ルナクのおすすめリスト 2010年7月1日23時17分から2015年7月8日23時18分まで ---------------------------- [自由詩]ねむれたか あさまで/たりぽん(大理 奔)[2010年7月1日23時17分] ベットソファ 枕元のくずかごに ティッシュを捨ててしまったので 熱射病気味のわたしは ひと晩中、このかおりの 林をさまよう夢の中でした 不器用に明るい下草を踏みしめると やわらかく沈み込む 五本の指が露に湿って はじめて、午前五時四十三分のそらの あの明るさだと気付くのです コンビニのおにぎり棚は 捨ててしまった本棚のように空っぽで 満たすものは冷たく凍りつき 電気仕掛けのあしたが 今日と変換されます 靴底を張り替えた それでも履き慣れた靴で バス停に立つと 誰かの吸い殻を つま先で蹴飛ばすのです そろそろ不機嫌に 迎えに来るのでしょう ---------------------------- [自由詩]告白/かんな[2010年7月3日14時28分] どれほどの痛みの上に 咲いてしまうのだろう あふれるほどきれいに 屈託なくわらう、あなたに恋をした 語彙をふりはらい あなたに愛を告げる どんな勇敢な姿になれただろう わたしはことばを あなたは花びらを同時にうしない この流れる季節は ひとつの部屋へと集束してゆく ---------------------------- [自由詩]手のひらの中の午後/ベンジャミン[2010年7月3日23時02分] 陽だまりの光をあつめて 手のひらですくうようにしたら 伝わってくる温もりが 静かにあふれていた あなたはいつも そんな仕草を当たり前のように 僕に見せてくれる 見えないものを見えるようにして 僕に教えてくれる 僕はいつも あなたから教わってばかり このあいだは流れるように揺れる髪で 自由な風とたわむれることを つま先でステップを刻んで 足もとにいる小さな命を 僕に教えてくれた あなたには そんなつもりはないのかもしれない けれど 今もそう あなたの手のひらにとどまる 小さな時間の中で 普段は知ることの出来ない午後を 僕は眩しく感じている ---------------------------- [自由詩]トーキョー/望月 ゆき[2010年7月4日0時28分] 頂点はさらに、高さを増す。塔の上に塔を 重ね、そのようにして時代はいつも、賑や かに葬られていく。足元には、無数のメタ セコイアが植えられ、手をのばして、空を 仰いでいる。道は、休むことなくつくられ た。わたしたちが迷わないために。 積み木をくずす所作で、戦争がはじまる。 無邪気に、そのありふれた朝を、穿つ。庭 では、熟れすぎたトマトが朱く弾け、読ま れることのない朝刊を汚す。子どもたちは その時も、背中のランドセルをカタカタと 鳴らしながら、走っていただろうか。まっ すぐ、目の前にのびる道を。 公園のベンチに座って、赤く尖った先端を 眺めていた。長い鬼ごっこの、まだ途中。 笛を鳴らして歩く、豆腐売りの、失くした 左腕は、深い土の底で今も、リヤカーを引 いている。そういえば短距離走が得意だっ たっけ、と思い出して、すこし笑う。立ち 上がるけれど、纏足をほどこした足は、う まく歩くことができない。 あらゆるものは、この場所に偏在している。 灯り、富、思想、二酸化炭素、罪。低い周 波数で、ラヂオの電波が、底辺を這う時、 空で、テレヴィジョンの電波は、進路を忘 れる。道があるばっかりに、わたしたちは しばし、迷う。目印を限りなく淘汰してい くと、時代からわたしたちが消える。 *『詩と思想』7月号掲載。 ---------------------------- [短歌]ゆり文月/小池房枝[2010年7月5日19時20分] 夕方の水が巡って夜前につぼみのたががひとひら外れた ひとつふたつ互いに互いの花びらが外れてそしてそりかえって咲く カサブランカ自分で咲いたね信じてはいたけどつぼみに手が出そうだった ふくらんだつぼみがどうして本当にひらきえるのかやっぱり不思議だ 蝶か何かとらまえたときの両の手を合わせた形に百合が膨らむ むきたての果物のように滑らかな百合のつぼみが裂けてはじける  咲く直前つぼみは軽くなるような気がする片手であやしてて気づく ひとつめの百合は満月に咲きました妹たちもそろそろでしょう いつつ揃えた指先のように窮屈な形でつぼみの中にいたのね雄蕊 花びらと共におしべもすいと伸びて開いて赤い葯が揺れてる 蕊の先のしずくを舐めてみたいけど顔に花粉がついたら怖いな 抱き上げて涼しいところにうつすとき甘えて花粉つけないで百合   虫たちのサグラダファミリア真っ白なカサブランカはソロモンそのもの 単子葉植物のなかで最大の花咲かせつつもたおやかな百合 こんこんと湧き出る匂いの甘やかさ重苦しさに耐えるよろこび カサブランカいつ咲き終えてもいいからね狂恋のような白き饗宴 カサブランカお疲れ様とねぎらってさいごの花の首を掻く夜 咲き萎れた花びらに君を開かせた水脈の網の目 褐色に浮かぶ   夏の花は足が早いねいいことだ咲くべき密度を咲き終えては去る オトウサンモドキのようだねニックほら、裏庭にユリとユリモドキの花 ---------------------------- [短歌]スカート/はるな[2010年7月9日23時43分] みず玉の瓶のむこうの夕立と 風をとおした君の目元と 君は右僕は左を濡らしつつ ちいさな傘をでようとはせず ためいきを午睡の風に結び付け生温いまま季節交わる 水溜りにかがんだ君のうすい背の清潔な汗をなぞってためる ためらいを見透かすように風が吹き微笑みかけるスカートの中 見覚えのあるワンピース去年よりほんのすこしだけ色褪せて見え ---------------------------- [自由詩]内憂外患/鵜飼千代子[2010年7月11日17時59分]               わたしたち たぶん               ふたりとも               相手のひくつさを感じるところに               身を置くことが               嫌なんだと 思う               そこは                わたしたちを育てる               大地ではなくて                    傷つけまいとする               優しさが               こころのくびを               しめつける                              だれも                蓋をしてしまわないで               遥碧にむかい               まっすぐ                まっすぐ                伸びてゆく      1997.05.02. YIB01036 Tamami Moegi.      初出 NIFTY SERVE FCVERSE  改稿 1997.12.19. 2010.7.11 ---------------------------- [短歌]落とし文月/小池房枝[2010年7月12日20時12分] 吹く風よ微笑む人の面影よネム絶え間なく船出の風情   朝ごとにアサガオその名に天国を青さに空を映して地上に   花、柘榴。タコさんウィンナ血の味を実に成す前に朱色地に散る 鬼の木は天使(エンジュ)涼しき薄緑 踏みしだきながら見上げれば空 シャクトリはどこから来るの鉢植えの三個体目が同じ枝ぶり 確かめに行くとやぶ蚊に守られて夕闇の林キツネノカミソリ 真っ白なムクゲが雨に咲きかねてバレエのジゼルの衣装のようです にわたずみ ほとりにたたずむひとかげは あれはひとではないかもしれない 降る雨を手に受けるように耳深く鼓膜に雨をあててみたいな 首、体、深く傾け耳の底、鼓膜に雨は轟くだろうか 吾亦紅、街中で君に会うなんて揺れてるとこしか知らなかったよ 雨の日の温泉にひとり腰掛けて背や肩やももに天水を浴びる 空高くオルタンシアを投げ上げる何度も何度も手毬歌うたう カンナ何をか削って咲くの夏という季節に命の篝り火かかげて 本の山 本の谷間に住みたいな 書物という名のヴァーレルセルたち ヒグラシとアオマツムシを聞くために無人の広場をチャリで突っ切る フシギダネ不思議だね花は実を結び零れダネからまた咲くんだね 反魂草(ハンゴンソウ)こどもが描く星のような花の匂いを誰か知ってる? ペンギンのジョナサンは海を飛ぶだろう誰より何より速く巧みに コオニユリくるくる揺れる出穂も間近な水田みどりの畦道 プールサイドで耳の水抜きするようにとんとん跳ねると落ちてくるもの 真っ白なファイルを抱えて昼過ぎの電車を待つときそよと吹く風 ヤマユリは山姥のゆり鬼のゆりヒメユリはそれを秘めているだけ 本で得た知識などなどと言うなかれ本は二、三冊読むものではない 宮ヶ瀬をヤビツ峠に抜けるとき鹿を見ました夏の鹿でした 久遠って山の孤独な生き物が不思議がるとき鳴く声のよう 風呂の湯を飲みに風呂場にやってくる猫よおまえは何がしたいの? ヒマワリが全身で雨を浴びている手があればきっと頭洗ってる 夕立が篠突く最中、突然の日射しに打たれた電線が光る 梅雨明けの兆しの日差しが眩しくて電信柱の影に逃げ込む 雨の中カメ散歩きみは何してる?どこへ行きたい?誰に会いたい? 水槽の水草つっと水面に莟を伸ばす雨のベランダ ---------------------------- [短歌]キミトノヒミツ/紅林[2010年7月12日21時36分] 今日もまたキミとつなぐ手 昨日とは違ううるおい指のからまり 森の奥 お月さまだけ聴いている 貝をあわせるキミとの唄を 忘れたよ 花を散らせたその罪も キミの瞳の星が許した 「お腹の中からあの星見えるかな」 夜の川面に浮く蛭子舟 廃線に寝てキミと手をつないでる ヒミツ村行き汽車が轢くまで ---------------------------- [自由詩]名の無い死/こしごえ[2010年7月15日14時27分] そら おそろしい しずけさ ふくらむ むねに 雷霆ひびき冴えかえる 雲 たれこめて いずれふって来る 私の上に 見つめあえる 傘は 無用であります そういったものは それっきりで はらりはらりと 濡れるままで いい そのうち しめったにおいの 地下への階段の すべやかにつやつやとした 石に足音をのこし みずからを葬送する 青い空が こいしい とうめく たどりつくことの出来なかった それでも(ひかれ あっているの 歩むしかない 時にはふりかえり ゆびさすほうを ここにおいて ---------------------------- [自由詩]潮と月と人間と/瑠王[2010年7月16日16時05分] 私がとても遠いのだと思っていた人は すぐ目の前にありました なぜならその人は海だったのです 必要とあれば向こうから そうでなければひいていきます 私がどんなに駿足でも どれだけ望みを握りしめても かのお月様の気分次第で その人は地平線の彼方に消え 忘れた頃に少し沁みる痛みをもって 私の足を濡らします ---------------------------- [短歌]残夢2010/大村 浩一[2010年7月16日20時55分] 産まれ生き苦しみそして死んでゆく  たった一行闘病短歌 日赤の病棟入り口掲示板  嘆歌とあって朝顔も書く これからは口語短歌の詩人です  出来損ないの痛みを堪え 銀色に輝け外科の中庭の  リハビリ用の純粋階段 くるしみを並べるうたはもうやめだ  君の前では恥でしかない ここからは我の屍を越えてゆけ  街道上の怪物が問う     ※       ※「街道上の怪物」…小林源文の戦場劇画から 2010/7/15 大村浩一 ---------------------------- [短歌]花の生涯/生田 稔[2010年7月17日20時52分] アジサイは盛りを過ぎて残影をあでやかならずや花の生涯 赤い花ガルシンの書を思いいず夕暮の庭妻の花壇に 色彩と吹きわたる風雀きて心なぐさむ夕暮の家 ---------------------------- [短歌]七月/はるな[2010年7月18日15時04分] 汗ばんでためらう肌の距離をよみ 計らうようにつよい夕立 ため息を晴天に変え 風鈴のちらりと鳴れば緑濃く揺れ ひと筋の汗がもたらす扇動に僕の背中は夏より暑く ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]やわらかな殻/るるりら[2010年7月19日9時01分] きのう手紙がとどきました。ふるさとのこころの箪笥から。 【前略 私は あなたの本当の母です。あなたは 親に「橋の下でひろってきた」と言われると喜んで、高貴な産まれを夢想するような娘でしたね。卵が先がニワトリが先かは、夕日が先が朝日が先かどうかと似ています。ニワトリが卵の後にみえるけれど、夕日がないと朝日はこないのです。 本当の母は私ですよ。私はいつも あなたの傍にいるのです。夏休みになりましたね。あなたには 何年の前から 私が あなたに課せた 夏休みの宿題を まだしてませんよ。あなたが宿題をするべきときがきたら、わたしは いつかきっと 蝸牛となって あなたの前に現れることでしょう。そのときが あなたの目覚めのときですよ。 早々】  --------やわらかな殻-------- 夜の川は 気配だけで したたります。眠らない 生き物も したたります。眠らない僕は したたりの気配の土手を歩きます。夜の川のながれの中に、一つの瓶が流れていました。 瓶の中身は、大きな地図なのです。「宝とはなにかを知りたければ 進め」 この町を遠く離れることを意味する地図でした。眠らないまま朝がきて 次の朝、ドアを開けるてみると かたつむりがいました。 かたつむりは しゃべりました。 「この宝を知っている。ひとりで行かねばならない。勇気をもたねばならない」ねば、ねぱ、ねばと かたつむりが いうのです。 ぼくは、かたつむりを ひろいあげて連れて行きました。「ひとりっていうけど、きみは つれていって いいってことだよね。きみは 一匹だもの」 地図の示すまま 坂道を 地図の記すまま 下り坂を 急なカーブを 息が切れて なぜか涙がでました。涙じゃなあないやいと思いました。涙か汗かわからなくなりました。 空気がいつもより ねばねばしていて ここは ぼくのしらない町だから涙がでるんじゃあなくて すこしも こわくはないと思いました。 ずっと行くと 宝の近くだとおもえるところに 大きなとびらがありました。 あけようとおもいましたが 鍵がかかっていました。 僕はあわてて、鍵を探しました。 とびらの横、 木のかげ なかなか 見つかりません。 ポケットにいた かたつむりが もぞもぞするので放してやりました。角を静からに ゆらせながら  とうめいな道を かたつむりは作ります。 ぼくは かたつむりって なんて 綺麗なんだろうと 思いました。 良く観ると この扉は なんて綺麗なんだろう 良く観ると この木のかげは なんて綺麗なんだろう 朝露がひかっています ぼくはどうやら 夜通し歩いていたようです。 扉のまわりの花々が朝露をうけて 咲き始めました。 花の咲く 速度が なんというか ゆるぎがないのです。 耳をすましてみると しゃらりしゃらりと ガラスののような音がします。 女の人がちがついていて「綺麗でしょ ダイヤの成るお花ですよ。 それが欲しいのなら 私といっしょに暮らしましょう。あなたの欲しいものは なんでも家来が探してくれることでしょう」 女の人の後ろで扉が開いていました。この女の人は 扉の向こうから来たのだと解りました。 僕は ダイヤの成るお花を まじまじと見ていると なにやら 怖い気がしました。ほんとうのお花のように萎えても やわらかいもののほうが 花らしいと思いました。 女の人に言いました。 「僕は 家来はほしくありません。ダイヤの成るお花は   僕にはどこか怖いのです。」 女の人は だまったまま 何時間かたったでしょう。 おひさまが より 一層 あがります。 女の人は 静かです。 かたつむりが 女神像の背中を這いました。かたつむりは女神像の肩とおしりを 同時に ねばねばと照らします。こんなちいさな像にも 望みがあるのだと知りました。 女の人に朝日が あたりました。女の人は 左手を しずかに天を指差し 「自由こそ 命。ヘブンブルー!」と言いました。天に突き上げられた左手のテッペンに朝日があたると 女の人の周りに とうめいな ぷにぷにとした巨大な朝露のような ものがとりかこみました。 「もういちど いいます。さあ この手を おとりっ!」そういって右手をぼくに差し出しました。 ぼくは ただ 綺麗すぎて ふるえてしまい でも綺麗すぎて てをのばして一度はそその手をつかもうとしたけれど ひっこめて身をすくませて硬く目を閉じてしまいました。 おそるおそる目をあけると、 そこには一体の女神像が立っているのでした。ただ 像は ぼくの両手におさまるほど ちいさな像なのです。女神像は 両手で石でできた鳥の巣を抱えていました。この人は いつも 石でできた卵を あたためてきたのだなあ。いつもいつも飛ばせたいと思いつづけてきたのだなあ。どんな ちいさなものにも望みはあるのだなあと 思いました。 ---------------------------- [自由詩]現象:或る七月の夜/塔野夏子[2010年7月19日21時11分] 頂点を仄青く明滅させる三角形が 部屋の片隅に居る 銀のお手玉をしながら 華奢なアルルカンが宙を歩いて過ぎる 星のいくつかが 音符に変わり また戻る 硝子瓶がひとりでに傾き グレイの猫がこぼれ出る 結晶化した記号たちが 暗い川の橋の上に整列する 窓から窓が生まれ その窓からまた窓が生まれ…… 青緑の液状の眠りが ベッドを音もなく波打たせている ---------------------------- [自由詩]「飛べない鳥が鳴くように」/ベンジャミン[2010年7月22日0時58分] 発声練習ですと 飛べない鳥が鳴いている それがまるで哀れにきこえるのは わたしの中に在る冷酷さです もしかしたら本当に 飛べない鳥は哀れに鳴いて 飛べないことを嘆いていても わたしはきっとその声を ああ きれいだねと 心の中で響かせなければ 飛べないことを嘆くために 自分が居るみたいで それがどうにも淋しいのです だって鳥は 飛ぶために生きているのではないし だってわたしは 嘆くために生きているのでもない ---------------------------- [自由詩]うつつと夢の間を縫うバスに乗って/石川敬大[2010年7月22日17時21分]  眠らないバスにのった  眠れないぼくは  あの野性化した雲といっしょに  あかるい夏の海辺をどこへむかっていたのだろう  写真でみただけの  マリアナ諸島の鮮やかなブルー/グリーンの繁茂に  錆ついて穴が開いた戦闘帽  朽ちるためだけにある折れた翼と操縦席  疲れはてて浅瀬に横倒しになった小艦艇に出入りする色鮮やかな熱帯魚  慰霊のためのマリア像  どれもが  ひとの属性である悲哀/悲惨  戦闘の消耗性/無意味を象徴している      *  トンネルをぬけて  ひときわ濃い潮のにおいを浴びた上着をぬいで  漁村に舫う船を横目に  いくつかの岬を丹念にまわったぼくらが  どこをどう通ってバス停までたどりついたのかたしかな記憶はない  時間には  時系列だけがあって  整合性は存在しないから  渡ってきた吊橋はたぶん霧のなかで壊れている  したたかに酩酊した  ゆうべの祭りの賑わいは  花火大会のまぼろしのように現実味がない  坂道に  さしかかる  九月の風のゆく手  路線バスの時刻表が現実からきえかかっているので  来るのか来ないのか  おぼつかなくて  うつつが夢のようで  ものみな死に絶えた夏の岬で  ぼくらは  やってくるはずのないバスを待っていた ---------------------------- [自由詩]静かの海/月乃助[2010年7月24日5時21分] 静かの海 ここはどこまでも静寂な 砂がさらさらと、 乾いた想いを落としていく 初めて出会った日を思い出しては ナトリウムの大気に 耳をすませる 小さな部屋で聞いた パステルの紙を走る音 あの頃 未来という言葉が恐くて 満たされていることが、つらかった この降るほどの星たちの どれもが願いを背負いながら 生きている それを一つ、二つと数えては、 36万キロの中空がどうして こんなにも近くに感じるのは、 テラの残照に目を細めては、見つめる そこにあるのは、水色に染まる まっすぐに向かってくる想いのせいかもしれない 正直に伝えたくて 明日がいつものようにやってくるのを 忘れていた 誓っても 言葉など足りないと 私たちはどちらも、46億年もの昔に生まれたはず その奇跡を信じて良いのなら 二人でいてもひとつだと、約束を交わした 時の海辺に佇み たった一人を忘れられずにいる いつか 誕生日さえ 忘れ去る日がくるまで、 その時がやってくるまで 今宵 瞳に映る地球の色が、 それがためにか ここからは、 あまりにも青く、澄み 美しい ---------------------------- [短歌]雪月花 /夏嶋 真子[2010年7月27日13時18分]  淡雪は炎のように降りつもりきみの素肌の灼熱を知る  凍蝶の滑り落ちゆく黒髪にかかる吐息は結晶化して  性愛の天を凌いで伸びる蔓 凌霄花は空にまみれる  梔子の白昼夢からあふれだす途切れ途切れの白いさざ波  三日月に腰掛け星を集めてはきみの星座を鎖骨に飾る  月の海にあなたは果てて静かな死 紋白蝶がかかとに留まる  雪月花 ふたりは園に埋もれて夢のあわいに置き去った夢 ---------------------------- [短歌]めぐり ふたつ/木立 悟[2010年8月4日19時55分] ゆうるりとただゆうるりとそそがれる刃から青とどろく夕べ 五の橋も四の橋もまた傾きぬ異なる生の軋みあう街 壁ひとつ扉のひとつも越えられぬこの目この耳この手と身体 音は前いつも光の前に出て冬を冬へ冬へ導く 壁まよい壁めぐりゆくふたつの手欠けた星を見る白い虹を見る 花の道ふと振り向けば足音は水たまりを出で水たまりに入る ひまわりを探しつづける手のひらに鈴ちりばめし冠の降る さまよう手いつかいつの日かたどり着け此方が此方に在りつづく地へ ---------------------------- [短歌]八月は歌の葉月 人と人外の巻/小池房枝[2010年8月4日20時34分] http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=259343 ---------------------------- [自由詩]バッタ/曲がり屋レオン[2010年8月8日17時13分] 気合もろとも 弾ける 空に バッタとは よく名付けてくれたものだ 宙に跳ぶ瞬間を 実に巧く音に写しているではないか 気合もろとも 爆ぜる 空に この細い脚だから 気合なしに 跳ぶことなど叶わないのだ できることなら 目の前から消えるように見える 跳躍をしたい 時空を超えるような 余計なものは 全て除き 跳ぶ そのために じっと機会を探る 草むらでじっと待っている ---------------------------- [短歌]8号館 〜遠ざかれない日々によせて〜/Rin.[2012年8月19日11時43分] 駆け抜けてしまえないのがもどかしい屋上だった8号館は まばたきをするたび更新されている影あり春の日は万華鏡 「ガイブセイ?」「うん、外部生。」 かんたんに友がつくれてしまう四月は 忘れた携帯さがすふりする学食の列に独りが溶け込むように こわくない程度に余白を埋めるもの先輩のいう一般教養(パンキョー)とやら くるのだろうこの木がさくらであることを忘れてしまう季節が風と ドロップになってしまえ君が口にするオールディーズの方かなの歌詞 ポストには明細ひとひら生きていくための数字がにじんで青い どこかの海をかためて壊すためにある製氷機にはレモンの輪切り 飾るほどでもないけれど捨てられぬペリエの瓶にやどる初夏 きみがノートに羅列している心理学用語のような雨のきらきら 座席には等間隔の隙間 みな 夏を 拒んで いる の で しょう  か 戦争のことを習った日をおもい影おくりする低い屋上 あじさいに触れながら行く待ち合わせなき図書館へ芝生ぬれいる 降りてきたことばたちだけくちずさむ夕焼けを吸うらせん階段で 生野菜 消費期限 とgoogleに打てはあしたは台風らしい 風ほそくあつめて鋭くあれ メロンソーダはじけて積もる改行 褐色の角砂糖だけ掘り出していたらつめたくなったRe:メール ペチュニアを枯らしたことの証明に窓辺に藍の砂時計おく 綴るほど素直はたやすくない ゆがむビニール傘をいろどるネオン たぶん白い花だったはず隣室のいつしか香りの消えた鉢植え 帰りたくないひとも帰れないひとも環状線に揺られて眠る 公園の大きな地球儀いつまでも回した手には錆びた夕焼け さよならがかわいて白い朝がくる君をこわした夢のあとから もうなにもかもわからない東から川をくだって薄れゆく雲 ひとりぶんのらせん階段ゆるやかに呼吸している巻貝のよう どのときの涙も同じしおあじと気づけば海の午後は傾く 六千の音あつめればひだまりに扉はうかぶ8号館の 廃校舎めぐる緑の金網にまだ約束は結ばれたまま ---------------------------- [自由詩]夏に濡れている/Rin.[2012年8月25日1時59分] 夏、それは 裏とおもてのある季節 裏道はどこへも 繋がってはいない 向日葵、それは 追いかけていた肩甲骨の高さで咲いて 自転車で踏んでしまった蝉の音で枯れた 波、それは 壊れたラジオからこぼれて 体内に戻ってゆく ほたる、それは 無言の挽歌 たましいではなく 絵日記、それは 手紙のようなもの 本当の日記なら 鍵をかけておくのだから せかい、それは わたしがいてもいなくても あおいのだとおもう ひとり、海をみている ふうりん、それは この夏を点景にする 朝顔の鉢、すだれの影、打ち水の虹石塀の角 遠雷、そらの 海鳴りという 短い雨を連れて行く頃 ゆうやけ、それは警鐘 どちらかが先に帰ること だけは確かである あつさ、それは 次々にわたしを汚して やがて雨になる ありがとう、それで 許される気がしていた これで最後と思わないまま 夏はゆくのだろう ---------------------------- [短歌]夏音〜KANON〜/Rin.[2013年6月19日21時48分] 血潮、とノートに書いて貝殻のなかにたしかに海があったと 隣席のヘッドフォンから砂の音が聴き分けられる夏の江ノ電 ふたりで海を見たのは一度 いつまで、と互いに決められないままいたね 八月が白く塗られてまなうらに薄くさびしく光を残す 私が雨を描くがごとくあのひとは海でせかいをぼかして歌う あの遮断機まで走ろうか ゆうやけの色はずるいとおもう放課後 許すことってなんだろね雨の朝あいたいと感じた3秒間 「あのころ」に戻ってみたいという君の「あのころ」にない季節をわたる ふいと掬う浜辺の砂がこぼれゆくように過ごした夏は遠景 ---------------------------- [自由詩]閂は開かれる/るるりら[2015年2月14日13時10分] 【閂は開かれる】 閉ざされた記憶の門のかんぬきが 思いがけない方法で開かれることを 私は知った たとえば 少女の髪にあったリボンが ほどかれた瞬間に急に大人び 何かを失ったかのような遠い目をしたとしたら その先にあるのは 青い空ではなく 未来の自分への便りだ こころを射抜いた事柄は たとえ桜貝のように小さくとも 閂で閉じられた記憶世界では しずかに息をしている すべてに光が注がれ同時に影が揺らいでいる 大人になり すっくと立つという単純なことこそを手に入れるために 捨てたつもりだったさまざまな雑多な事柄も 生命力のある記憶だけは やがて 大人になったつもりの わたしの内側の殻を破って 出てくる少女のような わ た し オリエントエクスプレス わたしは昔、この超一流の急行列車に 一瞬だけ乗ったことがある 鉄道オタクの友人が 「有名な列車だよ 一瞬だけなら 切符なしでも きっと乗せてもらえるよ」 というので 乗った ほんとうに わずかな時間だったけれど 鮮やかに翻る記憶 私が 過去をうしなったことなど無いのだ どんな ちいさな事柄であっても 生命力のある記憶なら こんなふうに わたしの中に質感をそのままに私の内側から 光を発しつづけるのだろう ************************* (メビウスリング2月勉強会 「アール・デコ」課題詩:新川和江 『記事にならない事件』 提出作品) ---------------------------- [自由詩]液晶に、雨/Rin K[2015年6月18日22時59分] 傘をさす手を奪われるほど 僕は何かを持ちすぎてはいない 縦書きの雨 カーテンの雨 通話中を知らせる音の雨 改行の雨 鉄柵の雨 液晶に、雨 こんなにも雨にまみれた世界で 傘をささずに、ひとり 忘れ去られた電話ボックスのように立ち尽くしている間に 現在と過去との距離は 過去と大過去との距離を もうはるかに超えてしまった ひとりひとつ てのひらに収まる窓を持っている 二十三時を過ぎたバス停には それらの窓にとつとつと灯がともる 液晶に雨 手の甲に雨 鼓膜にも雨 君の名で、雨 傘をさす手を奪われるから 僕はなにかを、君に この窓から飛ばそうとはしていない けれど ほのひかる雨 ゆびさきで雨 尾を引いて雨 夏だけの、雨 こんなにも雨にまみれた世界で 傘をさす手を奪われている ---------------------------- [短歌]Intense Wind/Rin K[2015年6月20日22時16分] どの君も覚えていよう桟橋にやけに激しい風が吹いてる 僕だけを乗せぬ列車のわすれものやけに激しい風が吹いてる 無名指で前髪を除けきみは言う「やけに激しい風が吹いてる」 生野菜 消費期限 とgoogleに やけに激しい風が吹く夜 (生き返ることできるなら一度だけ)やけに激しい風が吹いてる 夏がくるそして輝き出すきみの不在 やまない風が激しい やけに激しい風の吹く日は窓細くあけてはおもう海峡のこと 硝子の靴なんてないんだほんとうは やけに激しい風が吹いてる 鉄塔にたなびいている君の影やけに激しい風が吹いてる 手を振ればそこだけ磨かれる街にやけに激しい風が吹いてる 空想の白夜の空の一枚はやけにはげしいこんじきの風 君が本なら栞だねぼくは 今やけに激しい風が吹いてる セルリアン・セルリアン・ビリジアン・雨やけにしずかに呼びかけてくる ---------------------------- [自由詩]せかいじゅうガアメ/Rin K[2015年7月8日23時18分] 「世界中が雨だね」って きみが言うから 手相占いみたいに てのひらを差し出して 白いサンダルを気にして ひとつの傘でふたりで濡れながら 「世界中が雨だね」って きみが言うから 世界中が雨なんて そんなわけないだろって でも「世界中が雨だね」って 目を開けて言うから ああ 僕たちの見ている世界は せかいじゅうがあめ せかいじゅうがあめ せかいじゅうガアメ せかいじゅう、せかいじゅう キャンディーみたいな声でさ シャボン玉吹く速度でさ もう一度言ってみてよ せかいじゅう せかいじゅう  それは青くて それは透けてて それはドラゴンで そしてきっと かなしい なんで争うんだろうね なんで壊れるんだろうね なんて、きれいなんだろうね 「世界中が雨だね」って きみが言うから ひとつの傘のなかで きみが言うから やさしいよ かなしいよ あったかいよ 世界が、せかいじゅうが ---------------------------- (ファイルの終わり)