時48分] からだのすべてを耳にしてしまいたい、いっそ 糸電話から伝わった振動が、 あのひとの声だったと気づいたときには、もう 音もなく、底はふるえない わたしを塞いでいく夜にも、たしかに 変わらないものはあって 混沌と流れる世界はいつも 青信号ですすんで、赤信号で止まる 右にも左にも曲がることはない 糸をたぐり 交差点を直進して、 底がふるえた、さいごの記憶を拾いあつめては  皮膚に貼りつける 宵の空には、おうし座のすばる わたしの奥深い場所にある 地図にない湖の、水面が揺れて あのひとに似た背中が 釣り糸を垂れている 午睡に見た夢の、それは続きかもしれない 夜の継ぎ目で囲われた、その映像は ただしい角度で見えているのに  音を、持たない 二人で観た、映画のタイトルは忘れてしまったけれど、 帰り道であのひとがたくさん教えてくれた、 星の名前だけ、ぜんぶおぼえてる 何度も、触れていたはずなのに  あのひとを形成するいくつもの部位の、 温度さえ、おぼえていない テーブルの上でこぼれて、気化していく炭酸水と おなじ速度で  夜が、ほどけていく 明け方の空に、おとめ座のスピカ わたしの右手で、左手を結んで その 体温をたしかめる ひらかれていく皮膚を擦ると、そこから 朝の、声がうまれて ふたたび ちいさく、底をふるわす ---------------------------- (ファイルの終わり)